パチパチ、と何かを弾ける音がして目を覚ます。
視界には焚火が広がり、暗い森の中で少しだけ明るくなっている。
意識が少しずつはっきりしてきた。
瞼を少しずつ開け、目の前の景色を伺う。
「起きたか」
そこには倒れていたはずのエルフがそこにいた。
咄嗟に距離を取ろうと図るが、右隣で寝ているヴェルの存在に気づき留まった。
「もう危害を与えるつもりはない」
「……どうだか」
低く細い声で無害を主張する相手を睨みながら警戒する。
声からして相手は男のエルフのようだ。
エルフは近くにあった枝を折り、燃え上がっている火に投げこんでいる。
「こうして助けるフリをして、寝ている間に殺すんでしょ」
「そこまで非道なほど、種族の長として落ちぶれていない!」
警戒を解かず卑屈を述べた言葉に声を荒げ俺を睨みつけてくる。
静寂な森の中で大きく響くその声に少しだけ驚いてしまった。
そして、俺の太腿を枕にしているヴェルがもぞもぞと起きそうになっているのに視線を移すと、そのエルフも荒げた声の音量を下げた。
ヴェルの頭を撫で、再び寝かすとそのエルフは口を開いた。
「殺しは一切しない。お前らは奴らのような非道たる人間とは全く違っていたのがわかった」
「……ふーん」
「魔道具に内蔵された魔力に反応する結界をこの森林で大きく張り巡らせ、感知した人間を襲撃していた」
大規模の結界を張り、娘を攫った人間をその中で探して首を狩るのが目的らしい。
娘を攫った人の特徴には、強い魔力を持った魔道具の持ち主だそうだ。
「だが、お前らには魔道具は無く、純粋な魔力を持った魔法使いであることがわかった」
その間違いをここで詫びる、すまなかった。
と、男のエルフは俺に頭を下げてきた。
つまり、風魔法で2人で飛んでるところに結界に引っかかって間違って襲われたということ?
迷惑にも程がありすぎる展開だ、現世なら暴行罪とかで訴えてもいいレベルである。
わざとらしくため息を大きくついた。
「わかりました。死にかけたけど、勘違いで襲われたってことにしときます。後でヴェルにも謝っておいてください」
「善処しよう」
エルフは申し訳なさと謝罪を込めた気持ちで返事した。
それから少しだけ沈黙の時間が過ぎる。
エルフは頭を上げ、焚き火に再び薪を投げる。
俺はその燃える光に照らされている顔をよく見た。
横顔からでも見える、しっかり整っている顔立ちで美形と呼ばれる部類だ。
髪色は外が暗いからなのか暗みを帯びた色になっているが、明るさがあるところでは金髪と見えるくらいの色で綺麗である。
服装も無駄のない布製の一式を着ている。
なるほど、イケメンという感じか。
身体も少し長身で俺よりはありそうだ。
相手の姿を確認していると、視線に気づいたのかエルフはこちらを見てきた。
「何か?」
「いや、エルフは本の中での種族だけって思ってたので、本物を改めてみると人とは違うなーと思いまして」
「そういうものか」
表情を動かさず素っ気ない言葉で返される。
そして、少しだけ沈黙が訪れる。
どうしよ、話が続かない。
表情をあまり見せないから何考えてるかもわからないし、ちょっとしたことを話そうとすると返事が大体素っ気ない言葉で返されてしまう。
何かないものか。
「……お前らは、大森林を超えてどこへ行くつもりだ?」
自分自身で話題を作ったり練り上げていると急な言葉が沈黙な空気を割いた。
「ラズリーに行こうと思いまして」
「あの大都市のラズリーか。観光とかいうものか?」
首を振り、幸せそうに眠っているヴェルの頭をなでながら答える。
「この子を助けに行くためにラズリーへ行きます」
このエルフは目的の事を話してもいいだろう、邪魔をする気はなさそうに感じたから。
「私はこの子に負担になっている奴隷を解放するべく、手がかり求めてペリトから来た冒険者。それでこの道中で貴方と出会って、今こうして話してる訳です」
「奴隷……傷など見当たらぬが」
怪訝そうな顔で俺を見てくる男に、ヴェルの右腕を少しだけ曝け出した。
ごめんねヴェル、後で何か買ってあげるから。
心で小さく謝罪し、エルフにそれの傷痕を見せると、エルフは納得いったような表情でため息をついた。
「なるほど。時々この森林に連れてくる人間の中で雑に扱っている連中の仲間か」
「淡々と言いますね」
恨んでいる連中と同じ種族だからなのかどうでもいいのか。
そんな卑屈な言葉が浮かび上がる。
しかし、エルフはどこか切なそうに顔を変えていた。
「そして、自決した仲間の一人か」
え?
突然の言葉に卑屈な思考が止まった。
間髪入れず、そのエルフは語る。
「攫った人間の中に奴隷と呼ばれる連中がいたんだ。だが、その内の一人が自ら主人であろう男をかばい死んだ。ただ、あれは無意識ではなく意図的にだ。そして撤退後に置いてけぼりになったその子は俺にこう言ってきた」
ありがとう、やっと救われる。
そう言って息絶えたらしい。
「……」
「あの時の奴隷の子はおそらくラズリーの連中の一人なのだろう。そして奴隷はその価値でしかない下の存在とも言える。それでも、お前はその奴隷の子を救うのか?」
正直、身体に少しだけ震えを感じた。
だけど、ヴェルの幸せな寝顔を見て震えはなくなり、揺らいでいた心もまとまっていた。
「助けるって決めましたし。私はこの子の大魔法使いですから」
*
「この先を抜けると森の出口に繋がる。結界もその辺りだけは解いておいた」
朝。
眠っているヴェルを背中におぶりつつ、エルフの道案内を聞きながら森林を抜ける。
道順に沿って歩くと先が広くなり始め、地平線より手前に湖が見え始めた。
「ありがとうございます。エルフさん」
「トーガ・ツァイヴ、俺の名前だ。お前は?」
「ノルン・アーネストです。道案内ありがとうございました、トーガさん」
軽く一礼をして、森の出口へと歩を進める。
……はずだったのだが。
足を止め、見送っていたトーガの所まで戻る。
「ちなみに、娘さんの名前を聞いてもいいですか」
「構わないが、何故だ?」
俺自身でもなぜこの行動を取っているのかはわからない。
だけど、何故かトーガの事を放っておけなかった。
「助けるついでに娘さんを探しておこうかなと思って」
「……ありがとう」
その時、俺は心の中で不意を突かれ見惚れてしまった。
トーガは俺に少しだけ笑みを見せたのだ。
その笑みはとても綺麗でかっこよく、そしてーーー
あれ?なんでこの笑顔に見惚れてるんだ?
首を全力で振り、ときめいた心を元に戻した。
奇抜な行動に目を丸くしていたが、すぐさま顔を戻してトーガは告げる。
「アナ・ツァイヴ。覚えていて欲しい」
「覚えておきます」
再び一礼をして、踵を返し出口へ向かった。
頬の熱さが少しだけ残ってる気がするけどきっと気のせいだ。
日の強さで顔が少し赤くなっているだけ、きっとそうなんだ。
「中身の男が惚れるわけないだろ」
そう言い聞かせて次の道の湖へと出発するのだった。
ノルンの乙女心がここでようやく出る様に?
次回、恋する乙女の(
あ、ない?ないですか……そうですか