▶0「不思議な体験」
――――――「不思議な体験をしてみない?」
目が覚めると、いつもの光景――部屋の天井が映し出された訳ではなく、見た事のない石天井が目の前に現れる。
「…ん。ここは…?」
そんな薄汚れた空間の中に、似つかわしくない現代風の服装を着た少女が床に座っていた。
少女は佇まいを直し、現状を理解しようと頭を回転させる。
「…うーん?」
学校のテストでは毎回高得点をだし、順位も学年1桁には入る程の秀才。だが、勉学以外での頭脳はそれほどでは無かった。
「とりあえず、あの光のある方に行ってみようかな」
周囲を見渡した際、微かにだが光が差し込んでくる場所を見つけていた。それと同時に、ここが洞穴の中という事も分かった。
少女は徐に立ち上がり、光の差し込んでくる方へと慎重に歩き始めた。
――――――――――――――――――
「んっ。眩しい…」
洞穴の出入口と思われる小さな隙間を抜けると急激な太陽光に、思わず目を瞑ってしまう。そして、ゆっくりとその目を開け再び周囲の状況を確認しようとした。
「…森の、中?」
洞穴の中と言い、石天井を見る前の景色には似つかわしくない空間が広がっていた。
まるで、森林地帯の中にでも紛れ込んでいるような感覚だ。
「え、え?ここって現代…じゃ、無いよね?」
ここまで現実とかけ離れた場所を見れば一目瞭然。普通に学校に通い、家でゲームをする日々。そんな、日々暮らしていた場所とは明らかに違うことに動揺を隠せない。
何故ここにいるのか。どうやって来たのか。ありとあらゆることが不明のままだ。
だが、こんな状況に陥っても少女は冷静を保ったままだ。
「…とりあえず、人を探さないと。ここに居ても何も変わらないもんね」
一度決めたことは、意地でもやり通す少し頑固な性格。今の状況において、すぐに行動にとりかかれるのはすごいことだ。
少女は迷いもなく、どんどんと木が生い茂る中へと進んでいく。
「動物もいない。人は…もちろんいないけど。なんか不思議な場所だなぁ」
そんな感想を持ちながら歩くこと数十分。森林地帯の終わりが見えたことに気がついた。
「あれ。思ったよりも小さかったのかな?」
そのまま、少女はこの森林から抜けるために足を早める。そして、抜けた先に待っていたのは――
「…海?」
目の前に広がるのは、緑一色から打って変わって青一色となっていた。正確には、その海の前に砂浜のような場所があるが、どちらにせよ森林を抜けた先に海が見える。
こんな状況を表す言葉は限られてくる。
最も近い表現の仕方はこれだろう。
「――ここ、無人島だったり?」
――――――――――――――――――
とりあえず今の状況を理解――
「…あれ。短期間でこんなに状況理解しようとすることあった?」
訳も分からない場所にいるわけで、場面が切り替わる度に状況を理解する必要があった。
「…アレなんだろう」
砂浜へと出てきて周りが開け、少し遠くまで見渡せるようになった。少女はそんな目の端に一つ大きな塊があるのを見つけた。
「行ってみるか」
少し距離があるように思えるが、少女は迷わずにその謎の塊がある方へと歩き出す。
「これってなんだ?船?」
近くまでやって来ると、その形が船のようなものだと分かる。
「ドクロマークの旗とか、大砲とかがついてる…海賊船だったり?」
現実ではそんなものは有り得ないが、ここならその可能性もあるだろう。
砂浜に打ち上がっている海賊船は酷く汚れていて、所々壊れている箇所もある。
「中に入って確認しようとしたけど、これじゃあ無理だね…」
海賊船の中身を確認することは断念した。だが、ここに海賊船があるということから人がいる可能性が浮上してきた。
「それでもこの様子だと、かなり昔の出来事に思えるけど」
大きな収穫をしたと思う一方で、そんな考えもしてしまう。
結局のところ、人を見つけるのはまだ苦労するかもしれない。
「って、これ人探しの前に食料確保しないと!」
このまま時間が過ぎる一方では、餓死してしまうかもしれない。人探しと並行しつつ食料確保も優先しなければならない。
「とりあえず、ここが無人島だとして今いるだいたいの方角が分かれば良いんだけど…」
歩き回って見つけた場所の方角を覚えておけば、迷わずに戻ってこれる可能性があるからだ。
しかし、無人島で方角を知るなら最も良い方法として太陽と時計を用意する必要がある。
太陽なんてものは上空を見上げればすぐに見つかる。
だが――
「時計…持ってないんだよね」
時計が無くても方角を知ることはできるが、この時計と太陽の関係以外の方法を知らなかった。
「あぁ、寝る時も時計身につけておけば良かった」
そんなことを思いつつ、海賊船の近くに10分近く座り込んでこれからのことを考えている。
「あれ。森ってこんなに大きかった?」
海賊船に背中を預けつつ、さっきまで居た森林地帯の方を見る。
洞穴からここに来るまで、そこまで歩いていないのだが客観的に見る限り、かなり大きめの森林であったことに気づく。
「…横方向に長くなっているのかな」
どうやら、運良く森林の少ない方角へと歩いていたみたいだ。
――ガサッ。
自然に耳を傾けていると、不自然な音の正体に驚く。
「え!?何!動物!?」
目を見開いて、周囲を確認する。確かに音は聞こえた。だが、姿は全く見当たらなかった。
「いや、あそこ…?」
姿は見当たらない――だが、不自然に踏まれた跡がある雑草を見つける。
「よし、探しに行こう!」
方角が気になるなどと考え込んでいたが、今はすっかり忘れて音の正体を探るべくまた森林の中へと入っていった。
――――――――――――――――――
「見失った…」
それどころか自分がいる位置さえも見失っている。
「どうしよう。とりあえず、散策するかぁ」
ついでに人や動物、食料を見つけられればラッキーと言ったところ。
戻る方向も分からなくなっているため、頼りになるのは自分の勘だけ。
「…それにしても、なんか神秘的?」
森に入った際に感じていたもの、だが森から出た時にその感覚は無くなっていたため気にしてはいなかった。
しかし、再び森に入ると感じ取ったことから決して偶然ではないことに気づく。
――まるで、この森に妖精やらエルフやらが住んでいそうな気配を感じ取っていた。
「これは…?」
そんな目的もなく森林の中を歩いていると、自然の中には不自然なモノが転がっていることに気づく。
「…何かの飾り?」
バッジのような、まるで何かの団体――軍隊?のようなものの証を見つけた。剣のマークがあることから、恐らく何かの騎士団の証なのだろう。
「ん。…そういえば、人とか動物は見ないのに蝶々だけは見るんだよね。なんでだろう」
森林の中にいれば、必ずと言っていい程たくさんの虫とすれ違う。
虫が生息しているからと言って何も不思議なことはないが、そのほとんどが蒼い蝶々と言うのが気になるところだった。
「まぁ良いか。神秘的に感じる何かも、たぶんこの蝶々なんだろうね」
勝手に自己完結して、森林の中へと歩いていく。
――ガサッ。
と、そんな所で先程よりもだいぶ近いところで音が鳴る。
「あっ!たぶんさっきの!今度は逃さないっ!」
すぐに音がした方向へと走り出す。茂みの中、整備されていない地面を注意深く、しかし大胆に進んでいく。木の枝からぶら下がっている蔦を手で華麗に捌きながら一歩前へと踏み出した――
「――やっと捕まえたよ」
目の前には、謎の少女が今まで自分が追っていたであろう動物――兎を捕まえていたのだ。
――――――――――――――――――
衝撃的な出来事が一度に起こったことで、少女は驚きのあまり体が固まってしまった。
「――あ、あれ。人がいる?」
どうやら、兎を捕まえたと思われる少女も、ここでは会うことがなかったであろう人の存在に驚きを隠せないでいる。
「えっと、とりあえずボクはロボ子。――こっち来て」
ロボ子と名乗る少女に、身を固めていた状態でもしっかりと状況を理解(何度目になるだろうか)しようとしていた。
「…ロボ子、さん?」
「そーだよ。そろそろ日が暮れるからボクの住んでる場所に行こ?」
「日が暮れる?…でも、まだ太陽は真上にあるよ?」
時間は分からないが、おそらく昼1時頃だろうと思っている。日が暮れるなんて何時間も後の話だ。
「あー、君のいる所とここはちょっと違くてね。時間の流れが変わっているんだよ」
「私のいる所と…?」
まるで少女がここへ飛ばされてきたことを知っているような発言だ。
「とりあえず、ボクの住む場所に移動してからお話ね。夜は危険だから」
「危険?」
「そーだよ。夜になると眠っている龍が目覚めてそこら辺を飛び回ったりするし。サメが陸に上がってきたりするしで」
「……」
「う、嘘じゃないよ!?」
何とも信じ難い話だが、今更疑うのもおかしな事だろう。
言われるがまま、ロボ子さんの言う住んでいる場所へと移動することにした。
――――――――――――――――――
歩くこと数分。意外と近いとこにあることに驚く。
「…もうこんなに暗くなるなんて」
「そーだよ?ボクを見つけたタイミングもバッチリだったね」
そんなことを言いながら住む場所――最初にいた洞穴のようなモノの中へと入っていく。
お世辞にもキレイとは言えないが、最低限住めるように整備されていた。
「よし。一先ず今日は凌げそうだね」
ロボ子さんがお茶を入れてくれる。差し出されたお茶を飲み、さっき聞きたかったことを次から次へと聞いていくことに。
「私がここの世界の人じゃないって知ってるの?」
「うん。だって、ボクが呼んだからね」
「えっ」
つまり私がこんなに苦労することになったのも全部目の前にいるロボ子さんのせい?
「心配しなくていいよ。ちゃんと元いた世界に戻れるから」
「…そうなの?」
「うん。もちろんそのための条件があるんだけどね」
ロボ子さんは一口お茶を飲み、改めて私を見つめてくる。
「――どうか、この世界を救ってくれないかな?」
「……。えぇ!?私が!?」
いきなりの発言に、少しの間理解ができないでいた。ロボ子さんの発言に理解が追いついた際、とんでもない事を言われたのだと自覚する。
「いきなりすぎるよ。だいたい私なんかが…」
「大丈夫だよ。ボクがサポートするからっ!」
半分押し付けられた感が凄いが、元いた世界に戻るためにも嫌々と提案を引き受けた。
「それで、世界を救うって何をすれば…」
「過去に戻るのさ」
「え?過去?」
「そう。ただ、過去に戻ることは不可能って言われているから、過去の時間軸でこの世界と同じであって違う世界へ行くの。そこの過去を変えてくれば、繋がってこの世界も変わるってわけ」
少し難しい話をされ、真剣に頭を悩ませる。
しばらく考えて出た結論。
「同じであって違う世界。――Parallel Worldってこと?」
私の導かれた結論に、ロボ子さんは微笑んで聞いていた。
「――やっぱり君で良かったよ」
それからロボ子さんの話を聞くと、この無人島において、最も別の次元に近いとされている【秘密の丘】があると言う。そこで、いわゆるParallel Worldへと行くことができるみたいだ。
今日はもう寝て、明日の朝向かうことになった。
ちなみに、夜ご飯はさっきロボ子さんが捕まえた兎の肉だった。
「…あ、このバッジ持ってきちゃった。まぁいっか」
咄嗟に握りしめたまま、兎を追いかけたせいで何かの騎士団の証であろうバッジを持ってきてしまっていた。
勝手に持ち出したことで呪われなければいいが。
「あ、寝る前にいいかな?」
布団に潜り、そろそろ寝ようとしたところでロボ子さんから声をかけられる。
「どうしたの?」
「まだ君の名前を聞いていないと思ってね」
確かに言われてみれば、ロボ子さんが一方的に名前を打ち明けただけで自己紹介はまだだった。
「私は時乃 空。改めてよろしくね」
「――ときのそら…そらちゃん、だね。よろしく」
そんな端的な言葉で区切り、お互いに寝ることにした。
――――――――――――――――――
早朝、ロボ子さんに連れられて【秘密の丘】へとやって来た。
「それじゃあ、頑張ってね」
「えぇ!?私何も説明されてないけど!?それにロボ子さんは来ないの!?」
「ボクは、この世界を管理していないとだし。ちゃんと役目を終えたら自分の世界に戻れるから心配しないで」
「役目って…世界を見届けるっていうやつ?」
ここへ来る間に説明された話によると、「世界を見届ける」これが渡された役目のようだった。
だが、それだけの情報で他は何も無い。
「干渉したければしてもいいよ。――この世界を救うために、過去の出来事を良い方向へと進める。それがそらちゃんの役目」
「…。やってみる」
覚悟を決め、【秘密の丘】の中で、不思議な力を発揮している祭壇の上へと登っていく。
すると周囲が光だし、私の体ごと覆われていく。
「――頑張ってね、そらちゃん」
――最後にその言葉を聞き、周囲は完全にシャットダウンされた。