普段メインで連載している「ありふれた日常へ永劫破壊」の合間にちまちま書き貯めてきた結果、纏まった量が貯まったので投稿します。
原作で言う二章まではほぼできているのでそこまでは短期間で投稿予定。
これまでのあらすじ
人も、精霊も、神々すら滅ぼして、魔王と恐れられた男、魔王アノス・ヴォルディゴードは終わらぬ戦争に疲れ、創造神ミリティア、大精霊レノ、そして勇者カノンの協力により、未来の世界に希望を残し、転生の魔法で旅立った。
しかし何の因果か、アノスが目覚めたのは二千年後のディルヘイドではなく、千年後の異世界の地球であった。
地球にて産まれ、16年が経過した頃、アノスは彼なりに日常を謳歌していたが、ある日突然かつての故郷とは違う異世界トータスにクラスメイトごと召喚されてしまう。
異世界であっても変わらず、むしろ魔法が存在する世界なので地球よりも自由に行動できるようになったアノスは、異世界にて仲間の修行を付けつつ、異世界で未攻略の大迷宮を気軽に散歩するなどして異世界を謳歌していた。
しかし大迷宮攻略を行ったことで、この世界が神の陰謀によって長年民が苦しめられている事実を知ってしまう。
地球へ帰る方法を得るにしろ、神エヒトと戦う術を得るにしろ、神代魔法こそが鍵だと知ったアノスは、奈落の底で出会った吸血姫アレーティアと共に、世界中の大迷宮を巡る旅を始めることになる。
異世界トータスでの暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードの冒険譚の第二章、始まります。
11話 魔王と兎人族
その少女は、絶体絶命の危機にまで追い詰められていた。
「はぁはぁ、もうすぐ……会えるはず」
凶暴な魔物が徘徊する大峡谷の底にて、一人の兎人族の少女が必死で駆け抜ける。
自分だけではない。自分という異端児を庇ったせいで家族も危機に晒されている。少女は大切な家族のことを想いながら、もつれそうになる足を必死に動かして大峡谷を徘徊していた。
とことん追い詰められた自分達に残された、最後の希望を見つけるために。
***
【ライセン大峡谷】
この場所は魔力が拡散する性質があり、普通の人間では魔法が使えない上に、強力な魔物が多数存在するということで処刑場として使用されていたという歴史がある。ここに落とされた罪人はろくに抵抗もできずに数多の魔物に襲われ、餌食となるわけだ。
そんな地獄の谷底にある洞窟の入口に、俺とアレーティアは立っていた。そこは例え地獄の底だと言われる場所であろうと、確かに地上だった。青い空と白い雲が浮かび、燦々と地上を太陽が照らしている。その光景にアレーティアは感じるものがあったのだろう。
「空……どこまでも……青い」
アレーティアにとっては三百年ぶりの地上だ。感極まって涙目になっているのがわかった。
「アノス……ありがとう」
「気にするな。お前が自分で選び、勝ち取ったものだ。お前はこれからいつでも、青空の下を自由に歩いていける」
地球の伝承では吸血鬼は太陽に弱いとされていることが多いが、アレーティアは特に影響を受けていないようだった。密かに構築していた紫外線対策魔法を霧散させつつ、俺は周囲を確認する。
「さて、感動はここまでだ。客人のお出ましのようだぞ」
俺達の気配に気付いたのか、大峡谷に住み着いている魔物達が周りに寄ってきており、俺達を包囲し始めた。
「アレーティア、この場所の特性は理解しているな?」
「問題ない。アノスは?」
「愚問だな」
この土地には魔力分解作用があるが故に、魔法はろくに使えないとされる。だが、そんなことは関係ない。
「大峡谷だからといって、魔法が使えないとでも思ったか?」
俺は闇の炎を手の中に召喚し、周りの魔物達に放つ。
俺とアレーティアが魔物を殲滅するのに、そう時間は掛からなかった。
「さて、行ける場所を増やすというのなら、大迷宮探索もかねて一度東の森の方を見てみたいが構わぬか?」
「それはいいけど、どうやって移動する?」
魔物を殲滅した俺達は次の行き先を東の森方面と定めたが、アレーティアが移動手段を聞いてくる。
「それはな、これを使う」
そう言われると思っていた俺は空間収納してあった、俺とハジメの合作を取り出す。
取り出したのはアレーティアにとっては馬のいない馬車といったところか。俺にとっては地球に来てから存在を知って感動し、必ずディルヘイドでも再現すると誓った科学の結晶の一つ。
すなわち四輪自動車だった。
「それ、ハジメと一緒にアノスが楽しそうに作ってたアーティファクト?」
「正確にはアーティファクトではないのだがな。今俺が住んでいる地球では多くの人間がこれを用いて町を移動する。馬車よりも速く、安全に長距離を移動できる優れものだ」
最初はタールを用いた燃料式エンジンを採用しようかと思ったが、せっかく魔力というものがあるのだ。魔力駆動式にすることにより、環境にも優しい仕様になっている。
「本来、俺の年齢ではまだ運転してはならぬのだが、この世界に道路交通法はないのでな。思う存分運転できる」
自動車の存在を知り感動した俺だが、多くの国では俺はまだ運転可能な年齢に達してはいない。そのあたりのルールを守らないと父さん母さんにも迷惑が掛かるということで我慢していたのだが、異世界なら気にする必要もあるまい。
ちなみに世界中を旅する愛子達にも大型四輪車を渡してあるが、運転は唯一自動車免許を持っている愛子がすることになった。
愛子も乗り心地に満足しており、クラスメイト以外の護衛である教会の騎士は馬車で必死に車を追いかけているらしい。
そうやって大峡谷の魔物を駆除しながらアレーティアを助手席に乗せて快適な旅を始めた俺達だが、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。
自動車を走らせ突き出した崖を回り込むと、その向こう側に大型で双頭のティラノサウルスモドキが現れた。
だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。
「あれは?」
「兎人族?」
「ほう、あれが……」
兎人族──
この世界に住む数多の亜人族の内の一種族であり、普段は森に住んでいる穏やかな種族だと情報にはあった。この世界で魔力を持たない亜人は、神から見捨てられた種族だと言われており一部例外を除き、被差別種族とされている。なので滅多に森の外では見ないはずなのだ。
だが、そんな兎人族の少女が今、恐竜に追いかけられていた。
「ふむ、何か事情がありそうだな」
「大峡谷は昔、処刑場として使われていた。つまり……悪うさぎ?」
「それはなんとも言えんな」
そうしてるうちに追い詰められた兎人族の少女がこちらに気付いたようだ。藁にも縋るような表情をしてこちらに向かってくる。
「だずげでぐだざ~い! ひっ──、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」
滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる少女の後ろには恐竜が迫っており、今にも少女に食らいつこうとしていた。このままでは、俺達の下にたどり着く前に少女は喰われてしまうだろう。
「アノス……助けてあげてもいい?」
「構わぬ。お前の好きにするがいい」
俺と出会い、クラスメイトとの交流を得て、他人に優しくする余裕が戻ってきたのだろう。追われているのがどう見ても害のない兎人族の少女ということも影響しているかもしれない。とにかく助ける気になったアレーティアが今にも少女を喰らおうとしている恐竜に向かって魔法を発動する。
「"風刃"」
詠唱無しで放たれた二刃の風が双頭のティラノの首を斬り飛ばした。
「ひょええぇぇ──!?」
追っていた恐竜がいきなり絶命し、首から大量の血を噴き出すのを見た少女が恐れ慄いて尻餅をつく。
「どうやら無事のようだな」
運転席から出て少女の様子を伺う俺の元に少女が這いつくばって足に縋り付いてきた。
「びぇぇぇ──ん。こわがっだですぅぅ。助げでぐれでありがどうございまずぅぅ──!!」
ふむ、縋りつきたくなる気持ちはわかるが、これでは歩けぬな。
俺がどうしたものかと悩んでいたところで、アレーティアが再び魔法を行使する。
俺に縋り付く少女に向けて。
「ぐへぇ!」
「…………調子に乗りすぎ、アノスから離れて」
風撃で吹き飛ばされた少女が派手に地面に激突し、倒れ伏した。
***
「すみません。取り乱しました。改めて、助けてくれてありがとうございます。私、兎人族ハウリアが族長、カム・ハウリアの娘、シアと申します」
派手に吹き飛ばされて冷静になったのか、シアと名乗った少女が地面に正座して礼をする。
「アノス・ヴォルディゴードだ」
「……アレーティア」
名を名乗られた以上、こちらも名乗らなくてはならないだろう。俺は堂々と名乗ったが、アレーティアは俺の後ろに隠れて名乗る。哀れに思って助けたが、アレーティアが人見知りなのは変わらない。初見の少女と気軽に話せるわけではないのだ。
「それで、森に住んでいるはずの兎人族がなぜこんな谷底にいる?」
「実は……」
シアの話を要約するとこうだった。
俺が言ったように、兎人族の一つであるハウリアはハルツィナ樹海にてひっそりと暮らしていたらしい。
そんなハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だった。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操る技能とある固有魔法まで使えたのだ。
当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族であり、百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。
だが、彼女達が住む国、フェアベルゲンにおいてその子供は禁忌の存在であり、その存在がバレれば処刑は免れない。
故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。
行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。
しかし、彼等の試みは、その帝国により潰えた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。
女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば多くの同胞が捕らわれてしまった。
全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。
しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。
そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い、今に至る。
「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」
俺は頭を下げるシアを魔眼で見る。
亜人族は魔力を持たない。それはこの世界では常識とされている。だが俺の魔眼にはシアが魔力を纏っているのがわかった。
先ほどの話に出てきた禁忌の少女。シアは名前を出さなかったが、どうやら彼女のことで間違いはあるまい。
それを念頭に置いた上で俺はシアに俺の答えを返した。
「断る」
俺の返事が予想外だったのか、シアが何か言おうとするが、その前に俺は再び口を開く。
「先ほどから聞いていれば、お前たちは逃げてばかりのようだな。自らの危機に対して、自ら戦わぬ者に温情をかけるほど俺は優しくない」
この世界では亜人差別は当たり前のものとして扱われている。神がそれを許容しているというのもあるが、亜人差別がまかり通っている理由の一つは彼らが弱いからだろう。
アレーティアの時と同じだ。自ら戦わぬ者達を救っても、強者に依存しなければ生きていけない弱者が生まれるだけだ。彼女達の生涯に対して責任を取れないなら、安易に手を出すべきでない。
アレーティアが俺の内心を察して沈黙する中、シアは焦った表情を浮かべる。
「そんな…… でも、守ってくれるって見えましたのに!」
「ほう……」
悲観にくれるシアに対し、俺は少し興味が湧いた。
「そう言えば聞いていなかったな。お前の固有魔法が何なのかを」
「え? あ、はい。〝未来視〟といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……そ、そうです。私、役に立ちますよ! 〝未来視〟があれば危険とかも分かりやすいですし! 少し前に見たんです! 貴方が私達を助けてくれている姿が! 実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」
「ふむ、なら少し見せてもらうぞ」
そう言って俺はシアの顎を掴み、顔を上向かせてシアの眼を覗き込む。
「えっ、あ、あの〜」
シアの魔眼には確かに魔法が刻まれていた。以前クラスメイト達に説明したが、魔眼には稀に特別な能力を持つものがある。それは生まれた時から魔眼を使えるディルヘイドの魔族においても滅多に見られない特性であり、この世界においてもシアはまたとない希少種だろう。
「なるほど、確かに美しい魔眼をしている。澄み渡っていて、澱みがない」
「あ、あうぅ」
眼はその人物の本質を映し出す。強力な魔眼であろうとも、邪な者には澱んだ魔眼が宿るものだ。それを思えば、シアは本当に愛情を持って大切に育てられたのだとわかった。
「…………アノス、見過ぎ」
俺の後ろに隠れていたアレーティアが俺の腕を引っ張ってくる。その際腕を抓られるおまけ付きで。
「どうした?」
「……別に。雫の苦労が理解できただけ」
若干頬を膨らませて拗ねた態度をするアレーティアは、確かにたまに雫が見せる表情に似ていた。俺は何故か顔を赤くしているシアから手と顔を離す。
「この力を使って危険は回避できなかったのか?」
「ひゃい! じ、自分で使った場合はしばらく使えなくなってしまいまして……」
「なるほど、制御できていないわけか。……よかろう。もう少しだけ話を聞いてやる」
「ほ、本当ですか!?」
「だからまずは、はぐれた家族とやらに合流しなくてはな」
そう宣言すると、安心して気が抜けたのか、尻餅をついて泣き始めるシア。
「あ、ありがとうございます! うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」
ぐしぐしと嬉し泣きするシア。だが仲間の元に案内するためかすぐに立ち上がる。
「あ、あの、宜しくお願いします! アノスさんとアレーティアちゃん」
俺達の名前を何度か反芻し覚えるシア。だがアレーティアはその呼ばれ方に眉を顰める
「私はあなたより年上」
「ふぇ!? そうだったんですか!?」
「アレーティアは吸血鬼でな。見た目より大人だ」
「それは失礼しました。アレーティアさん」
族長の娘ということもあり、冷静になればそれ相応の礼儀は心得ているらしいシアはアレーティアの名前を呼び直す。
「シア……」
「えーと、なんでしょうか?」
「アノスが連れて行くなら、私は何も言わない。けど、私はあなたを認めたわけじゃないから」
「は、はい。き、気をつけます!」
元より人見知りのアレーティアはそう簡単にはシアを受け入れられないようだ。
「アノスは、大きいのが好き。シアの胸は……危険」
アレーティアはシアの胸を怨敵のような目で見ていたのが印象に残った。
***
シアを魔力式四輪に乗せ、自己紹介をしながら大峡谷を走る。
この四輪が俺と仲間の錬成師が作ったアーティファクトのようなものであること。俺とアレーティアが大峡谷でも魔法が使える理由。それらを聞いたシアはまた泣き出してしまった。
「どうした?」
「い、いえ。すみません。ただ……私は一人じゃなかったんだと思ったらつい……」
「魔力操作のことを言っているのならそう珍しいものではない。俺の仲間は全員使えるし、俺にとってはむしろ魔力操作が使えぬこの世界の住人がおかしいのだ」
「この世界?」
「ああ、アレーティアはこの世界の出身だが、俺は異世界からここにきた。また機会があれば俺の仲間に会わせてやる。全員亜人差別意識がない者ばかりだから安心するがいい」
そもそも亜人に会ったことがない者ばかりだが、シアを怖がる者は誰もいないだろう。一部はシアの容姿に歓喜するかもしれぬ。雫もあれで可愛いものが好きだから歓喜するメンバーの一人だ。
「! アノスさん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」
「わかっている、アレーティア」
「ん、準備できてる」
シア曰く、ハイベリアと呼ばれる魔物に襲われていたが、大したことがない魔物達ばかりだ。俺とアレーティアは車内から魔法を発動し、空中でシアの家族相手に品定めしていた魔物を全て撃ち落とした。
「な、何が……」
「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」
その聞きなれた声音に、これは現実だと理解したのか兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。
『シア!?』
シアの無事を確認したシアの家族は、撃ち落とされた魔物を恐る恐る避けながらシアの元に駆け寄ってきた。
「シア! 無事だったのか!」
「父様!」
真っ先に声をかけてきた濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性は、無事だった娘を抱きしめ、その存在を確かめ始めた。
「本当に……良かった、シア」
「はい、アノスさん達に助けられて、ここまでこれました」
シアの言葉を受けてようやくこちらに意識が向いたシアの父親が俺に向き直る。
「アノス殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」
そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。
シアを見てわかっていたことだが、どうやらハウリア族というのは皆、人がいい人物ばかりらしい。
だからこそ……
「何を言っている貴様ら……」
──間違いを指摘してやらなければならない。
「俺がお前達を助けてやるといつ言った?」
俺の言葉に対し、シアは一瞬何を言っているのかわからない顔をした後、慌てて俺の方を向いた。
「えっ、その……どうして?」
「どうしても何も、もう少し話を聞いてやると言っただけだ。助けてやるとは一言も言ってない」
「それは……」
一緒に行動したからか、勘違いしていたことにシアは今更気づいたようだ。
「そもそも俺が貴様達を助けることに何のメリットがある? 帝国から追われている貴様らを庇うということは、俺達も帝国に目をつけられるということを意味するのは当然理解できていような?」
「それは……」
カムが狼狽えた表情を浮かべる。
シア達ハウリアを庇うということは、すなわち彼女達を狙う帝国に目をつけられるということを意味する。損得勘定ができる賢しい人物ならまず関わろうとは思わないだろう。
「貴様らに問おう。自らが助かるために、お前達は俺に何を差し出す? 先に言っておくが単なる奴隷など俺には不要だ。どんな形であれ、俺の下に着くというのなら、強いか、面白いかのどちらかを満たしていなければならない。単純な労働力など俺にはいくらでも用意できるからな」
救世主だと思った俺のまさかの言葉に、ハウリア達の間で動揺が広がっていく。
ハウリア達は森から追い出され、文字通り無一文だ。何も払えるものがない。兎人族は奴隷としての価値が高いらしいが、先んじて俺がその選択肢を潰した。
そう、ハウリア達に払えるものなど何もない。
たった一つを除いては。
「どれだけ考えようと、お前達ハウリアが今支払えるものはたった一つしかない。お前達の安全と引き換えに、今のお前達が持っている最も価値のあるものを渡してもらう」
「シアを俺に渡せ」
その言葉に、ハウリア達が凍りついたのがわかった。
「お前達にとってシアはちょっと変わった特技を持った娘なのだろうがな、俺にとっては違う。シアの特殊な眼はお前達が考える以上に希少価値が高いものだ。シア本人はともかく、この眼だけは
シアを敢えて力ずくで引っ張り、抱き寄せる。
「あ、アノスさん!?」
「未来視の魔眼。どうやらまともに制御できぬようだが、俺ならばもっと有効活用することができる。そうだな……極論シアを渡したくなければ、この両眼だけ置いていってもらえばそれでよい」
そう言うのと同時に俺はハウリア達の目の前でシアを拘束した。
「痛いッ」
「さぁどうするハウリア。シアを差し出すのなら、お前達は今後何にも怯えなくてもよくなる。永遠の安寧というやつを、魔王アノス・ヴォルディゴードの名の下に約束してやろうではないか。信じられぬというのなら、今すぐここに帝国の皇帝を連れてきて、二度とお前達に手を出さぬように誓わせても良い。俺ならそれくらい容易いことだ」
俺の言葉に対して、ハウリア達が何か言おうとしたが、先にシアが口を開いた。
「…………約束してくれますか?」
「何をだ?」
「私が
シアがそれだけは譲れないと視線を鋭くして俺を睨むが、その態度に対し俺は笑みで持って答える。
「もちろんだ。魔王は結んだ契約をちゃんと守る。今後お前が永遠に、その魔眼を俺の下で俺のためだけに使うと誓うのなら、お前の家族の無事を保証しよう」
俺はシアの前で魔法陣を展開した。
「これは<
この魔法を結んだら最後、俺とシアの間に破れぬ誓いが成立する。
「私……私は……」
当然、自分の生い立ちに、家族に対して負い目があるシアはその誘惑に抗えない。
自分が犠牲になれば、家族が助かるという誘惑に。
「シアッッ!!」
だが、その誘惑を当然家族は許さない。
「もういいシア。私達の安全のために、お前が犠牲になる必要はない」
「父様……」
「ほう、それではお前達は、俺の申し出を断ると?」
「その通りだ。我々は確かに弱い。だがだからこそ、家族みんなで支え合って生きてきた。それはこれからも変わらない。何と言われようと、家族を犠牲にする平穏などいらん!」
カムの言葉に残りのハウリア達は異論なしという表情をする。
例え一族全体が危機に晒されようとも、大切な家族は売らない。それは禁忌の子を匿えば、いずれ故郷を追われるとわかっていたハウリア達らしい選択肢。
実に美しい家族愛だ。
「くくく、くはははは! なるほど、それが貴様らの本質か。よくわかった。だがな、貴様達は一つ勘違いをしているぞ」
「交渉しているからといって、貴様らに選択肢があるとでも思ったか?」
その言葉と共に、俺はハウリア達に軽く威圧をぶつける。
「うぐぅ」
「ずっと逃げ続けた貴様ら腰抜け共に対しての最後の譲歩だったのだがな。交渉に乗らぬのなら、貴様らを皆殺しにしてシアを奪うだけだ」
「なっ、この!!」
家族を殺される。その言葉を聞いたシアは俺の手の中で暴れるが、当然俺の手はびくともしない。
「じゃあまずは貴様からだカムとやら。これはせめてもの温情だ。族長として家族が次々殺される光景を見たくはあるまい。真っ先に貴様を殺してやろう。そうすれば家族の死を見ずに済む」
俺は魔力を高め、カムに向けて魔法陣を向ける。魔法とは亜人族にとって人族や魔人族に逆らえない決定的な要因。その絶望は彼ら共通のものだろう。
誰もが顔を青くする中、たった一人だけ抗い続けている者に変化が訪れる。
「この……このッ!」
俺の手の中で暴れていたシアの様子が変わる。今まで垂れ流しになっていた魔力が急激に高まり、その身を包み込み始めた。
ほう、この土壇場で己の身に宿る魔力の使い方を直感的に理解したか。
「いい加減に、離しやがれですぅ!!」
ついに俺の片手の拘束を外したシアの拳が俺の顔面に突き刺さる。土壇場にしては中々魔力が篭ったいい一撃だった。魔眼で見て身体能力に優れていることはわかっていたが、直接拳を受けてみてシアの評価を一段階上げる。
とはいえ、この程度では俺は止まらない。
「それがどうした?」
「なっ、あぐぅ!」
俺はシアの拳を掴み捻り上げ、今度は抵抗できぬように力を込めて拘束する。
「シア!」
「心配するのはいいがな。この後に及んでまだ戦わぬのだな。腰に付けている短刀は飾りか、ハウリア?」
彼らを見て、ずっと気になっていたことがある。
「お前達はここまで逃げてきたにしては、大した傷を負っているようには見えぬ。森から追放された時、帝国に追われた時、魔物に襲われた時、傷つくタイミングが何度もあったにも関わらずな」
暴れるシアを押さえつけながら、俺はハウリア達に言葉をかけ続けた。
「その答えはただ一つ。貴様らはそれらの機会でただの一度も戦わなかった。例え理不尽に森から追い出されようとも、帝国兵に家族を奪われようとも、魔物が高みから貴様らを品定めしている時も、逃げて逃げて逃げ続ける選択を選び続けた。そして今現在、ここまで虚仮にされてなお、誰一人腰の短刀を抜こうともしない」
家族愛が強いのは結構。他の亜人族は忌み児を何の疑問も浮かべずに犠牲にし続けた愚か者達だったのかもしれない。そう思えば、ハウリアは他の亜人族とは違う大切なものを持っているのかもしれない。だが、ハウリア達は何かを成し遂げるために必要な肝心なものを持っていない。
「何かを守るためにはッ、大切なものを奪われぬためにはッ、時に戦わなければならない時がある! それができぬのなら貴様らはッ、永遠に奪われ続けるだけの負け犬だ!!」
「う、うう」
「あ、ああ」
ここまで言ってようやく腰の短刀を抜くものが現れ始めたが、その手は震えている。最低限の構えすらろくにできていないところを見れば、恐らく狩りすらもまともにできない種族らしい。ここまでくると何者かにそうあるように仕込まれたようにも思えるな。
「どうして、どうしてこうなるのだ……」
カムが震える手で短刀を握りながら、現実に絶望したように嘆き始める。
「我々はただ……家族と穏やかに暮らしていければ良かったのにッ!」
「家族と穏やかに暮らすために、お前達は戦わなかったからこうなった。そして今お前達は、また大切なものを一つ失う」
俺は暴れるシアの前髪を掴み顔をハウリア達の正面に見せる。
「先ほど言ったであろう。この両眼さえあればよいと。どうもシアだけは言うことを聞かぬじゃじゃ馬らしいからな。今ここで両眼を抉り出して保存するとしよう」
シアの顔に指を近づける。
「やめろ……」
そして、そのまま指で目の淵をなぞり、指を眼に突き刺そうとした。
「やめろぉぉぉぉ──ッッ!!」
この世に怒らぬ動物はいない。
例え常に狩られる側の弱い草食動物でも、時に自分より強い肉食動物に戦いを挑む時がある。
そしてそれは自分の危機よりも……
──大切な子供の危機に起きることが多い。
大切な娘を守るために行われた、構えすらろくにできていないがむしゃらな突進は……
俺の脇腹に短刀が突き刺さると言う結果を齎した。
「…………え?」
その声は、飛び散る血の感触を感じたシアから漏れたものだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、あ、ああ」
シアの声に冷静になったのだろう。カムが荒い息をしながら俺に刺さる短刀の感触を感じ、短刀から手を離し、その場で膝をつく。
「……そうだ、それでいい」
俺は脇腹の短刀を抜きつつカムに、この場にいるすべてのハウリアに言葉をかける。
「大切なものを守るためには、優しいだけでは駄目だ。時に手に刃を持ち、戦わなければならない。力が無ければ、守れぬものもあるのだ。……そして、先ほどの一撃は悪くなかった……合格だ。まだまだ足りぬものは多いが、精一杯の勇気が篭ったこの短刀の一撃を持って、貴様らの望みを叶えてやる」
「それは…………どう言う意味ですか?」
意味がわからないという表情を浮かべるシアの傷を治し、笑みを浮かべながらシアの問いに答える。
「貴様ら全員を助けてやると言ったんだ。許せ、貴様達の覚悟を試したかったのだ。俺は自ら戦わぬものを救うつもりはないからな。誇るがいい、貴様達はただ一方的に施しを受けるわけではない。ずっと逃げ続けた貴様達は、この土壇場で困難に立ち向かい、自らの手で救いのチャンスを掴み取ったのだ」
その言葉を聞いたシアは今度こそ力が抜けたのか、ペタンと尻餅をつく。
そのシアをきっかけに、ハウリア達にも俺の言葉が浸透していった結果、全員腰を抜かしてしまった。
「あ、あああ、アノスさん!? 今脇腹を、ナイフでグサッと!? 血がいっぱい出てッ、早く手当を!」
そして、根っから温厚な種族らしく、直前まで眼球を抉り出そうとしていた男の怪我を心配するあたり、シアも筋金入りだ。
「問題ない、とっくに治療済みだ。この程度怪我をした内にも入らぬ。だから、そんな顔をするなアレーティア。俺がこの程度でどうこうなるわけあるまい」
そして、今までのハウリア達のやり取りを黙って見て、最後に背中に抱きついてきたアレーティアに言ってやる。
「……こういうことをするなら事前に言って。……心臓に悪い」
「そうか、それはすまなかったな」
「…………雫に報告するから」
「それは……困ったな」
この話を聞いた雫が俺に説教をする光景が目に浮かぶようだ。
仕方ないと判断した俺は、アレーティアとシア達ハウリアが落ち着くまで、しばらくここで待つしかなかった。
本作を書く上でとにかくアノスらしさを損ねないことに気を遣っているつもりです。
原作のハジメはハウリアを取引で助けましたが、アノスにはそんな取引は不要。そして初期のハウリアを何も無しに助けるのも違うかなと思い、試練を課しました。この辺は第一章時のアレーティアの時と同じです。
次回はいよいよアノスが長年温めてきた鉄板ジョークを披露する回