ありふれない不適合者が世界最強   作:シオウ

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オルクス大迷宮攻略も佳境です


8話 魔王と吸血姫

 俺の手刀に貫かれ、サソリモドキはすぐに絶命する。

 

「さて、ならこれはハジメへの土産とするか」

 

 後は残った外殻を空間収納し、アレーティアの元に戻ると驚いた表情で出迎えてくれた。

 

「どうした。何かあったのか?」

 

 敵はもういないが、なにか気になることでもあるのだろうか。

 

「……アノス何者?」

「それを話しても良いがここではな。一度地上に戻るとするか」

「!? 戻れるの?」

「<転移(ガトム)>という空間転移の魔法を使えば可能だ。似たようなことはできぬのか?」

 

 俺の言葉にアレーティアは首を横に振る。

 

「空間に干渉する魔法は神代の時代に失われた魔法」

「神代魔法というやつだな。そうかお前にもできぬのか」

 

 どうやらアレーティアにも空間転移はできないらしい。

 

「ならこんな場所から外に出してやる。俺の仲間にも紹介したいしな」

「仲間……」

 

 仲間という言葉を聞いたアレーティアの顔色が変化した。

 

 冷や汗や手足の震えに加え、徐々に顔色も悪くなってくる。

 

 そこでアレーティアがかつて信じていた人に裏切られて長い時を封印されていたことを思い出す。もしかしたら過去を思い出したのかもしれない。人によっては十分人間不信や対人恐怖症になってもおかしくないだろうからな。

 

「人が怖いか?」

「ッ、大丈夫ッ!」

「顔はそう言っておらぬぞ。無理せずともよい。そうだな……ここで少しだけ一人で待てるか?」

 

 基本的に地上にいるクラスメイト達に黙ってここにきているからな。今頃雫辺りが探しているかもしれぬ。せめて一言残してから戻ってくればいいと考えていたのだが……

 

「ひッ! 嫌! 行かないで!!」

 

 震えながらとっさに俺にしがみ付いてくるアレーティアを見ていれば、ここに一人残すことは憚れる。

 

 人に会いたくないが俺と離れたくない。となると取れる選択肢が限られる。俺は地上に向けて<思念通信(リークス)>を使用する。

 

『雫、聞こえるか?』

『ッ! アノス? あなた今どこにいるの? ずっと探してたのよ』

 

 どうやら予想通り俺を探していたらしい。

 

『すぐに戻ってこれるなら明日からのオルクス大迷宮の攻略再開に対して意見が欲しいんだけど?』

『そのオルクス大迷宮に今いるのだがな。ちょっと事情があって帰れなくなった』

『は? それどういうこと? アノス今どこにいるのよ、無事なんでしょうね?』

『無事に決まっているだろう。場所はそうだな……表の迷宮を足して百五十階層地点と言ったところか』

『百五十階層!? 何やってるのよあんた……』

 

 ふむ、通信越しではあるが、雫が頭を抱えている光景が目に浮かんでくるな。

 

『……オルクス大迷宮は百階層までじゃないの?』

『表向きはな。どうやら百階層を超えてからが本番のようだ。そこの中間地点で囚われのお姫様を見つけてな。懐かれてしまった。というわけでしばらくは戻れんとメルドにも伝えてくれ』

『囚われのお姫様って……女の子と一緒に居るの!? 一体どんな経緯があったらそうなるのよ! 詳しく聞かせなさい!』

 

 どうやら囚われのお姫様というのが気になるらしい。詳しい経緯を説明してやろうとしたら俺の服が引っ張られる感覚を覚える。

 

「アノス……何してるの? どこかに話をしてる?」

 

 ほう、どうやら俺が通信の魔法を使っていることを察したらしい。この様子では話の中身はわかっていないようだが、中々良い魔眼をしている。

 

 俺はアレーティアの口に指をあて声を遮った後、素早く通信を終わらせる。

 

『時間がないから切るぞ。前にも言ったが、大迷宮攻略は今のまま魔力操作の基本と応用の訓練を怠らなければ、六十五階層くらい俺がいなくても突破できる。ではな、また連絡する』

『ちょッ! アノスッ、まだ話は終わって……』

 

 話の途中だが<思念通信(リークス)>を終わらせた。通信を切られた雫が地団駄を踏んでいる姿が浮かんでくるようだが、帰った時に土産の一つでも渡したほうがよいだろうな。

 

「待たせたな。仲間にしばらく帰れない旨を伝えてきた」

「あの、アノス……ごめんなさい」

 

 どうやら気を使わせたと思ったらしい。アーレティアが俺に謝罪してきた。

 

「気にするな。あ奴等も俺に頼りっぱなしではいけないと考えていたからな。丁度いい機会だ」

 

 訓練開始からもうすぐ一か月が経過し、クラスメイト達もこの世界に随分馴染んできた。同時に戦闘という非日常に対しても馴染んできているが、悪い意味で慣れてくる頃合いだ。

 

 慣れとは油断を産み、勝てるはずの敵に対して思わぬ不覚を取ることに繋がる。増して俺が側にいれば最悪俺が何とかしてくれるという甘えが嫌でも離れない。

 

 ここらで一度、俺抜きで大迷宮を攻略することで独り立ちを促してやろうというわけだ。

 

 向こうにはしっかりしている雫もいるし、何より光輝がいる。

 

 俺に負けないように日々研鑽を積んでいる光輝なら発破をかけてやれば積極的に行動するだろう。

 

「さて、これでしばらく大迷宮の探索に専念できるわけだが、その前にお互いのことを話し合う必要があるな」

「アノスには拠点があるの?」

「あいにく休む時は地上に帰還したからな……ふむ、丁度良い。ここを拠点にするか」

 

 俺が選んだのはアレーティアが封印されていた部屋だ。

 

 広さは十分だし、封印付きの扉まである。

 

「あの、アノス……ここは……その……」

 

 俺がここの部屋を拠点にすると決めれば、アレーティアが控えめに拒絶の意思を示す。

 

 なるほど、長年自分が封印されていた部屋など見たくもないというわけだ。

 

 だがそれはちょっとした工夫で解決するものだ。

 

「何、案ずるな。この部屋をそのまま使うわけではない

──<創造建築(アイリス)>」

 

 そして俺はこの部屋の間取りを把握した後、部屋全体に向けて<創造建築(アイリス)>の魔法を行使する。

 

 

 部屋内を魔法陣が覆い尽くすと、その光景がみるみる内に変わっていく。

 

 冷たい印象を与える石の床や石の壁は暖かさを感じる木製に。

 

 生えている水晶は取り払われ、家具や魔力で動く家電が備えられ、それぞれ部屋割もできていく。

 

 時間にして1分足らず。無機質で殺風景だった封印の部屋は一家で団欒をするような温かみのある部屋に様変わりした。

 

 ビフォーアフターで見れば前の部屋の面影など何も残っていない。

 

「これだけ替えれば気になりはしないだろう。何か希望があれば模様替えしてもよいがどうする?」

「…………これでいい」

 

 どうやら無表情ながら驚いていたらしい。もしくは文句を言う気も起きないのか。

 

「さて、ではお互いの話をしようではないか」

 

 俺はアレーティアを伴い。部屋の真ん中に備え付けた大きいソファーに座る。

 

 

 アレーティアは少しずつだが自分のことを話始めた。

 

 自分は吸血鬼族の王族であること。

 

 十二歳の時に特別な技能に目覚め、その力をもって十七歳で王の地位についたこと。

 

 そのことが気に入らなかった叔父が自分を殺して王位を簒奪しようとしたが、自動再生という技能を持つ自分を殺せなかったからここに封印したこと。

 

 気が付けばここにいたので出る方法はわからないこと。

 

「アノスはどうしてここにいるの?」

 

 一通りアレーティアの話を聞いたら次は彼女が質問してきた。

 

「ある日突然仲間と共に異世界であるこの世界に連れてこられた。今仲間は地上で戦闘訓練を受けているが退屈だったのでな、俺はひとり未知の大迷宮を探検していたらここを見つけたというわけだ」

「異世界?」

「こことは違う文明や生態系を持つ世界だ。地球というのだが聞いたことはあるか?」

 

 異世界のことに興味を示したので試しに地球について聞いてみたがアレーティアは首を横に振った。ここでアレーティアが地球について何か知っていれば地球の座標を知る手掛かりになると思ったがそう上手くはいかぬか。

 

「異世界にはアノスみたいな魔法を使える人が大勢いる?」

「いや、おらぬ。そもそも俺の世界は魔法が存在しない代わりに、科学という技術体系が発達した世界だ」

「? アノスは魔法を使ってる」

「俺は特別だ。俺は地球とはさらに別の世界からきた魔王だからな」

「魔王……アノスも王様だった?」

「そうだ」

「王様なのに……別の世界に住んでる?」

「あいにく敵が多い王様だったのでな。ほとぼりが冷めるまで距離を置いている状態だ」

「……アノスも……裏切られた?」

 

 どうやら俺の境遇と自分の境遇を重ねてしまったらしい。辛い顔をするアレーティアの頭をゆっくり撫でてやる。

 

「いや、そうではない。確かに敵も多かったが、同時に信頼する部下も大勢いた。それに……面白い男がいてな」

 

 俺は勇者と交わした約束を思い出し、話を続ける。

 

「俺の世界は長きに渡り戦争を続けていた。大多数にとって俺は世界の敵でな。俺がいる限り戦争はいつまでたっても終わらない。かといって俺がただ死ぬだけでは俺を信じてついてきた民を守れぬ。だからこそ、俺は敵対していたその男と協力して、強制的に戦争を終わらせることにしたのだ。種族を世界ごと分断する、千年破れぬ壁を作る魔法を使ってな」

「壁……この世界で言うなら人族と魔人族を千年分断したということ?」

「それが近いな。千年も関わり合いがなければ、互いへの怨恨はなくなるであろう」

 

 正確にいえば精霊の世界と神の世界とも分断したのだが、それは言わずとも良いだろう。

 

「……そんなすごい大魔法。想像もつかない」

「それを使ったからこそ俺はここにいるわけだが、それは置いておこう。その際俺が頼った男は敵対していた国の勇者でな。幾度となく殺し合いをした仲だった。お互い多くの血を流してきたし、流石の俺も受け入れられぬかもしれないと思ったのだが、世界で最も勇気のある人間は言ってくれた」

 

 ──俺の平和への想いを信じると

 

 俺の言葉を聞いたアレーティアが息を呑む。

 

「だからこそ俺も信じている。いつか俺が故郷に帰った時に眼前に広がっている光景が、争いのない平和な世界であると」

 

 そしていつか勇者と交わした約束を果たすのだ。

 

 次に会うことがあれば、その時は友になるという約束を。

 

 俺の話を聞いたアレーティアはしばらく何も言えない様子だった。

 

 やがて、己の中で何かが纏まったのかぽつりと零すように話し出す。

 

 その様子はどこか興奮しているようにも見えた。

 

「…………アノスは、すごくて立派な王様」

「敵には暴虐の限りを尽くす世界の害悪とまで言われたのだがな」

「それでもすごい。私……王様だったのに戦争が起きるたびに戦ってばかりで、どうすれば戦争を無くせるのかとか、どうすればみんな幸せになれるのかとか、考えたこともなかった」

「それは気にするな。この世界と俺の世界では事情が異なる」

「それに勇者もすごい。殺し合ってきた敵と和睦を結ぶのはとても難しい」

「それには同感だな。あの男は民を想い、真に勇気ある決断ができる勇者の中の勇者だった」

 

 それからアレーティアとは少したわいもない話をした後、明日に向けて就寝した。

 

 同じベッドで横になる中、すぐにアレーティアの寝息が聞こえてきた。まともな寝具の上で眠るなど三百年ぶりなのだ。気の済むまで眠ればいいと思う。

 

 そう思いながら俺も眠りに落ちていくのだった。

 

 ***

 

 それからアレーティアとの大迷宮攻略は始まった。

 

 アレーティアが張り切っていたので試しに任せてみたが、ほとんどの魔物に対して圧倒するだけの力を持っていた。

 

 三百年前の世界で最強クラスの魔法使いだったという話だが、数多の魔物を多種多様の属性の魔法を使いこなして蹂躙する様をみれば説得力がある話だった。少なくともハイリヒ王国の宮廷魔導士では全員が束になったとてアレーティアには敵わぬだろう。地上では禁忌とされている魔力操作を十全に扱えるアレーティアには速度で敵わぬからな。

 

 そして俺が注目したのは想像構成という技能だ。

 

 アレーティア曰く、魔法陣無しで魔法を使える技能とのことだが、魔法陣を展開しなくてもよいというのは隠蔽と言う意味ではとても役に立つ。

 

 とはいえ魔法名を癖で呟いているようでは隠蔽の意味はあまりないが。

 

 

 アレーティアが魔法で敵を蹂躙し、余った魔物やアレーティアでは対処困難な魔物は俺が適当に片付けるということを繰り返した結果、アレーティアに合わせてゆっくりしたペースではあったが、いよいよオルクス大迷宮二百階層まで到達した。

 

 その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 

「ここが……最深部」

「おそらくな。奥に巨大な扉が見える」

「もしかして、そこが反逆者の住処?」

「それは行ってみなければわからぬな」

 

 そうやって歩きながら俺とアレーティアが扉の前の柱を超えた時、扉の前の空間に魔法陣が現れた。

 

「ほう、ベヒモスの時より大きいな」

「ここの主かもしれない」

「いわゆるラスボスというやつだな」

 

 そんな会話を続けている最中も魔法陣はどんどん輝きを増していき、

 

 体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光が俺達に向けられる。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようとしているのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない殺気を向けてくる。

 

 同時に赤い紋様が刻まれた頭が開き、火炎を放った。

 

 

 俺とアレーティアはその場を左右に飛び退き反撃を開始する。

 

「<灼熱炎黒(グリアド)>」

 

 炎属性上級魔法を火炎を放った頭に直撃させる。現状この魔法に耐えられた魔物はおらず、この魔物の首もまた、跡形もなく燃え去り消える。だが……

 

「なるほど、白い頭が回復要因というわけか」

 

 魔眼で見ると白い頭が回復魔法を赤い頭に放とうとしているところだった。あえてその行動を止めず、赤い頭が再生する。

 

「〝緋槍〟!」

 

 アレーティアが燃え盛る炎の槍を回復要因である白い頭に向けて放つ。しかし直撃する直前、黄色の頭が射線に入り、アレーティアの〝緋槍〟を受け止めた。衝撃と爆炎が去った後には、黄色の頭が平然と俺達を睨んでくる。

 

「黄色は盾役……バランスがいい」

 

 それぞれの頭に固有能力があるらしい。多種多様の魔物がたむろするこの大迷宮の集大成の魔物としては相応しいだろう。

 

「さて、他の頭はどんな能力を持っている?」

 

 緑色の頭が風の魔法を使ってきたのでどうやら色が属性と対応しているとわかった。となると残りの頭の属性は何かと考えた瞬間……

 

「いやぁああああ!!!」

 

 アレーティアが悲鳴を上げたので、魔眼で見ると闇属性魔法の影響を受けているのがわかった。

 

「黒頭は闇属性魔法か」

 

 俺はアレーティアに対し<破滅の魔眼>を使用し、魔法を破壊する。

 

「……アノス?」

「立てるか?」

 

 ぼんやりと俺を見つめていたアレーティアが次第に目に涙を溜め、俺を見てほっとする。

 

「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

「精神攻撃を受けたのだ。どれだけ精巧であろうとも、お前が見たものは幻だ」

 

 アレーティアは不安そうな瞳を向ける。その瞳が見せられた光景がよほど恐ろしいものだったことを伝えてくる。今のアレーティアにとって俺に見捨てられるというのは足元が崩れて闇の中に落とされるようなものだろうからな。

 

 だが、今だからこそ……聞かなければならないことがある。

 

 

「「「「シャアアアアアア──」」」」

 

 だがその前に何もしてこないことでチャンスだと思ったのか四属性を司る頭が魔力を溜め、攻撃の兆しを見せる。

 

「これから大事な話があるのでな、少し黙っていろ──<魔黒雷帝(ジラスド)>」

 

 俺はヒュドラに対し、起源魔法*1魔黒雷帝(ジラスド)>を発動した。

 

「「「「「「ジギャアアアアアアア──」」」」」」

 

 全身を覆い尽くす黒い雷に満遍なく全身を焼かれ、沈黙するヒュドラ。

 

 これで邪魔者はいなくなった。

 

 黒い雷に身を焼かれるヒュドラを気にも留めず、アレーティアは俺の方だけを見続ける。

 

「アノス……私……」

 

 

 

 

「いつまでそうしているつもりだ?」

 

 

「えっ……?」

 

 

 俺はあえて、アレーティアを突き放す言葉を使う。

 

「まだ戦闘は続いている。なのに敵には目もくれず、なぜ俺の方ばかり見続ける? なぜ戦わない?」

「だって……私……私……」

「……偶々助けてやったから勘違いしているようだがな……」

 

 

 

「一度助けてやったからといって、俺がずっと傍にいるとでも思ったか?」

「……ッッ!」

 

 

 今アレーティアに対し、優しい言葉をかけてやることは容易い。

 

 ずっと傍にいてお前を守ってやる。そう言ってやるだけでアレーティアはすぐに戦う力を取り戻すだろう。

 

 だがその時、アレーティアは俺無しでは立ち上がれないようになる。

 

 アレーティアは俺に依存しかけている。それは出会ってからここに来るまでの過程でも明らかであり、俺に嫌われないように、時には取り入ろうと行動しているのがすぐにわかった。

 

 誰かに依存するというのは生きやすくはあるのだろう。依存する人物の言うことを聞いて生きるのは楽だろう。だがその生き方は依存先の人間がいなくなれば途端に脆く崩れ去る。

 

 俺はいつか故郷に、ディルヘイドに帰らなければならない。それは絶対であり、未来の世界を見届けることは世界を大きく変えた俺の義務でもある。

 

 現状ディルヘイドに帰る方法は不明。そして帰る方法がわかったとしても、アレーティアが付いてこれる保証はないのだ。

 

 俺がディルヘイドに帰る時、俺に依存しているようではアレーティアは壊れる。

 

 その未来を防ぐためには、アレーティア自身の足で立ち上がるしかない。

 

 

 俺に見捨てられたと思い、絶望を瞳に宿すアレーティアに対し、俺は問いを投げかける。

 

 

「アレーティア……お前の望みはなんだ?」

「……望……み?」

 

 俺の言葉に対し、かろうじて反応を示すアレーティア。それを確認した俺はさらに言葉を重ねる。

 

「俺に依存するのではない。お前の根源から、心から湧き上がってくる想いのことだ」

「…………そんなものない。私にはもう何もない。私にはアノスしかいない」

「いいや、それは違う。本当に何もない。全てを失ったものは……誰かに助けを求めたりはせぬ」

 

 俺は戦争で見てきた。生涯をかけて培ってきたもの、大事な繋がり、それらを一瞬で失くした者の姿を。

 

 怒りが残ればいい。その怒りを糧に敵と戦える。憎しみが残ればいい。その憎悪の炎が消えるまで世界に抗い続けられる。

 

 だがそれすら残らなかった者は、何も望まなくなるのだ。

 

 いくら助けるために手を伸ばそうとも、その手を掴もうとしない。無理やり助けたとしても心が動くことはない。死んだように生きるだけだ。

 

 アレーティアは信じていた叔父に裏切られ、全てを失って三百年もの長き時を光が差さぬ闇に閉じ込められて過ごした。アレーティアが感じてきた絶望は計り知れないものだろう。心が、根源が屈してしまっても仕方ないだろう。

 

 だが封印の間を開けた俺に対して、アレーティアは第一声にこう言ったのだ。

 

 

 ──助けて、と

 

 

 一度は名を捨て全てから逃げようとした。だが俺がそれを許さなかった以上、アレーティアには俺に助けを求めるだけの望みが残っているはずだ。

 

「お前はこのままで良いのか? ここで俺が捨てれば、ただ朽ち果てていくだけの存在に成り下がってもいいと? 本当にそう思っているのか?」

 

 俺の言葉に対し、アレーティアの根源と心が激しく揺さぶられているのを感じる。

 

 人は追い詰められた時にこそ真価が見えると言う。アレーティアは今ヒュドラの精神魔法を受けて極限まで追い詰められている。だからこそ、見えてくるものがある。

 

「…………良いわけがない

 

 

 そしてアレーティアは、声を震わせながら声を大にして己の望みを口にする。

 

 

「良いわけがない!!」

 

 

 

 

「…………」

「だって私何もわからない!! どうして叔父様が私を裏切ったのかッ、どうして私が三百年もこんな場所に閉じ込められなきゃいけなかったのかッッ、私は何も知らない!!」

 

 まず溢れ出るのは、現状への不満。

 

「私頑張った!! アノスみたいに立派な王様じゃなかったかもしれないけど、国のために、民のために戦った!! なのに、どうしてこうなったの!? 私の何がいけなかったの!? 私に特別な才能があったのがいけなかったの!?」

 

 次に出てきたのは、猜疑。

 

「この才能に目覚めた時、教会の教皇様は言ってた。私は神に選ばれた運命の子だって!! 運命って何!? 大好きだった人もッ、大好きだった国もッ、何もかも失ってこんな場所に何百年も閉じ込められることが私の運命だと言うの!!?」

 

 そして出てきたのは、理不尽な運命に対する怒り。

 

「私、終わりたくない。こんな暗くて狭い場所で、何もわからないまま、誰にも知られず静かに死んでいくなんて耐えられない! 知りたいことがいっぱいあるッ。やりたかったことがいっぱいあるッッ、だけど……私の望みは理不尽な運命に邪魔される。だから!!」

 

 そこでアレーティアは俺の目を真っすぐ見つめる。

 

 今までの俺の顔色ばかり伺う卑屈な目ではなく、己の望みを知り、理不尽な運命を前に立ち向かうと決めた者の目だ。

 

「力を貸してアノス! 私、こんな運命に負けたくない!!」

 

 その強き意志の乗った言葉に対し、俺は静かに笑みを浮かべた。

 

「よく言った、アレーティア。お前の強き意志と望み、しかと聞き届けた。その言葉、その想い。決して忘れるな。名前以外の多くのものを失った、今のお前を支える大事な物だ」

 

 

 その言葉と同時に、ヒュドラの方から轟音が鳴り響く。どうやら白頭による回復が完了したらしい。

 

 その姿は先ほどとは違い、頭はひとつだけになっていた。

 

 今まで生えていなかった七番目の銀色の頭は口元に他の六つ分の頭を全て足したと思われる膨大な魔力を溜めている。

 

 どうやら俺の<魔黒雷帝(ジラスド)>を受けて、俺を警戒して全力で排除しようとしているらしい。

 

「アノスッ」

 

 俺はヒュドラの射線を遮るようにアレーティアの前に立つ。

 

「アレーティア、お前はこれからも理不尽な運命に襲われるかもしれぬ。お前に理不尽な運命を強いたものが、お前に直接牙を剥くかもしれぬ」

 

 

 今の会話だけで、気になる言葉があった。

 

 

 アレーティアが教会にとって神に選ばれた運命の子だということ。

 

 そしてアレーティアの知らない事実。アレーティアを封印していた者、おそらく彼女の叔父はアレーティアを守ろうとしていたこと。

 

 宗教戦争によって終わらない戦争を繰り返しているこの世界の人類。

 

 それらを組み合わせれば、見えてくるものがある。

 

 

「だがお前は何も恐れる必要はない。お前が運命に負けたくないというのなら、俺がその運命をぶち壊してやる」

 

 

 だが、いかなる運命が相手であろうと、関係ない。

 

 

「願うな、祈るな、ただ我が後ろを歩いてこい。お前の前に立ち塞がる、ありとあらゆる理不尽を、この俺がたった今から滅ぼし尽くすっ!」

「アノスッ!」

 

 強き想いを胸に立ち上がったアレーティアの前で、高らかに俺はそう宣言する。

 

 そしてまずは、目の前に立ちふさがる脅威を滅ぼしてやろう。

 

 魔力を溜めるヒュドラに対して、俺は砲門を一門展開する。

 

 

 この世界に来て間違いなく最高の魔力量。こいつになら、少し本気を出しても良かろう。

 

 魔力を溜め終えたヒュドラが間髪入れずに極光を俺に向けて放つ。

 

 それに対するように、俺もまた魔法を完成させる。

 

「<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>ッ!」

 

 迫りくる極光に対し、俺は炎属性最上級魔法<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>にて対抗する。

 

 極大の魔力の塊が衝突し、衝撃波を周囲にまき散らす。

 

 二つの力が激突した時、より魔力が強い方が勝つのは道理だ。そしてその道理を制したのは俺の魔法。

 

 極大の黒い太陽が極光を飲み込み、真っすぐ進む。ヒュドラも懸命に対抗するがそれでもなお黒い太陽は止まることなくヒュドラを飲み込み、爆発した。

 

「■■■■■■■■──ッッ!!」

 

 その黒き獄炎はヒュドラの全てを焼き尽くし、跡形もなく消滅させる。

 

 その後に残ったものは、ヒュドラだったものの塵が舞う、大迷宮の最深部の光景だけだった。

 

*1
起源魔法とは強大な魔力を持つ過去の存在から魔力を借りて発動するリスク付きの強力な魔法。スレイヤーズでいう黒魔術に相当する




>ユエとアレーティア
作者の解釈ですが、ユエはハジメに名前を付けられることで強力なペルソナを被り、ユエという別人になることに成功しました。ですがアノスに名前を付けられなかったことでペルソナを被ることに失敗したアレーティアは剥き出しの自分のまま生きていくことを強いられます。
なのでユエとは性格が違いますし、心的外傷もそのままなので現在のアレーティアは暗所恐怖症に閉所恐怖症、人間不信に孤独恐怖症を併発している状態。

>アレーティアの叫び
アレーティアには絶望の中であっても、魔王に助けを求めるだけの望みがあった。

>獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)
おそらくアノスが使う魔法で最も有名な魔法。アノスが本気で使えば広大な湖を蒸発させ、国を焦土に変える威力を持つ。

次回、第一章完結
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