私のお父さん? 龍神オルステッドですよ? 作:口の端にほっぺが!
この世界には、三大大国と呼ばれる国がある。
王竜王が倒されたことで一気に大国へとのし上がった、北神流の本拠でもある『王竜王国』。
世界で最も大きな宗教であるミリス教の総本山、『ミリス神聖国』。
そして、世界で最も強大な国力をもち、水神流の本山でもある『アスラ王国』。
アスラ王国は、さらにいくつかの領地に分けられ、それぞれを上級貴族たちによって、平和に統治されているという。
「魔物の大量発生は、起こらないはずなんだっけ」
「ああ。いつもなら、こんなところで魔物の活発化など起きない」
そう言って、パパは一度止めた足を進める。
ここは、アスラ王国北東部。『フィットア領』と呼ばれる地の、小さな平原だ。
そして、その向こう。巨大な城壁に囲まれている街は、城塞都市ロア。フィットア領で最も大きな街だ。
フィットア領は、またの名をボレアス領と言い、その名の通りボレアス家が統治している領を意味する。
ロアは、ボレアス本家が住まう街なのだ。
おそらく街の中には人の営みが広がり、貴族の馬車が通ることもあるかもしれない。
遠くからでも見ることが出来る、城のごとき屋敷には、この世界で貴族と呼ばれる階級の人間が暮らしているのだろう。
貴族少女への転生を夢見た私としては、ボレアス家のお嬢様というのも気になるところだ。
パパは、迷いのない足取りで城壁へと進む。
いつもなら、城壁から姿を見られただけで怖がられてしまうので、まず街に近づくことは無い。
しかし、今回はそうするだけの理由があった。
「本当に、大丈夫なのか?」
「うん。宿代引いても余裕はあるはずだよ?」
前の街で魔石を換金して手に入った、アスラ金貨の袋を揺らす。
「お金のことではない」
パパは、立ち止まる。
袋を高くあげて『この紋所があ』のポーズをする私を、じっと見る。
パパの恐ろしい顔は、心配するように歪んでいる。
一見すれば睨んでいるようにも見えるが、一級パパソムリエの私ならわかる。はず。
パパは、厳しい表情で言葉を続けた。
「...お前の闘気は、もうすぐ中級剣士レベルに達するだろう。だが、お前自身の戦闘力はまだ無いに等しい。この辺は人さらいも起きる。少しでも身の危険を感じれば───」
「この指輪に魔力を流せ。だよね?」
「ああ」
左手の薬指に付けた指輪が、真っ赤にきらめく。
別にこの指じゃなくて良かったし、他意はない。なんならこの世界の常識にも、結婚指輪なんて概念は無さそうだが、乙女心がこの指に着けたがった。他意はない。
この指輪に魔力を込めれば、パパが一瞬で飛んで来てくれるらしい。素晴らしい道具。
ただし、意識して魔力を込めなければいけない。そのため寝ている時など、意識がない時に外されてしまえばそれまでだ。
気をつけなくては。
「ルミリス、2ヶ月だ」
パパは体を翻し、城壁と平行に街から離れる。
パパは、これから魔物の活発化が最も顕著に見られる、ブエナ村というところに行くらしい。
歩けば一日の距離で、パパが走れば十数秒の距離だ。
「了解っ!!」
右手をあげて敬礼。
短い時間の別れだけど、無事に再会できるように少し願う。
しばらくして腕を下げ、ロアの城門へ駆け出した。
「ロアの街に行きたい?」
パパが、私の言葉に首を傾げる。
顔も恐ろしい程にしかめられるが、もう慣れたものだ。この顔は困った時の顔だと知っている。
「うん。パパの探索範囲なら、そこが一番近くて大きな街だから」
サナキア王国から2ヶ月。
私たちは時々人助けなどのおつかいをしながら、フィットア領までたどり着いた。
ただし、今回の旅のおつかいは、本当にただのおつかいだった。
このお金で新しい服を買うといい。この街にお前が欲しそうな髪留めがある。この貴族の家に文を届けろ。人さらいを殺すから残った子供たちを街に送れ。
多分、未来予知とかをしないただのおつかいだ。
要するに、今は休暇フェイズなのだ。
しばらくおつかいがないのであれば、私は街に行きたい。同年代の子供と喋り、この世界の常識を手に入れる。
あと、最近野蛮な食生活に疲れてきたっていうこともある。味噌汁が恋しい。
パパの話では、魔物の活発化は特にフィットア領で酷いらしく、パパでも予測できないようなことが起きる、その前兆かもしれないというのだ。
実際その地に赴くのは魔物を倒すためではなく、その移動経路を見て、問題の震源を探るためだという。
そこまで聞いて、これ幸いと話を切り出した。
おつかいの最中に宿の相場を聞いたり、街での注意事項、貴族に対する最低限度の礼儀まで聞き込んだ。
まだ2歳にもなっていない子供が、たった1人で街に行くのは危険かもしれない。
けれど、おつかいが始まれば定住も難しくなるし、学ぶことがもっと増える。
今しかないのだ、ということを少しばかり熱弁してみた。
「頼み事が嫌だったのなら、しなくていいんだぞ」
悲しい顔をされた。
言い方が下手だったようだ。
ともあれ、2ヶ月分の資金を手に。
私は、ロアの街に行けることになったのだ。
「ここが、ロア...」
門をくぐり、屋台が立ち並ぶ大通りを少し進んだところに、大きな広場があった。
私は、思わず立ちすくむ。
「大きいなー」
眼前に聳え立つのは、城の如き様相をした領主の屋敷。
正真正銘貴族の屋敷が、街のど真ん中に鎮座している。
ちょっとした丘に建てられているのだろう。この街のどこにいても、あの建物が見えなくなることはない。
そして、視線を下げる。
噴水の前では、数組の家族が子供たちを遊ばせている。
屋敷へと真っ直ぐ伸びる大通りは、冒険者の姿をしている人で賑わっていた。城門近くから、宿屋、武器屋、民家、行政地区という並びなのだろう。
大通りの奥の方には、仕事合間の散歩といった風情のおじさんや、小金持ちの家族が仲良さそうに歩いているのが見えた。
久しく見ていない、人の街。
屋敷の様子を見たり、王都に行ったりしてみたかったが、この街を探索するだけであっという間に2ヶ月が過ぎそうだ。
あまり広場で立ち尽くしているのも良くない。
そう思って、まずはさっさと宿をとった。
おつかいで聞いた話では、三ツ星だとか五ツ星だとかの代わりに、宿の質を冒険者のランクで呼ぶらしい。
S級からF級まで。全部で7段階だ。
そこから、その宿の安全度、住み心地、食事のクオリティなどを見極めるそう。
まあ、だいたいBを取っておけば安全と言われているけど。
私はウィンドウショッピングの感覚で、めぼしい宿の様子を見てみた。
それからおよそ30分で、だいたいの感じは見て取れた。
この街はCやBが多い。屋敷の近くであればA級の宿もあった。
私はその中で、なるべく街の奥の方のB級宿屋をとり、早速部屋に上がった。
宿の名前は『犬猫亭』。
宿の主人が猫を一匹飼っている、そんな宿だ。
犬は!?
そういえば、宿を冷やかしている間に気づいたことだが、この街の宿には犬や猫に関連した名前が多い。
屋敷にもっとも近いところにあったA級宿なんて、小動物どころか獣人と呼ばれる人種も働いていた。
見た目は、おしりからしっぽが生え、頭には耳が付いているだけの人間。
それだけなら前世でのコスプレイヤーでも同じ以上のことが出来る。
彼らが違うのは、耳やしっぽが動くことだ。
『可愛いお客さんね』とばかりにしっぽが跳ね。
『ご両親はどうしたのかしら』とばかりに耳が垂れる。
まあ、こう思っているんだろうな、という想像ではあるが、彼らのそれらは感情の揺れと共に動いている気がした。
その無意識の反応が、めっちゃ可愛い。
街の通りで買い物をしている獣人を見て、思わずしっぽに触ってしまったほどだ。
触ってから『やばっ』って焦ったけど、この体が功を奏した。うへへ。
蝶番を軋ませながら、ドアを開く。
部屋には、ベッド、タンス、机や椅子などが1人分揃っていた。
さすがはフィットア領の中心都市なのだろう。床には絨毯が引いてあるし、毛布の触り心地もバツグン。
思わず、これって羽毛ですか、と宿の主人に聞いた。
『羽毛じゃないですよ。中央大陸北方に住む、ダニエルドッグという魔物の犬毛です』
ドナ〇ドダック!?
『いえ、ダニエルドッグです』
犬毛製毛布ってどういうこと!?聞いたことないんだけど!?
もしかして『犬猫亭』の犬ってこっから取ったの!?
疑問が多少あったにせよ、しばらくの寝食は確保出来た。
どこかに出かけたいが、既に日が暮れ始めている。
1年半ぶりにゆっくりお風呂に入って、ご飯を食べて。
とりあえず、今日はゆっくり眠ろう。
明日は、空手と魔術の練習ができるスペース探しと、さっき見た大きな本屋に行ってみようか。
ウッキウキで主人に風呂を尋ねたら、そんなものはないと返された。
いつか入れる時が来たら、私はしずかちゃんになりそうだ。
おはようございます。
アニメの中で、空飛ぶ犬が出てきたでしょう。
あれの亜種がダニエルドッグです。
さて、ロア編が始まりました。
エリスの誕生日が少し前にあった時期ですね。
ちなみにルミリスが拾われたのは、ルーデウスがロアに行く少し前。
まあ、彼らとルーデウスたちを今、合わせる予定はないので悪しからず。
また明日。