聖闘士星矢 9年前から頑張って   作:ニラ

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番外編

 

 

 聖域十二宮、此処はその四番目の宮に当たる巨蟹宮。

 黄金聖闘士蟹座・キャンサーのデスマスクが預かっている宮である。

 

 本来ならばデスマスクが守護することに成っている宮なのだが、この日は太陽が落ち始めた頃から三人の黄金聖闘士が詰め込んでいた。

 

 一人は当然、この宮の聖闘士であるデスマスク。

 そして山羊座・カプリコーンのシュラと、魚座・ピスケスのアフロディーテの三人である。

 

 本来、黄金聖闘士が自身の宮離れることは非常に珍しい。

 何故なら彼等は、聖域の頂点に君臨する教皇と、地上の平和を守る女神アテナの御わす神殿への道を守る存在だからだ。

 

 その為、余程の事が無い限り各々が任されている宮を空けることなど有りはしない――――と言うのが通説になっている。

 

 にも関わらず、こうしてこの三人が巨蟹宮に詰めているのはなんの為か?

 

 それは――――

 

「む……相変わらずの腕だな」

「へへへ、当然よ。俺を誰だと思ってるんだ?」

「そうだな……これなら喩え今の職(黄金聖闘士)を失ったとしても、料理人として食べていけるぞ?」

「……縁起でもねぇこと言うなよな」

 

 テーブルの上に並べられた食事の山々。

 彼等三人は揃って夕食を取っているのであった。

 

 

 

 

 番外編 第一話 少し前の巨蟹宮では

 

 

 

 

 デスマスクが一人で用意した食事を三人でを食べ、アフロディーテが持ってきたワインとシュラの持ってきたチーズを肴に取留めの無い話をしていた。

 内容は至ってくだらない事が多く、デスマスクなどはアテネ市内の出来事、アフロディーテは日焼けが出来てしまったなどの日々の出来事を楽しげに語らっているのである。まぁ、シュラは普段が真面目すぎるため、どうしても聞く側に回ってしまうのだが。

 

 さて、そんな三人の談笑が始まってある程度経った時、ふとデスマスクが口を開いてこんな事を言ってきた。

 

「知ってるかお前ら? シャカの弟子の事」

 

 今までのデスマスクの会話の内容が『~~の新人店員が』とか『~~の店の娘が』といった内容だったため、

 突然のこの話の内容にシュラもアフロディーテもお互いの顔を見合わせて目を丸くしてしまった。

 

「シャカの弟子?」

「……クライオスの事だろう」

「知ってるのかシュラ?」

「知ってるも何も……俺達にも挨拶に来たことが有るだろう」

「そうだったか? 私は興味の無い事には、あまり気を向けない質なのでな」

 

 事実、クライオスは聖域に来た次の日、下は金牛宮から双魚宮までをシャカに連れられて挨拶回りをしていた。

 注:初日にそれを行わなかったのは、シャカに叩きのめされたため。

 

 クライオスが聖域に来てから既に二年。

 最初の頃に少し顔を合わせただけの相手だ、アフロディーテが忘れてしまっていも仕方が無いと言えるだろう。

 むしろその事を覚えていたシュラが凄いと言える。

 

 アフロディーテの『興味のない~~』と言う言葉にシュラは軽く息を吐くと、デスマスクの方へと視線を向けて続きを促すことにした。

 

「……それで、デスマスク。そのクライオスがどうかしたのか?」

「あぁ、実はな。ちょっと小耳に挟んだんだが、何でも最近――――と言っても何ヶ月も前からだが、シャカだけじゃなくアイオリアの野郎もその小僧に拳を教えてるらしいぜ」

「へぇ……アイオリアがね。あの人間嫌いが珍しい」

 

 と、デスマスクの言葉にアフロディーテが感想を言った。

 とは言え、何の気なしに言った言葉ではあるが、シュラはそれによって気持ちが下へと向かってしまう。

 

「別に、アイオリアは人間嫌いと言う訳では無いだろう。奴は我々黄金聖闘士を嫌っているだけだ」

「けッ……まだあの事を根に持ってやがんのか」

 

 デスマスクの言う『あの事』といった言葉に、三人は言葉を失ってしまった。

 

 それはもう五年近く前の事に成る出来事。

 かつての黄金聖闘士、射手座・サジタリアスのアイオロスがアテナの暗殺を企てた事件の事。

 そして教皇の命により、同じ黄金聖闘士である山羊座のシュラが討伐をした事件。

 

 実の兄を同じ黄金聖闘士に殺された。

 

 その事がしこりとなって、アイオリアは他の黄金聖闘士との間に溝を作っている状態だった。

 しかし、彼等とて別に血も涙も無い冷血漢と言う訳では無い。

 

 アイオリアの気持ちも理解できるが、だからと言って女神の暗殺など許せるものでも無いというのもまた事実。

 

「あれは正当な『理由』の有ることだったじゃねーか。それを何時までもグチグチとよ……」

「そう言ってやるなデスマスク。君とて、アイオリアの気持ちが解らないでも無いだろう?」

「…………」

 

 

 

「あー……辛気くせーな。まぁなんだ、獅子座のガキの事は一先ず置いておくとしてだ、シャカの弟子の事に話を戻すぜ?」

「…………」

「あぁ、そうだな。――――それでデスマスク、そのクライオスだったか? その彼が直接の師であるシャカ以外からも教えを受けているとして、それが何か問題なのかね?」

 

 暗くなってしまった場の雰囲気を何とか元に戻そうと、デスマスクは話を無理に変え、アフロディーテもそれを後押しする形で話に乗った。

 

 

「いや、そんな事で『問題だ!』とか騒ぐ積りなんて更々無いがよ。……面白そうだとは思わねーか?」

「面白そう?」

「一体何を企んでいるデスマスク?」

 

 ピクリ……と、デスマスクの言葉にシュラも反応を示す。

 良くも悪くもシュラは真面目なのだ。

 

 そんなシュラの反応に、デスマスクはニヤリと笑を浮かべた。

 

「企むとかそんな大層な事じゃねーけどな。だがよ、考えてもみろ」

「?」

「あのシャカとアイオリアに師事してるガキだ、もし将来聖闘士になったら当然二人に似た技を使うようになるだろ?」

「ふむ……まぁ常識的に考えればそう成るだろうな」

 

 自分でオリジナルの技を作るものが居ない訳でもないが、その場合はどうしても師匠の技の特性を受け継ぎやすい傾向にある。

 原作では氷河が良い例だろう(ホーロドニースメルチやオーロラサンダーアタック等)。

 

「そこで俺は考えたわけだ。……『二人も三人も一緒じゃないか?』ってな」

「……何を言っているのだね君は?」

「俺は嫌な予感しかせんな」

 

 シュラやアフロディーテの反応に気を良くしたのか、デスマスクは『ククク……』と邪悪な笑みを浮かべている。

 それとは逆に、シュラはそのデスマスクの笑みに眉間の皺を深くしていた。

 

「更に言うのなら『三人も四人も五人も一緒だろう』と――――」

「デスマスク、少し落ち着け。お前は今とんでもなく面倒な事に俺達を巻き込もうとしている」

「そうか? 良いではないか。私は面白そうだと感じるぞ?」

「アフロディーテ!?」

「おぉ!? やっぱり乗ってきたな」

 

 一応は自分の味方だと思っていたアフロディーテの突然の離反に、シュラは驚きの声を上げた。

 

 だがアフロディーテは何処吹く風と言うような、飄々とした態度で言ってのける。

 

「想像しても見たまえ。仮にそのクライオスが、シャカの教えとアイオリアの教えのみを実践して聖闘士と成った場合のことを」

 

 と、

 

 そこでシュラとデスマスクは、揃ってその少年が聖闘士に成った場合の事を思い浮かべてみた。

 

 デスマスクの想像――――

 

『貴様のような奴はクズだ! 迷わずあの世に行くが良い!!』

 

『大地に頭を擦りつけ拝め!!』

 

 等と言いながら、光速拳を放っては周りを吹き飛ばし、妙な理論を打ち立てては小宇宙を爆発させる姿が目に浮かんだ。

 

 

 シュラの想像――――

 

『正義だ悪だと下らない……この世の全ては諸行無常。常に完全な物など有りはしないのだ』

 

『この身、この生命に変えてもアテナの生命をお守りする!!』

 

 一見達観したような事を言いつつも、いざと成れば其の身を投げ打ってでも聖闘士の本分を守ろうする姿が目に浮かんだ。

 

 

 そして二人は数瞬の沈黙後揃って口を開き、

 

「ちょっと問題だよな?」

「特に問題無いだろう?」

 

 と、真逆の答えを口にしたのだった。

 

「オイ、シュラ。お前ちゃんと考えたのか? どう考えても問題だろうが?」

「お前こそしっかりと頭を使っているのか? あの二人の弟子なのだぞ? 問題な部分など何処にある?」

 

 まぁ、其々の感性の違いと言うか、もしくは師匠のどの部分をピックアップしたかの違いと言うか……。

 

「まぁ二人とも落ち着きたまえ。一応訪ねるが、二人の想像の中では『聖闘士として』はどうだったのだね?」

「聖闘士として?――――まぁそれなら問題ねーんじゃねぇか? 黄金二人に師事してるんだ、上手く行けばそれなりの強さをもった聖闘士に成れるだろうよ」

「そうだな、それに関しては俺も同意見だ」

 

 少しばかり険悪な雰囲気だった二人は、アフロディーテの介入で気を削がれ雰囲気を和らげたのだが、

 それとは逆にアフロディーテは自身の目を細めている。

 

 どうやら二人の言葉に不満なようだ。

 

「君たちは…………誰が強さの事を聞いたというのだ? それよりももっと大切な物が有るだろう?」

「アテナへの忠誠ってんじゃねーだろうな?」

「何を馬鹿な……それよりも重要なものがこのままでは欠ける事になる――――それは美だ!!」

「…………」

「はぁ……」

 

 半ば予想をしていたデスマスクは呆れ顔、シュラに至っては『コイツはもうダメかも知れない』と諦めモードに入りつつ有る。

 

「平素は勿論、闘いに於いても我々聖闘士は美しく有ることを忘れてはいけない。そうだろう?」

「それはお前だけだ」

「少なくとも、俺はそんな事を考えて戦ったりはしねーよ」

「な、何だと!? 君たちはそれでも聖闘士と――――いや、その最高峰の黄金聖闘士と言えるのか!?」

「少なくとも、そこ迄『美』ってモンに傾倒してるお前が黄金聖闘士ってのは甚だ疑問ではあるけどな」

「な!!」

 

 一瞬、懐からバラを出そうとしたアフロディーテを、既のところでシュラが押さえて宥めに入る。

 それにアフロディーテは「ふん……」と鼻を鳴らして手を引っ込めるのだった。

 

「――――でだ、デスマスク。お前の意見は理解はした。要はお前も『クライオスに何かを教えてみたい』と言う事なのだな?

 しかし、いくらお前がやる気に成ったとしても当の本人の意向がある。それ以前に、シャカが許すか? と言う事もな」

「……まぁ、そりゃ確かにな。一つ確実な方法としては、修行中に無理矢理乱入をするってのがある」

「確実な方法かそれは?」

「…………美しくない」

 

 まともな神経の持ち主であれば、そんな事をすれば確実にシャカやアイオリアとの仲をこじらせ、下手をすれば戦闘状態にまで発展するかも知れない。

 

 ……まぁそれは乱入をするのがデスマスクで、しかも普段と同じノリで行った場合のことだが。

 

 しかしデスマスクはそんな事などお構いなしと言わんばかりに、『早速明日にでもやってみるかな?』等と言っている。

 

「聞け、デスマスク……。俺達とて厳しい修業の果てに、今こうして黄金聖闘士として居られる訳だが……。

 果たして、並の人間にそこ迄の修業を課して良いものだろうか?」

 

 と、シュラは無駄とは解っていても、取り敢えずは正論をもってデスマスクを諌めようとした。

 こんな奴でも一応はシュラの友人で有る。

 それがシャカと対立し、廃人に成るのは忍びないと思ってのことだった。

 

 まぁ、シャカと対立することや、その場合廃人に成ることを見込んでいる時点でデスマスクが哀れとも言えなくもないが……。

 

「これ以上ものを教える人間が増えては、唯の器用貧乏に成るのではないか?」

「ふむ……確かにシュラの言い分にも一理ある。余りにも詰め込めすぎては無理が出るやもしれんな」

 

 しかし、アフロディーテも加わった説得(?)の言葉だったにも関わらず、どうやらデスマスクには余り意味が無かったようで――――

 

「お前ら揃いも揃って何を言ってやがる……」

「デスマスク?」

 

 急に勢い良くデスマスクは立ち上がると、力強い言葉と態度をもってシュラとアフロディーテを一喝した。

 

「器用貧乏? 無理が出る? だったらそうならねーよーに、奇跡を起こせば良いだろうが! 俺達聖闘士は、その奇跡を体現する存在じゃねーのか!!」

 

 コレが恐らく主人公属性を持つものが言ったのなら絵になる――――もとい、聞いた者の心に響いた事だろう。

 

 しかし、如何せんここまでの話の流れや、そしてそれを言ったのがデスマスクで有ると言うことがあってどうにも……。

 

「君がそういった台詞を吐くと、仮に其の積りが無かったとしても嘘にしか聞こえないな」

「んだとぉ!!」

「合わせて言うのなら、今までの会話と決して合うような言葉でも無い」

「シュラもか!? ちくしょう! あぁ解ったよ!! こうなったら俺ひとりでもやってやるよ!!」

「いや、そもそも俺は止めろと言いたいのだが……」

「うるせーバカ!」

「バ、バカ……」

「まぁ、待ちたまえデスマスク。そういきり立つな、そもそも私はやらないとは言ってはいない。ただ、鍛えてやるのはゴメンだがな」

「あん?」

「先程も言っただろう? 今のままでは美しさに欠けると……」

 

 言うとアフロディーテは何処から出したのか――――まぁ間違いなく懐からだろうが――――真っ白な白バラを手に持って言ってきた。

 その際に花弁を一枚唇で咬むと、『フ…』とそれを吐息で宙に舞わせる。

 

 まぁ、その仕草が美しいかどうかは疑問だが……。

 

「優雅さと美しさを併せ持った聖闘士になるように所作振る舞いを教え込む――――と言うのなら、私はやっても良いと思う」

「それを言うのなら今お前の目の前に居る、『この』蟹座の聖闘士に教え込んだらどうだ?」

「おいおい、幾ら何でもそりゃゴメンだ――――」

「シュラ、世の中には可能な事と不可能な事があるものだ」

「何だよそりゃ!?」

 

「ふぅ……まぁいい、兎も角俺は止めたからな。仮に本人は勿論、シャカの不興を買ったとしても助けたりはせんぞ」

「別に良いけどよ、率先してシャカに言うような事だけはすんなよ?」

「お前らが無理をさせなければ何もせん事は約束しよう」

 

 シュラはそう言うと、『そろそろ磨羯宮に戻らせて貰おう』と言って席を立ち、何か言おうとしたデスマスクに手を振って制するようにして立ち去るのだった。

 とは言えシュラは思う、『いざと成ったら俺が実力行使をしてでも、この二人を止めなければ成らないのだろうな……』と。

 

 そうして残される形になったデスマスクとアフロディーテだが、直ぐ様アフロディーテが溜息を一つし、

 

「ふ、では私もそろそろ双魚宮に帰るとしよう。そのクライオスがどのような人物なのか……私なりに調べたいからな」

「おう」

 

 と言って、席を立った。

 だが出口に差し掛かったところでアフロディーテは足を止め、その場で立ち止まってしまった。

 

「――――なぁ、デスマスク」

「何だよ」

 

 さっきまでの巫山戯た雰囲気を一変させ、デスマスクは姿勢を正してアフロディーテの言葉に耳を傾ける。

 それが軽い話ではないと解ったからだ。

 

「私は時折考えるのだ……。こうして語らい、友と共に過ごす時間の中に――――何故、何故『あの二人』が居ないのだろうと」

「…………」

「何が……いや、何かが間違っていたのだろうか? かつての私達は――――」

 

 だがそれに答えることなどデスマスクには出来ない。

 出来る筈がない。

 

 聖闘士の鑑と言われた二人。

 

 射手座の黄金聖闘士アイオロス、

 

 そして例の事件を境に姿を消してしまった人物、神の化身とまで言われた最強の黄金聖闘士だった男、

 

 双子座のサガ。

 

 共に尊敬し敬愛した二人の聖闘士。

 

 何故この場に二人が居ないのか? 何故そんな現実になってしまったのか? そんな事は解るわけが無かった。

 

「済まない……詰まらない事を言ったな。唯の戯言と聞き流してくれ」

 

 『悪かった……』

 

 そう言葉を残すと、アフロディーテは腕を一閃して花霞の中に消えていった。

 バラの香りを残して……。

 

「何故……か。それこそ俺に解るわけがねーだろ」

 

 自分以外に誰も居なくなった巨蟹宮で、デスマスクはそう独り言ちたのだが……次の瞬間!?

 

「――――あの野郎! 誰が片付けると思ってんだ!!」

 

 部屋中にばら蒔かれた大量のバラの花弁を見てそう叫んだのだった。

 

 


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