セブンセンシズ
人間の持つ五感を超えた六感。そして、それを更に超えた先に在るという第七感。
普通の人間は、視覚・味覚・聴覚・嗅覚・触覚の五感と、霊感や超能力とも言われる第六感の、6つの感覚があるが真の聖闘士はそれらを超えた第七の感覚に目覚めるという。この第七感と言うものは小宇宙の真髄とまで言われるものであり、聖闘士となった者たちはこの第七感によって小宇宙を燃焼させているのだ。
だが、本当の意味でセブンセンシズに目覚める者は極僅か。現在の聖域関係者に於いては黄金聖闘士の11人しか居ない。青銅聖闘士や白銀聖闘士は確かに聖闘士といった分類にカテゴリーされているのだろうが、セブンセンシズに目覚めては居ない……といった意味では、真の聖闘士とは言えないのかもしれない。
(セブンセンシズか……)
俺は目を閉じ、座禅を組みながら心の奥で呟いた。
正直な所、俺はセブンセンシズなど要らない――と思っている。いや、これから先の戦い(将来に起こるであろうポセイドンやハーデスとの聖戦)のことを考えれば、決してあって困るようなモノではないのだろう。
だがそれは即ち、俺が戦いの矢面に立つことを意味する。
(それをすると……俺は死ぬんじゃないか?)
実際問題として星矢達の戦いを参考にして考えた場合、相手は確実に人間の手に余るような化物連中となる。ポセイドン然り、ハーデス然り。場合によっては劇場版に登場したような、フェボス・アベルのような神が現れる可能性だってある。
相手は神だ。セブンセンシズに目覚めている黄金聖闘士でさえ手が出せないような危険な相手。それに正面から立ち向かう可能性が出てくる?
正直に言って笑えない。苦笑いも浮かばない。
今の俺にとっての優先事項は、自身の安全に他ならないのだ。
それを考えるのであれば、自身が目立つような行動は慎むべきではないだろうか?
それに俺は今後の立ち位置を誤れば、黄金聖闘士と闘うことに成ってしまうかも知れない。……いや、逆に星矢達と闘うような事になるのも正直真っ平御免だ。
なにせ連中の側には本当の女神アテナが居て、そのうえ『あらゆる戦いに勝利する』と言われるニケの黄金像――黄金の錫杖まであるのだ。
それはつまり、戦う前から負けるかもしれない……ということ。
いや、局地的な戦いならば勝てるのだろうが、最終的には負けが確定しているのだ。アテナに敵対するのはどう考えたって悪手に他ならない。
そういう意味では、サガの側に協力をして星矢たちと闘うのはあまり頭の良い選択ではない。
いや、アテナの加護を受ける前の星矢たちを始末するというのなら話は別なのだがね。まぁ、流石にそんな事はしない。
そもそも、全てが丸く収まった――とは言えないまでも、星矢たちは見事に聖戦を乗り切って世界に平和をもたらしている。ならば、俺がわざわざ何かをする必要はないのではないか? 俺が戦わなくても、世界は平和に成るのではないだろうか?
(確かにそれでも世界は平和に成るだろう……だが、丸く収まっては居ない)
自分のことだけを考えるのならソレもありなのだが、今の俺はそれを選択するには色々と繫がりを持ちすぎている。単純に聖域の中だけでも、死ぬことが解ってしまっている者たちが多数居る。
放っておく……のか?
(出来れば、考えたくはないな)
放っておきたくはないが、かと言って俺に何が出来るのだろうか?
俺が矢面に立って、サガの乱を鎮める? 星矢達を鍛えるために動き出す? あの黄金聖闘士たちが生命を落としてしまうような戦いを、俺が変わってやる?
(……それは無いよな?)
幾らなんでも其処まで生命の投げ売りは出来ない。だから、もしやるのなら違う方法が必要なんだが。……正直いい方法は思いつかん。
取り敢えず
「セブンセンシズはあって困るものではないが、だからって『はい、開眼しました』って訳にはいかないよな」
俺はそう結論づけると、取り敢えず座禅を止めて立ち上がった。
そして大きく背伸びをすると、それに合わせたように風が吹く。
現在地はチベットの奥地、ジャミール。相変わらずムウの館に居る俺は、僅かな休憩時間をこうして考え事に当てるといった勿体無い使い方をしていた。
「クライオス」
そっと囁くような声が耳に届く。
俺はその声の主、ムウに視線を向けた。
シャカほどではないが、ムウも何を考えているのか解り難い人物である。
「もうそんな時間なのか、ムウ?」
俺は頼んでもいない稽古をつけてくれているムウに返事を返す。
基本的に俺は、シャカと童虎以外の聖闘士は名前を呼び捨てにしているが、正直ムウの名前を呼び捨てにするのは少しだけ勇気がいる。
貴鬼などは海界で、「ムウ様に叱られる!」なんて言って、海将軍の攻撃を受けるがままになっていたくらいだ。
今まさに殺されるかもしれないといった状況よりも、どれだけムウが怖いんだ? と俺は思う。
「えぇ、時間です、……そろそろ貴方には、私の持つ技の一つくらいは使えるようになって欲しいのですが?」
「それがクリスタルウォールとかスターライトエクスティンクションの事を言っているなら、俺は正直ムウの脳みそを疑うよ」
真顔で言ってくるムウに、俺はやはり真顔で返す。
有ったら便利な技だろうが、クリスタルウォールなどの技を一朝一夕で使えるように成るなら誰だって黄金聖闘士になれてしまう。
「……やれやれ。貴方は少々口が悪い。師であるシャカに何を学んだのですか?」
「主に小宇宙の燃焼とヨガ。それと瞑想に聖闘士知識一般概論?」
「ヨガ?」
「シャカはどういう訳か、修行にヨガのポーズを取り入れてたんだ」
「……」
確か最初の頃(第01話)は、妙に危険な場所で踊るシヴァ神のポーズを取らされてた。あのポーズ……今の俺なら出来るんだろうか? まぁ、仮に出来たとしても、小宇宙の高まりには関係がないと思う。
「まぁ、似たようなことなら出来るように成るかもだけど。オレも一応、聖域での修行中にシャカの使う天空覇邪魑魅魍魎とか、カミュのダイヤモンドダストなら使えるようにはなってるからね。もっとも、威力や範囲なんかは比べるべくもないけど」
もっとも、それがこの先にどの程度役に立つのかは解らないが。
ムウは俺の言葉に「ほう」と声を出すと、何やら笑顔を向けてくる。……なんだろうか?
なんだか、面白いものを見つけた子供のような顔をしている。
「クライオス、カミュやシャカの技……一度私に見せてもらえませんか?」
「はい?」
「私に向って、それらの技を放って貰いたいのです」
「……いやだよ。何言ってるの? どうせそれを、クリスタルウォールとかで跳ね返すんだろ? イジメじゃないか」
賢しくなった俺は、ムウの企みを看破して拒否の姿勢を取る。
いつまでも話に流されて痛い目にあうような、俺のままではないのだ。
「ふむ、仕方がありませんね。シャカやカミュの扱う技に興味があったのですが……そう警戒されているのであれば今回は諦めましょう」
出来れば俺が言った言葉の否定くらいはしてくれ。
聖闘士星矢『9年前から頑張って』 第……21話
ムウの館での修行は壮絶を極めた。
小宇宙について――の基本的なことは良いのだが、どういう訳かそこから更に進んだ第七感(セブンセンシズ)についてしつこいくらいに講釈を述べてくる。……まぁ、コレは別に聞いてるだけだから大した事はないのだが、問題はその後。
俺が「出来ない」と言ってもお構いなしに、超能力を覚えさせようとしたり、前述の技を教え込もうとしたり、挙げ句の果ては
「クライオス、オリハルコンとガマニオン、それとスターダストの在庫は十分ですか?」
「はぁ」
何故かムウの仕事道具の管理までさせられている。
そう、仕事道具だ。
あの聖衣を修復するのに使う、金槌とかノミとかその他の材料。
正直、何故俺がそんな事をしなくていけないのだろうか? とも思うが、聖域に居た頃と比べれば修行らしい修行をしてはいないので、体力的には余裕がある。
もっとも、超能力の修行だといって、目隠しした状態で空から降ってくる大岩(ムウの超能力で浮かせた物)を対処させるのは止めて欲しいが。
それと問題点としては、入り口のない館で寝起きをさせられていることだろうか?
「クライオス、ちょっと下の階まで行って足りない物を取ってきて下さい」
なんて言われようものならば、開いている小窓から身体を乗り出してフリークライミングを敢行しなければならない。
……この館、階段もないんだよ。
それ以外は割りと……いや、もう一つあった。
それは家事だ。
何せこの男、シャカとは違って家事能力はあるものの、俺がいることをこれ幸いとマル投げしてくる。しかもシャカのように力づくで丸投げしてくるのではないのだから、少しばかり始末が悪い。
例えばこの前も
「クライオス、少し麓の町まで行って、買ってきて貰いたい物が有るのですが?」
「え? 嫌だよ。そういうのは自分でやってくれ。というか、そろそろ俺は次の任地に行きたいんだけど?」
「私は、誰かの壊した館への一本道を修復しなければなりません。これは非常に高度な超能力の制御が必要になります。……貴方がそれを代わってくれるというのなら、私が自分で行くのもやぶさかではないのですが」
とか。
まぁ、コレに関しては俺も悪かったと思うので、渋々言うことに従ったのだが。
しかし帰ってきた俺の眼には、館の中で本を読んでいるムウしか見えず。
直したはずの道は、生前と比べて然程変わっているようには見えなかった。
此処から離れるときに、嫌がらせでもう少し細く削ってやろうと思う。
とまぁ、俺がそんな風に碌でもない事を考えていたある日
「そう言えばクライオス。貴方は白銀聖闘士でしたね? それも風鳥座の。少しだけ、私に聖衣を見せてはくれませんか?」
夕食の最中に、ムウが俺にそんな事を言ってきた。
因みに、夕食の用意をしたは俺である。
「聖衣を? なんでまた……俺の聖衣はまだ壊れてはいないんだけど?」
「なに、私も聖衣修復者として、長年装着者の居なかった風鳥座の聖衣と言うものを見てみたい……それだけですよ」
解ったような解らないような。
しかし、まぁ見せたからといって何がどうなるという訳でもあるまい。
俺はムウに「それじゃあ、食後に」と言って、口の中に夕食の芋を放り込んだ。
そして食後
「これが、俺が身に着ける聖衣だよ」
食後、手元に呼び寄せた聖衣を俺はムウの前に晒していた。
現在の風鳥座の聖衣は風鳥の……鳥の形に纏まっており、聖衣箱から出されたそれは窮屈そうにその場にある。
「これが……あの風鳥座の聖衣」
ムウはそう口にすると、聖衣をマジマジと穴が空くほどに見つめていく。
まぁ、確かに珍しい類のものだとは俺も思う。黄金聖衣程の神話性を持った物ではないが、この聖衣には遥か昔の聖戦での逸話がある。
軍神アレスとの聖戦において、その力を発揮した風鳥座の聖衣。
何もこの聖衣がアレスの軍勢に特別な効力を発揮する訳ではないのだが、風鳥座の聖衣にしかない特殊能力――自動迎撃能力がその聖戦では役に立った。
自身にとっての敵、攻撃的な小宇宙を持つ者に対して動き出す聖衣。話だけ聞くと、なんとも便利なものに聞こえるかもしれないが、それにも勿論落とし穴がある。
それは……
「クライオス、貴方はこの聖衣を着て戦ったことがありますね?」
「ん? ……あぁ、確かにこの聖衣を手に入れた時に成り行きで」
俺はムウの言葉に当時のことを思い出しながら返事を返した。
シャカに連れられて行った島、そこで起きていた事件、そしてその事件の裏に見えたあの人物の影。
少しばかり表情が曇ってしまったかもしれない。
俺は軽く首を傾げると、ムウに向って聞き返すようにした。
「自身の持つ聖衣のことです。既にあなた自身も知っているとは思いますが……十分に気をつけなさい」
「……解っている、つもりだよ」
ムウの言葉に俺は神妙な面持ちで返事を返す。
何に気を付けるのか? といえば、それは聖衣が持っている自動迎撃能力のことだ。
この聖衣が持っている迎撃能力とは、全聖衣中最高の自動防御能力を持つ、アンドロメダの鎖にも匹敵する。
装着者の身体を省みないほどの迎撃能力。
だからこそ、かつての聖戦で数多くの敵を打ち倒すといった功を上げることが出来たのだ。もっとも話によると、それが原因で当時の風鳥座の聖闘士は死んでしまったらしいのだが。
「聖闘士の闘いとは、小宇宙を如何に高めることが出来るかが鍵になります。そして、それは聖衣を扱う上でも同様のことが言えるのです」
「聖衣を扱う?」
「その通り」
「例えば、聖衣はそれだけでも十分すぎるほどに強固な物ではあるのですが、其処へ小宇宙が加わることで本来持ち得る重量などが極端に変わります。聖闘士が小宇宙を燃焼させることで、聖衣とはその能力を大きく変容させるのです」
「それは知ってる。小宇宙を燃焼させなければ、聖衣はただの重たい鎧でしか無いってことも」
「すなわち――」
「あー……そういう事か」
ムウの言葉を遮って、俺は頷いてみせた。
詰まりはこういう事なのだろう。
聖衣が持っている能力も、それは使用者がその力を扱いきれるかどうか。
ようはその者の小宇宙の多寡にかかっていると。
「でもそうか、だからセブンセンシズの事を何度も言っていたのか」
「そうです。聖闘士にとって小宇宙は重要でありますが、それ以上に貴方の聖衣は危険性を孕んでいる。それを正しく使いこなすには、やはり今のまま小宇宙では正直心もとないのです」
「だがムウ、俺は前回戦いの時は何の問題もなく――」
「クライオス」
遮るようにムウは言うと、ユックリとした動作で風鳥座の聖衣へと近づき触れようとする。
するとどうしたことだろうか? 何故か風鳥座の聖衣から感じる雰囲気が一変した。それもいい方向へではなく、むしろ悪い方へとだ。
俺は慌てたように聖衣へと近づくと、心なしか其の雰囲気が和らいだように感じる。
「見なさいクライオス。私が近づくだけで、この聖衣はここまでの過剰反応してしまう。恐らくは何も知らないものが近づけば、それだけでこの聖衣はその者に害を為してしまうでしょう」
「それは……でもそれって」
「えぇ。この風鳥座の聖衣は貴方を選んだのでしょうが、それでも今の貴方には完全に御しきれてはいない」
そう告げられた言葉は、正直俺にはショックであった。
自身の持つべき聖衣に、あろうことか認められていないとは。
だが、こうしてその理由を見せつけられては反論など出来るはずもない。
「聖衣とは聖闘士の証。しかし、ただそれを着るだけならば誰にでもできる。重要なことはその聖衣の能力を十全に発揮し、尚且つその力に振り回されないことなのです」
「振り回されないこと……か。でも、今までの装着者達は振り回された結果として死んでいった……」
死ぬとの言葉を口にした瞬間、俺は背筋がゾワリと粟立つように感じた。
だがそれを表に出すわけにはいかないと考え、努めて平静を装う。
「ムウ、セブンセンシズに関しては俺自身も必要なことだってのは解った。けど、聖域で修行をしている時にも正直どうすればセブンセンシズに目覚めることが出来るのか解らなかったんだ」
「セブンセンシズに目覚める方法……ですか。それは――」
「それは?」
「残念ながら教えることが出来ません」
「なんで!?」
僅かに期待を持たせるような間のとり方をしたムウに、俺は思わずツッコミのような声をあげた。言葉だけで済ませた俺は、それなりに先を見る能力が肥えてきたのだと思う。
「小宇宙の究極、第六感を超えた第七感セブンセンシズ。確かにこれは、本来ならば誰もが目覚め得る可能性を持った力です。ですが、コレは己の内に存在する小宇宙の問題……何をすれば身につくという事でもないのですよ」
「近道はなし……か」
俺はそう漏らすように言うと、目の前で輝きを放っている聖衣に視線を向けた。
風鳥座の聖衣は意思でもあるかのように――いや、事実有るのだろうが、何やら暖かい雰囲気を醸し出し、その輝きを増したようにも感じる。
「ふむ……御しきれては居ないとはいえ、貴方がこの聖衣の持ち主と言うのは確かなようですね」
聖衣の雰囲気が変わったことを、ムウは言っているのだろう。
しかし――と、俺は少し考える。この聖衣は俺以外の人間が近づくことを極端に嫌っているようだ。俺自身が聖衣を上手く制御できていないことがその理由なのだろうが、とはいえ
「セブンセンシズか……」
それは言葉にするほど簡単なものではない。
これから先、俺はどうしても聖衣を纏って戦わねばならないことが増えるだろうが、そうなるとその都度に聖衣の行動に注意を向けなければならないということに成る。
そして制御に失敗をすれば暴走――
「はぁ……」
「どうしましたクライオス?」
「いや、聖闘士になったらなったで死ぬような危険性が一杯だなぁ……って」
こんな筈じゃなかったのに――と思うのだが、とは言えそれを口にだしても変わることは何もない。俺は再び溜息を吐くと
「取り敢えずは……慣れることから始めようかな」
そう口にすると、自身の意識を聖衣へと向けた。
瞬間、ドギャン! と言うような奇妙な音を立てて聖衣が分解した。
各々のパーツが宙を舞い、それらが有るべき場所……要は俺の身体を覆うように装着されていく。
「俺もいい方法とか思いつかないけどさ、取り敢えずは常に装着して、この聖衣について慣れていくことにするよ」
言って、俺は口元を釣り上げた。多分、苦笑いみたいな表情をしていることだろう。
ムウはそんな俺の言葉に再び小さく頷くと
「そうですね。今の状態で取りうる方法としては、それが一番かもしれません」
そう言うのであった。
翌日の朝、朝日が登るよりも早い時間に、俺は自身の荷物一式を担いで館の前に立っていた。中国の童虎の所に居た時もそうだったが、手紙一つ届けるだけの任務としては長く居座り続けた。
流石にそろそろ先に進むべきだろう。
「行くのですか?」
「あぁ、流石に時間をかけ過ぎたからな」
それぞれの場所はやたらと離れているとはいえ、たかだか手紙を三通届けるだけの任務に時間をかけ過ぎていると俺は思う。
コレでは聖域に帰った時に
『この程度のことにどれ程の時間を掛けるつもりだ』
と、ドヤされてしまうかもしれない。
それは流石に簡便である。
「クライオス、貴方には大した事を教えてあげる事ができませんでしたが……どうです? 任務が一通り済んだら、再びこのジャミールに来て聖衣修復者の修行でも」
「絶対に嫌だ。そんなのはもっと適正がありそうな奴を見つけてくれば良いだろ?」
「クライオスは適正があるように思うんですがね」
多分冗談で言っているのだろうが、そういう役目は未来の弟子である貴鬼あたりにやらせてくれ。
「あぁそうそうクライオス、いくら聖衣を身に着けることにしたとはいっても、そのような素のままというのは目立ちすぎるでしょう? 多少傷んでいますが、この外套を羽織っていきなさい」
スッとムウが手渡しきたのは黒い外套だ。結構大きめのサイズのようで、俺の身体をスッポリと包んでも全く問題はないようである。
「ありがとう、ムウ。正直聖域から着てきた外套を老師の所に置きっぱなしだったから、どうしようかと思ってたんだ」
感謝の言葉を述べると、俺は外套を頭からスッポリと被ってみせる。
幸いにもフードの様になっているようで、聖衣のヘッドパーツを付けていても隠すことが出来る作りだ。
「それじゃあ、ムウ。今度此処に来る時は、任務とか修行以外の用で来ることにするよ」
「えぇ、解りました。ですが、そうならないように気をつけて下さい」
まぁ、聖衣修復者のもとに修行や任務以外の理由で来ると言うことは、必然的に修復を頼むという事だろうからな。ムウの言葉は正しい。もっとも俺は
「いや、遊びに来るって意味だったんだけど……まぁ、良いか」
「遊び――クライオス?」
何かを言いかけたムウの言葉を振り切り、俺は館に背を向けると振り返りもせずに走りだした。
今度の任地はかなりの距離がある。行くと決めたら早くするべきだ。
中国からチベットなんて距離ではない。そこは聖域に帰るよりも更に遠いのだ。
「最後の場所……北欧アスガルドか」
オーディンを祀る北欧の土地。雪と氷に閉ざされた極北の大地。
濃密な霧の立ち籠める山の中を駆けながら、俺は次の任地について考え事をするのであった。