ありふれない不適合者が世界最強   作:シオウ

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ちょっとだけオリジナル展開あり。


13話 魔王とハルツィナ樹海

 七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据えて、俺が運転する魔力駆動四輪で牽引する大型馬車二台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

 

 ハウリア達には一度森に立ち寄るとあらかじめ伝えてある。ハウリア達はいい顔をしなかったものもいたが、最終的に俺に運命を預ける覚悟をしたらしい。大人しく森までついてくるどころか、自ら案内を買って出た。

 

 その間唯一同じ車内にいるシアは俺とアレーティアと会話をしたがった。

 

 アレーティアは最初はとにかく明るいシア相手に抵抗があったようだが、次第に観念して自分のことを話し始めた。

 

 そして、その結果。

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、アレーティアさんがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

 盛大にアレーティアに同情して号泣した。なんとも感受性豊かなことだ。見た目通り耳がいいのか、アレーティアの話を聞いていた他の兎人族も涙ぐんでいるあたり、種族全体がお人好しなのだろう。

 

「そんなに泣かれると……その……困る」

 

 後ろの席で大泣きされて流石のアレーティアもすまし顔を崩してオロオロしていた。

 

「はいっ、ずびー」

 

 どこからか取り出した紙で涙とか色々を拭った後、突如シアが気勢を上げ始める。

 

「アノスさん、アレーティアさん。決めました! 私、お二人の旅に着いていきます! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向にお二人を助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私達はたった三人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

 

 たった三人の仲間ではないのだが、どうやら俺達の旅について行きたいらしい。シアの背景や置かれている状況を考えれば、なぜそんな突拍子もないことを言い始めたのか察することはできるが、俺にも譲れぬものがある。

 

「シアよ。お前は俺達について行くことを希望しているようだが、俺が配下に入れる条件は覚えていような?」

「え、えーと……なんでしたっけ?」

 

 どうやらハウリアの存亡をかけた戦いもあって忘れてしまったらしい。

 

「強いか、面白いかだ。お前の面白いところは現状その魔眼だけだ。強さは言うまでもない。今のままでは連れて行くことはできぬな」

「えー、そんな〜」

「当然、私達の旅に弱い兎は必要ない」

 

 アレーティアもシアの同行に否定的だ。もっともなぜシアの胸部を見て言うのかはわからぬが。

 

 

 それからしばらくのドライブの後、ついにフェアベルゲンの入口に到達した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えぬが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるのだという。

 

「それでは、アノス殿、アレーティア殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お二人を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「うむ、話を聞く限り、そこが大迷宮と関係してそうだからな」

 

 カムが、俺に対して樹海での注意と行き先の確認をしてくる。ハルツィナ樹海の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には〝大樹ウーア・アルト〟と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

 

「アノス、やっぱり大樹が大迷宮?」

「であろうな。樹海そのものがオルクス大迷宮の深層と同等の迷宮なら亜人族は生きられぬはずだ」

 

 だからこそ俺は、真の大迷宮は亜人族すら滅多に近づかない大樹に関係すると当たりをつけたわけだ。

 

「アノス殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「なるほど、見つからないようになればよいのだな、なら……アレーティア、少しこちらによるがいい」

「ん……」

 

 俺がアレーティアにそう告げるとアレーティアが俺にピッタリ張り付く。くっつけと言ったつもりはなかったが、これでも問題はないから特に何も言わない。

 

「<幻影擬態(ライネル)>──<秘匿魔力(ナジラ)>」

 

 幻影擬態の魔法にて透明になり、秘匿魔力で魔力を隠す。

 

 この組み合わせなら大抵の感知能力には引っかかるまい。

 

「なるほど。ではしっかり着いてきて下さい。透明だと我々が見失う可能性がありますので」

 

 カムの号令と共に準備を整えた俺達は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 

 しばらく、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 

 おそらく亜人族にだけ回避されるように設定されている魔法だと推測する。俺の世界だと精霊魔法に近いかも知れない。

 

「魔眼で破壊できる?」

「可能かも知れぬがやめた方がよいだろうな。この霧の魔法は樹海に住む亜人族の城壁のようなものだ」

 

 この霧があるからこそ、天敵が多い亜人族は無事に過ごせているのだとすぐにわかった。俺とてこの国の民の平穏を乱すつもりはない。

 

 だが、そんなことはこの国の住民は知らないことだ。

 

「おい、お前たち。白い髪の兎人族…… 貴様ら……報告のあったハウリア族か!」

 

 ハウリア達の隠形術はかなりの精度を誇っていた。それでも俺とアレーティアとは違い、姿を消しているわけではない故に視認されれば見つかってしまう。この樹海の中で見つかってしまうとはどうやらハウリア族自体の運気はまだまだ悪いらしい。

 

「答えろ! 追放処分を受けた貴様らハウリアが、何故こんな場所をうろついている!?」

「…………追放される前に、聖域である大樹ウーア・アルトにせめて祈りを捧げようと思ったのだ」

 

 カムは少し悩み、俺とアレーティアの存在は未だ気づかれていないことを考慮してそのように言い訳をする。

 

「祈りだと? ふん、長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿い続けた貴様らに大樹の加護があるとは思えんがな。それに……今は霧が濃い。最低十日間は我々ですら大樹には近づけん。亜人族なら誰でも知っているはずだが?」

「あっ!」

 

 亜人族の指摘にカムが思わずしまったというような表情を浮かべてしまう。どうやら案内するのに張り切りすぎてうっかりしていたようだな。

 

「やはり怪しい……おい、貴様らッ、本当は何を企んでいる? 言え!!」

「ひっ!」

 

 啖呵を上げる亜人族達に少なくないハウリア達から悲鳴が上がる。

 

 こうなった以上、ハウリア達はこやつらから逃げることはできぬだろう。このまま連れていかれて、自由を奪われるやもしれん。仕方ない。

 

 俺は発動していた<幻影擬態(ライネル)>を解除した。

 

「そう喚くな。こやつらは俺達の依頼を受け、ここまで案内したに過ぎぬ。俺達に敵意はない。話し合いがしたいゆえ、武器を下ろせ」

「なっ!? 一体どこからッ、それも……人間だと!? 貴様ら!!」

 

 突如現れたように見える俺とアレーティアの存在を確認した、亜人族たちが一斉に武器を構え始めるたので俺は言葉に魔力を込める。

 

「武器を下ろせ、と言ったはずだが?」

 

 耐魔力に乏しい亜人族は俺の言葉を受け、身体の自由を奪われる。そんな中、この集団のリーダーらしい虎の亜人だけ自由にした。

 

「俺達の目的は大樹の調査だ。それ以外にここに用はないし、お前達を傷付けるつもりもない」

「……それを信じろと?」

「拘束だけで留めているのがその証だ。俺がその気になれば交渉など面倒なことをせずに、お前達を皆殺しにしていることくらいは理解できていよう」

「……くっ、貴様ら人間が大樹に何の用があるというのだ!?」

「真の大迷宮を攻略するためだ。七大迷宮が攻略されることを前提に設計されている以上、迷宮攻略者が案内役として貴様らの協力が得られるような伝承くらい伝わっていよう」

 

 外からきた他の大迷宮攻略者が、この樹海を訪ねても亜人族の協力がなくてはこの樹海を突破できぬ。それなのに素直に協力が得られぬのであれば大迷宮攻略者と亜人族の間で確執が生まれてしまう。それを想定していないほど解放者は愚かではなかろう。

 

「……そのような話は私は知らない。だが長老方なら知っておられるかもしれぬ。本当に我らに敵意がないなら伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

「構わぬ。誰を解放すればよいのだ?」

「……全員解放してほしいものだがな」

「お前が部下達の放つ俺達への殺意を抑えられるのなら解放しよう。それができぬなら無駄に血が流れるやもしれぬぞ」

 

 蘇生できるとはいえ、同胞が死んで生き返る姿は見たくはあるまい。

 

「……ザムを……あの男を自由にしろ」

「いいだろう」

 

 冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、俺はザムという男を解放することで応える。

 

「ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

 

 虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。これでしばらく待てば話のわかるものがこよう。

 

「アノス殿……申し訳ない。私が霧の周期を把握していれば……」

「構わぬ。見つかったとてさして違いはない。むしろ隠れなくて良くなった分、無駄な労力が減った」

「そう言っていただけると幸いです」

 

 カムは申し訳なさそうな顔をするが、ハウリア達を守りながら十日も隠れているのは流石に億劫だ。それなら堂々としていた方が楽でいい。

 

 しばらく待っていると霧の奥から数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族いわゆるエルフなのだろう。エルフが実在すると知ったらファンタジーが好きな父さんが喜ぶかもしれぬな。

 

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」

「アノス・ヴォルディゴードだ」

 

 俺の態度に長老の周りが騒がしくなるが、それを手で制した長老が名乗り返してきた。

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟とは何処で知った?」

「オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

「奈落の底か、何か証明できるものはあるか?」

「ふむ……生成魔法を見てもわからぬだろうな、さて……」

「アノス……オスカーの持ってた指輪は?」

 

 増えてきた人の視線から逃れるために、俺の後ろに隠れていたアレーティアが提案してきた。

 

「そうだな。これでどうだ?」

 

 

 俺が取り出した指輪を見たアルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

 アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。基本的に人間は不倶戴天の敵なのだから当然か。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

 アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。

 

「お主らも構わぬな?」

「そうだな。十日待たねばならぬなら世話になろう。それに期間もそれくらいがちょうどよかろう」

 

 それから俺達は濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む。

 

 行き先はフェアベルゲンだ。俺とアレーティア、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いている。どうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な駿足だったようだな。

 

 そして、しばらく歩いた果てに到達した国の門をくぐると、そこは別世界だった。

 

 直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 

「ほう、澄んだ魔力が充実しているな」

「ここが……フェアベルゲン。すごい……」

 

 俺は周囲の充実した魔力に、アレーティアは素直に国の美しさに感動しているようだ。

 

「ふむ、外交などでここに来たことはなかったか?」

「私は王様兼最強戦力だったから、そう簡単に国を離れられなかった」

「そういうものか。俺も魔王だったが、思いついたらその場で敵国の首都に、単身出向いたりしておったのだがな」

「……それはアノスが自由すぎるだけ。アノスの家臣と敵が苦労したのが目に浮かぶ」

 

 アレーティアの言葉を受け、俺は大魔法発動の相談を勇者カノンにするために単身アゼシオンに行った時、勇者ジェルガとその部隊が盛大にもてなしてくれたことを思い出した。あの時は善は急げの精神で行動したのだが、確かに少し唐突だったやもしれぬな。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

「確かに、見事なものだ」

「感動した」

 

 俺とアレーティアの賞賛にアルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。

 

 そのまま少し機嫌が良くなった亜人族達に着いて行った。

 

 ***

 

「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

 

 現在、俺はアルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、オスカー・オルクスに聞いた〝解放者〟のことや神代魔法のこと、自分が異世界の人間であり、七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための手掛かりになるかもしれないこと等だ。

 

 そして代わりにこのフェアベルゲンに伝わる伝承の話を聞いた。俺の予想通り、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという伝承が存在するらしい。

 

「なるほど、それなら俺たちが大樹に赴くのに何の不都合もあるまい」

「……理屈ではそうなのだがな……」

 

 急に歯切れが悪くなるアルフレリックだが、その理由はすぐに判明した。階下にて待機していたシア達ハウリア族の方が騒がしくなったのだ。

 

 階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族を睨みつけていた。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。シアもカムも頬が腫れている事から既に殴られた後のようだ。俺は遠距離から回復魔法を飛ばして二人の傷を素早く癒す。

 

 階段を登ってきた亜人族は俺とアレーティアの姿を確認すると、一斉に鋭い視線を送り、熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言した。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

 熊の亜人が激昂するが、アルフレリックはどこ吹く風だった。伊達に長老をやっていないらしい。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だッ、そんなもの眉唾物ではないかッ、フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどない!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「その通りだ」

 

 あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして俺を睨む。

 

 そんな視線に晒されている俺だが、出されたお茶をゆっくり飲んで楽しんでいる。人に囲まれていても俺が側にいれば問題ないアレーティアも同様だ。

 

「ふむ、なかなかいい葉を使っているではないか」

「確かに……美味しい」

「ッッ……ならば、今、この場で試してやろう!」

 

 俺の態度に怒りが増したのか、熊の亜人が突如、俺に向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できていないが、俺も特に反応しない。

 

 なので熊の亜人の拳が届く、その前に……

 

 ──どくん、と音が周囲に響く。

 

「ッツ、ぐは、がふっ、ぐぁ、ごふ、がはぁ!?」

 

 全身から血を噴き出しながら奇妙な踊りを踊る熊の亜人は、数秒後には全身血塗れでその場に倒れた。

 

 周囲が静まり返り、視線が俺に集中する。隣のアレーティアすら驚愕の表情で俺を見ているな。

 

「アノス……今何したの?」

「何も。熊人族とやらは興奮しすぎると、奇妙な踊りを踊りながら全身から血を噴き出す体質でも持っているのではないか」

「…………」

「…………」

「…………そんなわけない」

 

 周囲の者達が考えているであろうことをアレーティアが代弁する。流石に誤魔化せぬか。

 

「なに、心臓の鼓動に魔力を込めて、彼奴に向けて放っただけだ。この程度の相手に魔法や腕力はおろか、指先一つ動かす必要もない。俺ならちょっとドキドキするだけで倒せる」

「…………理不尽」

「ところで、俺に何か話しがあるようだが、ちょうど茶を飲み終わった頃だ、聞いてやるから申してみよ」

 

 俺がそう言っても、先ほどまで勢いがあった眼下の長老達は誰も口を開かなかった。

 

 そして現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族──俗に言うドワーフのことだ──のグゼ。治療を済ませ、この場に復帰して以降、俺を睨み続ける熊人族のジン、そして森人族のアルフレリックが、俺と向かい合って座っていた。俺の傍らにはアレーティアとカム、シアが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っている。

 

 長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では一,二を争う程の手練だった熊人族の長が、俺に指先一つ動かさずに倒されたのが堪えたらしい。

 

「それで、今この場で長老達が集まったのは、俺達の正式な滞在許可と大樹への通行手形を発行するためという認識で構わぬな?」

「貴様ッ」

「そう怒るな、大した傷でなくてよかったではないか。見た目通り頑丈なのだな。もっと耐久が弱ければ全身砕け散っていたかもしれぬ、頑丈な身体に生まれたことに感謝するといい」

「ッッ!」

「ジン、気持ちはわかるが落ち着け」

 

 アルフレリックの諌めの言葉に、立ち上がりかけたジンは表情を歪めてドスンッと音を立てながら座り込んだ。そのまま、むっつりと黙り込む。

 

「アノス・ヴォルディゴード。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

「人間に恨みを持つ亜人族を抑えきれぬと?」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない」

 

 人間と亜人族の確執は大きい。いくら掟でも若い者は襲いかかってくるかもしれないということか。

 

「手心を加えるのはやぶさかではないがな。うっかり殺してしまう可能性も否定できぬ。なにしろ心臓の鼓動だけでああなるのだ。だからお前達も若い者によく言い聞かせることだ。それが長の役目であろう」

 

 俺の言葉を飲み込もうとする長がほとんどだが、やはり熊人族のジンは俺のことが相当気に入らないらしい。

 

「確かに資格者と敵対してはならないというのが口伝だ。だが口伝には気に入らない相手を案内する必要はないとある。よって我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう」

「ジン!?」

「私も同意見だ」

「ゼル、お前もか!」

 

 アルフレリックが諌めようとするが、どうやら案内を拒否する者は名乗り上げた二人だけではないらしい。口伝には口伝を、ということなのだろう。

 

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

「ふむ、そのことで聞きたかったことがあるのだがな。どうして魔力を操作できるから忌み子なのだ?」

 

 背後のハウリア達が騒ぐ前に、俺が話を始めた。

 

「何を言っている?」

「魔力操作など俺はもちろん、ここにいるアレーティアも使える。それどころか俺の仲間は全員使える技能だ。大して珍しいものではない。むしろ魔力操作は非常に有用な技能だ。詠唱をせずとも魔法が使え、身体強化も非常に高レベルで使用できる。魔法が使えずとも元々身体能力に優れた亜人族ならば、魔力による肉体強化を使えれば、並の魔導師を凌駕する身体能力を発揮できるだろう。それを念頭に置いた上で聞こう。なぜ彼女達を排斥し続けてきた?」

「それは……魔物の性質を持っているから」

「確かに魔物の性質を持つ魔力操作持ちは異端だとエヒト教の教義ではなっているが、エヒト教の教義など貴様らには関係なかろう」

「ッツ忌み子は大きな災いを呼び込む!」

「こやつが災いを呼ぶように見えるか? 現にシアの存在がわかるまでの十六年間、貴様らは災いなど気にせず平然と過ごしてきたではないか」

「それは……」

 

 改めてシアの方を見るが、涙目になっているその姿に禍々しさなど何も感じぬ。

 

「それが掟だからだ! 我らにとって、掟は絶対だ!!」

「先ほど掟など知らぬとばかりに襲いかかってきた男がいたが、貴様らの掟とは自分の感情で自由に曲げられる、ずいぶん都合のいいものなのだな?」

「くっ!」

「だがそれでよい。掟など所詮、その時代に生きた人間が自分の都合で残したもの。時代によって変えていくのは何も不自然ではない。だがな、後の世にまで大切に伝えるべき口伝と今すぐ廃すべき悪習の区別がつかぬのは問題だ」

「我々が……悪習に囚われていると?」

 

 アルフレリックの言葉に俺は頷く。

 

「結局よく分からずに掟だからと魔力持ちを排斥し続けてきたのであろう。その魔力持ちが力をつければ、お前達を最も苦しめ続けている人間や魔人族すらも凌駕するやもしれぬのに」

「貴様はッ、そこの小娘が俺達より強くなるとでもいうのか!?」

「その通りだ」

 

 俺が自信を持って言うものだからシアは萎縮してしまっていた。

 

 そこで俺は一ついい考えが浮かんだ。

 

「そうだな、ではこうしよう。大樹に行けるようになるまで十日あるのだったな。その間俺がこやつらを戦えるように鍛えよう」

 

 そう言ってシアを側に引き寄せる。

 

「へっ?」

「十日後、ここにいるシアを筆頭としたハウリアと、こやつらが気に入らない貴様らで戦いを行う。その戦いでハウリアが貴様らに勝てば……こやつらの存在を正式に認めよ」

「え、えええぇぇぇぇぇぇ──ッッ!!」

 

 隣でシアの絶叫が響く。後ろのハウリア達は驚きすぎて言葉も出ないらしい。

 

 俺の言葉に最初は呆気に取られた長老達だが、相手が俺ではなく亜人族最弱の兎人族だとわかり、鼻で笑い始めた。

 

「何かと思えば、そんなビクビク怯えて隠れることしか能がない弱小種族が、たった十日で俺達を倒すというのか? 随分舐められたものだな!」

「それに我々がその提案を受け入れる理由はどこにもないな。話にならん」

「ほう、それなら受けるメリットがあればいいのだな?」

 

 俺は空間収納スペースを開き、そこの中身を取り出す。

 

 じゃらじゃらと音を鳴らして積み上がっていくのは色取り取りの鉱石と魔石。

 

「こ、これは!?」

 

 俺が出した鉱石魔石の山に目の色を変え始める長老達。

 

「道中、フェアドレン水晶という霧を操作する道具を紹介されたが、あれはアーティファクトであろう。その他にも国中にアーティファクトがチラチラ存在するのが見えた。それらを動かすのに自前の魔力を持たない貴様らは魔石に頼らずにはいられまい。それだけではない。この国は見た通り樹木は豊富だが、鉱石はろくに取れぬはずだ。樹海に篭っていれば安泰な亜人族の奴隷が何故存在するのか。それは生活に必要な鉱石やその他の物資は、危険を冒して樹海の外に取りに行かねばならぬからだ」

 

 目の前に積まれた鉱石や魔石の山は、フェアベルゲンの住人にとって文字通り、喉から手が出るほど欲しい宝の山のはずだ。

 これだけあれば、それなりに長い時間を捕まる危険を冒して樹海の外に出たり、危険な魔物と戦ったりせずともよくなるからな。

 

 目の前に差し出された宝の山に対し、長老達の間で議論が起きる。

 

「この鉱石は本物か!? どうなのだ、グゼ!?」

「……間違いない。本物だ。こんな純度の魔石、見たことがないぞッ、それに鉱石は、近くで取れる物とは品質が全然違う!」

「これだけの数……一体何十年分なのだ」

「十年……いや二十年は持つかも」

「コレがあれば、今の子供達が大人になるまで……危険を冒さず穏やかに過ごせる」

「いや待て、これは罠かも知れぬぞ!」

「相手は兎人族だけなのだろう? あの化物が出るならともかく、相手は所詮兎人族だぞ」

「魔力持ちを過大評価しすぎなのだ。たった一人魔力持ちがいて何ができる?」

 

 議論が加熱する中、いつの間にか議論の中心にされているシアは慌てふためき始めた。

 

「あ、あああアノスさん!? なんてこと言うんですかぁ!」

「くはは、気にするな。お前は太々しい顔でドンと構えればよい」

「そんなことできませんよぉ。ふえぇぇん」

 

 そんな泣きべそをかくシアの姿も参考になったのか、長老達から問いが投げられる。

 

「勝負はあくまで兎人族と我らの戦い。それに異論はないな?」

「そうだ。俺もアレーティアも参加などせぬ。あくまでこれはハウリアの戦いだ」

 

 俺のその答えを聞き、長老達は結論を出す。

 

「いいだろう。我々は貴様の提案を飲もう。勝てばハウリア達の罪は帳消し、たが我々が勝てば……」

「これはくれてやる。それだけではない。ハウリアが負ければ俺達は大樹へ行くのを諦め、大人しくここから出て行ってやろう」

「決まりだ。では十日後、決して逃げるんじゃないぞ」

 

 こうして、ハウリア達による、種族の存亡をかけた戦いの舞台は整えられた。

 




>心臓の鼓動
これも有名なはず。アノス様ならある程度の敵はドキドキするだけで倒せます。

次回、大魔王教練、ハウリア編
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