私のお父さん? 龍神オルステッドですよ? 作:口の端にほっぺが!
SNSや好きな配信者で驚いたことはある?
オフであったら、かっこいいアイコンからは想像できないようなのび太がいたり。
ブサボを面白がって追っていたら、めっちゃイケメンだったり。
声が深くて、優しい男性の顔を見たら、視線だけで人を殺してしまいそうな凶悪な顔つきだったり。
今までは、なんでそんなことで一喜一憂するんだろう、なんて思っていた。
ですが、たった今私も同じ経験をした。今なら言える。
その時の気持ち、よーくわかる。
「ああああああああああああ!!」
『...呪いか?いや、この顔のせいか...?』
鬱蒼と木々が茂るジャングルの中、赤ん坊の泣き声が響き渡る。
つい先程、うっすらと目を開くことができた私は、恐ろしいものを目にしてしまった。
待って!?この人、絶対人殺してる!!
そんな顔に覗き込まれていて、驚きと恐怖で泣き漏らしてしまった。羞恥の境地から救ってくれた恩人に申し訳ないけど、こればかりはどうしようもなく。
どうしようもないのだけれど、成人する時には変な性癖に目覚めてないか心配。
『すまないな、こればかりはどうしようもない』
「あああああああああああ!!」
どうやら謝られてるようだけど、涙はとめどなく溢れだす。
まあ、これが収まったら泣くことは無いんで、今だけ我慢してほしい。
おそらく。
多分。
拾われてから、1週間はたっただろうか。
男は、私を布でくるみ、なにかの肉をドロドロに溶かしたものを食べさせてくれた。
彼にとって、私は見知らぬ赤ん坊のはずなのに、何故ここまで尽くしてくれるのか。
お姫様になったような気分ではあるが、多分彼が小さな子を見捨てられないだけの心があったというだけだろう。
もしかしたらこの人自身の子供かもしれない。が、なんにせよ、あんな状態から助けてくれたことの恩をしっかり返すべきだろう。
そして、ここはそうでなくても助けになってどうにか引っ付いていかないとまずい世界らしい。
目が開いて、自分が赤ん坊だと確信するまでの1週間。獣の叫び声と、近くでみずみずしい物体がさかれるような音が、合計5回聞こえた。
なんの音かなんてのは、一発で分かる。その音を境に、怪獣の声が消えるのだ。
生前に空手の型で県制覇した私でも、恐ろしい獣に襲われるという本能的恐怖からは逃げられない。
それを、おそらく一撃で下している彼から離れるのは、まさに死への片道切符。いや、転生してるからUターンになってしまう。
せっかく生まれ変わったのに、すぐ死ぬなんてまっぴらごめん。今だけは甘い汁をすすっていよう。
しばらく経たないうちに、いかにもといった風情の建物に入った。
蒸し蒸ししたジャングルの奥深くにあった、ツタに覆われた遺跡。
しばらくしてから外に出ると外が針葉樹林の森に変わっていた。
何が起きたの!?
「ああー」
『転移だ。遠くへ移動する時、時間短縮のためにこれを使う』
彼はことあるごとに言葉をかけてくれるが、如何せん言葉が分からない。
ていうか、言葉だけならわかっていたものも、彼の顔───終始しかめっ面でいるのを見ると、本当に優しく声をかけていたのかわからなくなってしまう。
いち早く言葉をならいたいところだが、この男、顔以上に問題的な行動をとる。というか、とらない。
彼は、一切町や村といった集落に入らないのだ。
彼が休息を───おそらく私の体力を気にしてだろうが───とる時ですら、木のうろや洞窟など、人の手の入り込んでない場所で腰を下ろすのだ。
この人、指名手配犯だったりするんだろうか。凶悪殺人犯が子供を拾ったことで改心しちゃう、そんな物語のまっさなかだったりするのかな。
あるいは単純に人里離れた場所に来ていただけなのかもしれないけど。
とりあえず、この10日と余日、人との邂逅がゼロです。
言葉さえ通じれば。せめてこの人が何をしているのか分かれば。
そんなことを考えながら、一日の4分の3を眠って過ごしてます。
変化があったのは、ジャングルから寒い土地に移動した数日後。
『そろそろか』
目が覚めて、自分を抱えた男が、明らかに人の手の入った街道を歩いているのに気づき、心のうちで狂喜乱舞していた頃。
この世界で2番目の人は、物騒な気配と共に現れた。
『っ我が名は北聖ビルハルト!!世直しの旅と出てみれば、貴様こそ諸悪の根源と見受ける!!成敗してくれる!!』
叫ぶなり、既に抜いていた剣を片手に飛び込んできた。
ものの数歩で三白眼男に近づき、私を抱えた左半身を狙って勢いよく切りあげる。
私のことなど気づいていないのか、容赦のない一撃は彼の腕ごと私を切り裂いて───。
「っ!!」
斬撃が叩き込まれる瞬間。身に染み付いた、技を受ける時に目をつむらないという師匠の教えが、私に斬撃の結末を見届けさせようと強要したコンマ数秒の間。
とても美しいものを見た。
『水神流奥義〘流〙』
左半身を一歩引いた彼は、襲いかかる剣にまっすぐ右手を伸ばし、たったの4本の指を軽くしならせるだけで、その威力を反転させ───突っ込んできた男を、まるで壁にぶつかったかのように弾き返したのだ。
なんたる技術。なんたる強さ。
「ああー!!」
ヤバい。めっちゃかっこいい。
『む。赤子に血飛沫を見せる訳にはいかんか』
『ぐっ、舐めやがって...』
吹っ飛ばされて砂埃でまみれた男が、悔しそうに唾を吐く。そして苛立ちとともに剣を振るい───。
舞い上がった砂埃が男の姿を消した。
『ここは撤退だ!!貴様、覚えておくがいい!!』
そんな言葉とともに、砂埃から剣が飛んできた。
卑怯!!
「うああ」
しかし、私を抱える彼は動じず、再び右手を飛来する剣に伸ばす。
そうして彼の“技”が、より勢いをまして剣を送り返した。
ザシュッ
『あ゛あ゛っぐ...』
どさり、と音がした。
数秒して砂が落ちたその向こうで男は倒れていた。
砂のおかげか、流れ出る血がほとんど見えない。
それを見届けた彼は、何も無かったかのように歩き始めた。
私は、その道12年の生粋の空手ガール。
プ〇キュアに憧れて始めた武道は、いつの間にか私にとってかけがえのないものとなり、それは生涯変わらなかった。
模試で期待通りに行かなくても、好きな男子に振られても、「空手って臭くね?」などと言われて勧誘を断られても。
宙を裂き、時たま頬をかすめる感触もした自分の拳が、私の全てを肯定した。
中学では型の大会で県トップを取り、高校でも全国制覇を期待されるほどのめり込んだ。
より美しく。より強く。
生まれ変わっても空手をやろう、なんて中学の時から既に決めていた。
自分でもおかしなくらい、空手が好きだった。
もっと女の子っぽくおしとやかにならないと、白馬の王子様なんて来るはずないよと言われても。腕の産毛を剃り、化粧を覚えても。
絶対に空手だけはやめなかった。
そして、実際に生まれ変わって。
あの、理不尽な手の返しを見た。
物理の法則をねじ曲げるような、ありえない技術を目の当たりにした。
見てしまった。
あれは人が一生かけてたどり着けるか分からないほどの境地。もしあれが魔法の力も使ったチート技だとしても、それを加味した上で、これ以上ないほどに洗練された技術だった。
そんなものを、見てしまった。
心の奥底が疼く。ほとんどないはずの腕の筋肉が嬉し涙を流している。
ああ、異世界転生って、案外悪くないかも。
オルステッドの手刀は、空手とは違います。
何せ、あれは龍聖闘気のおかげですもの。
するってえと、異世界空手には闘気が不可欠ということかい?