ありふれない不適合者が世界最強   作:シオウ

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時系列が飛んで原作プロローグです。間の期間の物語については構想はありますが書くかは現状不明です。


2話 魔王の学校生活

 千年前──

 

 魔族の国ディルヘイドと人間の国アゼシオンの国境沿い。

 

 

 人間と魔族、二つの種族の戦争の最前線。

 

 

 そこで暴虐の魔王、アノス・ヴォルディゴードは勇者率いる人間の戦士と戦っていた。

 

 

「くッ、おのれぇぇ、魔王アノス・ヴォルディゴードぉぉ!」

『ジェルガ様!』

 

 戦争の最前線にて、たった今魔王アノスの手によって、歴戦の戦士である勇者ジェルガの騎士団が半壊させられていた。

 

「おのれ魔族ぅぅぅ!! 生きる価値のない、罪深き汚らわしき生物がァァ!」

「なら人間に罪はないというのか? 無条件で魔族を殺してもよいと?」

 

 アノスにとって勇者ジェルガはそれなりに長い間戦ってきた相手ではあったが、会うたびに自身への、魔族への憎悪が増しているように感じる。

 

 確かに彼の妻子を殺したのはアノスだが、彼もまた己の配下である魔族を殺した。これは戦争なのだ。殺し殺されたは日常茶飯事だった。

 

 

 だが、その終わらぬ戦いにアノスはうんざりしていた。

 

 

 今はまだ開発中だが、もし今作っている魔法が完成に至れば、長きに渡り続いた戦争に終止符を打つことができる。だが、どう計算しても自分だけではその魔法を完全な形で行使することができないとわかっていた。

 

 故に協力者が必要だ。それも生半可なものではない。魔王アノスに比肩するほどの強者の協力が必要だった。

 

 

 相手は敵国。和平を結ぼうと言っても信じはしない。目の前の老いた勇者などは聞く耳も持たないだろう。

 

 

 だが、あの男ならば。アノスは一人の勇者に希望を見出していた。

 

 

「ジェルガ先生!」

 

 傷を負ったジェルガに駆け寄る影がある。それは足止めを命じた配下を退け、アノスの目の前に迫るに至った実力者。アノスと幾度も戦で刃を、魔法を交えた敵。

 

 そして、人類の希望を背負う男。

 

 

「カノン様だ。勇者カノンが助けに来てくれた!」

「カノン様お願いします。今度こそ、魔王アノスの打倒を!」

 

 

 

 人々の希望を一身に受けるその男は、崩れ落ちる己の師に駆け寄る。

 

「先生、後は俺が……」

「すまない。カノン。やはりあ奴を倒せるのはお前しか……」

「……衛生兵。先生の治療を、後は俺が引き受ける」

「はっ……」

 

 衛生兵がジェルガに駆け寄り、後方に下がる。その際ジェルガのアノスを見る目は憎しみで染まり切っていた。

 

 

 ジェルガが去り、代わりに勇者カノンが前に出る。

 

 

「ほう、まさかもう戦えるとはな。先日三つほど根源を潰したばかりだというのに……大したものだ」

「……お前が戦場に現れると言うのに、俺が立ち上がらないわけにはいかないだろう」

 

 通常一つしかない根源を七つ持つカノンだが、一つ潰されただけで死に迫る苦しみを味わうことになる。それをほぼ同時に三つ破壊されてもなお、その闘志に限りはない。

 

「俺は負けない。俺には絶対に守らなければならないものがあるんだ」

 

「<勇者部隊(アスラ)>、<聖域(アスク)>」

 

 

 人々の願いを魔力に変える魔法を使用することでカノンに膨大な魔力が集まってくる。それこそが、勇者カノンが背負うものの重さだと言わんばかりに光が強くなっていく。

 

 そして宿命すら断ち切る聖剣、霊神人剣エヴァンスマナを抜き放ち、魔王アノスに向けて構えた。

 

 幾度となく戦ってきたこともあり、勇者カノンの不屈の闘志と民を想う心に疑いはない。だが同時に、その目に少し迷いがあるのにも気づいていた。

 

 

 戦意を無くして無抵抗になった魔族に止めを刺さなかったと話も聞くぐらいだ。今の時代では甘い行為だと言われるだけかもしれないが、だからこそだとアノスは思う。

 

 自身の魔法発動のための人間の協力者は勇者カノン以外いないと。

 

 

 だがそれはまだ先の話だ。大切なもののために戦っているのは魔王アノスとて同じ。霊神人剣エヴァンスマナ相手に油断はできない。それゆえにここから先の戦いは神話の戦いになる。

 

「よくぞ言った、勇者カノン。お前が真に強者だと言うのなら……この業火を乗り越えて見せよッ!」

 

 そして魔王アノスは勇者カノンの勇気に敬意を表し、一門の砲門を展開する。

 

 

 そして今……

 

 

アノス

 

 

 幾度となく戦ってきた好敵手同士の戦いが……

 

 

ねぇ、アノス

 

 

 アノスが魔法を発動するのに合わせ、切って落とされた。

 

 

 

 ***

 

「……獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)

「ちょっとアノス! 寝ぼけてないでいい加減起きなさい!」

「むっ……」

 

 そこで俺は目を覚ました。

 

 どうやら懐かしい夢を見ていたようだ。……少し寝ぼけて洒落にならぬことをしそうになった気がするが気のせいだろう。

 

 

 そして段々頭がはっきりしてきたところで状況を思い出す。

 

 

 ここは俺達が通う学校であり、今は早朝の時間だ。

 

「……雫か」

「はい、おはよう。どうやら目が覚めてきたみたいね。でも珍しいわね。夜更かしでもしたの?」

「なに、春の陽気がなかなかに心地よくてな。……ついつい眠ってしまった。おかげで懐かしい夢を見たぞ」

「確かに。すっかり春になってぽかぽか暖かくなってきたものね」

 

 

 目の前にいる幼馴染、八重樫雫がこちらを見て笑う。

 

 

 八重樫流道場で出会って早十年。雫はすっかり大人の女へと成長を遂げていた。

 

 

「まぁ、朝練に付き合わせて朝早く一緒に来てくれるのは嬉しいけど、暇しているくらいだったら剣道部を覗いてくれればいいのに」

「あいにく剣道はやめた身だからな」

 

 八重樫流剣道場にて出会った俺と雫であるが、俺は道場の者達に惜しまれながらも剣道を辞めてしまった。八重樫流は少々特殊だと後でわかったのだが、それでも実際の戦場で戦ってきた俺には必要のないものだとわかったのだ。それに他にも色々やってみたいこともあったゆえに、雫に惜しまれながらもきっぱりやめたというわけだ。

 

「勿体ない。あのまま剣道を続けていたら、今頃アノスは剣道界のヒーローだったのに」

「くはは、常勝不敗の天才美少女剣士に言われるとはな」

 

 俺があっさり辞めた剣道だったが、あれからも雫は剣道を続けている。

 

 

 あの後、雫は勇気を出して家族に対し自分の本音をぶつけた。

 

 本当はもっと可愛い服とかも着たいこと。綺麗なアクセサリーや可愛い人形が欲しいこと。もっと女の子らしいこともしたいこと。

 

 愛する孫娘の言葉を受け、雫の非凡な剣の才能に少々目が眩んでいた雫の父と祖父は、雫の女の子としてのあたりまえの主張に目が覚めるような衝撃を受けたらしい。そして雫の意思を軽んじたと反省した家族は、以後雫に剣道をやることを強制することはなくなった。

 

『剣道をやりたくないなら無理にしなくてもいい。お父さん達は怒らないから、続けるかはどうかは雫が決めなさい』

 

 そんな家族の理解ある言葉を受け、一時期雫は剣道を辞めていたのだが、ある理由で今度は本気で剣道をやり始めることになる。

 

「それと昔の夢を見てたって言ってたけど、どんな夢を見てたのよ?」

「気になるのか?」

「ちょっとね。普段アノスがどんな夢を見てるのか興味があるわ」

「ふむ……」

 

 まさか前世で魔王をやっていた俺が、敵の勇者と地形が変わるような激しい戦いを繰り広げていた夢とも素直に言うわけにはいかぬ。ならば適当に誤魔化すべきか。

 

「そうだな。雫が戦闘美少女アニメにド嵌りして、本気で変身ヒロインを目指してた頃の夢だ」

「なっ、いいい、一体いつの話をしてるのよッ! 言っとくけどもうそんなに子供じゃないからねッ」

「そんなに顔を赤くして否定することもあるまい。今も続いているシリーズは毎週録画して見ているのであろう?」

「…………悪い?」

 

 顔を赤くしながらジト目で睨んでくる雫だが、別段否定されることもない。

 

「まさか。俺とて父さんと共に、仮面騎士シリーズは今でも欠かさず見ているぞ。日本のアニメや特撮は世界に誇る宝だ。今のご時世、見ていても恥ずかしがることもあるまい」

 

 そう、幼少の頃一時的に剣道の稽古から解放された雫だったが、稽古ばかりしていた反動か、空いた時間に何をしていいのかわからなくなってしまった。

 

 家族に聞こうとしても、そもそも家族が雫の年頃の女の子について聡ければ、雫は普通に女の子をやれていたわけであり、結局空いた時間をどうして過ごそうかと悩むことになった時、ちょうど俺が約束していた母さん所有の戦闘美少女シリーズのBDBOXを貸したのだ。

 

 

 その結果、雫は初めて視聴した戦闘美少女シリーズにド嵌りした。

 

 

 女児アニメらしく、可愛い女の子が可愛い洋服を着て、女児アニメらしからぬ派手でカッコいいアクションをこなすという内容。

 さらにその年やっていたのが武器をモチーフにした異色のシリーズで主人公が刀を使っていたこともあり、幼少の雫の心に直撃した。

 

 そしてこれなら可愛い洋服を着ながら剣道も続けられると思った雫は行動した。

 

「おとうさん、おじいちゃん。しずくね。大きくなったら美少女戦士になる! だからもう一度しずくに剣道をおしえてください!」

 

 そう宣言し、雫はアニメで見た可愛い美少女戦士に憧れてという実に子供らしい動機で、今度は自らの意思で剣道を再開した。

 

 

 そして現在、流石に高校生にもなって美少女戦士になろうとは思っていないようだが、始めた動機がどうあれ、真面目に取り組んだ雫の剣は歳と共に磨かれていき、ついには専門の雑誌で天才美少女剣士として取り上げられるまでになっていた。

 

 

 そんな風に雫と話をしている間にも、教室内に生徒の数が増えていく。どうやら俺は思ったより長く眠っていたらしい。教室内の時計を見ればもう間もなく朝のホームルームが始まる時間となっていた。

 

「おはよう、雫ちゃん、アノス君」

「おはよう、香織」

「おはよう。今日も元気だな」

 

 元気よく雫に挨拶しながら教室に入ってきたのは白崎香織。俺の幼馴染の一人と言っていいだろう。ついこの間まで雫と人気を二分していた()二大女神の内の一人だ。

 

「おっす、雫、アノス」

 

 次に挨拶をしてきたのはガタイの良い長身の男子生徒、坂上龍太郎。こやつも幼馴染の一人だ。基本的にいい奴なのだが、やや頭が悪いところがあるのが玉に傷というところか。

 

 そして……

 

 

「おはよう、雫。それに……ずいぶんリラックスした体勢だなアノス。そうやって油断していると、足元を掬われることになるぞ」

「違うぞ、光輝。これは油断ではない。勝者の余裕というものだ」

「くっ……」

 

 そう言って机に未だに突っ伏している俺に突っかかってきたのが天之河光輝。幼馴染の一人であり、色々一方的に因縁を付けられている関係だ。

 

「いいか、アノス。これだけは言っておく。今年こそ俺は……お前に勝ってみせるッ! そうやっていられるのも今の内だ!」

「ほう……」

 

 そういえば、こいつとの因縁ももう十年にもなるのか。

 

 

 元は俺が雫に対して関わったことがキッカケだった。

 

 

 雫と出会って数日後、雫は一旦剣道から離れる生活を送ることになった。もちろん八重樫家の道場である以上、雫は俺と話をするために道場に訪れたりしていたのだが、俺が道場に入門した際の出来事を風邪から復帰した光輝は又聞きし、妙な勘違いをしたらしい。

 

『お前、雫ちゃんに何をした? どうして雫ちゃんが剣道を辞めるんだ。お前が意地悪したんだろ。許さないぞ、俺と戦え。雫ちゃんは俺が守る!』

『ふむ、よかろう。その挑戦受けてやる。掛かってこい』

 

 そういう経緯もあり、光輝と稽古試合をすることになったのだが、当然返り討ちにした。

 

 負けた後、三回勝負だと言うので三連勝し、勝つまで辞めないという理不尽なことを言うので遠慮なく挑んでくる光輝を返り討ちし続けた。結局あの時は光輝が疲れて動けなくなるまでやったのだったな。

 

『覚えてろ! 次は負けないからなーッ!』

 

 親の迎えを受けて帰る際の光輝の捨て台詞だったが、ここから光輝との因縁は始まることになる。何かと俺に勝負を挑んでくるようになったのだ。

 

 

 俺と雫が魔王と美少女戦士ごっこをしていた際に乱入してきて、魔王と美少女戦士の配下VS勇者とその仲間達のチャンバラごっこに発展したりすることなど、幼少時はよくあることだった。

 

 

 そして小学校、中学校と学年が上がるにつれて勝負の内容は多様化していく。学校のテストの成績から、体力測定や運動会などのスポーツ対決。変わり種としては大食い対決やカラオケの点数対決なんかもやった。

 

 

 そして現在、幼少の頃から数えて千を超える光輝の挑戦に対し、俺は未だに全戦全勝だ。

 

 

 そしてその挑戦は高校生となった今でも続いている。

 

 

 俺達と同じ中学校出身者からしたら、もはや風物詩とも言えるような光輝の啖呵に対し、俺もまた幾度となく繰り返したセリフを返す。

 

 

「毎年言っていることだがな、光輝。学業、スポーツ、武術。又は芸術分野やカラオケの点数、大食い対決に至るまで、どんなジャンルであっても構わぬ。俺に勝てると思ったらいつでも挑んで来い。俺はお前の挑戦から逃げたりなどせぬ。いつも通り正々堂々、貴様を返り討ちにしてやろう」

 

 体勢を起こし、堂々と光輝に対して宣言する。

 

 

 光輝が本音のところ、俺のことをどう思っているのかはわからないが、俺は光輝のことを結構気に入っていた。

 

 

 自分で言うのもなんだが、俺は俺であるが故に、幼少の頃より非凡な才能を振りかざして大きな態度を取り続けていたため、俺が気に食わなくて突っかかってくる者は光輝以外にも存在した。だかそやつらを返り討ちにし続けるうちに一人、また一人と挑んでこなくなった。

 

 

 圧倒的な力の差がある相手に挑み続けることは難しい。

 

 どこかで折り合いをつけて、自分を納得させ俺に手を出さなくなるのが普通だ。

 

 

 だが、挑んできた者達の中でも一番多くの敗北を重ねているにも関わらず、未だに光輝は努力と研鑽を重ね、確かに成長しながら俺に挑んでくる。

 そんな人間など俺は勇者カノンしか知らない。

 

 

 もちろん光輝は勇者カノンではない。奴は根源を七つ持っているがゆえに、意図的に根源を分散でもさせない限り見ればすぐにわかる。だが、光輝のその困難に対して諦めない不屈の根源はカノンに通じるところがある。おまけに本人は困っている人を助けずにはいられない正義漢ときたものだ。

 

 

 もしかしたら光輝には、勇者としての素質があるのかもしれぬ。ならその成長途上の勇者の前に立ちはだかるのは魔王である俺の役目なのだろう。これからもいかな勝負をしかけてくるのか楽しみだ。

 

「流石、アノス様。今日も格好いいよぅ!」

「いつでも完璧だしね。まさに、さすアノだよぉ」

「あはは、光輝君も頑張れー。今年は下克上の年だよ」

 

 周りが騒がしくなってきた。どうやらもうすぐホームルームが近いらしい。

 

 

「あっ、ごめん雫ちゃん。もうすぐ来るみたい。あと五秒」

 

 

 そう言って雫と話をしていた香織が、慌てて教室の入口まで歩いていく。

 

 

 香織が宣言してちょうど五秒後、教室の扉が開き、一人の男子生徒が入ってくる。

 

「おはよう、ハジメ君。今日もギリギリだね。もっと早く来て私と一緒にお喋りしてくれると嬉しいんだけどな」

「お、おはよう白さ……ごめん、香織」

 

 教室に入るなりいきなり香織が立っていて驚く中、香織からの無言の圧力で苗字から名前呼びをさせられた男子生徒の名前は南雲ハジメ。

 

 

 アニメやゲームなどが趣味の今時の男子生徒であり、対外的に香織の彼氏だと思われている男子生徒である。

 

「ちっ、マジ納得いかねーよな。なんで白崎さんが南雲なんかと」

「南雲がいけるんなら俺だって……」

「キモオタの癖に」

「爆発しろ」

 

 教室で檜山、中野、斎藤、近藤が言うように、南雲ハジメのイメージは良くない。

 

 お世辞にも友達が多い方ではなく、最近は改善傾向にあるが、少し前までは碌に授業も聞かずに寝てばかりの劣等生扱いされていた。

 そして何よりも、学校のアイドルと言ってもいい香織がハジメのことを好きだと公に宣言していると言うのが問題だ。

 

 

 半年ほど前、あるキッカケによって香織が、ハジメに対する恋愛感情とやらをはっきりと自覚したらしい。

 

 

 そしてそこから香織の暴走列車のような行動は始まった。

 

 

 周りのことを気にせずハジメのことが好きだと公言し、学校では常にハジメに関わろうとする。休みの日に遊びに行こうと毎度言っているし、クリスマスに際どいサンタクロースの恰好でハジメに突撃したこともあったな。

 

 

 最初は誰にでも優しい香織が、不真面目なハジメに構ってあげているだけだと認識していた生徒も、この半年の香織のハジメに対する積極的なアプローチにより、流石に白崎香織が南雲ハジメに懸想していると認めざるを得ない生徒も増えてきた。

 

 このような女子達の会話もよく耳にする。

 

『なんで白崎さんって南雲なんかと付き合ってるんだろう。白崎さんだったらもっとスペック高い男狙えるのに。正直釣り合ってなくない?』

『そーお? 私は案外お似合いだと思うけどな。ほら、白崎さんみたいな母性本能強そうな女にとってはさ、天之河君みたいな絵に描いたようなイケメン優等生より、南雲みたいなダメンズの方が尽くしがいがあるってことじゃない? 私なんか最近、白崎さんが出来の悪い子供を育てる母親みたいに見えるくらいだし。ま、白崎さんしっかりしてるし、将来南雲が尻に敷かれるの確定だけど』

 

 

 そして俺にはよくわからない理屈なのだが、どうも学園のアイドルとやらは男の影が見え始めると人気が急落するらしい。誰にでも分け隔てなく優しかった香織が今や行動原理のほとんどをハジメを基準としているというのもあるが、男子生徒の中には「白崎さんは見て憧れる分にはいいけど、正直恋人にするのは重い」とハジメに同情している生徒も出始めてきた。もっとも元々二大女神などという評価を香織は微塵も気にしていなかったので何も影響はないわけだが。

 

 ちなみに俺の見立てでは実はまだハジメと香織は付き合っていない。いまいちハジメの方が煮え切らないからだ。ハジメもさすがに香織の好意に気付いていないわけではないだろう。だがハジメ自身の自己評価が低いことに加え、煮え切らないのはこれが原因なのだろうな。

 

「はい、ハジメ君お弁当。昼休みに一緒に食べようね。気合入れて作ってきたんだから。最近ハジメ君お野菜を食べる量が少なくなってきてるから野菜たっぷりで栄養バランスばっちりのメニューにしておいたよ。最近睡眠時間が平均5時間から4時間に減ってるみたいだし体重も先週から750g少なくなっているっぽいからお肉とかも入れてボリュームたっぷりにしたし後は睡眠をしっかりとってほしい。最近買ったゲームが気になるのはわかるけど睡眠不足は健康にも悪いし私も気になっちゃう。もし眠れないようだったら私が側にいようか? 大丈夫将来的にハジメ君のおはようからお休みまで私がきっちり面倒見てあげるからね」

「あ、う、うん。あ、ありがとう」

 

 ふむ、あの長セリフをはぼ息継ぎ無しで言い切るとは。

 

「なぁ、雫……前々から思っていたのだが、香織のアレはもしかしてストーカーというのではないのか?」

「ごめん、言わないで上げて。あの子に悪意はないし南雲君に対して本気なのよ。もしやばいことしそうだったら流石に私が止めるから」

 

 俺の見る限り、何だかんだハジメもまんざらではなさそうだが、香織の押しが強すぎて引いている部分がありそうだ。香織は少し止まるということを覚えたほうがいいと思うぞ。

 

 

 

 ***

 

 そして迎える昼休み。俺は雫と迎え合わせになるように座り、昼食を食べていた。ふむ、今日はキノコグラタンがついているではないか。母さんの料理にハズレはないが、今日は大当たりだな。

 

「あんた、本当にキノコグラタン好きよね」

「ふむ、母さんの作るキノコグラタンなら毎日食べても飽きぬ」

「あっそ。……私も作り方覚えようかしら」

 

 雫はたまに母さんに料理を学んだりしに来ているので仲が良い。雫がキノコグラタンを作れるようになるなら是非味見してみたいものだ。

 

「はい、ハジメ君。あーん」

「えーと。香織? 僕、一人で食べられるんだけど……」

「だーめ。ハジメ君。授業中寝るほど疲れてるんでしょ。なら私が食べさせてあげるよ」

 

 

 横の席ではハジメと香織が昼食を共にしていた。ハジメの目が若干死んでいるのが気になるが、おそらく周囲の視線が気になるのだろう。

 

「あはは、カオリン相変わらずアクセル全開だよね」

「香織……俺とも一緒に食べないか?」

 

 光輝が香織と一緒に昼食を食べたそうにしているな。

 

「えっ、ごめんなさい。私ハジメ君と一緒に食べてるし」

「ぐはぁ」

「光輝ぃぃ!」

 

 ふむ、一瞬で断られたな。

 

「大丈夫。光輝君は恵里ちゃんと食べればいいんだよ」

「えっ、その香織ちゃん……何言って……」

「だって光輝君が好きな女の子の弱みを握って社会的に封殺したり手駒にしたり、えげつないほど光輝君のことが好きなんだから」

「おいごら香織、てめぇ何言ってんだごらぁぁ!」

「エリリンストップ、ストップ。出てるから、黒恵里が出てるから」

「はっ、やだなぁ、香織ちゃんたら、そんなウソ言わないでよぉもお」

 

 恵里が黒い部分を表出させ、鈴が慌てて止めている。その間もハジメは香織に食べさせられ、周囲がハジメへの嫉妬で満ちる。

 

「ふむ、相変わらず平和でいいな」

「このカオスな光景を見てもそれが言えるのがアノスらしいわよね」

 

 正面の雫が呆れながら言ってくるが、事実なのだからしょうがない。

 

 

 

 俺がこの世界に転生して早十六年。この世界は前世とは比べ物にならないくらい平和だ。多少不幸な事件はあれど、それが世間に満ちることはない。良くも悪くも対岸の火事でいられる。

 

 

 子供達は武器を持たずに勉学やスポーツに取り組むことができる。敵に襲われる恐怖とも基本無縁だ。

 

 

 俺はこんな世界が作りたかったのだとつくづく思う。そして来るべき約束の時までまだ約千年ほどの時間がある。それまではこの世界で何事もなくのんびりするのも悪くない。俺はそう願っていた。

 

 

 

 例えそれが難しいとわかっていたとしても。

 

 

 

(……()()()()()()()

 

 

 俺は足元に魔法陣が展開されたのを感知していた。

 

 

 ***

 

 

 ずっと考えていたことがある。なぜ俺はこの世界に転生したのか。

 

 

 最初は<転生(シリカ)>の魔法が失敗したのかと思った。何か不具合が起きて千年早くに目覚めてしまったのではないかと。

 

 

 だがこの世界が俺のいた世界とは違う世界だと知り、その認識は変わった。

 

 

 <転生(シリカ)>の魔法を使って異世界に転移するなど聞いたこともない。もしそうだとしたら俺の世界に転生できていない根源がいるということになる。もっとも世界の全てを知っているなどと傲慢なことが言えぬ以上、その可能性は零ではなかったが、俺がこの世界に飛ばされたのは他者の介入があったからだと思っている。

 

 

 何者かが俺の<転生(シリカ)>に介入を行い、俺の転生先をずらした。もしそうだとしたら何の目的が合ってそんなことを行ったのか。

 気にしすぎならそれでもいい。何事もなくこの世界で過ごした後、約束の日に今度こそ転生できるようにすればよい。だが、何者かの介入があったのなら、その原因を可能な限り取り除いておきたい。

 

 

 俺を呼び出した以上、何か介入があるはずと十六年間待っていたが、一向に仕掛けてくる気配がない。いっそこちらから強引にアプローチするべきかと考えていた時に、とうとう介入者が現れた。

 

 俺は足元の魔法陣に魔眼を向けて解析する。

 

 

 俺の世界の魔法術式とは全く違う。違うが、これは転移の魔法だろうか。行先は……まさか地球上ではないのか。

 

(くはは、面白いではないか)

 

 どうやらこの転移魔法の術者は俺を地球上ではないどこかに召喚しようとしているらしい。ならばすぐには帰れぬ可能性もあるがゆえに、俺は<思念通信(リークス)>を使い、両親にしばらく出かける旨を必ず帰ると言う言葉を添えて伝える。

 

 

 一体何の目的があって俺を呼び出したのかはわからない。

 

 

 だがもし悪意を持って呼び出すというのなら覚悟してもらおう。

 

 

 己が一体誰を呼び出したのかということをな。

 

 

 異世界であろうと俺は俺らしくあるだけだ。そう心に誓い俺は光に包まれた。

 

 

***

 

 

 ここでアノスには一つ誤算があった。

 

 

 それはいつ来るかわからない干渉が来たことによる見落としというわけではない。

 

 単純にアノスが思っているよりも、この魔法の効果範囲が大雑把に設定されていたということだった。

 

 

 アノスを中心にした教室内全域にまで魔法陣は広がり、強制的にクラスメイトを巻き込み転移される。

 

 

 底に残るのは倒れた椅子と食べかけの昼食。

 

 

 一瞬にしてクラスメイトが消失し、静まり返る教室だけが残されたのだ。




>アノス・ヴォルディゴード
この世界では王城アノスという名前だが、ほぼ全員アノスを苗字ではなく名前で呼ぶので余り原作と変わらない。
魔王学院原作はまだ0歳児のアノスですが、本作のアノスは17年間、彼なりに日常をエンジョイしています。そのため多少性格も変わるかもしれません。

>八重樫雫
原作の幼馴染にアノスが加わってある意味苦労人気質が増している。とはいえ同時に頼りがいMAXなアノスのおかげで嫌なストレスは減っています。乙女らしくそれとなくアノスにアピールしてるつもりだが、アノスには気づかれていない。昔は美少女戦士を目指していた。

>天之河光輝
原作とは違い、幼少の頃からアノスという自分より圧倒的に優れた人物がいることで何でも上手くいくことによる驕りは少なくなっている。本作のベジータポジ。あと一応言っておくと勇者カノンの転生ではありません。

>白崎香織
あることがきっかけで原作よりかなり早くハジメへの想いを自覚。暴走機関車モードに突入。周囲にハジメLOVEを隠そうともしないので二大女神からは外れた。ハジメと香織が恋人同士だという認識も増えてきている。既にハジメの両親から気に入られ、普通に南雲家に出入りしている上に昼の胃袋事情を掌握。じつはまだハジメと恋人ではないが順調に外堀を埋めている。

>南雲ハジメ
原作より香織が積極的にアピールしてくることに最初は戸惑っていたが、香織が真剣であることがわかったこと、香織に引っ張られることによって生活スタイルが良い方向に変化したことで、今では内心感謝している。香織に向けられる想いもなんだかんだ満更ではないが、香織の押しが強すぎるのでいまいち一歩踏み切れない関係が続いている。

>中村恵里
本作でも光輝に対する重すぎる愛情を抱いているのは変わらない。原作と違うのはアノスが裏で光輝の行いのアフターフォローを実施し、根本的な問題が解決されていること。決定的に歪む前に母親とお互いのために距離を置いたことで原作より多少マイルドな性格になっている。
表の顔は穏やかで優しいが眼鏡を外すと一人称と性格がガラリと変わる。鈴曰く黒恵里。
ありふれシリーズでいうありふれた学園で世界最強の恵里が一番近い。

次回は異世界トータスに魔王が降臨します

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