長い長い任務を終えて、やっと帰ってきたマイホーム。
その名も素敵、
人によってはこの地名を聞くだけでも恐れ慄き、平伏してしまうくらいに素晴らしい場所であるらしい。
……まぁ、上下水道の完全完備も無く、電気の流れも殆ど無いような辺境ですが、一部の旅行者には人気が出るかもしれませんねぇ。
ただ少なくとも、今の俺にとっては『こんな場所』
――あぁ、アスガルドに帰りたい。
「……いま、何か考えたかね?」
思わず脳内で思い起こされた言葉に、どんな奇跡の再現なのか? ピクッと反応するように眉を跳ね上げる人物が居る。
それは誰? なんて、そんなこと聞かなくて皆解っているだろう? ……そう、
奴だ。
「(いえ。別に何も……)」
ヒンヤリとした石畳の感触が、どうにも懐かしいと思ってしまうのは、俺が少しばかり壊れかけているからなのだろうか?
……さて、サガから休暇を貰って意気揚々と教皇の間から出て行った俺が、
※
「クライオス、教皇への報告は済んだのか?」
一輪の薔薇を手の中で転がしながら、アフロディーテは俺に向かってそう尋ねてきた。
いつも思うのだが、何処かでカメラでも回しているのだろうか? アフロディーテの仕草は一つ一つが芝居がかっている様に思える。
「(えぇ、先程。一応は暫くの間は休養するようにと言われて――)」
「ほぅ……。まぁ、最初の任務が終わって直ぐのことだ、教皇も気を遣われたのかもしれんな」
「(有難いことです)」
どうやらアフロディーテの中で、
俺としては、今のところイーブンだろうか?
今後の対応次第では。もしかしたらプラスになることも有るかも知れないが……。
「(それでは、俺は今後のことも含めて考えなければならないので、この辺で失礼させてもらいます)」
正直な所、黄金聖闘士と一緒に居るというのは生命の危機に直結する行為であると俺は思っている。
それ故、聖闘士となった今では、出来うることならば可能な限り接触を持ちたくはないと思っている。
アフロディーテがこうして張っていた事に嫌な予感を感じてしまう俺は、早々に危険エリア指定となる十二宮から退散したいのだ。
「……待ち給え、クライオス」
一礼して、さっさと消えようと思った矢先、アフロディーテに呼び止められてしまう。怖い気もするが、かと言っても無視をする訳にも行かないだろう。
「(なんです? 俺に、何か用でも)」
「それだ、クライオス」
「(それ?)」
「その
若干表情を暗くしながら、アフロディーテは不思議そうに尋ねてきた。しかし、そうか。
よくよく考えて見れば、俺が教皇に報告したのはついさっきだ。
幾らなんでも、その時に話した事の顛末が既にアフロディーテや他の黄金聖闘士達に広まるということはないだろう。
「(いえ、任務中に喉をやられまして……今は声を出せないのです。この喉の治療のことも含めて、教皇からは休暇を言い渡されました)」
「任務で喉を? ……そして休暇、か」
ザックリとした説明をすると、アフロディーテは目を細めて何やら考えるような仕草をする。
――あぁ、俺は解る。
これは俺にとって、良くないことを考えている時の顔だ。
「(申し訳ありませんが、そういう事なので失礼させて頂き――)」
「待ち給え」
ソソクサと消えて、さっさと危険地帯から逃げたいというのに……アフロディーテは再度俺の行動に待ったをかける。
なんだ? 俺の考えでも読まれたのだろうか?
すると一瞬のこと、既に目の前からアフロディーテは消え去り、気付いた時には俺の背後に立っていた。
そのうえ此方の動きを押さえつけるように両肩に手を置くと、痛いくらいにギリギリと力を込めてくるではないか。
――って、痛い痛い痛い痛い!!
「折角、こうして久しぶりに顔を合わせたのだ。そう急ぐことも有るまい? お前が行ってきた任務の話を、紅茶でも飲みながら聞かさてくれ」
「(に、任務の話?)」
「そうだ。機密に触れない範囲でならば良かろう?」
ニコッと、下手をすれば同姓でもドキリとしそうな笑みを浮かべたアフロディーテは、俺の返事など聞かずにズルズルと双魚宮へと俺を無理やりに連行していった。
一応は踏ん張って抵抗を試みる俺であるが、残念なことにソレは効果を産むことは無かったようである。
踏ん張ってもアッサリと力負け、地面に足を突き刺してもそのままガリガリと引っ張られる始末。
――で、酷く素早く用意された椅子やテーブル。そしてどのようにして沸かしたのか気になるお湯を含めた紅茶セットが用意される。
無理矢理に椅子に座らされた俺は――
「まぁ、先ずは一口喉を潤し、饒舌に舌が回る様にしたまえ」
と、対面に座るアフロディーテから紅茶を薦められる。
穏やかな表情を浮かべているが、コレは絶対に何かを企んでいる。俺はアフロディーテの行動にそう確信をしていた。
伊達に
差し当たっては、飲むように促された紅茶が怪しい。
俺は神経を集中し、紅茶の注がれたカップを手にとって顔へと近づける。匂いは……普通だな。薔薇の香りがするフレーバー・ティーだ。
毒の入っているような匂いは、特に何もしないな?
俺は此処での生活――取り分けアフロディーテの所為で、毒に対する感知能力が高くなっている。まぁ、耐性の方も強くなっているので、普通の
「(頂きます)」
と、取り敢えずは安全だと思い紅茶を飲む。
それは温かく、そして安心感を与えるような香りがする素晴らしい物だった。
――どうやら、少しばかり警戒しすぎていたようである。
今の俺は
「どうだね? 私の『特性』ロイヤルティーの味は?」
「(驚くぐらいに、喉越しがよく、口当たりも爽……や…か?)」
相変わらずの笑みを浮かべたままのアフロディーテだが、何故か今は斜めに映って見える。
コレは何も、アフロディーテが変な動きをしてそう見えているのではない。寧ろ、変なのは俺の方だ。
「う、ぐ、あぅ」
漏れるように口から声が出てくるが、コレに関してはどうでも良い。
もともと、声――は、元々ちゃんとでないのだ。だからソレはどうでも良い。問題は、ズルズルと力が抜けるように、椅子から落ちている俺の体のほうだろう。
「(……何ごとか? コレは?)」
流石に身体がちゃんと動かないとしても、
「私が特殊調合した、特別製の紅茶だ。最近のお前は、単純に
「(一服、盛りました?)」
「あぁ、盛ったぞ」
何を当たり前なことを――とでも言いたげな、キョトンとした表情を向けるアフロディーテ。
……やっぱり、直感は大切なモノだな。
「安心しろクライオス。別に、お前に危害を加えるつもりはない。ただ、他の
既に十分すぎるほどに危害を加えられていると思うのだが――って、今なんて言った?
他の
「(何をする気なんだ? いったい)」
「何を? とは、穏やかじゃない表現だな? ……何の事はない。ただ我々全員に関係の深い、
「(み、皆で聞く?)」
上から下まで、此処に居る黄金聖闘士を集めて話をする……だけ? だったら、まぁ……
「但し、反省会を兼ねてなっ!」
「(は、反省会! 何故!?)」
「私達の弟子ともあろうものが、アノ程度の任務で手傷を負って帰ってくるとは予想外だった。……修行時代、少しばかり甘やかしすぎたかもしれないからな」
言いながら、ギンッ!
と、強い視線をぶつけて来るアフロディーテ。
ちょっと、待ていただきたい!
お、俺は一応、一通りの修行を終えて、聖闘士になったんだぞ!
「気にするな、クライオス。お前に力が足りないのは、全て師である我々の不徳が原因なのだ。お前はただ、此処居集まる他の黄金聖闘士達に任務での話をすれば其れだけでいい」
「(え? そ、そうなのか?)」
一瞬、修行時代のことがフラッシュバックして慌ててしまったが、どうやら俺の早とちり――
「その話を吟味したうえで、お前にどの様な修行を課すかを考えるのは、私達の仕事だ!!」
「(んなぁっ!?)」
「安心しろ、クライオス。寧ろ喜ぶと良い。その修業の果てに、お前は必ずや一人前の聖闘士に成ることが出来るだろうからな」
た、た、た、助けてぇええええええええええ!!!
・
・
・
てな感じで、
相変わらず、ひどい扱いである。
何処の誰だ? 聖闘士に成ったんだから、妙なことはされないだろう――なんてことを言ったのは?
ハイハイ。俺ですよ。
どうやら俺の常識は、この国では非常識であるようだ。
もっとも、もしかしたらコレが聖闘士の常識なのかもしれないが。
良い加減、悟るべきだな。俺は。
と、怖い
「――久方ぶりに帰ってきた弟子の様子を聞いてみれば、
といった、シャカを始めとした黄金聖闘士達の落胆を含む溜め息の数々であった。まぁ、中には
「まぁ、そう言ってやるな。アスガルドの
といった、擁護をしてくれる
有難う、
「だがな、カミュ。奴は俺達の修行を受け、俺達は一応とはいえ合格を出したのだ。ソレはつまり、俺達がクライオスを認めたことに成る。……このような結果を作ってしまったということは、そもそもの俺達の採点基準が甘かった――と、そういうことではないのか?」
「……それは、そうかもしれないが」
って、何をアッサリ
もっと確り、自分の意志を強く持てよ! 黄金聖闘士だろ!
「まぁ、結果的に五老峰とジャミールには親書を渡し、アスガルドに関しては平和を護るといった観点から言えば良い結果に収まったと言えるだろう。しかし、その結果が
「そうだぜ。だいたい、お前には積尸気の開き方を教えてやっただろうが? なんだって冥界波を使わなかったんだよ? アレ使えばイチコロだろうが」
「(あんなの、やり方を見せられただけで出来たら世話無いっての……)」
比較的良識派であるシュラまでもが俺の任務結果には不満であり、それに被せるように
……というか、アンタの『教えた』ってのは、『俺に積尸気冥界波を食らわせた』って意味だろうが。
それは世間一般では、教えたとは言わないんだっての!
「それぐらいで良いんじゃないのか? クライオスは良くやった。俺はそう思う」
「(ア、アイオリア……!)」
「少ない小宇宙、弱い肉体、そんな状態で戦ったのだ、今くらいは褒めてやっても良かろう」
「(…………)」
フォロー……してるんだよな?
チョットばかり、脳筋アイオリアの言葉に傷つく俺ですよ?
「教皇から休暇を貰ったのだろう? だったらその間、今一度鍛え直せば良い。お前が真に聖闘士として相応しい力を手に出来るまで、俺は全力でサポートをしてやるぞ」
「(スッゴイ、迷惑)」
「迷惑などとは思わん。これも全ては師としての務めの一つだ」
お前に迷惑が掛かる――じゃなくて、俺が迷惑だと言ってるんですけどねぇ。相変わらず、アイオリアの脳内補填レベルが凄まじい。
……というか、そろそろ誰か、俺のことを抱き起こしてはくれまいか?
「俺も、アイオリアの意見に賛成だ。強さが足りないというのなら鍛えれば良い。……まぁ、その前に怪我の治癒と、聖衣の修復が急務だろうが」
とはアルデバランの御言葉。
いや、この言葉に優しさを感じてしまうってのが、そもそも俺の頭がどうにか成ってる証拠なんだろうな。
他の黄金聖闘士と同様に、アルデバランも俺の再修行に賛成なようだし。
だがちょっと待って欲しい。
最後に、これだけは言わせてくれ。
「(――カミュ、アスガルドではダイヤモンドダストが役に立ちました)」
「む! ほ、本当か?」
「(一応は、神闘士の1人はそれで倒せたので)」
「フ、そうか」
ちょっとばかり褒めてみると、どうやらカミュも満更ではない御様子。クールに鼻を鳴らしていらっしゃる。
自分の教えたことが役に立った――と言われると、少なからず嬉しいのだろう。残念ながら、今の俺にはまだ判らない感覚ではあるのだが。
「(俺は、皆の修行を無駄にはしていない。ちゃんとこうして、修行の成果をだしている。だから再修行の必要は――)」
「ちょっと待て、クライオス」
「(……ミロ?)」
「俺から、お前に聞きたいことが有る」
ズイッと出て来たのは
因みに、今現在この場所に集まっている黄金聖闘士達は、皆が皆で完全装備なため非常に目に痛い。
「クライオス。カミュの教えた技を使ったといったな?」
「(えぇ、使いました。ダイヤモンドダストを……)」
「そうか。……それで?」
「(……は?)」
「だから、それでどうだったんだ? その……俺の技は使ったりしたのか?」
「(…………いったい、なにを言っているんだ?)」
思わず眉間に皺が寄って、口調が素に戻ってしまう。
本当にミロは、何を言っているのだろうか?
しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に、ミロの余計な一言はこの場に居る黄金聖闘士達の心を掴んでしまったらしい。
「確かにそれは気になるな? ミロの
「オイ、アフロディーテ! 誰の技が地味だって!」
「お前の技に決まっているだろ?」
「何だと!?」
「落ち着けミロ」
「カミュ! お前、クライオスが自分の技を使ったからって、余裕のある顔してないか!?」
「フッ、そんな訳がないだろ?」
「俺のライトニングプラズマや、シュラの
「おいおい、俺のグレートホーンも忘れて貰っては困るぞ?」
なんなんだ、この連中は?
アフロディーテの一言から始まって、何やらグダグダな状態になっていくなぁ。
というか、アフロディーテの技は薔薇が無いと使いようがないでしょうが?
無理だよ。何もない場所から薔薇を取り出すとか。
「(……正直に言えば、カミュの技もダイヤモンドダスト以外は俺には使えないし、他の黄金聖闘士の技も俺にはそのまま使うなんて無理だ)」
妙な雰囲気になりかねないので取り敢えず言うが、俺は内心で『あぁ……地獄の始まりだ』なんて思っていた。
だいたいにして、コンナ事を言えば――
『は?』
ほら。
全員が……と、までは言わないが、殆どの黄金聖闘士が何言ってんだ? みたいな表情を浮かべるのは解っていた。
コレで俺の再修行は避けようのない、未来の予定に組み込まれてしまったという訳だ。
まぁ、もぅそれでも良いよ。
だけどさ
「(修行云々に関してはもう諦めるから良いけれど。出来れば、聖衣と怪我の修復が完了してからにして欲しいんだけど?)」
「そうか、聖衣の修復のことを考えなくてならないのか――問題だな」
諦めから口に出た俺の提案に、シュラが顎先に手をやりながら考えるような素振りを見せる。
まぁ、何が問題って、それはアンタ達黄金聖闘士の考え方だけどね。
「聖衣の修復が必要となると、ジャミールに誰かが付いて行かなければならない。しかし、誰が一緒に行けるのだ? ……一応は言っておくが、俺は無理だぞ? クライオスが前に連れてきた
「聖域に来て、まだそんなに経っていないからな。流石に師匠が離れる訳にも行かないだろう」
何故か誰かが一緒に行くことは決定済みな御様子。
しきりに皆が、『なら俺が』『いやいや、俺が』『俺が行く』『どうぞ、どうぞ』とでも言うかのように、会話を繰り広げていた。
もっともただ一人、黄金聖闘士達の会話に入っていけないのか? アイオリアだけはポツーンと1人で佇んでいる。
恐らくは皆が何でジャミールに行くことで揉めているのか? その理由が解らないのだろう。
大丈夫。
俺も似たようなものだ。
まぁ、俺の場合は黄金聖闘士達が何故にあのような遣り取りをしているのか……それが何となくだが解る。
正直、解りたくはないし、考えたくもないので口を挟むことはしないのだけどね。
……あぁ、しんどい。
速く身体に回った毒、抜けないかなぁ。
床の上に這いつくばった姿勢のままに、俺は目の前で繰り広げられる光景に涙を流したのだった。
――あ、デスマスクとアルデバランが掴み合いを!?