――――――意識が朦朧とする中、戦おうと必死に体を起こそうとする。『天帝眼』を常に発動させることができているおかげか、脳の回復は思っていたより早かった。
そのため体が動かないにしても、状況を把握することは可能だった。
その状況を把握して――
「…遅いって」
隣に舞い降りた天使――背中から神々しい羽を大きく広げ、頭に付いていた輪っかが青く染まった人物、天音かなたに向かって言い飛ばす。
「――悪かったよそれは。『ファミリア』」
悪態をつくトワに軽く謝ると、かなたの体から眩い光のオーラが放たれる。
すると、倒れていたトワを囲うようにオーラが注ぎ込まれていく。目に見える傷穴が徐々に塞がっていき、やがて元から傷などなかったかのように完治してしまった。
「――これがかなたの覚醒ね」
「そうみたいだな。要するにサポートは任せろ」
再び復活したトワがその場に立ち上がる。凄まじいブレスを吐いた幼龍は、2人が未だその場で生き残っている様子を見ると、続け様に尻尾を思い切り振りかざしてきた。
「――『ライメイ』」
再び、超速で横へ跳び尻尾の射程距離から逃れた。一方かなたは――
「ただ癒すだけじゃねえっつーの。――『ファミリア』」
突如としてかなたの目の前に鉄で出来たような見た目の壁が地面からせり上がってきた。
幼龍の勢いよく放たれた尻尾は壁に直撃――想像以上の耐久値があるようで、尻尾を跳ね返したのだ。
「僕の『創造』舐めんなよ」
そう言って幼龍の足元の地面に手の平を向ける。地面から淡い光が漏れ出てきたと思うと、その瞬間地面が勢いよく爆ぜ、光の剣が幾重にも現れて幼龍の体を内側から貫いていく。
〈――ガァァ!!〉
呻き声を上げつつも、反撃にその凄まじく尖った爪を突き立ててくる。
「――『ライメイ』!」
その爪に向かって頭上から勢いよくトワが落ちてくる。言葉通り、トワ自信が小悪魔のオーラを纏い、幼龍の爪へと着地したのだ。
――着地などと優しい表現が似合わないほどの威力を発揮し、人で言うところの肘に当たる部分から先が、落下の衝撃によって粉々に砕かれてしまったのだ。
「…おりゃあ!」
幼龍が怯んだ隙に乗じてかなたとトワが連携を取り、幼龍へ攻撃を積み重ねていく。
今度はこちらの番と言わんばかりに、幼龍の[狂愛]の積み重ねに対応していく。
〈――ガァァ!!〉
こちらの対応に更に対応する形で[狂愛]による成長を繰り返す幼龍。
少し前の攻防戦に近い形――つまるところの埒が明かない状態に再び陥ったのだ。
「またか…!」
いくら覚醒した2人とは言え、能力の消耗がない世界の中だとしても体力には限界がある。いずれはまた幼龍に上回られてしまうだろう。
「もー早く決着つけなきゃなのに…!」
このまま戦い続ければ、2人の覚醒は解けてしまうだろう。それまでが本当のタイムリミットとなる。
〈――ァァッ!〉
「――っ、かなた!」
「なっ…!?」
そして訪れる、均衡状態が崩される一手。不意に放たれた幼龍の攻撃――しかしそれは今までに見たことの無いもので、咆哮に合わせて地面に結晶が広がっていったのだ。
咆哮のブレスに備えて移動する2人だが、それとは違う結晶による動きの封じに嵌ってしまう2人。
動きが止まった2人目掛けてブレスを――
「――っ!?」
「トワっ!」
足を止めた結晶が更にトワの体の半身にまで拡大し、さながら結晶化のような状態になってしまう。
その上でのブレスがやって来る。もちろんトワに避ける術はない。
「くっ――『ファミリア』!」
目の前に地面から大きな壁を生み出し、ブレスを防ぐ手段とした。だが――
「っ!威力が――」
先程までとは比べ物にならない程強くなっており、壁である程度軽減できたものの、そのまま2人ともブレスに巻き込まれてしまったのだ。
――――――――――――――――――
爆煙に呑まれるも、まだ息をしている2人。幼龍からは煙で姿が見えないのか、追撃が来ることはなかった。
「っ…」
かなりの痛手を負ってはいるものの覚醒が解除されなかったのは救いだろう。
「まずいか…このままじゃまた同じだ」
何か策はないかと考えるトワを横目に、かなたがぽつりと呟く。
「1個…あるにはあるだろ」
「この中で『マドロミ』を使うっての?」
微睡み世界の中で更に『マドロミ』を行使する。そんな話は聞いたことがないし、やろうとした者もやった者も居ないだろう。
「いーやそれじゃない。――『オーバータイム』だ」
「っ、本気か?」
『オーバータイム』は、制限時間の間ならあらゆる能力を無条件で使うことができ、身体能力も元の数千倍にまで跳ね上がる強力な技だ。
この技に伴う代償は、使用した秒数に比例して使用解除後あらゆる能力が一時的に使えなくなるというものがある。
「…時間は?」
「10分以内に蹴りを付ける」
「――おーけー。やるか」
2人の意見が合致したタイミングを見計らったかのように煙が晴れて視界が開けた。
目の前にはずっと煙を見つめていたであろう幼龍の姿があり、2人の姿を捉えた瞬間に大きな咆哮を上げる。
「「――『オーバータイム』!」」
声が重なり、溢れんばかりのオーラが放出された。だが相手は幼龍――オーラに怖気付くこともなく直進して2人を今度こそ仕留めようと、その鋭い爪を突き立ててきた。
『オーバータイム』は身体能力を極限まで上げるものだが、その理屈は使用した天使と悪魔の総合能力の乗算となる。
つまり、圧倒的な潜在力を秘めているかなたとトワが使う『オーバータイム』は、過去に使われたものとは比にならない程の力をもたらしているのだ。
その結果が――
〈――グガァァ!!?〉
これまで受けてきたダメージを、たった一撃でそれを上回る激痛が幼龍を襲う。その痛みが2人分の拳や蹴りから放たれているのだ。
〈――ァァァ〉
圧倒的な力の前に例え幼龍といえど為す術がない。――と考えるのが普通だ。
〈――[狂愛]ッ!〉
今までに聞いた事のないような人間味の溢れる声が張り裂けんくらいに響き渡る。
再び、その身体能力を強制的に向上させたのだ。
だがそれでも――
〈――ァァァッ!!〉
「――『ライメイ』」
かなたの力により創造された光の柱に体を貫かれ、大きな苦痛を露わにする。
そこへ追い打ちをかけるようにトワから光の粒子が溢れ出し、手を幼龍へかざした瞬間、凄まじい速度で幼龍に向かって放たれた。
幼龍に触れた瞬間に粉々に砕け散ってしまう。そう聞けば誰もがあまり効果がなかったのではないかと疑ってしまうだろう。だが実際に幼龍に当たった部分、腹部に注目して観察してみればその異常さが浮き彫りとなる。
〈――ガァァァッッ〉
2つの光により攻撃を受けた腹部は、風船が破裂したかのようにその中身を露わにして弾け飛んでいた。人が受けるものなら即死する程の攻撃。だがそれでも幼龍はやられずに未だ顕在している。
とは言え幼龍も明らかに弱っているのが見て取れる。
「攻めるなら今しかねえ!」
かなたの合図にトワが頷き、お互いにこれまでお世辞にも仲が良いとは言えず、ずっと張り合っていた2人とは思えない完璧な連携で幼龍に追い討ちをかける。
――そしてついに、この長く続いた永久にも思える戦いに変化が生じたのだ。
〈――ァァァァ〉
永遠に成長を繰り返し立ちはだかると思えた幼龍は、ついにその成長が突然として止まり、最早原型など留めていない体はボロボロに崩れ落ちていったのだ。
「…本当に、終わったのか?」
一度復活した幼龍を前に、また復活を果たすのではないかと不安になるかなた。だが、そんなかなたの不安を取り除くかのようにトワが口を開いた。
「残骸ごと消えてなくなった。これで本当に終わりだよ」
そしてそのトワの言葉を肯定するかのように、この『微睡み世界』そのものがひび割れて、少しずつ形が壊れていったのだ。
「…おい!?」
「大丈夫だ」
不意に倒れたトワにかなたが驚きの声をかけるが、心配ないとトワは答える。それにつられてか、かなたも背中から地面に思い切り倒れたのだ。
「…これでここから本当に出れるのか?」
「…さあ。過去に聞いたことなんてないしな。もしかしたらもう死んでたり」
「笑えない冗談だな」
「――暫くは能力も使えないな」
「――そうだな」
崩れていく『微睡み世界』の中で、天を仰いで目をゆっくりと閉じる。恐らく1ヶ月近くはまともに能力が使えないだろう。この後戻れても、果たして無事でいられるのか。
――そんな後のことを考えるのはやめて、お互いに手を繋いだまま意識が途絶えたのだ。
――――――――――――――――――
眩い光と轟音を発した直後、目の前からは幼龍の姿が消えていた。――いや、正確にはトワとかなたも消えてしまっていたのだ。
それに気がついた瞬間、ときのそらは酷く慌てふためいた。
「っ!?嘘っ!?」
このまま2人が欠けた存在となってしまったら――このParallelは失敗に終わるのではないか?そんなことまでも考えてしまう。
「大丈夫っすよ。かなたが簡単にやられる訳ないし、2人が消えた理由がちゃんとあるはずっすよ」
ココがそう言い、ときのそらを落ち着かせる。ココの言葉に同意して周りの皆が大丈夫だと声をかけてくれたおかげで何とかパニックにならずに済んだ。
「これからどうします?ここで2人を待ちますか?」
フブキがそう提案を出すと、他の手がないことから全員が賛成することにしてこの場に残ることとなった。
――そう気持ちを固めた時だった。
「――っ!?」
「なになに!?」
不意に皆が居座る場所――地獄に大きな揺れが生じたのだ。一度鳴り止み、そして再び揺れが発生する。
それが繰り返され、その度に地面がひび割れ、まるで地獄全体が壊れていくかのような錯覚を味わう。
「――まさか、地獄の「核」が…?」
ふとカリオペから言葉が発せられる。「核」と呼んだもの、それについては一度カリオペの口から聞いたことがある。
「…壊されたら、ここが滅ぶ――っ!」
一体誰が壊したのか、それは考える必要も無いだろう。
「恐らく幼龍は核の位置を把握していたでしょう。死の間際に見えたもの――恐らく「狂愛卵」から孵化したバケモノが壊してしまった」
幼龍がトワとかなたの光の力で消滅する寸前、ときのそらにも何か地中に産み落とされた楕円形の物体を視認していた。
だが、カリオペはそれを「狂愛卵」と断定し、まるでその正体が知っているかのような口ぶりで現状の予想を立てたのだ。
「…狂愛卵、幼龍の最期の奥義っすね。中からは[狂愛]を注がれたバケモノが1000体産まれてくると言われているものっすよね」
ときのそらの疑問、その疑問の発生源であるカリオペに説明を求めたが、それよりも先にココがその疑問に答えた。
「せ、1000体…」
説明の中で出てきた1000体という単語。それにはときのそらだけでなく他の者も同じように驚きを隠せないでいた。
「…って、これどうするのら!?やばいのらよ!」
と、悠長に現状について話し合う暇など残されていない。ルーナの言うように、すぐ付近の地面がひび割れて崩れ落ちて行った所だったのだ。
「…時間が足りないよ!」
誰が嘆いたのだろうか、この場にいる全員の気持ちを代弁するかのように呟かれたその言葉を聞いて、カリオペがすぐに行動に移した。
「皆さん!ゲートに入ってください!」
地面から浮き出るように現れたゲートの前に立ち、この場にいる全員へ呼びかける。
「――地獄は捨てます。天国へ戻り打開策を考えましょう」
再びカリオペの口から放たれた地獄を捨てるという選択。だが以前と違うのはこの地獄を、過去を諦めて捨てるのではなく、その逆――地獄を救うために捨てるという選択を取ったカリオペの心意気だった。
それはときのそらにも感じ取れた事で、同じように前向きにカリオペの作り出したゲートへと入ろうと皆の後を追ったときだった。
「――っ!?2人ともっ!」
「…そらさん!」
全員がゲートをくぐり抜けたあと、壊れ行く地獄の中で残ったのはカリオペとときのそらの2人。そんなときのそらの視界の端に不意に人の姿が映ったのだ。
そちらに視線を向ければどこからともなく現れたトワとかなた――お互いに手を繋いだまま意識を失って地面に落ちてきたのだった。
「…まずいです!」
「…っ!?」
そんな2人を放っておくなどという前提が覆るような行動は起こさまいと、急いで駆け寄り2人を抱えてゲートに乗り込もうとした瞬間、タイムリミットを示すかのようにときのそらの足場となっていた地面が崩れてしまった。
――そしてそのままどこへ向かうかも分からない地面の下へと落ちていったのだった。