新人類観察紀行〜創造主が滅んで用済みになったアンドロイドが新しい世界で自分の生き方を絶賛模索中。 作:T.K(てぃ〜け〜)
私は歌う。
愛する事を知った喜びを、翻弄する運命への怒りを、どう願っても届かない想いの哀しみを、かけがえの無い人達と過ごした楽しさを。
私は歌う。
それら全てとの出会いに、精一杯の感謝を込めて。
今日も私は歌い続ける。
*
聖華暦818年3月20日 アルカディア帝国皇帝直轄領 鉱山街ジェム
「はぁ、はぁ、はぁ……」
私は、林の木々を縫う様に走り続けた。
もう少しで街に辿り着く。
目深に被ったフードを小雨が濡らしている。
頬に当たる水滴を気にも留めずに、ひたすらに走り続けた。
後方からは、数人の男達の声。
待て、止まれ、と叫びながら、私を追いかけて来る。
私は、追われていた。
訳は解らない。
私は旅芸人の一座で歌を歌っていた、いわゆる歌手だった。
一座はそんなに有名でも無く、街から街へと渡り歩いて、曲芸や演劇なんかを披露して、日銭を稼ぐ毎日だった。
私は1年前より以前の記憶が無い。
気が付いた時にはその一座に拾われていた。
一座のみんなはとても優しく、私を気遣ってくれた。
私はなんにも出来なかったけれど、歌だけは上手くて、一座の歌手として一緒に旅に同行させてもらう事になった。
そうすれば、いずれ私を知ってる人に巡り会えるかも知れなかったから。
名前も思い出せなかったから、一座の座長が私に『ニケー』と名前を付けてくれた。
ニケーというのは、古い古い神話に出て来る歌の上手な天使の名前だという。
私なんかには過ぎた名前だと思う。
でも、私はこの名前が好き。
旅をして1年が過ぎた。
もうすぐ、鉱山街ジェムに到着する。
街へと続く街道で、私達の一座は襲われた。
機兵が1体と従機が3台、そして数人の男達。
私達は取り囲まれて、そして。
男達は、どういうわけか、私を差し出せと座長に迫った。
一度は座長も拒んだんだけど、みんなの生命には換えられなかったから。
私も、それは分かっていたから。
私は、彼らに引き渡された。
それから、私は彼らに連れて行かれたんだけど、見張りの隙を見て逃げ出した。
もう一座には戻れない。
でも行く当てなんて無い。
それでも彼らについて行く事は出来ない。
訳がわからない。
私はいったい誰?
どうして私は追われているの?
もうそんな事はどうでもいい。
ひたすらに走って、街の門を潜った。
男達ももうすぐ追いついて来そう。
通りをひた走り、躓いた。
「はあ、はあ。」
振り向くと、男達の姿が見えた。
「お嬢さん、大丈夫かね?」
目の前の露店の店主が、倒れた私を助け起こそうと寄って来た。
私は店主の袖を掴んで。
「助けて、ください。」
そう言っていた。
*
「おい、アンタ。この辺で緑色の服を着た銀髪の娘を見なかったか?」
男達が、店主に私の事を聞いている。
私は、店主が座る椅子の前に並べられた本の山、その下の台の下に隠れていた。
すぐそばに、男達の気配を感じ、息を殺して身を潜める。
「あぁ、見たよ。」
「本当か? どこにいる!」
店主の一言に、息が詰まりそうになった。
店主の方をそっと見上げた。
「さっき本を見に来ていた子供達の中に確かに銀髪で緑の服を着た女の子はいたな。おそらく7、8歳くらいだ。」
「ぜんっぜん、ちげーよ! クソ、あっちを探すぞ!」
ドタドタと足音を立てて、男達は行ってしまったようだ。
「さて、もう大丈夫そうだ。」
私はゆっくりと、台の下から店主を見上げました。
「ありが…とう、ありがとうございます。あの……どうして、私を助けてくれたんですか? 見ず知らずの赤の他人の、私を。」
助けてくれた事には感謝していた。けれど、それ以上に疑問が湧いた。
「なに、どうやら君は、私の同族の様だったからね。」
「それはどういう…? 私の事を、知っているの?」
「ふむ、詳しい話は後にしよう。私はタカティン・モーントシュタインだ。」
彼が自己紹介をしたので、私も名乗りました。
「私はニケー。私、1年前より前の記憶が無くて。旅芸人の一座と一緒に自分が誰なのかを探してて。何か、なにか知ってるのなら教えて。私はいったい誰なの?」
「落ち着きなさい。すまないが君とは今日初めて出会ったばかりだ。だからまだ君の事はよく知らないのだよ。」
「そう…ですか…。すみません、取り乱してしまって。」
焦り過ぎた。
いったい私は、なにを期待していたのだろう。
今日、それもつい今し方知り合ったばかりの人に。
「さて、もう少しだけ我慢してもらえるかな。この後、私の宿に案内するから、そこで隠れていると良い。」
「待って、それでは貴方に迷惑がかかってしまう。」
「もうすでに乗りかかった船だ。せめて彼等がどこかへ行くまでは付き合おう。」
どうして?
なんのメリットも無いはずなのに。
なにか企んでいるの?
けれども、今の私にはどうする事も出来ず、結局は彼の言葉に甘えてしまった。
*
「今、戻ったぞ。」
「あ、おかえりなさい。」
私は宿の一室で、タカティンさんが戻って来るのを大人しく待っていた。
彼が帰って来てから、彼自身の身の上を私に話してくれました。
彼は行商人で、三国やカナド地方も周って、本を売り歩いてる。
一箇所に留まらずにずっと旅を続けている。
言ってみれば、私と同じで根無草。
でも、彼は自分が誰なのかを知っている。
それだけが、今の私との大きな違い。
「昼間の奴ら、随分としつこく探し回っていたな。流石に陽が落ちて一旦は諦めたようだが。」
「本当に、ありがとうございます。私、大したお礼も出来ないのに。」
彼は、私を真っ直ぐに見つめた。
私は、なんだか落ち着かずに視線を逸らす。
「さて、まずは食事を済ませてしまおう。話はそれからだな。済まないが今日は部屋で食べるから簡単なものしか無い。」
「あの、私も何か…。」
「君は待っていたまえ。すぐに出来るからね。まずは下でお湯をもらって来る。」
お湯をもらって来た後は、タカティンさんは手際よくテーブルにお皿を出し、黒パンとチーズ、ハムを荷物の中から取り出して、ささっと切り分けてお皿に並べた。
それからカップに何かの粉を入れてお湯を注いだ。
すぐに良い香りが立ち昇り、それがコーヒーだとわかった。
「ではいただこう。」
「…いただきます。」
食事は簡素で味気ないものだった。
食事を終えてお皿を片付けて、私達は改めてテーブルを挟んだ。
「さて、では話を整理しよう。まず、君は自分が誰であるのか、記憶が無いのだったね。」
「……はい、私は、今から1年より前の事が分からないの。気が付いた時には、旅芸人の一座に拾われていて。」
「その時、君はどんな格好だったね。」
「格好?」
質問の意味がよくわからなかった。
「よく思い出して欲しい。」
「ええと…、みんなとは違った、ぴっちりとした変わった服……でした。」
「どこで拾われたのかね。」
「フォーレンハイト領の第一都市デルドロの近く。北側で。」
「なるほど。」
タカティンさんは少し考え込む。
しばらく、沈黙。
「あの、タカティンさん……。」
「とりあえず、判った事だけを今言っておくとしよう。」
再び、彼は私の眼を真っ直ぐに見つめた。
今度は、眼を逸らす事が出来ない。
「君は、[人]では無い。」
いったいなにを言われたのか、理解出来なかった。