聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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やっつけ感がすごい!?


中間編
38話


 

 

白銀聖闘士(シルバーセイント)クライオスよ、よくぞ任務を終えて帰ってきた。――しかし、親書を届けるという任務にこれだけの時間を掛けたのだ。当然、何らかの理由があるのであろうな?」

 

 ギリシア、聖域(サンクチュアリ)の奥深く。

 黄金聖闘士の護る十二宮の更に置くに存在する、アテナ神殿の一つ手前――所謂、教皇の間である。

 

 俺は今現在、その教皇の間にて膝を着き、(こうべ)を垂れた姿勢を取っている状態だ。

 

 ……しかし、サガの奴め。

 よくもまぁ、いけしゃあしゃあとはこの事だ。

 本当ならば、俺が帰ってくるとも思っていなかったくせに。

 

 と――イカンイカン。

 余計なことを考えていると、そういった考えを読まれるかもしれない。少しばかり自重しなければ、と。

 

 自分で自分に言い聞かせ、俺はグイッと顔を上げた。

 

「(――勿論、理由ならば有ります。御許し頂けるのであれば、その説明をしたいのですが?)」

「――? クライオス、何故に精神感応に依る会話など……っ!? まさか!」

 

 相変わらず潰れっぱなしの喉のため、俺の会話は専ら精神感応によるテレパスが主体である。此処に来るまでの間にも、下っ端の雑兵の方々に説明をした筈なのだが……奴等め、どうやら教皇に、そのことを報告をしなかったようである。

 

「(……この喉のことも含めて、説明いたします)」

 

 報告義務を怠った雑兵には、後で双魚宮で栽培されているデモンローズを送りつけるとして、俺は聖域(サンクチュアリ)に戻ってくるまで時間がかかった理由を教皇へ説明する。

 

 まぁ、説明をすると言っても、最初に言えることはアレだ、

 

 場所が解らなかった。

 

 コレである。

 

 廬山五老峰も、ジャミールに在るムウの館も、そしてアスガルドに在るワルハラ宮に関してもそうだが、その正確な場所が解らないため単純に迷っていた――と言うのが第一の理由なのだ。

 その場所を詳しく説明してくれる者も居なかったし、どいつもこいつも端的に、中途半端な説明ばかりを俺にしてくる。

 これでは迷うな――と言う方が無茶といえるだろう。

 

 第二に、最初に訪れた五老峰からしてそうだったのだが、行く先々に居る目的の人物が一癖も二癖もありすぎる。

 老師は中々手紙を受け取ってくれないし、ムウは妙な育成根性を出し始めるし、アスガルドではアレだっただろ?

 

 つまり、俺が戻ってくるのが遅かった理由は、基本的にはクライオスという人間の行動が原因だった訳ではなく。行く先々で待ち受ける、相手自身に依るモノだったのだ。

 

 俺は悪くない。

 

 まぁ、よっぽど穿った見方をするならば、それが(クライオス)の宿命だ。だから(クライオス)が悪い――とも言えるのかもしれない。

 ……嫌だな、そんな宿命。

 

 一通りの説明が終わった所で、教皇(サガ)は小さく、

 

「ムゥ……」

 

 と、唸るように言った。

 一応言っておくが、『ムウ』の名前を呼んだ訳ではない。

 

「五老峰やムウの館に関しての報告は解った。確かに、童虎やムウならばそのような行動に出る可能性は有ったからな」

 

 そういう行動に出る可能性があったのか!?

 と、思わず口元をヒクッと動かしてしまうな。

 

 

「――ソレは良しとしよう。だが……問題はアスガルドだ。何か、今の報告を裏付ける物はないのか?」

 

 教皇の言葉に、俺はドキッと――はしない。

 

「(アスガルドの神、オーディンの地上代行者であるヒルダより書を預かっています)」

 

 と、俺はそう言うと、懐から蝋封のされた封書を取り出した。

 これは俺が細工した物――ではなく、正真正銘本物のヒルダの手書きの書だ。

 

 ……まぁ、格好の悪い話なのだが。一度ワルハラ宮を飛び出した俺は、次の日には再びワルハラ宮へとトンボ帰りをしているのだ。

 今現在俺の手元にある、この手紙をヒルダに書いてもらうために。

 

 その時のヒルダの様子は――

 

『まったく、クライオスさんは仕方ないですね♪』

 

 と、何が楽しいのか笑顔を浮かべ、逆にジークやハーゲンなどは呆れたような表情を浮かべていた。

 格好つけて飛び出した手前、酷く居心地が悪かったのは間違いない。

 

 まったく……。

 散々『教皇への説明の為にも必要』――みたいな事を考えていたのに、こうもアッサリとその事を失念する辺り……俺にも脳筋の疑いが浮かび始めているのだろうか?

 

 これからは、ちゃんと気を付けなくてはならないなぁ。

 

 と、俺が懐より出した物を、横合いからトコトコと歩いてきた文官のような人物が受け取って教皇へと手渡していった。

 

「……成る程。確かに、これはアスガルドの蝋封。――内容(なかみ)を拝見しよう」

 

 教皇は言うと、その場で封を開いて中の手紙を確認する。

 内容的には、簡単にいってしまえば『ドルバルが反乱を起こしたので、その鎮圧を白銀聖闘士(シルバーセイント)に手伝ってもらいました。アスガルドとしては若干の混乱はあるものの、コレまでどおり聖域(サンクチュアリ)とは仲良くしていきたいです』といった内容だ。

 

 当然言っておくが、文章的にはもっと堅苦し書き方がされているのであしからず。

 

「……そうか」

 

 短く呟くように教皇は言うと、視線を俺の方へと向けてきた。

 何を考えているのだろうか? 仮面に隠されたその顔の奥では、俺のことを睨んでいるのか? それとも警戒しているのか?

 

 ……まぁ、今の俺に出来るのは、『クライオスは、聖域(サンクチュアリ)の敵ではない』というアピールをすることである。

 

「(教皇、もう一つ……此方の手紙は処分した方が良いでしょうか?)」

「――ムッ!? クライオス、ソレはっ!」

 

 返事のない教皇に対して、次の手をうつ。

 懐からもう一つ、教皇からドルバルへと宛てた手紙を、俺は取り出して教皇へと見せつけた。

 

 一瞬、慌てたように声を荒らげた教皇であったが、浮かしかけた腰を再び椅子へと戻す。

 

「……クライオスを除き、この場に居る者は全員教皇の間より退室せよ」

 

 低く押し殺したような声で、教皇はこの場所に居る文官から護衛の雑兵全員に命令を下す。

 当然、突然の命令に驚く面々であったが、

 

「二度は言わぬぞ……!」

 

 そう、続けて言われた言葉に、皆がアワを食ったように外へと逃げ出していく。

 ……あぁ、俺も一緒に退室したいものだ。

 

「さて、クライオスよ……話を聞こうか?」

 

 部屋から俺以外の全員が出て行くと、周囲の空気がガラリと変化をした。恐らくは、教皇――サガの小宇宙がこの部屋全体を覆い尽くし、外からの干渉を遮断するようにしたのだろう。

 

 流石は、神の化身とまで言われた黄金聖闘士(ゴールドセイント)……か。

 

 溢れ出しそうに成る汗を必死にこらえ、その威圧感に負けないように肚に力を込めた。

 あぁ……気が重いな。

 

「(俺がアスガルドでヒルダに協力をしたのは、言ってしまえば偶然です。あの国での権力争いに巻き込まれ、ドルバル側の勢力に排除されそうに成ったため、止む無く戦った――それが、事の始まりです)」

 

 元々は道に迷っていた所でヒルダを拾い、其処を神闘士(ゴッドウォーリアー)のロキに襲撃されたのが始まりだ。

 この段階では当然、俺は親書の内容は知らなかったし、助けた相手がヒルダだということも知らなかった。

 

 だがワルハラ宮に到着して親書の内容が元となったのだろう、ドルバルは俺を含めてヒルダ抹殺計画を再開させてしまう。

 サガの思惑としては、俺のことなど居なくなっても構わない――と思ったのか、もしくはドルバルに協力させようとでも思ったのだろう。

 

 仮に俺が死ぬことで、一部の黄金聖闘士(ゴールドセイント)達は教皇に理由を問いただしていたかもしれないが、ドルバルの計画としては『白銀聖闘士(シルバーセイント)が狂気に駆られてヒルダを暗殺した』――として、聖域(サンクチュアリ)に報告するつもりであっただろうし、教皇からしてもソレを元に疑問を投げかける者達を抑えるつもりだった筈だ。

 

 なにせ俺は、一癖も二癖もある風鳥座の聖闘士だからな。

 

 この聖衣に纏わる過去の話を知っている者ならば、大抵は納得せざるをえないだろう。仮にしない者がいたとしても、其処は『相手側の言い分を覆すだけの証拠がない』とでも言えば、ソレ以上の追求を断つことも出来る。

 

 つまり、俺がこうして聖域(サンクチュアリ)に無事に戻ってきただけでも、教皇――黒サガからすれば計算違いも甚だしいのに、よりにも依って俺がその親書の内容を知ってしまっているのだ。

 

 今、黒サガは俺の事を始末する――と、そう考えているだろう。

 だが……

 

「(俺はアテナの聖闘士(セイント)です。地上の平和を守るために死ぬのなら本望ですが、訳の分からぬ御家騒動に巻き込まれて死ぬ等というのはゴメンです。そのため、最初はアスガルドから逃げようとも思いましたが……そうも行かない状況になってしまったのです)」

「――そうも行かない、状況だと?」

 

 俺の説明に、サガは興味を示した様に尋ねてくる。

 俺は内心でガッツポーズを取った。

 これは、教皇が俺の話に興味を持ってくれるかどうかが最初の肝だったのだ。

 問答無用で殺される可能性もあったため、教皇のこの反応は非常に有難い。

 

「(ドルバルへと宛てたその手紙の内容からすると、教皇はアスガルドをドルバルに任せてしまっておけば良い……と、そう考えていたようですが、それでは後々に聖域(サンクチュアリ)の……いえ、地上の平和を脅かす憂いになる、と、そう判断したのです)」

 

 ここから、この説明の仕方からしてそうだが、俺は教皇に時系列を滅茶苦茶にして説明をするつもりである。

 しかし、全部言い終えればきっと

 

「(ドルバルは元より、アスガルドを自らの手中に収めようと画策をしていたようですが、それはドルバル個人の野望が膨れ上がった結果だった――と、いう訳ではなかったのです)」

「…………」

「(既に向こうでもある程度の聞き取りを行いましたが……。アスガルドには、何処か、別の勢力からの介入が有ったようなのです)」

「別の勢力、だと?」

「(……はい。可能性の話を上げれば、神話の時代より聖域(サンクチュアリ)と争ってきた冥界、海界が上げられますが、全く別の勢力の可能性もあります。……とはいえ、問題なのはその人物が何処の勢力の人間か? ではなく、そういった人物がアスガルドの中枢に、我が物顔で潜入していたということでしょう)」

 

 ヒルダはその存在を知らなかったイーリスという、自称侍女。

 アスガルドの事を考えれば海界の手の者かもしれないが、時系列的には其処まで手が伸びるものかどうか怪しく、また同様の理由で冥界も怪しいものだ。

 

 しかしドルバルは、『行動を起こそうとする切っ掛けが有ったはずだが、覚えていない』――と言っていた。

 世迷い言の可能性も否定は出来ないが、しかしそれを調べる必要はないだろう。

 今重要なのはドルバルの言葉の真偽ではなく、教皇(サガ)に信じさせることなのだから。

 

「……冥界や、海界か……。ソレが本当であるのならば由々しき事態だな」

 

 仮面の奥で唸り声を漏らすサガ。しかし、実際の所は冥界の可能性はゼロ。何故なら彼処が動くのならば、五老峰の老師が動くからだ。

 

 しかし、サガはその事を知らない。

 知らないからこそ、こういったハッタリも有効に成る。

 本当に、知っている人間と知らない人間の差って言うのは卑怯だよな。

 

「――クライオスよ、お前に1つ質問をしよう」

 

 と、何をどうしたというのか?

 急にサガが俺に、問いかけをしようとしてくる。

 針突き刺すような感覚が薄れているから、少しは『殺すリスト』のランクがダウンしたのだろうか?

 

「正義を貫くと言うのは、どういうことだと思う?」

「(正義を貫く?)」

 

 思わず復唱してしまった俺だが、サガの奴め……。何を聞いているんだ?

 正義とはなにか? それはアンタが、周りに示さなくちゃならないことだろうに。

 

 ……まぁ、普通に考えれば、『聖闘士として、この世の正義を護るということを理解しているか?』――なんて、そういった質問をしているとも捉えることは出来るのだが、しかし質問をしているのはその都度その都度で態度(性格)を変える困ったちゃん。

 

 双子座のサガである。

 

 内心、揺れてるのかねぇ?

 

「(……正義という言葉自体に意味は無いでしょう? 必要なのはソレを成すための力が有るかどうかと、そしてその結果が万民に受け入れられるかどうかだ)」

 

 あまり、アテナ式の愛が基本となる正義を語りたくないが、だからと言って『力こそが正義』という考え方も好きではない。

 

 まぁ、俺は正義というのは平和を生み出す原動力。

 言ってしまえば唯の言葉でしか無い――と、そう思っている。

 自分達の理想に、正義という心地良い言葉を当て嵌めて、何かをする際の正当性を高めようと言うだけのことなのだ。

 

 だからこそ、正義等といった言葉に意味はなく、ソレに依って齎された結果を後々の人々が受け入れられるかどうかが判断の基準でしか無い。

 

 結局聖戦だって、地上を支配したい神々と、引き続き人任せにしておきたいと考えているアテナとのぶつかり合いでしか無いのだ。

 ……まぁ、大抵の神々は困ったことに、人間=玩具……程度にしか考えていないので困ったものなのだが。

 

「万民に受け入れられるかどうか?」

「(――だってそうでしょう? 俺たち聖闘士は、確かに普通の人間と掛け離れた能力を身に付けて居ますが、それでも神じゃない。人より優れた、ただの人でしか無いのです。その為、出来る事には自ずと限界が出て来てしまう)」

「……確かに其の通りでは在る」

「(ならば、万民――この場合は絶対的大多数ですが、より多くの人々に受け入れられる体制を作り上げ、ソレを行っていく事こそが、この世界に於ける『正義』ではないでしょうか?)」

「……この世界における、正義か」

 

 サガは俺の言葉に押し黙る。

 なにか考えているのか? それとも、俺の言葉に対して反論しようとしているのか?

 

 もっとも俺自身、この言葉は詭弁だ――と思っているのだが、同時に真理だとも思っている。

 誰もが平和に過ごせる世界――と言うのは本来理想では有るが、有り得ないからこそ理想足りえるのだ。

 シャカも良く口にしているが、この世に完全なモノなど存在しない。

 

 完全な悪も、完全な正義もだ。

 

 ならば何を持って悪だの正義だのと語るのか? と言えば、それは絶対的な力か、もしくは圧倒的大多数の心の持ちようでしか無いだろう。

 

 そういう意味では、聖闘士とはその正義を、女神アテナに依存した集団とも言えてしまうのだが……それを口にするのは止めておこう。

 

 但し

 

「(だから俺は、ソレが絶対的大多数にとっての正義と平和に繋がるのであれば、何をするにも躊躇をすべきではないと思っています)」

 

 と、これだけは言っておく必要がある。

 俺が教皇(サガ)からドルバルに宛てた親書を持ちながら、尚もこうやって聖域(サンクチュアリ)に戻ってきた理由を、こう言っておくことでサガに理由つける事が出来るのだ。

 

 つまりは、『どんな悪どく見えることでも、俺は平和に繋がることならやりますよ――』と、宣言をしたのである。

 

 もっとも、こうすることで俺は否応なくサガの側へと組み込まれるだろうが、とは言え見返りとして一時的な平穏を手にすることは出来るだろう。

 ……まぁ、俺がどの程度サガに重用され、どの程度の自由な裁量を任せられるかは、今後の働き次第だろうが。

 

「そうか。お前の考えは良く解った」

 

 サガは暫く悩むように無言で居ると、頷くようにしながら言ってきた。

 

 どうやら判決が出るようである。

 俺がこのまま、聖域で生きていけるか? それともサガによって始末されそうに成るかの瀬戸際だな。

 

 ゴクリ、と唾を飲み込み、何時でも動き出せるように神経を尖らせる。

 

「――まずは、お前の意見を十分に参考にしつつ今後の対策を練ることとする。アスガルドには近いうちに、誰か適任の者を聖域(サンクチュアリ)との窓口として派遣しよう。しかし、海界や冥界の手が地上に伸びているとしても、現段階では対処の仕様がない。今後は情報の収集を密に行うようにし、世界各国の政府上層部にも同様の通達を行うこととする」

「(……)」

 

 ここまでは、今後の聖域の行動方針の説明だ。

 在る意味では予想通りの展開だが、正直、サガの言った内容の内、アスガルドのこと以外は俺にはどうでもいい事である。

 

「そしてクライオス、お前には――」

 

 と、どうやら俺に対する沙汰が言い渡されるらしい。

 聞き逃すわけには行かないので、確りとしなくては……

 

暫くの間、休暇を申し渡す」

「(休暇、ですか?)」

「そうだ。今回の騒動で、お前の聖衣(クロス)も酷く傷ついただろう? その修復と、お前の喉の治療期間として休暇を与えよう」

 

 休暇? ……それは正直ありがたいが、本当に貰っていいのか?

 そりゃ、ジャミールに行ってムウに聖衣の修復を頼んだり、その際に血液抜かれる事も考慮すれば、ちょっと行ってきます程度の時間では足りないのは明白。

 

 しかし、なんだ。

 こういった妙な解りやすい優しさを見せられると、素直にそれを受け取れない俺がここに居る。

 

「どうした? 不服なのか?」

「(いえ。休暇を頂けるというのであれば、素直に有難いです。俺の身体もそうですが、聖衣の方も自己修復だけでは追い付きそうにない破損状況だったので)」

「たった一人でアスガルドの激戦を潜り抜けたのだ、それも仕方あるまい。お前の聖域(サンクチュアリ)に対する忠誠心に、私は敬意を評しよう。傷が癒えた暁には、より一層の奮闘を期待する」

「(……了解です)」

 

 言ってくる言葉の内容とは裏腹に、サガからは『精々、貴様を利用してやろう』といった、ドス黒い小宇宙(コスモ)が溢れかえっていた。

 まぁ、100%信用して貰おうとは端から思っていないし、この程度の信用でも問題はないだろう。

 俺は自分自身の生命の安全と、自分の回りに居る連中の安全が確保出来るなら、後はどうでも良いのだから。

 

 ……しかし、どういう順番で休暇を過ごすか?

 聖衣の修復→カノン島で療養→聖域でダラダラ……か、

 カノン島で療養→聖衣の修復→聖域でダラダラ……か。

 

 どっちでも最終的には、ダラダラ過ごすつもりな俺である。

 しかし、いつまで経っても一向に真面目になっていないなぁ……と、教皇の間から帰る道すがら考えるのであった。

 

 

 

 ※

 

 

「クライオスめ……このサガを利用しようとしてくるとはな」

 

 誰も居なくなった教皇の間で、1人残っているサガは小さく呟くように言った。その呟きの内容は勿論、先程までこの場所に居たクライオスに関してのことである。

 

「ドルバルの奴に宛てた手紙をクライオスが持っていた時は、始末するべきかとも考えたが……。中々どうして、強かな奴だ。暗に俺に対して、自分の売り込みをしてくるのだから」

 

 そうなのだ。

 クライオスはサガの後ろ暗いところも含めて納得し、そのうえでサガに自分の売り込みをかけたのだ。まぁ実際は、クライオスは教皇=双子座(ジェミニ)のサガと言う事実を知っているので、納得云々は違うのだが、サガはその事を知らないのでどうでも良い。

 

 重要なのは、今現在、教皇サガの黒い部分を知っている聖闘士が居ない状況で、そういった部分も含めて忠誠を誓う聖闘士は非常に稀有だということである。

 

 つまりサガにとっては、実力のある聖闘士を自分の側に引き入れるというのは、今現在急務なのであった。

 無論、本来ならば黄金聖闘士(ゴールドセイント)を引き込めれば一番なのであろうが、彼等は聖域(サンクチュアリ)に於ける最大戦力。その取り込みには、慎重を期さなければならない。

 

 故に、今現在の段階で黄金聖闘士(ゴールドセイント)に次ぐ実力を持っているであろうクライオスが陣営に加わったのは、サガからすれば幸運であるとも言えるのだ。

 

 もっとも、クライオスが本気でサガの為になんでもするのか? と言えば、それは無いだろう――と、サガ自身も理解している。

 しかし、何処から何処までをクライオスが許容出来るのか? それは追々理解していけばいいだろう。

 

「少なくとも奴は自分の身の安全と、自身と関わりのある人間たちを天秤にかければ、迷わずに自分の身を危険に晒す。そういう人間でなければ、アスガルドでヒルダの側に立ち、ドルバルと闘うと言う選択をしたりはしないだろうからな」

 

 コレは、サガがクライオスの報告を聞いて感じたことだ。

 クライオスは聖域の為に、怪しい連中の息が掛かったドルバルを排除した――等と言っていたが、それはサガからすれば有り得ない話しであった。

 

 いや、怪しい組織の存在を、疑っているのではない。

 ドルバルを排除したことが可怪しい、と、サガは思っているのだ。

 単純に効率のよい平和を目指すだけならば、アスガルドを治めるのはヒルダではなくドルバルでも良いのだ。

 いや、寧ろある程度どんな人間であるのかを知っている分、ドルバルの方がやりやすい。

 

 勿論、ドルバルがクライオスをヒルダ殺しの犯人に仕立てようとしたというのも、クライオスがドルバルと闘うことになった理由としては在るだろう。

 仮にクライオスがアスガルドから逃げ帰ってきたのなら、サガはドルバル側の要請を聞き入れてクライオスの身柄を差し出していたかもしれない。しかし、それは聖域(サンクチュアリ)に逃げ帰ってきた場合だ。

 

 世界の隅にでも逃げて、聖域からの情報を完全に遮断してしまえば良い。実際、クライオス程の実力が有ればそれは可能だろう。

 無論、仮に逃げたとして黄金聖闘士(ゴールドセイント)を使って捜索すれば見つけることは可能だろうが、其処までしてやるだけの義理はドルバルには存在しないのだ。

 

 だというのに、クライオスはサガの意図を理解しつつ、尚且つドルバルを排除してまで聖域へと戻ってきた。ソレはなぜか?

 

「奴は、自分に関わった人間が傷つくことを、本能的に嫌っているのだ。少なくともアスガルド側から送られた書の内容を見るに、オーディンの地上代行者であるヒルダとは、それなりに深い関係になったようだからな」

 

 そう、つまりはそういうことだ。

 聖域では同期の聖闘士達が、アスガルドでは自分で距離を詰めてしまったヒルダやその仲間達が、クライオスは自分で思っている以上に、自身の中での行動指針に食い込むほどに比重が高いのだ。

 

 それが解るだけでも、今後のクライオスの行動をある程度制限し、制御しやすく成る。

 

「ドルバルの奴に加え、神闘士の連中を壊滅させたのだ。今は暫くの時間、身体を休めるが良い。お前の力と能力は、この私が存分に有効利用してくれるわ。……フフフハハハハ!」

 

 たった一人の教皇の間で、サガの笑い声が木霊した。

 それを聴いている者は何処にも居らず、ただ一人、声を発しているサガだけがその声を聞き、心を痛めていた。

 

『……サガよ、私の中に生まれた暗黒面よ。お前のその野望がどれ程の人々を傷付け、そして不幸を産むのかを考えるのだ。お前は耳に心地よい言葉を選び、ただソレを聞いているだけにすぎない。クライオスのことにしても――』

 

 自らを諭すように、サガの内面では葛藤が広がっている。

 しかし、それをサガ自身は敢えて無視していた。

 自身の中の悪の心が、ソレを拒否しているからである。

 

 今現在、心の奥底に仕舞われてしまっているサガの善性は、ただただ涙をながすことしか出来ない自分と、そしてその自分自身に依って引き起こされるであろう人々の不幸に嘆くのであった。

 

 

 


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