新人類観察紀行〜創造主が滅んで用済みになったアンドロイドが新しい世界で自分の生き方を絶賛模索中。   作:T.K(てぃ〜け〜)

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EX-3-3 水の都にて 成立

シャーリアンへやって来て一週間が過ぎようとしていました。

私達は相変わらずシュタール邸で御厄介になっており(いまだ例の話し合いが平行線を辿っているのです)、なんとも言えない居心地の悪さを感じています。

 

あぁ、シュタール家の方々は本当に良くしてくれています。

モリディアーニさんは最初は怖い人かと思いましたが、そんな事もありませんでした。

勿論、怖い部分もあったりしたのですけど……。

 

ディジーさんはなにかと世話を焼いてくれます。

 

ダリアさんからは自身の色々な恋愛話をお聞きしました(どれも長続きしていないようです…)

 

カトレアさんとは……。

あれ以降は寧ろ、「貴女も淑女なのだから、キチンとしなければいけません。」と、作法などいろんな事を教えてくれます。

 

彼女の授業は厳しいですが、意地悪などではありません。

教え方は丁寧で、解らない事は噛み砕いて教えてくれます。

上手く出来た事も褒めてくれます。

 

なんだかお姉さんが出来たように思い、嬉しくなりました。

 

私はカトレアさんの事も好きになっていました。

それだけに、今の状況はとても居心地が悪く感じてしまいます。

 

タカティンが『ザフィーア』になりたがらないのは理解出来ます。

『ザフィーア』は聖王国で生活しているアンドロイド達の統括管理者です。

聖王国内には約二十名のアンドロイドが暮らしており、彼らの監視と保護、オルドール商会の代表として聖導教会との折衝その他諸々が『ザフィーア』に課せられる義務となります。

 

……考えただけでも胃が痛くなる案件ばかりなのです……。

 

『ザフィーア』になれば、今までのように自由にする事は出来ません。

だから、それについては理解出来ます。

 

ですが……

カトレアさんとの事です。

こちらについては、何というか、タカティンの気持ちをハッキリして欲しいと思うようになりました。

 

「どうしたリヴル、難しい顔をして。

ずっとこっちを見ているが、何か言いたい事があるのか?」

 

シャーリアンの西地区の広場で露店を出して商売をしていました。

先程も、サラサラの金髪に青い瞳、やや幼さが残る顔立ちの、美人の聖騎士さんが詩集を買って行きました。

タカティンからは、あの人は聖騎士でも特別な地位、『クルセイダー』なのだと聞きました。

 

『クルセイダー』は聖騎士の中でも『聖痕』と呼ばれる、女神様の祝福の印を持って産まれた、特別な人達なのです。

彼等は聖痕の力で光魔法という、通常では扱えない光属性の魔素を操る事が出来るのです。

 

そしてシャーリアンには『ヴァース・アンセム』というクルセイダー師団が常駐しており、街の治安もそのクルセイダーが担っているのだそうです。

 

あぁ、今はそれはいいのです。

それよりも、タカティンに……。

聞いて良いものかどうか……。

 

「ふぅ……。リヴル、言いたい事があるならハッキリしろ。

この一週間の遣り取りでウンザリしているのならそう言えば良い。」

 

「タカティン、そうでは無いのですよ。

 

タカティンは………、タカティンはカトレアさんの事をどう想っているのです?」

 

そう切り出すと、タカティンは意外だという顔をしました。

 

「リヴル、お前は『婚約』の事を気にしていたのか?」

 

「カトレアさんは凄く良い女性なのです。

それに……、タカティンの事……好いているのですよ。」

 

「……知っている。」

 

返ってきたその一言に、私は目を見開いて驚きました。

 

「知っているなら、どうして…。」

 

「リヴル、私は所詮、『作り物の紛い物』だ。

今まで好き勝手もして来た。それでも、紛い物が[人]と同じ振る舞いなど出来んよ。

だから…、彼女の気持ちに応えてはやれん。」

 

タカティンのどこか言い訳じみた態度にカチンと来てしまい、

 

「そんなの、逃げてるだけなのですよ!」

 

つい、声を荒げてしまいました。

 

「リヴル?」

 

「カトレアさんは、凄く悩んで苦しんでいるのです!

それなのに、タカティンはただ目を背けて逃げてるだけなのです!

 

そんなの、そんなのカトレアさんが可哀想なのですよ‼︎」

 

「………」

 

タカティンは右手で両眼を覆い、黙ってしまいました。

その表情は判りません。

 

私も、感情に任せて言ってしまった事を、今更ながら後悔して俯いてしまいました。

 

「………済まなかった。

確かに……その通りだ。」

 

私は顔を上げ、タカティンを見ました。

タカティンの表情は、どこか吹っ切れたように見えました。

 

 

「『ザフィーア』の交代の件、受ける事にする。」

 

その日の夜、七回目の話し合いでタカティンが宣言しました。

 

「あら、どういう風の吹き回しかしら。

投げやりな気持ちではこっちも困るのですよ?」

 

「無論だ。すると言ったからにはいい加減な事はしない。」

 

「言いましたね。

いいでしょう。では決定ですね。

引継ぎは聖華暦839年1月から始めます。それまでは今まで通り、好きにしておきなさい。

 

ただし、遅れる事は許しませんよ。」

 

「了解した。」

 

これで、タカティンは『ザフィーア』になって……、あれ…?、聖華暦839年から?

 

「まだ4年以上先なのです?」

 

つい聞いてしまいました。

 

「ああ、そうだ。

彼女は気が早いからな。それと、交代する期間は彼女が新しい素体に入れ替わって戻ってくるまでの数年の間だ。」

 

「準備は早ければ早い方が良いのです。

余裕を持って準備を進めれば、物事は上手く運ぶのですよ。」

 

そう言って、モリディアーニさんは薄く微笑みました。

すぐでも無いしずっとでも無かったんだ……。

 

「さて、これは良しとして……

後は、カトレアとの婚約についてですね。」

 

「それについては必要無いのではないですか?」

 

カトレアさんがそう言いました。

その表情は澄ましていますが、言葉の端には苦悶の色が伺えました。

 

「カトレア、そういう訳にはいきません。」

 

「私は承服しかねます。

たかだか数年の間、偽りの夫婦を演じる事になんの意味があるんですか?

そんな事で………惨めな思いをしたくはありません!」

 

カトレアさんが声を荒げました。

私は、どうすれば良いのでしょう。

この件では、私は完全に部外者です。

でも、何か、何かしてあげたい。

 

「カトレア、聞いて欲しい。」

 

タカティンが、カトレアさんを真っ直ぐに見詰め、カトレアさんも少し驚いたようにタカティンを見詰めます。

 

「なんですか?言い訳なら、もう沢山ですよ。」

 

「カトレア、済まなかった。

今まで、この事からは逃げてしまっていた。

これからは、お前の気持ちに真剣に向き合う。

 

だから、この婚約を受けて欲しい。」

 

そう言って、カトレアさんの頬にそっと手を添えました。

 

頬を撫でられているカトレアさんは俯いていましたが、恥ずかしそうな、困ったような、とても嬉しそうな表情をしていました。

 

そして小さな声で、「はい」と答えたのです。

無事、二人の婚約は成立したのです。

 

???

今、チリっ、と胸の奥に小さな痛みが走りました。

今のはなんなのでしょう?

解りません。

 


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