というわけで幕間更新。王都にやってきた帝国とのお話。
ちなみにベヒモスですが、アノスも出ないし書いてもつまらなかったので、光輝達は原作よりも早く、余裕を持って倒したと思ってください。
時間はオルクス大迷宮脱出より遡る。
クラスメイト達がベヒモスを打倒し、オルクス大迷宮六十五階層を突破した後、光輝達は一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。
道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることもあるが、勇者達がオルクス大迷宮六十五階層突破という歴史上の偉業を達成したことで、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。
そういうわけで王国騎士達を伴って俺達はわざわざ馬車で──<
馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。確かランデルという名のこの国の王子だったはずだ。
「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」
王子は、まるで飼い主に駆け寄る犬のように真っすぐと香織の元までと大声で叫びながら向かっていった。
「ふむ、異世界でも香織はモテるようだな」
「あの子は迷惑そうだけどね」
召喚された直後からあの王子は香織にアプローチしていたからな。もっとも最初から香織は微塵も興味を示していなかったわけだが。
「ランデル殿下。お久しぶりです」
微笑む香織の笑みに一瞬で顔を真っ赤にした王子は、必死に表情を作って香織に話しかけた。
「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」
「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ? 自分で望んでやっていることですから」
「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」
「安全な仕事ですか?」
確かに治癒師は本来前線向きの天職ではない。単純に天職を活かすのなら後方にて仲間の傷を癒すのが王道だろう。
「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」
ふむ、見事に治癒師が関係ない仕事が来たな。
「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師ですから……」
「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」
医療院とは、王宮の直ぐ傍に存在する国営の病院のことである。要するに、あの王子は香織と離れるのが嫌なのだ。そんな子供のちょっとした下心が見えるような勧誘に意外にも香織はちょっと悩む仕草を見せた。
「医療院……確かにあそこで働けばハジメ君の錬成工房に近いかも……」
「じゃあ!!」
どうやら王国にて根をおろして活動しているハジメと離れ離れになっている現状は、香織にとって思うところがあるらしい。理由はともかく、香織の好感触を悟ったのか王子が話を進めようとするが、そこで光輝が割って入る。
「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」
光輝としては、年下の少年を安心させるつもりで善意全開に言ったのだが、どうやら少年王子にとっては香織を巡って威嚇されていると思ったらしい。光輝を精一杯睨み始めた。
「香織を危険な場所に行かせることに何とも思っていないお前が何を言う! 絶対に負けぬぞ! 香織は余といる方がいいに決まっているのだからな!」
「え~と……」
実際には香織と恋人でもなんでもない光輝に対して威嚇する王子に対して、光輝も困った顔をする。
このままではいつまでも話が平行線になりそうなので、仕方なく俺が介入することにした。
「香織は医療院に通うより大迷宮の前線にいた方が力が開花するタイプだ。いざという時大切な人を助けたいなら力を磨いておいた方がよい」
「……そうだね。うん、やっぱり大迷宮で頑張るよ」
どちらかというと医療院の方に適性のあるもう一人の治癒師である綾子とは違い、香織は前線で戦うことで能力が伸びるタイプだ。ハジメが躍進している以上、自分が遅れてはならないと気を引き締めたのがわかった。
それにハジメと近い場所にいたいというのなら、実は王都よりオルクス大迷宮の方が近い。まだ香織には言っていないが現在ハジメは王国の工房ではなく、オルクス大迷宮の最下層にてアレーティアと共に錬成作業の真っ最中だからな。
後にハジメとアレーティアを長い間二人きりにしたことを香織に責められることになるが今は関係ないことだ。
そう香織に告げると王子は今度は俺に視線を向けてくる。
「おい、貴様。香織は医療院より前線がいいなどと無責任なことを申すな! 香織にもしものことがあったらどうするつもりだ!」
「俺がいる限りそんなことは起きえぬが……魔人族と戦わせるために俺達を呼び出した側に言われる筋合いはないな。いずれこの国を背負って立つ立場なら、よく考えて発言することだ」
「なッ、ぶ、無礼者! 余を誰だと心得る!」
「さあ、あいにく俺はこの国の人間ではないのでな。他所の国の王族など知らぬ」
俺は初めて王子に視線を向ける。
よく言えば年相応。だが、悪く言えば戦時中の王族にしては少々頭が緩いと思える。ディルヘイドではこの年でも前線に出る魔族は大勢いた。それが良いことだとは言わないが、それでも戦時中の王族としての心構えくらいはしておかなくてはなるまい。
「おのれ~~。衛兵ッ! この無礼者を今すぐ捕え……」
「おやめなさい!」
周りの兵隊に何やら命令を下す直前に、涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。
「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう? それに光輝さんやアノスさんにもご迷惑ですよ」
「あ、姉上!? ……し、しかしこの無礼者が……」
「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」
「うっ……で、ですが……」
「ランデル?」
「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」
王子はどうしても自分の非を認めたくなかったのか、いきなり踵を返し駆けていってしまった。その背を見送りながら、この国の王女、リリアーナ・S・B・ハイリヒは溜息を吐く。
「香織、光輝さん、アノスさん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」
王女はそう言って頭を下げた。美しいストレートの金髪がさらりと流れる。
「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」
「そうだな。なぜ、怒っていたのかわからないけど……何か失礼なことをしたんなら俺の方こそ謝らないと」
香織と光輝は頭を下げる王女に対して委縮したように取り繕う。もちろん俺は意に介さない。
「いささか王族としては短慮だな。もう少し落ち着きを持たせた方がよいぞ」
「お恥ずかしながら……あの子は時々派手にやんちゃすることがありまして……後できつく言い含めておきますので今はどうかご容赦を。……改めて、お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」
俺の上から目線の言葉にたいして気にすることなく軽く流し、華麗に挨拶をおこなうリリアーナの評価を上げる。
弟とは違い、どうやらそれなりの教育を受けて育ったことが所作を見るだけで伝わってくるな。
その微笑みに当てられて、耐性のない男子は心を奪われているようだ。
「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」
「えっ、そ、そうですか? え、えっと」
さらりとキザなセリフを爽やかな笑顔で言ってしまう光輝。こんなセリフを吐く光輝だが下心は一切ない。生きて戻り再び友人に会えて嬉しい、本当にそれだけなのだ。単に自分の容姿や言動の及ぼす効果に病的なレベルで鈍感なだけである。
「……光輝もアノスにだけは言われたくないと思うわ」
「む、どうした雫?」
「別に……何でもないわよ」
突如雫が俺の心を読んだようなことを言ってくる。母さんもそうだが、女とは時に驚くほど勘が鋭くなることがあることを俺は地球に生まれてから学んだ。
そこで俺は、恵里がリリアーナを見ながら小声で呟き、懐から取り出したノートに勢いよく何かを記載しているのを発見する。
「お姫様を最優先縛魂対象リストに追加と。クソが……僕の光輝君に色目を使いやがって。てめぇは王子とは名ばかりの中年おやじにでも●を開いてろ、この
「え、エリリン!? やばいってッ、それ絶対言っちゃダメな放送禁止用語だって!? それに縛魂って何!?」
「大丈夫だって、鈴。……見た目は変わらないからさ」
「見た目はって何!? 不安しかないんだけど……やばい、鈴が頑張らないと、とうとう親友が犯罪者に……」
などと鈴と恵里が漫才をしている間に、一通りリリアーナの挨拶は終わる。
「とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」
***
それから三日後、遂に帝国の使者が訪れた。
現在謁見の間には光輝達勇者パーティーを筆頭に、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そして教皇率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままハイリヒ国王と向かい合っていた。
「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」
「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」
「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」
「はい」
この国の王と使者の定型的な挨拶の後、早速、光輝達のお披露目となった。国王に促され前にでる光輝。召喚された頃と違い、まだ一ヶ月程度しか経っていないのに随分と精悍な顔つきになっている。
この世界に来てから以前よりも一層剣術の訓練に励んでいたし、被害ゼロでベヒモスを倒したというのも自信につながっているのだろう。精悍な顔つきは光輝だけではなく、クラスメイトほぼ全員に言えることだ。
「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」
使者は、光輝を観察するように見やると、教皇の手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。
その視線に居心地悪そうに身じろぎしながら、光輝が答える。
「えっと、ではお話しましょうか? どのように倒したかとか、あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」
光輝は信じてもらおうと色々提案するが使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」
「えっと、俺は構いませんが……」
光輝は若干戸惑ったように国王の方を振り返る。光輝としてはまさか戦いになるとは思わなかったのだろう。だが教皇や国王は予測していたのかあっさりと決闘の許可を出す。
「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」
「決まりですな、では場所の用意をお願いします」
こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。
光輝の対戦相手は、なんとも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。
光輝とその男が向かい合って対峙する中、俺は隣に雫を伴い観戦していた。
「ねぇ、アノス。あの人……」
「ああ、何やら隠蔽の魔法を使っているようだな。少なくとも見た目通りの実力ではなかろう」
その男は刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。構えらしい構えもとっていなかった。だがその身に纏う魔法が相手の油断を誘っているのは一目瞭然であり、魔力を見れば力量はわかるというもの。姿かたちを変えようとも魔力を隠せないのでは意味がない。だが……
「もしかしたら、光輝にとっては戦いにくい相手かもしれぬな」
俺は光輝が苦戦すると予想する。
「いきます!」
言葉と共に、光輝が風となる。〝縮地〟により高速で踏み込むと豪風を伴って唐竹に剣を振り下ろした。並みの戦士なら視認することも難しかったかもしれない。だが……
「ガフッ!?」
吹き飛んだのは光輝の方だった。
「あれは光輝の悪癖だな。相手を傷つけることへの忌避感が未だに強い。今のは寸止めの瞬間を狙い撃たれた」
「けどアノスとの訓練の時の光輝は、普通に剣を振り切っているわよね?」
「あれは相手が俺だからだ。俺なら全力を出しても何とかするという安心があいつの中にあるのだろう。本人は認めたがらぬかもしれぬがな」
「はぁ~、おいおい、勇者ってのはこんなもんか? まるでなっちゃいねぇ。やる気あんのか?」
平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。その表情には失望が浮かんでいた。
「すみませんでした。もう一度、お願いします」
「戦場じゃあ〝次〟なんてないんだがな」
そこまで言われて光輝もようやくスイッチが入る。魔力操作にて速やかに全身を強化すると、今度は油断することなく真正面から男に斬りかかる。
唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突き、と〝縮地〟を使いこなしながら超高速の剣撃を振るう。その速度は既に、光輝の体をブレさせて残像を生み出しているほどだ。
しかし、そんな嵐のような剣撃を護衛は最小限の動きでかわし捌き、隙あらば反撃に転じている。時々、光輝の動きを見失っているにもかかわらず、死角からの攻撃にしっかり反応している。
「なんで光輝の攻撃が当たらねぇんだよッ」
一番前で光輝を応援していた龍太郎が、今の現状に納得がいかないと言った表情を浮かべる。
「これが経験の差だ」
「アノス?」
「光輝は確かにスペックではあの男を圧倒している。だが、相手はそのスペックを補って余りある経験を有しているのだろう。おまけに魔人族のような自分よりスペックが上の相手と対峙するのにも慣れているらしい。一方光輝は、自分よりスペックの低い相手と戦う経験がほどんどない」
俺は光輝より強いので俺を相手にする時、光輝は足りない力を知恵で補う側になる。だが、自分より弱いが工夫して追いすがってくる相手に
今回の戦いは光輝の弱点を見事につくものだと言える。今回の戦いでの経験を上手くものにできれば、光輝はさらに成長するであろう。
結局、今度は一転して攻撃に転じた男の変則的な剣筋に光輝が対応する前に決着はつく。
この勝負は、完全に光輝に本領を発揮させなかった男に軍配が上がることになった。
「まあこんなもんだろ。剣筋は悪くないが素人臭さが抜けてねぇな。一度実戦を経験すればよくなるだろうぜ」
「全く……勇者殿に殺気を向けた時はどうなることかと思いましたぞ。いささか戯れがすぎますな、ガハルド殿」
「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」
〝ガハルド殿〟と呼ばれた護衛が、周囲に聞こえないくらいの声量で悪態をつく。そして、興が削がれたように肩を竦め剣を納めると、右の耳にしていたイヤリングを取った。
すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。
四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。
その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。
「ガ、ガハルド殿!?」
「皇帝陛下!?」
ふむ、どうやら周りは一人も気づいていなかったようだな。
「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」
「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」
「もう良い……ならば、もう満足したということでよろしいか?」
「ん? いや、確かに勇者の実力も知りたかったが本命はこっちじゃねぇ」
「なんだと?」
「くくく、教会や王国は隠したかったみてぇだが、帝国の情報網を甘く見るなよ。いるんだろ。神の使徒でありながら魔王の天職を授かり、レベル1でステータス四桁越えの小僧が」
そう言ったガハルドは俺の方を真っすぐ見つめる。まあ当然だな。ここにいながら俺だけ紹介されておらぬからな。教会と王国が俺の情報を隠しているというのは浩介から聞いていたが、どうやら帝国相手には無駄だったらしい。
「おい! そこの余裕こいて観戦してた小僧。お前だろ、出て来いよ」
「ふむ、俺か……」
「あんた以外誰が魔王なのよ。ほら、行ってきなさい」
行くか行くまいか悩んでいたら雫に背を押し出される。仕方ない、相手してやろうか。
「何の用だ?」
「わかってんだろ。お前の実力が知りたい、構わねぇな?」
「それは構わぬが……良いのか?」
「なに?」
「勇者に勝って気持ちよく祖国に帰れるのに、俺と戦えば恥をかいて帰ることになるぞ」
俺の言葉に周りの使者改め、皇帝の護衛が気を悪くしたようだが、当の本人は気にしてないようだ。
「高いステータスが自慢らしいが、勝負はステータスだけで決まるわけじゃねーぞ」
「重々承知している。その上で言っているんだが?」
「口が減らねぇガキだな。まあいい。おい爺さん! こいつ用にもう一本剣を用意してやれ!」
皇帝の言葉に仕方ないと教皇が側近に剣を用意させようとしたところで、俺が待ったをかけた。
「必要ない」
「あん? どういう意味だ」
肯定の言葉にたいして返事を返さず。俺は周囲を見渡す。
「ふむ…………あれでよいか」
俺はおもむろに、近くに生えていた木に近づき……
枝を手でへし折った。
「……小僧……それは一体どういうつもりだ?」
皇帝が怒り交じりの威圧を向けてくるがそれを軽く流し、俺は当然のように答える。
「これは模擬戦なのだろう。あいにくあの模擬刀でも俺では殺しかねんからな。貴様相手ならこれで十分だ」
そういってへし折った木の枝を俺は皇帝に突きつける。
「…………後悔するんじゃねぇぞ!」
冷徹な眼光で俺を見据える皇帝の剣が殺気を纏って俺に向かって振り下ろされた。武器の違いは明らか、普通なら俺が負ける。だが……
「ガフッ!?」
鋼の剣と木の枝が衝突し、吹き飛んだのは皇帝の方だった。
「木の枝だからといって、鋼の剣に勝てぬとでも思ったか? どうした、ヘルシャー帝国の皇帝は常勝無敗の男だと聞いているが、こんなものか?」
俺が行ったのは極めて単純なこと。振り下ろしてきた剣を<
「そうそう、知っているか。ついさっき知ったのだがな。戦場では〝次〟なんてものはないらしいぞ」
殺したら死ぬ人間ならそうなのだろうが、あいにく俺は死んだくらいで次がなくなることはない。
俺の挑発に対し、皇帝はむしろやる気になったのか壮絶な笑みを浮かべ始める。
「くくく、はーはっはっは。言ったなッ、ここが戦場だと! ならば俺も本気でやってやる。おい! 俺の装備を今すぐもってこい!!」
「は、はい!!」
護衛が慌てて走り、戻ってくると、そこには装備一式をもって現れた部下の姿。
「ガハルド殿!」
「止めるんじゃねぇぞ。ここまでコケにされて黙ってたら帝国最強の名が廃る!」
ハイリヒ国王の制止の声を無視して、皇帝が装備一式に触れると一瞬で装着が完了する。どうやら触れたら自動的に装着される魔法が掛かっているらしい。
「これを着るのは戦場だけと決めている。お前は此処を戦場だと言った。ならばこれを使っても構わねぇよな?」
「もちろん構わぬ。俺はこのままで良いから掛かってこい」
「よく言った! ならいくぞ。〝起きろ〟!」
言葉と共に光る装備を身につけた皇帝は、光輝の時とは比べ物にならないほどの速度で俺に斬りかかってきた。俺はガハルドの攻撃を木の枝でいなして、魔眼を向ける。
どうやら纏っている装備は全て繋がっており、短い詠唱で装備したものの魔力を吸い上げ、全身を強化するアーティファクトなのだとわかった。
アーティファクトはこの世界基準でなら中々の魔力を秘めているのがわかるし、なにより、アーティファクトに使われているのではなく使いこなしている。
使いこなせなければ急激に魔力を吸われて強化するどころかまともに動けなくなるだろからな。
「ふむ、悪くないではないか」
「そう言うなら俺の攻撃全てを木の枝だけで弾くんじゃねぇよ!」
先程の光輝に匹敵する速度と光輝にはない巧みな剣術で攻撃してくるがこの程度でやられる俺ではない。
かつての右腕の剣技や、勇者の剣はこんなものではなかった。
「ちっ、”大乱の嵐よ、今ここに邪悪なるもの全てを薙ぎ払え”」
「!!? ガハルド殿!!」
「死にたくなきゃ結界を張るんだな。──”嵐帝”」
恐らくアーティファクトが詠唱の補助をしたのだろう。目の前に展開された魔法は、以前アレーティアに見せてもらった風属性最上級魔法の一つだ。
その魔法を前にして、俺はこの戦いを悔しそうな顔で見つつも、片時も戦いを見逃さないために瞬き一つせずに魔眼に全魔力を集中している光輝に問いかける。
「では光輝。ここで反省会といこう」
「!? アノス!?」
「光輝、お前はどうすれば……皇帝に勝てたと思う?」
「それは…………俺の覚悟が足りなかったから……」
「確かにそれも一つの答えかもしれんがな。俺の答えは違う。光輝……お前は単に相手を制する方法を知らぬだけだ。それを今から教えてやる」
喋っている内に目の前に迫っていた竜巻を俺は魔力を纏った木の枝で吹き飛ばす。
「なッ……!?」
「まず一つ。強力な魔法は、それをさらに圧倒する魔力をぶつければ簡単に払える」
流石に最上級魔法を木の枝で対処するとは思っていなかったのか、隙を見せる皇帝にあえて大振りで斬りかかる。俺が迫っていることに気付いた皇帝が剣で防御するが、筋力任せで皇帝ごと吹き飛ばす。
「ぐおぉ!」
「相手が守りに長けるなら、その守りごと圧倒的な力で粉砕すればよい」
吹き飛ばされた皇帝が何とかこちらに構えるが、俺は既に奴の眼前に迫っている。
「そして相手が自分より遥かに芸達者で豊富な経験値をもっているなら、そんなものが役に立たぬほどの圧倒的な速度で攻撃し、何もさせなければよい」
俺が行うのは木の枝による突き。ただしその速度は音速の壁を優に超え、どんな経験を持っていようとも避けられない攻撃だ。
「がふ、くはぁ、がはあ、ぐぉぉ!!」
俺の突きで吹き飛ばされ、背中を地面につける。
「以上、光輝がこの男に勝つ方法だ」
「いや……そんなこと俺には……」
「何を言っている? お前ならこれくらいできるぞ。いや、この程度できなければ俺には届かぬがそれでもよいのか?」
「ッ!? 舐めるな!! このくらい、すぐにできるようになってやるさ!!」
うむ、やはり光輝をたきつけるなら、この言い回しが一番だ。この調子なら、すぐに今日の反省を活かして必死に研鑽を積むであろう。
「陛下!!」
「おのれ貴様!!」
皇帝の護衛が俺に向けて殺気を放ちながら剣を抜いた。
「そう怒るな。奴は怪我一つしておらぬぞ」
「何を戯言を!」
「いや、待てお前ら。剣を下ろせ」
「へ、陛下!?」
眼にも止まらないラッシュを受けてなお、すぐに立ち上がる皇帝。その姿には傷はおろか、鎧にも罅一つ入っていない。
「いつ回復したのかは知らねぇが、全くダメージはねぇ。だからお前ら落ち着け」
「……はっ」
皇帝の姿を見て納得したのか、殺伐とした雰囲気を収める。それに露骨にホッとした表情を見せる国王と教皇。
「いや──ちくしょう。派手にやられたな。参った、降参だ。認めてやる。勇者や他はともかく、お前は化物だってな」
殺気を消し、立ち上がりながら俺の方に歩み寄る皇帝。その顔に嫌悪感はない。むしろ面白いやつに出会ったと表情が語っている。
「いいのか? 皇帝が負けたとあっては国の運営にも影響が出るかもしれぬぞ?」
「てめぇみたいな化物に負けたからって恥になるかよ。それで歯向かうやつが出てくるなら叩き潰してやる。別に歯向かうやつが強くなるわけでも、俺が弱くなるわけでもねぇしな」
そんな奴がいたら力で抑えてやると自信を秘めた目をしている皇帝。どうやら思ってたより気骨のある男らしい。
「お前……名前は?」
「アノス・ヴォルディゴードだ」
「そうか、覚えておこう。アノスッ、王国に飽きたら帝国に来い! お前みたいな強い奴はいつでも大歓迎だ!」
「俺もお前の名前を覚えておこう、ガハルド。気が向けば帝国にも訪れてやる」
その後のことは、今回の目的を達成したからか、上機嫌になったガハルドが後の晩餐会でも勇者を認めると発言し、言質を取った王国と教会の代表は揃って安堵のため息を吐いたそうだ。
***
後に帝国の使者に宛がわれた部屋にて、皇帝ガハルドは酒を嗜みながら部下にこう発言している。
「ありゃ、ダメだな。俺達の手に負える相手じゃねぇ。くくく、あのジジイ共が必死に存在を隠したがる訳だ。王国も教会も、アノスを制御できずに持て余して、さぞ苦労してるんだろうぜ」
「アノス・ヴォルディゴード。それほどの男だったのですか? 確かに強いのは認めますが……」
「ああ──そうだな、これは直接あいつと剣を合わせてないとわからねぇだろうな。お前……召喚された勇者達についてどう聞いてる?」
「元居た世界では平和な国で学生をしていたと。長い間戦争がない国で生まれたことで、戦場はおろか、戦いそのものを経験したことがない者がほとんどだとか」
「俺もそう聞いてた……だがな、あいつ……アノスは……人を殺してるぞ」
「なっ……」
「それも一人や二人じゃねぇ。何十、何百、何千……あるいはもっとか。あいつと剣を合わせた時、今まで感じたこともねぇくらい重いものが伝わってきた。他はともかくあいつだけは絶対に普通じゃねぇ」
「経歴を詐称していると?」
「さぁな。何しろ異世界だ。どんな世界なのかわからねぇが、天職が魔王ってんなら……もしかしたら平和な国に身分を隠して潜んでいたどこかの軍事大国の王族だったりするのかもな」
「……陛下はこれからどうするおつもりですか?」
「あいつの動向、そしてあいつの行動に教会がどう動くのか注視しろ。これから先間違いなくあいつが台風の目になる。俺達帝国は巻き込まれないようにうまく立ち回らなきゃならねぇ、心しろ」
「御意」
「後アノスにはできるだけ喧嘩を売らねぇ方がいい。俺の勘だが、あいつを敵に回すくらいなら教会や神を敵に回す方がいい気がするからな」
アノスと帝国が再び関わることになるのはまだ先のことだが、その際どのような関係に収まるのか。それはまだアノスにも皇帝にもわからないことだった。
そして作者にもわからないことだった。
>ガハルド
私は帝国の在り方は嫌いですが、ガハルドのことは好きです。もう一つの作品と同様、できるだけカッコよく書いてあげたい。ただしこっちの作品はアノスが原作ハジメ以上の理不尽の権化なので滅茶苦茶苦労することになるかもしれません。
>木の枝
心臓の鼓動と迷いましたが、せめて戦いの形にはしてあげたかった。
>例のあれ
考えようと思ったのですが……どうしても浮かびませんでした。すまぬ。
そして確実に今年最後の更新です。次いつ会えるかわかりませんが、皆良いお年を。