聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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26話

 

 

 

「遠く聖域よりよくぞ参った、若き聖闘士よ」

「いえ、教皇からの勅により参じただけですので。……それよりも、オーディンの地上代行者であられるヒルダ様の危機に、この力を振るうことが出来たことを嬉しく思います」

「……うむ。我々としても昨夜から捜索を行なっていたのだが、行方は杳として知ることが出来なかったのだ。そなたには幾ら感謝をしても足りぬ」

「いえ、そうお気になさらず」

 

 ワルハラ宮へと戻ってきたヒルダと俺であるが、現在はそれぞれ別行動となっている。ヒルダは疲れが溜まっているだろう――と、早々に部屋へと押し込められ、俺はこうして任務の続きとしてドルバルに謁見をしている最中である。

 

「して、聖域の教皇殿より賜った任というのは?」

「はい。ドルバル教主に、親書をお渡しするようにと」

 

 深く一礼するようにしながら、懐から丸められた手紙を取り出す。俺はソレを目に見える場所まで差し出すと、部屋に居たもう一人の人物――神闘士のルングがソレを受け取った。

 

「ふむ……これは」

 

 ドルバルはルングから受け取った親書の封を解くと、内容に目を走らせながら頷くようにしている。何か変わったことが書いてあるのだろうか? 当然のことだが、その内容を俺は知らない。ただ渡すように言われている手紙を、届ける最中に盗み見るわけにもいくまい。

 

「フフフ……教皇め」

 

 ふと、一瞬だけドルバルが小さな声で言葉を漏らす。俺はそれを耳聡く聞き、僅かに眉がピクリと動いてしまった。

 

(……嫌な予感しかしない。なんだ? 何が書いてあった?)

 

 イジメのような修行のさなかに培われてきた俺の勘が、現在の状況に警笛を鳴らし始める。しかし、それがどの様なたぐいのものなのか? それが判断しにくい。

 

「聖闘士よ……確か、クライオスと申したな? 教皇殿よりの親書、このドルバル確かに受け取った。追って返答の書をしたためようと思うが、それまでこのアスガルドの地でゆっくりと静養でも如何かな? 何もない国ではあるが、貴殿はヒルダの恩人でもある。精一杯のもてなしをするが」

 

 俺は最初、『返答の書?』と内心で首を傾げたが、しかしよくよく考えればドルバルの反応は当然といえば当然のことである。

 聖域とアスガルド。

 世界的な認知度で言えば圧倒的に聖域の方が上なのだが、しかしあくまで聖域とアスガルドは対等の立場。教皇からの親書に対して、同様に書を用意するのも納得がいく。

 

「解りました。そういう事でしたらお言葉に甘えさせて貰います」

「うむ。……それでは――ルングよ、聖闘士殿を客間へと案内して差し上げよ。くれぐれも丁重にな?」

「はっ! 畏まりました!」

 

 ドルバルの言葉にビシッと敬礼めいた仕草をして、返事をするルング。

 こう言っては何だが、あまりにも不釣り合いな行動のように見えてしまう。

 

「ドルバル様の命令だ。客間に案内をする……ついて来い!」

 

 口調も荒くそう言うと、ルングは大股で部屋を後にする。あぁ、うん。人によって対応が変わるのは解るけれど、これは幾らなんでも極端過ぎるのではないだろうか?

 

 一瞬チラリとドルバルを見たのだが

 

「では、ごゆるりと」

 

 ドルバルとしては、ルングのあの態度は問題ではないようである。俺は更にきな臭さを感じつつも、

 

「では、失礼します」

 

 ドルバルに一礼をすると、先に部屋を出ていったルングを追いかけることにした。

 ……あぁしかし、トールにも劣らない巨躯を持ったルングの大股に追いつくのは、正直かなり面倒そうである。

 

 

 第26話 アスガルド編 05話

 

 

 side:ロキ

 

 イライラする。

 あぁ、全く以って本当にイライラする。

 理由は何か? ――決まっている、自身の腕に巻かれた包帯が原因だ。

 昨日、雪原に居た小僧によって遠間から放たれた一撃。それによって、俺は腕を負傷しているのだ。神闘士である俺の存在に気づき、そのうえ一撃を見舞ってきたあの小僧……。恐らくはアスガルドの人間ではあるまい。

 となれば、此処より程近いブルーグラードか?

 

 だがブルーグラードの氷戦士(ブルーウォーリアー)は、現在その殆どが死に絶えてしまっているはず。ならばいったい

 

「ん?」

 

 ふと、俺は普段感じたことのない小宇宙を感じて脚を止めた。

 目の前の廊下、角の向こう側に2つの小宇宙を感じる。

 

 一つはよく見知ったモノ――これはルングだな。この感覚からすると、随分と荒れているようだ。ルングは気性の荒い男だ。何かしらに対して心を荒立てていることは決して珍しいことではない。しかし

 

「……この小宇宙は」

 

 ルングと一緒に歩いてくるこの感覚。

 俺はその小宇宙の持ち主が誰であるのか? それを理解できる。

 

「ん? おぉ、ロキ」

 

 廊下の角から現れて、俺の事を確認したルングが小走りに俺の元へとやってくる。それに合わせて、隣を歩くようにしていた人物もこちらへと歩いてきた。

 

(あの長く伸びたオレンジの髪……この小僧は……っ!?)

 

 内心、俺は目の前に現れた小僧を睨みつけてしまいそうになるが、それを堪えて浮かべたくもない笑みを浮かべる。

 

「あぁ、ルング。戻っていたのか? ん……そちらの方は?」

 

 柔和な口調を心がけ、俺はルングに小僧の紹介を促した。

 流石に俺があの時、あの場所にいた事までは解っていないのだろうか? 小僧は俺とルングのやり取りをに対してさして感情を表していはないないようだ。

 

「ロキ、この男は聖域から教皇の新書を持ってやってきた聖闘士だ。名は確か――」

「クライオスです。ロキさん」

「クライオス? ……これは御丁寧に。私は其処のルングが呼んだだろうが、ロキと言う」

 

 ニコリと笑みを浮かべてくる小僧――クライオス。

 自分の中での苛立ちが、沸々と湧き上がっていくのを嫌でも感じてしまう。

 だが駄目だ。いまそんな感情を顕にしては、余計な問題を抱えることになる。

 もう少し……もう少し自身を抑えなければ。

 

「しかし聖域から……聖闘士の方でしたか。成程、こうしていても只者ではないことが良く解る」

「いえそんな……俺なんてたいした事はないですよ。この国の神闘士の優秀さに比べれば」

 

 殆ど表情も変えず、能面のような顔を浮かべてクライオスはそんな切り返しをしてきた。まさか……気付いているのか? ヒルダを襲撃した実行犯が俺だということに。

 

 クソっ!

 

 まさか『この時期』に、よりにもよって聖域から聖闘士が来ることになるとは思いもよらなかった。しかも、それが俺の腕に傷を負わせた相手だと? どんな冗談だ!

 

「ロキ、この男はヒルダ様を救って下さったらしくてな、ドルバル教主が此処にお泊り戴くようにとのことだ」

「ドルバル様が?」

「本当は親書を渡せば帰るだけなのですが、是非にとのことなので」

 

 相変わらず表情を変えようとしない……だというのに、言ってることは随分とノホホンとして――解からん。コイツはいったい何を考えてるんだ?

 だが、わざわざ聖闘士を懐に招くということは、ドルバル様には何かしらのお考えがあっての事なのだろう。

 そう考えれば、こうして居るクライオスの表情も気にはならないか。

 

「ヒルダ様を救ったというのであれば、ワルハラ宮にて持て成すのは当然といえる。ルング、くれぐれもドルバル様の御顔に泥を塗るような事だけはするなよ?」

「解っておるわっ!」

「フッ……そうか。では聖闘士殿、ごゆっくり」

「有難う、そうさせてもらいます。貴方も……その腕は怪我をしているのでしょう? お大事にしてください。『神闘士』のロキさん。行きましょう、ルングさん」

 

 腕の怪我について触れられた時、思わず目を見開いてしまいそうになった。それをやった本人が、一体どの顔で。

 

 だが俺のそんな感情など関係なしに、クライオスはルングと一緒になってさっさとこの場所か去っていってしまう。

 

 ドルバル様は、いったいどの様なつもりであんな小僧を招き入れたのか?

 

「あ、あのーっ! 待ってください!」

 

 なるべく苛立ちを表に出さないように務めていた俺だったが、そんな俺の耳に聞き慣れた甲高い声が響いてくる。

 俺だけではなく他の二人もその声の方へと視線を向けると、……あぁ、全く。

 なんとも面倒そうなお姫様が走ってやってくる。

 

 しかも、目の前で盛大に足を躓いて見せて。

 

 全く、アスガルドの神であるオーディンは、余程に俺の機嫌を損なわせるのが好きらしい。

 

 

 

 side:フレア

 

 お姉さまが帰ってきた。

 叔父さまが最初に叔父さまが口にした内容を聞いた時には、目の前が真っ暗に成るような衝撃を受けたけれど、でもこうしてちゃんと戻ってきてくれた。

 余程疲れが溜まっていたのだろう。今は自室で眠っているけれど、目を覚まされたら思い切り抱きつこう。

 でもそれよりも、まずはお姉さまを救ってくれたという聖域から来たお客様に挨拶をしなくてはならない。

 

 一体、どの様な人物なのだろうか?

 神闘士の様に、人知を超えたような力を持っているのだろうか?

 

 他所の土地から来た人のことだからだろうか、私はその人物のことが気になって仕方が無かった。

 

「叔父さまの仕事部屋(執務室)に居ると聞いたけど……」

 

 丁度入れ違いになっていて、叔父さまが言うにはルングが客間に案内をしているらしい。私はパタパタと廊下を駆けて、恐らく宛てがわれることに成るだろう客間へと急いでいた。

 

 すると、ふと目の前に(と言っても距離はありますけど)大きな身体をしたルングが見えた。隣に居るのが、聖域から来られたお客様でしょうか?

 

 ルングの影になって見えないけれど、どうやら誰かと話をしているように見える。

 

 そんなふうに考え事をしていると、ルングとお客様が同時に歩き出してしまう。

 ルングの影から出てきたのは……ロキ?

 あぁ、いけない。早く追いかけないと

 

「あ、あのーっ! 待ってください!」

 

 私が声をあげて走り寄ったからだろうか? 3人は驚いたような顔をして私の方を見てくる。はしたない行動だっただろうか? けれど気付かれないでそのままと言うよりずっと良かったと思う。

 

 自分から声を掛けたのだから、急いでその場に行かないと――

 

「あっ!?」

 

 ガッ

 

 急いで駆けたからだろう、私は躓いて前のめりの倒れこんでしまった。

 けど――

 

 ふわり……

 

 そう表現する事が正しいような、優しい感覚に私は包まれた。

 

「危ないぞ?」

 

 耳元から聞こえてくる言葉に、私は一瞬ビクッと身を震わせる。

 見上げるようにして顔を動かすと、其処には聖域から来たお客様の顔があった。

 透き通ったような瞳、そしてフワリとした薄いオレンジ色をした髪の毛。

 

「あっそ、その」

 

 驚いたせいだろう。

 私は上手く言葉を出すことが出来ずにシドロモドロになってしまった。

 

「怪我はしてないよな? えっと……」

「フレアです。私の名前はフレアと申します」

「フレア? ……成る程。俺の名前はクライオスだ」

 

 失礼かもしれないけれど、なにやら変わった言い回しをする人だな……と、私は思った。けれども、驚いてしまってまともに感謝も述べられない私にはそんな事を口に出来るはずもない。

 

 私が返事も出来ずにワタワタとしていると、クライオスさんはヒョイッと私を立たせてくれた。一見すると私よりも年上のようだけれど、思ったよりも力はありそうだ。

 

「大丈夫ですか、フレア様?」

 

 横から覗きこむような視線をロキが向けてくる。

 クライオスさんの顔を見た時とは違う意味で、私は身体を震わせた。

 ロキの瞳を、私は好きにはなれないのだ。

 

 けれども、だからと言ってロキが何かをしてくるということはない。この苦手グセも、いずれは治さなければならないと思っているのだけれど。

 

「えぇ、こちらのクライオスさんが受け止めてくれましたから。何処も怪我なんてしていないわ」

 

 その場でピョンピョンと跳ねてみせて、無事であることをロキやルングにアピールしてみせる。ロキは私の言葉に「そうですか」と、短い返事をすると

 

「今回は無事でしたでしょうが、次はどうなるか判りませんよ? 走るなとは申しませんが、もう少し落ち着いて行動してくださいますよう」

 

 そう私に苦言を言って、その場からスタスタと去っていってしまった。

 今回のことは私が悪いのだろうけど、やっぱりロキのことは苦手。

 でも、今は良い。

 今はそんな事よりも優先することがあるから。

 

「ねぇ、ルング。クライオスさんを客間に案内するのでしょう? 私も一緒していいかしら?」

「フレア様もですか?」

「なんだったら、私が代わってもいいわよ?」

 

 いつもなら決して言わないような台詞だけれど、それだけ興味があるということを私はアピールしてみる。普段ならばこんなことを言うと『その様な雑事、我々が――』とか言ってくる、きっと今回もそう――

 

「そういう事でしたら、フレア様にお願いしましょうか?」

「解ってるわ、それならせめて一緒に行く――え?」

「いえ。ですからフレア様にお任せしますと」

「え? ……本当に? 私がやってもいいの?」

「えぇ。俺もワルハラ宮の見回りなどの仕事がありますかな」

 

 ルングの言葉に少しの間だけ目をパチクリとしてしまったけれど、私は直ぐに勢い良く首を左右に振って気持ちを確りとさせた。

 そしてムンっと背筋を伸ばすようにしてみせてハッキリと言ってやることにした。

 

「大丈夫よ! ルング! 私がちゃんとクライオスさんを案内してみせるから!」

「そ、そうですか。まぁ、案内をするのはいつもの客間です。俺はドルバル様へ伝え忘れたことがあるので、先に失礼します」

 

 きっと私の熱意がルングにも伝わったのだろう。

 お姉さまが、オーディンの地上代行者となってる影響からか、私もあまり『何かをする』ということが出来ないでいる。

 だからこうして、何かをすることを任されていることが単純に嬉しい。

 

 ルングは一度クライオスさんをチラリと見ると、其のままドスドスと足を鳴らして歩いていった。今のはきっと、お客様の心配でもしたかな?

 大丈夫よルング、私はちゃんとお勤めを果たして見せるから。

 

「……よっぽど嫌われてるのかな?」

「え? 何か言いましたか? クライオスさん」

「いや、別に何も」

 

 クライオスさんが何かを口にしていたけれど、初めてのことで舞い上がっている私には上手く聞き取る事ができなかった。クライオスさんはニコッと笑みを浮かべていることから、私の案内が嫌だと言うことはないはず。

 

 大丈夫。ちゃんと上手くやってみせる。

 

「それじゃあ行きましょうか。クライオスさん」

「あぁ、うん。もっと肩の力を抜いてな」

 

 若干、苦笑をするようにしながらそう言ったクライオスさんの言葉に、私は少しだけ恥ずかしい気持ちになるのだった。

 

 

 

 side:ジークフリート

 

 現在、私の隣にはこの世の者とは思えない、最高の尊さを美を併せ持ったお方がいらっしゃる。白く透き通った肌、流れるような銀色の髪、穢れを知らぬような純粋な瞳をした我が主――ヒルダ様だ。

 

 ワルハラ宮に戻られてからのヒルダ様は随分とお疲れだったようで、部屋に入られるとそのまま就寝なさってしまった。

 とは言え昨日は一昼夜外で過ごされたのだから、その事を思えば致し方無いであろう。だがこうして目を覚まされて、最初にこのジークフリートを呼んで下さったことには感謝の念を禁じない。

 

 自らの主と仰いでいる方に必要とされる……それはなんとも心に響くことであった。

 そう、例えそれが

 

「ねぇ、ジーク。クライオスさんはまだ起きているかしら?」

「ど、どうでしょうか?」

 

 他所の男の元に向かうための同伴だったとしても。

 

「でも良かった。疲れの余りに眠ってしまいましたが、その間にクライオスさんが聖域に帰られてしまったのではないかと心配でしたから」

「そ、そうでしたか。なんでもヒルダ様の危機を救った人物を、そのまま帰す訳には行かない――と、ドルバル様がお引き留めしたそうで御座います」

「叔父さまが? ……そうですか。後で叔父さまにも感謝しなくてはいけませんね」

 

 私の横で話すヒルダ様の表情は、それはもう華やいでいてここ最近では見ることのなかったほどに輝いていらっしゃる。

 

 あぁ、しかしなんという事だろうか? それをさせているのが私ではなく、どこの馬の骨とも知れない聖闘士だとは。

 

「どうかしましたか? ジーク」

「いえっ! 私は至って平常です」

「そう?」

「はいっ!」

 

 いかんいかん。ヒルダ様に余計な心配をさせてしまうようでは、従者としては失格だ。常に平常心を保ち、いつでもヒルダ様の為に動けるように心がけなければ。

 

「む、ヒルダ様。クライオスとやらが宛てがわれている部屋は、確か此処のはずです」

「あ、着いたのですね。……ジーク、私の髪の毛は変になっていないかしら?」

「――ッ!? ……大丈夫です。美しく纏まっておられますよ」

「ありがとう、ジーク」

 

 ニコッと微笑んでくださるヒルダ様。

 あぁ、やはり美しい。

 しかし自身の身嗜みに気遣うその理由が、聖闘士に会うため……クッ! 何とも遣り切れぬ。

 

 コンコン

 

 そうこうしている内に、ヒルダ様はドアをノックしてしまう。

 一瞬、『不在だったりしないだろうか?』などと、後ろ向きなことを考えてしまうが、だがその考えを否定するかのように返事が返ってくる。

 

「(はい、開いてるよ?)」

「あ、クライオスさん! 私です、ヒルダです!」

「(……ヒルダ? ちょっと待って――)」

 

 扉越しに聞こえるクライオスの声。それは相変わらずヒルダ様に対して敬意の欠片も見えないような、まるで近所の友人にでも話しかけるような気安さを含んだ返答だった。

 

 思わずムッとしかけてしまうが、その気持ちを抑え込んで私は成り行きを見守っていた。

 

 ガチャリ

 

 ドア独特の開閉音が聞こえ、開かれた先には現在の部屋の主である聖闘士――クライオスが立っていた。初めて見た時とは違って外套は脱いでいるようで、これは聖域の服装だろうか? 薄手の布服に、革製の腕帯などを身に着けている。

 

「いらっしゃい。ヒルダ――と、……ジーク?」

「気安くジークと呼ぶなと言っただろう!」

「もうっ! ジークっ! クライオスさんは私の恩人なのですよ?」

「で、ですがヒルダ様」

「良いよヒルダ。本人の了解も取らずに俺が勝手にしてるのが悪いんだから。これからはちゃんと『ジークフリート』って呼ぶさ」

「ですが……」

「お前も、それなら良いだろう? ジークフリート」

「むぅ……」

 

 人好きのするような表情で提案をしてくるクライオス。これではまるで、私が融通の聞かない我儘な人間みたいではないか?

 ……やはりコイツは好きになれない。

 

「まぁ、何か用があってきたんだろう? 2人とも中に入れよ」

「はい、お邪魔しますね」

「失礼する」

 

 スッと身体を移動させて、中へと入るように促してくるクライオス。ヒルダ様はそのまま中へと入っていってしまったが私がそのまま廊下という訳にもいくまい。クライオスに一つ睨みを効かせるようにして一瞥し、私はヒルダ様の後を追うように続いた。

 

 部屋はワルハラ宮にある一般的な客室用のそれである。普段から国内の貴族が来て良いように掃除の行き届いた部屋だ、此処も十分に手入れは行き届いているようで、目立つ汚れは何処にも見えない。

 

 このアスガルドという土地では今尚領地を経営する貴族が存在し、それら貴族とアスガルドを収めるワルハラ宮の支配者――現在ではヒルダ様だが――とで国を動かしている。もっとも、今現在の国の実質的な指導者は幼いヒルダ様ではなく、実の叔父であるドルバル教主がなされている。かくいう私も古くからアスガルドに根を張る貴族の一人であり、そのような伝手からヒルダ様の護衛といった大役を仰せつかることになったのだ。

 

「ん?」

「あれ?」

 

 私、それから次いでヒルダ様も同じように声を上げた。恐らくは同じもモノに気が付かれたのだろう。

 

「クライオス。そのベットの膨らみは何だ?」

 

 若干の警戒を孕んだ口調で、私はクライオスに詰問をする。

 何かしら、危険な物を隠し持っているのではなかろうな? だとすれば唯では置かない。早々に何らかの制限を加える必要があるだろう。

 

 だが私のそんな緊張感など何処吹く風。

 クライオスは我々の視線の先に目を向けると、

 

「あぁ、それ。フレア。ほら」

「へぇ、フレアだったのですか」

「成る程。フレア様か」

 

 フレア様が寝ているのだったら、あの盛り上がりも納得がいく。

 クライオスがバサリっと被っていた毛布を少しだけズラすと、確かにそこにはフレア様の寝顔があった。

 成る程、成る程……

 

「……え?」

「何故フレア様が、ここに居るのだ!」

 

 思わず流されてしまいそうになったが、とんでもない話だ!

 何故! どうしてフレア様がクライオスなどの部屋にいて、しかもグッスリと眠ってらっしゃるのだ! ハーゲンは何をしている!

 

「いや、なんでって……ルングが俺をこの部屋に案内する役目をフレアに丸投げしてな。案内してもらった後に、フレアが聖域の話を聞きたいって言うからそうしてたんだが」

「だが?」

「昨日からよく寝てなかったらしくて、暫くするとパタリっと」

「……そういえば、フレア様も余り眠れなかったと仰っていたか」

「私の所為で、フレアにも迷惑を掛けてしまったのですね」

 

 ヒルダ様はそう言うと、ゆっくりとした歩調で横になっておられるフレア様に近づいていった。そして優しくフレア様の頬を撫でられる。

 フレア様は僅かに身動ぎをするが、しかし目を覚ますことはなかったようだ。

 

「まぁ、フレアのことは後でジークフリートに運んでもらうとして、……話があるんだろ?」

 

 む、確かにこの部屋にフレア様をずっとその儘と言うわけにはいかんか。

 

 クライオスは言うと部屋に備え付けられている椅子をヒルダ様に差し、自分はそれに向かい合うように別の椅子へと腰掛ける。私は咄嗟の時に反応が遅れてはならないと考え、ヒルダ様の斜め後ろへと直立することにした。

 

「まず、クライオスさん。今回は本当に有難うございました。私、ヒルダはアスガルドの代表として心より感謝を伝えます」

 

 凛とした態度でもって仰られるヒルダ様。

 あぁ……なんと素晴らしい。

 クライオスめが何やら目を見開いた顔になっているが、恐らくはヒルダ様の雰囲気に圧倒されているのだ――

 

「いや、まぁ。それはもう良いから。それに今更そんな風に取り繕っても、本当のヒルダとのギャップが凄すぎて逆に変だ」

「い、いえ。クライオスさん、一応はこれも素の私なのですが」

「だとしても、そういった畏まったのは今は良いよ。そういうのは然るべき時に、してくれれば」

「そ、そうですか?」

「ヒ、ヒルダ様! 何を仰っておられるのですか!?」

「でもジーク、クライオスさんは砕けた方が良いと」

「それは……いやしかし! ――クライオスっ! 貴様の存在はヒルダ様に悪い影響を与える!」

「何言ってるんだ、お前? ヒルダだって、蝶よ花よと接してばかりだったら疲れてしまうだろうが?」

「なっ、そんなこと……ヒルダ様?」

「いえ、その、ジークの忠節にはとても感謝していますよ?」

 

 おぉ、ヒルダ様!

 その御言葉だけで、このジークフリートめの心は洗われるようです。

 どうだ! との意味を込めてクライオスを見るが、やはり奴は堪えた様子は見られない。逆にヒルダ様を指さしていて、

 

「でもジーク、偶には私も息抜きをしたいな……と」

「そ、そんな! ヒルダ様!?」

「い、いえ! 本当に貴方には感謝をしているのですよ? でも……」

 

 困ったように俯いて言うヒルダ様。

 その様な仕草も可憐だと思ってしまう自分がいるが、しかし今ではそれよりも『自分の行動がヒルダ様の重荷になっていた』事のほうが重要だ。

 

 目の前が真っ暗に成り、私は思わず膝をついて倒れそうになるが、それを止めたのもまたヒルダ様だった。

 

「でもねジーク。貴方に私への接し方を変えてとは言いません。貴方は貴方らしく、出来る事をして欲しいと思います」

「私の出来る事?」

「そうです。何も無理に、クライオスさんのような態度を取る必要はありません。もし無理にそんな事をすれば、ジークはジークではなくなってしまうでしょ?」

 

 なんとお優しいのだろうか、ヒルダ様は。長年に渡り不出来であったこの私を、このように微笑んで諭してくださった。

 

「ヒルダ様! このジークフリート、この生命が尽き果てるまでヒルダ様にお仕えすることを誓います!」

「そ、そうですか。いえ、その気持ちは有りがたく受け止めておきます」

「ハハッ! 勿体なきお言葉です!」

 

 騎士が主君にするように、私は片膝をついてヒルダ様へと頭を垂れた。

 やはり私がお仕えするべき主は、この方を於いて他には居ない。

 たとえ何が起きようとも、私はこの身が朽ちるその時までヒルダ様をお守りすると此処に誓おう。

 

 

 side:クライオス

 

 何やら目の前で寸劇めいた事が行われているが、しかしジークってぶれない奴だな。この頃からこんな事では、そりゃTV版のアスガルド編でもあぁ成るよ。

 

 しかしニーベルンゲンの指輪だったか? こんなヒルダを、あぁまで性格矯正させる効力があるとは。企んだのはシードラゴンか、それともポセイドン本人なのかは知らないが、しかし凄い効力とだけは言えるな。

 

 っとと、ジークがある程度の落ち着きを取り戻したようで、再びヒルダの斜め後ろへと移動した。

 ……なにやら随分とヒルダへの忠誠度が上がっているように思える。

 

「申し訳ありませんでした、クライオスさん」

「いや、別に気にしてない」

「そう言っていただけると」

 

 ニコッと笑みを返してくるヒルダに、俺は僅かながらドキッとしたが。

 うん。

 やはり笑っている方が良いな。

 

「ですが、クライオスさんがこのワルハラ宮にお泊りになっていて良かった。てっきり、寝ている最中に帰られてしまったかと」

「いや、最初はやることが終われば帰るつもりだったんだけどね、ドルバル教主にゆっくりして行くように勧められたからね、それに気になることも在ったし」

「気になること?」

「ん、内緒」

 

 軽く小首を傾げて問われるヒルダだったが、しかし相変わらず俺が気にしている内容は言えないだろう。

 だがヒルダには言えないが――

 

「ん、なんだ?」

 

 ふと、俺は視線をヒルダではなくジークフリートに向けてみる。視線を感じ、ジークフリートは目を細めて(睨みつけて)問いかけてきた。俺は口元に手をやると、まるで値踏みでもするかのようにジークフリートをマジマジと見つめてみる。

 

「ジークフリードは、ヒルダの護衛……なんだよな?」

「何を当たり前なことを言っている?」

「ちょっと良いか?」

 

 ヒルダではなくて、ジークならばどうか?

 勿論、真っ正直に伝えるつもりはないが、しかしある程度暈した言い方をしておけばもしもの時に何らかのアクションを起こしやすく成るのではないだろうか?

 

 ジークフリートを手招きして呼び寄せて、俺はジークと壁際に移動する。

 その際にヒルダが「二人で内緒話とか……ずるいです」なんて言っていたが、そこは我慢をしてもらう。

 

「仮の話だが、心して聞いてくれ」

「……む」

「ジークフリードという一個人に聞きたい。アスガルドという国の幸せと、ヒルダの生命と……天秤に掛けられた時、お前はどっちを優先する?」

「なんだと!」

「声を荒げるな、ヒルダが驚く。だいたい、仮の話だと言っただろう」

「クッ……!?」

 

 ジークは直情傾向が強いな。

 頭が悪い訳ではないだろうが、しかしヒルダの事になると暴走しがちだ。

 しかし、そんなジークだからこそ味方になるかもしれない。

 

 唇を噛み締めるようにし、ジークは俺の言葉の意味を理解しようと視線を彷徨わせている。

 

「そんな事を聞いて、お前はいったい何を考えている?」

「……俺は、お前が国を優先する人間なのか? それともヒルダのための闘士なのか? その見極めをしたいんだ」

「国のための人間か、ヒルダ様の闘士か……だと?」

 

 一瞬だけ目を見開いたジークだったが、直ぐにその視線をヒルダへと向ける。ヒルダは上手いタイミングでジークに微笑んでみせる。

 

 ……あれを天然でやっているのだから、凄い才能だと思う。

 

「貴様の質問の意図は読めんが、だがこれだけはハッキリと言える。ヒルダ様失くしてアスガルドに平和など有り得ない」

「は? ……いや、そうではなく。良いかよく聞けジークフリード、もしヒルダを救うことでアスガルドに不幸が訪れるとしたら――」

「貴様こそ何を言っているのだ? ヒルダ様を失うこと以上の不幸など、このアスガルドに存在する筈がなかろう」

「…………」

 

 唖然としてしまったが、しかし形は若干違うとはいえ俺の望む答えを引き出せたと考えて良いだろう。

 ジークはいざとなれば、何を於いてもヒルダの為に動く。

 

『なぁ、ジークフリート。お前に話しておきたいことが有るんだ』

 

 俺は笑みを浮かべたまま、念話を送ってジークに伝えることにした。

 所謂、内緒話と言うやつを。

 

 

 

 

 


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