転生したら蜥蜴人族の友人と邪仙の恋人ができた件   作:乃出一樹

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お待たせしました、第121話となります。

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。


呪われしリザードマン

ぱちぱちと、焚き火に焚べた薪が爆ぜている。夜の帳が下りた森の中で、焚き火の炎は辺りを淡く照らしていた。

 

その焚き火の前に、私──リザードマン一族の首領とその家族に長年仕える名も無きリザードマンは座り込んでいる。揺らめく炎をぼんやりと眺めながら、あることが理由で私は頭を抱えていた。

 

 

 

ジュラの大森林に出現したという蟲魔族(インセクター)たちとの戦いからガビル様とシーザーを呼び戻し、首領の命によってゴブリンたちの村巡りを開始してから今日で五日。こちらからアクトさんたちの状況を確認する術はないが、もし戦いがまだ終わっていないのであれば、アクトさんたちはもう七日も蟲魔族(インセクター)たちと戦っていることになる。

 

青娥殿から聞いた話では蟲魔族(インセクター)たちは弱い個体でもBランク相当の力があるらしい。さらにそれらを統率する群れのボスとも言うべき個体は特Aランクである場合もあるとか。そのような連中と数日も戦い続けているなんて心配になるけれど、アクトさんたちであれば問題無いだろう。

 

・・・・・・恐らくだが。ガビル様が一人で行動すると言い出したのは、この任務をすぐに終わらせてアクトさんたちの加勢に戻りたいからなのだろうな。

 

 

 

それはさておき。ガビル様と私を含む多くのリザードマンは、この五日間ジュラの大森林中を歩き回っている。先程言ったように首領の命で、森の各地に点在するゴブリンたちの村へと赴き、オークロードの脅威に対抗すべく彼等の協力を得る為だ。

 

しかし、その成果はあまり芳しくない。

 

地図に記された場所へ向かってみると、もぬけの殻だった村がいくつもあったのだ。魔物に襲われ滅ぼされた痕跡のある村も少しはあったが、ほとんどのゴブリンたちはどこか別の場所へ住処を移したらしい。運良く残っていた村のゴブリンたちから得た情報だ、間違いないだろう。なんでも、封印の洞窟近くに強大な力を持った魔物が現れ、その者がそこに町を造ろうとしているそうだが・・・・・・

 

 

 

とにかく、それらの事情によって想定していた当初よりもゴブリンたちと出逢えていないのである。

 

いや、こちらに関してはまだ良いのだ。ゴブリンたちと中々出逢えない。これも確かに我々の頭を悩ませている問題の一つではあるが、それ以上に厄介な問題と私は直面している。

 

その厄介な問題を、顔だけそちらに向けて私は確認した。

 

 

 

 

 

「──皆もそう思うだろ!?ガビル様が首領になった方が良いって!」

 

「ゴブリンたちを味方にするのはまだしも、こそこそ隠れてちまちま迎撃だなんて誇り高いリザードマンの戦じゃねえぜ!ガビル様が俺らを引っ張ってくれるなら、正面からオーク共をぶっ倒してみせらぁ!」

 

「今こそ、ガビル様が立ち上がる時!」

 

 

 

別の焚き火の傍で仲間たちに向けて声を上げている者たちがいる。ガビル様を特に慕う若い三人だ。ちなみに、名付けにならないよう、裏でアクトさんがそれぞれ、緑、モス、忍者と呼んでいる。

 

彼等は私たちとは別の隊を率いてゴブリンたちを探していたのだが、こちらと同様の理由からあまり成果が無かったらしい。そして半ば自棄になり予め決められたルートを外れて森を探索していた結果、先程合流したのだ。もう夜も遅かったので二つの隊で纏まり夜を越すこととなったのだが、夕食を終えたところで三人が先程のように騒ぎ出したのである。

 

この三人だけが騒いでいるのなら良かったのだが、実はかなりの数のリザードマンたちが三人の思想に同調しているのだ。

 

若いリザードマンたちの中には首領に対し、オークたちを相手に守りに徹するという作戦に不満を持つ者や、ガビル様より弱いのに何時までも首領の座を譲らないことに納得していない者もいることは知っていた。しかし、まさかそれがこれ程の数だったとは。

 

 

 

・・・・・・いや、少し違う。元からそれなりの数はいただろうが、今回の任務で首領から離れたことで、あの三人を始めとする反対派が自由に声を上げ続け、それを受けて賛同する者が増えたのだ。これもガビル様のカリスマ性があってのことだが、それがこんな形で仇になるとは。

 

 

 

「グルル・・・・・・?」

 

「あぁ、シーザー。大丈夫、心配要りませんよ」

 

 

 

不安そうな顔で唸るシーザーの頭を撫でて落ち着かせる。さて、これはどうしたものか。アクトさんたちとの出逢いによってガビル様は肉体的にも精神的にもかなり成長なされた。今のガビル様ならあの三人や他のリザードマンに唆されはしないだろう。あの三人だってただ不満を叫ぶのではなく、しっかりゴブリン探しはしているし・・・・・・ガビル様や首領に報告することもあるまい。一応、私の方から釘を刺しておくだけにしよう。

 

 

 

「・・・・・・あなたたち。その辺りにしておきなさい」

 

「爺さん!なんでだよ、爺さんだってガビル様の方が首領に相応しいと思うでしょ!?」

 

 

 

三人に近付いて注意したところ、こちらを振り返った緑がそう叫んだ。

 

・・・・・・どちらが首領として優秀かはともかく、今のガビル様なら立派に首領を務められるだろうと私も思う。戦闘力だってガビル様の方がずっと上だ。だからと言って彼らのように今すぐ首領を変われ、とは言わないけれど。

 

 

 

「ガビル様は確かに素晴らしい資質をお持ちですが、まだお若い。もう少し首領の下で学んでいても良いかと私は思いますよ」

 

「ケッ!やっぱりアンタは首領派か。もうガビル様は父親を超えてんだよ!」

 

「分かり合えぬか・・・」

 

 

 

私がそう返したところ、不愉快そうに顔を歪めながらモスが声を荒らげる。その隣で忍者が残念そうに俯いたまま首を横に振った。

 

 

 

「とにかく落ち着きなさい。ガビル様もまだ首領になるつもりは無い筈ですよ」

 

「そんなことねぇ!あの人は優しいから父親である首領に気を使ってるだけだ!ここにいる全員が頼み込めば、きっとその想いを汲んで首領として君臨してくれるぜ!」

 

 

 

私の言葉を否定し、モスがさらに捲し立てる。すると、それを聞いた周囲のリザードマンたちから『そうだそうだ』と声が上がった。私と共に行動していた部隊の者たちも、少なくない数がモスたちの思想に賛成している。これは、少し不味い状況か・・・?

 

 

 

「そうだ!俺たちからもう一度アクトさんにも頼んでみようよ!アクトさんはガビル様とすげー仲良いし、アクトさんの言葉ならガビル様も聞いてくれるんじゃない?」

 

「おっ、そりゃいいな!アクトさんだってガビル様が首領になったら嬉しい筈だぜ!」

 

「まさに名案!」

 

 

 

緑の提案にモスと忍者は賛成し笑顔を浮かべる。あの二人の仲の良さはシス湖では最早周知の事実。他のリザードマンたちからもそうするべきだと言う声が上がる中、私は一人焦っていた。

 

これ以上彼等を放っておくとアクトさんたちにまで迷惑が掛かる。いっそ、オークロードとの戦いが終わったらガビル様が首領の後を継ぐことになっていると話してしまおうか。いや、しかし、首領の許可無くそれを口にしてしまうのはどうなのだろう。

 

 

 

彼等をどう止めるか、私が頭を悩ませているその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「────ほほう!ガビルを首領に・・・・・・それは素晴らしい考えだ」

 

 

 

突然、頭上から男の声が響いた。その場にいた全員が何事かと顔を上げて周囲を見回すと、近くの木の枝に仮面を付けた小柄な魔人が立っていた。仮面の魔人はそこから飛び降ると、私たちの前に着地する。

 

 

 

「グルルルゥ・・・!」

 

「な、何者だお前は!」

 

 

 

私を庇うようにシーザーが前に出る。緑たちも一旦話を中断し、それぞれが警戒態勢を取る。仮面の魔人はシーザーを見て少し驚いていたようだったが、一つ咳払いをしてから名乗り出した。

 

 

 

「落ち着けお前たち。俺は敵じゃないぞ?ガビルから聞いたことはないか?ゲルミュッド、という名を」

 

「げ、ゲルミュッド・・・!?」

 

 

 

その名を聞いて私は目を見開いた。ゲルミュッドと言えば他でもないガビル様に最初の名付けを行った魔人だ。緑たち三人もそのことを知っていたので、彼等を中心に他の者たちにもざわめきが広がっていく。

 

 

 

「ガビル様に名付けをしてくれたゲルミュッド様!?な、なんでこんなところに!?」

 

「なぁに、俺が名付けをした可愛いガビルがオークロードと戦うつもりなんだと知ってな?少しばかり手伝ってやろうと思ったんだよ」

 

「なんだって!?おい聞いたかお前ら!あのゲルミュッド様がガビル様を助けにきてくれたぞ!」

 

 

 

ゲルミュッドの言葉に歓喜したモスが周囲の仲間たちへ振り向きながら叫ぶ。思わぬ味方を得て盛り上がるリザードマンたちを他所に、私はゲルミュッドに訊ねた。

 

 

 

「ゲルミュッド・・・様。お手伝いというのは、その・・・具体的にどのような?」

 

「ふっ、簡単なことだ。オークロードは確かに強大な存在ではあるが・・・俺の可愛いガビルにはあの邪仙と、その弟子のアクトとかいう奴がついてるんだろう?その三人がいればオークロードが相手でも十分勝ち目はある」

 

 

 

ゲルミュッドの返答を聞き、仲間たちはさらに歓喜する。ガビル様に名付けをし、今でもガビル様が信頼している男の言葉だ。皆も素直に信じてしまうのだろう。

 

オークロードとの戦いに希望を見出すことが出来、さらに改めてガビル様の凄さを知ったリザードマンたちは声を上げて喜び合う。その時、受かれる皆をゲルミュッドは制し再び口を開いた。

 

 

 

「だが、それは相手がオークロード一人だった場合の話だ。奴が率いるオークたちの数は二十万以上という膨大な数・・・・・・しかもその中にはBランク級のオークジェネラルという個体も数多くいる。オークロードと同時にそいつらを相手取って勝つなど、いくらガビルたちと言えど不可能だろうなぁ・・・」

 

 

 

どこか芝居掛かった口振りでゲルミュッドはそう答える。まさかアクトさんや青娥殿のことまで知っているとは思わず、私は内心驚いた。どこでそれを知ったのか・・・まさか、私たちと会う前にガビル様と接触したのか?

 

私がそう思案していると、不安そうな顔で緑がゲルミュッドに詰め寄った。

 

 

 

「そんな!それじゃあ、ガビル様はオークたちに勝てないの!?」

 

「落ち着け。それは今のままでは、ということだ。いいか?オークロードに勝つ為にはガビルに頼るだけではいかん。お前たち配下が一丸となってガビルを支えるんだ」

 

「俺たちが?」

 

 

 

ゲルミュッドは眼前にまで迫っていた緑の腰辺りを軽く叩きながら告げる。そうして落ち着かせながら緑を見つめた。

 

 

 

「少し話を聞いていたんだが、守りを固めようとする首領派と、攻めに回りたいガビル派で対立しているようだな」

 

 

 

確認してきたゲルミュッドに緑たちは頷く。いや、攻めに回ろうとしているのはガビル様ではなく部下たちだけなのだが・・・・・・いや、それよりも。この男、隠れて我々の様子を窺っていたらしい。

 

 

 

「全く愚かとしか言えん。ジュラの大森林の一大事に内輪揉めとはな。それでは勝てるものも勝てんぞ?」

 

 

 

やれやれと、肩を竦めるゲルミュッド。その態度に私は苛立ちを覚えたが、何とかそれを飲み込む。

 

 

 

「し、仕方ないんだよ!シス湖にいるリザードマンの中でガビル様を嫌う奴なんていない。けど、ガビル様の父親である首領の命令にはやっぱり逆らえない連中も多いんだ」

 

「ほとんどはオッサンとか年寄りばっかだけどな」

 

「ガビル様も父親を尊敬し大切に思うあまり何も言わず・・・」

 

「それだ」

 

 

 

弁明した緑の後に呆れた様子でモスが補足する。最後に忍者が目を伏せながらそう零すと、ゲルミュッドはばっとそちらへ振り向いた。

 

 

 

「ガビルは俺が見初めただけあって優秀だが、まだ甘い。父親の言うことだけを聞いているようでは駄目だ。一族を率いる者であれば、時に非情にならなくては・・・・・・まぁ、今回は部下であるお前たちが手助けをしてやれ」

 

「手助けって、なにをするんだ?」

 

 

 

ゲルミュッドが忍者に告げた内容の意味が分からず、モスが眉を顰めながら訊ねる。するとゲルミュッドは、小さく笑ってこう言った。

 

 

 

「───首領に退場してもらうんだよ」

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、私はゲルミュッドに詰め寄っていた。緑たちを押し退けゲルミュッドの眼前に立ち、奴を睨み付ける。

 

 

 

「首領に、何をするつもりですか・・・!」

 

「おいおい、怖い顔をするなよ。ガビルの父親には首領の座を退いてもらって、ガビルを新たな首領にしようってだけだ。勘違いしないでくれ」

 

 

 

仮面を付けている為に表情は窺えないが、へらへらとした様子でゲルミュッドは答えた。苛立ちから私が歯を噛み締める中、緑たちは驚きながらも嬉しそうにゲルミュッドを見る。

 

 

 

「ガビル様を首領に!?」

 

「あぁ。ガビルの父親はもう良い歳だろう?正直、奴に今回の戦いは荷が重いと思ってな。一見強気に見えても内心じゃ自信がないから籠城しようだなんて情けない作戦を取るんだ」

 

「確かにな・・・・・・ガビル様が始めから首領だったならこんな作戦考えなかっただろうぜ」

 

「流石ゲルミュッド様。ガビル様に名を授けてくださったお方なだけあり、御慧眼であられる!」

 

 

 

モスと忍者から賛同を得られたことで、ゲルミュッドはそうだろうそうだろうと得意気に頷いた。気分を良くしたゲルミュッドは調子に乗ってさらに語る。

 

 

 

「父親に遠慮しているだろうガビルも、お前たちという大切な部下たちの行動を見れば必ず覚悟を決める筈!その為に、お前たち全員で首領を捕らえ、ガビルを新たなる首領として・・・いや、ジュラの大森林の支配者として迎え入れるのだ!」

 

「おぉおおーーーっ!」

 

 

 

両腕を広げ、高らかにゲルミュッドが宣言した。奴の言葉によって緑たちや他の仲間たちの士気が、そして私の不安が一気に膨れ上がっていく。駄目だ、この男を放っておく訳にはいかない。

 

 

 

「ゲルミュッド様、申し訳ありませんがその必要はございません。ガビル様が首領にならずとも、そして一族ではない方の手助けなどなくとも、我々はオークロードを妥当してみせます」

 

「ちょ、ちょっと爺さん何言ってるのさ!折角ゲルミュッド様が──」

 

「黙っていなさいッ!!!」

 

「ひょえっ!?」

 

 

 

私の一喝に、声を掛けてきた緑はびくりと身体を揺らす。他の仲間たちも驚いたのか、先程までの盛り上がっていた空気は一瞬で消え去り、その場がしんと静まり返る。

 

・・・・・・・・・誰かを・・・しかも仲間に怒鳴るだなんて何年振りだろうか。

 

 

 

「・・・・・・いきなり大声出すなよ。それより、本気で言ってるのか?この上位魔人ゲルミュッドの助けが要らないなんて」

 

 

 

沈黙はゲルミュッドによってすぐに破られた。冷静な様子で話すゲルミュッドだが、どことなくその声色が冷たい。仮面越しなので直接見ることは出来ないが、恐らく穏やかではない目付きになっていることだろう。

 

 

 

「えぇ、本気です。首領の指揮の下、ガビル様とアクトさんが我々を率いてくださればオークロードなど敵ではありません」

 

「アクトねぇ。いくら邪仙の弟子とは言え、そんな奴が一人いたところで何が出来る。というか、そいつだってお前ら一族の仲間じゃないだろうが」

 

「青娥殿はともかく、アクトさんはガビル様のかけがえのない友人です。同時に、我々にとっても同胞と言って良い大切な方なんですよ。あなたとは違って」

 

 

 

わざと、挑発するように私は告げた。案の定、気分を害したゲルミュッドはその全身からじわりと妖気を立ち上らせる。

 

 

 

「私たちの前から消えなさい、ゲルミュッド。ガビル様にも、私たちにも、あなたの力は必要ない」

 

「──────」

 

 

 

ゲルミュッドを真っ直ぐ見据え、私はそう宣言した。言い終わると同時に、ゲルミュッドから発せられる圧が更に増す。『危険予知』のスキルは所持していないが、私は死の気配を間近に感じた。緑たちもゲルミュッドの妖気に怯えてその場から数歩後退る。

 

最悪、ここで命を落とすことになったとしても構わない。死ぬことに抵抗が無い訳ではないが、私が殺されたとなればガビル様はもうゲルミュッドを信用しないだろう。緑たちも信じる相手を間違えたのだと目を覚ます筈だ。

 

 

 

しかし。

 

 

 

 

 

「───そうか!どうやら余計なお世話だったらしいな!」

 

「・・・・・・・・・はっ?」

 

 

 

ぱっ、と。今までこの場を支配していた重苦しい雰囲気が一瞬で消え去った。

 

あれだけの殺気と妖気を滲ませていたゲルミュッドだが、その言葉と共にそれらを引っ込めからからと笑う。まさかの反応に、覚悟を決めていた私は思わず間の抜けた声を漏らし、目を丸くした。

 

 

 

「いやぁ、済まなかったな。可愛いガビルの一大事と聞いてつい親心が出てしまったんだよ」

 

「え、は、はぁ・・・?」

 

「び、びっくりしたよ・・・あんなに妖気を発して殺気まで・・・てっきり爺さんを殺しちゃうのかと思った」

 

「はっはっはっ!ガビルの仲間にそんなことする訳ないだろう?」

 

 

 

馴れ馴れしく肩を叩いてくるゲルミュッドに私は戸惑うばかり。離れて様子を見ていた緑がそう呟くと、ゲルミュッドはそちらを向いて陽気に笑う。そんな姿を見て、この場にいる者たちの緊張は解れていった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・折角良いことを思い付いたのに、なぁ?」

 

 

 

───私一人を除いて。

 

 

 

「っ!貴様、なにを──ッ!?」

 

 

 

他の仲間たちには聞こえなかったようだが、冷たい声色で確かにゲルミュッドはそう言った。やはり何かを企んでいるのか。警戒した私が身構えた、次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────・・・ぃ・・・・・・なぁ・・・」

 

「・・・・・・・・・なん、だ・・・?」

 

 

 

私の背後──森の中から、声が響いてきた。最初は空耳かとも思ったが、その声は徐々に大きくなってきている。間違いなく、何かがこちらに近付いてきているのだ。

 

大量の冷や汗が浮かぶのを感じながら、私は恐る恐る振り返る。その視線の先には木々と暗闇しか無かったが、暫し見つめているとそこからゆらりと現れる影があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悲しい・・・・・・悲しいなぁ・・・・・・」

 

 

 

闇の中から音もなく現れたのは一人の男だった。人間なのか、魔人なのかは分からない。白塗りの顔で、赤と紫を基調とした服を身に纏っている。まるで道化師のような姿をしていて、その手には鳥を象った杖が握られていた。

 

道化師は先程からずっと同じ言葉を繰り返している。だが、口から紡がれる言葉とは裏腹に、その男の口元は緩やかに弧を描いている。どこか恐ろしさを感じさせる、不気味な笑みだった。

 

 

 

「く、来るな・・・!それ以上、近付くんじゃあない・・・っ!」

 

 

 

これまで生きてきて味わったことがない程の恐ろしさに私は足を竦ませてしまう。まるで蛇に睨まれた蛙のように、この場から一歩も逃げることの出来ない私には、こうして震える声で道化師を拒絶することしか出来ない。最も、無駄な抵抗に過ぎなかったのだが。

 

 

 

私の声が聞こえているのかいないのか、道化師はゆっくりと近付いてくる。何か幻惑魔法でも使っているのか。それとも、恐怖心や混乱によって正気を保てなくなった私の目の焦点が合っていないだけなのか。道化師は消えたり現れたり、ゆらゆらと不気味な動きをしている。

 

気付けば、道化師は私の眼前にまで迫っていた。

 

 

 

「あぁ・・・悲しい・・・・・・悲しいなぁ・・・・・・」

 

「な、なにが・・・・・・なにを言って・・・っ!」

 

 

 

私の目の前で足を止めた道化師は尚も悲しいと呟いている。私が震えながらもそう訊ねると、道化師はぎぃ、と、より口角を不気味にこう言った。

 

 

 

 

 

「だって───命を掛けてまで守ろうとした一族を、貴方自身の手で壊してしまうのだから・・・!」

 

 

 

道化師がゆっくりと顔を近付けてくる。私は荒く呼吸を繰り返すばかりで身動きが取れない。そんな私の手を取った道化師は、自身が持っていた杖を優しく私に握らせた。

 

 

 

「かッ───!?」

 

 

 

何をするのだと思った次の瞬間、頭をがつんと殴られたかのような衝撃が私を襲った。続けて、蝕むようにして鋭い痛みが全身を走る。あまりの苦しみに声を出すことも出来ず、徐々に意識が遠退き始めた。

 

 

 

やがて、私の意識は途切れ──・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───爺さん!?ねぇ、爺さん!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・おや?」

 

 

 

────なかった。

 

 

 

「私は、一体・・・?」

 

「いや、それはこっちが聞きたいんだけど・・・・・・何もないところをじっと見て(・・・・・・・・・・・・・)、そのまま固まっちゃってさ」

 

 

 

心配そうな顔で緑が声を掛けてくる。何もないところ・・・・・・周囲を見渡してみるが、確かに何もない。はて?私は今なにをしていたのだろう?誰かと話していたような気が・・・・・・

 

 

 

「疲れているんじゃないか?ここ数日ずっとゴブリンを探す為に森中を駆け回っているんだろう?」

 

 

 

首を傾げる私にゲルミュッド様がそう言った。おっと、これはいけない。ガビル様の恩人に心配を掛けてしまったか。

 

 

 

「いえいえ、問題ありませんよ。寧ろ、なんだか力が漲っているくらいでして・・・・・・?」

 

「・・・・・・そうか。それは良かった・・・くくっ」

 

 

 

慌てて笑顔を取り繕ってゲルミュッド様に答える。安心してくれたのかゲルミュッド様は頷きながら小さく笑った。

 

自分でそう答えておきながら、私は今の体調を不思議に思った。正直なところ、先程まで確かに疲労を感じていたのだ。しかし今は疲労しているどころか力が有り余っているくらいだ。と、言うより、力が・・・魔素量が増しているような・・・・・・

 

 

 

「さて・・・・・・それじゃあ俺はそろそろお暇させてもらうとしよう」

 

「えーっ!?本当に帰っちゃうの?ゲルミュッド様」

 

「悪いなぁ、俺は忙しいんだ。ガビルを助けてやりたいのは山々だが・・・・・・後はお前たちに任せる」

 

 

 

全身に漲る力に私が困惑する中、緑がゲルミュッド様とそうやり取りしていた。どうやらもう行ってしまうようなので、とりあえず挨拶はしておかねば。

 

 

 

「ゲルミュッド様、わざわざお越し頂き誠にありがとうございました。大したもてなしも出来ず、申し訳ありません」

 

「くっくっくっ、気にするな・・・・・・では、頑張れよお前ら」

 

 

 

頭を下げる私にゲルミュッド様はひらひらと手を振る。それからそう言い残してどこかへ飛び去ってしまった。全員でゲルミュッド様を見送った後、意外そうな顔でモスが私に話し掛けてきた。

 

 

 

「しっかし、一時はどうなることかと思ったぜ。爺さんがあんな顔でゲルミュッド様に食って掛かるなんてよ」

 

「はい?」

 

 

 

それを聞いて思わず私は眉を顰めた。はて、食って掛かるだなんてそんなことしただろうか?確かに、ゲルミュッド様と色々話した記憶はあるが、その内容まではあまり覚えていない。なんというか、記憶にモヤがかかったかのようにぼんやりしているというか・・・・・・

 

その時、シーザーがこちらに顔を近付けてきた。

 

 

 

「ガァウ・・・?」

 

「おや、シーザー。どうしました?・・・・・・はい?これですか?」

 

 

 

シーザーが興味を示していたのは私の杖(・・・)だった。鳥を象ったデザインの杖で、私が愛用しているもの。これがどうしたと言うのだろう。これまでずっと持っていたというのに。

 

 

 

「・・・・・・ねぇ、爺さん。それで、どうするの?」

 

「え?どう、とは?」

 

 

 

シーザーに返事をする直前で緑が訊ねてきた。何のことか分からず首を傾げ問い返す私を見てモスが口を挟む。

 

 

「さっきの話の続きだよ。俺たちはゲルミュッド様の言うようにガビル様を首領にしてぇ。だからシス湖に戻って他の連中を説得して味方を増やして、そんで首領に抗議するつもりだ。ガビル様を首領にしろってな」

 

「立ちはだかるか?爺」

 

 

 

モスが言い終えた後で忍者がこちらをじっと見つめてきた。

 

ガビル様を首領にする。その言葉が何故か胸に引っ掛かった。なんとなく、それは駄目ではないかと思い、私が口を開こうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

『彼等の好きなようにさせてあげなさい』

 

 

 

 

 

「────・・・邪魔なんてしませんよ。気が済むまで、好きにやりなさい」

 

 

 

 

どこかからかそんな声が聞こえた、ような気がした。一瞬眩暈がして私は堪らず頭を抑える。しかし、それはすぐに消え失せ、寧ろどこか心地好さすら感じながら私は緑たちにそう告げた。

 

 

 

「えっ!?いいの!?やったー!」

 

「悪いな爺さん、ゴブリン集めはそっちに任せるぜ!」

 

「皆の者!シス湖へと戻るぞ!」

 

 

 

私の言葉を聞いた緑たち三人は喜び、隊の仲間たちと共にシス湖へと戻る準備を始めた。周囲がどたばたと慌ただしくなる中、私は一人目を閉じる。

 

 

 

 

 

『後で、迎えに行きますね』

 

 

 

「・・・・・・はい。お待ちしております」

 

 

 

再び響いた声に小さく応え、ゆっくりと目を開く。その声は誰にも届くことなく虚空に消えた。シス湖へ戻ろうとする緑たちを見て、シーザーや他の隊の者たちが動揺する中、私は一人夜空を見上げる。

 

 

 

あの方が迎えに来てくれる。その時を心待ちにしながら、私は大切な杖を優しく撫でるのだった。




皆さんお分かりでしょうが、この道化師は某キャラクターをモチーフにしたオリキャラです。主人公陣営が大分強化されてるので相手側も少し強化してつりあいを取ろうかと。
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