聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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50話

 

 

 

「起きろ。起きろクライオス」

 

 頭の上から、やたらと尊大な言い様の声が響いてくる。

 しかし、そんな声を無視して寝ていたい。

 こんなユッタリとした気分で横になれるなんて、此処最近では凄く珍しいのだから。

 

「偶にはユックリさせてよぉ……」

「……………」

 

 中間管理職の悲しいところだろうか?

 下からは突かれ、上からは叩かれる。

 そして上下で起きた問題に関しては、間に挟まっている俺が責任を取ると言う不条理。

 

 たまの休日くらいはユックリとさせてほしいものである。

 

 ………。

 ………………休日? 誰が?

 え? 俺が? この風鳥座の白銀聖闘士であるクライオスに休日?

 誰がソレをくれるの?

 

 少しずつ心の奥に染みてくる違和感。

 ソレがじわじわと焦燥感へと変わっていく。

 無いよ。

 無いんだよ休日なんてさ。

 

 そんな素敵なものは、今現在の俺にある訳がないんだよ。

 だって、ちょっと前に長めの休暇をとっちゃったから。

 ソレはつまり、『数年間は休み無しで働く』ってことなんだよ?

 

 だから、俺が休日だと思っている今の状況は唯の夢幻(ゆめまぼろし)であって―――

 

「―――ゴメンナサイ。本当にすいませんでした」

 

 誰が目の前に居るのか?

 それを理解するよりも早く、俺は深々と土下座を敢行した。

 額を床に押し当てて、只管に謝罪の言葉を口にする。

 

「顔を上げろ。クライオス」

「―――………えーっと、教皇?」

「他の誰が、この場所に居ると思うのだ?」

 

 言われてハッとする。

 床に広がるのは石畳ではなくて赤い絨毯。

 眼の前には『ゴゴゴゴゴ』と空間を歪めかねないほどの、感じ慣れた強大な小宇宙。

 

 此処は、そうだ。教皇の間だった。

 

「失態だな。クライオス」

「………っ!?」

 

 ズシリと重く伸し掛かる声。

 それは見当違いな非難ではなく、真実其の通りであった。

 黄金聖闘士を何だかんだで聖域から離れさせ、その空きを狙うようにして敵が現れた。

 

 下手をすれば、スパイ容疑や反逆罪を言い渡されても仕方がないくらいの失態だろう。

 

 ヤバイ。

 そう考えたら冷や汗が出てきてしまう。

 

「―――そう怯えず、顔を上げろ。クライオスよ」

「は、はい」

 

 言われるままに視線を上げる其処には教皇の姿があり、更に周囲へと視線を向ければ赤い闘衣を身に着けた男が床に転がっていた。

 

「教皇、アイツは」

「捕らえろ。聖域に敵意を持って現れたのだ。所属と目的を吐かせる必要がある」

 

 幻朧拳の餌食ってわけですね。

 しかし、捕縛系の技を俺は使えない。

 アンドロメダのチェーンが羨ましく感じる今日此の頃。

 

 そのため直接身動きを封じるか、幻朧拳で精神攻撃を行うかの何方かになるのだが

 

「―――所属? 良いぜ。知りたきゃ教えてやるぁ」

 

 先程まで反応のなかった奴が、不意に口を開いてきた。

 思わず教皇を庇うように距離を取る。

 

「フハッ! アーヒャッハハハハハぁ!!」

 

 此方が注視する中、奴はハスキーボイスで高笑いを上げながら大きく跳ね上がった。

 起き上がったんじゃなく、跳ね上がったのだ。

 

 そして空中でグルグルと回転をしながら着地を決め、なにやら奇妙なポーズをこれ見よがしに見せつけてくる。

 

 俺が言えた義理ではないのだが、厨ニ属性を持っているのだろうか?

 

「良くは解らねぇが、どうやら俺は死んじゃぁいねぇ様だな。

 しかもこの感じ……。此処はアレだろ? 聖域の奥の奥、偉そうにふんぞり返るクソ教皇の居らっしゃる場所ってわけだ」

 

 クソ教皇? ……凄いなコイツ。

 俺だったら思ってても決して口に出来ないような事をこうも簡単に言うとは。

 いや、別に思ってる訳じゃないんだがね。

 

「威力偵察だとか面倒くせぇと思ってたんだけどよ。

 敵の大将と顔を合わせちまったってんなら、そりゃ殺るしかねぇよな……ッ!!」

 

 男は口元をククッと持ち上げて、凶暴な笑みを浮かべてきた。

 口にしている内容は言ってしまえば街のチンピラみたいなものだが、その迫力や威圧は桁外れなものだ。

 

 流石に単身で聖域に乗り込むだけのことは有る。

 こうして立っているだけで、奴から放たれる小宇宙が空気を乱すのだから。

 

「俺は軍神アーレス様の配下の一人。凶闘士・獰猛(アイトン)のレーフィン。 テメェ等を彼の世に叩き落とす男の名前だ。覚えて逝けや」

「アーレスだとっ!?」

 

 獰猛のレーフィンと名乗った男。

 奴は俺の記憶には存在しない奴だった。

 しかも、なんて言ったコイツは? アーレス? 教皇はその名前に反応示しているが、確かたしかその名前は―――

 

「教皇、アーレスとは確か」

「あぁ。オリンポスの神々に名を連ねる、軍神の一人だ。女神アテナと地上の覇権を争い、コレまでも何度も聖戦を繰り広げてきた相手だが……1000年前の聖戦でアテナが勝利してから、表舞台から姿を消していたはずだ」

 

 そうなのだ。

 軍神アーレスとの聖戦が最後に行われたのはそれ程に大昔。

 今では正しく御伽噺のレベルにまで成るような昔の話なのだ。

 そのアーレスの手下が、何故にこんな時代に成って急に現れたんだ?

 

 俺という存在が引き起こしたバタフライ・エフェクトだとは思いたくはないが、その可能性は否定できない。

 

「今更、軍神アーレスの手下が何の用だとは聞かん。単身で敵意をばら撒きながら聖域の奥深くに侵入を企んだのだ。

 女神アテナの生命を狙う不届き者であることは明白。

 ―――クライオス」

「はい」

「最悪でも時間を稼げ。コレほどの小宇宙を持った奴だ。他の黄金聖闘士も危機を感じれば戻ってくるだろう」

 

 他の黄金聖闘士………どうかな? 戻ってくるかな?

 『こっちのことは問題ありませんから。決まった期間をきっちりと働いてきてくださいね。これもまた、アテナの聖闘士として必要な任務ですよ』みたいな言い方をして送り出してるからなぁ。

 

 真面目な人ほど、人によっては悩んで戻ってこれない可能性もあるよなぁ。

 

「クライオス……?」

「いえ。任せて下さい」

 

 促すように名前を呼ばれ、俺は頷きながら敵に視線を向けた。

 時間稼ぎでは済まない。

 問題など起きないように、自分でコイツをどうにかする必要がある。

 

 それと、後は教皇に飛び火しないように気をつけないとならないな。

 これ以上の失態を晒せば、本当に俺の生命が絡んだ進退に影響しかねない。

 

「俺は白銀聖闘士、風鳥座のクライオスだ」

 

 胸の奥が、ドクンと少しだけ跳ねる。

 良く解る。

 コイツは強い奴だ。

 

「ほぉ……。白銀聖闘士如きが、と思ったが………まさか風鳥座とはなぁ。

 なら、ちっとは楽しませてくれるんだろうなぁ? テメェ」

「さぁね。楽しめるかどうかは、受け取る側の力量に依るだろうよ」

「おもしれェ。パーツの差も解らねぇぐらいに斬り裂いてやらァッ!!!」

 

 ドンッ! と、奴は音を置き去りにして一直線に駆け込んできた。

 速い。

 言うだけの実力を持った猛者なようである。

 

「ゥオラァアアアアっ!」

 

 小宇宙を纏った手刀。

 ソレを上下左右に、そして袈裟懸けも含めて縦横斜めと振り抜いてくる。

 振り抜き、払い、下ろされてくる攻撃を、俺は避けて避けて避ける。

 

 だが其れ等の攻撃を避ける度に、床が、壁が、柱が斬り刻まれていく。

 

「チョコマカと、逃げてんじゃねぇよぉおおお!!」

 

 逃げてるんじゃなくて避けてるんだが、それはこの際どちらでも良いだろう。

 こんな奴程度に教皇を倒せるとは思えないが、だからと言って放っておくわけにもいかない。

 

「そうだな。避けるばかりじゃ意味がない」

「―――っ!」

 

 レーフィンから放たれている小宇宙の圧力を押し返すように、俺は自身の小宇宙を高めて解き放った。

 手を抜ける相手ではない。

 だが、負けるとも思わない。

 

 今の俺は、聖域の聖闘士なのだから。

 

「やっぱり唯の木偶じゃねぇ。

 良いだろう。喜べ。テメェを『この時代』で、最初の獲物にしてやらぁッ!!!」

 

 笑いながら駆け出してくる奴に向かい、俺は心の内側に熱いモノを燃やしながら拳を振るう。

 

「ルァアアアアアアアアアアアッ!」

「ハァアアアアアアアア!!」

 

 奴の拳と此方の拳が宙でぶつかり合い空気を爆発させる。

 ソレが一度、二度、三度―――何度も何度も繰り返された。

 

 爆発音が響き、爆ぜた空気が周囲の床や壁を破壊して吹き飛ばしていく。

 

「風鳥座! テメェとの因縁はこの俺が叩き潰す!」

「因縁? ―――神話の時代の出来事を今更」

「神話の中で生きる存在、ソレが俺たちだろうがっ!」

 

 敵の攻撃を捌き、叩き、打ち返して、蹴り飛ばし、吹き飛ばされながら、

 この身体は、否、

 この身体を包む風鳥座の聖衣は、目の前の敵を殲滅するために動き出そうとしていた。

 

 その所為か?

 いや、その所為なのだろう。

 

 俺は、自身がいつも以上に好戦的になるのを感じていた。

 

 

 

 ※

 

 

 聖域に攻め込んできた賊とクライオスが戦闘を繰り広げている。

 敵は、『あぁ、成る程』大した実力者だ。

 並の聖闘士では歯が立たない程の小宇宙を放っている。

 

 だが

 

「クライオス……お前は、いつの間にそれ程の小宇宙を」

 

 教皇、サガはその光景に目を見開いていた。

 

 自らの配下である白銀聖闘士、風鳥座のクライオスの動きを目の当たりにして驚きと喜びの両方を感じていたのだ。

 

 敵は強い。

 並の聖闘士など歯牙にもかけない程の強さを持っているだろう。

 でなければ、単機で聖域に攻め込む等という暴挙に出るわけもない。

 だがソレはつまり、その実力は黄金聖闘士に匹敵すると言い換えることも出来る。

 

 にも関わらずクライオスは敵と打ち合っている。

 床を踏みしめ、壁を、柱を足場に飛び、跳ね、ぶつかり合う。

 

 その動き自体は難しいモノではない。

 他の白銀聖闘士たちでも、やれと言われれば出来ることだろう。

 だがその速度、そして精密さが桁違いなのだ。

 

 そう。

 今現在。

 クライオスは白銀でありながら、黄金聖闘士に匹敵する能力を発揮しているのだ。

 

「確かに、奴の才能は白銀聖闘士の中でも抜きん出ている。だが、よもやこの領域にまで到達するとは……」

 

 敵の攻撃をクライオスは危なげもなく対処し、そして逆に攻撃を返している。

 それは教皇にとって

 

「コレは、いい誤算だったな」

 

 と、内心の感想を口にして、口元に笑みを浮かべていた。

 現在の聖域のトップである教皇に恭順を示し、聖域の運営の一部に携わってきたクライオス。

 結局白銀聖闘士でしか無いクライオスに教皇が求めたのは、そういった方面での能力であったのだ。

 最終的に、黄金聖闘士を抑えることが出来れば白銀聖闘士など何人居ても関係がないのだから。

 

 勿論、アスガルドの内乱を捻じ伏せた実力も買ってはいたが、それでも其処までの戦闘能力を求めていたわけではないのである。

 

 ソレが今や、コレほどの聖闘士に成長していた。

 

「俺の攻撃に真っ向から突っ込んで来やがるとはなぁ。このイカレ野郎が!」

「誰がイカレだ。だがまぁ、お前の腕に付いた剣を無視して攻撃するのはそうそう居ないんだろうな」

「チッ!」

 

 舌打ちをする奴に、クライオスは腕を振るって返す。

 

 すると金属同士がぶつかり合うような耳障りな音が響いた。

 敵は腕に取り付けられている剣型の武装で、クライオスは小宇宙を込めた手刀で互いに鍔迫り合いのように押し合っているのだ。

 

「クッ!? 俺の腕に在る(アキナケス)は、アーレス様から賜った物だぞ。

 それを貴様、素手でッ!」

「流石に聖剣とまでは行かないが、それでも俺の手刀にも剣が宿っている。

 ………鈍らなんじゃないか、その腕に付いてるやつは」

「鈍ら、だと!? 貴様、言うに事欠いて鈍らだと!?」

 

 クライオスの言葉が余程腹に据えかねるのか、レーフィンは力任せに腕を振り抜いて無理矢理に距離を作った。

 

 クライオスは弾かれるように宙に浮くが、慌てる様子もなく着地をする。

 

「もう手加減は無しだ! テメエの首は、俺が斬り落とす!」

 

 苛立ちを吐き出すように大声で吠える。

 だがその言葉を証明するように、レーフィンの身体から立ち上る小宇宙は生半可なものではなく成っていた。

 

「白銀聖闘士の程度で、良くも俺を楽しませてくれたな。

 だがなぁ、この剣を侮辱したテメェを生かしておく訳には行かねぇ!!」

 

 その小宇宙の高まりに、クライオスも視線を強く変化させた。

 レーフィンの小宇宙が次第に腕の剣へと集まっていき、剣が光を放っていく。

 

「真正面からの技の打ち合い、か。最終的にはこうするしか無いんだよな。やっぱり」

 

 迎え撃つように小宇宙を高め始めるクライオスは、自身の腕を弓を引くように引き絞り拳を放つ構えを取る。

 

「ハッ! いい小宇宙の高まりだ。―――けどなぁ、コイツが先だ!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたレーフィンは、一気に足に力を込めて駆け出していく。

 向かう先はクライオス―――ではなく、教皇に向かって。

 

「コイツさえ殺しちまえば! 俺達の勝ちなんでなぁッ!!」

 

 剣を振りかざすレーフィンの言葉は正しいものだ。

 実質、聖域を動かしている人間は教皇に他ならない。

 もしも此処で教皇を殺すことが出来るのならば、遠からず聖域は自滅する可能性もあるだろう。

 

 だがソレは、教皇が前回の聖戦から生き続けている年老いた老人であった場合だ。

 いま、この場に居るのは年老いた老人ではない。

 神の化身とまで言われる最強の黄金聖闘士。

 

 双子座のサガなのだから。

 

「愚か者が」

 

 迫るレーフィンに対し、サガは手をかざした。

 本来、この状況にあってもサガは何ら危機感など感じては居ない。

 如何に相応の実力を持つ敵であろうとも、ソレは自身に匹敵するものではなかったからだ。

 

 つまり此の儘であれば、レーフィンはサガの攻撃を受けて吹き飛んでいる所だったのだろう。

 サガすら予想し得なかった、クライオスの行動が無ければ。

 

「させるかッ!!」

 

 それは、全くの不意の行動であった。

 サガ自身、まさか己の正体を知るであろうクライオスが身を挺して庇おうとして来るとは思わなかったのである。

 

 両腕を左右に広げ、その身体をサガの前で曝け出したクライオスは、眼の前にまで迫ったレーフィンの剣を

 

「クレッセントブレイク!!」

 

 まともに受けてしまうのであった。

 だが、

 

「ディバイン……ストライクッ!」

 

 剣に依る攻撃を受けながらも、クライオスは反撃を試みる。

 だがタイミングが悪い。

 先に叩き込まれた攻撃の影響か、その威力は弱い。

 

「ハッ! 馬鹿が!」

 

 レーフィンは鼻で笑うようにすると、再度距離を取るように跳躍しながらディバインストライクを軽く捌いてみせた。

 

「まさか身を挺して庇うなんて、馬鹿げた物を直に見られるとは思わなかったぜ。

 ふ、ふは、ふはっはははははははっはあ!!!」

「ぅ、クソ……っ」

 

 剣戟を受けたクライオスはその場に膝を付き、袈裟がけに斬られた身体に手を当てる。

 聖衣はレーフィンの攻撃で斬り裂かれ、手の隙間からは鮮血が漏れ出していた。

 

 その様が余程に可怪しいのか、レーフィンの笑い声が教皇の間に木霊する。

 

「……何故だクライオス。何故、この私を庇った?

 お前は、私の力を知っているはずではないのか?」

 

 サガには解らなかった。

 今しがたのクライオスの行動は非合理的だったからだ。

 勿論、クライオスは口に出して教皇=双子座の聖闘士と明言したわけではないかも知れない。

 しかし、明らかにソレを知った上での言動と行動をしていた。

 

 ならば今の状況など、驚異でも何でも無いことは解ろうというものだ。

 だと言うのに、こうして予想外の結果が目の前にある。

 

「何故……ですかね。教皇が俺よりも遥かに強いってことは良く解ってるつもりなんですけど。だからこんな事した理由は自分でもよく解らなくて。

 きっと、アレですよ。

 よく言うじゃないですか、身体が勝手にって奴ですよ」

 

 クライオスは少しだけ困った表情を浮かべたあと、はにかむような笑顔を浮かべて言った。

 それは打算のない。本物の表情である。

 サガが前教皇を殺し、今の地位に就いてから浮かべることの無くなった、本物の表情だったのだ。

 

「無様を晒してすいません。でも、コイツはちゃんと倒しますから。教皇は下がっていて下さい」

 

 言いながらクライオスは自身の胸元にある真央点を突き、仮の血止めを行った。

 そして僅かにふらつく脚に力を込めて立ち上がると、レーフィンに向かって構えを取る。

 

 このやる気の原動力は何処から来るのか? と言われれば、間違いなく我が身可愛さなのだ。

 しかしサガはこの時、完璧にクライオスのことを見誤っていた。

 

「―――もう良い。クライオス」

「……え?」

 

 突然の言葉に、クライオスは目を丸くする。

 『何が』もう良いというのだろうか、と。

 

 恐る恐ると言う風に背後のサガへと振り向くクライオスに対し、当のサガは―――哀しそうな、それでいて慈愛に満ちた表情を浮かべていたのだった。

 

「お前は良くやった。クライオス。お前の気持ち、お前の考え、お前の忠誠心を私は知った。

 だから、今はもう良い。

 後は、この私が引き継ごう」

 

 ―――え? っといった顔のままで居るクライオスを他所に、サガは身に纏っていたローブを脱ぎ捨てる。

 

「我が聖衣よ! この場に来たりて我が身を覆えッ!!」

 

 それは一瞬だった。

 教皇の間に声が響いたと思った瞬間彼等の目の前には光り輝く黄金の鎧。

 左右対称に腕を広げるオブジェ形態になった、双子座の黄金聖衣宙に浮いていたのである。

 そしてその聖衣は自らの主の呼び声に従い、各パーツがサガの体に装着されていく。

 

 クライオスはその光景を、唖然としながらも興奮した面持ちで見つめていた。

 まぁ恐らくは

 

(うぉおおおおおおおっ! サガが! 双子座のサガが黄金聖衣を着ちゃったよぉ!! ヤバイ、格好いいッ!!)

 

 なんてことを考えているのだろう。

 

「黄金聖闘士、だと。しかもそいつは、さっき俺が戦った野郎の聖衣じゃねぇか。どういうことだテメェ!」

「時間が惜しい。貴様の質問に律儀に答えてやる程の余裕はない。

 早々に消えてもらうぞ」

「消えて貰う……だとぉ!? 白銀聖闘士の後ろに隠れてたような奴が、意気がったことを言いやがるじゃねぇかよぉ!」

 

 額に青筋を浮かべたレーフィンは、怒りの感情のままに再び小宇宙を高め始める。

 そしてその力は腕の剣へと集中し、

 

「さっきの小僧と同じ様に、斬り裂かれろやぁ!! クレッセントブレイクぅあ!!」

 

 光を伴った剣閃がサガに向かって打ち込まれたのだった。

 だが―――

 

「くだらん技だな」

 

 サガは微動だにもせず、軽く手を翳すだけでその攻撃を抑え込んでいた。

 汗一つもかかず、表情一つ崩さずに平然と。

 

「なっ! そんな、馬鹿な!? 俺の攻撃を、何故そうも簡単に!!」

「聖闘士に一度見た技は通じん。

 ましてや貴様程度の矮小な小宇宙では、このサガの薄皮一枚傷つけることすら不可能だ。

 どうやら、この私と戦うには貴様では役者不足だったようだな」

 

  サガがすぅっと目を細めて翳していた腕を振るうと、押さえつけていた斬撃の光が霧散してしまう。

 

「ば、馬鹿な、そんな馬鹿なっ!?」

 

 一歩ずつ近づいていくサガに対し、レーフィンは目を見開いて後退りをする。

 

「さあ、次は此方の番だ。見るが良い、星々の砕け散るさまを―――!!」

「な、なんだ、なんだコレは!!!」

 

 その時、レーフィンは確かに見た。

 自身の周囲が宇宙空間のように前後の感覚を失い、そして光り輝く無数の星々が次々と砕け消えていくさまを。

 

「ギャラクシアン・エクスプロージョンッ!!」

 

 究極にまで高められた小宇宙。 

 その力は眩い光と激しい衝撃を引き起こし、周囲一体に破壊という結果を齎して広がるのであった。

 

 その光景にクライオスは

 

「間近で見れるのは嬉しいけど……コレは食らったら死ぬな」

 

 と、背筋を凍らせて居るのであった。

 

 

 

 


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