転生したら蜥蜴人族の友人と邪仙の恋人ができた件 作:乃出一樹
もうすぐ10月も終わりですね。
初めて見る青娥さんの姿。そしてそんな彼女から拒絶の言葉を受けた俺は、まるで逃げるように青娥さんの家を後にした。
それから少しの間ふらふらと歩いていた俺だが、やがて我に返って立ち止まる。そして来た道を振り返り、青娥さんの家がある方向を見つめながら途方に暮れていた。
「青娥さんのあんな顔、初めて見たな・・・・・・」
その場に立ち尽くしたままそう一人ごちる。以前・・・・・・いや、青娥さんと初めて出逢ったあの日。リーチリザードの攻撃から彼女を庇った時に冷たく鋭い視線を向けられたことがあった。最も、今にして思えばあれは無茶した俺への戒めであり、そこには青娥さんなりの優しさも少しは含まれていたのだろう。
しかし、先程の彼女の目はそれとはまた違っていた。いつもと違って熱の無い、という点では同じかもしれないが・・・・・・目の前に立っていた俺を本当に見ているのか分からない、虚ろな瞳だった。
ただ、これは俺の気のせいかもしれないけれど・・・・・・その瞳はどこか少しだけ、悲しそうにも見えたのだ。
「・・・・・・青娥さんには、一人にしてくれって言われたけど」
このままではいけないと、何となくそう感じた。もしかすると、時間が解決してくれるのかもしれない。ただの余計な御世話になってしまうのかもしれないが・・・・・・今の青娥さんに何かしてあげたい。これまで沢山助けてくれて、色んなことを教えてくれた青娥さんの力になりたいと、そう思った。
しかし、その青娥さんが何故あぁなってしまったのか。それを知らない限りはどうしようもない。ここは、もう一度カバルさんたちと会って彼等から詳しい事情を聞くしかないだろう。先程は自分たちも心の整理が出来ていないと言っていたが、今度はちゃんと話してもらうしか無い。
確かギドさんがギルマスに報告がある、と言っていた気がするので、三人は恐らく
・・・・・・・・・周囲にいた人たちの驚く声がいくつか聞こえた気がするが、一先ず気にしないでおこう。
さて。茜色に染まる空を駆けた俺は、大体十分程で
その後、俺は急いで
「ほら、さっさと行ってこい!アクトに何かあったら──!」
「あっ!?ま、待て待てギルマス!アクトだ、ほら!」
彼等は何やら揉めているようだったが、俺に気付いたカバルさんがこちらを指差すと、フューズさんたちの視線が俺に集まる。それから一瞬の間の後、驚いた様子でフューズさんが俺に駆け寄ってきた。
「アクト!良かった、無事だったか!」
「えっ?」
俺の姿を確認したフューズさんは何故か安堵した表情を浮かべた。どういうことかと困惑していると、フューズさんに遅れてカバルさんたちもこちらにやって来る。
「お帰りアクトさん!けど・・・・・・青娥さんが一緒じゃないってところを見るに、やっぱり駄目だった・・・?」
「あぁ・・・・・・顔を見るなり、一人にしてくれって言われたよ」
「・・・・・・なに?」
不安そうに訊ねてきたエレンに苦笑しながらそう返した。あの時の青娥さんの表情と声を思い出すと、なんだか胸がじくりと痛む。
すると、それを聞いたフューズさんが訝しげな表情を浮かべた。
「なぁアクト、それだけか?」
「はい?えっと・・・・・・それだけ、と言うのは?」
「だから、あー・・・・・・その、なんだ。殴られたりとか、魔法をぶっ放されたりとかされなかったか?」
「されなかったですよ・・・!?」
なんてことを言うんだフューズさん。一瞬ふざけているのかと思ったが、彼の顔は真剣そのもの。どうやら本当に心配してくれているらしい。
「・・・・・・そう、か。いや、それなら良いんだ」
「はぁ・・・・・・って、そうだ。カバルさんたちに聞きたいことがあったんだ」
何か言いたげにしているフューズさんの様子が気にはなったが、それよりも今は青娥さんについてだ。フューズさんからカバルさんに視線を移すと、彼は小さく頷いてから口を開いた。
「分かってる。青娥に何があったのかってことだろ?」
「さっきはちゃんと話してあげられなくて悪かったでやすね。こんなことになるなら、きちんと教えてあげておくんでやした」
申し訳無さそうにギドさんが頭を掻く。その隣にいるエレンは少し辛そうな顔をして俯いていた。
「・・・・・・一体、何があったんですか」
「実はな・・・・・・」
「待て。そのことについて話すのなら場所を変えるぞ」
カバルさんが答えようとしたが、それをフューズさんが遮る。それからそう続けた後、俺を見て眉を下げた。
「悪いなアクト。今すぐにでも知りたいのは分かるが、それをこんなところで話すとちっとばかり大事になりそうなんだ」
「た、確かに・・・・・・あのシズさんがし──」
「「リーダー!!!」」
カバルさんがそこまで言い掛けた時、今度はギドさんとエレンが彼の口を塞いで言葉を遮った。もがもが言いながら抵抗するカバルさんを見てフューズさんが呆れたように溜め息を吐く。
「ったく・・・・・・こっちだアクト。二階の支部長室で話そう。おい三馬鹿共!お前らも来い!」
俺には優しく、カバルさんたちには強い口調でフューズさんは呼び掛けた。彼等の扱いに苦笑しつつ、俺は歩き出したフューズさんの後に付いて行く。
そうして支部長に入った俺たちは、俺とエレンが同じソファ(何故か隣に座った)に、フューズさんとカバルさんにギドさんがこちらと向かい合うソファに座る。腰を下ろしたフューズさんは一度俺たち全員を見回した後、俺を見据えて口を開いた。
「・・・・・・・・・まず、初めにだが。アクト、お前は『爆炎の支配者』──『シズエ・イザワ』という名に聞き覚えはあるか?さっきここで青娥と三人で話した時、『シズ』と呼ばれた女のことなんだが」
「いえ・・・・・・」
首を横に振る。けれど、『シズ』・・・ということは、カバルさんたちと一緒にジュラの大森林へ向かったという人だろう。その人も異世界人なんだったか。
そう言えば、さっきカバルさんたちと街中で会った時、それらしき人はいなかったな。帰ってきてすぐに解散したのだろうか。
しかし、シズエ・イザワか・・・・・・日本人みたいな名前だな。
「アクトさん、知らなかったんだ・・・・・・って、ことは・・・」
「あぁ。青娥の奴、シズさんのこと弟子にも話してねぇらしいな」
「まぁ、仕方ないでやすよ。アクトくんより青娥の姉さんと付き合いが長いあっしらだって、今日まで二人の関係を知らなかったんでやすからね」
カバルさんたち三人がそう話す。彼等をちらりと一度見て、俺は再びフューズさんに視線を戻す。
「そのシズエ・イザワって人が、青娥さんがあんなことになっているのに何か関係があるんですか?」
「大アリさ。なんせ、青娥とシズは友人同士で───そのシズが、亡くなったんだ」
その言葉を聞いて、俺は目を見開いた。
亡くなった・・・・・・?青娥さんの、友人が?ふと、俺の脳裏に先程の青娥さんの様子が浮かぶ。普段の彼女からは想像も出来ない、陰鬱なあの姿が。
・・・・・・あぁなるのも、無理は無い。
「シズって奴は凄まじい剣の腕を持ち、さらには強力な炎魔法まで使いこなす元凄腕の冒険者でな。その力で多くの人々を助け、かつては英雄とまで呼ばれた女なんだ」
言葉を失っている俺にフューズさんはそう語り出した。とりあえず話を聞こうといつの間にか俯いていた顔を上げると、うんうんと頷くエレンたちが視界に映る。
「ギルマスも言ってたけど、シズさんはね、『爆炎の支配者』とも呼ばれたすーっごい冒険者なのよぅ!」
「ジャイアントアントを軽くぶっ倒しちまうんだ!流石、英雄と呼ばれてただけはあるよな!」
「最も、あっしらはそれを間近で見てもシズさんの正体に気付けなかったでやすがね・・・」
そう話す、彼等の表情は明るかった。その様子から見るに、シズさんはこの三人とも仲が良かったのだろう。楽し気な彼等を見ている内に、俺も自然と口元を緩めていた。
「・・・・・・シズは五十年程前に冒険者を引退してからは、イングラシアで暮らしながら新人の冒険者たちを指導したり、学校で教師を・・・」
「・・・・・・んっ?ご、五十年前?」
思わず聞き返してしまった。聞き間違いで無いのなら、随分歳の離れた友人がいたんだな、青娥さん。
「くくっ・・・・・・そうだな。何も知らなきゃそりゃ驚くか」
俺の反応が面白かったのか、フューズさんは小さく笑う。と、そこでエレンがフューズさんの代わりに補足した。
「アクトさん。勘違いするのも無理はないけど・・・・・・シズさん、見た目はすっごく若いのよぉ?しかも美人なんだから!」
「そ、そうなのか?けど、五十年前に冒険者やってたんなら、今はもう結構な歳なんじゃ・・・・・・」
「そう思うのが自然だが、シズは青娥とそう変わらん歳に見えてたぞ。ま、それにはある理由があるんだが・・・・・・そいつはまた後で話そう。それが、今回の原因でもあるからな・・・」
俺にそう言いながら、フューズさんは神妙な顔をする。若く見える理由、それが今回シズさんが亡くなった原因とのことだが、どういうことなのか見当もつかない。気にはなるが、もう少しフューズさんの話を聞くことにしよう。
そこから、シズさんについての内容から、青娥さんとシズさんの過去へと話は移る。
「・・・・・・シズと青娥が出逢ったのは五年前だそうだ。青娥が冒険者になる以前については一応伏せるが、当時はまだ冒険者として新米だった青娥を鍛えたのがシズでな。最も、すぐに青娥に追い抜かされたらしいが」
五年前・・・・・・もし俺の予想通り青娥さんが異世界人だとするのなら、その頃にこちらへやって来たのだろうか。
「俺が初めて青娥と会ったのは、確か四年くらい前・・・・・・シズの奴から会わせたい奴がいるから連れていくと連絡を受け、そこで顔を合わせてな。シズを上回る実力と、あの滅茶苦茶な性格には手を焼かされたもんだ・・・」
過去を懐かしむようにフューズさんは目を伏せた。僅かではあるが、口角が上がっているところを見るに、彼にとってとても良い想い出なのだろうと推測出来る。
「それから少しの間・・・・・・一年くらいは青娥もイングラシアで暮らしてたんだ。シズの奴も青娥が来てからは楽しそうにしててよ。引退してる癖にギルドの仕事を受けたりして、二人でたまに冒険とかしてたぜ」
・・・・・・青娥さんとシズさんは、二人で冒険する程に親しかったのか。なんとなく、青娥さんは誰とでもそれなりにうまくやれそうな印象はあるけれど、そこまで親密な関係の人物がいるとは思ってなかったので少し驚いた。それと、こんな時に思うことでは無いのだが・・・・・・少しだけ、シズさんを羨ましく思う。
と、自分でもよく分からない感情が湧き上がったことに内心困惑していると、それまで穏やかな表情だったフューズさんが僅かに顔をしかめた。
「だが・・・・・・三年前、青娥はイングラシアを出てシズから離れた」
「離れたって・・・・・・どうしてですか?そんなに仲が良かったのに・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・青娥が、悪い訳じゃあ無いんだがな」
何故なのかと問う俺にフューズさんは一瞬口を閉ざす。言い辛い内容・・・いや、良くない記憶なのだろうか。少しだけ間を置いて、そう前置きしてからフューズさんは言葉を続けた。
「シズと出逢ってから二年間、青娥は修行を続けた。楽しいこと、やりたいことを優先していたようだから自分のペースでゆっくりとではあったが、着実にその力を伸ばしていき・・・・・・その結果、あいつは魔物になってしまった」
「えっ!?」
驚き、俺は思わず声を上げてしまう。
いや、青娥さんが魔物であることは知っていたけれど、てっきり俺のようにこちらの世界へやってきた時から魔物だったのだとばかり・・・・・・
「あ、あの・・・・・・こっちの世界の人間って、強くなると魔物になるんですか?」
「んん・・・・・・その辺りは少し複雑なんだが・・・まぁ、普通は人間のままだ。魔物になんかならん」
念の為に確認してみたが、やはりそうでは無いらしい。少し気になる言い回しをしてはいたが・・・・・・とりあえず、魔物になった件についてはきっと青娥さんに特別な理由があったのだろう。
「アクト、お前は魔物が進化することは知ってるか?」
「一応・・・・・・『
答えると、フューズさんは頷いた。実際、ガビルが進化する瞬間をこの目で見てもいる。
「そう、魔物は名付け等によって魔素量が増加すると進化する場合がある。そして条件こそ違うものの、人間も同じように進化できるんだ──『
『
ちなみに、その仙人より上位の存在もあるらしいが・・・・・・そちらについては今はいいだろうとフューズさんは言って、青娥さんについての話を続けた。
「・・・・・・だが。常人の力を越えて進化した青娥はその仙人ではなく、何故か『
「『
「俺もその種族についてそこまで詳しい訳じゃないんだが・・・・・・魔法とか、何らかの方法によって魔人化した者たちがそう呼ばれているそうだ」
ばつが悪そうな顔をしながらそう言って、フューズさんはこめかみ辺りを指で掻く。
・・・・・・人間が魔物になる事例も無い訳ではないのか。
「・・・・・・英雄と呼ばれたシズに育てられた青娥なら、当然仙人になるものだと皆が思っていた。だが、あいつは魔物となった。邪悪な心を持っているからだとか、実は元から魔物だったとか、悪魔に魂を売ったとか・・・そんな下らん噂と共に悪名が広まり始めた。魔へと堕ちた邪悪な仙人──『邪仙』とな」
『邪仙』・・・・・・これまで、何度か耳にしたその名。成程。青娥さんの異名にはそんな由来があったのか。
「それ以来、青娥はイングラシアで陰湿な嫌がらせを受けるようになった。突如現れて英雄シズエ・イザワの弟子となり、若くして頭角を見せ始めたあいつを妬んだりやっかむ奴等は多くてな。まぁ、あの性格のせいで以前からちょくちょくトラブルを起こしてたし、その恨みもあったんだろうが・・・・・・」
その頃の青娥さんを思い出したのか、そこで一旦言葉を区切ったフューズさんは再び顔をしかめて溜め息を吐いた。俺たちが小さく苦笑していると、フューズさんは咳払いをしてから話を再開する。
「とはいえ、青娥も一応大人だ。自分がとやかく言われる分には我慢も出来ただろう。だが・・・・・・その内、馬鹿な奴らの矛先がシズに向かい始めたんだ」
そう言ったフューズさんは、まるで苦虫を噛み潰したかのような表情だった。
英雄として多くの人々を救い、慕われていたシズさんだが、その活躍を疎む連中も少なくなかったらしい。そんな連中にとって、シズさんの弟子である青娥さんが魔物になったという話は朗報だったのだろう。
そいつらは青娥さんが魔物であること、そして青娥さんが魔物になった責任はシズさんにあるとイングラシア中に広めたのだ。
この世界は基本的に、人と魔物は敵対関係にある。人と魔物が同じ生活圏にいても問題無いのはドワルゴンくらいらしく、青娥さんだけでなく、シズさんまでもがイングラシアで謂れの無い中傷や非難の視線を浴びるようになった。
そして、青娥さんがイングラシアに居られなくなった理由がもう一つ。
「イングラシアにはギルドの本部だけじゃなく、西方聖教会の拠点がある。魔物がいたら大騒ぎだ」
「西方聖教会、ってのは?」
「ルミナス教って教えを信じてる人たちのことよぉ。大陸最大の宗教派閥で、『魔物の生存を許さない』って教義を持ってるの」
フューズさんの代わりにエレンが答えた。確かに、冒険者だけじゃなくそんな人たちまでいるのなら、魔物はイングラシアでは暮らし辛いだろう。
「総本山は神聖法皇国ルベリオスってとこにあるんでやすが、ルミナス教の教えを広めたり魔物の脅威から人々を守る為に各地に教会がありやして。そこには聖騎士たちが派遣されてんでやす。全員かなりの実力者でやすよ」
「シズと
ギドさんによるルミナス教についての説明の後で、そうフューズさんが続けた。今の話からするに、
「青娥もシズと離れたくは無かっただろうが、それ以上にシズには平穏に暮らして欲しいという思いがあったんだろう。ずっと世話になっていたし、シズのこれまでの頑張りも俺やグランドマスターから聞いていたからな」
「・・・・・・そっか。青娥さんはシズさんの為に・・・」
初めて知った青娥さんの悲しい過去に俺は俯いてしまう。そして沸々と怒りが込み上げてきた。青娥さんとシズさんを傷付けた奴等に。そして、何も知らずにいた自分にも。
だが、少しだけ誇らしくもあった。俺が信じて付いてきた人は、大切な誰かの為に自分を犠牲にできる優しさを持っていたのだと。
「まぁ、それからもちょくちょく会ってはいたみたいだがな。首都のルーラには流石にあれ以来入らなかったらしいが」
「そりゃあ多少ゴタゴタが収まったとは言え、青娥が魔物だってことには変わりねぇからな。ルーラに派遣されてる聖騎士は数も多いし、たまーに『十大聖人』も立ち寄るらしいし」
うっかりそんな奴等と鉢合わせでもしたら大変だ、とカバルさんは呟く。『十大聖人』とは何か訊ねたところ、西方聖教会に所属する聖騎士の中で、特に強い十人のことらしい。なんでも、その人たちのトップは並の魔王や青娥さんよりも強いかもしれないとのこと。普通の人間でもそこまで極められるものなのかと少し驚いた。
「・・・・・・少し話が逸れちまったな。さて、それじゃあ青娥とシズの過去についてはこの辺りにして・・・・・・そうだな。思ったより話が長くなったし・・・少し待っててくれ」
茶を淹れて来よう、そう言ってフューズさんはソファから立ち上がった。お菓子も欲しいと要求するカバルさんたちと、それを叱りつけるフューズさんのやり取りに少し和み、俺は口元を緩める。
多くの人々を救って英雄とまで呼ばれ、青娥さんをあそこまで強く育てた人が何故亡くなったのか。ジュラの大森林で一体何があったのか。いよいよ、話は本題へと入る。
ガビルの出番を早く作りたい・・・