聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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今回はいつも以上にグダグダだった。


45話

 

 

「おめでとう、クライオス」

『おめでとう!』

 

 何時も通りに職場に行くと、扉の先では見知った顔が並んでいた。

 彼等は俺の同僚である白銀聖闘士たちだ。

 

 仲間である筈の俺が見ても引くくらいに、彼等は一様に笑顔を浮かべている。

 まぁ、魔鈴とシャイナは仮面装備なので判らないが。

 

「どうしたんだ、皆? 急におめでとうって」

 

 訳も分からずに問いかける俺に、皆は笑顔を湛えたままに答えをくれる。

 

「なにって、忘れたのか?」

「今日はお前が聖域に来て4年目じゃないか」

「そうだ。記念日だよ」

「お祝いしないと」

 

 口々に言ってくるその言葉に、

 あぁ、12歳になったのか――と思う反面、

 お前ら揃いも揃って反応がキモい――とも思ってしまう。

 

「俺達皆で話し合ったんだ」

「プレゼントは何が良いかをな」

「満場一致で決まったんだぜ!」

「クライオスへのプレゼントはコレだ」

 

 ニコニコ笑顔の面々に口元を引くつかせて居ると、連中の背後に巨大なフリップが登場する。書かれているのはこうだ。

 

「『白銀聖闘士全員がまじめになります』――って、何だコレは?」

 

 馬鹿馬鹿しいことだが、確かに今の俺が一番欲しいものといえばコレかもしれない。だが普通に考えて無理だろ、コレは。

 

「大丈夫、大丈夫!」

「何とか成るよ」

「俺達からのプレゼントだ」

「受け取ってくれ!」

 

 次々に出てくる楽観的な意見と言葉の数々。

 俺はそれに呆れながら、一つの言葉を口にしたのだった――

 

「――あぁ、夢か」

 

 と。

 

 

 ※

 

 

 今朝の目覚めは最悪だった。

 あんな碌でもない夢を見るとは……。どうやら俺自身、かなり気持ち的に参ってしまっているようだ。

 

 だが、そんな気持ちになるのも許して欲しい。

 

「――兎に角、御願いしますよ!」

「……はい。解りました」

 

 ヒステリーを起こしたように声を荒げていた文官に曖昧な表情で返事をした俺は、当の相手が部屋から出て行った後で『はぁ……』と大きな溜め息を吐いた。

 

「今日だけで6件目ですか。困ったものですね」

 

 横に控えていたオルフェも流石に疲れたのか、端正な顔を顰めている。

 理由は一応は俺の配下? ということに成っている白銀聖闘士達である。

 次々と送り込まれる苦情の山。

 俺はその数とレベルの低さに苛立ちを感じていた。

 

 『後片付けをしない』、『周囲に迷惑をかけても知らん顔』、『高圧的』、『自分勝手』――と、まぁ、言ってしまえば性格が悪いということだ。

 

 コレは当然全ての白銀聖闘士に言えるわけではないが、しかし半数の白銀聖闘士が該当する問題である。

 いや、俺自身もまさかこんな下らない苦情が入ってくるとは思いもよらなかったよ。

 

「……いっそのこと、あいつら全員黄金聖闘士主催の人格矯正プログラムに放り込んでやろうか?」

「効果は有りそうですが、果たして生き残れる者が居るかどうか」

「気合いを入れれば、結構何とか成るんじゃないか?」

「なりませんよ」

「む…………」

 

 良い案だと思ったのだが、どうやらオルフェ的には無茶な提案に思えたらしい。そうなると他の案を考えなくてはならないのだが、社会勉強の機会でも設けるか?

 しかしその為の講義をしたとしても、連中が素直に聞くとは思えない。

 

 全員を叩き潰して無理矢理に矯正する――ってのは、正直趣味じゃないからな……。

 

「彼等にアテナの聖闘士としての自覚を持って貰うのが一番だと思いますが……」

「自覚か……ソレはコッチが言ったからってどうにか成るものじゃないからな。いっその事、アテナ本人が威厳バッチリな所を見せてくれば変わるかもしれないが、恐らくは無理だろうからな」

「そうですね。白銀聖闘士の意識改革のためにアテナに拝謁を――などと、教皇は御許しにはならないでしょう」

 

 困ったように、眉間に皺を寄せながら返答をしてくるオルフェ。

 もっとも、その内容は俺が思っていることとはチョットだけ違う。オルフェは教皇の間よりも更に奥に在るアテナ神殿に女神が居ると思っているのだろうが、今現在のアテナ神殿はもぬけの殻だ。

 

 数年前にアイオロスがアテナをサガから救出し、偶々その場に居たらしいグラード財団のボスである城戸光政に託してから聖域にはアテナの不在が続いているのである。

 

 だから仮に教皇に今のような提案をしたとしても、それが採用されることはないだろう。いっその事替え玉作戦も有りかもしれないが、流石にアテナの代わりに成れそうな人間などそうは居ないはずだ。

 探すにしてもそれなりの労力が必要で――――って、ヤメヤメ。

 

 なんだか変なフラグを作りそうだから、この考察は此処で終了だ。

 まぁ、アテナに気合を入れて貰うのは無理として、それ以外の方法となると……

 

「……待てよ」

 

 ふと思う。

 無理に自覚を持たせることは出来ないが、違う方向から考え方を変えさせることは出来るのではないだろうか?

 つまり、連中の自尊心を刺激する方向に持っていけば自ずとそういった行動を取るように成るのではないだろうか?

 

「行けるかもしれないな」

「クライオス、悪い顔に成ってますよ」

「失礼な。コレは悪い顔じゃなくて、何かを企んでる顔だよ」

 

 ※

 

 

「皆さん、本日は良く集まってくれました」

 

 日が昇り始めて間もない頃。

 俺は、完全武装の白銀聖闘士達を前に笑顔を向けながら挨拶をしていた。

 もっとも俺の笑顔とは対照的に、連中は揃いも揃って不満そうな顔をしている。……朝早いからか? いやいや、早起き程度のことは修行時代で慣れてるだろうから、コレは単純な反発心だろう。

 

「――急遽集合をかけて任務にあたると聞いてきたのだが、一体俺達に何をさせるつもりなのだ?」

 

 ニコニコっと笑みを浮かべていた此方に向かって、眉間に皺を寄せた状態のアルゴルが問いかけてくる。

 そうカリカリするな。カルシウム足りてないのか?

 

「まぁ、動ける白銀聖闘士全員に強制参加をさせての任務だからな。皆が不安を感じるのも仕方が無い。本当は前もって任務内容を知らせようとも思ったんだが……その場合、逃げ出す奴が居るかもしれないと思ったんでな」

「逃げる……だと?」

 

 っと、不用意な発言だったか?

 『逃げ出す』といった言葉に、皆が怒りに似た感情を顔に出してきた。

 まぁ、そうだな。

 コイツラは元々、聖闘士に成るために自ら地獄のような修行に見を投じた連中だ。そして困ったことに才能があり、上手い具合に正式な聖闘士に成ってしまった男達である。

 そんな連中が、『逃げ出すだろ?』みたいな言われ方をして普通で居られるわけもない。

 

「俺達を馬鹿にしないでもらおうか、クライオス」

「そうだ。我々は聖闘士と成った時から、既にこの生命を女神アテナに捧げている。例えどの様な困難な任務であろうとも、逃げ出すことなどは有り得ない!」

 

 口々に出てくる聖闘士としてプライドからくる言葉の数々。

 連中が本当に困難な任務――例えば命の危機に直面しても同じことを言えるかどうかは兎も角として……まぁ、今の状況でこんな反応を返してくるのは解っていた。

 

 だから

 

「そうか? いやぁ、それなら良かった。正直断られたらどうしようかと思ってたんだよ。それじゃ、全員参加ということで良いかな?」

『当たり前だ!』

 

 異口同音で返事をしてくる白銀聖闘士たちに、俺はニンマリと笑顔を浮かべた。

 うんうん。皆、自分の言葉には責任を持てよ?

 

「それじゃオルフェ、皆に例の物を渡してくれ」

「解りました」

 

 頷いて、オルフェは順番に手に持っていた物を皆に配っていく。

それは半透明のビニール袋である。

 次々に渡されていくビニール袋。渡される方は意味が解らず、困惑の表情を浮かべたままにただ渡された袋を眺めている。

 

「……コレは何だね、クライオス?」

 

 と、ヒクヒクと顔面の筋肉を動かしながらミスティが尋ねて来た。

 何って? そりゃアレだよ。

 

「それは、今回の任務で使う最重要アイテムだ。奮発して70Lの大きいやつを用意させたんだよ」

「大きさのことはどうでも良い。最重要アイテム? コレがか?」

「おい、俺達に何をさせるつもりなんだよ」

 

 流石にアルゴル達だけではなく、ギリシア組であるシリウス達も疑問を呈した顔に成っている。ま、それほど勿体ぶる内容ではないし、教えて差し上げよう。

 

「えー、今日の任務は……聖域のゴミ拾いです」

『はぁッ!?』

 

 全員揃って声を上げるとは、素晴らしい同調率(シンクロ)だな。

 とは言え、コレは冗談でも何でもない。

 

「最近、聖域の至る所にゴミが散乱して清掃が追いつかない――と、関係各所から声が上がっています。本来その手の仕事は雑兵の方々か、若しくは特別に契約をした一般の業者に任せるのですが、如何せんそれでも手が足りないくらいに荒れに荒れているとのことです」

 

 実際、聖域と一括りにいっても冗談ではないくらいに広い。

 十二宮を中心に、奥に行けばアテナ神殿と教皇が星読みをするスターヒル。周囲には候補生達が使う修練場や闘技場が幾つも存在し、更に広くには神話の時代から存在する別の神々の神殿まで有る。

 

 有名所では神話より抹消された太陽神・フォエボスアベルのコロナ神殿とかな。……この世界にも居るのだろうか? コロナの聖闘士とか。

 

 つまり雑兵の方々が千人単位で居たとしても、とてもではないが警備と平行して清掃業務を行えるほど人手はなく、また一般の業者を入れるにしても機密に関わるような奥深くまで入れる訳にはいかないのだ。

 

 となると、どうしても関係者であり手の空いている人間がソレを行うことと成る。まぁ、この今回の場合は俺達白銀聖闘士だな。

 

「今回皆さんには、各自協力して聖域内のゴミ拾いをしてもらいます。女神アテナのお膝元である聖域の美化に務めることが出来るなんて、ラッキーだね俺達は」

 

 俺自身、決してそうは思っていないのだが……それでも笑顔を一杯に浮かべて同意を得るように語りかける。

 当然、皆は俺の言っている言葉が本心ではない事くらい気付いているだろう。しかし彼等は一応は誇り高い白銀聖闘士だ。アテナの名前を出した任務を、おいそれと断ったりは出来ないだろう。

 

「まぁ、因みに1人のノルマはその袋が一杯になる分だから。逆に言えば、それが一杯に成れば仕事を終えても良いってことだけどね」

「……それは本当か?」

「こんなことで嘘なんてつかないよ」

 

 訝しむように表情を顰める面々であったが、俺の言葉に次第に口元を緩めていった。

 

 70L用のビニール袋。

 普通に考えれば、コレを完全に一杯にするのは結構な労力が要る。

 もっとも彼等は聖闘士。

 アホのような高い身体能力を持った超人である。並の人間には大変なことでも、自分達なら造作も無い――と、考えるのだろうな。

 

「はいはい。それじゃ、各自仕事に取り掛かってくれ。終った者は袋を俺かオルフェに提出すること。それじゃあ、散開!」

 

 パンパンと手を叩いて告げると、連中は我先にと駆け出していった。

 こういった所はまだまだ子供のようなのに……聖闘士っていうのは因果な職業だな。人間らしさが希薄になる。

 

 しかし、連中ももう少し頭を働かせるように成ればいいのにな?

 此処は聖域で、基本的には人の出入りなんか殆ど無い場所なんだぞ?

 確かにゴミと呼べるような物も散乱しているだろうが、果たして1人70L分のゴミを集めるだけの物が落ちているかどうか……。

 

 石造りの神殿がメインの建築物だからな、此処は。

 

「――大丈夫でしょうか?」

「大丈夫って? まぁ、連中が短時間でノルマを達成出来ることはないと思うけど」

 

 オルフェの問いかけに対してニコッと笑みを浮かべて返す。

 

 もともと、今回の任務はせっせと働く姿を皆に見せ、白銀聖闘士達の株を上げる事が目的である。

 簡単に終わってしまうような任務内容では人目に触れることも少なくなるため、敢えて時間の掛かりそうな事を選んだのだ。

 それに彼奴等も俺と同じ人間だ。

 褒められれば悪い気はしないだろう。

 

 しかし何だ?

 オルフェの表情を見ると、どうやら俺が言っている内容とは違うことを危惧しているような……

 

「クライオスが何を狙って今回のことを企画したのかは解っています。ですが、果たして彼等が真面目にゴミ拾いをしてくれるでしょうか?」

「それは問題ないんじゃないか? アテナのお膝元を綺麗にしましょうね――といった建前も有るし」

「だと、良いのですが……。何やら嫌な予感がするものですから」

 

 僅かに苦笑を浮べるオルフェ。

 美形はどんな表情でも絵になるな。しかもミスティと違って嫌味じゃないのも好感触だ。もっとも俺はそっちの気は更々無いので、オルフェに対して特別な感情は全く無いのだが。

 

 後でオルフェの恋話があるのかどうかを確認しておくか。

 結構重要な話だからな。

 

 ……一応言っておくがね。

 俺達は俺達で作業中だよ。

 

 他の聖闘士に働かせて、自分は高みの見物なんてチョット違うだろ?

 もっとも、流石にゴミの集まりは悪いけどな。

 

 しかし随分と心配症だな、オルフェは。悪いことではないが、もう少し彼奴等を信じてみても良いんじゃないだろうか。

 俺も結構悩む方だとは思うが、流石に今回みたいな事で問題らしい問題なんて起きるはずが――って、

 

「――なんだ? 小宇宙の高まりが感じられるぞ……」

「クライオス……私は嫌な予感しかしません」

「そ、そんなに心配そうな表情(かお)をするなよ。きっと作業効率を高めるために、小宇宙を高めて身体能力を上げてるだけだろ!」

 

 オルフェの言葉に賛同したくなるが、それを堪えて希望的観測を口にする。

 自分で言っていても心配のほうがズット大きいのだが、しかし俺が慌てふためく訳にも行かないだろう?

 

 ……念のため、ちょっと探りを入れてみるか。

 

 えぇっと、小宇宙を高めているのはミスティとアルゴルと――

 

 ――ドォオオオオン!!!

 

 突如鳴り響く爆発音。

 探りを入れている最中に、まさかの爆発であった。

 冗談だろ? と思いながら音の聞こえた方角へと首を向ける。

 

「……ジーザス」

 

 と、視界に映る光景に思わず他所の救世主(メシア)の名前を口にしてしまう。

 

 アレはアレス神殿の方角だろうか?

 モクモクといった土煙が、此処からでも解るくらいに湧き上がっている。

 

 いきなりか? いきなりなのか?

 思わず首を左右に振って、俺は疲れた表情を浮かべながらオルフェに視線を向け

 

「…………正直なところ。敵対勢力が攻めてきた――って方が有り難いんだけどな」

 

 と、そう呟いていた。

 

 

 

 ※

 

 

 疲れた表情を浮かべながら、尚もドッカンドッカンと騒がしく爆発音の響く現地に到着してみると……

 

「デットエンドフライ!」

「フォーティアルフィフトゥラ!」

「ミリオンゴーストアタック!」

 

 と、

 

「マーブルトリパー!」

「舐めるな! ラスアルグールゴルゴニオ!」

「カカカカカ! 見ろ漆黒の恐怖を! ブラックウイングシャフト!」

「ハッ! 全て撃ち落としてやる! ファントムアロー!」

 

 や、

 

「受けてみろ!地獄の鉄球鎖!」

「そんな物! 俺の円盤(ソーサー)でッ!」

 

 とか、

 

「ぬぐぉおおおお!!」

「ぐぬぬぬぬぬぬ!!」

 

 なんて力勝負をしてる奴等まで要る。

 …………本当に何をやってるんだ彼奴等は?

 戦の神の神殿に来てテンションが上ったのか? それとも俺の伝えた任務内容が理解出来なかったのか?

 何故、いきなりこんな展開に成っているんだ?

 

 目の前では何人もの馬鹿が自前の技をガンガン撃ち放って、神殿の破壊工作を行っている。……まぁ、正確には同士討ち? をしているのだが。

 その為に二次被害として神殿の建築物に破損が広がっているのだ。

 

「……これは、何をしているんだあのバカ共は?」

「…………」

 

 思わずヒクヒクと顔面が動き、吐き出す声が掠れてしまう。

 俺だけではなく、オルフェもこの光景には驚いたようで言葉が出ないようだ。

 

 ふと見ると、この騒ぎに参加していない人間が一人居る。

 巨犬座(カニスマヨル)のシリウスだった。

 

「――シリウス、どういうことだコレは?」

 

 シリウスが悪いわけではないのだろうが、どうしても口調がキツくなってしまう。しかし、シリウスもそうなってしまう俺の気持ちを汲んでくれたのか特に気にした風でもなく返事をしてくれた。

 

「いや、それが俺にも良く解らなくてな」

「現場に居たのに解らない?」

「あぁ。最初は普通にゴミを拾うつもりだったんだが、突然皆が些細な事を諍いを始めたんだ」

「些細なって……『それは俺のゴミだ』とか?」

「いや……もっとクダラナイ理由だ。『お前の影が俺の脚に掛かった』とか、『お前の声が癇に障る』とかな」

「…………は?」

 

 絶句してしまう。本気で言ってるのか?

 コイツラ、一体何処の思春期のガキだよ。

 いや、まぁ、年齢的には十分に思春期なんだろうが。

 揉め始めた理由がどうしようもなく下らないぞ?

 

「そう言えば、シリウスはどうしてあそこに加わってないんだ?」

「どうしてって……余りにもくだらな過ぎるだろ? ――――まぁ、俺も良く解ってないんだけどな」

「解ってないって?」

 

 そりゃ、思春期特有にキレやすさは、普通に見てる分には理解不能だろ?

 え、そうじゃない?

 

「最初は、皆が揃ってゴミ拾いをしていたんだよ。まぁ、ゴミを探す方が大変だったから、時間が掛かりそうだと言っていたが、それでも真面目にやっていた。……だが、俺が席を外して用足しから帰ってきたら既にこんな有り様でな」

「席を外したら?」

「あぁ」

「…………」

 

 色々と、例えばシリウスが何処で用足しをしてきたのか気にはなるが、しかし何だそれは? 嫌な予感しかしないぞ。

 一応は周囲を探ってみるが、怪しい雰囲気は何処にも感じない。

 

 敵が居る訳ではないのだろうか。

 しかしそうなると、俺に見つけられないくらいに隠密性を持った奴が居るってことか?

 ……単純に、連中が思春期だって方が可能性が高そうなんだが。

 

 兎に角、一度連中を黙らせよう。

 

「オルフェ、向こうの3分の1を鎮めてくれ。俺は残りの3分の2を沈めるから」

「解りました。穏便にですか?」

「出来るだけ、な」

「できるだけ……ですね」

 

 オルフェは柔らかく頷くと、琴を取り出して曲を奏ではじめた。

 高ぶった相手を鎮めるのに、オルフェの技は本当に適していると思うよ。

 小宇宙を伴ったオルフェの曲は、聞く者の心に作用する。

 聴覚を完全に破壊でもしないかぎり、防ぐことは難しいだろう。

 

 さて、俺も残りの連中を沈めなくちゃな。

 

「――――なッ!? ク、クライオス、お前……その小宇宙」

「下がっていた方が良いぞシリウス。巻き込まれたく無ければな」

 

 内側から湧き上がる小宇宙を更に高め、それらを技に変換する準備をしていく。流石に物理的に叩きのめすのは問題だろうが、ならば精神的に叩きのめすしか方法はない。

 

 シャカならば上手い具合に出来るのかもしれないが、俺には其処まで器用なことは出来そうにないな。

 

「オルフェ!」

「はい」

 

 合図を送り、俺はオルフェと同時に連中に向かって技を放った。

 

「天空覇邪……魑魅魍魎ッ!」

「ストリンガーノクターン!」

 

 次の瞬間、白銀聖闘士の3分の1にはオルフェの放つストリンガーノクターンによる衝撃波が、そして他の白銀聖闘士達には俺の創りだした魑魅魍魎の幻術が襲いかかるのであった。

 

 

 ※

 

 ミスティ――

 

 

「反省したか、お前ら?」

 

 怖い。

 今の私は恐怖という感情に支配されている。

 辛いといった感情も、痛みといった感覚さえも経験したことがない怖いもの知らずな私だったが……それも今では意味のない言葉に成ってしまった。

 つい先程に私は痛みを知り、恐怖を感じ、そして今のこの状況を心底辛いと感じてしまっているからだ。

 

 我々白銀聖闘士の面々は、現在総括であるクライオスの目の前で正座と呼ばれる東洋の島国で行われる姿勢を取らされていた。

 地面の上に膝を折った状態で座り込む。

 自身の体重がギシギシと膝に掛かり、ジンジンといった痺れが脚全体を襲う。

 何とも酷い拷問だ、コレは。

 

 仁王立ちしたようなクライオスは、我々を見下ろすように視線を向ける。

 

「今回、こんな冗談みたいな任務を与えたのはな、偏に白銀聖闘士の地位向上を狙っての事だったんだよ。色んな所からクレームが多いからな、お前達は」

 

 クレーム?

 そんな些事を気にしてクライオスは私たちに任務を与えたというのか?

 ……随分とつまらないこと気にする男だな。

 

「――つまらない事じゃないんだよ、ミスティ」

 

 ――ッ!? 突然に身を乗り出すように顔を近づけてくるクライオス。

 口に出したか? い、いや、私は何も口にしては居ない。

 読まれたのか? まさか。

 

「良いか。人間が人間らしい生活を送るには何が必要か? ソレは社会だ。社会と言うのは人間が寄り集まってより高度な生活環境を整える物を言う。では、その社会を構成する一要素でありながら、もっとも重要とも言えるくらいに大切な物は何か? それが解るか? ――――金だよ!」

 

 か、金?

 随分と俗な――

 

「俗物的でも何でも、金は必要なんだよ! お前達が食べてる食事にしても、生活環境にしても、何もない所から出てくるわけじゃないんだ。聖域に対して行われている各国からの資金提供、それを教皇や文官連中が分配して予算を組み、その中でやりくりをしているんだよ」

 

 資金……金……知らなかった。

 私達の知らない所でそんな話が在ったのか?

 だ、だが確かに。私が今朝起き抜けに口にしたカフェオレは、一体何処で仕入れたのか?

 

「詰まりだ。このまま良くない評判が広がると来年以降の白銀聖闘士への予算が大幅にカット――なんて可能性もあるんだよ。そうしたらどうするつもりだ? お前達は山に篭って獣を追いかけ、海に潜って魚を捕る――そんな生活でもやっていけるのか?」

 

 出来――いや、無理だ。

 出来ないとは言わないが、したくはない!

 

「はい其処ー! 出来るって言った奴は、試しに一週間ほど無人島での生活を送って貰うぞ!」

「ヒィッ!」

 

 馬鹿者が……アレは白鯨星座(ホエール)のモーゼスだな。

 あの怯え様だと、クライオスの幻術で余程の目にあったか……。しかしクライオスの放っている雰囲気をシッカリと感じ取れ。

 アレは『やるといったらやる』、そういう小宇宙を放っているのだぞ。

 

「なぁ、本当に頼むよ。こんなんじゃアテナの聖闘士云々以前の問題だぞ? 良いか、よーく聞けよ?」

 

 大きく溜め息を吐いてから、クライオスはネチネチと説教を始めていった。

 『1日の内にどれだけクレームが来てるか?』とか『人間は社会を構成する歯車の一つだが、お前達は聖域を構成する歯車なんだぞ』とか……まぁ、途中から説教というよりも愚痴のような状態になっていったが。

 

 まぁ、説教なのだろう。

 

 あぁ、しかしそろそろ終わってはくれないだろうか?

 脚が痺れてきて……かなり辛いのだが。

 

 

 ※

 

 

 1時間ほど説教を行い、今度は俺やオルフェの監督の元で作業を行うことにした。何人かの者達は正座で足が痺れてしまったらしく動きが悪かったが……やはり西洋人に正座は難しいようだ。

 俺は正座は修行時代に良くやっていたので然程苦ではないのだが……まぁ、他の連中にもそれを求めるのは酷というものだろう。

 

 次回からは、少し違う方法を考えておこう。

 

 結局のところ、大人しくさせた連中に話を聞いたのだが情報らしい情報は得られなかった。解ったのは急に苛々が募っていった――と、皆が口を揃えてて言って居たことくらいだ。

 

 それだけでは、普通に考えると思春期的な感情のブレにしか感じないのだが。しかし、一応は連中も精神修養的な事は受けているはず。

 早々簡単にキレたりは――って、そうか。

 そもそも落ち着いた行動が取れるような連中だったら、各所からのクレーム等来たりはしないのか。

 

 ……うーん、何だかアスガルド同じような雰囲気があるんだがな。

 しかし悪い方に考えれば幾らでも可能性は出てくるんだが、それを裏付ける証拠がない。確定できない理由に怯えても仕方が無い、か。

 

 今度は連中に土木作業をさせて、壊した神殿の修復作業に当たらせるか。

 ミスティの奴も、額に汗して働く事を少しは覚えたほうが良いだろうからな。

 

 土木作業――地ならし――街への発展?

 

 おぉ、ちょっと面白いかもしれないな。

 後で教皇に、聖域内に新しい街を創る事を提案してみるか。

 聖域の持っている権力と権威で完全な治外法権の街を作るんだ。

 大都市を創ることは出来ないだろうが、少なくとも周囲の村々に住む者達でコミュニティを作って、それなりの生活水準まで持ち上げるくらいは出来るんじゃないか?

 

 長期的に見れば足元を固めるのは悪いことじゃない。

 教皇の人気にも繋がるだろうから、政権維持を狙っているサガにはプラスになるだろう。

 

 近場にそれなりの市場が出来てくれたほうが、俺としても買い出しが楽になって良いからな。

 ただ、その場合は教皇が俺に監督責任を押し付けたりしないようにしなければならないが、な。

 

 

 

 




次回の目的地は、ジャポンです

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