聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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32話

 

 

 

 ワルハラ宮の中は思いの外に広い。

 正門から入った後は東西に伸びる別館への道と、正面に向かって伸びるだだっ広い廊下が続く。ここまでの大きさになると、廊下というよりも回廊だな。

 俺はそんな回廊を、正門を潜った後に急に無くなってしまった敵の攻撃を訝しみながらも、前に前にと進んでいた。

 

「アスガルドだしな……普通に人手不足か?」

 

 幾分失礼な物言いかもしれないが、しかし聖域のように人海戦術を取るには限界があるだろう。そう考えると、後はルングやロキを相手取れば良いのだが、ドルバルが出張ってくる前に全てを終わりにしたいものだ。

 

 聖衣を着込んでいる影響で、歩くたびにコツン、コツンと音が響く。

 静かだ。

 つい先程まで、外で戦闘行動をとっていからかも知れないが、静寂がどうにも耳に痛い。

 

「静か過ぎないか?」

 

 俺が捕まっていた時には、もう少し人の営みというか、生活を感じることが出来たのだが、今現在は余りにも大人しすぎる。ワルハラ宮には、侍従などの職に付いている者達がそれなりに居るはずなのに、その反応がまるで感じられない。

 

 感覚が鈍った? ということも、まさか無いだろう。

 幾らなんでも、普通の人間を見逃してしまうなんてことは有るわけがない。

 

「……謀られたか」

 

 眉間に皺を寄せ、口をついた言葉だったが、その瞬間に俺の感覚が小宇宙を感じ取った。これは、ルング?

 

「確かにあの、無駄に身体と態度のデカイ大男の小宇宙だ。だが、ワルハラ宮じゃないな……外?」

 

 首を動かし、小宇宙を感じる方角へと視線を向ける。それは壁の向こう側、ワルハラ宮の外側に向かっていた。

 

「ジークフリード、それにハーゲン。彼奴等」

「――人の心配をしてる場合か?」

 

 意識をルングの小宇宙へと向けて小さく声を漏らした瞬間、回廊中に響く声が聞こえる。オーディン神像の前までは出てこないかと、高をくくっていたんだが。

 どうやら相手は、そこまで待つつもりはないらしい。

 

「……ロキ」

「思いの外に早かったな。もう少し時間がかかるかと思ったぞ?」

 

 この場面で声を掛けて来るような人物を、残念ながら俺はアスガルドでは一人しか知らない。ロキは名前を呼ばれたから――と言うわけではないのだろうが、律儀に柱の陰から姿を現してくる。

 相変わらず、此方を侮ったような嫌な表情だ。

 

「そうか。ワルハラ宮の中に誰も居ないのは、お前の指示だったのか」

「これから賊が侵入してこようというのだ、一般の役立たず共が居ては存分に戦えんからな」

「へぇ……」

 

 ロキの言葉に、俺は薄っすらと笑みを浮かべていた。

 この男の発言は言葉通りの意味で、何も一般人の被害を考えて避難させた訳ではないのだろうが、しかしその御蔭とはいえ余計な心配をしないで戦いに集中できると云うのは、俺からしてみれば大助かりでしか無い。

 

「貴様は正門で我々を引き付け、その隙にジークフリード達を使ってヒルダを救い出そうとでも思ったのだろうが……残念だったな」

「……」

 

 得意気に言ってくる相手に、俺は何も言わずに無言で対応をする。

 元から、そんなに大した作戦でもないのだ。此れ位のことは、始めから予測済みである。

 

「ヒルダを救い出そうとする愚かな候補生共はルングが、そして貴様は……此処でこの俺に殺されるのだ」

「……」

「黙って聖域に逃げ帰っておれば、少しは寿命も伸びただろうに。アスガルドの事情に、無駄に首を突っ込んだ結果がコレよ」

 

 口元を吊り上げながら、得意げに成っているロキ。

 しかし正直な所、あのまま聖域に帰るのは途轍もない悪手である。

 聖域は地上の愛と平和のために、その力で持って対応をする組織だ。一応はその組織に属していることに成っている俺は、仮にこのお家騒動を見過ごした場合、何らかの理由で粛清される可能性もある。

 その可能性を考えれば、安易に聖域に戻る事は出来ないのだ。

 

「ふむ……」

 

 自信たっぷりのロキを他所に、俺は周囲に向かって視線を向ける。

 現在の回廊は薄暗く、そのうえ周囲には身を隠すのに充分な物陰(柱)が多数存在している。無いとは思うが、ドルバルが何処かで見ているのではないだろうか? と、少しだけ疑念を感じたのだ。

 

「クライオス、貴様何をしている?」

「周囲の確認だ。何処かの誰かみたいに、コソコソと隠れて人の戦いを覗き見る奴が居ないように、な」

「チッ……減らず口を」

 

 ロキは聞こえすぎるくらいの舌打ちを鳴らすと、腕を大きく広げて構えを取る。それに合わせて、俺自身も掌に向かって凍気を集め始めた。

 

 

 

 

「ハーゲン! ジークフリード! その程度の動きでは、この俺のミョルニルハンマーをくぐり抜けることは出来んぞ!」

 

 縦横に飛来するミョルニルハンマーを、俺達は近づくでも、遠のくでもなく躱し続けていた。とは言え、ソレは余裕があってのことではない。正確に言えば、近づくに近づけない――という状況なのだ。

 

「クッ!? 流石は腐っても神闘士! 隙がない!」

「しゃがめ! ハーゲン!」

「ヌァ!?」

 

 愚痴るように零しているたハーゲンは、慌てたように身を屈める。それに依って背後から迫って来ていたミョルニルハンマーを、間一髪で躱す事に成功した。

 

 徐々に息が切れてきた俺達とは違い、神闘士であるルングには未だに充分な余裕の色が見える。

 

「くそ! あの巨体でどうしてアレだけの動きができる! 明らかに可怪しいだろう!?」

「落ち着けハーゲン! 今はもっと、目の前の事に集中をするんだ!」

「集中した上での言葉だ!」

 

 確かに――と、思わず唸ってしまう一言が返ってくるが、笑いを誘う場面ではないことも確かだ。このままではジリ貧になってしまい、俺やハーゲンは目的を達することも出来ないままに終わってしまう。

 

「フフフ、歯応えがないぞ! ジークフリード、ハーゲン!」

「ほざけ! 直ぐに地面を舐めさせてやる!!」

 

 ブンブンと空気を引き裂きながら、ミョルニルハンマーを振り回すルング。ハーゲンはそんなルングに強気の発言を返すものの、既に肩で息をしている状態に成っているため、ルングには子供の強がりと言う程度にしか写っていないかもしれない。

 

 ……まぁ、かくいう俺も、既に疲れが見え始めているのだが。

 

 しかしハーゲンの意志は勝利するという一点にのみ向かって居るらしく、一向にその瞳の色に陰りは見えない。当然、それは俺も同じだ。

 

 ハーゲンは其の萎えることのない闘志のままに、俺へと視線を向けてきた。

 

「ジークフリード、こうなったら仕方がない。俺が囮になるから、その隙にお前が――」

「何を言うんだハーゲン! 危険だ!」

「仕方がなかろう。癪だが、俺よりもお前のほうが……」

 

 ハーゲンの言葉に、思わず声を詰まらせる。

 まさか、ハーゲンがそこまでヒルダ様の事を思っていたとは思いもしなかったからだ。自らの身を犠牲にして、俺を……。

 

「しかし、お前を見捨てていくなど、俺には出来ん」

「は? 見捨てる?」

「む?」

 

 途端に眉間へと皺を寄せたハーゲンは、怪訝そうに表情を顰めて俺を睨んでくる。どうしたのだろうか? といった思いも有るものの、俺は首を傾げながらその視線を受け止めた。

 

「おい……誰が見捨てて行けと言った? その隙に攻撃をしろと言っておるのだ!」

「……む? 攻撃?」

 

 戦闘中にもかかわらず、掴みかからんばかりの勢いで襟首を持ち上げようとするハーゲン。俺は、目をぱちくりと何度かさせた後で、『あぁ、成る程』と、思い直した。

 これはきっと、俺の考えとハーゲンの考えに若干の違いが在ったから起きた出来事だろう。

 

「大体だな、何が悲しくて、俺がオマエの為に生命を投げ出さなければならんのだ!」

「いや、しかし……話の流れ的にはそういうことかと……」

「生命を投げ出すのなら! フレア様の為に投げ出すわ!」

「お、オマエ、結構正直な奴だったのだな」

「フ、フン! い、今はそんな事はどうでも良かろう!」

 

 急に『しまった』といった表情になったハーゲンは、視線をプイッと他所へと向ける。恥ずかしかったようだな、どうやら。

 なんとなく、ホンワカといった雰囲気に成ってしまうが

 

「貴様ら、今がどういう状況なのか……本当に解っているのか?」

「あ――」

「う……」

 

 呆れたように言うルングの一言に、俺達の意識は現実へと戻された。

 

「少しばかり、悪巫山戯が過ぎたか」

「ハーゲン……任せて良いのだな?」

「あぁ、信じろ」

 

 前方を睨みつけながら確りと返事をするハーゲンに全てを任せ、俺はただ其の時を待つべく準備を始める。しかし俺達の作戦など、初めからルングに筒抜けの状態である。

 

 ルングはギリッと、歯軋りをすると、腕を大きく振りかぶった。

 

「このルング様のミョルニルハンマーを、例え命がけに成ったところ止められるものではないぞ!」

「止められるか否か……やってみなければ解るものか!!」

 

 ハーゲンの言葉に触発されたのか、ルングの視線は唯の一点、ハーゲンだけを注視する。どうやら、神闘士としてのプライドもあって誘いに乗ることにしたようだ。

 

「ならば粉々になって吹き飛んでしまえ! ミョルニルハンマー!」

「おぉーーーー!!」

 

 勢い良く放たれた其の一撃は、正しく音速を超えた必殺の一撃。

 高速で回転しながら飛来する其の一撃に対して、ハーゲンは両の腕を突き出して正面からぶつかって行った。

 

「ぐ、がああああああああ!」

 

 最早、投擲物ではなく光る光弾のようにさえ見える攻撃を、ハーゲンは身を削り、生命を掛けて押さえつけようとする。

 ミョルニルハンマーの威力に押され、ハーゲンの身体勢い良く後退していった。

 だが

 

「フフフフ――なっ!? なに!?」

 

 ルングの驚嘆する声が響く。

 

「……う、くぅ」

「ミョルニルハンマーを止めた? ……ハッ!?」

 

 そう、ハーゲンは止めたのだ。

 血を流し、身体を擦り減らしながらも隙を作ったのだ。

 ならば次は、俺の出番だ。

 

「貰ったぞ! ドラゴン・ブレーヴェストブリザード!!」

「し、しまった!?」

 

 隙を突いて放たれた必殺の拳。

 神闘士に放つには稚拙な一撃なのかもしれないが、だが今この時は外さない。

 

「うぉおおおおおおおおお!?」

 

 打ち付ける。ただ只管に打ち付けた。

 

 ルングの身体が徐々に氷付き、その表面を覆い尽くして氷の彫像が出来上がった頃、俺は漸く拳を収める。

 

「やった……」

 

 肩で息をしながらルングを睨むが、途端にハッとしてハーゲンへと駆け寄った。

 

「ハーゲン! 無事か!」

 

 雪の上でへたり込んでいるハーゲンに、俺は慌てて近づく。

 近くで見ると腕全体に細かな裂傷が見え、とても軽い怪我とはいえないレベルだった。

 

「ジークフリード……」

「ハーゲン、オマエは此処で暫く――」

「――ハッ!? 後ろだ! ジークフリード!!」

「なに!?」

 

 ハーゲンの声に驚き後ろを振り向いた俺の眼前に、迫る一つの物体――ミョルニルハンマーがあった。

 

「ぐぁあああああああああ!!」

 

 ミョルニルハンマーは俺の身体を抉り、引き裂いてその持ち主の元へと戻っていく。ミョルニルハンマーに弾き飛ばされ、雪の上を転がっていった俺は、そのダメージの深さに顔を歪めた。

 

 悠々と歩いてくる神闘士ルング。歩くたびにバキ、バキ……と、身体を覆っていた氷が砕け散る音が聞こえる。

 

「ぐ、ぐぅ、馬鹿な、何故?」

「貴様如きの拳が、神闘士であるこの俺に通用するものか。……とは言え、さっきの一撃は随分と肝が冷えたがな」

 

ヨロヨロと立ち上がる俺とは対照的に、ルングは口元に笑みを浮かべていた。足が重い、身体に力が入らない……。

 

 睨むことしか出来ないでいる、俺に対し、手を伸ばして

 

「ナッ!? が、ぁあああ!」

 

 ルングはその巨大な手で俺の頭を掴み上げると、万力のように力を込めて締め付けてきたのだった。

 

「冥土の土産に教えてやろう、俺やロキ、ウルが何故神闘士と呼ばれるのか。それはこの身に付けている防具――神衣の御蔭なのではない。全ては体内に存在する小宇宙のためよ」

「小宇宙……?」

「そうだ。俺達の闘法の基本は、如何に小宇宙を燃やすか? その一点に集約される。貴様らとて其の片鱗を扱うには至っていようが、こと小宇宙を使った戦いとなれば、神闘士である俺のほうが遥かに上よ。……つまり、貴様らに勝機など、万に一つも有り得んのだ。フハハハハハハ!!!」

 

 小宇宙。

 体内に存在する、第六感。それは俺にも解っている。ヒルダ様のために小宇宙をも燃やす俺が、私利私欲のために闘う奴に負けると言うのか?

 

「ジークフリートを離せ! ――ユニバース・フリージング!」

「ふははは、心地良い涼風だな!」

 

 ルングに捕らえられている俺を救出しようというのか、ハーゲンは自身の凍結拳をルングへと浴びせている。……浴びせているが、

 

「良いのか? 俺が捕まえているジークフリードは生身なのだぞ?」

「な、貴様!?」

 

 ルングの指摘通り、俺は生身でその凍気に晒されていた。

 ハーゲンは慌てたように驚きの声を上げるが、果たしてちゃんと理解をしたのだろうか?

 

「クッ! ならば直接!」

「はははは! そんなズタズタな拳で、俺の身体に傷を付けられると思っているのか!」

 

 技を放つ事が俺を苦しめる要因に繋がると考えたのか、ハーゲンは直接の拳打をルングに叩きつける。とは言え、この身長差だ。ハーゲンの拳はルングの足にしか届かず、そのうえ打てば打つ程にハーゲンの拳から血が飛び散っていく。

 

「ハ、ハーゲン!?」

「待っていろ、ジークフリート! 今直ぐに助けてやる!」

 

 尚も執拗に拳打を放つハーゲン。

 だが打てども打てども、その攻撃がルングに効いているようには見えなかった。

 

「今すぐに助ける――ならば望みどおりに、ジークフリードを離してやろう!」

「ガッ!?」

 

 ルングはそう声を上げるとハーゲンを蹴り飛ばし、そのハーゲンに向かって俺を投げ飛ばした。

 

「グァ!」

「ガァ!」

 

 互いにぶつかった俺達は、勢い良く雪の上を転げ回る。

 タップリと10mは転がっただろうか?

 

「すまない。ハーゲン」

「謝る暇があるのなら、奴を倒す方法でも考えろ!」

「しかし……」

「悩むなジークフリード! ……ウグぅ!?」

 

 突然に苦しむように呻きだすハーゲン。見ればその両腕は酷いぐらいに血塗れになっていた。

 

「ハーゲン、お前、腕が!?」

「ちょっとばかり、無茶をし過ぎたかもな」

「ハーゲン……!」

 

 ハーゲンはこうなる迄に身を削り、戦おうとしてるというのに……俺は一体、何をしているのだ? 結局のところ、一番物事を正しく理解して居なかったのも、覚悟が足りなかったのも、俺だったんじゃないのか?

 

 ハーゲンの怪我は深い。

 俺自身、ミョルニルハンマーを受けた傷があるが、それでも今のハーゲンよりはずっとマシだ。

 

「――任せろ、ハーゲン。俺が、例え刺し違えてでもルングを倒してみせる」

「策を思いついたのか?」

「いや。だが言っただろう? 刺し違えてでも倒してみせると」

 

 グッと力強く拳を握る。

 俺は乱れる呼吸を整え、自身の足に力を込めた。

 

「ほう、まだ立ちあがるか? 潔く負けを認めれば良いものを。貴様らさえその気なら、俺からドルバル様に取り立てても良いのだぞ? もっとも、その場合はフレアの生命と引き換えだがな」

「ドルバルのような大罪人と取引をするなど、これから先も含めて決して在り得ない」

「ほぅ」

「俺は今、必ず、お前を倒して先に進ませてもらう!」

「出来るのか? そのボロボロの身体で?」

 

 相変わらず上からの物言いを続けるルングだが、俺は既に腹を括ったのだ。その程度のことでは、最早揺らいだりはしない。

 

「俺のような人間を信じて、ハーゲンは自らの身体が傷つこうとも囮を買って出てくれた。クライオスは俺達を信じて、こうしている間にも敵地の只中で闘っている。それに、俺は決めていたのだ。これから先、己の生涯の全てでヒルダ様へ仕えすると! ならば此処で立ち上がらなければ、戦わなければ男じゃない!」

「何を言うかと思えば、ヒルダの小娘に仕える? バカも休み休み言え! あの小娘の生命など、もう既に無いようなものではないか。クライオスとかいう聖域の小僧もロキが始末を付け、そして貴様らも今此処で死ぬのだぞ!」

「勝つために小宇宙が必要だというのなら、俺は高めてみせる! 貴様を超えるほどに!」

「これ程に言っても解らぬか、良かろう! ならば今度は、貴様の身体を八つ裂きに引き裂いてくれる!」

 

 ルングを睨み、ルングは俺を睨み返してくる。

 小宇宙が必要だというのなら、今のこの時に神闘士のくらいにまで自分の力を高めるだけのことだ。

 

「擦り潰せ! ミョルニルハンマー!」

「竜の息吹よ! 全て蹴散らせ! ドラゴン・ブレーヴェストブリザード!!」

 

 両の腕から放たれた一撃が、ルングの放つミョルニルハンマーを正面から迎え撃つ。その攻防は一瞬のことだった。

 

「ぐ!? ……」

 

 ルングから放たれたミョルニルハンマーは、その勢いのままに俺の身体の後ろへと飛んで行く。

 

 痛みが身体を駆け抜ける。

 最初の一撃とは別に、新しい傷から血が吹き上がった。

 

 足元がふらつき、思わず膝を着いてしまう。

 だが

 

「フ、フフフ……ッグ、グォ、グォアアアアアアアア!!!」

 

 手応えはあった。

 笑みから一転、ルングが悲鳴のような叫びを上げると、その身体を覆っていた神闘衣(ゴッドローブ)が砕けていった。

 

「ば、馬鹿な、俺が、このルング様が、候補生ごときに敗れる、だとぉおおおおお……!? ―――ガハェア…!!」

 

 前のめりに力なく倒れこんでいくルングを眺めながら、俺はしばしジッと様子を窺った。無いとは思うが、急に立ち上がったりするのではないか? とも考えたからだ。だが、ルングは色の失った瞳で倒れるだけで、ピクリとも動こうとはしない。

 

 どうやら今度こそ、本当に打ち倒したようだ。

 

「一時的にとはいえ、俺の小宇宙は貴様と同等にまで高まった。だが、お前の敗因はその脚にこそ有る。お前が侮ったハーゲンの拳は、貴様の足を凍りつかせ、その動きを奪っていたのだ」

 

 既に躯と成っているルングに、手向けとしてそれだけを告げた俺は、悲鳴を上げる身体に鞭を打ってハーゲンの元へと移動をする。

 

「ハーゲン、無事か?」

「無事な訳がなかろうが。だが……やったな、ジークフリード」

「あぁ」

「だが、まさか本当に神闘士を倒してしまうとわな」

「俺自身、驚いているが……。小宇宙とは何なのか? それがほんの少しだけ解ったような気がする」

 

 手を握りしめて、内側から強く燃え上がった小宇宙の感覚を思い出す。

 今までに感じたことのない力の唸りを、自身の奥深くから感じることが出来た。

 

「……ジークフリート、急いでヒルダ様の救出に迎え。俺はまだ、暫く動けそうにない」

「ハーゲン、お前」

「後から俺も直ぐに追いつく。急げ、ジークフリート。今のお前ならば、衛兵たちとて物の数ではないだろう」

 

 ハーゲンの言うとおり、今の俺ならば例え鍛えた衛兵たちが束になって掛かって来たとしても何ら問題では無いだろう。

 しかし、ハーゲンをこの場に置いていくのか?

 

 俺はハーゲンの身体を心配して様子を窺うが、直ぐにソレは必要のないことだと悟る。

 

「解った。だが、お前が追いつく頃には、ヒルダ様の救出も何もかも、終わっているかもしれんぞ?」

「吐かせ。ならばそうなるように動いてみせろ」

 

 俺はハーゲンに小さく笑みを浮かべた後で、その場から一気に駆け出していった。目指す場所はただひとつ、オーディン神像の元……ヒルダ様の救出だ。

 

 


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