転生したら蜥蜴人族の友人と邪仙の恋人ができた件 作:乃出一樹
転スラ書籍版、ついに完結だそうですね。
野営地から一人抜け出したヤムザの後を追い、俺は闇に包まれた森の中を歩いていた。今にも何かが出てきそうな雰囲気で最初は恐怖心もあったが、実際に幽霊みたいな存在とか、それ以上に恐ろしい化物とかが普通にいる世界だったと思い出してからは特に恐れることもなく平常でいられている。
それはさておき。ヤムザは俺の少し先を歩いているようだ。木々と闇夜に紛れ姿は見えないし魔力も抑えているようだが、自身が所有する
そんな状態でヤムザを追い掛けてから数分が経った時だった。
俺の先を歩いていたヤムザが突然立ち止まったのだ。思わず俺も足を止め、どうしたのかと彼の周辺を『魔力感知』で探ってみたところ、どうやらヤムザの正面に何者かが立ち塞がっているらしい。
その何者かも力を抑えているのか、『魔力感知』には大きな反応は無い。野良の魔物かとも一瞬考えたが、そうであるのならヤムザが攻撃を仕掛けない理由は無い。つまり彼の知り合いである可能性が高い。
そう思案した俺はヤムザのところへゆっくり近付き、茂みに身を潜める。そこからヤムザの前にいる人物の顔を見た俺は少し驚きつつもやはり敵では無かったことに安堵し、二人の前へ出ていった。
「・・・・・・うん?アクトじゃないか」
「チッ、また余計なのが・・・・・・」
そこにいた人物の正体はアルヴァロで、俺に気付いた彼は目を丸くする。ヤムザも俺の存在に気付くと、一瞥したあと舌打ちしそう吐き捨てた。
「アクトまでどうしてこんなところに?」
「あー、いや・・・野営地から抜け出すヤムザを見掛けてさ。ちょっと気になって後を付けて来たんだよ」
問われた俺は苦笑しつつアルヴァロにそう答えた。成程、と頷くアルヴァロ。聞けば、どうやら彼も野営地から出ていくヤムザの姿が目に入り、その行動を怪しいと感じて追い掛けて来たと言う。ちなみに野営地の見張りはジョイスとサイラスの二人に任せてきたようだ。
「・・・・・・ヤムザ。こんな時間に何処へ行こうとしていた?」
「ふん、貴様に答える必要は無い」
「もしかして、逃げようとしてたんじゃ・・・?」
「逃げるだと・・・?この俺が、あんな蟲共如きに!?ふざけるなよアクト!運良く一度勝てたくらいで調子に乗るなッ!」
俺の質問にヤムザは怒り声を荒らげた。別に馬鹿にしたりだとかそういうつもりでは無かったのだが、どうやら気に障ったらしい。慌てて俺が謝罪しようとすると、アルヴァロが間に入りヤムザを宥める。
「落ち着けヤムザ。それと、アクトの勝利は偶然などではないぞ」
「なにぃ!?」
アルヴァロの続けた言葉を聞き、ヤムザは俺からそちらに向き直り睨み付ける。今にも掴み掛かりそうなヤムザだが、そんな彼を前にしてもアルヴァロは眉一つ動かさず冷静だった。
「私は直接お前たちの模擬戦を見てはいないが、昨日のアクトは本調子では無かったのだと聞いただろう?だと言うのに、アクトはその状態で持てる力を駆使して戦い、お前に勝利した・・・・・・彼の魔素が回復し、昨日よりも強くなった今、お前に勝ち目があると思うか?」
「ぐっ・・・・・・!」
淡々と語るアルヴァロの視線を受け、ヤムザはぐっと言葉を詰まらせる。俺が名付けにより弱体化していたことは昨夜ガビルが皆に話していたのだ。その時のヤムザの表情は信じられないとでもいうようなそれで、それから何故かこちらを睨み付けてきたっけ。
「あー、ごめんヤムザ・・・・・・それで、結局何をしようとしてたんだ?」
「・・・・・・・・・様子を見に行こうとしただけだ」
「様子?・・・・・・まさか、青娥殿たちのか?」
気まずい空気に耐え切れずつい謝りながら俺が訊ねたところ、顔を背けながらヤムザはぽつりと呟いた。意外な答えだったのか、アルヴァロは少し驚いた顔をする。
「正しくは、あの二人ではなくラプラスとかいう奴のな。お前たちも気付いているだろうが、奴はクレイマン様の友人を名乗る癖に大した力を持っていない」
「確かに・・・・・・無礼を承知で力を測ってみたが、ラプラス殿の魔素量は大したものではなかったが・・・」
どこか申し訳無さそうにアルヴァロは同意する。どうやらアルヴァロも俺と同じように『魔力感知』でラプラスを調べていたらしい。
その後、ヤムザは更に話を続けた。彼から聞いた話を纏めると、要はクレイマン様の友人であるラプラスを助け、下がってしまったクレイマン様からの信頼と評価を再び上げたいらしい。
「・・・・・・分かったか?俺は逃げたりなどしないし、貴様らの邪魔をするつもりもない。寧ろ味方を助けてやろうと言うんだ、感謝して欲しいものだな」
最後にそう言うと、ヤムザは青娥さんたちの元へ向かって再び歩き出した。残された俺とアルヴァロは顔を見合せる。
「全く、ヤムザめ・・・・・・なんだか済まないな、アクト」
「アルヴァロが気にすることじゃないだろ、謝らなくていいって。それより・・・どうする?」
どうする、とはこの後のことだ。ヤムザの言うことを信じるのなら、彼は逃げることはなさそうだし何も問題無いように思える。だが、ヤムザを一人にして勝手な行動をさせるのは少し不安だ。彼は今、俺に負けたこととクレイマン様からの信頼を失ったことで余裕を失くしている。先程彼自身が言っていたように、恩着せがましくラプラスを助けようとして何かしらのトラブルを起こさないとも限らない。
俺のそんな考えをアルヴァロは察してくれたようだ。彼は目を伏せると小さく唸って考え込んでいたが、取るべき行動をすぐに決め顔を上げた。
「・・・・・・・・・私は、ヤムザを追って青娥殿たちのところへ行こうと思う。奴が皆に迷惑を掛けるかもしれないからな」
「そっか。じゃあ、俺も付き合うよ。ヤムザのことも心配だけど・・・ラプラスのことも気になるし」
「ふふっ・・・実は私もだ」
そう言って小さく笑ったアルヴァロにつられて俺も口元を緩ませた。同じことを考えていた俺たちは和やかな雰囲気で夜の森を歩き、ヤムザの後を追い始める。蟻たちと戦っていた場所はここから少し離れているが、夜だからか周囲が静かなのもあってあちらの戦闘の音が響いてくる。とは言え、野営地にいればそうは気にならない程度の大きさなので、皆の睡眠を妨げることはないだろう。
その戦闘音も、洞窟へ近付くにつれ徐々に大きくなっていく。青娥さんたちはたった三人で戦っている筈だが、相当派手にやっているのか俺たちが担当していた昼間の戦闘よりも凄まじい爆音やら衝撃音が響いている。
そして洞窟の手前辺りまでやって来た時、木陰に身を隠しているヤムザの姿を発見した。恐らくその位置から戦っている青娥さんたちの様子を窺っているのだろう
「そこにいたかヤムザ」
ヤムザの背後からアルヴァロが声を掛けるが、彼は全く反応を示さなかった。無視されているのだと思ったのだろう、アルヴァロはこちらを振り返り俺と顔を見合せると呆れたように苦笑する。それからもう一度彼に話し掛けた。
「はぁ・・・・・・おいヤムザ、聞いているのか?」
「あ、有り得ん・・・!こんな・・・・・・っ・・・」
「・・・・・・ヤムザ?」
しかし何やらヤムザの様子がおかしい。ある一点を見つめたままぶつぶつと呟き驚愕の表情を浮かべていた。その視線の先には、
どうしたのかと不思議に思った俺とアルヴァロは、原因を探るべくヤムザの近くに身を潜めるように座り込む。そうして木陰から青娥さんたちの戦いを覗き見て──俺たちは目を見開いた。
「レインさーん、これで何匹くらい倒しましたかねー?」
「さて、どうでしょうか。初めから数えていませんので」
「ギィイイイイイイイイイイイイッ!!!?」
顔を合わせることなく軽い調子でそんなやり取りしているのは青娥さんとレインさんだ。楽し気に微笑んでいる二人だが、その周囲では蟻たちの悲鳴が響いている。
理由は、言うまでも無いだろう。青娥さんとレインさんの放つ魔法によって蟻たちが次々とやられているからだ。洞窟から大量に出現する蟻たちだが、一匹は青娥さんの炎で焼き尽くされ、一匹はレインさんの巨大な氷柱で串刺しにされていく。二人はその場から全く動くことなく、蟻たちを全て一撃で仕留めている。これは最早戦いではなく蹂躙に近い。
しかし、それは良いんだ。青娥さんにレインさんという、一見戦いとは無縁に思えるくらいの美人な二人が強力な魔法を操り、魔物を殲滅していく様は確かに驚くべき光景だろう。ただ俺は、青娥さんたちがとにかく滅茶苦茶強いということは既に知っていたので、二人の戦いを目の当たりにしても特に大きな反応はしなかった。勿論改めて凄い人たちなんだな、とは感じたけれど。
あぁ、レインさんの実力はクレイマン様も知らないようだったし、青娥さんと肩を並べられる彼女の姿にアルヴァロとヤムザは驚いても無理はないか。
しかし、そんな二人の力以上に。ヤムザたちだけでなく俺までも驚愕させたのは、他でもない彼だった。
「ちょいちょいちょーい!青娥はんレインはん!少しはこっちも手伝ってぇな!」
緊張感の無い声を上げるのは、ヤムザが恩を着せようとしていたラプラスだ。見ると、彼を取り囲むように大量の蟻たちが集まっている。洞窟に近い位置にいるからか、青娥さんとレインさんに向かっていく蟻より、彼の周囲にいる蟻の数の方がずっと多い。
応援を求めるラプラスだが、青娥さんたちはそちらを振り向きもせず二人でお喋りしている。一見、彼を見捨てるつもりなのかと思うかもしれないが、そうではない。
助ける必要が無いのだ。
「か~~~、無視かいな!ほんまとんでもない姉ちゃんたちやで!」
「キシャァアアアアッ!」
「おっとと、こらあかん」
愚痴を溢しながら頭を掻くラプラスの背後から蟻が迫る。鋭い牙で頭を噛み砕こうとするが、ラプラスはそれを振り返ることもなくひらりと飛んで回避した。
「ギュイイイッ!」
しかし、そこへ羽蟻タイプの個体が飛来してきた。空中にいるラプラス目掛け牙を突き立てようとするが、直前でラプラスは身体を翻し回避し、即座にくるりと回転。そしてオーバーヘッドキックのような動きで重い蹴りを羽蟻の頭に喰らわせ、地面に叩き落とした。
蹴り落とされた羽蟻は地面と衝突し、ドゴンッ!という大きな音を響かせ土煙を巻き起こす。それが晴れると、頭部を蹴り潰され息絶えた羽蟻が倒れていた。
「よっと・・・・・・おん?」
「ギュシャアァアアアッ!」
「ギィイイイイイッ!」
羽蟻を仕留め、すたっと着地したラプラス。そこへ彼を取り囲んでいた蟻たちが殺到する。それに対しラプラスは少しも焦った様子を見せることなく、逆に蟻たちへ小走りで向かって行った。
やる気の無さそうな動きでラプラスは蟻に接敵する。目の前までやってきたラプラスを見下ろし、一匹の蟻が脚を振り下ろした。
しかし次の瞬間、ラプラスの姿が消えてしまった。間違いなく視界内に捉えていた筈なのだが見失ったことに俺が驚いていると、突然蟻が崩れ落ちる。どうしたのかと確認すると、胴体に風穴が空いていた。何が起きたのか俺が理解出来ずにいる中、そこにいた蟻たちが次々と倒れ始めた。
「ほい、ほい、ほいっ・・・と。ひぃ~、しんどいわ」
半ば混乱しながら戦場を眺めていると、呑気な声が耳に届いた。そちらに視線を向けると姿を見失っていたラプラスがおり、そして俺は蟻たちに何が起こったのかを漸く理解する。倒れた蟻たちは全てラプラスの攻撃によって絶命していたのだ。
すれ違い様に正面にいた個体の胴体にパンチを放ち、次の個体に接近すると軽く飛び上がり頭部に蹴りを入れ、背後から襲ってきた個体にはまるでドアをノックするかのように裏拳を決める。大して力を込めているようには全く見えないのに、ラプラスの攻撃は全てが一撃必殺。炸裂音と共に蟻たちの身体には風穴が空き、頭が吹き飛んでいく。
ラプラスは襲い来る蟻たちの間を流れるような動作ですり抜けながら、ほんの一瞬の攻撃で次々と仕留めていく。それを俺たちは呆然と眺めていた。
「・・・・・・・・・すげぇ」
「ば、化物だ・・・!」
ラプラスの戦いを目の当たりにした俺は思わずそう零していた。ヤムザはラプラスの力に恐れているのか声を震わせ、アルヴァロは目を見開いたまま絶句していた。
軽く攻撃しているようにしか見えないというのに、蟻たちを一撃で倒すあのパワー・・・・・・それでも、俺からはラプラスの実力を全く測れない。攻撃の瞬間にのみ妖気か闘気を高めているのかとも思ったが、『魔力感知』には何の反応もないのだ。
もしかすると、何らかの認識を阻害するようなスキルをラプラスは持っているのだろうか。
「これが中庸道化連の・・・・・・クレイマン様の、御友人の力・・・」
「・・・・・・俺は・・・クレイマン様に仕えてからずっと、あの方の役に立ち続けてきた・・・」
漸くアルヴァロが声を発せられるようになった時、今にも消え入りそうな声でヤムザが呟いた。そちらを見ると彼は俯いており、表情は窺えない。
「命令されればどれだけ非情なことだろうとこなし、どんな相手だろうと殺してきた。信頼を積み上げ、あの御方にとって特別な部下になった自信があった・・・・・・だが、それは俺の幻想だった。所詮俺も、ただ一度の敗北で処分される程度の存在でしかなかったんだ」
俺の脳裏に昨日の出来事が浮かぶ。戦いに負けた自分の部下を冷たい目で見下ろし、そして始末しようとした恐ろしい魔王の姿も。
「上位魔人であるこの俺を何故あぁも簡単に切り捨てられるのか、疑問に思っていたが・・・・・・くく、当然か。あんな実力者がいるのなら、俺なんて・・・・・・いや、五本指たち全てが必要ない」
顔を上げ、蟻たちを秒殺しているラプラスに視線を向けたヤムザは自嘲気味に小さく笑った。
というか、青娥さんがわざわざ指名して応援に呼び、さらに肩を並べて共に戦っている辺り、もしかするとラプラスってクレイマン様よりも強いんじゃないだろうか。
俺がそう思案していると、ヤムザが音もなくゆっくりと立ち上がる。
「七十年・・・・・・俺の七十年は、一体なんだったんだ・・・」
最後にそう零すと、ヤムザはふらふらとした足取りでこの場から離れていった。掛ける言葉もなく、俺は彼の背中をただ見つめることしか出来ない。すると、アルヴァロが静かに立ち上がりこちらを向いた。
「ヤムザは私に任せてくれ。野営地にちゃんと戻るかどうか見ておく。もし逃げようとするなら力尽くで連れ帰るさ」
「アルヴァロ・・・分かった、悪いけど頼むよ」
アルヴァロは俺に頷くと優しい笑顔を見せ、ヤムザの後を追って行った。闇に紛れヤムザとアルヴァロの姿が見えなくなっても、俺はぼうっと彼らが歩いて行った方を眺めていた。
少しして、いつまでも一人でここにいても仕方ないと思った俺は野営地に戻ることにした。小さく息を吐いた後、なんとなく最後に青娥さんたちの戦いを見ておこうとそちらへ視線を向けた、その時。
「あら、戻るんですかアクトくん?」
「お休みなさいませ」
「明日もあるんやし、早う休みや~」
「ヒェッ・・・・・・」
それぞれの言葉と共に三人の視線が突き刺さり、俺は腰を抜かし掛けた。
見てたこと、バレてたのね・・・・・・
笑顔を浮かべる──ラプラスは仮面を被っているからよく分からないが──三人に驚きながらも、俺はなんとか表情を取り繕い曖昧に笑う。それから軽く頭を下げると、そそくさとその場を後にするのだった。
アニメもきっと最後までやってくれるとは思いますが、それまでに何年かかるかな・・・