――――――目の前の光景を目にして言葉が出ない。あれほどまでに強かった団長の姿は、想像もしなかった姿となっている。何より驚くべきところはそこだけでは無い。
「…戦死…ってこと…?」
今、団長は死の淵にいる。恐らく助からないだろう。つまり、これは団長が戦死したことになる。だが、しつこく言うようだが歴史書に書かれていたのは、「加齢による引退」。今の状況は実際の過去と明らかに異なっている。
「――団長っっ!!」
「――ノエル。…すまないな。予定、より…早くなってしまった…。」
「――団長っ!まだ大丈夫ですっ!団員の中で「治癒」が使える人を連れてきて…。」
「――もう、間に合わないだろう。…ノエル…君を、団長に…任命する…。」
「――っ!!まだ、その座は貰えませんっ!団長っ!団長っ――!!!」
ノエルの悲痛な叫びも虚しく、団長はついに息を引き取った。
――――――――――――――――――
「……。」
周囲にはあのボス級のバケモノについてきた低ランクのバケモノが居残っている。こちらをただ見るだけで、襲いかかる気配はない。
その中、団長を抱えたまま地に座り、泣き崩れているノエル。――そんなノエルを誰が責められるだろうか。
残った6人の団員も現実を受け止め、涙を流している。
マリンとるしあは、そんな様子を見てかける言葉が見つからないでいた。
「…過去が。」
改変している。ときのそらはその現実に気づいた途端、血の気が引いていくのを感じた。
世界を救う。それは、世界を見届けることとイコールなのだろうか。
決してそうではない。世界を救う――つまり、「過去」を変えるには干渉する必要がある。
「…今回、私は深く干渉してないはず。」
それなのに「過去」は変わった。世界に変化が起きた。
ここから、一つの考えが導かれた。
「――私が来たこと自体が、すでに干渉した結果?」
本来の過去には存在しない異例の人物。それがときのそら。「世界を見届ける」ことが干渉しないことならば、すでにこの過去に現れてる時点で「世界を見届ける」ことは不可能となっている。
――干渉したければしてもいいよ。――この世界を救うために、過去の出来事を良い方向へと進める。それがそらちゃんの役目。――
ロボ子さんの別れ際の言葉を一言一句違わず思い出す。
過去に来た時点ですでに干渉している。
だが、世界を見届けなければいけない。
「…更に干渉する必要があるってこと?」
すでに変わってしまう過去に、更に干渉することで元の過去通りに物語を進めさせる。
その中で良い方向へ――世界を救う方向へと導く必要がある。
「…そういうことだったんだ。」
本当の役目に気がつくのが遅れたせいで、一つ手遅れな状況を生み出してしまった。
――今になって思う。本来であれば、ときのそらじゃない人物が団長に危険を知らせていたのではないかと。
「…もう、間違わない。」
直接的ではなくても、間接的に過去に干渉しよう。
元の過去をなぞるように、幸せな方向に持っていく。
――改めて、ときのそらは「世界を救う」決意をしたのだ。
――――――――――――――――――
ときのそらが本来の役目に気づいた時、タイミング良くノエルたちにも変化が訪れる。
「…っ!マリンっ!」
るしあが何かに気づいたのか、マリンを呼ぶ。
驚いて振り向けば、居残っているバケモノがこちらへと近づいてきていた。
体長は2m程。人型の姿をしている、以前マリンがるしあに会いに行く途中で出会ったバケモノと似ているようだった。
「…数が多いっ!?」
周辺でこちらを見つめるだけで何もしてこなかったバケモノたち。数は5匹程しか居なかった。
だが、今こちらへ近づいてくるバケモノの総数は20を大きく上回る。
「…こんなボロボロの状態を狙ってくるとは。」
「これA+だよ…マリンっ!」
A+となれば軽い知性を身につけるとされている。
残るバケモノが集まり、ノエルたちが疲弊しているところを狙ってきたのだろう。
るしあが叫ぶと同時、マリンに襲いかかるバケモノに対して、マリンは武器を取り出し応戦する――
「…っ!!!」
「っ!?ノエルっ!?」
――その横から現れたノエルが、バケモノに一撃を与える。
やられはしないものの、大きく吹き飛ばされ大ダメージを受けたであろう。
「ノ、ノエルっ!?大丈夫なの…?」
「…っ!!」
るしあの声が届いていないのか、2人に反応することなくノエルは襲ってくるバケモノの集団へと足を踏み入れていく。
「なっ!?何してるのノエルっ!?」
「…っ、副団長!?」
マリンの叫びと、団員たちの驚きの声が重なる。
ノエルは単独で約20程のA+バケモノと戦う気なのだろうか。
「あいつ、自暴自棄になってるのかっ!?」
マリンはそう思い、ノエルを連れ戻そうと同じくバケモノの群れへと向かっていく。
「うっ!?」
だが、その行動を阻止しようとバケモノが横槍を入れてくる。
結果、ノエルと他の皆が分断された状況となる。
「ちっ…!」
るしあも襲ってくるバケモノに足止めされ、ノエルへ近づくことができないでいる。
「…マリンさん、るしあさんっ!!足止めしてくるバケモノは私たちが相手しますっ!」
6人の団員が前に立ちはだかるバケモノたちを見てそう叫ぶ。
こんな事を言うのは失礼かもしれないが、団員たちがA+を…しかも8匹を相手できるとは思えない。
だがそんな無謀なことを言う理由は明確だ。
「…ノエルさんは、死なせちゃ駄目ですっ!!」
「――ありがとう皆さん。…るしあっ。」
「分かってるっ!!」
マリンとるしあが相手するバケモノを6人の団員に任せ、2人はノエルを追ってバケモノの群れの中へと進んでいく。
――――――――――――――――――
――何を血迷ったのか、バケモノの群れの中へと進んでいく。
後ろから何か声が聞こえるが、それには反応をしない。
「…団長…。」
私が副団長に就任する前から、色々と稽古をつけてくれていた。そんな団長の実力は自分が一番知っているはず。
――だからこそ、ここに現れた「幻龍」を酷く憎んでいる。
「…っ!!」
幻龍は団長の腹に穴を開けたあと、ここから立ち去ろうとしていた。
かたきを討とうとしたが、幻龍から告げられたのは――
〈――小娘。オ前ハマダダ。〉
――見向きもされず、はるか遠くへと飛び去ってしまった。
「…ぐっ!!」
10を超えるA+ランクのバケモノ。まとめてなぎ倒そうとするが、気力を溜め込む隙がない。
「…くっ!?」
ただ一人、ノエルだけで10ものバケモノを相手するには限界があった。
横から近づくバケモノに気が付かず、回し蹴りが直撃してしまう。そのまま吹き飛ばされ、木に衝突し落下する。
「ま、まずい…!」
すぐに立ち上がり体勢を立て直そうとするが、衝撃の影響で思うように体が動かない。
「…っ!」
目の前には3匹のバケモノが立ち塞がる。
絶対絶命の状況の中、だがノエルはやけに冷静だった。
「――やっぱり、無理だよね。」
ノエルは武器を手放し、顔を伏せる。自分はここで終わるのだと察したのだ。
だが、ここで終わったとしても何も後悔はないだろう。
一匹のバケモノが大きく腕を振り上げ、そのままノエルを潰さんと叩きつけた。
「――馬鹿じゃないですかホント。」
「――えっ。」
不意に聞こえる声にノエルは驚き、前を向く。
そこにいたのは、バケモノの攻撃を受止めるマリンの姿があった。
――――――――――――――――――
「…マリン。」
「貴方が死んでも悲しむ人がいないとでも思ったんですか?」
マリンが告げる言葉に、ノエルはすぐに答えられない。
「…ノエルがいなければ船長は今ここに居なかったですよ。」
「え…?」
不意にマリンが話し始める。
後ろではバケモノが今にも攻撃を仕掛けようとしている。
危ないと、言おうとしたが声が出ない。
――このまま共倒れしてしまえば。
「…ノエルらしくないよっ!!」
「――っ!!」
マリンを襲うバケモノの攻撃をるしあが「怨恨」で防ぎながら、ノエルを叱咤する。
「…ノエルらしくないですよ。」
なおもマリンの言葉は止まらない。
「…最初は憎たらしい女でしたけどね。」
「…今もそうでしょ。」
「まぁそうだね。…でも今は違う考え方になってしまいましたよ。」
「…嘘は…良いよ。もう、私は…。」
「団長が死んだのが苦しいのは分かります。でも、前を向かなきゃいけないんじゃないですか?」
「…まだ無理だよ。私は…。」
「――いつまでもへこたれてんじゃねぇ!!」
「っ!!」
助けの声を否定し続けるノエル。そんなノエルについにマリンが怒声を発した。
「いつまでも過ぎたことを悩んでんじゃねえよ!!泣くなら後にしろ!今はノエルを大切に思ってる仲間のために戦えよ!」
「…っ。」
マリンがここまで激しい言葉を浴びせるのは恐らく初めてだろう。
「前を向けノエル!お前はこんなところで終わって良いはずないだろ!」
マリンの熱い想いがノエルの心に響き渡る。
「――っ。」
今のを聞いてノエルはどう思うのか。マリンはこんな経験がないため、説教やら説得というもののやり方が分からないでいた。
今の言葉で伝わればいいが。
「…ごめっ、マリンそっち!」
るしあが止めきれず、一匹のバケモノがすり抜けてマリンへと腕を振りかざした。
「やばっ…!」
マリンは咄嗟に反応し、武器を構える。
「――パワーストライク!!」
ノエルの一撃が、マリンに迫る腕を粉々に破壊し、そのままバケモノ本体へ追加攻撃を行った。
「グァァァ!!?」
そのままバケモノは衝撃で体が崩壊し、地面に倒れ伏したのだ。
「…ノエル。」
「ごめんマリン。…ありがとう。もう、大丈夫っ!」
さっきまでのノエルとは打って変わってその目には戦意が宿っている。
「…ここで死んだら、団長の意志を無駄にすることになる。」
「…良かった。…さてと、反撃と行きますか!」
相手はA+バケモノ。例えノエル1人が加わっても戦況は大きく動かないだろう。
だが、るしあもマリンもそんな考えはしていなかった。
――この3人ならきっと勝てる。その気持ちは誰も疑ってはいなかった。
――――――――――――――――――
――あれから何十分経っただろうか。
いや、もしかしたら一時間近く経っていたのかもしれない。
いつのまにか『ミリアム街』の入り口は地獄絵図と化していた。
マリンとるしあをノエルの元へ行かせるために、奮闘した6人の団員の姿は、見るも耐えない姿に変わっていた。
「…ありがとうございます。」
そんな変わり果てた姿を見て、マリンは感謝の気持ちを伝えていた。
そんなマリンも人の事は言えないような、肩やら腕から血が滴っており、服もボロボロとなっていた。
「…そらちゃん、大丈夫でしたか?」
「は、はい。」
マリンがこちらへ近づいてくる。あの後から、ずっと茂みの中へと戻り隠れて様子を見ていた。
恐らくその判断は正しかっただろう。最後まで戦いに巻き込まれることがなかったのだ。
「ご、ごめんなさい…。」
「そらちゃんのせいじゃないから。あんまり思い詰めないで?」
るしあが駆け寄って何も出来ずにいた私を慰めてくれる。
そんなるしあの姿も、肌が見えている部分の至る所に傷がついていた。
「…帰ろう。」
ノエルが、戦死した16人の遺体を布で覆い隠し、馬車へと乗せ終えた。
「…そうですね。」
こうして私たちは馬車へと乗り、『プラチナ聖王国』へ帰るのであった。
――――――――――――――――――
その夜は疲れ切ってしまい、ときのそらは一人早めに就寝することにした。
他の3人は国王へ報告しに行くみたいだ。
そして別れ際、ノエルは正式に「団長」の座につくことを決めた。
「…明日から頑張んないと。」
そう思い、深い――とても深い眠りについた。
――早く起きなさい。
声がする。まだ眠って少ししか経ってないじゃないか。
――遅れるわよ!
誰の声だろうか。こんなにやかましくては眠れそうにない。そう思い、ときのそらはゆっくりと目を開け――
「…何してんの。もう7時になるわよ?」
――ベッドの上で目を覚ましたときのそらは、今の状況に理解が追いついていなかった。
「…へ?」
「へ?じゃないわよ。ほら、これ朝食のパン。早く学校行きなさい。」
それだけ伝えられ、部屋から出ていく。
「…え。」
今になって気づく。――ここは現実世界だ。
「…夢?」
夢にしてはかなりリアルな体験だった。あの不思議な洞穴の中で目を覚ます前、確か日付は9月2日。
今カレンダーを見ると、日付は9月3日となっている。
「…1日しか経ってない?」
やはりあれは夢だったんじゃないか。そう思い始める。
「…あ!学校!」
現実世界という事はもちろん学校に行かなくてはいけない。何せまだ高校2年生だ。
「行ってきまーす!」
「はい、行ってらっしゃい。」
急いで身支度をして、学校へと向かった。
――時刻は7時55分を指している。
「…セーフっ!」
ときのそらは自分の教室へと駆け込んだ。
ここ、『私立郷高校』の朝のチャイムは8時となっている。
「あ、空ちゃん。今日もギリギリセーフだにぇ。」
そんな私を見て、私の親友が出迎えてくれる。
「…はぁ、はぁ。お、おはよう、巫子ちゃん。」