現在、シャカに五感を剥奪されて地面に転がっている最中です……。
大丈夫かって? 大丈夫じゃあ無いんだがねぇ……。
それでも、まぁ、確かにシャカは人でなしでろくでなしだが、朝になればちゃんと元に戻してくれ―――ると思う。
だからまぁ、現状からちゃんと復活できるかについては余り考えない事にする。
一度悪い方に考えると、そこから加速度的にネガティブが広がって行きそうだからな。
さて、どうせ此の侭では何もする事が出来ないので、俺がこの場所―――聖域に来ることに成った切っ掛けと、シャカの弟子になるまでについてお話しようと思う。
俺が生まれたのはギリシア、聖域のお膝元にある村で、名前は―――ロドリオ村。
作品中でも何度か名前の出ている村で、星矢を追ってギリシアへと来た星華(星矢の実姉)が数年間記憶喪失で過ごした村だ。
まぁ、流石に今のロドリオ村には時期的問題で星華は居ないけどさ。
でだ、俺はそのロドリオ村で誕生した『生粋』のギリシア人って訳だ。
事の始まりは俺が5歳ほどの頃、近所の
突然、そんな俺に鈍器で頭を殴った様な衝撃が襲った。
……事実、近所のおばさんが持っていた水瓶を躓いた際に放り投げてしまい、それが俺の頭部に見事直撃したんだが。
兎に角、切っ掛けはどうであれ後頭部を鈍器で殴打された俺は、遠くなる意識の中で次々と『自分の事』を思い出していったのだ。
要は『前世?』という奴の事をだ。
自身の経験していた記憶が次々と書き加えられ、それに伴って急速に成長をしていく精神。
元々、二十数年間を日本で過ごして居た事を思い出した俺は―――
「お、思い出したーーッ!!」
と、大声を挙げていた。
頭からダクダクと血を流しながら……。
第2話 昔の話をざっと飛ばして……
記憶が上書きされてから2年。
『体は子供、頭脳は大人』な何処ぞの探偵のようになった俺は、其れはもう好き放題に振舞った。
知識や知恵を使って周囲を驚かせるなんてしょっちゅうだったし、場合によっては大人相手に論争を繰り広げたりもした。
周りからは『神童だ』『天才だ』と持て囃されて調子に乗っていた訳だ。
ま、要は可愛げが無かったんだ。当時の俺はさ。
両親は変わらずに接してくれていたが、周囲の大人達の反応は結構微妙な所だったと記憶し
いる。
何と言うか『凄い、凄い』と言いつつ『厄介な……』とでも思っているような態度だったな。
まぁ、歳相応の反応をしない様な、ヘンテコなませた餓鬼が、ニヤニヤしながら正論をぶちかますんだ。
周りの大人としては面白くも無いだろう。
もっとも、そう思われるだろうと解っていながら、俺も好きに振舞っていたんだ。
仕方が無いとは思うけどな。
で、そんなある日の事だ。
近所の遊び友達だった……子供Aが俺にこう言ったのだ。
「なぁ、クライオス知ってるか? 今日は聖域から教皇様が来るらしいぜ」
と。
その時の俺は、一瞬口を半開きにして呆然としてしまった。
教皇―――この場合、一番近いのはローマ法王か?
ローマ法王が、態々バチカンからこんな辺鄙な村にやって来るわけが無いだろう?
んで、こんなやり取り。
「聖域って何だよ?」
「―――へ? 聖域は聖域だよ。 俺も詳しくは知らないけど、アテナが如何とか父ちゃんが言ってた気がする」
んで、此処でまた呆然。
『あぁ、教皇ってそっちの教皇ね』と心の中で呟き、表情は苦笑い。
まぁ何と言うかさ、その時の俺の感想としては、日本アニメの余波と言うか何と言うか―――良くない電波を一杯浴びた人が、それに成りきって騙してるのかな? って思ったんだよ。
普通の人間だったら『此処は聖闘士星矢の世界か?』って考えには先ず至らない。
で、まぁ……当時可愛くない子供だった俺は、村にやってくると言う教皇にネタ振りをする事にしたのだ。
んで、村に慰労訪問にやって来た教皇様。
村中の人間が寄り集まって拝むような事をしていたのだが、そんな教皇に俺はスタスタと近寄って開口一番こう言った。
「教皇様、双子座の聖闘士に会いたいのですが如何すれば良いですか?」
と。
「残念ながら、彼は現在行方不明になっていてね。会う事は出来ないな」
「―――そうですか。 双子座なんだから、弟でも居れば良かったのにね?
それとも居たけど、もう別の場所に行っちゃったのかな?」
瞬間、雰囲気が一変した。
その時の時間が止ったような教皇の態度を、俺は一生忘れないだろう。
直ぐに取り付くろうように
「……ハハハ、君は面白い事を言う子供だな」
などと言っていたが。
妙な威圧感と同時に肌をピリピリと刺激する感覚を、俺は感じていた。
其れからの展開は途轍もなく速かった。
「―――少年……君の御両親と話をしたいのだが?」
と言う教皇に俺は訳も解らず両親を紹介し、俺を除外した3人で話し合いをした結果……俺はどういう訳か聖域に行く事になってしまった。
後になって父親に聞くと、『教皇様が、お前には特殊な才能があるかもしれないと仰ってな』って事だった。
何でも俺が聖域に行く変わりに、村や両親には充分な謝礼が支払われるらしい……あれ? それって人身売買じゃね?
俺としては『怪しい集団に売られるのはゴメンだ!』と言ったのだが、
いつに無く強気な両親に、半ば無理矢理な形で翌日やって来た使いの人に渡されてしまった。
去り際に両親が
「立派な聖闘士になるんだぞ」
と言っていたのも、今となっては苦笑してしまう。
そうして俺は聖域に連れて行かれる事に成ったのだが、この時の俺の心境はハッキリ言って最悪だった。
何せ無駄に知識のある俺だ、この時は教皇を語る犯罪集団に買われたのだと本気で思っていて、この後どんな仕打ちを受けてしまうのかと考えると気が気ではなかった。
出来れば『アーーーッ!』な事は止めて欲しいと本気で思ったほどだ。
ならば逃げれば良いのでは?と言われそうだが、その時の俺は皮紐で縛られていて逃げる事が出来ません。
だがその考えも、聖域に着いたら一気に吹き飛んだ……。
首が痛くなるほど天高く聳え立つ十二宮。
誰がどうやって点火しているのか解らない巨大な火時計。
そして前時代―――どころか、軽く千年単位前のような建築物の数々……。
「これって洒落じゃなくて、まさか本当に聖闘士星矢?」
俺の呟きに答えを返してくれる人は居なかった。……残念ながら、隣に居た使いの人も含めて。
で―――
「ようやくお出ましかね……。随分と待たせてくれるものだ」
気配も何も感じさせずに、その人は俺の背後に現れたのだった。
その声に一緒に居た使いの人は回れ右をして平伏し、俺は
「そ、その声(三ツ矢雄二)!? ま、まさか!」
と驚嘆の声を挙げていた。
勢い良く振り返り、その視線の先に居たのは黄金の鎧を身に纏った一人の少年――──
「私は今日から君の師と成る……乙女座・ヴァルゴのシャカだ」
だった。
この時の俺の心境が解るだろうか?
この世界に生を受けて早7年、ついに知らされた(と言うより気が付いた)真実は『この世界が聖闘士星矢だ』という事。
しかも俺にもその聖闘士になるチャンスが与えられ、その上師となる男があの"最も神に近い男"なのだ!!
まぁ見た目がまだまだ子供だと言うのは若干の不満があるモノの、それは俺も一緒なので捨て置く。
何と言うか突如舞い降りたこの展開に、本気で大声を挙げて喜びを表したいくらいだ―――実際やったけど。
「ぃっやたーーーー!!」
両手を握り締めて喜ぶ俺の姿にシャカは眉間に皺を作っていたが、俺はそんな事気にもしないでただただ喜んでいた。
「如何したのだね?」
「いやいや、色んな事に納得がいって……それと降って湧いた幸運に感謝」
つまりだ、村に来た教皇は本当に教皇だったってことだ。犯罪集団でもなんでも無く。
……この頃は『ラッキー』程度にしか思ってなかったけど、こうして今になって思い返してみると、恐らくサガは俺が言った言葉に不信感を感じ、聖域で聖闘士候補生として監視をしようと―――あれ? それって拙くないか?
もしかして妙な動きを見せたら俺って殺されるのでは?……。
……なるべく大人しくしていよう。
「―――さて、早速だが君に一つ尋ねたい事がある」
「へ?」
「君は、私の弟子となって良いのかね?」
「勿論!! 黄金聖闘士の中でも、最も神に近いなんて言われる人が俺の師匠だなんて最高じゃないか!!」
「良いだろう、今日から君は―――」
「クライオス、ロドリオ村出身のクライオスだ!」
「今日からクライオスはこの私、乙女座ヴァルゴのシャカの弟子となる。 日々を心して過ごすが良い」
「はい!」
「では取りあえず、先ずは私の管理する処女宮へと行きがてら―――」
「行きがてら? 特訓? 訓練? 早速何かするのか?」
ワクワクしながら目の前に居る少年シャカに質問をする俺に、
「君の言葉使いを矯正するとしようか」
「は?」
「自らの矮小さを知り、敬いの心と言葉を知るが良い!!」
この時、俺は産まれて初めて地面とキスさせられるという事を味わった。
更にちょっと前の話
sideシャカ
大理石で覆われた広い空間に、二人の男が居る。
一人は玉座の様な仰々しい椅子に腰掛け、ローブに身を包んだ男。顔を覆うマスクの為にその素顔や年齢などは解らないが、男の発する存在感はその人物が只者では無い事を雄弁に物語っている。
彼は此処、聖域を束ねる教皇である。
そしてもう一人。
教皇の前に傅き頭を垂れている男はその全身に黄金色に輝く鎧を身に付けており、同じ様に長く金色の髪をしている。
彼の名前はシャカ。
聖域十二宮の中の一つ、処女宮を守護する黄金聖闘士。
乙女座・ヴァルゴのシャカである。
「シャカよ。お前に一人、聖闘士候補生を預けようかと思う」
「私に……ですか?」
シャカがこの教皇の間に到着してからどれ程の時間が流れたのだろうか?
流れる沈黙の中、教皇が口を開いてシャカに告げる。
「ロドリオ村の子供だが、周囲の者達の話では神童と呼ばれるほどに利発な子供なのだとか」
「ロドリオ村と言うと……先日慰労訪問の為に教皇自らが向かわれた時に―――でしょうか?」
「そうだ。その時にその少年と出会ったのだ。数年前にあの村へ行った時には、特に何も感じる事はなかったのだが……。あの子には普通の人間には無い何かを、今の私は感じるのだ」
重く圧し掛かるような雰囲気を持って教皇は言う。
瞬間、教皇の小宇宙が揺らぐようにシャカは感じたのだが、それがどういう意味を持っているのかまではシャカにも解らなかった。
「では教皇。貴方はその子供が聖域を―――引いては地上の平和と女神アテナをお守りする力となる。そう言われるのですか?」
「正直……それは解らぬ」
「解らない?」
「私はその少年に『普通の人間には無い何かを感じる』と言ったな? だが、それが善なのか悪なのかまでは判断する事が出来なかった」
「という事は?」
「だからこそ、お前にその少年を託したいのだ。黄金聖闘士12人の中でも、最も神に近いとまで言われるお前に」
つまりは『監視せよ』と教皇はシャカに言っているのだ。
神童だなんだと言われるような子供は、それこそ世界中に掃いて捨てるほど存在する。
『物覚えが良い』『口が回る』『芸術に秀でている』『発想がずば抜けている』考えればきりが無いだろうが、ようはらしく無い子供というのが世間では神童と呼ばれるようになるのだ。
そういう意味では、シャカを含め他の黄金聖闘士達は紛れも無い神童であったと言える。
だがそんな彼らの様な本物が、そうそう現れる事など有りはしないのだ。
大抵は年齢の加算と共に、それらの能力などは平均化されていくものだ。
―――だが、そんな在り来たりな神童に、この教皇が何か特別なモノを感じるようなことなど有りはしないだろう。
「解りました。この乙女座・ヴァルゴのシャカ、その役目を心して承りましょう」
「そうか、お前にならば安心して任せておける」
シャカは一礼してから立ち上がり、踵を返して教皇の間から出て行こうとする。
だが出口に差し掛かったときその脚を止め、確認するかのように教皇に問いを投げかけた。
「ですが教皇……もし」
「……」
「もしその子供が意に沿わぬ場合は?」
「無論、その場合は『残念』な結果―――という事になる」
威圧するでも何でもなく淡々とした口調で言う教皇に、もはや小宇宙の揺らぎなどは感じなくなっていた。
シャカはその教皇の答えに頷くと、
「畏まりました」
と、一言だけ残してその場を去って行った。