「異世界転移の時間だ! コラァ!!」
唐突に神主が叫んだ。
突然の大声に何事かと周囲の視線が集まるが、奇行の主が誰か分かると皆すぐに興味を失って仲間内での談話や飲食に戻って行った。茶番めいた合議の後、少し話したい事があるので付き合って欲しいと誘われた先の喫茶室での出来事である。
「そもそも儂ら全員元より異世界転生者の身の上ではないか」
転移と転生で異世界がダブっている。
鈴木は神主を見つめた。何を言っとるんだコイツはという困惑に満ちる冷めた目で凝視する。用があるからと呼び出されて来てみれば、開口一番に意味不明なことを言い出した。何らかのギャグだというのは分かるが元ネタが分からない。
「通じないだと。そう言えば鈴木さんは二十一世紀生まれの十四歳。これがジェネレーションギャップか」
あくまでも前世享年の話である。
「ジェネレーションギャップの話は儂にも効くのでやめてくれい。ヒバリの話をしていたら若いのから『鳥ですか?』と言われた時は眩暈がしたぞ。ほれ、それより早よう用件に入らんか」
「はあい。あのさ鈴木さん。ちょっと異世界に行って来てくれない」
コンビニに行って来てくらいの気軽さであった。
「異世界転移云々はギャグではなかったのか。お前さんが作っとるという電脳異界とやらの話か?」
『楽園追放』の「ディーヴァ」や『SAO』の「アンダーワールド」の如き、『
ガイア連合による終末後の新天地。異界としての存在を確立した暁にはイーガンの『順列都市』で語られた世界のように仮に電源を切られても内部の意識は消失を免れるだろう。
ただし今回は関係ない。
「うんにゃ。本物の異世界。分類は並行世界かな」
「儂は『女神転生』も『ペルソナ』も遊んだことがなくてな。見当違いな質問かもしれんが、そういうパラレルワールドを行ったり来たりするようなSF的な話なのかね?」
だいぶ聞いていた話とは違う気がするのだが。
「そういう側面もあるくらいかな。今回のは正確には核となる人間の記憶をベースに集合無意識から汲み出した認知をまぜこぜして構築された小異界でさ、四国か関東平野くらいの大きさしかないことを除けば、住人も地形も街並みも、こことまるっきりそっくりな並行世界的な場所だよ」
現代の日本の地方都市そのまま世界。あるいは前世の『女神転生』がゲームとして存在した世界。
「違いと言えば、レベルにして1未満の霊障や怪異くらいしか悪魔が存在できない事くらい」
世界が内包する生体マグネタイトが希薄過ぎて存在を維持できないのだと推測されている。
「本当の意味で人間と呼べるのは核となってる子だけだからだろうね。たった一人のМAGが世界を支えているんだ」
「悪魔がおらん世界か。いっそ引っ越したいくらいじゃな」
「そう。まさしく。それ! この異界が発見された当初、僕らは湧きかえった。終末後の新天地に成りえるんじゃないかとね」
残念ながら。このプランはすぐに廃案になった。核となっている人間を人柱として放置するのかという人道的な理由……からではない。
「МAGを持った人間や式神が入り込むと、周辺一帯の濃度が上がるんだろうね、調査員の周囲にガキやスライムが出現するようになっちゃった」
特にガイア連合の構成員の保有するМAGは平均して莫大である。それが家族も併せて数千から数万人。入り込んで永住すれば遠からず外と変わらない環境になるだろうと見込まれた。
「どころか人口密度を考慮すると外より危険になっちゃうかもね」
「そいつは本末転倒じゃな」
相槌を打つ。それと同時に心の中で算盤を弾く。逆に言えば人数を絞ればガキやスライム程度で収まるという事だ。その価値は計り知れない。ショタおじがこの異界の公表を差し止めていたのは所有権を巡って連合内で争いが生じるのを避けるためだろう。
その割には喫茶室なんていうオープンな空間で喋っているのが謎だが。
「まあ。そういうこと。それでも潰すのも勿体ないんで観測だけは続けてたんだけどね、最近、居ないはずの悪魔が出没してるんだ。誰か異能者でも入り込んだかなと調べてみてもそれはない」
それで直接人を送り込もうという話になった。そしてショタおじは鈴木を送り込もうとしている。
「話は分かった。それで儂にお鉢が回って来たのはどういうわけじゃ?」
そこで自分を指名する必然性が分からない。
「儂は覚醒こそしているがハッキリ言って弱いぞ。知ってるじゃろ。レベルにして13しかない」
恐山の
調査や探索も素人に毛が生えたようなレベルである。
だがそれでも覚醒した異能者には違いない。相応のマグネタイトを保有している。
「幹部とまでは行かんでも中堅どころのベテランか、逆にいっそ未覚醒の者を送り込んだ方が良いのではないかね?」
だから鈴木がそう言うのは自然な事だった。
「それも考えたけどね。鈴木さんが最適だと思う理由があるんだ」
そして神主にも道理がある。
「それはね。核の子が鈴木さんの娘さんなんだよね」
鈴木は耳を疑った。妙な事を聞いた。
「儂に娘はおらんが」
もっと言えば子供自体がいない。妻以外の女と性交渉を持ったこともない。会社の後継者には従弟の子を据えたが養子縁組はしていない。
「まさか」
脳裏をよぎったのは噂に聞く盗精の事案。
強力な次代を求める外陣や外様の異能者集団が、ガイア連合の転生者たちの精子をあの手この手で入手して、人工授精で妊娠する事件が相次いで報告されている。
掲示板で見た時は同情半分他人事として笑っていられたが、いざ自分に降りかかると恐怖しかない。
「ああ。例の精液を盗まれて知らない内に子供が出来ていた奴とは違うので安心して。もちろん鈴木さんに子供が居ないのも分かってる」
「どういうことじゃ?」
「でもそれはあくまでもこっちの鈴木さんの話でね。言ったでしょう。並行世界だって」
・
・
・
「どういうことなの。あなたは誰。存在を齧られてるって何。どうしたらあの子たちの名前を思い出せるの」
映名は化粧室の個室で『幻聴』を問いただしていた。
『おっ! ようやく幻聴じゃなくて現実だと認める気になったか』
「質問に答えて!」
『OK。一個ずつ答えていくから叫びなさんな』
どうどう落ち着けと『幻聴』が言う。
『オレが誰か。オレはオマエさあ! オマエが忘れっちまったオマエ自身だ。こんなこと言われてもチンプンカンプンだろうがな。ヒヒヒッ』
「何よそれ。意味わかんないんだけど」
『言葉通りの意味さ』
「だからそれが意味不明だって言ってるのよ」
『そのうち分かる。ヒスってないで次行くぞ。オマエのダチどもの話だ。聞かなくて良いのか? よおし良い子だ。存在を齧られてるってのも……コイツもまあ言葉通りだな』
「あんた説明する気あるの?」
『人の話は最後まで聞け。オマエ、落ち着きがないって通信簿に書かれた口だろう。オレもだ! つってもイデアの毀損がどうのこうのと説明されても分かんねえだろ。オレも説明できる気がしねえ。とにかく魂的な何かをちょいと齧られて、そのせいで周囲の人間は奴らが何者だったかが曖昧になってるし、名前も思い出せない。そう思っとけば良い……いまごろ本体にもダメージ行ってそうだが、なんでもない』
映名はいまいち納得が行かなかったが、ぐっと飲み込んで続きをうながす。
『オマエ、スマホから出て来た化け物どもを見ただろう。他の連中には見えていなかったが、オマエには見えていたはずだぜ』
「うん。見えた。ジェイソンみたいなのっぺりとした仮面から蜘蛛の足みたいなのが生えてるお化け。そいつがみんなをスマホの中に引きずり込むのを確かに見たの。やっぱりアレは本当にあったことなのよね?」
『現実さ。リテイク前のNGシーンだけどな』
「リテイク?」
『監督様の御意向で、シャドウなんぞお呼びじゃないと、あのシーンを頭からやりなおしたのさ』
だから映名の幼馴染たちがスマホの中に引き込まれた事実はなかったことになった。
『だが。この人形劇の操り手は大雑把な性格をしてやがってな。強引に引っぺがしたから、シャドウ、あの化け物の中にオマエのダチの「名前」が残っている。これが三番目の質問。「どうすれば名前を思い出せるか」の答えでもある』
「あのお化けからみんなの『名前』を取り戻す! でも、どうやって」
『そりゃあオマエ決まってんだろ』
クツクツと笑いながら『幻聴』は言った。
『横っ腹をぶん殴って吐き出させるんだよ!』
>ガキやスライム程度で収まる
神主と鈴木からザコの代名詞みたいに扱われている外道スライムですが、意外にも真Ⅰだとレベルは13あるんですよね。天使エンジェル(14)と1しか違わない。