聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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03話

 

 

 前回、師匠であるシャカの不興を買って五感の悉くを奪われてしまった俺だったが、幸か不幸かちゃんと朝にはシャカが元に戻してくれた。

 もっとも、眼が見えるように成った時に、周りに菊の花が添えられていたのは引いたけど……。

 

 五感を奪われるって凄い事なんですよ?

 何せ周りの事が解らないだけじゃなくて、自分が今どうなってるか解らないんだからな。

 

 例えば誰かが近付いてきて俺に何かをしたとしても、俺には何も解らないって事だ。

 無理矢理に変なポーズをとらせたって俺には解らないし、落書きされても解らない……。

 

 ……そう考えると凄く怖いな。

 何て事をしてくれるんだ、あの男は? 落書きされて無いよな俺?

 

 え? でもちゃんと元に戻してくれたじゃないかって?

 ……俺を元に戻したシャカが、開口一番に言った台詞を教えましょうか?

 

「何時までそうしているつもりだね? さっさと朝食の準備に取り掛かりたまえ」

 

 だ。

 

 

 

 第3話 同期の人?……係わると自分にも死亡フラグ来る

 

 

 

 

 朝食を食べ終えると、シャカは教皇に呼び出されたらしく教皇の間へと行ってしまった。

 たぶん、何かしらの任務でも言い渡されるのだろう。

 

 俺がそう思った理由は、実は聖闘士が教皇から任務を言い渡されるのは珍しい事では無いからだ。……まぁ、シャカが呼ばれたのは初めてだけど。

 地上の平和を護るのが聖域の勤めだとしても、其れをするのは人間なのだ。

 霧を喰って生きる訳には行かない、人を動かすには必要な物がどうしても出てくる。

 詰まりある程度の実弾――――要は金が必要になってくるのだ。

 

 聖闘士は時折、世界の要人警護や若しくは超常現象などに相対し、相応の謝礼を貰うといった事をしているのだ。

 

 もっとも、シャカの場合は要人警護などの任務を真っ向から拒否しているので(本人談)、する事といえば専ら超常現象専門だったりする。

 偶に出てくる化物や怪物を相手にしたりするらしいが……本当にそんなUMAが居るのだろうか?

 

 まぁ、聖闘士も化物と対して変わらないような奴等だしな。

 そういった意味ではUMAと一緒か……。

 

 しかしだ、そんなのは取りあえず如何でも良い。

 シャカが何処に行くのかは知らないが、恐らく数日は処女宮を空けることになるだろう。

 こういう時に息抜きでもしないとやってられないからな――――と思ったのだが。

 

《聞こえるかね……クライオス》

 

 と、頭の中に直接響いてくる声――――ってシャカ!?

 

「えーー……えぇ!? ちょっとシャカ、何処に隠れてるんですか!?」

 

 声はすれども姿は見えず。

 俺は突然の事でマヌケな返事をしてしまった。

 

《私は今、念話を使って君の脳に直接語りかけている》

 

 あぁ……テレパシーって奴ね。

 というか、脳とか言わないでくれ。何だか怖い表現だから。

 

「はぁ……シャカってそんな事も出来たんですね? ――――それで、一体なんですか? 教皇に不敬でも働いて投獄でもされましたか?」

 

 俺は驚かされた事への仕返しとばかりに嫌味を言って返した。

 本人が目の前に居ては言い難い事も、遠く離れた場所に居るのなら言いたい放題だ。

 

《私を、君如きと一緒にしないでくれたまえ。そんな事よりもだ……私は今日から数日間の間、この聖域を離れる事になった》

「あぁ……やっぱり任務を言い渡されたんですね。――――いってらっしゃい♪」

 

 予想通りの展開だ。

 と言うか、俺がこの聖域に来てから一度も任務を言い渡されていないのがおかしかったんだ。

 一つ前の宮に居るアイオリアなんて、しょっちゅう何処かに出かけているのに。

 

《随分と嬉しそうだな……?》

 

 俺が喜色を込めた声で『いってらっしゃい♪』と言ったのが気に入らなかったのか、シャカの咎めるような声が聞こえてくる。

 

「まさか! 折角修行にもメリハリが付いてきた所で、凄く残念に思ってるのに!?」

《……ならば私が戻ってくるまでの間、何時もの修練に創意工夫をして過ごすようにしたまえ》

「はーーーい♪」

 

 上手く誤魔化す事が出来たのだろうか?

 兎に角、シャカが聖域から離れてしまえばコッチの物だ。態々俺の生活態度を告げ口するような奴なんて居ないだろうから、

 何をしていたとしてもシャカに解るわけが無い。

 

 俺が今日を含めた暫定休暇をどうやって過ごすか考えていると……

 

《一応……念の為に言っておくが。私が近くに居ないと思ってサボろうなどと思わぬことだ。

 君が何をしているのか程度、私なら喩え地球の裏側に居たとしても感じる事が出来るのだからな》

 

 なんて、シャカの奴が釘を刺してきた。……でもなぁ、行くら何でも地球の裏側は言いすぎだろう。 

 

「――――またまた」

《冗談だと思うのかね?》

 

 ……一瞬、眼を見開いたシャカの顔が脳裏に浮かんだのは気のせいだろうか?

 底冷えするようなシャカの声に、俺の頬を冷や汗が伝う。

 

「冗談って訳ではなくて……そう! そんな心配は無用だと言いたかったんだ!!」

《……そうか、ならば私が帰ったときにそれなりの成果を期待したいものだな。せめて――――》

「…………え?」

 

 途中まで言っていた言葉が途切れ、シャカの声が聞こえなくなってしまった。

 

「せめて? せめての後になんて言おうとしたんだよ!? ちょっ……シャカ!! もしもし? もしもしーーーー!?」

 

 その後俺は、誰も居ない無人の処女宮で何度か声を挙げて呼びかけたのだが……当然のようにシャカからの返答は無かった。

 

 

 

 

 

 折角自主休暇を満喫しようとしていたのに、シャカの去り際の一言に怯えて修行をしている自分が居る。

 超過トレーニングを終え、昼食を取り、横になって寝たい所を堪えながら、現在は小宇宙の燃焼を行う修行だ。

 

 どうせ誰も来ないだろうと踏んで処女宮の前に座り込み、結跏趺坐の姿勢を保ちながら瞑想をする。

 

 眼を閉じて、深く、深く……自分の中を探っていくように意識を身体の内側へと向けさせる。

 

 自分の心と向き合い、意識を手にし、操る。

 

 小宇宙の燃焼―――――

 

「燃焼……――――出来ねーーー!!」

 

 誰も居ない虚空に腕を振るい、反応の返ってこない突っ込みを入れる。

 聖域に吹く風が少し冷たいと感じるが、今はそれ以上に俺の心が理不尽さに憤っている。

 

「少しは出来そうな気がしたんだけどな……」

 

 とは俺の呟き。

 

 実の所、昨夜シャカに五感を奪われて放置されたのが切っ掛けだったのか、俺は『小宇宙とは何ぞや?』という事が少しだけ理解できるようになったのだ。人間は考える生き物だからな、視る、聴く、嗅ぐ、話す、感じる等の感覚を削られた状態では、其れこそ考える事しか出来ないだろ?

 だからなのだが、昨夜は只管に自分の意識に向き合うと言った事をただ延々と繰り返していた。

 それが功を奏したのか、自分の中にある暖かい種火のような存在に気が付く事が出来たのだ。

 

 もっとも、それに対して如何こうする前にシャカに叩き起され、朝食の用意をさせられたのだがな……。

 

「しかし……俺が小宇宙を認識する切っ掛けになったのが五感剥奪だとすると。『天舞宝輪』を使えば結構みんな小宇宙に目覚めるんじゃないか?」

 注:普通は廃人になります

 

「まぁ、それは如何でも良いか……どうせ聖闘士になる奴等は放って置いても成るだろうし。

 そんな事よりも俺の自身の事だ、シャカがどの程度の成果を期待してるのか? ってのが解れば良かったんだが」

 

 一応先日の分も含めて考えるなら、シャカは俺にさっさと小宇宙に目覚めろ的な事を言っている気がする。

 だったら最低のボーダーラインが小宇宙に目覚めるに成るんだが……。

 

「『自分の内に燃える物を感じます』――――ってんじゃ駄目だよな……やっぱり」

 

 『そんな事は初歩の初歩だ』とか言って来そうだし……な。

 いや、むしろ『今まで感じる事も出来なかったのかね?』とか言ってくるかもしれない……。

 

「あれ? もしかしてコレって王手が掛かった状態なのか?」

 

 前に聞いた話だと、聖闘士候補生がまともに故郷の地を再び踏む事の出来る確率は、千人に一人とか聞いた気がする。

 最終試練で命を落とす奴も居れば、その前に修行で命を落とす奴、師匠の虐めで死ぬ奴も居る筈だ……。

 

 つまり――――

 

「シャカが帰ってくる前に小宇宙の燃焼を出来るようになっておかないと……最終試練や修行云々の前にシャカに殺されるのでは?」

 

 

『何時まで経っても芽の出そうにない種に、延々と水をやり続けても仕方があるまい?

 このまま腐ってしまう可能性があるのなら……せめて私の手で摘み取ってやるのも、また慈悲と言えることかもしれん』

 

 脳裏に浮かぶシャカの声と顔。

 俺はそれに苦笑いを浮かべ……

 

「ハハ――――……笑えねぇ」

 

 幾らなんでもそんな事を無いだろう……と思いつつも、絶対に無いとは言いきれそうに無い。

 

 だってシャカだもん。

 

「兎に角、修行だ修行!! ……とは言え、このままじゃジリ貧な気もするな。何か、何かもう一つ切っ掛けでもあれば言いんだけど」

 

 俺は、勝手に想像したシャカによる殺戮劇に恐怖を覚え、修行を続けようと思ったのだが、

 どうにも此の侭では上手く行かないのでは? と、思い始めていた。

 そもそも俺は仏教徒ではない――――筈なのだ。まぁ日本人は殆どが寺での埋葬だから、そういう意味では仏教徒と言えなくも無いが、

 シャカの様に禅を組んで如何こうと言うのは、今の俺にはハードルが高すぎるのではないかと思う。

 

 

「また一人で悩み事か? ……お前もよくよく飽きないなクライオス」

「!? お前は――――」

 

 突然掛けられた声にビクッと身体を震わせ、俺は声のした方に顔を向けて一声……その後数秒間停止した。

 そして眉間に皺を作って嫌そうな表情をめい一杯浮かべてから一言、

 

「……カペラ?」

「何で疑問系なんだよッ!?」

 

 其処には修行時代の星矢と同じ様な、みすぼらしい格好をした一人の少年が立っている。

 御者座を守護星座に持つ(本人はまだ知らない)、将来の白銀聖闘士"カペラ"だ。

 

 実はコイツ、現在の俺の『同期』で前述の通り将来的には白銀にまで上り詰める一応は優秀な男なのだが、原作では一輝に幻魔拳一発でやられてしまう為、どうにも良いイメージが湧かない男なのだ。

 まぁ聖闘士の癖にと言うか、白銀聖闘士の癖に武器(ソーサー)を使うような奴だからな、其れも仕方が無いのかもしれない。

 

 さてこのカペラ――――に限った事ではないが、ギリシアで修行している同期の連中は、何故だか知らんがこうして良く絡んでくるのだ。

 

 ……まぁ男限定だけど。

 

 原作での星矢は、如何やら生まれが日本だからって事で同期連中(カシオス等)から蔑まれていたようだ。

 

 とは言え、向こうが近付いて来るからといって俺も仲良くしたいかと言うと、決してそんな事は無い。

 

 俺としてはコイツと仲良くしてると将来死亡フラグが立ったりするのでは? と思ってしまい、どうにも積極的に係わろうという気が起きないのだ。

 

 なので――――

 

「何だよ? 何しにきたんだよ……。つか、帰れよ」

 

 と、

 俺の対応もかなりぞんざいに成っている。

 正直、余り褒められた対応の仕方ではないと自分でも思っているのだが、日頃シャカの虐めにストレスを溜めている俺としてはコレが精一杯だ。

 

「……お前さ、そういう態度って良くないよ? 仮にも同期なんだぜ俺たちって」

「そーですねー」

 

 だから、其れが嫌だと言っている。

 

 カペラの言う言葉に、俺は本日数度目の苦笑いを浮かべた。

 

 所で皆さん知ってますか? ビジュアル系の白銀聖闘士って、みんなギリシア以外の他所の国が修行地なんだよ。

 蜥蜴星座(リザド)のミスティとか、ペルセウス座のアルゴルとかさ……。

 

 ギリシアで修行をしてるのって、今現在を例に挙げるのなら魔鈴とかシャイナとかの紅二点。

 男は今此処に居るカペラを始め、ヘラクレス座のアルゲティ、巨犬座(カニスマヨル・大犬座とも言う)のシリウス等だ。

 顔が解らないって人はググッて下さい。

 

 しかもどういう訳か――――

 

「それじゃあ、その同期さんは一体何をしに此処まで来たんだよ?」

「いやー、俺は今日休暇なんだけどさ、人伝に今日はシャカ様が居ないって聞いてな、それならお前も休みだろうって思って遊びに来たんだ」

 

 このように、男連中から不思議と慕われている俺です。子供のときから異様に身体の大きいアルゲティも、態度のでかいシリウスも、揃いも揃って休暇の時は俺のところにやって来ている。

 

 正直嬉しくないです。

 

 俺としては、『コレは将来的に、星矢達青銅組にやられる布石なのかな?』とか考えてしまう。

 

 どうせ来るなら魔鈴とかシャイナに来て欲しい!

 

 もっとも、そんな心の叫びが具現化されることなど有る訳が無いので、目の前の事にちゃっちゃと対処をする。 

 

「お前はそうでも、俺は休みじゃねーよ。今日もキリキリ修行中なんだよ」

「そうなのか? 俺には胡坐を組んで休んでるように見えたんだけど――――」

「修行なんだよ! 結跏趺坐を知らねーのか貴様は!!」

「……わ、悪い。知らなかった(けっかふざって何だ?)――――でもよ」

「あ?」

「そ、そんな睨むなよ……。悪かったって言ってんだろぉ……」

 

 続けて何かを言ってこようとするカペラに、ギロリと睨んで返す。

 正直、聖闘士になった後のカペラにだったらこんな事出来はしないのだろうが、今は同じく候補生だ。

 普段からシャカに苛められている俺に、怖い物など早々無い。

 

「大体だな、お前等は何かと言うと直ぐに俺の所に来るんじゃねーよ。アルゲティの所にでも行けば良いだろうが?」

「んな事言ってもさ……アイツ直ぐに『修行だ……グフフ』とか言って、俺を投げようとしてくるんだぜ?

 お前が居ない時のアイツの暴走っぷりを見せてやりたいよ」

「そんな物に興味は無い」

「うぅ……」

 

 姿勢を正して再び結跏趺坐の姿勢をとって言う俺に、カペラは不貞腐れるような呻き声を挙げた。

 因みに、アルゲティの名誉の為に言っておくが、アイツは別に乱暴者って訳でも何でもない。純粋に、人を相手に修行をしたいと言うだけなんだ!!

 

 ……なんで俺がフォローをしてやらねばならんのだろうか?

 

「……あぁ、もう良いや。

 カペラ、お前は今日一日俺の修行を手伝え」

 

 うじうじと所在無さげに佇んでいるカペラに俺は頭を掻きながら言った。

 その俺の言葉にカペラはパッと笑顔に変わり、トコトコと俺の方へと歩み寄ってくる。

 

 ――――可愛くない。

 

「手伝いって……一体何をさせる気なんだよ?」

「小宇宙を燃焼させる修行だ。俺はここで結跏趺坐の姿勢のままで居るから、お前は少し離れた所から、そこらに有る石を思いっきり投げて来い」

「石!? 当たったら怪我じゃすまないぜ?」

「コレは、シャカの真似をしてみようって試みなんだよ。飛んできたモノを、小宇宙を爆発させて防ぐっていう」

「……はぁ?」

 

 如何やらカペラには今ひとつ意味が解らないようだが、俺が言ってるのは冥王十二宮編で、サガ、シュラ、カミュの三人の攻撃を防いだあの防御陣の事だ。あの『カーン!』ってやつ。俺は其れを真似て、カペラの投げる石を弾いてみようと言っているのだ。

 

「良く解らないけど……そんな事できるのか?」

 

 と訝しげなカペラ。

 ――――そりゃ確かに、普通に考えたらそんな事出来る訳がないだろう。

 

 作品中だってポセイドンやハーデスなどの神、それにシャカクラスの聖闘士しかやっていないのだ。

 それを、小宇宙もまともに燃やせないような俺に真似出来る訳が無い事くらい良く解っている。

 

 とは言っても、其れとは別に『もしかしたら……』何て気持ちも持ってしまっている。

 

 小宇宙の第一段階はその存在を認識する所から始まる。

 

 幸いな事に――――いや、この場合は不本意な事のついでにか?……まぁどっちでも良いが、俺はその第一段階を通過する事に成功した。

 午後になってから俺がやっていた事は、その次に段階である小宇宙の燃焼になるわけだ。

 

 でだ、ここで少し星矢達の事を思い出して欲しい。

 

 『負けるものか……こんな所で。今こそ究極にまで高まれ――――燃えろ! 俺の小宇宙ーー!!』

 

 ってな具合だ。

 つまり、『追い詰められれば追い詰められるほど、小宇宙は燃焼され易くなるのでは無いのだろうか?』との仮説をたてたのだ。

 まぁ『追い詰める=石を投げる』と言うのは、星矢達と比べると非常に格好が悪いとは自分でも思うのだが……。

 

 でも仕方が無いだろ?

 

 ギャラクシアン・エクスプロージョンを食らって生きていられる自信なんか、今の俺には全く無いんだからな。

 

 俺は悩んだ表情をしているカペラに向き直って、少し威圧するような態度で口を開く。

 

「出来るかどうか解らないからやるんだよ」

「??……はぁ」

「その、気の無い返事は止めろ。兎に角やるんだよ、コレはお前の将来のためにもなる修行だぞ?」

「将来? 何で、成らないよ」

「絶対なる。其れも聖闘士になった後にな(主にソーサーを投げるのに)」

「でも、聖闘士って武器を使わな――――」

「細かい事は良いから、やるのかやらないのかをハッキリしろ。……やらないのならアルゲティの所にでも行ってしまえ」

「わ、解ったよ、やるっての……だからそんなに睨むなよぉ……うぅ」

 

 冷たく言った俺の言葉に、カペラは半ばベソを掻きながら従った。

 そして近くに転がっている石を幾つか拾うと、トコトコと歩いて指定した場所まで歩いていく。

 

「そんじゃ行くぜ…………」

「あぁ」

 

「本当にやるぜ?」

「……あぁ」

 

「…………怪我しても怒らないよな?」

「良いから早くやれ!」

 

 何時まで経っても投げようとしないカペラを怒鳴りつけると、カペラはビックっと身体を振るわせた。

 

「解ったよ、今投げるよ――――せーの……セイッ!」

 

 まるで野球の投手がするように、大きく振り被ってから石を投擲してくる。

 流石はカペラも修行をしているだけの事はあって、それなりの速度持っている。

 

 だが! 常にシャカの動きを視ている俺には何てことは無い!!

 

「それで全力か! 遅すぎる!!――――カーン!!『ゴヅンッ!』グガぁ!?」

 

 一直線に飛んできた石が……ものの見事に俺の額に直撃した。

 目の前がチカチカする……。

 

 俺は数年前に水瓶で頭を割られた時のような衝撃を受けて、その場に倒れ込んだ。

 

「――――お、オイ! 大丈夫かよ!!」

 

 狼狽したような声で近付いてくるカペラ。

 心配してるんだろうな、多分。

 

 だったら成るべく『普通』に接してやろうじゃないか。

 

「……あぁ、大丈夫だよ。血が出るほど痛いけどな!!」

 

 ブン!!

 

 と、起き上がったのと同時に拳を振ってカペラに殴りかかる――――が、元々当てる積りは無いのであっさりと避けられた。

 

「うわっ!? 何するんだよ! 怒らないって言ったじゃねーか!!」

「言って無い。そんな事は一言も言って無い」

 

 読み直してみてください。

 俺は、早くしろとは言ったけど、怒らないとは一言も言っては居ないのだ。

 

「理不尽だそんなの!」

「ほー……理不尽なんて言葉良く知ってたな? でも、世の中なんて理不尽な事ばかりだぞ?」

「だいたい! 俺は危ないって言ったのに、それでもクライオスがやれって言ったんじゃないか!」

「……む? 痛いところをついて来る」

 

 何時もはこうして適当に言葉で言いくるめてやれば終わるのに、今日は多少の知恵が回るようだ。

 

 とは言え、元々殴る積りは更々無い。

 ちょっとしたスキンシップという奴か? 主に俺の精神衛生の為のだが。

 

 だから俺は顔では顰め面をしては居たが、心の方ではニコニコと哂って(誤字ではない)いた。

 

 だが、カペラの次の言葉にそのニコニコに罅が入る事になる。

 

「――――だから今回のその怪我は、どう考えても自業自得だろ馬鹿!!」

「は?」

 

 聞き捨てなら無い単語が耳に入り、俺は顰め面を更に歪めて聞き返した。

 俺の耳は眼とは違って人並みなので、もしかしたら聞き間違いをしたのかも知れない。

 

「……なんだって?」

「馬鹿って言ったんだよ馬鹿野郎!!」

 

 顔を真っ赤にしながら言うカペラに、俺はふつふつと怒りを溜めていく。

 如何やら聞き間違いではなかったらしい。

 

 しかし相手は子供(自分も見た目は子供だが)、この程度の事で目くじらを立てる訳には――――

 

「そもそも何が『遅すぎる』だ! 遅いのはクライオスの動きの方じゃねーか!!

 俺が投げた石は直撃で喰らってるし、さっきのパンチだってヒョロヒョロだったしな!!」

「ヒョロヒョロ?」

 

 確かに石を直撃で喰らったのは俺の落ち度でしか無いが、その後の拳はわざと軽く出したんだぞ?

 それを――――

 

「シャカ様の弟子なんてやってる癖に、あんな事しか出来ないなんて……よっぽど楽な修行しかしてないって証拠だ!!

 現にさっきまでだって座ってただけだしな!!」

 

 コイツは何て事を言うのだろうか?

 

 きっと感情に任せて言っているのだろうが、それでも俺の修行が楽だと!?

 

 俺が今までに何回死に掛けたと思ってるんだ!!

 

 大体だな、日々の修行にしたって文章にすると『筋トレを千回単位でやります』で済むが、実際はそんなに簡単なものじゃ無いんだぞ!?

 お前も、一度くらいは五感剥奪をされてみれば良いんだ。

 そうすれば俺がどんなに危険な位置にいるのか解るというのに……それを――――

 

「ハハハハ、座ってただけ……楽な修行か――――全然楽じゃねぇよ!!」

 

 グバァン!!

 

 

 怒りに任せて振るった拳が予想以上の破壊力を持って、処女宮の入り口を粉砕した。

 

 やった本人である俺も、また見ていたカペラも言葉を失ってしまう。

 

『小宇宙とは強い心を持って制御し、行使するものだ』

 

 怒りに任せて振るった拳がその切っ掛けって……おぉ! なんだか一輝みたいだ!! 何だか違う気がするけど。

 

「……クライオス、お前」

「フフフ、礼を言うぞカペラ。お前との騒ぎを切っ掛けに、俺は聖闘士として次の段階に進む事が出来たのだからな!」

 

 よもやこんな方法で小宇宙の扱いを身に付けるとは……。

 見ろ! 未だ不安定では在るが、確かに俺の体から燃え上がる小宇宙が感じる筈だ!!

 

 シャカが帰ってきた時が見ものだな。

 新たに進化を遂げた俺を見て、驚きの声を挙げるが良い!!

 

「ふははははは――――」

「いや……それは良いんだけどさ」

 

 俺が喜びに笑い声を挙げていると、不意に其れを遮るようにしてカペラが口を挟んできた。

 

「――――なんだよ、良い気分の所で口を挟んできて」

 

 

 

「いや、それ……良いのか?」

「それ?」

 

 と、カペラの指の先には『俺が破壊した』処女宮の入り口が映っていた。

 

 床には大穴が開いており、柱は数本が崩れ天井も幾分欠けてしまっている。見ると良く見ると、決して小さくは無い罅がそこら中に走っていた。

 

「……え? これって俺の所為なの?」

「…………」

 

 俺の質問にカペラは答える事はなく、代わりに崩れ落ちた処女宮の破片が音を立てて返事をするのだった。

 

 因みに、帰ってきたシャカの反応はというと。

 

 ver小宇宙を燃焼して見せたとき。

 

「ほう……遂に此処まで辿り着いたか。私の教えも無駄ではなかったという証明だな」

 

 と微妙に褒めて(?)くれた。

 

 続いてver崩壊した処女宮の入り口付近。

 

「……随分と前衛的な改装したものではないか? クライオス」

 

 単純に怒声を浴びせられるよりずっと怖かった……。

 まぁ、浴びせられた事なんて無いんだけどさ。いつもこんな感じだから。

 

 一応言っておくと、この後は当然のように酷いめにあいました。具体的には『天空破邪魑魅魍魎』

 

 


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