私のお父さん? 龍神オルステッドですよ? 作:口の端にほっぺが!
気がつくと、体は地面に投げ出されていた。
背中の感触を探る。制服は転がった時に破けて脱げたのかもしれない。ざらついた冷たい感触がした。
しかし、おかしなことに痛みを感じない。
神経が切れて感覚がなくなったのかな。
だとすれば背中の触感があるのは変だし、だとしなければトラックにぶつかった直後に感じた痛みが、きれいさっぱり消えていることに理由がつかない。
我ながら笑ってしまう最期だと思う。
県大会を目前に控え、いつもよりもハードだった部活を終えた帰り。
アキが、七星と言い争っているのを見かけた。
もう1人は、少し慌てた感じで仲裁しようとしていたが、どちらもそれに耳を貸す様子はない。
どれ、七星を弄るいいネタになるかな、なんてこっそり近づいた瞬間。
アキたちにトラックが突っ込んだ。
悲鳴をあげる暇もなく。誰かが体を張って仲裁人を、トラックの進路から退けていたことに反応する間もなく。
トラックは、私にも突っ込んだ。
自業自得だろうか。
七星の弱みを探るのは、私のいつもの習慣だった。もはや癖というレベルで、その手の話には敏感だった。
実際に何度か嫌がらせまでしていた。
アキと仲がいいことに嫉妬して。顔がいいことに劣等感を覚えて。アキと言い争っていたことに薄暗い愉悦を覚えて。
ただ衝動に任せて数歩を許した結果がこれだ。
呆れすぎて、もはや私への罰に被害者の七星が巻き込まれたことに同情すら湧いてくる。
自称“顔以外ハイスペック女子高生”も、ここまでらしい。
もし今、目が覚めて私のそばに両親が寄り添ってくれてるのなら、最期にその顔をみたい。非道い親不孝をしてしまった。
しかしながら運命は罪人に厳しいようで、もう二度と目を開くことはできない。
というか、まぶたの感覚はあるのに目だけ開かない。
死に際にまぶたが重くなるってこういうことなのかな。“眠るな!!”とか言われてもこれじゃ無理だろうね。まぶたすら持ち上げられなくなるんだから。
とすると私は血を失いすぎたのかな。
トラックにぶつかったくらいで大量出血するような鍛え方はしてないつもりだったけど────いや、漫画の読みすぎか。
どれだけ鍛えても、あれだけのスピードで突っ込んできた巨大な塊にぶつかれば誰だって死ぬ。女子らしくもっと脂肪をまとっていたら、多少の怪我で抑えられたりしたのかな。
ま、そんなことは言っても詮無いこと。
本当に自業自得だったのだろう。
それにしても暇。
今まで感じたことがないくらい暇。
これが死ぬということなんだろうか。永遠に黒く何も無い空間を揺蕩う。
意識はあれど、こんなのが続けばそんなものはあってないようなものだろう。
しかし、時間が経つにつれてわかってきたこともある。
「あー。あうあー」
声が出るのだ。
まるで知性を失った廃人のごとし。それでも、声は出るのだ。これが人間の本来の姿だ、とでも言いたいのだろうか。この世の真理でも見せられているのか。
さらに言えば、なんだか自分の体が小さい。女子にしては大柄で、170cmあった私が、今やその4分の1もないのでは、というくらいに小さく感じる。
あれか、人間の終着点も原点も同じ赤ん坊って話か。
それともさんざん七星に嫌がらせをしたせいで、『赤ん坊地獄』にでも送られたのだろうか。“お前より赤ん坊の方が世のため人のため”というメッセージなんだろうか。
というか、さっきからなんの躊躇もなく漏らしている気がする。生前の女子高生の意識も、そろそろ羞恥で限界を迎え───。
『赤ん坊か』
「あばあっ!?」
唐突に声が聞こえた。
それまでなんの物音もしなかった。急に現れた。これが閻魔様とか言う人なのか。
『...今までのループにないことだ』
声が腹の底に響くような重低音だし、話してる言語も全然分からない。
まさに地獄の王なんだろう。
『目当てに損失はなかった。この子は───』
「あー」
『...何故、ここにいる?』
しかし、何故か怖くはなかった。
むしろ、声音に気遣いを感じたほどだ。地獄の閻魔様も、仏には優しいらしい。言葉は分からないけど。
しかし、どうにも向こうも戸惑っている様子。そうなると、私も戸惑う。
もしかしたら、赤ちゃんのような感覚は偽物で、本当はいい年した女の子が糞尿垂れ流しで横たえているだけかもしれない。
ヤバい。死ぬより怖い。
『怖がらないな。呪いが効かないのか』
“こんなところでそんなことをして。親の顔が見てみたいものだ”とかだったらどうしよう。
目が開けないのがこれ以上ないほど恐ろしい。あるいは言葉さえ通じてくれればっ...。
「ふ、う」
『む?』
まずい、これは泣いてしまう。恐怖がぶり返してきた以前に泣く衝動が収まらない止まらない。本当に子供になってしまったみたいだああああああああぁぁぁ。
「うああああああああああぁぁぁぁぁ」
『───』
「うばああああああああぁぁぁぁ」
やばい。呆れられてる。女子高生が酷い格好でギャン泣きしてるって呆れられてる。もうお嫁さんに行けない。このまま消えてしまいたい。
『...しかたない』
「うばああああああぁぁぁ、あ?」
あれ、持ち上げられた?
背中のざらついた感触がなくなり、代わりに暖かく、それでいてゴツゴツしたもので触られた。
宙に浮いている感覚がする。それと同時におばあちゃんの家で香った、絨毯と同じ匂いがした。
お香のような香り。
『泣き止んだ、か』
上からこぼれる安心したようなため息を含んだ言葉。
ふと、思いついた。
これは。
これはもしかしなくても。
前に一度、気になって読んでみた小説がある。
それを読んで、私も貴族令嬢に生まれ変わりたいな。綺麗な顔に生まれ変わりたいな、とそう思った。
その世界で、前世の記憶がある私ならワンチャン狙えるんじゃないか。イケちゃうんじゃないか。
数瞬考えて、呆れて勉強に戻ったけど。
これはまさに。
これこそが。
異世界転生というやつじゃないのか。
よろしくお願いします
ジャック・オー・ランタン様、誤字報告ありがとうございます!!