――――――「不思議な体験をしてみない?」
目の前がシャットダウンしたと同時に、脳裏に響いた音声。少しロボ子さんに似ているようで、違う人の声に感じた。
今、このタイミングでこの言葉が投げかけられたのは偶然では無いのだろうと思ってしまった。
移動自体、時間に起こせばわずか数秒だろう。しかし、この不思議な体験を身をもってしている私――ときのそらにはとてつもなく長い時間に感じているのかもしれない。
やがて、暗転は終わりを迎え、少しずつ目の前に光が広がってくる――
――――――――――――――――――
「いやぁ、今日は良い天気ですねっ。こんな日には広い大海原の真ん中で――」
「そんな事言ってる場合じゃないですよ、船長!!どうすんですかこれ!?」
船長と、そう叫びながらこちらへ走ってくるのはいかにも貧相な体つきをしている少年。その頭には黒いバンダナをつけ、トレードマークであるドクロが刺繍されている。
なぜこの少年がここまでして慌てているのか。その理由はもちろん、船長には分かっている。
――王国にケンカを売ったからだ。
「やばいわ!大砲の弾がこっちへ飛んでくるわよ!?」
一人の女船員が声を荒げる。
「…え?」
しかし、時すでに遅し。次の瞬間には、弾が船へと着弾し爆発音と煙を上げながら粉々になり、徐々に傾き始めていく。
「――あぁぁ!?船長の船がぁぁ!!」
そんな事件性のある悲鳴も悲しく、船員一同海の底へと沈んでいった。
――――――――――――――――――
「…うぅっ。船長の…船がぁ…」
「うるさい!」
気がつけば、看守と思わしき人物に手錠をされ訳も分からず道を歩かされている。
たどり着いた先は、地下牢と呼ぶのが一番相応しいであろう場所だった。
――幸い、迎撃された場所が港を離れわずか5秒進んだ所だったということ。
海もそこまで深くなく、船員一同仲良く捕まったというわけだ。
「――あーあ。ついに捕まったのかあんた」
そんな船長に近づいてきて声をかけるのは、王国に仕えている騎士団――白銀聖騎士団の女であった。
「…うるせえ、このおっぱいお化け!」
この女とは王国でちょくちょく出くわしていた。その度に、この海賊衣装についてコスプレなどと馬鹿にしてきてたのだ。
「…折角、船長がお金を集めて手に入れた海賊船…」
「それが、たった5秒で沈没船になったって訳か」
「うるさい!そもそも毎回毎回なんでお前がいるんだよ!」
事ある毎に、船長の目の前に現れてくるこの女。
変に運命などと言われても嬉しいことなど一つも無い。
「そう言われても、私も団長の命令で団員引き連れて問題発生場所に向かってるだけだもん。そのほとんどがあんたって事よ」
納得がいかない説明を受け、檻ごしに話しかけてくるこの女に一発ビンタをかましてやりたくなってきた。
「…あれ。団長から命令を受けるって…え?もしかしてお前偉い?」
白銀聖騎士団はかなりの人数がいる。それをまとめている団長と直接話す機会がある人物はかなり地位が高い人だけだろうと勝手に思っていた。
「…あー。あんた重要人物だったから自己紹介する必要がないと思って言ってなかったのか」
なぜ船長が重要人物に指定されているのかを問いかけようとするが、話を遮ってしまうため後で聞いておこう。
「それじゃあ改めて。私は白銀聖騎士団の副団長――白銀ノエルだよ」
「…副、団長?」
団長の支えとなり、団長と共に団員に指示をする立場。
それが副団長というもの。
「…ノエル様ぁ!どうか許してくださいぃ!」
「げっ。この女、人の立場を知ると一気に態度変えやがる…!」
さっきまでの、この副団長に対する態度など無かったかのように媚びを売り始める。
「んー。一応聞くけど…あんたの名前は?」
「おっ!その反応はもしや…!?」
「違う違う。あんたなんて呼び方、少し口が悪いかなと思ってるだけ」
「はいはい、そうですかそうですか」
「…なんで拗ねてんの?」
いくら重要人物で檻に入れられた人物とは言っても、流石に可哀想になってきたのかと優しく接してくる副団長ノエル。
「…まぁ良いでしょう。自己紹介をすれば良いんでしょ?」
「さっきからそう言ってるんだけど…」
「…おほん。Ahoy!宝鐘海賊団船長の宝鐘マリンですぅ!」
「…宝鐘海賊団?あの船って海賊船だったの?」
「海賊船になる予定だったんですう!てか海賊と思ってなかったなら何だと思ってたのさ」
「てっきりヤクザか何かかと…」
「いや、そっちの方が怖すぎるでしょ!?」
そんなこんなで、囚人と騎士団の副団長と言う普通では有り得ない組み合わせで、軽く小一時間程話し込んでいた。
主にお互いの罵倒ではあったが。
――――――――――――――――――
「てか、ノエルさぁ。なんでずっと船長の前にいるの?」
「仲良くなったわけじゃないのに呼び捨てやめて欲しいんですけど?」
「いやいや、だってノエル副団長とかノエル様って違うじゃん?」
「はぁ…」
船長こと、宝鐘マリンと長いこと話し込んでいたノエル。ノエルが抱いたマリンへの感想は――
「…めんどくせえ女だな」
「はぁ!?誰がめんどくさいですって!?」
「…はぁ。早く団長来てさっさとマリンの処置をして欲しいのに」
めんどくさいと言われ抗議をするが、スルーできない言葉を聞きその抗議を止める。
「…船長の、処置?」
「そりゃそうだよ。そもそも私がここにいるのはマリンが変なことしないか見張るためだし。わざわざ王国の中心、白銀聖騎士団の騎士堂の前で「王国のお宝は全部もらっていくぜ!」なんて馬鹿げたこと言うからだよ」
「…すんません。…海賊船手に入れて浮かれてました」
それから聖騎士団に追われ、冒頭の海賊船の沈没へと繋がる。
「…だから重要人物に指定されたんだよ?今、団長が他の船員の処遇を決めているところじゃない?」
「うぅ。船長のせいで、皆に迷惑かかるだなんて…」
思ったよりも心がガラスなマリンに対して、ノエルは少し困惑気味になっている。
「こう見えて船長強いんですよ?その気になれば、団員くらいなら倒してみせますよ!」
「…また変なこと言って」
「――それは聞き捨てならない言葉だね」
ふと二人が会話をしている所に、一人の男が近づいてくる。
「あ!団長!」
と、ノエルがその男を見て「団長」と呼んだ。
「…今さっき、団員くらいになら勝てると言ったかな?」
あ、終わった。これはどう考えても宣戦布告のソレでしかない。
「あ…いや、それは何と言うか…」
「面白い。良いだろう、君にチャンスを与える」
「え?チャンス?」
てっきり反乱に加え、騎士団に挑発した態度を取るマリンに対して即極刑を申し出ると思っていたが、予想外の言葉を受け驚いてしまう。
「今の感じ、どうやらノエルとは仲良さそうだったね」
「あ、いえ団長。別に仲良いわけでは――」
「そこで君には一つ、我々がいつもしている調査、これを一つやってきて欲しい」
団長はノエルの言葉をあえてスルーして話を続ける。その団長の態度に、勝手に仲良し認定さたノエルは複雑な気持ちを抱く。
「調査?…それを船長がやるってこと?」
そんなノエルの反応には目もくれず、マリンは団長に向かって今さっきの言葉について疑問を投げかける。
「そう。この世界では何も、人だけが暮らしてるわけじゃない。もちろん動物とか昆虫もいるが、最近暴れ回っているバケモノも多いと言われている。それを今、我々白銀聖騎士団が調査をしているのさ」
――バケモノ。その単語はマリンでさえも知っている。どこからやって来たのか、いつからこの地で生息しているのか。それらが全くもって不明な存在。時に人を襲い、時には人の手助けをするという習慣でさえも分かりきっていない。
「えぇ…。そんなのと戦うってこと…?」
「まぁ調査をする上で可能性はあるね。我々もまだ見たことは無いけどね」
そうは言っても会ってしまえば、戦う以外の選択肢は限られてくるだろう。
「…え、それってもしかして船長一人で?」
「流石にそこまでの事は言わないさ。君の船員たち全員で調査してきてほしい。それだけだと逃げられる可能性もあるから、5人くらい我らの団員も付けよう。それからノエルもね」
「――えぇ!?団長、私も行くんですか!?」
完全な飛び火だと抗議をするノエル。
ここでノエルを付けると言ったのはどう考えてもさっきの仲良し認定があるからだろう。
「仕方ない、ノエル…お互いに頑張ろう」
「……。マリンにだけは言われたくないんだけど」
――――――――――――――――――
それから団長の命令の元、マリンたち宝鐘海賊団は地下牢から外へと出された。
「――という訳で、君たちの今後を決めるために調査に向かうことになりました」
詳しい説明はマリンしか聞いてなかったため、ノエルが改めて他の船員たちに一から事情を説明していく。
「…それで、調査ってどこ行くの?」
「…。えっと、団長が言ってたのはこの王国の端に不思議な屋敷が急に現れたんだって。しかも出現時の目撃者は無しと」
「え、何それ。ファンタジー?」
屋敷と言えば、かなり大きな建物だろう。それが急に現れるだなんて。しかも見てた人がいないなんて話、普通では有り得ない事だ。
「その屋敷の調査だって。一応、この【プラチナ聖王国】に害を及ぼすかどうか気になるからって国王から頼まれたみたいだよ」
「如何にも何かが出るような所じゃないですかそれ」
嫌々言いつつも、マリンにはノエルに従う以外の選択肢はない。
早速準備に取り掛かり、出発しようとしている。
「…それにしても馬車多いね」
「マリンたち海賊団の人数が思ったよりもいるからだよ」
我ら宝鐘海賊団は、船長であるマリンを除きその人数は18人もいる。
一つの馬車に乗れる人数はせいぜい5人くらいだ。総勢25人いるため、馬車は5台用意された。
「それじゃあ皆はそれぞれの馬車に乗ってね。変なことしないか見張っておくように」
ノエルが団員たちにそう声をかけると、それぞれ馬車に一人ずつ乗っていく。
「マリンは私と一緒ね」
「えぇ…何で馬車まで一緒にいないといけないの?」
「団長から言われたの。マリンが一番危ないし、私が一緒にいるようにって。私も嫌だけどしょうがないじゃん」
一言多いが、ノエルと馬車まで一緒になるのは少し…いや、かなり嫌だ。
本当に悪い意味での運命のイタズラなのではと思ってきてしまう。
「はぁ、仕方ない。決まったらならちゃっちゃと解決して、釈放してもらいましょう!」
「前向きなのは良い事だね。ちゃんと役に立ってね」
「分かっとるわ!船長の事なめないでもらえますか――」
「きゃっ!」
ノエルと言い争いながら馬車へ乗り込もうと一歩前へ出ると一人の少女にぶつかって倒してしまった。
「あぁ!ごめんなさいっ!」
「あーあ。いけないんだマリン」
後ろからおっぱいお化け(忘れた頃にやってくるあだ名)の野次が飛んでくるが気にせず倒れた少女に手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
「…あっ、はい。ありがとうございます」
少女はマリンの手を取り、立ち上がるとどうやら同じ馬車に乗る騎士団の団員のようだと気づいた。
「…一応自己紹介しておきますね。宝鐘マリンです。よろしく!」
「…あれ?私にした挨拶は?」
「全く、分かってないなノエルは。ちゃんと言う場所とタイミングがあるんだよ」
「へー」
まるで興味無さそうな顔と発言をされた。気にせず、自己紹介をした少女の方へと向き直る。
「あ、えっと…時乃 空です。…よろしく」
「ときのそらだね。よろしくっ!」
そんな軽い自己紹介も交わしつつ、全員がそれぞれの馬車に乗ったことでいよいよ屋敷を目指して出発した。
――――――――――――――――――
「いやぁ。この国を観光してるみたいで良いですね」
マリンは馬車の窓から外を眺めながらそんな事を言っていた。
「え。マリンってこの国に住んでるんじゃないの?」
「一言も言ってないよ?船長が暮らしてるのはこの国の近くの山奥のボロボロのマイハウスで――」
「いや細っ。…ってこの国の近くの山?それって【ドラゲ山】のこと?」
「そうだよ。…ぶっちゃけ山奥ってのは冗談で山の麓辺りだけどね」
そう答えると、ノエルが驚きの表情をしている。
「よくそんな所に住めるね」
【ドラゲ山】というのはこの付近ではとても有名な山。良い意味ではなく、悪い意味で。
それは、その山には「龍が住んでいる」と言われているから。
龍というのは、ありとあらゆるバケモノよりも凶悪な存在のこと。
「まぁ一度も会ってないけどね」
そんなマリンの事情を聞きながら、屋敷までの道を進んでいく。
主に話していたのは、マリンとノエルの二人だったが。
――片道30分近く、ついさっきまでいた【白銀聖騎士団聖騎士堂】が見えなくなり、代わりに怪しそうな屋敷の姿を捉えた。
「お、いよいよですね」
何かとはしゃいでるマリンは意外と乗り気になっていた。
――そんな中、一人ずっと俯いていた少女がいる。
ときのそらだった。
「――何でこうなったんだろう」
そんな呟きは誰の耳にも届かず、一人この言葉を噛み締めて瞑想することとなった。