聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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09話

 

 

 毎日を修業と言う名の虐めに耐えながら過ごしているクライオスです。

 

 前回の話しだが、どうやらシュラは思ったよりも常識人。

 他の黄金聖闘士――――この場合はシャカやアイオリア、それにデスマスクだが、彼等と比べるとかなり優しい人間のようだ。

 

 何せ俺は『空を飛ばないで済んだ』のだからな。

 

 いや、単にあの修業内容では『空に打ち上げる必要が無かった』だけなのかも知れないけどな。

 

 さて近況報告をするとしよう。

 

 先日、意気揚々とシベリアに旅立っていったカミュの事を、天蝎宮に居るミロに尋ねたところ

 

「ん? あぁカミュか……。 アイツ、教皇に願って弟子を取ることにしたみたいでな。

 んで、その『第一号』の面倒をみるために東シベリアに行ったんだよ」

 

 ってな事らしい。

 『第一号』という言葉に首を傾げる人も居るだろう? 大丈夫、俺も傾げた。

 『初めから何人も候補生を見るつもりでいるのか?』――――と。

 そんな訳でその事をミロに尋ねてみたのだが、ミロから返ってきた答えは何とも納得の行く内容だった……。

 

「クライオス……お前、カミュが上手く弟子育成を出来ると思うか?」

 

 との事だ。

 まぁ、正直ミロよりは上手く出来そうだとは思うけど、それでも前回の出来事を鑑みるに――――

 『一体、何人が氷漬けになるのだろうか?』と思わずには居られないな。

 ……しかし、本人が近くに居ないとはいえ、こうもハッキリ言ってしまうとは……。

 ミロはカミュの親友では無かったのだろうか?

 

 いや、親友だからこそ相手を良く見ているとも取れるか……。

 もっとも、ミロの言った言葉は普通の感性を持った相手なら、誰でも行き着くような答えだと思うのだがね。

 

 さて、話しを俺を中心とした物へと変えるとしよう。

 それは、ある日の午後の昼下がり――――変な言い回しだな……。

 

 まぁ兎に角、ある日の午後のことだ。

 俺は『生命の危険』に晒されながらも、やっとの思いで処女宮への帰還を果たしたのだった。

 そして

 

「助けてくれシャカ!!」

 

 本当ならばしたくはない事なのだが、そうも言っていられない。

 俺は自分の師匠で有る黄金聖闘士、乙女座・ヴァルゴのシャカに泣きを入れる事にしたのだった。

 

 だが俺のこの必死な雰囲気が伝わらないのか?

 シャカは眉間に皺を寄せて、まるで『面倒だ……』とでも言いたげな表情を作って俺の方へと顔を向けた。

 

「なんだねクライオス。……処女宮に戻るなりその慌てよう――――まるで救いを求める地獄の亡者のようだぞ?」

「救いを求めてるんだよ! 助けてって言っただろ!?」

 

 『やれやれ』とでも言いたそうなシャカの発言に、俺の怒りポイントが一つ増える。

 殴りたい……全力で殴り飛ばしたい。

 だが仮に襲いかかったとしても、確実に返り討ちに合うであろうこの現実……。

 

「ふむ……それにその格好。 何処ぞの強制収容所から逃げ出したような服装だな?」

「……くぅ、俺だって好きで『こんな格好』に成った訳じゃないのに」

 

 因みに

 『こんな格好』――――元々着ていた修業着兼普段着である例の服が、所々破れ――――と言うか殆ど無いのと変わらないような状態に成っている。

 上半身は胸が辛うじて隠れる程度、肩半分は破れていて残った方も何とも危うい状態で繋がっている。

 そして下半身の方はと言うと、膝上30cmという言葉でも足りないほどに『上に向かって』ピッチピチであった。

 

「いめーじちえんじ……と、言うやつか?

 だが、そういうやり方は余り好ましくはないな」

「…………一度、そのぶっ飛んだ頭、誰かに叩いて貰った方が良いんじゃないですか?」

 

 人の話をまともに聞かないシャカに、俺はそう言ってやった。

 大体、『好きでこんな格好に成った訳じゃない』って言ってるだろうが!!

 

 全く――――『ゴッ!』

 

「こういった具合にかね?」

「……そうですね」

 

 心の中で悪態をついていた俺に、シャカの一撃が頬を『叩いた』。

 ……まぁ、叩いたという表現が正しいかどうかは置いておくが。

 俺は『叩かれた』頬を抑えながらシャカに向き直り、「すいません、聞いてください」と頭を下げた。

 

「だから、何をだね?」

 

 俺はシャカの顔を正面から見つめると、周囲を一度見渡して『安全の確認』をする。

 そして何も問題がないことを確認してから一言――――

 

「黄金聖闘士『達』に生命を狙われてるんだ!!」

 

 と告げた。

 冗談でも何でもない、俺がついさっき遭遇したことを簡略に答えた。

 だが……

 

「……そうか」

「……」

「…………」

「………………」

「……………………」

「え、それだけ?」

「他に何を言えと言うのかね、君は?」

 

 シャカの心には響かなかった。

 

「可愛い弟子が、修業以外で生命を落とそうとしてるんですよ!?」

「聖闘士に成ればそんな危険は日常茶飯事だ、それが一足飛びで来ただけだろう? 取り立てて騒ぐほどの事でもあるまい」

「黄金聖闘士に生命を狙われる日常なんてないでしょう!?」

 

 何とか現在の窮状を伝えようと試みるも上手くはいかず、却ってシャカには呆れられてしまった。

 俺が間違ってるのだろうか?

 

「大方、君が何か……彼等の機嫌を損ねる様な事でもしたのでは無いかね?」

「そんな事無いっ!? 大体、つい最近までまともな接点も無かったのに!!」

 

 これは本当だ。

 俺はつい最近まで、シャカとアイオリア以外の黄金聖闘士とは接点など無かったんだ。

 ところが今ではカミュ、ミロ、デスマスク、シュラ……そして、今日に成ってこうして泣きを入れる原因になったアルデバランとアフロディーテ。

 何故か(殆んどが自分の所為)知ら無いが、現在聖域に居る黄金聖闘士の全て(サガを除く)と接点を持ってしまっている。

 

 何でだろうか?

 黄金の方々はそれ程に暇なのだろうか?

 俺みたいな候補生の相手をしてる暇が有るのなら、『海界』にでも攻め込めば良いのに!!

 

 

 

 

 第9話 生命の危険が急上昇。

 

 

 

 

 その日の昼休み、俺は処女宮で消費する日用雑貨と食料の買出しの為にロドリオ村にやって来ていた。

 少し前の話しになるが、買出しのためにアテネ市街へ行っている事をデスマスクに話したら

 

『はぁ? お前バカじゃねーのか? そんなもんロドリオ村で十分だろうが?』

 

 と、怒りを溜めてしまうような台詞で返され、それ以降はロドリオ村で買い物をする事にしたのだ。

 しかし、ロドリオ村は俺の生家がある村だ。おいそれと顔を出すわけにも行かない。

 その為この村へ来るときの俺のファッションは、全身に怪しさ満点の黒い外套を身に纏い、顎先から鼻の頭迄を布で包み、

 更にはアテネで買った安物のサングラスをして目元を隠すといった風貌だった。

 

 まぁ、自分でも変だとは思っているのだが、顔を晒すわけにも行かないしな……。

 

 最初の頃なんて、雑貨屋の『ハルカスおじさん(独身36歳)』なんて開口一番、

 

「此処が田舎だからって、詰まらねぇ考えは起こさねー方が良いぞ?」

 

 何て言ってきた。

 詰まらない考え→商品を掴んで逃げ出す。

 と言うことだろう。その事に俺の心はかなりの痛手を受けてしまったが、それも今では笑える話しだ。

 少なくとも現在は『変な格好をした子供が買いに来てる』程度の認識だろう。

 それでも、良い認識ではないのだが。

 

 ハルカスさんの雑貨屋で保存食(この地域では珍しい乾物)と日用品を買った俺は、

 さっさと荷物を処女宮に届けてしまおうと考えて、足早に聖域に戻ろうとしたのだが……。

 

「待て!!」

 

 俺の背後から大きな声で静止を指示する(訴えるではない)声が掛かった。

 その聞き覚えのある野太い声に、俺は若干の嫌な汗を流しながら振り向くと

 

「随分と怪しい出で立ちをしているな……小僧?」

 

 『あぁ、やっぱり……』

 そこには黄金聖衣フル装備状態のアルデバランが仁王立ちしていたのだ。

 怪しさと言う意味では、そんな金ピカの鎧をフル装備して人前に出てくる貴方も相当です。

 そう思った俺は、決して間違いではないはずだ。

 

 そのアルデバランだが、何故かは知ら無いが俺に対して敵意を向けてきている。

 俺は何とか相手を落ち着かせるため、落ち着いたふうに返事を返すことにした。

 

「オホン――――何か御用ですか? 牡牛座のアルデバラン?」

 

 だが――――

 

「む、……貴様、オレの事を。……増々怪しいやつ」

 

 等と言ってきた。……あぁそうですね、確かにこんな格好をしてる人間が自分の名前を言ってきたら、俺だって警戒するよ。

 だがこの時の俺は『怪しいのはお前も同じだ!』と言ってやりたい気分だった。

 もっとも、それが原因で村の人間が集まり始めたら元も子もないので出来ないのだが。

 

 俺は何とか場を上手く治めることは出きないか? と頭を働かせて居るのだが、どうにも上手い方法が思いつかない。

 いっそ回りに誰も居ないこの状況だ、顔を晒してアルデバランを落ち着かせ――――

 

「その内に秘めた強大な小宇宙。 貴様……正体を現せ!!」

 

 一瞬、空気が振動するかのような感覚に成程の大声が周囲に木霊した。

 俺はそれに咄嗟に耳を塞ぐことで対応したのだが、『耳が潰れなくて良かった』なんて事以上に問題な事が起きてしまった。

 

「なんだ、なんだ? なにが起きたんだ?」

「あ、アルデバラン様だ」

「向こうのは誰だ?」

 

 何と困ったことに、村の人間が集まりだしてしまったのだ。

 これは非常にマズイ展開だ。

 村の人間が現れてしまっては顔を晒すわけには行かない。それでは何のために隠しているのか解らない。

 また声を出す訳にもいかない。

 もしかしたら声を聞いた村人が、俺の正体に気づいてしまうかも知れないからだ。

 

「皆下がっていろ! ……さぁ、正体を現せ!!」

 

 両手を組んで、一際大きい声でオレを威圧してくるアルデバラン。

 なんだコレは? なんなんだコレは!?

 

 場の流れについて行けない。

 

 何故こうも、黄金連中と言うのはその場のノリで行動することが多いんだ?

 それともこれがこの世界ではスタンダードな事で、オレの考えかたが変だとでも言うのだろうか?

 

「むぅ……黙りか。ならばオレがその覆面を剥ぎとってくれる!!」

 

 一言そう発すると、アルデバランはオレの方へと向かって歩き出した。

 マズイ……これはマズイ。

 もし掴まれでもしたら、間違いなく素顔を晒すことになる。

 

 何か……何かこの状況を抜け出す方法は!?

 

 オレは迫り来るアルデバランに、ジリジリと少しづつ後退しながら方法を模索していた。

 そして

 

「ムッ……!?」

 

 その方法に行き着いたオレは、それを行動に移すべく動き始める。

 そのオレの行動――――高め始めた小宇宙に、アルデバランは動きを止める。

 

 まともに相手をすれば確実にジリ貧、逃げたとしても確実に捕まるだろう。

 だが、逃げると言う選択肢以外は選びようが無い。

 ならばどうするか?

 

 答えは簡単、『逃げられるように』すれば良い。

 オレは幸いにして、アルデバランの『弱点』を知っているのだから。

 

 村の者達をオレから庇う様にして立っているアルデバランは、強烈な視線をオレに向かってぶつけてくる。

 正直心が潰れそうなのでヤメテ欲しいのだが、そんな事を言うわけにもいかないオレはその視線に正面から耐える。

 そして手を前に伸ばし、シャカの元で教わった印を組んだ。

 

「――――……天空覇邪魑魅魍魎!!」

 

 その掛け声と共に、オレはアルデバランへ幻術を仕掛ける。

 アルデバランは正面からの攻撃には滅法強いが、それ以外の攻撃……要は精神に作用する攻撃や五感に訴えるようなモノには耐性がない。

 海将軍セイレーンのソレントとの対戦や、地暗星ディープのニオベとの闘いが良い例だ。

 それを踏まえた上での行動だ、後は其のまま悠々と聖域に帰ればそれでいい。

 

 それでいい筈だったのだが……。

 

「グレートホーンッ!!!」

 

 仕掛けた幻術とほぼ同時に放たれた黄金の野牛の一撃は、オレの身体を遥か彼方まで吹き飛ばすのだった。

 (注:アルデバランの腕組は居合の構え。普通の状態よりも早く拳を放ちます)

 

 

 ※

 

 

「いってぇ……。俺は聖衣も何も着けていない『一般人』だぞ? なに考えてんだあの牛は!?」

 

 オレはボロボロになった身体を引きずりながら、聖域に向かって脚を進めていた。

 当然買った物は途中で空中分解のごとく粉々に吹き飛び、手元に残ったのは雑貨屋でおまけに貰った押し花が一つ。

 コレでは何のために買い物に行ったのか解らない。

 

 オレはブツブツとアルデバランの悪口を言いながら十二宮の階段を登っていく。

 んで、白羊宮を抜けて金牛宮の前に来たところでその脚が止まった。

 

「…………」

 

 そして無人の金牛宮を見て眼を細めた。

 どうやらアルデバランは未だ自分の宮に戻っておらず、現在の金牛宮は無人と成っている様である。

 少なくともオレはそう感じる。

 

 今頃、飛んで行ったオレのことを探し回っているのだろうか?

 

 そんなどうでも良い事をオレは考えていたのだが、不意に背後から誰かに『髪の毛を触られた』。

 俗に言う『トリートメントはしているか?』といった状況だ。

 オレは背筋に薄ら寒いものを感じて飛び下がっり、それをしてきた人物へと視線を向けた。

 

 するとそこにはウェーブの掛かった空色の髪の毛と、目元に泣きボクロを持った女性――――じゃない、

 男が立っていた。

 

「……魚座のアフロディーテ」

 

 この時のオレは『何でこんな所にアフロディーテが?』と思うのと同時に、

 『厄介ごとに巻き込まれそう』との直感を強く感じていた。

 

「お前がクライオスか?」

 

 そんなオレに対して、アフロディーテは特に気にする様子も無く話しかけてくる。

 と言うか……『お前がクライオスか?』って何だ? 誰かも解らずに髪の毛を触ってきたのかコイツは?

 

「私は黄金聖闘士、魚座ピスケスのアフロディーテだ」

「知ってるよ。かなり久しぶりに会った気がするけど、聖域に来た次の日に挨拶に行ったからね」

 

 と、若干無礼気味にオレは言葉を返した。

 もっともそんなオレの態度にアフロディーテは眉をしかめた程度の反応で返し、

 その後は「ふむ」等と言ってオレの事をそれこそ上から下まで舐め回すように見つめてくる。

 

「――――で……何でアフロディーテがここに居るの?」

 

 他の候補生達が聞いたら卒倒しそうな言葉使いだが、今の俺にはシャカ以外の相手に敬語は使えそうにない。

 主に見た目と年齢的な問題で。

 

 だが当のアフロディーテはそんなオレの言葉を無視すると、

 

「言葉使いは減点。しかし容姿的には磨けば光るかも知れないか……」

 

 と、訳の解らないことを言ってきた。

 そして

 

「喜んで良いぞクライオス。私がお前の事を、美と強さを兼ね備えた最高の聖闘士にしてみせよう」

「はぁ?」

「とは言え、私の次にだがな」

 

 と何処からか取り出したバラをくわえながらそう言った。

 この人も、他人の話しに耳を傾けないタイプの人間なのだろうか?

 

「それはそうと、コレを君にやろう。お近づきの印という奴だよ」

 

 言って、オレの鼻先に自分がくわえていたバラを突きつけてくるアフロディーテ。

 正直いらない……。

 オレとしては、アフロディーテ+バラの組み合わせには少しだけ抵抗が有る。

 まぁ、それはオレだけでは無いだろうが。

 

「コレってデモンローズ?」

「何を馬鹿な、『お近づきの印』と言っただろう? 何処の世界に出会った瞬間に殺そうとする人間が居るのだね?」

「……そういう事なら戴くけど」

「私が栽培しているバラ園で育った花だ……そこら辺に売っているようなモノとは違い、良い香りだろう?」

 

 実際のところ、オレはバラの香りなんて物は嗅いだことが無い。

 その為、どういったものが良い香りか? と言うことが全く解らない。

 

 だがコレに関してはアフロディーテの言うとおりなのかも知れない。

 

 促されるままに吸い込んだバラの香気は、非常に『甘い』感覚をオレに訴えていた。

 

「正直、俺は薔薇の香りの良し悪しなんて解らないけど、これは良い…かお……り」

 

 言いながらも力が抜けていき、オレはその場に倒れ込んでしまった。

 何とか四肢に力を込めて、顔面から地面に突っ込むのは防――――げなかった。

 ものの見事に顎が地面を叩く……。

 

「なんりゃ……こりぇわ…?」

「おや? 誤って痺れ効果のある弱毒性のバラを持って来てしまった。まぁ私には耐性が有るため気が付かなかったようだな……済まない」

「うしょちゅけーーー」

 

 笑いながら言うアフロディーテに、せめてもの抗議をと声を上げたのだが、

 上手く発音することもままならないオレにはソレさえも出来なかった。

 ヤバイ……少しだけ星矢や瞬の気持ちが理解出来る。

 

 そして尚もアフロディーテのターンは続く。

 

「安心したまえ、解毒薬はちゃんと双魚宮に置いてある。

 とは言え、取りに行って此処まで戻ってくるのも面倒だな……。先ずは君を双魚宮に運んでから治療をするとしよう」

 

 そこまで言うと、アフロディーテは身動きの取れないオレの脚を鷲掴み、

 そして其の侭俺を引きずっていくのだった。

 

 力の入らない俺はされるがまま、金牛宮を抜けた後は『ゴツン!……ゴツン!』と体中をそこら中にぶつける事になった。

 

「……いひゃい、……いひゃいっへの!」

 

 もっとも、そんなオレの抗議の声など聞こえていないのか、アフロディーテは鼻歌まじりの好機嫌だ。

 そのため、結局は金牛宮から双魚宮迄の長い道のり(石段)を、俺はアフロディーテに引きずられていく事に成ったのだった。

 因みに……処女宮を通過するさいには、正真正銘本物のデモンローズを使われて意識が飛んでいた。

 

 

 そして双魚宮――――……

 

「なんて事するんだアンタは!!」

 

 一応は本当に解毒薬があったらしく、アフロディーテがそれを処方して回復したのだが、

 そんな事でオレの怒りは収まらない!!

 大体、どうしてオレがこんな目に合わなくてはいけないんだ!!

 今日は最近稀に見るほどの厄日だぞ!!(注:昔は良くあったの意)

 

「だから、間違えたと言っているではないか? 過ぎた事をネチネチと……品性に欠けるな?」

 

 興奮覚めやらぬオレの抗議の声に、アフロディーテは赤バラをチラつかせながらそんな事を言ってきた。

 ロイヤルデモンローズ……

 ――――……卑怯だ。なんて卑怯なんだ!?

 この世は所詮弱肉強食か?

 力有るモノが無いものを虐げるのは当然だとでも言うのか――――!?

 

 まぁ、そんなのはこの数年間で身にしみて解ってるんだけどさ……。

 はぁ……これはどうやら泣き寝入りか?

 オレは目の前の人間の所業に、そして自分の不遇に諦めを――――と考えることにした。

 

「……こ、この件はいずれ決着を付けてやる。今日の所は泣き寝入りだ!!」

「まぁそう急くことも無いだろう、もう少しゆっくりして行けば良い」

 

 背を向けて逃げ出そうとしたオレの肩を、『グイっ』とアフロディーテが掴んできた。

 と言うか、痛い!、ひたすらに痛い!?

 指が食い込んでる!

 

「お詫びにローズティーでも煎れよう、心が落ち着くぞ?」

 

 オレは笑顔でそんな事を言ってくるアフロディーテに、

 

「……ご馳走になる」

 

 としか言うことが出来なかった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「――――ってな事があって」

 

 ここに帰ってくるまでの事をシャカに簡単に説明したのだが、どうにもシャカはまともに聞く気がないようだ。

 話しを初めて数分後(アルデバランが出てきた辺り)にはそっぽを向いて、坐禅を始めてしまったし……。

 

「……それでどうして服がそうなる?」

 

 だが、それでも一応は聞いては居たらしく、内容の確認(?)をしてきた。

 

「アルデバランのグレートホーンと、その後のアフロディーテが……」

「?」

「何だか『立ち居振る舞いを矯正する』とか言い出してピラニアンローズを――――」

 

 大まかに説明するとこうだ。

 突然そんな事を言い出したアフロディーテはオレの回りに黒い花弁――――要はピラニアンローズを舞わせると、

 

『クライオス……先ずは歩法からだ。其の花弁に触れないように歩いてみ給え。

 もし触れるようなら――――食い尽くされるぞ?』

 

 等と言ってきたのだ。

 え? 何で逃げないのかって?

 ……ピラニアンローズは宮の入り口方向に敷き詰められてたんだよ。

 其の逆方向は教皇の間、つまりはデモンローズが敷き詰められてるからだ。

 どっちがより助かる可能性が高いかは考えるまでも無いだろう?

 

 そんな訳で、オレは何故かも解らないうちにアフロディーテの『作法修業』を受ける羽目になったのだった。

 歩き方の次は紅茶の煎れ方を、其の次は何故かテーブルマナーを、其の次は――――と延々とやらされ続けたのだ。

 だがそれもある程度迄進むと流石にオレの精神に限界が見え始め、オレは一瞬の隙をついて花弁を吹き飛ばし、脱兎の如く磨羯宮へと逃げ込んだのだ。

 

 そしてそこでシュラに救援を要請して、此処まで逃走してきた。

 ……まぁ、最初にオレが引きずられている段階で、シュラが止に入ってればこんな事には成らずに済んだのだけどな。

 シュラはまんまとアフロディーテの言葉――――

 

『クライオスが誤って私のバラの香りを嗅いでしまってね』

 

 に騙されてしまい、普通にスルーですよ。

 

「……成程、それでその格好かね?」

 

 そう言って来るシャカに、オレは無言で頷いて返事を返した。

 何だか今日は、自分でも精神が後退している気がするのだが……まぁそんな事は些細なことだろう。

 

 オレはシャカの方へ視線を向け続けていたのだが、するとシャカが「ふむ……」と呟いた。

 もしかしてアフロディーテを何とかしてくれるのだろうか?

 

「――――まぁクライオス、お前の言い分は良く解った」

「じゃあ――――」

「……そろそろ良い時間だ。いい加減夕飯の支度にでも取り掛かりたまえ」

 

 ――――フリーズした。

 シャカの言った言葉が少しばかり理解出来なかった。

 いやいや、まさかまさか――――幾ら何でもそんな事は……

 

「シャカ……もう一回言ってください」

 

 オレは断腸の思いでシャカに言ったのだが。

 当のシャカは眉間に皺を寄せて妙に不機嫌そうな顔をしている。そして――――

 

「夕飯の支度をしろと言ったのだが?」

 

 と、再度言い直してきたのだった。

 

 ……オレは怒って良いはずだ。

 そもそも、最初にこの聖域に来たのだって無理矢理連れてこられたようなものなんだ。

 それでもこの数年間、生命の危険に晒されながらも俺はひたすらに頑張ってきた。

 だと言うのに……だと言うのに何なのだこの仕打は?

 これが88の聖闘士の最高峰である、黄金聖闘士で良いのか!?

 心の奥に沸々と怒りが沸き起こって、オレの心を満たしていく。

 

 そして気づいた時オレは――――

 

「シャカッ!!」

「――――何だね?」

「夕飯は何を作れば良いですか?」

 

 普通にシャカに夕飯の希望を聞いていた。

 ……慣れってのは恐ろしいものだよ、全く。

 

 オレは『いずれ』黄金聖闘士達に目にもの見せてくれると心に誓い、

 処女宮に残された少ない食材で料理を作るのだった。

 

 

 

 

 因みに――――後日アルデバランはデスマスク経由で、覆面小僧=クライオスと言うことを聞いたらしく。

 号泣しながら『シャカ』に侘びをいれに来た。オレにじゃない……シャカにだ。

 

『オレは……オレは! お前の弟子で有るクライオスを殺してしまった!!』

 

 だってさ。

 シャカがアルデバランを諌めようと、

 

『クライオスは死んでなどいない』

 

 と言ったのだが、そんなシャカを半ば憐れむような顔で見ていたアルデバランの表情はかなり貴重と言えた。

 恐らくその時のアルデバランは、『現実を受け入れられないのだな……』とでも思っていたのだろう。

 だが言っておこう

 

 シャカはオレが誰かに殺されたとしても、決して悲しんだりはしないと思うぞ。

 

 当然その後にアルデバランの前に姿を表した俺だが、最初は幽霊扱い、その後は何とか話しを続けて生きている事を認めさせた。

 なんでもあの後、俺の幻術は成功していたらしくアルデバランは一日中村で身悶えていたのだとか。

 やっぱり――――この人はそっち方面には弱いようだ。

 

 ついでに言うと、良くは解らないが随分と気に入られた様で、アルデバランが良く処女宮に顔を出すように成った。

 『土産だ』と言って大量の肉を持ってくるのだが……これは肉を食えない生活をしている俺への嫌がらせなのだろうか?

 

 


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