転生したら蜥蜴人族の友人と邪仙の恋人ができた件 作:乃出一樹
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シス湖を出発してから五時間程経過した。
出発点の湿地帯は足元がやや悪いという点を除けば、見晴らしも良く魔物も全然居ない良い場所だった。天気も良く、とても気持ち良く走れたと思う。
・・・・・・思いっきり体を動かせることがこんなに気持ち良くて、楽しいなんて。途中、少しだけ泣きそうになった。
やがて湿地帯から、深い森の中へ入っていくことに。ジュラの大森林・・・・・・俺がこの世界で(全裸で)目覚めた場所・・・オーガたちに襲われ、死を間近に感じた場所。
そこへもう一度行くことに関して、少しの不安はあるが、それ以上に好奇心が勝っていた。ガビルという頼れる味方がいるというのも大きいが。
そのジュラの大森林だが。それについて爺さんから話を聞く内に色々なことが分かった。
まず、周囲がどうなっているかだが。この森を中心として北の山岳地帯にドワーフの王国、東西には人間たちの国家が。それと南には魔王たちがそれぞれ治める4つの魔王領があるとのこと。どんな立地だ。
しかし、このように様々な脅威に囲まれたジュラの大森林だが、それらに対してリザードマンたちは・・・いや、他の魔物たちも然程気にしていないらしい。なんでも邪竜の存在によって各勢力の間に暗黙の不可侵の空気が生まれ、ジュラの大森林は一種の緩衝地帯としてこの辺りは安定しているのだとか。とはいえ、その邪竜が消えた今、これからどうなるかは不明と爺さんはどこか不安そうに語っていた。
それと、爺さんが言うにはとても巨大なこの森には多くの魔物や生き物が暮らしているらしい。
ガビルたちリザードマン。森の覇者と呼ばれるオーガ。森の至る所に集落を形成している
それら以外にも多くの種族がこの森で暮らしているのだとか。爺さんの言葉通り、森の中には様々な動物や魔物らしき生き物が沢山生息していて、走りながら辺りの様子に目移りしまくっていた。特に大きなカブトムシのような魔物(?)を見掛けた時は少しテンションが上がってしまった。
虫は苦手だけど、カブトムシとクワガタだけはセーフ。そういう人って結構いるよね?
「・・・・・・む、この辺りは見覚えがあるぞ・・・旅人殿!恐らくだが、もう少しで昨日の池に到着するのである!」
「おっ、そうか。了解!」
ホバーリザードに乗って森の中を駆けながら、ガビルがこちらを向き叫ぶ。彼の少し後ろを走る俺はそう返事をしつつ、ふと地面を蹴る自分の脚を見下ろした。
全力で走った訳ではないし何度か小休憩を挟みはしたものの、ここまで長い時間をそれなりの速度で走っていたにも関わらず、俺は大して疲れてはいない。素直にこの身体の強さに感心するのと同時に、一体今の自分はなんなのか、少しだけ不安になった。
「よし、着いたのである!」
ガビルの声で我に返り足を止める。どうやら目的の場所に着いたようで、俺にも見覚えのある景色が視界に入った。そして昨日オーガたちに襲われた池の前で俺たちは足を止めた。
そこには、昨日の戦闘の後があった。恐らく腹いせにオーガが折ったのだろう、無惨な姿になったガビルの槍を見つけた俺は、それを手に取りガビルへ向き直る。
「これ、お前の・・・・・・ごめんガビル。俺のせいで壊れちまった・・・」
「なに、気にすることはないぞ。これはリザードマン族の中で出回っている量産品であるからな。ほら、今日は新しいヤツを持ってきているだろう?」
謝罪した俺に対し、ガビルはからからと笑って新しく用意してきた槍を見せ付ける。ガビルのその表情を見て安堵した俺は、ガビルと共に周囲を見回り始めた。
「うーむ・・・・・・これと言って怪しいモノは無いな・・・旅人殿、そちらはどうだ?」
「いや・・・こっちも特に気になるモノは無いよ」
少し離れたところから声を掛けてくるガビルにそう返す。まぁ、何かある筈もない。自分がこの世界に現れた、もとい落下した場所はここより少し離れた場所の森の中だ。昨日は流れというかなんというか、さもこの場所で気が付いたかのように言ってしまったが・・・
「そうか・・・・・・手掛かりなど初めから無かったのか、或いは目に付いたモノ全てをあのオーガ共が持ち去ったのかもしれぬな」
「そ、そうかもな・・・・・・けど、一応もう少し探したいな。あーっと・・・そうだな、あっちの方とか」
「ふむ、では我輩はあちらを。少し離れてしまうが『魔力感知』がある故、お主になにかあればすぐに駆け付けよう」
「ありがとなガビル。俺ももしものことがあったら大声出すよ」
ホバーリザードをその場に残し、ガビルは向こうへ歩いていく。俺はガビルにそう告げると、昨日自分が落下した場所へ歩きだした。
「・・・・・・・・・なーんも無かったな・・・」
「うむ・・・」
そう呟いた俺たちは、池のほとりに座り込んでいた。
先程、別々の場所で手掛かりを探し始めた俺たちだが、何の成果も得られず早々にホバーリザードの待つこの池に戻って来ていた。
ガビルが向かった先は勿論、俺が向かった・・・俺が落下した地点にも怪しいモノなどは一切なく、また警戒していたものの危険な魔物なども全く出なかった。本当に何もなかったのである。
思わず溜め息を吐いた俺を慰めてくれているのか、顔をこちらに近付けてきたホバーリザードを軽く撫でる。その横でガビルは顎に手を当てぽつりと呟いた。
「もし手掛かりとなるモノを昨日の二人が持ち去ったのだとすれば・・・・・・クシャ山脈のオーガ共の住処へ乗り込み問い質す他にないか・・・?」
「ま、待て待てガビル。それはいくらなんでも無茶だろ。お前が強いのは俺も良く知ってるけど」
「む・・・・・・確かにそうであるな。ゲルミュッド様のお陰で強くなったと言えど、流石に我輩一人でオーガ共を相手にするのは無謀だな・・・部下たちを連れていく訳にもいかぬし。種族間の戦争になりかねん」
なにやら危険な考えをし始めたガビルを慌てて諌める。
昨日の戦いぶりを見るに、並みのオーガであれば二人くらいならガビルは同時に相手を出来そうだが・・・流石に住処に乗り込んでしまうと危険だろう。なんでもオーガたちは三百人近くいるらしいし。
「仮に戦いになったとして、勝つのは間違いなく我等リザードマンだが、腐っても敵は森の覇者たるオーガ。戦いの犠牲は少なくないだろう・・・」
「俺の為にそこまですることはないぞ。それに首領・・・ガビルの親父さんも見知らぬ人間の為にそんな許可は出さないだろうし」
難しそうな顔をするガビルに苦笑しつつそう告げる。確かリザードマンの兵は約一万。数だけ見ればリザードマンたちが勝つと思うが、リザードマンの平均的なランクが「C」なのに対して、オーガたちは「B」である。
爺さんと親衛隊長が言うには、このランクの差というのはほぼ絶対的で、通常のリザードマン(ガビルの部下たちや一般兵)ではオーガにはまず勝てないのだと言う。爺さんのように魔法が使えて、一方的に攻め続けられれば分からないそうだが。残念ながらリザードマンの中で魔法を使えるのは爺さんを含め一部の者だけらしい。
その時だった。
『グゥ・・・・・・』
「ん?」
「ぬぁっ・・・!?」
この後どうするか考えていた時、隣から間の抜けた音が聞こえた。何事かと振り向くと、ガビルがやや顔を赤らめながら腹を押さえていた。どうやらガビルの腹の音らしい。
「ぬ、ぬぉおお・・・!済まぬ旅人殿、リザードマンの次期首領の癖になんとみっともない・・・!」
「はは、朝早くから俺の為に頑張ってくれたもんな・・・そりゃ腹も減るよ。そうだな・・・・・・丁度良い時間だし、ここで昼にしようぜ」
「そ、そうか・・・そうであるな!よし、ではこの池から魚を我輩が・・・む、それとも果実の方が・・・」
「いや、その必要はないぜガビル。実は・・・・・・弁当、用意してきたんだ」
食べられる物を探す為に立ち上がろうとしたガビルを止め、俺は持ってきた荷物を漁る。そして少し大きめのバスケットを取り出すと、その蓋を開きガビルに中身を見せ付けた。
「おぉ!?これは確か『サンドイッチ』という人間の料理であるな!前に一度見たことがあるぞ!」
「今朝、早起きして作ったんだ。あ、ちゃんと爺さんと親衛隊長に食材を使う許可は貰ってあるから安心してくれよ」
「ふむ、あの二人が知っているのならば問題ないな。しかし、パンなど食糧庫にあったか・・・?」
「いや、それなんだけど・・・・・・これ、パンも俺が作ったんだ」
「なんと!?」
話は再び昨日の夜に戻る。
ガビルと共に冒険に行くことになった俺は、せめて食事くらいは用意できないかと爺さんと親衛隊長に相談していたのだ。
ここでリザードマンの食糧事情について爺さんから教えてもらった。なんでもリザードマンは普段森で取れる動物(魔物含む)の肉や魚に果実等を主に食べていて、パンなどは普段食べないとのこと。とはいえ食べることはできるそうだが。
では何故、そのパンを作ることができたのか。
実はリザードマンたちは湿地帯や一部の場所で穀物を育てているそうなのだ。人間たちほど本格的にではないと爺さんは言っていたが、大分前・・・爺さんが中年くらい(リザードマンの寿命は不明)の時に、ドワーフの国で出会った人間から育て方を教わったらしい。
リザードマンはあまり穀物を食べないらしく、それらは基本的に売って金や食糧等、役に立つ物(個人の趣向品)と替えてしまうそうだ。と言っても、味覚は人間に近い者も多いので、爺さんが言ったように食べることは出来るそうだが・・・・・・それと、ドワーフの国についてはあまり詳しく教えてもらう時間がなかったので、また後で爺さんに頼むとしよう。
とにかく。その国で人間から穀物の育て方を教わって以来、リザードマンたちは穀物を育て収穫し、ドワーフの国でそれらを売って稼ぎの一つとしていた訳だが。最近そこへ行った時にリザードマンの一人が、小麦粉等の材料や調味料をいくつか購入してきたらしい。
顔馴染みの商人の話を聞いて人間の食べ物に興味が湧いたらしく、パンを作る為の材料を購入したのだとか。しかし、買ったはいいが作り方が分からず、あまり触れぬまま放置されていたらしい。それを爺さんたちから許可を貰って使わせてもらったという訳だ。
ちなみにパンは昨夜の内に生地を作って発酵させておき、今朝焼き上げた。かまどはまだしも、パン型があったのには驚いた。どうやらそれもドワーフの国で買ってきたらしい。
「・・・・・・っと。早速食べようぜガビル。けど、美味しくなかったらごめんな?」
「何を言うか。我輩の為にわざわざ作ってもらったというのに文句など言わぬよ。さて、では・・・頂きます──あむ」
リザードマンと人間の味覚は似ていると爺さんは言ってはいたが、やはり不安は残る。そんな俺を気遣ってか、ガビルは笑いながらそう言うと、躊躇いもせず大きな口でサンドイッチに食らい付いた。
「・・・・・・・・・あー・・・ガビル?その、味の方は──」
「──む、お・・・ぉおおおおっ!?美味い!美味いのであーーるっ!」
突然、ガビルは大声で叫び出した。そして手に持ったサンドイッチを勢いよく食べ進めていく。
「パンも勿論だが、挟んである具材!そしてこのソース!全てが調和し素晴らしい味となっている!わ、我輩・・・・・・こんなに美味いモノを食べたのは初めてだ!」
流石にここまで喜ばれると恥ずかしいな・・・いや、勿論嬉しいけども。
サンドイッチの具はベーコンに卵、それとなんとなく見つけたほうれん草。ガビルが気に入ったらしいソースとは、マヨネーズやマスタード、蜂蜜等を混ぜたものだ。ちなみにパンには辛子バターを塗ってある。
リザードマンが買ってきた物の中には珍しい調味料も含まれていたと爺さんは言っていたが、マスタード等もあったのは驚いた。おかげでガビルに喜んで貰えたけども。
それはさておき。少しだけではあるが、爺さんから話を聞いた限りではこの世界は俺の居た世界のように発展はしていないと思う。やはり中世ファンタジーな世界なのだろう。
それなのにパンの型や様々な調味料があるということは、もしかすると俺のように異世界から来た人がいて、その人が作ったのかもしれない。ただの偶然かもしれないが、確かめる価値はある。いつかそのドワーフの国にも行かなければならないかもしれない。
「沢山あるから遠慮しないで食べてくれよ。まぁ、食材は全部リザードマンたちのモノだけどさ・・・・・・あ、そういえば・・・ガビルは昨日どうしてここに来たんだ?散歩?」
自分も食べようとサンドイッチを一つ手に取り口へ運ぶ。うん、我ながら美味く作れた・・・・・・と、その時。ふとガビルがこの場所に来たことを思い出し訊ねる。ガビルは口の中のモノを飲み込み口元を軽く拭ってから、俺の方へ向き直った。
「むぐ・・・・・・いや、そうではない。実はな、我輩は昨日不思議な光景を目にしたのだ。なんと、このジュラの大森林の空が光っていたのである」
「空が、光って・・・?」
「その光がどうにも気になってな・・・なんとなく、その光のおよそ真下辺りであるここまで来た時に・・・」
「オーガに襲われてる俺を見つけたって訳か・・・」
うむ、とガビルは頷いた。
成程、ガビルと出逢えたのにはそういう理由があったらしい。しかし、光か・・・・・・そう言えば、昨日のオーガたちもそんなことを言っていたような気がする。
「あの時はゲルミュッド様から名を頂いたばかりで舞い上がっていた為、ジュラの大森林がネームドとなった我輩を祝ってくれているのかと思ったが・・・」
「さ、流石にそれは無いんじゃねえかな・・・・・・けど。気になるな、その光──」
「えぇ。私もとても気になりますわ」
「────ッ!?」
突然だった。後ろから女の声がして、俺とガビルは咄嗟に振り向く。
そこには、美しい女性が立っていた。
空のような水色のワンピース着て、その上に青い模様のある白いベストを羽織っている。足元は、白い靴下に黒い靴。
髪はウェーブのかかったボブ。色は・・・青。この空よりも濃い、青色の髪。その髪の一部を頭頂部で∞の形に結い、結い目にはかんざしのようなモノを挿している。
異世界に来て、ランドルの体になったからだろうか。その人から漂う威圧感のような何かを肌で感じ、その美しさと相まって俺は思わず息を呑む。
戸惑う俺たちの様子が面白かったのか、その人はくすりと微笑むと、俺たちにこう言った。
「もしよろしければ・・・・・・そのお話、私にも教えてくださいます?」
青い仙人さんの登場でした。
ちなみにお気付きかと思いますが、旅人が作ったサンドイッチはあのスピンオフ作品のものです。