聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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31話

 

 

 

「皆は、大丈夫でしょうか」

 

 小さな溜め息を零しながら、私は一人で窓の外を眺めていた。

 部屋の中には暖炉の熱が広がっていて、外と中とを違う世界のように変えてくれている。

 でも、違う世界ではない。

 

 私は此処で、ただ護られているだけでしか無い。

 

「気になるのか?」

 

 背中越しに声を掛けられた私は、若干ビクッと肩を震わせたけれども、その声の主が自身の居る小屋の主だと気がつくと笑みを浮かべた。

 

 振り向いた視線の先には、一人の大柄な男性が立っている。長い髪の毛に穏やかな瞳をした人物で、名前はトール。アスガルドの森の中で、猟師をしている人物らしいですが……私よりもはるかに大きな其の体は、中に何が詰まっているのでしょうか?

 クライオスさんが言うには――『ドッチの派閥でもないから、頼めば助けてくれる』――との事だったけれども……。

 

「トールさん。気にならない訳が、ありませんよ」

 

 心の奥に感じている、悔しい、哀しいといった思いが、表に出てきてしまったのだろうか? 私の声色は、いつも以上に落ち込んでいた。

 トールさんはそんな私に

 

「そうか」

 

 と、短く返事をすると、私にスープの入ったカップを渡してきた。

 不器用そうな動きだけれども、私は其の動きに返って好感を感じてしまう。

 私は渡されたカップに息を吹きかけて、熱々のスープを少しだけ冷ますようにしてから口付けた。

 

「おい」

 

 暫くそうやって、私は目の前のスープに集中をしていると、不意にトールさんから声が掛かる。

 

「……お前が何を心配に思っているのか、関係のない俺には解らないが。今はただ、アイツを信じて待っていろ」

「アイツ? クライオスさんのことですか?」

「あぁ。確か、そんな名前だったな。アイツなら、お前の心配を丸ごと綺麗にしてくれるだろう」

「なんで、そんな事が解るんですか? トールさんは、クライオスさんとは」

「先日、たまたま顔を会わせただけの関係だな」

「それなら、どうして?」

 

 私の問いかけに、トールさんは不思議そうに、だが若干困ったように表情を崩す。そして少しだけ悩むような素振りをすると、

 

「うむ。悪いが、言葉にするのは難しいな。俺は余り、学のある人間じゃないのでな。だが、お前も俺がアイツに感じる何かを解るからこそ、アイツに託したんじゃないのか?」

 

 眉間に皺を寄せながら聞いてくるトールさんの姿格好は、外から見ていると幾分怖い雰囲気があるのでしょうが、ですが今のこの状況では、不思議とそうは感じはしなかった。

 私は何度か目をぱちくりとさせると、自然と

 

「……はい!」

 

 そう、力強く返事をしていた。

 私はもう一度、窓から外の雪景色を眺める。

 

 今度は先程のような、物悲しい気持ちにはならず、ただ信じて皆を待とうと心に決めるのだった。

 

 

 ※

 

 

 走る、走る、走る!

 

 ただ只管に、俺は雪の敷き詰められた道を走り、敵の本拠地であるワルハラ宮へと向かっていた。

 神闘士のウルの言葉により、ヒルダが生きている――といった言質を取ることには成功したが、だからと言って残された時間に余裕が有るわけではない。

 

 フレア達と合流を果たした後、俺は今後の大まかな流れを3人に説明をして一人でワルハラ宮に特攻を掛けることにしたのだ。

 ソレもできるだけ、目立ち、人目を引くように。

 

 ワルハラ宮が徐々に近づくと、俺の進行方向に向かって多数の雑兵が配置されている。急ぐ=小宇宙を燃やす必要が有るため、それを感じ取った神闘士の誰かがこうして配置をしたのだろう。

 

 ……有り難いことだ。

 

「聖域の聖闘士、クライオス! 脱獄した後に再び戻ってくるとは愚かの極み! 神妙にお縄に付け!!」

 

 視界の先の捉えた俺の姿に、一部の雑兵が声を上げる

 神妙にお縄に――って、お前は何人だよ。

 

「かかれー!!」

 

 内心の俺の溜息を他所に、敵の雑兵軍団は行動を開始する。

 ある程度は指揮系統が確りとしているのだろうか、神妙に云々――と宣った人物の号令に併せて、多数の雑兵が一目散に突撃を開始してきた。

 

 非常に良い傾向である。

 俺は迫り来る雑兵達に対して僅かな笑みを浮かべると、左右の手に凍気を纏って群れとなる敵軍へと飛び込んでいった。

 

「大人しく」

「お縄を」

「頂戴」

「しろ!」

 

 奇妙な喋り方で先陣を務めるのは、朝方に俺のことを捕らえに来た兵士諸君のようだ。ヒルダのことが大好き過ぎる連中だったが、基本的には悪党ではなかったように思える。

 

 とは言え、スマン。

 

「黙って、凍ってろ! ハァッ!」

 

 迫る一団に向かって拳を放ち、同時に凍気を叩き込むことで彼等を足元から凍らせる。左右の拳、ソレに蹴りまで放ち、俺は雑兵に対して無双をするのであった。

 

 その拳は空を裂き、その蹴りは大地を砕く。

 聖闘士と一般人の能力の違いを、まざまざと見せつけることになった結果である。周囲には死屍累々とした雑兵達が足元を凍りつかされ、または拳や蹴りの余波で吹き飛ばされて転がっているが――それだけである。

 

 流石に、直接ドルバルに与したわけでもなく、国を思う気持ち、ヒルダを思う気持ちを利用されているだけであろう者達にまで拳を叩きつけるのは、流石に躊躇われる。

 

 こんな所を見られたら、デスマスクには『甘い事を抜かすな!』とか、言われてしまうのだろうな。

 

「居たぞ!」

「逃すな! 捕まえろ!!」

「ヒルダ様の居場所を吐かせるんだ!!」

 

 若干のモノ思いに耽っていると、アスガルド製雑兵軍団の第二陣が到着したようだ。俺は周囲を見渡すと、流石に先程の第一陣の者達が気絶している場所で戦うのは忍びなく感じて、自分から第二陣へと向かっていく。

 

「もっと、もっと、盛大に目立たなくちゃな」

 

 手加減をしながら無双をしなければいけないと言うことに、ほんの少しだけの気疲れを感じた、俺ことクライオスであった。

 とは言え、それだからといってやらない訳にも行かない。

 

「フハハハハ! もっと盛大に掛かってこんかい!!」

 

 大声を上げて、出来るだけ目立つようにと変な人物を演出する。

 両方の腕を振り上げ、

 

「せーの……オゥラ!!」

 

 ドスン!!

 

 勢い良く地面を叩くと、それに合わせて

 

 ドドドドドドドドド!!!!

 

 足元の雪が勢い良く舞い上がって敵方の雑兵集団、第二陣を飲み込んでいった。突発必殺技、人工雪崩だ。

 

 体の半分ほどを雪に埋もれた雑兵と、その前の凍りついている雑兵とで、辺りは一種異様な庭園のような状態である。もっとも、こんな場所で優雅にお茶をしようとは思えない。

 

 俺はその場から勢い良くかけ出すと、ワルハラ宮の中へと入るのだった。

 

 

 ※

 

 

 崖に面した雪道を、俺とジークフリードは無言で只管に歩いている。

 丁度ワルハラ宮に向かって、グルリと迂回するような道順を進んでいるのだ。

 

「急ぐぞ、ジークフリード」

「解っている」

 

 俺の言葉に憮然とした態度で返事を返すジークフリードは、幾分に気持ちが落ち込んでいるようだ。自身の御守すべき、最大の主として仰いでいたヒルダ様が、よもや身内の手によって亡き者にされようというのだ。

 その悔しさ、惨めさは俺にも良く解る。

 

「ジークフリード、もう少し気を確りと持て。俺達がヒルダ様の救出をしなければ、全ては水の泡なのだぞ?」

「解っていると言っているだろう!」

「ならば何なのだ! その締りのない顔は! 貴様、本気でヒルダ様をお救いする気があるのか!」

「当たり前だ! この生命は既にヒルダ様に捧げたモノだ! ヒルダ様を救うに、この方法が一番だということはよく理解している……!」

「だったら、何をお前は」

「……」

 

 コイツらしくもなく、随分と悩みを抱えた顔をする。

 俺とジークフリードは、殆ど同期といってもいい間柄だ。俺がフレア様の付き人になると同時に、ジークフリードはヒルダ様の付き人に成った。

 最初は主神オーディンの地上代行者であるヒルダ様付きとなったジークフリードに、俺は随分と対抗心を燃やしたものだが……。しかし、ジークフリードにはソレを任されるだけの能力が有ったのも事実なのだ。

 

 忠誠心に関しては俺も負けはしないと自負しているが、その冷静な頭脳、小宇宙の習得、立ち居振る舞いや強靭な精神力。

 俺は奴の、そういった能力を客観的には評価していたのだ。

 

 だが、今のコイツはなんだ?

 この男は本当に、俺の知っているジークフリードという男なのか?

 

 クライオスが神闘士のウルと戦ってから、俺達と合流した後に語った作戦。それは作戦と呼ぶにはありきたりで、そして簡単過ぎる内容であった。

 

 クライオスがワルハラ宮の正面から敵の注意を引き付け、俺やジークフリードにヒルダの捜索と救出を一任するということだった。神闘士の一人を倒して戻ってきた事も考えると、クライオスの実力は本物だ。

 その本人が言うには、正面切って闘うには戦力差が大きすぎる――というのだ。

 

 もっとも、それは俺も理解している。

 いくらクライオスがウルを倒したと言っても、一人で他の神闘士と連戦というのは難しいことだろう。

 

 本来なら俺達がその戦力としての実力を持っていれば良かったのだが、今は無い物ねだりをしていても仕方が無い。クライオスが陽動として動いている間に、俺達がヒルダ様を救い出し、最悪の場合は聖域に亡命をすることになるだろう。

 

 しかしソレもコレも、全ては俺達の働き如何にかかってくる。

 だというのに……お前は、ジークフリードという男は、一体どうしてしまったというのだ?

 

 無言で俺の横を歩いているジークフリードに、ただただ不安を感じずにはいられなかった。

 

 

 ※

 

 

 歩きながらではあるが、ハーゲンの言い分は理解が出来る。

 そして、そんな風に成ってしまう自分の弱さと、馬鹿さ加減が今の俺の状態に関係があった。

 

 ヒルダ様を救出するにあたってのクライオスの提案……。普通に考えれば、今の俺達の戦力では、コレ以上を見込むのは難しいだろう。つまり俺とハーゲンの二人が、作戦の要であるということは良く解っている。しかし俺は今、ヒルダ様に顔を合わせることを恐れているのだ。

 

 ひと通りの作戦説明を、クライオスがした後の事だった。

 

「ジークフリード、話がある」

 

 クライオスはニンマリとしたような表情を浮かべたまま、俺に声をかけてきた。俺はクライオスに声を掛けられたことで、幾分自身が緊張するのを感じていた。ソレは、自分のことを見透かされているのではないか? といった意識からだ。 クライオスは俺を半ば無理矢理に引っ張ると、フレア様やハーゲンと距離が取れた所で開口一番に、

 

「ジークフリード。此処から先は、余計なことはするなよな」

 

 そう、言ってきたのだ。

 俺はその瞬間、背筋が総毛立つのを感じていた。

 クライオスは解っていたのだ。ウル様――いや、裏切り者のウルが言っていた言葉が、正しい内容であったということを。

 

 そう、俺はヒルダ様の助命を条件にして、他を切り捨てる選択をしていたのだ。ウルの言っていた内容は狂言でも何でもない、偽りのない事実だった。

 俺はクライオスが笑顔でそう言ってきたことに、正直に言おう――恐怖を覚えたのだ。

 

 俺がどう動くのか? どんな選択をするのか? それら全てを把握されているのではないだろうか? と、そう思えてしまったのだ。

 ヒルダ様のことも、そしてドルバル教主のことも、もしかしたらクライオスにはその全てがお見通しなのではないだろうか?

 

 今の俺は、情けないことにそういった猜疑心、いや恐怖心といったほうが適当だろうか。クライオスのことを、恐ろしく感じているのだった。

 

 小さな注意を促すクライオスに対して、俺はしらを切ることなど出来なかった。言葉を詰まらせ、情けなく肩を震わせているだけだった。クライオスはそんな俺の内心を知ってか、

 

「今回の件に関しては、俺は誰にも言わないし、何も言うつもりもない。だが、お前はヒルダを救いたいのだろう? ぞれなら此処に居るジークフリードと言う人間が、果たしてどちら側に付かなくちゃいけないのか? それは、考えるまでもなく解るよな?」

 

 優しく、それこそイタズラをした子供に諭すような口調で、クライオスは俺にそう言ってきた。俺はこの時、クライオスという人間に心底に恐怖をした。身震いに近い感覚が、身体を震わせたのだ。

 クライオスの瞳の奥に感じた、底知れない奇妙な色。それはまるで、人成らざる魔物のような輝きだった。

 

 そもそもクライオスは、仮に俺やハーゲンが離反したとしても、何ら困ることはないのだろう。

 いや、クライオスがヒルダ様の救出を目指している間は違うだろうが、最悪クライオスは、このまま聖域へ帰るという選択肢だって有るはずだ。今回のことは、アスガルドの御家騒動のようなもの。

 そもそも聖域(サンクチュアリ)の人間であるクライオスは、言ってしまえば巻き込まれただけに過ぎないのだ。

 自分のことだけを考えるのならば、クライオスは早々にアスガルドより消えることが、何よりの方法。

 となると……クライオスが聖域に帰らない本当の理由は何だ?

 本当に、ヒルダ様を案じてのことなのだろうか? それとも、、ソレ以外の何かが? 例えば、ヒルダ様をお救いした後に何か――

 

「……解らん」

 

 思わず口を付いて出てしまった一言。悩みに悩んでみても、クライオスが単純な善意のみで今回のようなことをしているのか? それとも腹に何か後ろ暗いことを抱えているのか? 判断のつけようがない。

 

「何が解らないって?」

「む……いや、なんでも――無いわけではない、か」

「何を言ってるんだ、お前は」

 

 俺がこぼしてしまった一言に反応をしたハーゲンは、怪訝そうな表情を浮かべたままに俺に問いかけてきた。反射的に『何でもない』と答えそうになったが、しかしソレを途中で翻して言葉を言い換える。まぁ、どのみちハーゲンの反応を見るに、眉間に皺を作らせることには成ったようだが。

 

「いや、クライオスのことでな」

「あの男か」

「あぁ。アイツの目的は何なのか? と、それを考えていた」

「目的? ヒルダ様をお救いすることではないのか?」

「今現在の、一番の目的はそうなんだろうがな」

 

 言い方が悪かったのだろうか、ハーゲンは不思議そうに首を傾げている。

 どうやら俺とは違い、然程深くは考えていないようだ。ほんの少しだけ、そんなハーゲンが羨ましく思う。

 

「貴様が何を悩んでいるのかは解らなんが、少なくともアイツは悪人ではないぞ」

「む……悪人ではない、か」

「あぁ。100%の善意だけで動いているかどうかは、俺には判断がつかないが。少なくとも良からぬことを企んでいる――と、言うことはないだろう」

「オマエのその根拠はなんだ?」

「勘だ、俺とフレア様の」

「勘……か」

「まぁもっとも、だからと言ってアイツと仲良く出来るかどうかは別だけどな。……俺はアノ男が嫌いだ」

 

 フンっと鼻を鳴らしてそっぽを向く様にしたハーゲンに、俺は苦笑を浮かべた。

 恐らくはフレア様が頻りにクライオスを頼ったので、それで対抗心を燃やしているのだろう。

 

 ふと、苦笑を浮かべながらそんな事を考えた瞬間、俺自身も

 

「ふむ……」

 

 と、考えさせられた。

 

 対抗心……。

 もしかすると、俺がクライオスに何かを感じるのも、その対抗心が原因だったりするのだろうか?

 ヒルダ様を救うことが出来なかった自分に対する苛立と、クライオスを特別に扱おうとする、ヒルダ様の言葉に対する。

 だとすれば、俺は何とも浅ましく、そして見苦しいことをしているのか……。

 そう思うと、俺は何とも居た堪れない気持ちになってくる。

 

「今度はどうした? ジークフリード」

「いや。……済まない、ハーゲン。俺は、余計なことを悩みすぎだったのかもしれん」

「急に何を言ってるんだ、お前?」

「少しだけ、お前と話をしていて気が晴れたということだ」

「はぁ?」

 

 自然と口元が緩み、笑みを浮かべる。

 だがハーゲンはポカンとしたような、何とも微妙そうな表情を浮かべていた。そして次第に目を細め、眉を顰めた後に大きく溜め息を吐く。

 

「――まぁ、お前はそうやって、無駄に自信たっぷりな顔をしている方がそれらしいがな」

「おい……なんだ、その随分と無礼な言い方は」

「あぁ、そうだ。随分と元に戻ってきたじゃないか。お前が自分でも言ったように、余計なことを考え過ぎなんだよ。ヒルダ様を救う為に、俺達は最善をつくす。先ずは、それで良いじゃないか」

「あぁ、確かにそうだな」

 

 正直、クライオスに対して不安がない訳ではないが、しかし今の状況に於いては奴の言葉を信じるしかあるまい。俺達だけでどうにか出来るほど、ドルバル派は容易くもなければ、また時間もないのだから。

 

「グフフフ、ヒルダの小娘を救い出すだと? 愚か者共が!!」

「ナッ!?」

「跳べ! ハーゲン!!」

 

 瞬時に左右へと散る、俺とハーゲン。

 するとその瞬間に、先程迄立っていた場所に巨大な投擲物が通り過ぎて行く。

 あれは――

 

「ミョルニルハンマー!?」

 

 通り過ぎた投擲物――ミョルニルハンマーは、背後の岩壁を削り、抉るように飛来した後に戻ってくる。戻ってきたミョルニルハンマーを手に掴んだのは、神闘士の一人――ルングだった。

 

「貴様らのような小僧共に、どれほどの事が出来るというのだ?」

 

 大柄な身体で、更にお大きく胸を反らしたルングは、俺やハーゲンを馬鹿にしたような、見下したような視線を向けてくる。

 

「ルング、様……いや、ルング!」

 

 視線の先には、巨大な体躯揺らしながら歩いてくる一人の男、神闘士のルングが居る。ほんの少し前ならば、敬意をもって『様』付けで呼んでいたのだろうが、ヒルダ様の生命を奪わんとする企みを知った今となっては、怒り以外の感情は浮かんではこない。それはハーゲンも同様のようで、怒りのこもった瞳で相手を睨みつけていた。

 

「候補生程度の小童が! 随分な態度ではないか? なぁ、ジークフリード?」

「黙れ! オーディンの地上代行者であるヒルダ様を支え、アスガルドの大地を守るべき使命を帯びた神闘士でありながら、その使命を忘れて謀反を企てた大罪人め!」

「ぐふふ、言いよるわ」

 

 俺やハーゲンを前にしながら、ルングは落ち着いた表情のままに此方を値踏みしてくる。俺やハーゲンは目の前の神闘士に怒りを覚えているが、ルングはだからどうした――と、そう思っているのだ。

 

 俺やハーゲンの二人程度、候補生でしかない俺たちなど、どうにでもなるだろう……と。

 

「ワルハラ宮の正面からクライオスが攻め入っている状況で、なぜ此処に貴様が」

「ふん、ロキの奴よ。貴様らの頼みの綱である聖闘士の小僧がワルハラ宮へと来るのなら、貴様らが背後より潜入してくるだろうとな」

「クッ!?」

「忌々しい話だが、ロキの読みは当たっていたな」

 

 ロキ……ドルバル派の神闘士の中でも、特に実力を有している男。

 俺はあの男の力には憧れたが、その内面は好きにはなれなかった。いずれ、こういう時が来るのでは? と、危惧するだけの荒々しさを持ちながら、此方の動きを読むだけの頭脳を持った人物。

 

 苦々しそうに俺は歯軋りをするが、今はこの場に居ないロキのことよりも、もっと別の違うことを考えなければならない。

 

「さぁ、どうする! 諦めてドルバル様の軍門に下るか? それとも、此処でこの俺様に殺されて死ぬか?」

 

 左右の手に持った投擲武器であるミョルニルハンマー(と言っても、形はブーメラン)を、ルングは軽々しく振り回しながら降伏勧告のような台詞を口にしてくる。

 

 何とも、馬鹿馬鹿しい台詞か。

 今の俺達に、そのような問がどれ程の意味が有るというのだろうか?

 

「ハーゲン」

「あぁ」

 

 隣に居るハーゲンへと声を掛け、互いに頷き合うと、俺達はルングに向かって構えをとった。

 

「……ほぅ」

 

 関心したような呟きを漏らすルングだが、そんな余裕のある態度も直ぐに凍りつかせてみせよう。

 

「俺達は、貴様を倒して先へと進む!」

「アスガルドの事を思えば、当然の選択だ!!」

 

 既に迷いは吹っ切れた。

 俺は、俺達は、アスガルドの未来の為に、ヒルダ様をお救いすると決めたのだから。

 

「ルング! ヒルダ様のこと、そして其の妹君であるフレア様の生命をも狙った、ドルバル教主に加担するその所業、決して許さん!!」

「俺達が憧れた神闘士とは、貴様らのような私利私欲に塗れた存在では断じて無い!」

「神闘士といえど人間だ。貴様らの下らぬ幻想に、巻き込まれる謂れはないわ!」

 

 一投!

 

 ルングの手にしていたミョルニルハンマーが、その豪腕に依って勢い良く投げ放たれる。

 俺も、ハーゲンも、その一投を大きく跳躍して交わしながら、目の前の敵を打ち倒すべく拳を固めたのだった。

 

 

 


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