聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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05話

 

 

 毎日をシャカによる地獄のような修行の日々で過ごし、偶の休みをアイオリアによる苛めのような特訓で過ごしているクライオスです。

 

 前回のアイオリアによる稽古と言う名の苛めの後、何処でどう嗅ぎつけるのか? アイオリアは俺が休みの日に成ると必ず処女宮まで迎に来るようになった。

 

 勿論その獅子座の奇妙な行動に、

 

「これはどういう事だね? クライオス」

 

 と、シャカが冷ややかな声で聞いてきたのは当然と言える。

 

 まぁ一応その時に『拳速を上げるためのコツを教わってるんです』と説明をし、シャカに納得をして貰っている。

 とは言え……簡単に納得しすぎな気がするので、少しばかり怪しいとは思うのだが……。

 

 しかし、お陰でメキメキと力をつけているのもまた事実。

 そして同時に、いや『それ以上の速度で身体が壊れているのではないか?』と思ってしまうのもまた事実。

 

 ……あれ? 今になってふと思ったんだけど、今の俺って休みが無いのか?

 

 

 さて、アイオリアに稽古を付けてもらえるようになってから暫くして、師匠であるシャカがこんな事を行ってきた。

 

「クライオス、今日から君は全ての修行を眼を閉じた状態で行いたまえ」

 

 話せば少し面倒になるが……要は自らの五感の一つを絶つ事によって、より小宇宙を燃焼させるための行為だ。

 シャカが常に眼を閉じてるのもそういった理由だが、それを俺にもやれと言うことらしい。

 

 何でもシャカ曰く、

 

「身体の動かし方はアイオリアに任せる、私の修行は小宇宙を高める事にのみ特化させよう」

 

 と言うことらしい。

 

 そして修行の内容もそれに連れて変化した。

 今まで午前中に行われていた説法が無くなり、その時間も含めて坐禅を行う。そして筋トレの間も眼を閉じて行い、その後に行う『その日の修行(前までは小宇宙を感じさせるための修行だった)』も眼を閉じて行うのだ。

 

 この中で一番辛いのは、相変わらず『その日の修業』だ。

 眼を閉じての修行を行うようになってからと言うもの、その内容は日々過激さを増していった。

 

 最初の内はまだ良かった。

 

 何処から連れてきたのか知らないが、他の雑兵の方々との組み手をするだけだったからだ。

 まぁそれでも最初の内は一方的にボコボコにされたけど……。

 『見えない』ってのは予想以上にハンデに成っているのですよ。

 

 とは言え、それにも慣れてくると次の段階へと移行した。

 

 その後は禅を組んだ状態でいつ飛んでくるか解らないモノを受け止める修行とか(結局飛んできたのは矢だった)、

 目の前の人物がどんな格好をしているのか当てる修行とか(外れるとシャカに一撃見舞われる)、

 小宇宙に直接語りかけてくる――――要は念話の類の修行とか(出来が悪いとシバかれる)、

 

 まぁ兎に角、変な修行である事にはかわりない。

 

 んで、最近の主な内容はと言うと。

 

「私が多少とは言え、超能力の類を扱えることは知っているな?」

「えぇ、確か牡羊座の黄金聖闘士には劣るんでしょ?」

 

「その通りだが……君はもう少し言い方を考えるべきだな。――――さて、今私が手に持っている物が何か解るかね?」

「……?

 …………鉄球?」

「その通りだ、私がこれよりこの数個の鉄球を君に向かって旋回させる。

 その鉄球の動きを、君は眼を閉じた状態で把握して避けるといった修行だ」

 

 まぁ最初の内に眼を閉じた組み手を経験している俺からすれば、鉄球とは言え動きを見切るくらい造作も――――

 

「因みにどの程度の速度で飛ばすかと言うと……」

 

 シャカの手元にあった鉄球の一つ(大体直径10cmほど)が宙に浮き、近くにあった柱を一瞬で貫いた。

 

「……この程度の緩やかな速度だ」

 

 この時の俺は冷や汗を掻いていたと思うのだが、迫り来る鉄球のために冷や汗なのか運動による発汗なのか解らなくなった。

 

 

 

 

 第5話 聖闘士候補生のときって……適用される?

 

 

 

 

 休みの無い日々が既に半年ほど続いている。

 

 俺は昼食後の休憩を使って処女宮の前で大の字になって寝そべり、空を見上げていた。

 

「――――疲れた」

 

 と小さく呟く。

 

 そう、疲れたのだ俺は。

 毎日毎日身体を傷つけ苛め抜いて――――何故か次の日には回復するが、それでも疲れていることに変わりはないのだ。

 

 最近では多分小宇宙も大きくなってきてるんだろうけど、シャカの修行で使ってる鉄球の数はひたすらに増えるし(最初は四つだったが今は軒並みに増え続け、30を超えた辺りで数えるのを辞めた)、飛んでくる速度も上がるし(最初は雑兵の方々に毛の生えた程度だったが、いつの間にか音速を超えてる気がする)……。

 

 休日は休日でアイオリアに殴られて身体のアチコチが痛いし。

 

 拳速も上がってるとは思うのだが、どの程度の速度に成ってるのか良く解らない。

 最初の内はアイオリアが数えてくれていたので正確に把握出来たのだが、最近ではアイオリアも教えてくれないので良く解らない。

 

 恐らく数えるのが面倒に成ったのでは? と俺は踏んでいる。

 

 要はモチベーションが下がっている今日この頃です。

 

「アテネ市街にユン◯ルとか売ってないかな……?」

 

 まぁ、ユンケル飲んだからって良くなるとは思わないけどさ。

 

 でもなぁ……流石にこんな生活を続けていたらノイローゼになってしまいそうだ(ある意味身体が慣れてきたため、壊れるとか死んでしまうという発想が無い)。

 

 一度本気で息抜き方法を考えて――――

 

「あぁ……ここに居たのかクライオス」

 

 ふと、俺の事を覗き込むようにしてシャカが顔を出してきた。

 まぁ眼を閉じているのに『覗き込む』というのも変な表現なんだが。

 

「……何ですかシャカ? まだ休憩の時間でしょ」

 

 と、ぶっきら坊に言い放った。

 こんな態度普段なら絶対にしないのだが――――少なくとも半年前なら怖くてしなかったが、今はそこ迄頭が回らない。

 

「随分と疲れきっているようだな?」

「疲れてますよー……。そりゃもう盛大に疲れてますよ。

 むしろ、毎日毎日休みなく動いてるのに壊れない身体と心にご褒美あげたいです」

「言ってる意味が少々判らんが?」

「大丈夫です。……俺だって何喋ってるのか良く解らないし」

 

 本当、何言ってるのかワカンネー。

 だからシャカがこの後に言った事も最初は本当に意味が解らなかった。

 

「ふむ……ならばクライオス、本日の午後の修行は中止にしよう」

「へー…………」

「…………」

「は? 中止?」

 

 ワンテンポ遅れて反応した俺に、シャカは「やれやれ」と溜息を漏らした。

 しかしそんな事はどうでも良い。

 

 今、目の前の人物は何と言ったのだ?

 

『午後の修行を中止?』

 

 まさか? 有り得ない! あのシャカがそんな慈悲深い事を言ってくる筈が無い!!

 

 これはアレか? 正史には載っていない何かの侵略か何かで、こうして目の前に居るのはシャカの偽物か何かではないのか!?

 

 俺はバッと飛び跳ねて間合いを取り、目の前の人物に睨みを利かせる。

 その際に相手は眉間に皺を寄せて訝しげな表情を見せるが、……クソッそんな顔までシャカにそっくりだなんて。

 

「――――アンタ誰だ!? シャカが俺にそんな優しい言葉掛けてくるなんてある筈が無い!!

 そんな『気持ち悪い』こと言われて、俺が騙されるとでも本気で――――」

 

 言葉の途中でシャカが動くのが解った。

 

 『メシリ……』

 

「大概に失敬だな……君は」

 

 とは言え、その動きは未だ閃光が走ったのと殆変わらないため、俺に対処することなど出来はしなかった。

 一瞬で組み伏せられ、地面に叩き伏せられる俺である。

 

 抑えつけるように俺の背中を踏みつけているシャカの足に、グイグイと力が込められていく。

 その際に石床に罅が入るのが目に映る。

 

 何だか、石よりも頑丈に成っている自分が少し怖い。

 

「うぅ……これは本物だ」

「当然だ」

 

 うつ伏せになりながら言う俺にシャカは短く言うと、踏みつけていた足を退けて溜息をついた。

 溜息を吐きたいのはコッチだというのに……と言うかシャカは少し乱暴な気がする。

 

 悟りきれて無いんじゃないのか?

 

 俺は服に付いた埃をパンパンと手で払ってから姿勢をただし、シャカに向き直って質問をした。

 

「――――で、どういう事ですか中止ってのは? もしかして俺ってクビ?」

「何を馬鹿な。五体満足な状態で……仮にも私の弟子である君が、聖域から何も無しに出ていける訳がなかろう」

 

 微妙に、認められているのかそれとも生殺与奪の権利を握られているのか、判断に困る言い回しをシャカはしてくる。

 とは言え、一応は放逐されるという事では無いらしい。

 

「実はなクライオス。午後の修業を中止と言ったのは理由があるのだ」

「理由ですか?」

「そうだ。……実はな、アテネ市街へ行き私が懇意にしている服屋で袈裟を受け取って来て欲しいのだよ」

「…………は? 袈裟?」

 

 袈裟ってあの袈裟のコトか?今現在もシャカが着ている?

 

「近々インドに行くことになってな、その際に向こうで着るために新調したのだよ」

 

 若干嬉しそうな表情をしているシャカ。

 俺はそんなシャカに、既にお馴染みになった苦笑い向けるのだった。

 

 

 

 

 

 ギリシア共和国首都アテネ

 

 この街から若干離れた(聖闘士にとっては)場所に聖域が有るため、移動は専ら徒歩に限定される。

 いや、俺も随分早く移動出来るように成ったものだよ。

 

 因みに聖域周辺はグルッと結界に覆われていて、普通に入る事も知覚する事も出来ないように成っているらしい。

 

 指定された店で言われた通りに袈裟を購入した俺は(店の主人に聞いてみると、特注で作らせたとのこと)、ついでにとばかりに食料品の買出しをする事にした。『諸事情』の関係で、新鮮な食物を大量に備蓄することが出来ないため、こうして機会がある時は小まめに買っておかなくてはいけないのだ。

 

 まぁその諸事情とは、処女宮――――だけに限ったことではないが、聖域にはまともに電気が流れていないのだ。

 

 その為、基本的に家事などのことは全部アナクロ的な方法、詰まりは前時代的な手法を行わなくては成らない。

 掃除に関しては箒と雑巾で、食事に関しては火を起こすところから始め、洗濯はタライに水を張って手で洗う。

 

 つまりここまで言えば解って頂けるとも思うが、要は『冷蔵庫が無い』のだ。

 

 なので備蓄出来る食料にも限りがあり、今現在処女宮に保管されている食料は後3日分ほどしか無かったりする。

 

 え?

 休日の無くなった俺が、どうやって今まで買出しに言っていたのかって?

 

 昼食の後の休憩時間や、夕食後の空いた時間に全力で走って買出しに行くんだよ……。

 

 

 日持ちのしそうな食品を選んで購入し、それと一番安い栄養ドリンクをダースで買ってリュックに詰め込んで帰路に着く。

 

 あっさり買い物が終わりすぎ?

 

 仕方ないだろ、特に事件なんて起きなかったんだから。

 

 アテネから結界を超えて聖域に入ると、俺は残った休みの時間を寝て過ごすために全速力で戻ろうとしていた。

 

 山越え谷越え川越えて……。

 

 ところが、丁度森に差し掛かった時に俺はその足を止めた。

 

 木々が風以外の音で揺れる音を、俺の耳が捉えたためだ。

 

 じっと音のした方角へと眼をやり、気配を消して意識を集中させる。すると――――

 

 ガサ……ガサガサ……

 

「ウサギ?」

 

 茂みから顔を出したのは野ウサギだった。

 まぁこれで野ウサギを見つけたのが普通の人ならば、『可愛い』と言うのだろうが……残念ながら今の俺は……ある種普通では無い。

 

「美味そうだな……」

 

 だ。

 

 一年以上……もう少しで二年だが、それだけの期間を俺は肉なし生活で送っているのだ。

 今のような感想が出たって神様(この場合はアテナ)も許してくれる筈だ。

 

 俺はゴクリと喉を鳴らし、ほんの少しだけ小宇宙を燃やして近くにあった木の枝に手刀を振り下ろす。

 

 サクッと言うような効果音でも付けたい程、その枝を綺麗に切り落とすことが出来た。

 半年前には岩を『砕く』だけで、とてもでは無いが『切る』なんて事は出来なかった手刀だが、成長を続けている俺の小宇宙は簡単なモノならば切断も可能にまで成ったようだ。

 

 とは言え、それを喜ぶ暇は無い。あまり時間を置いてしまっては『獲物』に逃げられてしまう。

 

 ゆっくりと呼吸を整え、期を測って飛び――――

 

「何やってんだい!?」

「!?」

 

 と背後から掛けられた声に驚いた瞬間、ウサギは再び茂みの奥へと姿を消してしまった。

 

「あ…あぁ……」

 

 俺は居なくなったウサギのいた場所へ手を伸ばしたが、その手は虚空を掴むだけだった。

 全力で追いかけても良いのだけど、それより優先することが有る。

 

「……クッ、一体何処の阿呆だ! いきなり声をかけやがって!!」

「何処の誰が阿呆だって? 随分な言い草じゃないのさ」

「ってシャイナ!?」

 

 苛立をもって声のした方へと振り返ると、そこには眼の周りに縁取りの付いたマスクを付けている少女――――シャイナが立っていた。

 

 シャイナ、将来的には蛇使い座(オピュクス)の白銀聖闘士になる女で、

 物語の主人公である星矢に恋をする――――スケ番? である。

 

 とは言え、現在は俺と同じく聖闘士候補生でそのうえ"8歳"の少女だ(俺はもう直ぐ9歳)。

 どんな理由でシャイナが聖闘士を目指そうとしているのかは知らないが、この年でこの貫禄は大したものだと言わざるを得無い。

 

 そう言えば、前に会った時のシャイナは流石に小宇宙には目覚めていないみたいで、毎日を筋トレ中心に鍛えていたようだ。

 だからと言う訳でもないが、下手をするとそこら辺にいる大人よりも力持ちだったする。

 

 まぁ、俺も力持ちだけどね。

 

「ふん……クライオス、少し見ない間に随分と感が鈍ったんじゃないかい?」

「煩いな、それだけ集中していたんだよ。って言うか、最後にシャイナと会ったのはもう数ヶ月単位で前だから、『少し』とは言えないんだが?」

 

 前に会ったのは俺が小宇宙に目覚める前なので、正味半年以上の空きがある事になる。

 その頃と比べると俺は『強く成っている筈』なので、きっとシャイナに気が付かなかったのは集中しすぎた所為だろう。

 

「ところでクライオス、お前こんな所で何してるんだ?」

「何してるように見えるんだ? お前には?」

 

 俺は両手を上げて、自分の姿が相手に良く見えるようにしてやる。

 

「買出し?」

「一応はな……後は肉が――――」

「肉?」

「いや……何でもない」

 

 駄目だ駄目だ、もっと前向きに考えなくては。

 仮にここでウサギを仕留めて美味しく頂いたとしても、きっとシャカにバレバレなんだ……。だからもし此処で肉を食べてたらシャカに理不尽な怒られ方をして――――

 

「うぅ……」

 

 駄目だ……

 前向き(?)な考え方をしても、気落ちする方向にしか働かない。

 

 俺はガクッと項垂れて、地面に両手を突いて呻き声をあげるのだった。

 

 その際に、自然破壊も何のそので地面を目一杯に叩いて陥没させてしまったのだが……。

 コレもきっと神様(アテナ)はお許しに~~以下略。

 

 はぁ……しかし俺は何をしているのか。

 だいたいそうだよな? 喩え同じタンパク質とは言え、仮にも聖闘士候補生が野山の獣を貪り食うわけには――――

 

 と、俺は何とか平静さを取り戻そうとしていたのだが。

 

 『ポン……』

 

 っと、項垂れる俺の頭部に手を置かれたような感触を感じた。

 更にそれは続けて

 

 『ポン……ポン』

 

 と、まるであやすように頭部を刺激してくる。

 

 ……正直なところ、顔を上げるのが非常に嫌です。

 もっとも、そうは言っても動くためには顔を上げないわけにもいかない訳で……

 

 クイッと上げた視界の先には、まぁ当然と言うか何と言うか、シャイナが立っていた。

 

 自分よりも遥かに年下(記憶の分も含めれば)の子供に宥められるってどうなのよ?

 

「すまんシャイナ大丈夫だから、大丈夫だから頼むから……そう言うのは勘弁してくれ」

「落ち着いたかい?」

「あー……ゴメン。肉なしライフが余りにも長くて錯乱した」

「肉なし?」

 

 きょとんとした反応をしているシャイナに、俺は『我らが処女宮の生活事情』を懇切丁寧に説明をした。

 まぁ……幾分誇張を交えて、『断食の回数が週に三回以上』とか『シャカはお茶一つ満足に煎れられない、生活無能力者だ』とか言ったが……まぁ問題ないだろう。

 

「まぁ、あのシャカだもんね……。それならクライオス、どれくらい肉を食べてないのさ?」

「俺が弟子になってからだから…………もうすぐ二年になる」

「に、二年か……欧米人でそれは長いね」

 

 まぁ正確には一年と八ヶ月程だけどな。

 細かく言うのなんて面倒だからな、もうこんなの適当で良いだろう。

 

 しかし、俺のその言葉にシャイナは口元に手をやってなにやら考え事をしている。

 ――――さっきも似たような事を言ったけど、どうしてこう子供らしからぬ貫禄を持っているのだろうか?

 

 とは言え、そんな俺の考えなど、次にシャイナが発した台詞によってどうでも良いことに成った。

 

「クライオス……良かったら肉を食わせてやろうか?」

「え!? 本当!」

 

 俺は満面の笑みを浮かべて即座に返事を返していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 山の中腹に立られてるシャイナの家――――一言で言うのなら石造りの山小屋のような家だが、

 この聖域では十二宮を除く全ての家がこんな感じなので、特に真新しいわけでも珍しいわけでもない。

 

「いや悪いなシャイナ……年下に集るみたいで」

「『みたい』じゃなくて、事実そうなんだけどね。まぁ良いや、中には入りなよ」

 

 シャイナに促されて家の中に入ると、まぁ中も普通だ。

 テーブル一つと椅子が二脚、それとベットが一台有るだけの簡素な部屋だ。

 

 俺はそこに在る椅子の一つに腰をかけると、久しぶりの動物性蛋白に心を踊らせていた。

 

「そう言えば、肉なら何でも良いのかい?」

「――――毒が入ってないのならな」

「……入れないよ、そんなの」

「だがシャカは前に入れたぞ?」

 

 あの時は本当に辛かった。

 シャカに言われて家事の一切を俺がする事に成ったのだが、その際に俺は肉料理を出したことがある。

 何ら問題なく調理をし、何ら問題なく完成したかに思えた料理だったのだが――――

 

 俺はそれを一口食べた瞬間に冥府が見えた。

 

 どうやら、シャカは俺の認識外の速度で何かをしていたらしい。

 

「あの時のシャカは『肉を食すと言うことがどれほどに罪深い事か、身をもって知ると良い』とか訳の解らない事を言っていたよ」

「あー…まぁ……『もっとも神に近い』って人だからね、私ら何かとは思考のベクトルが違うのかも知れない」

 

 違いすぎだろう。

 重なれとは言わないが、せめて同じ方向くらいは向いていて欲しいぞ。

 

 その後シャイナは苦笑いを浮かべると(仮面を付けてるので、俺の予想)、戸棚の奥から燻製にされている肉を持ってきて俺に放り投げてきた。

 

 んで、

 

 咀嚼中……咀嚼中……

 

「うぅ……少し癖があるけど、久方ぶりの肉だ」

 

 何と言うか、魚とか鳥に近い味わいだ。

 しかし、作る前の下拵えがうまくできているのだろうか? 不味いなんてことは決して無いので次々に口に運んでしまう。

 

 よもやこの年で自活が出来ているとは、シャイナ……恐ろしい娘だ。

 

 星矢の奴もアテナじゃなくて、シャイナとくっつけば普通の幸せが掴めるのにな。

 まぁ、そうすると物語が進まなくなるから駄目なんだろうけど。

 

「まぁ少ししか無いけど食べて良いよ」

「有難うシャイナ……お前が何か困ったことがあったら、全力手伝うことを誓うぞ。――――ところでこれって何の肉?」

「蛇」

「……へ、蛇?」

「あぁ、蛇だよ」

「…………」

「…………」

「…………まぁ良いや。美味いし」

 

 食わず嫌いは良くないよな?

 まぁ俺も『蛇の肉だ』って言われて出されたら戸惑ったかも知れないけどさ。

 

「そ、良かった。魔鈴は『そんなモノ食べられない!』とか言ってさ」

「俺の考えから言うとだ、余程普段から良いものを食べてるんだろうな。魔鈴の奴は」

 

 実際に、シャイナだって俺よりも食生活は良さそうだし。

 

「ねぇクライオス、さっき全力で手伝うって言ったよね?」

「あぁ言った。何だ? いきなり困ってる事でもあるのか?」

「いや、困ってると言うか教えて欲しいと言うか……。さっき地面を叩いてただろ?」

「……忘れろ」

「忘れても良いけど……アレ、どうやったんだい?」

「小宇宙を燃やす→殴る→壊れる――――以上」

「…………」

 

 簡潔に伝えた俺の答えだが、どうやらシャイナはお気に召さなかったらしく無言の重圧を俺に掛けてくる。

 流石にそんな重圧を受けながら肉を食い続けられる程、俺の神経は図太くは無いので手を止めてシャイナの方へと向き直る。

 

「そんな風に睨むなよ……仮面で良く解らないけど。

 そもそも俺だって、ただの候補生何だからな? その俺に聞くのが間違いだとは思わないのかよ。

 どうせなら自分の師匠にでも聞いた方が手っ取り早いっての」

 

 これは自分で言ってなんだが本当のことだと思う。

 

 確かに俺は小宇宙を感じることが出来るし、それを燃やすことも出来るようにはなった。

 とは言え、それを他人に教えられるか? と聞かれれば、答えはNOだ。

 

 小宇宙を燃やすのに大切な事、それは小宇宙の存在を認識することが必要不可欠。

 残念なことに俺が小宇宙の存在を認識した原因が、シャカに五感を閉じられた事だった。

 その為、一般の聖闘士がどのような段階を経て小宇宙に目覚めるか? なんて事は全く解らないのだ。

 

 流石に俺と同じように五感絶ちを経験させる訳にも行かないだろうからな……。

 

「師匠にか……。でも私の師匠は、『最初は体作りが大切だ』って言って、そう言うのは教えてくれないんだよ……」

「もの凄く素晴らしい師匠だな、その人。名前も知らないけど」

 

 少なくともシャカよりはずっとまともな気がするよ。

 

 しかしどうするかな?

 

 シャイナは俺が『教えられません』と言ったら急に大人しくなってしまったし。

 俺としても世話に成った分は恩返しをしたいって思うんだよな。

 

「――――良し、それなら俺がそれを教える訳にはいかないが、一度だけ俺が音速の拳を見せてやるよ」

「音速の拳?」

「聖闘士の最低限のボーダーラインってやつだ。せめてこの程度は出来ないと、聖闘士とは言えないよってレベルの速度だ」

「それを見せてくれるって……本当かい?」

「あぁ(……まぁ見れないだろうけど)」

 

 

 

 

 家から外に出た俺達は、現在向かい合うようにして立っている。

 

 本当は『横で見てた方が良いんじゃないか?』と俺は言ったのだが、シャイナの提案で『正面からの方が体感してるって気がする』との事で、こうして向かい合っているわけだ。

 

「それじゃあ当てないように寸止めにするから、そこで立ってろ。……絶対に動くなよ?」

「解った!」

 

 元気よく返事を返すシャイナに俺は『こういった所はまだ子供だな』と思うのだった。

 

 そして俺は大きく深呼吸を数回行うと、手を正面に向けて構えをとる。

 

「先ずは心を強く持つ、要は『負けるか!』って気持ちが大切だ。

 そして自身のなかの小宇宙をその思いと同時に燃焼させて、一気に爆発させる!!」

 

 言葉の言い終わりと同時に、俺はシャイナには当たらないように――――それでも力一杯に拳を繰り出していった。

 

 おぉ何という軽快さだ。

 

 最近ではアイオリアの所でしか拳を振るっていなかったが、そこではいつも重り付きだったからな。

 しかもどんどん重くなってるし。

 

 俺の拳速はー! ……まぁ候補生では一番だと思う。

 

 時間にしては一秒程度に過ぎないが、俺はその間に数百以上の拳を繰り出すことに成功している。

 

 しかし俺は一体いつまで候補生を続けるのだろうか?

 実力的は問題ないとは思うのだが……。これはアレかな師匠であるシャカが満足するまで俺は候補生の侭なのかな?

 

 …………………………まぁひとまずそれは置いておこう。

 今はシャイナの事が重要だからな。

 

 俺はそう思って気を取り直し、シャイナの方へと視線を向けたのだが。

 そこには見てはいけない物が広がっていた。

 

「どうだっ……た」

 

 『パリン……』と、乾いた音を鳴らしそれは地面へと落下する。

 

 気づいた時には既に遅く、シャイナの顔を覆っていたそれ――――仮面は真っ二つに割れて地面に落ちてしまったのだ。

 

 その先には当然シャイナの素顔があって……。

 

 

 

 

 思ったよりも可愛いな……じゃなくてッ!!

 

「アワワ…アワワワ……!!」

 

 俺は半ばパニックを起こして妙な声を上げてしまう。

 

『良いかねクライオス。

 女性聖闘士はその素顔を隠し、自ら女であることを捨てるため、常に仮面を被ることになっている。

 仮に素顔を見られた場合、その見た相手を殺すか一生愛さねば成らないという決まりがあるのだ』

 

 何故か脳裏に浮かぶシャカの顔と声。

 それが『フフフ――――』と綺麗な笑顔を浮かべているため腹が立つ……。

 

 コレってマズイ? のかもしかして?

 

「凄いな……コレが小宇宙を燃やすって事なのか――――クライオス」

「フェッ!?」

「何だい? 人の顔を見るなり失礼な奴だね」

 

 俺の方へと近づいて来てそんな事を言うシャイナに、俺は情けない声を上げてしまった。

 そんな俺の反応に、なんでも無いかのように振舞うシャイナが少しだけ怖い。

 

 兎に角……兎に角だ。

 

「済まないシャイナ、俺は急を要する用件を思い出した。悪いけど失礼する!!」

「あっオイ! クライオス!!」

 

 俺は一目散にその場所から逃げ出すのだった。

 

 何も問題有りませんよーに!!

 

 と祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 因みに処女宮に帰宅(?)後。

 

「シャカ……質問です。女性の聖闘士って素顔を見られたら、その相手を殺すか愛さなければいけないのでしょ?」

「……確かに、そのような決まりごともあるな」

「それって聖闘士候補生にも適用されますか?」

「知らぬ」

 

 シャカにとってはどうでも良いことで在るらしく、まともにとり合ってはくれなかった。

 

 そのうえ――――

 

「そんな事よりもだクライオス」

「はい?」

「私が頼んだ袈裟なのだが?」

「それならちゃんとリュックの中に――――」

「何故? 大根やら人参やらジャガイモの下敷きに成っているのだね?」

 

 仕舞った順番:(右に行くに従って上になる)袈裟→ジャガイモ→人参→大根→栄養ドリンク

 

「あれ?」

「それにこれは何だ? 『りぽび◯んD』?」

 

 

 その後の俺は、休日なのにも関わらずシャカからの愛情(仕置)を食らうことになった。

 

 

 


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