聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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15話

 

 

「シャカ何処だ!」

 

 シン……と静まり返っていた処女宮。

 その静けさを破壊するような大声放ちながら、無遠慮に侵入をしてくる一人の男が居た。

 身体を包む白い外套、そして全身を輝かせる金色の聖衣。

 

 『黄金の獅子』とも呼ばれる彼の名前は――

 

「何か用かねアイオリア? このような時間に訪ねてくるとは……些か礼儀がなっていないようだが」

 

 宮内に響くような大声に眉根を顰め、処女宮の主であるシャカは声の主――黄金聖闘士獅子座・レオのアイオリアの前に姿を表した。

 アイオリアは現れたシャカに射るような視線をぶつけている。

 

 何時もは飄々とした様相であるシャカだが、現在は幾分機嫌が悪そうに見える。

 睡眠時間を削られたことが腹立たしいのだろうか?

 

「お前に礼儀作法云々を聞くつもりは無い。シャカ……貴様、一体どういうつもりだ?」

「どういうつもり……とは?」

 

 眉間に皺を寄せ、睨みつけるような視線でアイオリアはシャカを見つめている。

 ただ事ではない雰囲気を発しており、シャカはそんなアイオリアの様子に怪訝そうな表情を向けた。

 

 もっとも、そんなシャカの態度が更にアイオリアの癇にでも障ったのか、

 アイオリアはより一層表情を険しくしてシャカを睨み付けた。

 

「惚けるな! クライオスの事に決まっている!!」

「クライオス?」

「そうだ! シャカ……何故クライオスが聖闘士となったことを黙っていた!!」

 

 今にも掴みかからんばかりの剣幕でアイオリアは言うと、一歩、二歩とシャカに詰め寄ってくる。

 だがそんなアイオリアとは逆に、シャカは気持ちを落ち着かせて息を吐いた。

 まぁ、何をしに来たのかを理解したからであろう。

 

「黙っているも何も……わざわざ急いて報告するような事かね?」

「――なっ!? 巫山戯るなシャカ!! 『俺達』は今まで、クライオスの成長を共に見守ってきたのだぞ!!

 言わば、俺はクライオスにとってのもう一人の師と言っても過言ではない存在だ!

 ならば師として、己が弟子の事を知りたいと思うのは当然の事ではないか!!」

 

 強く吠えるようにして言うアイオリアの言葉は、まぁ幾分かの正当性をもった内容である。

 確かに、元々はクライオスが勝手に師事を始めただけの事であるが、その後はシャカ本人がそれを認め、

 アイオリアを含む他の黄金聖闘士に助力を願う形でクライオスの修行を行って来たのだ。

 頭を下げて協力を請うた立場にあるシャカは(実際は下げてなどいないが)、

 礼儀の一つとしてクライオスの事を他の黄金聖闘士に伝える義務が有ると言えるだろう。

 

 だが――

 

「アイオリア」

「ム、……なんだシャカよ?」

 

 表情ひとつ崩さず、普段と変わらぬような落ち着き払った声色で、シャカはアイオリアに向かって口を開く。

 

「私が今回、教皇より任を受けて聖域の外に出ていたのは知っているな?」

「あぁ、勿論知っている。そしてその任から帰還してすぐ、クライオスが白銀聖闘士と成ったこともな」

 

 『フンッ』と胸を反らして言ってくるアイオリアに、シャカは小さく溜息を漏らした。

 

「……あぁそうだ、概ねその通り。君の言うとおりだよアイオリア。

 教皇からの任を受け、ニューギニアから戻って直ぐ……クライオスは白銀聖闘士として認められた」

「ならば――」

「ほんの数時間前にな」

 

 そう言ったシャカの眉間には、彼にしては珍しく皺が寄せられていた。

 そう、今現在は夜中。

 それもシャカが聖域に戻ってからそれ程時間も経っていない時間なのだ。

 因みにクライオスは、アイオリアが来る1時間前に処女宮を追い出されている。

 

「成程確かに、君の言い分ももっともだアイオリア。

 君たち他の黄金聖闘士に、クライオスの修業を手伝ってもらったのはこのシャカだ。

 それを考えれば、クライオスの状況を伝えるのは半ば義務なのかもしれん……。

 確かに、それを怠るのは人の道に反するのやもしれん……だがなアイオリアよ。

 遠路より帰ったばかりの相手の住居(?)に、このような夜分に押し入るのは……果たして人の道に反したりはしないのかね?」

「ム……人の道」

 

 シャカの順序立てての説明に、アイオリアはその表情を曇らせた。

 しつこいようだが、今は夜中なのだ。

 きっとオリンポスの神々とて寝ているであろう真夜中。

 そんな時間に乱入してくる者が居れば、きっと現代のアテナとて怒り狂うに違いない。

 それを眉間に皺を寄せる程度で済ませているシャカは、ある意味できた人間ということか?

 まぁ、普段が問題あり過ぎるのでプラマイゼロかも知れないが。

 

 因みに、今の時代のアテナは丁度……「星矢、馬になりなさい」なんて時期である。

 

「で、アイオリア。

 もう一度問うが……コレはそれ程に急いて伝える事だったのかね?」

「ム、ムぅ……」

 

 勢い込んでやってきたアイオリアは、あっと言う間にシャカに論破されてしまっている。

 まぁもっとも、黄金聖闘士ならば皆が簡単な超能力の使い手で有るため、

 ほんのチョットだけシャカがテレパスを使って報告していれば事足りたのだが……どうやらアイオリアはそこまで頭が回っていないようである。

 

「――シャカ様、お客さんですか?」

 

 アイオリアがシャカの言い分に納得して言葉を失いかけていると、不意にそこに割って入るように口を開く者がいた。

 テアである。

 横から目元をこするようにして現れたテアに、アイオリアは訝しげな視線を投げかけた。

 

「誰だ、この小僧は?」

 

 相手を威圧するような、強烈な視線をアイオリアはテアへと向ける。

 本来なら黄金聖闘士以外居るはずのない12宮に、見知らぬ人物が居るのだ。

 それが喩え子どもでも、アイオリアの反応は聖闘士として正しい物だと言えるだろう。

 まぁ、確実に大人げない反応ではあるが。

 

「そう睨むなアイオリア。唯の子供だ。

 今回の任で、クライオスが現地から連れ帰ってきたのだよ」

「ど、どうも……」

 

 シャカの後ろに隠れるようにして、テアはアイオリアに頭をさげた。

 アイオリアの雰囲気に呑まれてなのか、何故かクライオスの時には見せなかった怯えのようなモノを見せている。

 

「クライオスが連れてきた……か。シャカよ、それはこの小僧に才能が有ると判断してのことなのか?」

「才能? ……さて、どうかな。正直、才能というものは後のやり用でどうとでも成る気がするが……」

「クライオスを預っていたお前が、そんな事を言うのか?」

「そもそも、私はクライオスを預かった当初、『この小僧……死ぬな』と思ったのだよ」

「クライオスがか?」

 

 シャカの言葉に、アイオリアは驚いたような表情を浮かべた。

 だが、それもそうだろう。

 かつてのアイオリアは、聖闘士の基準を自分と同じ黄金を基本に考えていた。

 その為、当時はクライオスを『出来の悪い奴』と考えていたが、今では考えを改めて『そこそこに出来る奴』と認識している。

 実際、他の聖闘士候補生よりも早い段階で聖闘士として選ばれたのだ。

 今のクライオスを見るに、『才能がない』とは誰も思えないだろう。

 

 シャカはアイオリアの言葉に補足するように、続けて当時を思い出して口を開いた。

 

「そうだ。当初は教皇の命も有ったため、引き受けたのだが……。

 本音を言えば、奴が聖闘士に成れるとは思っても居なかった。――もっとも、直ぐにそれは間違いだと気付かされたがね」

 

 基礎体力作りに数年間、その後は小宇宙の修練を織りまぜて鍛え続け、今では各黄金聖闘士に師事するようにも成っている。

 

「確かに……。最近は俺も考え方を改めたてモノを見るように成ったが、奴は他の同年代の奴らと比べても圧倒的だからな」

「才能などと、そんなモノはやって見るまでは解らぬものだ。特に我々聖闘士はな」

「だがそうなると……」

 

 チラリと、アイオリアはテアを見つめる。

 その視線に、テアはビクっと身体を震わせるとシャカの後に隠れてしまった。

 

 アイオリアは怯えるようなテアを睨むように見つめ

 

「この小僧が聖闘士にか?」

 

 と、首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 第15話 そろそろ有名な人が登場です。

 

 

 

 

 処女宮でアイオリアとシャカが妙な話し合いしている頃。

 

 パチ、パチパチ……

 

 乾いた枯れ木が炎に焼かれ、弾けるような音を周囲に響かせている。

 時間は夜――と言うよりも真夜中。

 正確な時間は解らないが、少なくとも普通の人間ならば既に床に着いている時間だろう。

 

 かくいう俺も、何時もだったらもうとっくに寝ている時間の筈だ。

 

 そう――

 

「――いつもだったらな」

 

 呟くように口にした言葉が、そのまま俺の耳に返ってくる。

 周囲には誰も居ないため、俺の言葉を聞くのも自分だけだ。……仕方が無いだろ。

 今の俺は処女宮から追い出され、一人寂しく野営中(良い言い方をすればキャンプ、悪い言い方だとホームレス)なんだから。

 

 だがどう思う?

 

 あれよあれよという間に、聖衣獲得→帰還→教皇へ報告→放逐……って。

 

 シャカの奴は絶対に、一般社会の中に溶け込むとか、人に合わせるとか出来そうには…………まぁ兎に角、

 あの性格は一生治りそうにないよな?

 

「ふふふ、今頃はテアが代わりに処女宮で寝ているのだろうか?」

 

 俺は遠い目をしながら夜空を見上げると、『恐らくは今現在そうなっているだろう』といったテアの様子を少しばかり想像して――

 

「――まぁ、別に羨ましくないかな?」

 

 と、首を傾げながら言った。

 よくよく考えれば、元々の俺の待遇は床での雑魚寝、精々が布一枚くるまっているといった程度だったのだ。

 外との違いは、たかだが雨風をしのげると言ったくらいだろう。

 それを考えると……

 

「あれ? もしかして、今の状態の方が『今までよりも』良い境遇なのでは?」

 

 少なくとも今の状況ならば食生活を制限されることもないし、毎日のようにぶっ飛ばされることもない。

 他の黄金聖闘士に拉致されることもなければ、切り刻まれそうになったり、氷漬けになったり、黄泉比良坂に送られることもない。

 そして妙な礼儀作法を強制されることもなければ、針の様な傷跡を付けられて妙な激痛を味わうこともないじゃないか。

 

 冷静になって考えてみると、俺の頭には次々と『今までよりも良いところ』が浮かんできた。

 

 ……そうなのだ。

 喩え雨風は防げなくとも、朝早くに誰か(黄金聖闘士)に拉致(修行?)されることもなく、

 訳の解らない理論を押し付けられたり、あの世の入り口を覗くようなことも無くなる。

 そうだ、そう考えると――

 

「はは、なんだ。こうして考えて見れば、俺の未来はかなり明るく輝いているじゃないか!」

 

 思わず起ち上がりながら、俺は大きな声をだした。

 『胸の奥からスッとする』ような、そんな爽快な気分が沸き上がってくる。

 

「きっとその内に教皇から何か勅命を受けて仕事して、

 適当に毎日を過ごしながら死なない程度にいずれ現れる青銅共の応援役に回れば……この先も安泰?」

 

 そんな事を口にする俺は、知らず知らずの内に声を挙げて笑っていた……

 

 それを見つめる一つの影に気づかずに……

 

「……何をやっているんだ、アイツは?」

 

 夜の暗い闇の中。

 焚き火の灯りに照らされて大笑いをする一人の少年。

 そして、それを背後から見つめる一つの人影。……まぁ、この時の俺は前述の通り気づいていなかったがね。

 

 ※

 

「いやぁ、助かった。本当に助かった。

 俺もいきなり処女宮を放り出されてさ、実際どうしたものかと思っていたところだったんだよ」

 

 現在の俺は質素な小屋の中。

 暖かい湯気を立てるカップを持ちながら、俺をこの場所に招待してくれた仮面の少女にお礼を言っている。

 因みに、カップに入っているのはお湯ですよ。お茶なんて高尚な物は、そう簡単に手に入りませんので。

 

 さて、俺に一時の安らぎを提供してくれた少女は誰かと言うと――シャイナ……ではない。

 

 赤い髪の毛と、そして無駄に落ち着いた雰囲気を放つ白銀聖闘士(未来においては)。

 将来的に天馬座の聖闘士を育てることに成る、鷲座の聖闘士(将来はですよ)。

 

 その名も

 

「お前はきっと長生きするぞ、魔鈴」

 

 そう、魔鈴(マリン)だ。

 

 魔鈴は俺の言葉に「フン」と軽く鼻を鳴らすと、奥の棚からカチカチに固まったパンを取り出して俺に放り投げてきた。

 俺はそれを「やた♪」と言いながらキャッチしてむさぼり始める。

 

「――しかし、何だって魔鈴はあんな所に? 今の時間、普通は森に入ったりはしないだろ?」

 

 俺は魔鈴から頂いたパン(?)を力任せに、半分に折りながら言った。

 へし折ったパンからは、とてもパンとは思えないような『バキリ……』という音が鳴る。

 

 魔鈴は俺の質問に顔を向けると軽く肩を竦めた。

 

「あぁその事か……。実は私もよく解らないんだけどね。

 夜も遅いし、いい加減に寝ようかと思っていたら突然に私の師匠がやってきて――」

 

『魔鈴。聖域の東の森に、不穏なモノを感じる。行って調査をしてこい』

 

「ってね。……で、師匠の命令で取り敢えずそこに行ったら、焚き火をしてるクライオスに出食わしたんだよ」

「不穏な『モノ』かなのか、俺は?」

「知らないよ、言ったのは師匠だからね」

 

 何だろうか? 何か良くない小宇宙でも出てたかな?

 俺は特に、小宇宙を燃やしたりはしてないんだが……魔鈴の師匠さんの勘違い――いや、

 もしかしたら、焚き火を眺めながら腐ってたときに、小宇宙を燃やしてしまってたのかも……。

 

 俺はチラリと魔鈴に視線を向けるが、

 

「ん?」

 

 仮面のせいで良く解らんが、まぁこんなどうでも良いような嘘を付いたりはしないだろう。

 魔鈴は俺の視線に対して、首を軽く傾げて見つめ返してくる。

 

 しかし―― 

 

「お前の師匠とかも随分物臭というか……変な奴だな?

 普通、そういった怪しいモノを聖闘士候補生に調査させようとか思わないぞ」

 

 当然のように言う俺の言葉に、魔鈴は少しだけ驚いたような雰囲気を出すと、

 「そうなのか?」等と聞き返してくる。

 俺はそんな魔鈴の反応に、そういった頭を使う所はまだ歳相応なのかな?

 と考えたりした。

 

 さて、こんな事は説明するまでもないと思うのだが、まぁ念のため。

 

 要は怪しい物が何か解らないのに、それを聖闘士候補なんかに調べさせるのはカナリ変だと言うことだ。

 もし、何かしらの敵が攻めて来ていたらどうするのか?

 それを考えると、魔鈴の師匠とやらは頭がオカシイか、それとも平和ボケしてる役立たずのどちらかと言う事になる。

 とは言え、今回の事は敵ではなくて俺のことだったようなので、問題もないだろうが……。

 

「念のため、明日になったら誰か黄金聖闘士にでも聞いておいてやるよ。

 もし本当にそんな不穏なモノが有るようなら、誰か何かを感じていそうだからな。

 まぁ、あの場に居た俺が特に何も感じなかったから大丈夫だとは思うけど……それでも一応な」

 

 魔鈴は俺の言った言葉に「そうか……」と、素っ気ない返事を返した。

 そう言って椅子に座る魔鈴を尻目に、俺は再びカチカチのパン(のような物)に齧り付いた。

 俺と魔鈴は互いに無言になり、部屋には『バキ、ゴギ、ベギ』といった、パンを食べる音だけが響いた。

 

「――なぁクライオス」

 

 残されたパンも後僅か、残り一口、二口といったところで、不意に魔鈴が声を掛けてきた。

 俺は「ん?」と言って視線を向けるが、内心は『飲み物が欲しいな……』なんて考えていた。

 

「ちょっとだけ気になったんだが……そもそもどうしてあんな場所で火を炊いていたんだい」

「そりゃ、野宿のためでしょ」

「野宿って……お前は確か、処女宮で寝泊りをしてるんじゃなかったのか?」

 

 不思議そうに聞いてくる魔鈴の問に、俺は「そういう事か」と言いながら勝手に水瓶から水を掬って飲み始める。

 そうして、一息付いたところで魔鈴に顔を向けた。

 

「確かに処女宮に住んでたけどさ、『さっさと出てけ』みたいな感じで追い出されたんだ」

「? ……喧嘩でもしたのか?」

「け、喧嘩?」

 

 俺の説明も悪かったのだろうが……魔鈴の反応もどうかと思う。

 喧嘩して追い出されるって、何処のほのぼのファミリーだよ。

 

 俺は、若干頬を引き攣らせながら手をパタパタと横に振った。

 

「そんな訳ないって、単純に弟子じゃなくなったから出て行けって――」

「そうか、破門されたのか」

「……」

 

 なんだろう。

 魔鈴の中での俺のイメージって、何だか碌でも無い人間になってるのでは無いだろうか?

 こんど、他の候補生達や黄金聖闘士も交えての意識調査でもしようかな……。

 

 かなり真面目にそんな事を考えている俺だが、

 『まずは目の前で妙なことを口走っている魔鈴をどうにかするか……』と、心に決める。

 何せ俺が閉口してるのをいい事に、『才能有りそうだったのに』とか『それじゃあ明日には聖域を出ていくのか』等と言っているからな。

 

「――あのな魔鈴、俺は別に破門になんかなってない。

 むしろ修業が終わったから、こうして処女宮を追い出されたんだ」

「…………は?」

 

 ――コイツは本当に魔鈴なんだろうか?

 なんなんだ今の「は?」って言うのは、余りと言えば余りな反応じゃないか?

 俺たち聖闘士候補生は、日々の厳しい修業に耐えているも全ては聖闘士に成るためじゃないか。

 そんな俺達が、ある日を境に聖闘士になる……。

 不思議な事など何も無いだろう?

 

「聖闘士? クライオスが聖闘士になったって言うの?」

「そうだよ。……というか、俺が聖衣箱を担いでるの見てなかったのか」

「私はいままで、聖衣箱なんて見たこと無かったからね。……それじゃあ、コレの中に聖衣が?」

 

 見たことがないから解らなかったって?

 ……まぁそれならスジは通るのかな?

 確かに原作だと、星矢なんかは聖衣という物自体解ってなかった感じだし。

 

 しかし――

 

「これが聖衣か……」

 

 呟きながら聖衣箱を見つめている魔鈴を見ると、その様子は非常に子供らしく見えてくる。

 まぁ、実際に子供なんだが。

 

「その箱の中に星座を模した鎧――聖衣が入っている」

「もう開けてみたのか?」

「まぁ……開けたというか、開いていたというか……」

 

 俺の曖昧な返事に、魔鈴は首を傾げている。

 だが実際、説明をするとそんな感じにしか言いようが無いからな。

 分かりやすくするにはあの時の状況を事細かに説明する必要が有るだろうし、

 しかしアレは一応とは言え任務の一つ、未だ候補生である魔鈴に、おいそれと話せる事でもないだろう。

 

「しかし――なんだな。俺が聖闘士になったことって、やっぱり知られてないんだな?

 まぁ、聖闘士になってまだ一日も経ってないから、仕方がないと言えばそれまでだけど」

 

 そもそも、聖闘士間の情報のやり取りってどうやってるんだろうか?

 『聖域新聞』とか『聖域広報』とか無いだろうしな……『~が聖闘士に成りました』みたいな御触れでも出すのだろうか?

 全くもって謎だ。

 

 まぁ、きっと何か方法でも有るのだろう。

 そもそも俺が気にすることでも無――

 

「? どうしたんだいクライオ――」

「静かにしろ」

 

 不意に俺の雰囲気が変わったことに魔鈴が訪ねてくるが、俺はすかさず魔鈴の口元を押さえて声を小さくする。

 ……仮面の上からだけどさ。

 

「(なにさクライオス。一体何が?)」

「(意識を外に向けてみろ、誰かがこの小屋を見張ってる)」

 

 言われたことで、魔鈴はその意識を小屋の外側へと向けた。

 すると小さく呻くような声を出すと緊張感を表した。

 どうやら、外に居る『モノ』に気がついたらしい。

 

「(この小宇宙は……)」

「(若干だけど小宇宙を感じる……。それに、何やら攻撃的な感じだ)」

「(……)」

 

 囁くようにやり取りをする俺達だが、何やら魔鈴の雰囲気に妙なものを感じる。

 緊張しているのだろうか?

 恐らく、外に居るだろう敵の小宇宙に当てられてのことだろう。

 

「(――魔鈴……お前、誰かに狙われるような覚えとか無いのか?)」

「(襲われる?)」

「(相手はまるで、この場所をピンポイント狙っているかのような感じだ。

 もし聖域に喧嘩を売りに来た奴らなら、こんな場所に来るのは変だろ?)」

「(そう言われてもね……。シリウスとかアルゲティならそういう事もするだろうけど……)」

「(この小宇宙はあの連中じゃないな……)」

 

 ヒソヒソ話をしながら俺はシリウスやアルゲティ、そしてついでにカペラの事を思い出した。

 確かにあの連中は女性の候補生――特に東洋人である魔鈴には何か思うところでもあるのか嫌っているふしがある。

 だが、幾ら何でも夜中に押し入って何かをするような、そんな卑劣なことは絶対にしない……はずだ。

 

 まぁ、そもそも感じる小宇宙は3人とは違うモノなのだが……。

 

「(魔鈴に襲われる覚えがないとすると……俺の客か)」

「(クライオス?)」

 

 俺は小さく溜息を吐きながら立ち上がると、やれやれと言った感じに外に出て行った。

 何も妙な任務から戻ってきたその日の晩に、こんな目に遭わなくても良いじゃないかと思うのだが。

 

 外に出てみると案の定そこには誰も居らず、ただ視線の先にある森から先ほど同様の小宇宙を感じることは出来た。

 

「――わざわざ中から出てきてやったぞ。さっさと出てこい」

 

 投げやりのような態度でいう俺だが、中々奥からその相手は姿を見せない。

 一体なんなのだろうか?

 コレが俺じゃなくて黄金聖闘士の誰かだったら、この時点で先制攻撃ものだぞ?

 

「…………………………」

 

 待つこと数秒。

 俺の言葉とは裏腹に、返ってくるのは無言だけだった。

 

 「面倒だ……」と小さく呟いた俺は、近場にあった石ころを一つ拾い上げ、大体の予想を付けて放り投げた。

 投擲した石が『コッ!』と、何かに弾かれる音がする。

 すると狙いが上手いこと行ったようで、森の奥から一人の――

 

「うわぁ……」

 

 見るからに怪しい人物が現れた。

 真っ黒のボロのような布を頭の上からスッポリ羽織り、目深にかぶっているためその顔を見ることも出来ない。

 そんな、見からに不審者な人物だ。

 

 俺が顔を引き攣らせて声を漏らしたのも、ある意味当然と言えるだろう。

 

「……あの、どちら様でしょうか?」

「魔鈴は何処だ?」

 

 尋ねるように聞いた俺の言葉を無視するように、目の前の人物はそう言ってきた。

 少しばかり嗄れた、それなりに歳を重ねた男の声に聞こえる。

 まぁ、今の俺と比べればだが。

 20代か30代くらいか?

 

 俺は相手の分析をしながら、首を傾げて見せる。

 それは『どうして魔鈴?』と思ったからだ。

 

「魔鈴? それなら小屋の中に居るけどね、魔鈴になんの用が――」

「退いてろ」

 

 小屋を指さして言った俺だが、そんな俺を無視するように男はさっさと小屋に向かおうとする。

 なので

 

「待った」

「!?」

 

 俺は脚を引っ掛けてやった。

 

 ズザザザアア!! と、盛大に音を出しながら男が前方に転がっていく。

 

 ……自分でやっておいてなんだが、凄く痛そうだ。

 

「―――――ッ!? ――――ッ!!」

 

 声にならない声を上げながら、地面をのたうつボロを纏った怪しい人物。

 俺はその余りにシュールな光景に苦笑いを浮かべつつも、一応声を掛けることにした。

 

「あーその……夜分遅くに女の子の家に押し入るのは、ちょっとどうかと思うので」

「――……のか」

「は?」

「……何をするのか貴様は!」

 

 大声で怒鳴り散らしてくる相手に、俺は一瞬だけビクっと身体を震わせた。

 いきなり、なんだろうかこの人は?

 

 聖域への侵入者? ……だったら、こんな大声を出したりはしないだろうし、

 かと言って普通に聖域の関係者? ……だったら、こんな変な格好はしないだろう。

 

 判断に困るな……顔は隠れていて良く見えないし。

 

 とは言え、魔鈴には今回の事で借りがある。

 こんな見るからに怪しい人物を、そのまますんなりと対面させる訳にもいかないだろう。

 

「……もう一回だけ聞く、魔鈴になんの用だ?」

「貴様の様な小僧には関係無い」

「だから――」

「関係無いと言っている!」

 

 最低限、相手の目的と素性でも聞き出そうかと思った俺だったが、どうやら相手はそんな些細な事さえも答えるつもりがないらしい。

 まぁ、いきなり脚を引っ掛けてくるような相手の質問に、まともに答える奴も居ないのかもしれないが……。

 どうするべきか?

 やはり此処は無理やりに――

 

「――しかし」

「?」

 

 目の前の人物の対処をどうするか考えていた俺だが、不意に男は口を開いてきた。

 

「お前は一体なんなのだ?」

「は?」

 

 俺は、まさか自分の聞きたかった内容を、その聞きたい相手聞かれるとは思わなかった。

 だが……この人の話を聞かない性格と態度。

 俺はこういった人種を知っている気がする……。

 

 もっとも、怪しさ満点な相手に問われてそれに馬鹿正直に答えるほど、俺は頭がおめでたいツモリは無い。

 

 訝しむように相手に視線を向けていたが、どうやらそれが男には気に入らなかったようだ。

 徐々に身体を震わせていき――恐らくは怒りに震えているのだろうか?

 

 まぁ大した相手ではなさそうだし、ここは――

 

「オイ! 貴様聞いているのか!?」

「兎も角――拘束させてもらう」

 

 俺のつぶやきに男は「は?」と声を漏らしたが、俺はそんな言葉を当然無視した。

 目の前の人物が先程の小宇宙の元だと仮定し、相手が死なない程度に小宇宙を高める。

 

「――ッ!?」

「カリツォー」

 

 相手に指を向け、俺は技を放つ。

 途端にキラキラと輝く雪の結晶の様なモノが輪となって、相手をグルリと囲むのだった。

 

「な、なんだコレは!? 一体何のつもりだ!」

「その技はカリツォーと言って、狙った対象の動きを封じる技だ……と思うよ?」

「お、思う? ――んがぁ、少しづつ輪の数が増えていく!!」

「拘束力が増す程度だ。……一々叫ぶな」

 

 黄金聖闘士・水瓶座のカミュが操る凍結拳の一つ、『カリツォー』。

 長く辛いカミュの虐めに耐えながら、どうにか真似事が出来るようになったモノの一つだ。

 まぁ……『ダイヤモンドダスト』とかはまだ修練が必要だがな。

 

 え? 何故拘束したのか?

 

 もう面倒だから、無理矢理に尋問しようかと思いまして。

 

 俺は身動き出来ずに立ち尽くすようにしている男の脚を素早く払うと、

 男は受身も取れず(拘束してるので当然)に地面に転がった。

 

「さて……質問の時間だ」

 

 俺は相手に舐められないように、それなりにドスを利かせるつもりで相手に言った。

 もっとも、見た目は勿論として声も変声期前のソプラノである。

 正直、余り相手に威圧感を与えられる自信は無いのだがね……。

 

 だがそうやって口にすることで、俺の中で何かが切り替わるのを感じた。

 

 俺は地面に伏している男の背中に脚を乗せ、抑えつけるように力を込める。

 

「まずは最初の質問だ……今の自分の状況を良く理解して答えろ」

「貴様……こんな真似をして――」

 

 ゴバァンッ!!

 

「ゲゥ……!?」

「状況をよく考えろと言ったぞ。……子供だと思って舐めるな」

 

 踏みつけていた脚に力を込め、相手の身体が僅かに地面へとめり込んだ。

 

 やり過ぎ? いいや、まだまだ優しいと思うね。

 普段の俺なら(自分がされていたことを基準にすれば)、少なくともあと数十㎝は沈んでいるから。

 

 それに此処は聖闘士星矢の世界で、そのうえ聖域だ。

 俺の記憶の中にも、こんな怪しいボロを纏った連中が作中に出てきたことを覚えているが……。

 それは冥界編とかに出てくる奴らが基本だった。

 

 この男からはたいして巨大な小宇宙を感じる訳でもないが、

 だからと言ってこんな酷い格好をしている奴を好きにさせておくのは良くないだろ?

 

 俺は「フン」と鼻を鳴らすと、油断無く相手を踏みつけながら口を開いた。

 

「では聞こうか。貴様は一体誰だ? 何の目的があってこの聖域にやって来た?

 魔鈴に何をする気だ?……」

「な、何を?」

「答えろ」

「う……」

 

 背中を踏みつけていた脚を少しずらし、俺は男の頭部を踏みつけながら言った。

 絶えず小宇宙を燃やして相手を威嚇し続け、足元からはゴリッとした感触が返ってくる。

 

「お、俺は――」

「俺は?」

「いや……私は」

 

 俺が聞き返したことが、何か威圧的に捉えられたのだろうか?

 男は慌てた様子で自分の事を言い直してきた。

 普段の俺なら笑みを零してしまう所だが、今の俺は本気モードの最中だ。

 

 男のそんな変化も気にせず、俺はただ男からの返事を持っていた。

 

「――クライオス」

「……魔鈴、小屋から出てきたのか?」

 

 不意に背後から声をかけられたが、俺は視線を向けることなく返事を返した。

 『油断することがどんな結果を生んでしまうのか?』

 俺はその事を、身を持って経験しているからだ。

 

 少なくとも前回……ニューギニアでは、それが原因で負わなくても良い怪我負ってしまった。

 

 俺は軽く手を振って、背後に居る魔鈴指示をしようとするが――

 

「下がっていろ魔鈴。コイツはどうやら、お前に用が有るみたいだが――」

「師匠だ」

「…………何だって?」

 

 小さな声で呟く魔鈴の言葉に、俺は眉を寄せて聞き返していた。

 何だか妙な……そう、『師匠』とか言っていた気がするのだが……?

 

「その人は私の師匠だよ」

 

 再度、今度はハッキリと告げてくる魔鈴。

 今度は流石に聞き違えと言うことはなく、ハッキリとした口調で言う魔鈴の声が耳に届いた。

 

「魔鈴の……師匠?」

「そうだ」

「……コレが?」

 

 眉間に皺を寄せた俺は、尋ねるように魔鈴に確認する。

 言ってはなんだが、この目の前で倒れているのが聖闘士候補生の師匠だとは思えないのだ。

 奇妙なボロを纏っていて、人の話を聞かないような変な奴が魔鈴の師匠?

 まぁ確かに、『人の話を聞かない』ところや『変な奴』と言うところは、俺の師匠達と同じだが、いかんせん弱すぎるのではないか?

 

 少なくともシャカや、アイオリア等とは――って、そうだったな。

 

 俺はこの男が『師匠にしては余りに弱い』と思ったのだが、俺の周りが異常だった事を思い出した。

 みんながみんな、黄金並の実力を持っている訳ではないのだ。

 

 「はー……」と大きく溜息をついてから、俺は軽く指を鳴らしてカリツォーを解除する。

 そして未だ地面に倒れている男(魔鈴の師匠?)に問い掛けることにした。

 仮に小宇宙が小さくても、仮に魔鈴の師匠だとしても、何故今の時間にこんな場所に来たのか?

 

「――で、どうしてこんな夜更けに魔鈴の所に?

 まさか人に言えないような事をしにきた訳じゃないでしょうね?」

 

 年上であろう男に対し、俺は既に一片の敬意を払うことはない。

 そもそも、『不穏なモノ』を感じながら聖闘士候補生に調査をさせようという変人である。

 敬意を払えと言う方が無理がある。

 

 だが男は、「フン」と鼻を鳴らすと俺を無視して魔鈴の方へと視線を向けた。

 ……なんだコイツ?

 

「魔鈴、どうして東の森に行かなかったのだ?」

「はい?」

「私はずっと待って――いや、森の近くで観察していたのだ。

 だが、お前は一向に来なかったではないか?」

 

 男の言葉に、魔鈴は不思議そうに首を傾げるしか出来ない。

 本当になんなんだコイツは?

 近くに居たなら、自分で調査すれば良いだろうに。

 

「いえ……。私は確かに森に行きましたよ?」

「嘘を――」

「嘘じゃないぞ、俺は東の森の中で魔鈴と会ったんだからな」

「む……」

 

 横から俺がそう言ったことで、男はやっとマトモに俺の話を聞く気になったようだ。

 もっともフードで顔を隠しているため定かではないが、男の雰囲気から察するに眉間に皺でも寄せていそうだ。

 

「大体なんだって、『不穏なモノを感じる』だったか?

 何だってそんな事の調査を聖闘士候補生にやらせるんだ。

 どう考えてもオカシイだろ? ちゃんと聖域の上層部に報告しろっての」

「……さっきから失礼な子供だな。君こそ何だ。

 見ためから察するに聖闘士候補生のようだが、もっと年長者を敬うといった気持ちは無いのか?

 ――ったく、いったいどんな師に育てられたのか……」

 

 言葉は聞いても答える気はないのだろうか?

 何だか少しだけイラッとくる……。

 

「自分自身、変な師匠に育てられたとは思ってますが……。

 なんなら、明日にでも紹介しましょうか?」

「ふん……! どうせくだらん奴に決まっている。そんな奴に会う価値など無い」

 

 『うわー……』って思ったよ。本当に。

 後で、アイオリアとかデスマスクとかシャカとかに教えてあげよう。

 

「真面目な話だ……魔鈴」

「は、はい?」

 

 男は再び俺を空気のように扱うと、魔鈴に向かって真面目な雰囲気をつくりだした。

 突然の事に、魔鈴は多少驚いている。

 

「お前には黙っていたが、お前に命じた森の調査……。

 アレはお前の卒業試験を兼ねていたのだ」

「卒業試験? ……クライオスを見つけることが?」

「え? 俺をか?」

「全然ッ違う!!」

 

 魔鈴からのフリに反応した俺だったのだが、間髪入れずに男がツッコミを入れてくる。

 男はすかさず、今度は俺と魔鈴のあいだに割って入ってきた。

 ……よほど俺に何かを喋らせたくはないのだろうか?

 

「いいか魔鈴、俺は森の中でお前と戦うつもりだったのだ」

「さきほどから師匠が何を言っているのか解らないのですが……。どうして私と戦うなどと?」

「それを試験にしようと思ったからだ。

 それでお前の成長度合いを測り、十分だと判断したら聖域の上層部に連絡をするつもりだった……」

 

 俺は魔鈴と男のやり取りを見ながら『なんだかなー……』と思っていた。

 だったら初めから余計なことをせずに、正面からやりあえば良いと思うのだが。

 それとも、何らかの雰囲気作りみたいなものが必要になったりするのだろうか?

 

 目の前の男が何を第一に考えている人物なのかはサッパリ解らないが、

 とは言え最初に俺が思った感想だけは間違って居ないことが証明されたな。

 

 コイツは変人だ。

 

「――そんなに言うならさ、今ここでやってみたら良いじゃないか?」

「む?」

「クライオス?」

 

 俺の言い分に二人が揃って此方を見てくる。

 

「元々戦うつもりだったって言うならさ、戦えば良いんだよ。――今ここで」

 

 俺としては至極まっとうなことを言ったつもりだったのだが、何故か二人の動きは止まっている。

 だがそうだろう?

 この男の言い分は、結局は魔鈴が来なかったことへの文句でしか無いのだから。

 

「今ここで……か。だが魔鈴のほうは――」

「貴方程度が相手なら、今の魔鈴は負けないよ」

「ちょ、クライオス!?」

 

 途端、慌てたように魔鈴が動くが、男はそんな魔鈴を手で制して動きを止める。

 そして俺の方へと視線を向けてくる。

 

「聞き捨てならない言い方だな? それではまるで、俺が魔鈴の足元にも及ばない――みたいではないか?」

「――『みたい』では無く、事実そうだと言っていますが?」

 

 仮にも魔鈴は、10歳の時は白銀聖闘士になっていた人間だ。

 逆算をすると今は9歳だが、それでも目の前に居るような変なモブキャラに遅れを取ることはないだろう。

 それに、さっき感じた小宇宙もハッキリ言えばてんで大した事はなかった。

 

 俺の予想では、魔鈴の一撃KOで幕引きの筈。

 

「……成るほど、成るほど。よーく解った。魔鈴」

「はい?」

「コイツの言い分は兎も角、些細なことで試験をなかった事にするのは問題だ。

 今から試験を行おう……但し――」

 

 こめかみ付近に青筋を浮かべながら、怪しいくらい紳士的に言う男。

 だが半ば当然かのように、男のその紳士的な態度は怪しいだけのことはあったのだ。

 

「この小僧の性根をたたき直してからだ!!」

 

 突如吠えるようにして、俺に向かって振り下ろしてくる拳。

 俺はその拳を避けて、避けて、避けてと数回ほど避けてから後方に飛びさがった。

 

 男の拳が振られた延長上に在った物は、ドッカン! ドッカン! と破戒されている。

 

「チッ……素早い。だが所詮は子供、さっきのカリツォーとやらに気をつければ……」

 

 苦虫を噛み潰したように悪態を付いてくる男に、俺は若干のめまいを覚えてしまった。

 それは今までも何度も思ったことなのだが、コイツは一体何を考えているのだろうか? といった事だ。

 

 俺は何か、この男を傷つけるような事でも言っただろうか?

 ……少しだけ考えてみるが、全く思い浮かぶことがない。

 

 そもそも、こんな変な奴が何で聖闘士候補生の師匠なんてやっているんだ?

 いや……デスクィーン島に居るジャンゴとか、かなり変な奴が居るのも知ってるけどさ。

 

「一応聞きますがね、何考えてんですか? こんな事、誰かにバレたら問題ですよ?」

 

 俺は男に向かってそう言った。

 成り立てとは言え、俺は紛れもなく聖闘士だ。

 急に襲われたからとは言え、自分よりも格下と思われる相手に簡単に拳を向ける訳にはいかないと思うのだ。

 まぁ、俺の周りにいた他の聖闘士達(黄金の方々)は、余りそんな事を考えていなかったようだが。

 

 とは言え、一応の事を考えてこうして男に問いかけたのだが。

 

「なーに……コレはちょっとした技術指導の一つにすぎん。

 結果どうなろうと、それは事故で済まされる範囲内だ」

 

 等と、男はニヤっと口元を歪めて言うのだった。

 『なんともメチャクチャな言い分だ』と、普段の俺ならば思ったかもしれない。

 だが、この時の俺はまるでハンマーに殴られたような衝撃を受けた。

 

「技術指導? ……成るほど、それなら問題ない訳だ」

 

 そう、詰まりはそういった名目があれば許されるのだ。

 シャカがデスマスクに幻術を掛けるのも技術指導――もしくは、技術交換といった名目があってのこと!

 シュラがエクスカリバーでデスマスクをナマスに変えようとするのも、アイオリアとデスマスクが時折喧嘩をするのも、

 全部が全部そういった理由が有ってのことだったんだ!!

 

 ……まぁ、理由と言うか建前だがね。

 

 とは言え、俺はそういった建前がなにより大事だと言う事を今知った!

 

 俺は男に向かって小さく笑みを浮かべた。

 

「やり返して怪我させたら、『聖闘士は私闘を禁ずる』に反してしまうかと思ったよ」

「何を訳の解らん事を――って、なんだt」

 

 軽く返した言葉に、一瞬男がなにやら反応してきたが取り敢えずそれは無視することにする。

 

「二人共良く見ていろ、コレが白銀聖闘士の小宇宙と拳だ!」

「え、ちょ――白銀聖闘士!? 小僧が――」

 

 腕を左右に広げ、自身の中にある小宇宙を燃やす。

 身体中が、中心から一気に熱くなっていくのを俺は感じていた。

 

「待て! いや待ってくださ――」

「ディバイン・ストライク!!」

 

 振るった右腕から放たれる幾つもの閃光。

 そして一瞬の内にそれらが男へと突き抜けていく。

 

 手加減をしたが、それでも数えるのも嫌になるほどの突きを男の全身にお見舞いした。

 その後、まるで時間がゆっくり流れるかのように、『ディバイン・ストライク』で吹き飛ばされた男が空から降ってくる。

 

 ――ドガァっ!!

 

 落下した場所を中心に数m範囲内の地面が抉れ、その中心では男が小さな痙攣を繰り返していた。

 

「――さぁどうした! 技術指導はまだ始まったばかりだぞ!」

 

 俺は倒れる男に向かってそう言ったのだが、何故か男のほうからの返答はない。

 

 どうしたのだろうか?

 

 幾ら何でも、この程度で動けなくなるとかは無いと思うのだが……。

 

「クライオス……やり過ぎじゃないか?」

「やり過ぎ? そんな馬鹿な。幾ら何でもこの程度でどうにか成るなんて……もしもし?」

 

 一向に動き出さない男の様子に、俺は少しだけ危機感を感じた。

 そして念のため、ピクピクと動いている男を指先で何度か突っついてみる。

 

「…………」

 

 返事がない。ただの――

 

「マズイな! まさかこんなにも打たれ弱いとは!」

「クライオス……まさか殺――」

「妙な事を言うんじゃない魔鈴。この人はこんなに元気に動いてるじゃないか!」

「動いてるというか……コレは」

 

 言いながらその視線を自身の師匠へと向ける魔鈴。

 その間も、男の反応は身体を細かく動かす(ピクピク)だけだ。

 魔鈴の仮面の下の表情は、果たしてどんなものになっていか……。

 

「あれだ! お前の師匠は――そう、お前の師匠はちょっとだけいい夢を見ているところだ」

「ゆ、夢?」

「そうだ、だからこうして動かずにはいられないんだよ!」

 

 メチャクチャな事を魔鈴に言いながら、俺はお得意の幻術を気絶している男にかけておく。

 こうしておけば、男の中では俺にやられた記憶がなくなる――かもしれない。

 ……幻術を掛けた瞬間から、男の表情が更に険しくモノに変わったのは気のせいだと思いたい。

 

 とは言え、根本的な問題解決には至っていない。

 

 今は一刻も早く、この男をこの世とは違う『向こう側』から連れ戻さなくては――

 

「……そうだ!」

 

 俺はふと、『向こう側』に関係の深い男の事を思い出して声を上げるのだった。

 

「任せろ魔鈴、コイツの事は必ず元に戻してみせるさ」

 

 可能なかぎりの笑顔を向けて、俺は魔鈴にそう言った。

 いや、別に魔鈴を落ち着かせようとか思った訳ではなく、そうでもしてないと俺の気持ちが状況に潰されそうだと思っただけ。

 

 俺は地面に半分ほど埋まってる男を引っ張り出して背中に担ぐと、

 

「間に合えーッ!」

 

 と大声を上げながら走りだした。

 目的地――『巨蟹宮』へと。

 

 


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