聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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46話

 

「成る程、それは面白そうだな」

 

 ――とは、教皇の言葉であった。

 周囲の村々を統合して一つの集落、要は街を創る。

 当然だが住民はロドリオ村などの村民がメインに成るわけだが、雑兵の宿舎や運営を行う文官たち。

 場合によっては外から各種の業者達を招き入れることも考える必要があるかもしれない。

 最終的な人口は1万~2万人くらいか?

 

 まぁ、基本的な計画は真面目な文官が担当するだろう。

 俺は発案するだけで後は丸投げである。

 

 仕方がないだろう? 元々、俺は事務能力に特化しているとかではないのだから。

 基本、『餅は餅屋』だ。そういうのは出来る人間に任せれば良いのである。適材適所で、そういった仕事が出来そうな人材くらい教皇の下にも多少は居る筈だろうからな。

 

 逆に、そんな人材は白銀聖闘士(ウチ)には居ないけど。

 

 そういう方面に強い白銀聖闘士とか、実際何処かに居ないものかね?

 まぁ、居ないからこんな愚痴めいた事を考えている訳なんだが。

 いっそのこと自分で作るか。そんな聖闘士を。

 ……うーん、無理だな。俺に白銀聖闘士の育成が出来るとは到底思えない。

 教皇に『そういう人材をください』と、しつこいくらいに打診しておくことにしよう。

 

 しかし、街開発計画に対して教皇は随分と乗り気である。

 もっとも今までは今回のような提案をしてくる人間が居なかったので、今は興味深さが先行しているだけなのかも知れない。

 

 そもそも街を創るというのは、ただ『造るぞ』――と、口にしただけで出来るものではない。

 当たり前だ。

 そんなことが出来るのなら誰だって神様になれる。

 (そこ)に住む人々は周囲の村から引っ張ってくれば良いとしても、その人達の生活を壊さないように配慮する必要もあるだろうし、それに何と言っても金が掛かる。

 

 いや、各国の政府に働きかければ金は何とか成るか?

 聖域と密接な関係が築けますよ――とでも言えば、大抵の国は我先にと手を挙げる気がする。

 

 まぁ、良いや。

 その辺りの面倒な金勘定は別の人間の仕事だ。

 今は取り敢えず――

 

「では教皇、実は提案の他に一つお願いが有りまして」

 

 願わくば、此の願いが聞き届けられますように。

 

 

 ※

 

 

 今現在、俺はある種の奇跡の中で綱渡りをしている最中である。

 俺が街つくりの提案を教皇にした折、一緒に願いでたのは長期の休暇申請であった。そもそも、アスガルドから帰ってきてからの俺は休暇を貰った筈なのに休んだ覚えがない――と言う不可思議な状況に成っていただから。

 

 俺はその辺りを教皇に対して切に訴え、何とか本当の休暇を勝ち取ることが出来たのである。

 ……なんだろうか? 教皇の優しさが少しだけ怖いと感じてしまう。

 俺の存在が今の教皇には貴重だからだろうか? ……大切にされすぎると逆に不信感が湧いてしまう俺は、少々心根が歪んでしまっているのだろうか?

 

 まぁ、いいさ。

 休暇の後で何をやらされることに成っても、それは甘んじて受け入れようじゃないか。面倒な任務でも、本当はやりたくない抹殺任務でも、取り敢えず俺の心が悲鳴を挙げない程度には従事してみせよう。

 

 ――――さて、話を戻すが、そんな休暇を利用して俺が一体何をしているのか?

 と言うと、簡単にいえば魂の里帰りだ。

 ……え? 意味が解らないって?

 

 つまりは日本だよ。

 俺はギリシアから走って、魂の生まれ故郷である日本に行くことにしたのだ。

 しかしその道中に思ったね、良い加減、聖域は文明の利器を使うことを覚えるべきだと。海の上を走るとか、普通に考えてナンセンスだよ。

 

 さて、休暇は1週間貰ったと言っても、丸々日本の滞在期間に当てることは出来ない。移動時間も含めて1週間なのだから。

 余裕を持って行動することを考えれば、日本への滞在期間は長くても2~3日。それ以上はちょっと難しいだろうな。

 

 そのうえ、こうして日本に着いた後に演ることを考えると……結構タイムスケジュールはギリギリな気がする。

 

「はー……本当、余計なこと思いつかなきゃ良かったかな?」

 

 なんて、今回の企みに少しの後悔をしつつ溜め息を吐く。

 今現在、俺が居るのは東京都心部にあるビルの屋上。……まぁ、不法侵入なのだが、建物の中に入らずに屋上に居るのだから、取り敢えずはセーフだと思いたい。

 

 俺は現在、日本で何をしているのか? というと、まぁ、監視だ。

 グラード財団のトップである城戸光政。

 その城戸の爺様が住んでいる御屋敷を眺めているのだ。

 

 そうだ。

 今回の来日は、城戸の爺様と接触することが目的なのである。

 何せ、城戸沙織がアテナとしての使命に目覚めるまで後数年程しか無い。聖域(サンクチュアリ)を含めた各地の修行地の状況を聞くに、星矢達原作組と呼べる者達は城戸の爺様の命令で聖闘士になるべく旅立っていったようである。

 

 ……財界の方でも、聖域に出資している連中は多いからな。

 恐らくはグラード財団でもその繋がりから聖闘士のことを知る機会が在ったのだろう。でなければ、金が有るだけで聖域の事を知ることはかなり難しいからな。流石にアイオロスだって、半死半生の状態でアテナを託しつつ詳しい説明など出来ないだろう。

 

 ――――あぁ、話が逸れるな。

 要は何を言いたいのか? と言うと、期限が迫っているため、余り悠長にはしていられないってことが一つ。

 他には

 

「――っと、黒塗りのリムジンが来たな」

 

 遠距離から眺めていた城戸邸に動きあり。

 わかり易すぎるくらいに立派なリムジンが、城戸邸の正門前に横付けされた。

 どうやら、城戸の爺様が仕事から帰ってきたようである。

 

 戦闘開始だ。

 

 

 ※

 

 

「ふぅ……」

 

 仕事を終え、自室に帰ってきた儂はゆっくりと息を吐いた。

 血を分けた我が子等を遠い異郷の地へと送り込み、次代の女神である沙織の守護のために聖闘士とする。

 

 『地上の平和を護る』という、あまりにも大きく厄介な難題を、儂は今は亡き黄金聖闘士であるアイオロスから託された。

 今現在はソレを知らず、儂の孫娘として育っている沙織だが。

 いずれはその使命に目覚めて強大な悪と戦わねばならない時が来る。

 

 儂は、そのための準備をしなければならない。

 例え実の子を犠牲にしてでも。

 

「しかし、覚悟をしていても辛いものであるな」

 

 孤児として引き取った我が子達に何も告げず、ただ聖闘士に成るための修行地に100人も放り込んだ。

 アノ日から数ヶ月が経つが、今日も一人、修行に耐え切れずに死んだといった報告が届いたのだ。

 

 コレは、それなりに堪えるものだよ。

 

 アテナのためには、現在の聖域とは関わりの薄い聖闘士が必要になる。

 なぜなら、アテナを殺そうと企んだのはその聖域の首魁である教皇その人なのだからな。

 だが、聖闘士などといった頂上の存在に、普通の精神性を持った人間が成ることが出来るだろうか? ハッキリ言おう、不可能だと。

 

 だからこそ、儂は自身の子供たちに可能な限り冷たい態度をとり続けた。

 愛情を与えず、一定のランクよりも下に扱うことで、子供たちの反骨精神を養おうと考えたのだ。

 何とも馬鹿馬鹿しく冗談のような方法だと、自分で自分を笑いたく成る。

 しかし外から人を呼ぶと言った方法では、その人物を信用し切ることなど不可能だろう。

 

 だからこそ、儂は聖闘士となる可能性を持った子供たちを育成することにしたのだ。……まぁ、所詮はこんな言葉など、只の自己弁護にすぎないのだろうがな。

 

 儂は座っていた椅子に体重を深くかけると、再度溜め息を吐いた。

 

「……全く、情けないものだな」

「――そうでもないですよ」

「!?ッ」

 

 なんだ! 誰だ!

 突然の声に表情が崩れる。力なく項垂れていた身体に力を込めて、儂は声の発生源を追って視線を走らせた。

 

 其処には子供が居た。

 儂以外の人間が居ないことを確認していた筈なのに。ドアが開いた形跡も、窓を開いた形跡もないのに、その少年は其処に居たのだ。

 クセの為か跳ねるように伸びる萱草色の長い髪、タンクトップのシャツと綿のズボン(ジーパン)などといった普通すぎる格好をした子供だが――

 

 幾らなんでも、素人の感覚しか持たない儂でも解る。

 その少年が普通では無いことが。

 

「貴方は財力を持っているとはいえ、それでも非常に上手く立ち回って事を成そうとしている。正直、同じ立場に成ってたとしても真似出来そうにない。結構、情に流されやすいのでね、俺は。

 始めまして、城戸光政。俺はクライオスと言います。……ギリシアから来た――と言えば、この状況も合わせて俺がどんな存在なのか分りますよね?」

 

 ニコッと笑みを浮かべた年端もいかない少年は、しかしその笑顔が子供の浮べるソレではないことが儂には直ぐに解った。

 年齢不相応、子供の浮べる類の顔ではない。

 萱草色の髪に隠れて完全に把握することのできない表情だが、それでもそのことだけは良く解ってしまう。

 

 つまりは

 

「……終わってしまった、ということか」

 

 長年かけて考えぬいた事が、地上の平和のためだと己を殺してでもやり通そうとしたこと全てが。

 ただ一言、少年の一言で儂は身体中から力が抜けてしまうのを感じた。

 

 ……感じたのだが

 

「あの、何か勘違いしているようですから先に言いますがね、俺は何もアテナを殺そうとか、攫いに来たとかではないですよ? ……まぁ、教皇に此のことが知れれば確実にそうするでしょうが」

「沙織を殺しに来たのではない……? しかし、お前は聖闘士なのだろう? 教皇の、悪に染まった男の側についた」

「あぁ、まぁ、一応はそうなんですがね」

 

 此方の問に困ったように表情を顰めた少年は、自身の頭を掻くようにしながら考える素振りを見せた。

 ……歳相応の行動ではないな。

 それは、もう少し人生を経験した人間が取るしぐさだ。

 

 とは言え、少年は先ず間違いなく聖闘士という規格外の存在なのだろう。

 ソレを考えるのなら、年齢不相応のしぐさも納得がいってしまう。

 

「俺はアテナの聖闘士ですから。悪に染まってアテナを殺害しようなんて気は更々無いですよ。そもそも、俺が教皇の側に居るのも、今現在の状況では地上の平和を護る最善の方法がソレだったに過ぎないのでね」

「女神を守護し、補佐すべき教皇が己の私利私欲のために走っているのだぞ? ならば、ソレを正すのが正しい行いなのではないのか?」

 

 逆に、考える頭が有るのであれば『何故?』と疑問に思うべきだ。

 教皇の行いは、地上に混乱を引き起こすものでしか無い。

 ソレに加担するということが、どれほどに愚かで危険な行いなのかを。

 

 ほんの短い時間しか接することはなかったが、アイオロスは私欲を持たない素晴らしい好人物であった。

 本来聖闘士とは、そういった存在であるべきではないのか?

 

 しかし、その少年の反応は儂に対して呆れたような表情を浮かべたものであった。

 

「私利私欲に走って何が悪いのです? ソレを持たない存在(モノ)など、神も含めてこの世に居はしませんよ。貴方が自分を押し殺して様々な決断をしようとしたのも、突き詰めてしまえば『地上の平和を護りたい』といった自己の欲求に沿った行動じゃないですか?

 だいたい、ソレを持たないということは、何も考えずに無我で過ごすことに他ならない。そんなのは最早生きているとは言わないでしょ?」

 

 現実だ。

 確かに少年の言っていることは、現実に即したモノだ。

 儂とて、何も綺麗事だけでグラード財団という組織を作り上げたわけではない。当然、法に触れない範囲ではあるが、そのギリギリを動くような事をしながら財団運営を行ってきていた。

 

 だが、だがしかし。

 人を超えた存在が神なのだろう? その神に仕える者が聖闘士なのだろう?

 

「人を超えた能力を有している者が聖闘士ですが、アテナや俺達も含めて人なのですよ。……まぁ、神々の場合は容れ物として人間の体を使っているだけで、中身は違ったりするんですがね」

 

 苦笑を浮かべながら少年は「だからこそ、人間らしい俗物的な考え方もするのかもしれません」と続けた。

 

「そもそも、此の世の全ては諸行無常。流れ流され移りゆくモノであり、不変のモノなど存在し得ない。物事の性質等はその最たるものです。

 一方の立場では悪と呼べる事柄も、違う立場とも成れば正義と成りえるでしょう。

 ――――それこそ教皇が完全なる悪だというのなら、今頃世界は遥かに混沌とした世の中に成っていますよ」

「それは……いや、しかし」

「とは言え、俺はね、城戸光政(おう)。いずれ来るであろう聖戦に向けて、この状況はアテナへの試練であると考えています」

「聖戦? ……やはり、未来はこのままという訳には」

「いかないでしょうね。そもそも、何事も無く平和な未来が約束されているのであれば、アテナの化身が地上に降臨することなど無いでしょうから」

 

 言葉を無くす、とはこの事か。

 言い負かされたつもりはないが、しかし少なくとも自分よりも違う分野とは言え人を超えた能力を有する者の言葉は、反論することが出来ない何かを持って儂の心に届いていた。

 

「俺はね、今現在の世界を護るためには現在の教皇の力が不可欠だと思っていますが、聖戦が始まってしまえばアテナの力無くして地上を護ることなど不可能だとも思っています。――なので、手を組みませんか?」

「手を組む、じゃと?」

「えぇ。貴方はアイオロスに託されたアテナが、何れ使命に目覚めて地上の平和を護る女神として働くことを願っている。そうでしょう?」

 

 そのとおりだ。

 偶然であったが、アイオロスから黄金聖衣と共に託された沙織を儂は女神として相応しい人物と成るように育てようと考えている。

 今はお転婆が過ぎるが、ソレさえもいずれ人とは違う生涯を送らねばならないあの子への、せめてもの思い出としているにすぎないのだ。

 

「俺自身、最終的には同じ目的で動いています。誰だって平和が大好きですからね。だが、今直ぐに教皇を打倒したとしてもアテナの力に目覚めていない城戸沙織では、世界の平和を維持することなど到底出来るわけがない」

「だからこその、試練か……」

「そうです」

 

 この少年の言葉は正しいのかもしれない。

 儂は、ただ漠然と女神を匿っておけば『世界に蔓延る悪』を一掃できると思っていたのかも知れない。だが沙織がアテナであったとしても、人としてこの世に居ることもまた事実。

 日々成長をしていくアノ子が、何事も無くアテナとしての力と責務に目覚めるだのと何故考えられるのか?

 

「俺は聖域の情報と今後の動きを貴方に伝え、貴方はソレを元にアテナのための下準備を行っていく。……まぁ、時折俺からお願いしたいことが出来るかもしれませんが、その時はまたその時で」

 

 受けよう。

 この少年の提案を。

 沙織を――アテナを正しく育てるのは当然だが。

 しかし、より良い環境を作るためには聖域の情報は必要不可欠。

 この少年のことを今の儂では信じきることは出来ないが、しかしその為の信用を別の者に立てて貰えば良い。

 

「一つだけ、条件がある」

「条件? …………なんです?」

「娘に、沙織と会ってはくれんだろうか?」

「――――え?」

 

 そう、最大の信用。

 詰まりはアテナである沙織が信じるかどうかだ。

 

 

 ※

 

 

 

 ヤッバイ! 凄くもうヤッバイ!

 脳内に浮かぶ言葉が乱れてしまうくらいにヤバイ。

 

 色々と調子に乗りすぎたからだろうか?

 俺は城戸光政の先導の元、城戸沙織の部屋へと向かうことに成ってしまった。

 有り得ない。なんだってこんな事に。

 

 ……いや、まぁ、可能性としては在っただろうさ。

 しかし今のアテナに会ったとしても、どうしようもないだろう?

 グラード財団の経営に関わっている訳でもなく、好き放題に生きている漫画の中のような典型的な御嬢様。

 まぁ、元々は漫画の中の人間みたいなものだが。

 

 とは言え、俺としては未来の聖域のために、前もってアテナの影響力を強めておこう――といった考えで行動したのだが、それは城戸光政の仕事であって城戸沙織には関係のない話であったのだ。

 

 今の城戸沙織って、我が侭娘のままだよな? 

 俺と出会った瞬間に、アテナとして覚醒するとかのファンタジーはないよな?

 

 あー、いや、聖闘士(おれ)という存在自体がファンタジーと言うのは放っておくとしてさ。

 

「此処だ」

 

 顔には1mmたりとも表に出さず、しかし頭の中ではグルグルと葛藤を続けているとアッという間にアテナの私室へと着いてしまう。

 そりゃな。

 いくらデカイ屋敷とはいえ、家の中を何十分も歩くとかはないよ。

 

 俺は此方を伺うように見つめてくる城戸光政に頷く。

 

「沙織、儂だ。入るぞ」

 

 短い言葉の後、城戸光政はユックリと扉を開けて中へと入る。

 俺はそれに続くようにして影に隠れながら中の様子を確認した。

 

 部屋の中には少女が一人と執事服のタコ坊主が一人――って、アレは辰巳か?

 子供の頃の星矢をボコボコにしたって言う。

 いやぁ、あの顔は執事じゃなくてヤクザって言った方が通りそうだわ。

 

「お爺様? 突然どうされたのですか?」

 

 急な訪問をしてきた城戸光政に対して、城戸沙織は小首を傾げるようにしている。

 うーん。地毛でオレンジ系統の髪の毛生やしてる俺が言うのもなんだが、紫の髪の毛って地毛で映えるのも凄いな。

 

「休んでいる所を済まなかった。実は取引先の子供が来ていてな。お前と同じ年代の子供だろうから話も合うのではないかと思って連れてきたのだ」

 

 止めろよ、何だよその紹介の仕方は。

 城戸沙織の奴が、折角隠れるようにしている俺を探そうとし始めたじゃないか。

 

「クライオス君」

 

 ジッと見るようにしながら、暗に『早く挨拶をしろ』といった意味を込めて来る城戸光政。

 いや、此処まで来ておいて何だけどさ。アンタにとっては可愛い孫でも、俺からすれば未知の『良く解らない存在』との邂逅なんだぞ?

 

 そもそもの時系列的にも、良く解らない不思議な現象を起こす奴だし。

 ……今もって解らないんだが、スニオン岬の岩牢に閉じ込められていたカノンに暖かな小宇宙を送っていたのはアテナ何だよな?

 本当に今の城戸沙織は女神として目覚めてないのか?

 

 クソ! 判断が付かない。

 少なくとも自分の宿命やら運命やらに関しては理解していない、か?

 

 俺は未だに考えが纏まっていないが、取り敢えず城戸沙織に挨拶をすることにした。

 

「――初めまして、クライオスです。ヨーロッパから来ました」

 

 軽く会釈をしながら挨拶をする。

 取り敢えず嘘は言っていない。聖域は場所的にはヨーロッパになる。

 もっとも、EU――いや、今はECか、そういった外の枠組みとは隔絶されたものであり、バチカンさえ手が出せない場所だがな。

 

「初めまして、クライオスさん。ヨーロッパからとは、随分と遠くから来られたのですね?」

「えぇ、まぁ。少しばかり疲れましたが、こうして美しいレディに御会いできて、その疲れも一気に消え失せましたよ」

「まぁ、お上手ですのね」

 

 柔らかい微笑みを浮かべながら、俺は歯の浮くような奇妙な台詞を口にする。

 いや、自分で言っておいて何だけど、何を口走っているんだろうね、俺は。

 

 あぁ、しかしイメージとは違うな。

 俺の中ではどうしても『馬になりなさい』と言っていたイメージが先行してるからか、少し面食らってしまう。

 爺様の前だからというのも有るだろうが、少しは御嬢様としての自覚が出てきているのだろうか?

 

「辰巳」

「畏まりました、御嬢様」

 

 城戸沙織がただ名前を呼ぶと、護衛役の辰巳が椅子を一つ引いてくる。

 俺は促されるままに着席をすると、向かい合うように女神との対面が始まったのだった。

 

「こうして御爺様が誰かを紹介するのは初めてのことです。私、少しだけ緊張しているのかもしれませんね」

「初めて? 失礼ですが、グラード財団ほどの大企業でしたら他所の企業の子女等との付き合いもあるのでは?」

「えぇ。確かにそのような方々との一定の付き合いは有りますが、こうしてプライベートで紹介を受けるのは初めてなのです。どうやらクライオスさんは、少々特別な人のようですわね」

 

 特別、ね。

 まぁ、特別といえば特別だろう。

 城戸光政からすれば、もしかしたら俺の扱い一つで世界の命運を分けるかも――なんて考えだってしてるだろうからな。

 

「――確かに特別なのかもしれません。今後も年に何度かは、こうして御邪魔する時が有るかもしれませんからね」

「そうなのですか?」

「城戸光政翁には今後色々と御世話になることが多くなりそうなので」

 

 チラッと視線を城戸光政に向けると、爺さんはムスッとした表情を此方に向けてくる。

 ソレに対して俺はニコニコ笑顔で応対するが、ムスッとしたいのは寧ろ俺の方である。

 

 ――っと、俺の目の前に辰巳が紅茶を持ってくる。

 顔に似合わず結構ちゃんとした動きをする奴だ。

 どれ味の方は…………うん、まぁまぁだな。

 

 アフロディーテと比べるのがそもそも可怪しいのだが、コレなら多分俺のほうが良い味を引き出せる気がする。

 

「お気に召しませんでしたか?」

「……え?」

 

 今、アテナはなんて言ったんだ?

 お気に召しましたか? と言ったんだよな?

 思わず視線を城戸沙織へと向けるが、視線の先では苦笑を浮かべた娘が居る。

 

「いえ、少し考えるような雰囲気を感じたものですから。もしかしたらお気に召さなかったのではないか? と思いました」

「そんな雰囲気が出てましたか?」

「なんとなく、ですが」

 

 こぇーーーッ!!

 なにコレッ! アテナって怖いよ!?

 俺はアレだよ? 普通の人間じゃないんだよ?

 黄金聖闘士である乙女座のシャカの元で修行をした白銀聖闘士で、普通の人間みたいに感情を表に出さないように訓練をしているんだよ?

 なのに、何を俺の内面を読み取っているんだよッ!

 

 ――――駄目だわコレは。

 もう少し気合を入れて、確りと心を閉ざさないと。

 

「もしそう思われたのなら、申し訳有りませんでした。知り合いに紅茶を煎れるのが上手い人が居まして。……つい」

「まぁ、そうでしたの? いつか、機会があれば口にしてみたいものですね」

「きっと、そういった機会も訪れる時が来るでしょう」

 

 これで大丈夫、だろうか?

 今の俺は完全防御態勢。

 たとえ師匠であるシャカでも、早々は覗き込めないほどに心を閉ざしている。

 

 別に悪巧みをするつもりはないのだが、基本的に俺は教皇側の人間なのだ。

 まぁ、将来的には女神派に鞍替えするつもりでは有るが、それも星矢達の成長がある程度の目処が立ってからのこと。

 ソレまでは上手い具合に立ち回り、俺はアテナ側の聖闘士達を鍛えつつ教皇側の聖闘士の被害を抑えるという目標が有る。

 

 俺という人間の内面が透けてしまっては、もしかしたらアテナ側の人間に緩みが出来る可能性だってあるだろう。

 まぁ、面倒なことをしようとすれば、その分だけ割りを食うようになるのは至極当然。

 世界のシステムと言うやつだ。

 

「――そう言えば沙織さん、この部屋にはピアノが有りますね。弾かれるのですか?」

「えぇ、小さな頃から習っていますから。軽くですけれど」

「ソレは凄い。俺の知り合いには竪琴を弾く奴が居るんですけど、ソイツが言うには集中していると時折に『自分じゃない誰か』に成ったような感覚になる時があるそうで……。沙織さんは、そういった経験はありますか?」

「自分じゃない、自分ですか? ……ごめんなさい。私は演奏中にそのような感覚に成ったことは有りません」

 

 首を左右に振って返事をしてくるアテナ。

 ……本当だとしたら、覚醒などしていないということになる、が。

 とは言え無意識で何かをしている可能性もあるからな。

 この世界の力を持った奴ってのは、そういう意味で厄介だよ。

 

「では、今度此方に来るときは琴を弾く友人と一緒に来ることにしますよ」

「まぁ、それは楽しみです。ですが、クライオスさんは楽器の演奏はされないので?」

「俺は聞くばかりで、楽器を手にしたことがないのです」

 

 何を言うかと思えば、である。

 まぁ、俺は楽器を覚えている暇なんて無いような幼少時代を過ごしていたからな。

 楽器をそのまま武器に使えるオルフェのようには行かないさ。

 

 と、苦笑を浮かべていると目の前のアテナが随分とイキイキとした表情になって……

 

 …………あ、嫌な予感がする。

 

「そういうことでしたら、少し弾いてみてはいかがでしょうか?」

「えっと、弾く?」

「えぇ。此処に有るピアノを」

「御冗談――――ではなさそうですね、その表情からすると」

「えぇ――――辰巳」

「はい、御嬢様」

「クライオスさんをピアノへと御案内して」

「畏まりました、御嬢様」

 

 アテナの言葉に恭しく頭を垂れた海坊主(たつみ)は、そのまま俺の背後に回り込むとグイッと意図も簡単に俺の体を持ち上げてしまう。

 まぁ、聖闘士とはいえ体重が重くなるわけじゃないからな。

 そりゃ普通にしてれば一般人に力負けすることも有るさ。

 

「城戸光政さん?」

 

 と、俺は一応の助けを求めてこの場所で一番偉いはずの爺様に視線を向ける。

 しかし件の爺様。なにが嬉しいのか辰巳に担ぎあげられている俺をみて涙を浮かべているじゃないか。

 

 おいおい、今のこの状況のいったい何処に涙を流す要素があったのか?

 

「――それではクライオスさん。私が貴方の講師になって、ピアノの弾き方を教えてあげます」

「決定事項ですか?」

「決定事項です」

 

 ……何だかな。

 俺の周りにはなんだってこんなにも押しの強い奴らばかりが現れるのだろうか?

 前世ではネコ踏んじゃったくらいしか弾いたこと無いってのに。

 

「とは言え時間もあまり無いでしょうから、クライオスさんが日本に居る間に取り急ぎショパンの楽曲を一つはこなせる程度にしておきましょう」

「……それって、初心者向けですか?」

「少なくとも私は弾けますよ」

 

 帰りてぇ。

 すっごい帰りたい。

 しかし、やたらと良い笑顔の沙織御嬢様を見るに

 

『そんなことやってられるかッ!』

 

 とは言い難い。

 ――――はぁ。仕方がない、か。

 誰かの無茶振りに付き合わされるのは初めてじゃないんだ。

 命の危機に直面しないだけマシだと考えよう。

 

 ……えぇっと、『ド』の鍵盤はどれだったか?

 




気が付けば、前の投稿からかなりの時間が流れていた模様。
毎日を生きるというのは時間の流れを忘れさせますな。
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