転生したら蜥蜴人族の友人と邪仙の恋人ができた件 作:乃出一樹
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
再び、家の中は静寂に包まれていた。先程から青娥さんは何も言わず、窓から夜空を見上げている。
俺は少しの間、ぼんやりと青娥さんの横顔を見つめていたが、やがて何か悪いことをしているような気分になり慌てて視線を逸らした。その後、この空気をどうしたものかと思案しつつ視線を彷徨わせていると、ぽつりと青娥さんが呟いた。
「・・・・・・シズさんは、本来ならば元の世界で死んでいた人なんです」
「・・・・・・・・・えっ?」
突然予想もしなかった言葉を聞いて、俺は思わず目を丸くした。俺のそんな反応が面白かったのか、青娥さんは僅かに口元を緩め視線をこちらに向ける。
「戦時中だったんですよ、シズさんが生きていた時代は。空襲があって、全身を炎で焼かれて・・・・・・そのまま命を落とすかと思った瞬間に、こちらの世界に召還されたんです。今から七十年以上も前に──魔王レオン・クロムウェルによって」
淡々と語る青娥さんと違い、俺は動揺していた。戦時中って・・・・・・いや、でも。七十年以上も前にこの世界へやってきたと考えると、確かにシズさんが戦時中の生まれでもおかしくはないのか。
それより、シズさんのそんな事情はフューズさんから聞いていない。彼すら知らないことを教えてもらっていたということは、やはり青娥さんはシズさんと本当に親しい関係だったんだろう。
「召還された当時のシズさんはまだ幼い少女。さらに大火傷を負っていました。何を目的として召還魔法を行ったかまでは分かりませんが、レオンはシズさんを見るなり『失敗』と呟いたそうです」
どこか忌々しげに、青娥さんはシズさんの過去を語り始めた。
召還されたシズさんは状況を理解出来ないまま目の前にいる男、レオン・クロムウェルに助けを求めた。傷付いた身体で必死に手を伸ばすシズさんをレオンは一度見捨てようとしたらしい。しかし、炎への適性がありそうだ見抜いた彼はシズさんの身体に無理矢理イフリートを宿らせ、同化させたという。
『界渡り』、そして上位精霊であるイフリートがその身に宿ったことで強大な力を手にしたシズさんはなんとか命の危機を脱した。それから暫くの間は、レオンの支配下に置かれることとなる。
召還されて以降、レオンが魔王として統治する土地で彼の配下として暮らしていたシズさん。そこで彼女はピリノという名の少女と出逢う。異世界に来て初めて出逢った歳の近い人間。二人が友人となるまでそう時間は掛からなかった。
レオンの配下となったシズさんは、他のレオン配下の魔人たちと日々訓練に明け暮れた。レオンの領地以外他に行く宛も無かったシズさんは、彼の配下として働く為に仕方なく力を付けていたという。
そんな日々の合間に、シズさんはピリノと親交をさらに深めていった。ピリノがどこからか拾ってきた風狐という魔物に、二人の名前から一文字ずつ取って『ピズ』という名前を付け、二人でこっそりと育てたり、レオンの領地内をパトロールと称してピリノとピズたちと小さな冒険をしたり・・・・・・右も左も分からない異世界に連れて来られ毎日が不安だったシズさんだが、ピリノと出逢ってからは笑顔が増え始める。魔王の支配下にある土地で、二人と一匹は穏やかな日々を送っていた。
しかし、その日常は突如崩壊する。
ある日、シズさんとピリノ、そしてピズがレオンと会することがあった。ピリノは初めて対面する魔王に萎縮しつつも、シズさんの保護者とも言えるレオンに失礼の無いよう挨拶をしたという。だが、ピズはピリノとは違い、レオンを見るなり敵意を剥き出しにして威嚇した。恐らく、魔王であるレオンの力を警戒してのことだったのだろう。
その瞬間、シズさんと同化したイフリートが突然反応した。ピズの行動を主であるレオンに対する敵対行為と判断したのか、なんとシズさんの身体を操りピリノごとピズを焼き殺してしまったのだ。
自身の手で、大切な友人を殺めた。このショックからシズさんは涙を流すことすら出来なくなり、心を閉ざしてしまう。
そんなシズさんを救ったのが、当時の勇者だったそうだ。聞きそびれてしまったのか名前は青娥さんも知らないそうだが、かなりの実力者だったらしい。それこそ、魔王であるレオンが逃走を選ぶ程の。
勇者から逃げ出したレオンはシズさん一人をその場に残した。勝てずとも自分が逃げるまでの時間稼ぎには使えると思ったのか、それとも人間の少女であれば勇者でも油断すると思ったのか、レオンの思惑など誰にも分からない。だが、レオンのその判断のお陰で、シズさんは勇者と出逢うことが出来たのだ。
シズさんは勇者と相対した際、殺されても構わないと自暴自棄になっていたらしい。やがてイフリートが意識を失う程に魔素を酷使し戦闘不能となったシズさんは抵抗を止めたが、勇者は追撃の代わりに「どうしてここにいるのか?」と彼女に訊ねたという。
何故そんなことを聞くのか、困惑しつつもシズさんは自身の過去を勇者に語った。自分が異世界人であることも、イフリートの力で大切な友人を殺してしまったことも。
勇者はシズさんの話を最後まで静かに話を聞き、それを信じた。そして、シズさんを保護すると告げたという。予想外の展開に戸惑うシズさんに勇者は優しく手を差し伸べる。少し考えてから恐る恐るシズさんがその手を取ると、勇者はシズさんを抱き寄せ自身が身に付けていた仮面を手渡した。
その仮面は『抗魔の仮面』と呼ばれるマジックアイテムで、魔法抵抗を高める効果があった。流石にそれだけでは不可能だったらしいが、レオンの元で十分な実力を身に付けていたシズさんは仮面の補助もあってイフリートをほぼ完全にコントロール出来るようになったそうだ。
イフリートの意識を抑え付けることに成功し、そして勇者の優しさに触れて安堵したのだろう。ピリノとピズを失ってから抑え付けられてきた、シズさんの人間としての感情が溢れ出した。歳相応に泣き出したシズさんが落ち着くまで、勇者は彼女を優しく抱き締め続けたのだった。
こうして、勇者によってレオンの元から連れ出され、人間の世界で暮らすこととなったシズさん。初めは勇者以外の人間とはうまくコミュニケーションが取れなかったそうだが、それも時間が解決してくれたらしい。勇者の元で数年修行を重ね、勇者と共に各地を旅し、多くの人たちと関わる内にシズさんは自然と笑えるようになっていた。
シズさんが勇者と出逢ってから数年後。この頃にはシズさんの身体の成長は止まっていたらしい。外見は二十歳手前くらいだが、勇者と共に磨き上げた剣術や精霊魔法は非常に強力で、現代でも有名な『爆炎の支配者』という異名もその頃に付けられたそうだ。
そんなシズさんを残して、ある日勇者はどこかへ旅立ってしまったという。当然シズさんは悲しんだそうだが、今後のことを彼女なりに考えた結果、一人でも冒険者を続けることを決意する。「かつての自分を助けてくれた勇者のように、自分も弱い人たちを助けてあげたい。そう思ったんだ」と、以前シズさんは青娥さんに語ったそうだ。
勇者が何処かへ旅立ってから数十年後。外見こそそのままだが、老いによる力の衰えを理由にシズさんは冒険者を引退。その後はイングラシアで冒険者たちの指導者として働いていた。そんなある日、シズさんは一人の異世界人・・・やがて、イングラシアの
話を戻して。シズさんに保護されたユウキだが、彼女の弟子となり異世界のことや戦闘の技術を学んだ後、冒険者や異世界人たちの為に自由組合を立ち上げようと動き出した。正確には以前よりあった冒険者互助組織を再編し、冒険者や魔物の強さが分かりやすいよう、いくつかの段階評価を当てはめ強さの指標を作った。それ以外にも、自由学園という冒険者や異世界人の為の教育機関を立ち上げ、それの理事長として活動していたりもするそうだ。
・・・・・・・・・青娥さんはさらっと話していたが、多分これ滅茶苦茶凄いことだと思う。俺は言葉にせず、会ったことのないユウキという人物に心の中で尊敬の念を抱いた。
そんなユウキを、シズさんは陰ながら支える道を選んだ。全盛期の力を失った自分にとっては、これが相応しい仕事だと判断したらしい。ユウキと共に自由組合の運営について頭を悩ませたり、完成した自由学園の教師となって多くの人を導いたりと、かなり忙しい日々だったようだ。
そして、五年前。西側諸国で警戒されていたとある犯罪集団の情報がユウキの元へ届く。当時、少しずつ勢力を拡大していたそいつらは自由組合としても放置することは出来ず、グランドマスターであるユウキは連中の討伐依頼を発令する。
更に、連中が異世界人を召還する準備をしているという噂もあり、かつての自分のような被害者を増やさないようにと、シズさんもその依頼に参加することを決意した。一線から退いていたシズさんだが、それでも並の冒険者たちを上回る実力は残っており、どうしても人手が足りない時は魔物の討伐等に駆り出されていたらしい。
ユウキの指示の元、シズさんを中心とした冒険者たちによるチームが組まれ、犯罪集団の殲滅作戦が実行された。迅速に目的地である連中のアジトまで辿り着いたシズさんたちは、すぐに内部へ乗り込んだ。
そこで、連中によって召還された青娥さんとシズさんは出逢い──・・・
「・・・・・・・・・・・・と。まぁ、シズさんの過去はこんな感じですかね。私の知る限りではありますけども」
長くなってしまいすみません、と青娥さんは小さく笑う。だが、シズさんの重い過去を知った俺は青娥さんとは違って笑うことも出来ずただ黙っていた。
そんな俺を見て、気を遣ってなのか青娥さんが声を掛ける。
「・・・・・・少し驚かせちゃいましたかね?」
「えっ・・・・・・あー、その・・・・・・はい。シズさんにそんな過去があったなんて・・・・・・そりゃ、復讐したいと思いますよね」
俺はフューズさんが言っていたことを思い出していた。シズさんは魔王レオンに会いに行こうとしていたのだと。きっと、老いによる弱体化がこれ以上酷くなる前に奴を殺すつもりだったのだろう。
と、そう考えていた俺だったが。
「それなんですけれど・・・・・・シズさんは、そんなに魔王レオン・クロムウェルのことを恨んではいなかったんですよ」
「はっ?」
青娥さんの言葉に目を丸くした。恨んでいない、のか?レオンによってイフリートを身体に同化させられたせいでシズさんは友人を失うことになったのに。
「少なくとも、殺したいとまでは思っていないと言ってました。一応、命の恩人ではあるし。それに、友人を失った間接的な原因ではあるけど、彼がそうしろと命令した訳じゃないから・・・・・・って」
「そう、だったんですか・・・・・・なんていうか、さっきの話を聞いてる時も感じてたけど、優しい人だったんですね。シズさんは」
「えぇ。本当に、優しい人だった・・・」
そう答える青娥さんだったが、やがて表情を曇らせる。シズさんとの過去を思い出させてしまったことで、より悲しませてしまったのかもしれない。
「この世界が嫌いだと、あの人は私に言ったんです。でも、あの人は英雄と呼ばれるくらい、多くの人に手を差し伸べ続けた。私やユウキさんたちのような異世界人だけじゃなく、元々この世界で生きていた人たちにも」
この世界が嫌い、か。確かに、エレンたちから聞いた話ではリムルにそのようなことをシズさんは言っていたらしい。だが・・・・・・
俺はそこで口を開き掛けたが、とりあえず青娥さんの言葉を最後まで聞くことにした。
「私がイングラシアを出た後、シズさんは学園での仕事や冒険者たちへの指導に専念して自由組合からの依頼は受けなくなったそうです。でも、あの人のことだから・・・もし困っている誰かを見つけたら、自分のことなんて省みずにきっと駆け出してしまう・・・・・・だから、私がシズさんの代わりに・・・シズさんが、少しでも傷付かなくていいように、西側諸国やドワルゴン等を巡って多くの依頼をこなし、魔物たちを倒し続けました。なれる訳なんて無かったけれど、シズさんのようになりたいってそう思ったこともありましたし」
窓の外に視線をやりつつ、静かに青娥さんは語る。その時、俺はあることに気付き青娥さんに質問した。
「・・・・・・もしかして、俺を助けてくれたのはシズさんの真似?」
「シズさんだったら、あの時のアクトくんに必ず手を差し伸べたでしょうから・・・・・・流石に名付けまではしないでしょうけど。でも・・・・・・アクトくんにとっては、シズさんと出逢っていた方が良かったんでしょうね」
「─────・・・」
自嘲気味に笑う青娥さんだったが、彼女が最後に呟いた一言は俺の心をざわつかせた。怒りなのか悲しみなのか、よく分からない感情が沸き上がり俺は唇を噛む。
「魔物だからイングラシアでは暮らせなかったでしょうけど、フューズさんに協力して貰えればブルムンドで生活出来たと思います。いや、ユウキさんを頼ればイングラシアに近い町や村に住めたかも・・・・・・」
そんな俺の様子には気付かず、青娥さんは淡々と喋り続ける。しかしその横顔は、言葉が紡がれていくと共に悲痛な面持ちに変わっていく。
「たまにシズさんが様子を見に来て、シズさんに修行をつけてもらって少しずつ力を付けて、アクトくんが作った料理を二人で食べて・・・・・・・・・そう・・・きっとシズさんにとっても、私よりアクトくんと一緒だった方が良かった筈。アクトくんは良い子だから、シズさんに迷惑を掛けることなく二人で穏やかに暮らせてたんじゃないかな」
有り得たかもしれない日々を思い浮かべながら、青娥さんはこちらに向き直った。微笑を浮かべてはいるが、どこか苦しそうに見える。
「私みたいな人間に好かれて、依頼やら何やらで色んなところに振り回されて、一緒に魔物やら悪人やらと戦わされて・・・・・・一度は一線を退いたのに、嫌な顔一つせず・・・シズさんは人が好すぎるのよ」
そこまで言って、遂に青娥さんは俯いてしまった。それと、気付いているかは分からないが、少し前からいつもの丁寧な口調では無く、素と思われる口調が出ている。俯いてしまった彼女の表情を窺うことはできないが、その声色からは抑えきれない悲しみが滲み出ていた。
だが、抑えきれなくなっているのは青娥さんだけじゃない。俺も同じ。
ただし、青娥さんとは違って・・・・・・怒りだ。
「挙げ句、私なんかと一緒にいたせいで悪い噂まで広がって・・・・・・そして、最後の目的も・・・再び魔王レオンに会うことも出来ず命を落とした・・・・・・シズさんの人生って、一体なんだったの?あの人はずっと誰かの為に戦い続けてきたのに・・・・・・苦しくて、傷付くばかりで・・・・・・勇者と別れてからのシズさんの人生に、楽しい時間なんて無かった──」
「あったに決まってるだろ!!!」
思わず叫んでいた。自分から発せられた声に驚きつつ、俺は青娥さんに視線を向ける。驚いているのか、顔を上げた青娥さんは目を丸くしていた。
「・・・・・・すみません、急に大声出して」
「・・・・・・・・・アクトくん・・・?」
「けど・・・我慢出来なくて。青娥さん、いくらなんでも自分を卑下し過ぎだ。そんなの・・・・・・いや、それだけじゃない。今の青娥さんを見たら、俺だけじゃない。シズさんだって悲しむよ」
シズさんの名が出た瞬間、青娥さんの目付きが僅かに鋭くなる。彼女と会ったこともない俺が彼女を語るのが許せないのだろう。けれど、俺はその視線に怯まずに続けた。
「シズさんは、間違いなく幸せだった。少なくとも、青娥さんと一緒にいた頃はそうだったと思います」
「っ・・・・・・・・・なんで、そんなこと言えるの。シズさんと会ったこともないキミに、なんでそんなことが・・・!」
「分かるよ。ほんの少しだけど・・・・・・会ったことは無くても、シズさんの想いは聞いたから」
「・・・・・・想い?」
そう繰り返し、青娥さんは訝しげな顔をした。俺は小さく息を吐いて心を落ち着かせ、青娥さんに答えた。
「ここに来る前、フューズさんから教えてもらったんです。シズさんはエレンたちと一緒にジュラの大森林へ向かう前、フューズさんと話をしたそうです。そこでフューズさんは・・・青娥さんへの伝言を、シズさんから託されたんですよ」
「・・・・・・!?」
青娥さんは言葉も無く、目を見開いて驚いた。珍しく動揺した様子の彼女を見つめながら、俺は数時間前・・・自由組合の支部長室でフューズさんに呼び止められた時のことを思い出す。
その時知った、フューズさんがシズさんと二人で話した内容を、そしてシズさんがずっと抱いていた想いを、俺は青娥さんに語り始めた。
『フューズくん。お願いがあるんだ』
その日、シズさんはいきなりフューズさんの元を訪ねてきたという。少しばかり驚いたフューズさんだったが、久しぶりに顔を合わせた友人と他愛も無い世間話を楽しんだらしい。
やがて、世間話に一段落がついた頃。シズさんはそう切り出したのだ。
『ん?なんだよ、改まって』
『青娥に伝言を頼みたいんだ。多分、もう会えないと思うから』
シズさんは身に付けていた仮面を外し、フューズさんを見据えてそう言ったらしい。予想もしていなかった言葉にフューズさんはやや面食らったが、一瞬遅れて笑い出した。
『・・・・・・はっ、はははっ!なに馬鹿なこと言ってんだ。ジュラの大森林に行くとか言ってたが、シズさんなら・・・っ!』
だが、シズさんの真剣な眼差しを見たフューズさんは、それが冗談では無いことを悟る。息を飲んだフューズさんは、恐る恐るシズさんにこう訊ねた。
『・・・・・・・・・シズさん。アンタ・・・何をするつもりなんだ?』
『うーん、何も出来ないかも?』
少し考える素振りをして、シズさんは苦笑した。真面目に答えて欲しいとフューズさんが頼んだところ、シズさんは小さな声で謝り、その理由までは語らなかったが自身の目的を話したそうだ。
魔王レオンに会いに行く、と。
『ま、魔王に会いに行くだとぉ!?馬鹿野郎!なら、それこそ青娥に会っていけ!あいつなら絶対アンタの力に──!』
『うぅん。それは出来ない』
シズさんの信じられない発言に驚愕しつつも、声を荒らげながらフューズさんはそう提案する。しかし、シズさんはそれを即座に断った。
『・・・・・・これ以上、青娥に甘える訳にはいかないもの』
『は・・・?』
その言葉に、フューズさんは思わず目を丸くしたそうだ。フューズさんは青娥さんと知り合ってまだ四年程だが、それなりに二人のことを見てきている。フューズさんからすれば・・・・・・いや、二人を知る人であれば、普段甘えているのは青娥さんの方だと誰もが思うらしい。なのに、迷惑を掛けられている筈のシズさんがそんなことを言うものだからフューズさんは驚いたのだ。
『ふふ・・・・・・助けてもらったのは青娥だけじゃなくて、私の方もなんだ』
フューズさんの顔から彼の考えていることを読み取ったのか、シズさんは小さく笑うとそう語り出す。フューズさんはそこで我に返り、一先ず話を聞くことに。
『私ね、この世界が嫌いだった。こっちに召還されたお陰で命が助かったことには感謝しないとだけど・・・・・・魔王の元にいた頃は本当に辛かったし。勇者と二人でいた頃は楽しかったけど、別れてからは大変で・・・・・・あっ!自分で選んだ道だし、それにフューズくんたちにも出逢えたから良いこともあったよ?』
誤解しないでね、と慌てた様子でシズさんは両手をぱたぱたと振る。フューズさんはそんな彼女を見て口角を僅かに上げ、続きを促した。
『でも、やっぱり色々と大変でさ。やり甲斐はあったけど、冒険者として数え切れないくらいの戦いを経験して、一線を引いてからはイングラシアで新米冒険者たちの先生役を。それから、ユウキとヒナタを保護して・・・・・・二人が一人立ちしたかと思ったら、今度は自由組合の立ち上げをユウキが始めるんだもん』
『自由組合を今の形にまで仕上げた影の功労者だもんな、シズさんは』
『ユウキが頑張った結果だよ。私はほとんど何もしてない』
揶揄うように言ったフューズさんにシズさんは苦笑しながら答える。ちなみに、この話を聞いている際に俺はこの『ヒナタ』という人物が気になったが、あの時は急いでいたのでそれに触れることはしなかった。
『そして、自由組合が今の形になってから少しして・・・・・・青娥と出逢ったんだ』
当時を思い出しているのか、シズさんは穏やかな表情で瞳を閉じる。過去を懐かしむように語るシズさんを、フューズさんは優しく見ていたという。
『突然この世界に召還されて、右も左も分からない異世界人の保護・・・・・・最初は、この子もユウキやヒナタと同じだと思った。でも、何て言うのかな・・・・・・青娥は二人とは距離感が違くて』
そこまで言って、シズさんはくすりと笑った。フューズさんはその言葉に同意すると続きを促す。
『助けられたからっていうのもあるかもしれないけど、凄く私に懐いてくれてね。剣にはあんまり興味を持ってくれなかったけど、その代わり魔法や闘気、スキルについての勉強と修行は凄く頑張ってたな。ヒナタみたいに色んなことを覚えて、どんどん強くなって・・・一年もしたら私なんか追い抜いちゃった』
嬉しそうに、誇らしそうに。シズさんは青娥さんについて語り続ける。
『正直ね、ヒナタの時みたいになったらどうしようって不安に思ったこともあったんだ。でも、そんなことはなくて。青娥はいつも私の側にいてくれたの』
『確かにあいつはシズさんにべったりだったな。というか、振り回されてただろ?』
『ふふっ・・・・・・そうかも。冒険者として依頼をこなす時だけじゃなくて、買い物にもよく付き合わされたなぁ。『シズさんだって女の子なんだから、もっとオシャレに気を使ってください!』・・・なーんて怒られた時もあったんだよ?』
肩を竦めるシズさんの姿にフューズさんはくつくつと笑ったらしい。フューズさんが言うにはシズさんはオシャレに無頓着で、戦闘用の服、または鎧しか持っていなかったそうだ。
『まぁ、私は可愛い服とかよく分からないから全部青娥が選んでくれてたんだけどね。他にも、日本・・・あっ、元の世界の食事が懐かしいでしょうって、私の為によく料理してくれたんだよ。あんまり上手じゃなくてごめんなさい、なんて青娥は申し訳無さそうな顔してたけど・・・・・・青娥の作ってくれた料理はいつも美味しかったなぁ』
『・・・・・・青娥の奴が、シズさんの為とは言え料理とは』
それを聞いてフューズさんは再び驚いた。少なくともフューズさんの知る限り、青娥さんはそんなことをするような人物では無かったからである。それなりに家事くらいは出来るだろうと思ってはいたらしいのだが、料理が得意だなんて話は一度も聞かなかったそうだ。
『青娥が邪仙と呼ばれるようになってイングラシアを出た後も関係は変わらなかった。最近はお互いに色々あったから、あんまり会えてなかったけど・・・・・・半年くらい前までは頻繁に会ってたんだ。これまでと何も変わらず、二人で修行して、冒険して、買い物して、食事をして・・・・・・そんな、笑顔の青娥が隣にいる日々を過ごしている内に気付いたんだ』
シズさんの言葉をそこまで聞いたフューズさんは訝しげな視線を彼女に向けた。フューズさんに見つめられたシズさんは、ただ静かに微笑んで。
『───楽しかったの。ヒナタのことも、子供たちのことも、過去のことも・・・・・・その時だけは、不安なことや怖いことを全部忘れられた。青娥に振り回されて、そして二人で笑い合ったあの日々は・・・とっても楽しかったんだよ』
そう、言い切ってみせた。
『・・・・・・・・・!』
『・・・・・・本当はね、青娥の顔だけ見るつもりだったんだ。けど、あの子に会ったら私はきっと甘えちゃう。だから、いないのならそれで逆に良かったのかも・・・・・・・・・あっ!ねぇフューズくん。そう言えばさっき、青娥が弟子を取ったって言ってたよね?』
少し前にフューズさんが話していた内容を思い出したシズさんはそのことについて訊ねる。目を見開いたまま言葉も無く驚いていたフューズさんだが、シズさんのその問いを受け我に返り、慌てて答え始めた。
『あ、あぁ・・・・・・ウチにいる、青娥ともそれなりに仲の良い三人組の冒険者から聞いてな。封印の洞窟で会ったそうなんだが・・・アクトという名の少年らしい』
『アクト、くん・・・・・・そっか、青娥が弟子を・・・・・・どんな子なんだろう・・・』
『あいつらの話じゃ、結構なイケメンで優しい奴らしい。おまけにA-ランクの魔物を軽く倒せる実力者なんだと・・・・・・くく。俺も青娥が弟子を取ったと聞いた時は驚いたぜ。ま、シズさんの影響なんだろうがな』
俺の名前を繰り返し呟いているシズさんを揶揄うように、フューズさんはにやりと笑う。するとシズさんは一瞬きょとんと呆けた後、どこか照れ臭そうにはにかんだそうだ。
『あはは・・・・・・でも、そっか。青娥に弟子かぁ・・・・・・会ってみたいなぁ』
『・・・・・・会えばいいじゃねぇか。今すぐには無理でもよ、目的を果たしたらまたブルムンドに来て・・・そんで、青娥に会って、青娥に頼んでその弟子に会わせてもらえよ』
フューズさんのその言葉にシズさんは何も答えない。ただ、曖昧に笑うだけだ。
『・・・・・・・・・少し安心したよ。青娥って、私以外の人とはあんまり深く関わらないイメージがあったから。多分、イングラシアを出るキッカケになった三年前のことが原因なんだろうね』
申し訳無さそうに、シズさんは僅かに顔を俯かせた。フューズさんは否定も肯定もせず、彼女の言葉の続きを待つ。
『青娥にはさ。私以外にも大切な人を作って欲しいんだ。出来れば、沢山の優しい人たちに囲まれながら、笑顔でこの世界を生きていって欲しい』
『・・・・・・その大切な人の中に、アンタがいなくちゃあいつは笑えねぇよ』
『それじゃ駄目なんだよ。仮に今回、何事もなく戻って来られたとしても、私に残された時間が短いことは変わらない。だから青娥の傍に、私以外の大切な誰かがいて欲しいの。私がいなくなっても、青娥が寂しくならないように。私がいなくなっても、私の大好きな笑顔の青娥でいられるように』
そう言って、シズさんは窓の外に視線を移した。穏やかな笑みを浮かべながらどこか遠くを見ているかのようなその姿を前にしたフューズさんはどうにも堪らなくなり、そっと目を逸らしたという。
『・・・・・・・・・って、話が逸れちゃった!ごめんねフューズくん』
暫し、二人の間を沈黙が支配していた。やがてシズさんはぱっと表情を明るくさせてフューズさんに謝罪する。
『それで、話を元に戻すけど・・・・・・青娥への伝言、頼めないかな?』
『・・・・・・はぁ・・・分かったよ。言うだけ言ってくれ。だが、帰って来られるように全力を尽くせ。俺任せにするんじゃなく、自分の口であいつに伝えられるように努力しろ。いいな?』
フューズさんは溜め息を吐くと、シズさんの頼みを了承した。最後にそう念を押してシズさんを見据えると、彼女は曖昧に笑って頷いたという。
『それじゃあ、青娥に伝えて?・・・・・・・・・青娥。あなたと出逢う前、私はこの世界が嫌いだった。でも、あなたと出逢って、二人で色んなことをして・・・ほんの少しだけ、この世界も悪くないって思えるようになった。そして、気付いたの。この世界はともかく、この世界に生きる人たちのことは好きだったんだって。ありがとう青娥。あなたと駆け抜けた日々は本当に楽しかった。あなたが隣にいてくれたから、私は・・・・・・』
優しい声色で、その場にはいない筈の青娥さんに語りかけるようにシズさんは言葉を紡いでいく。そして、最後にシズさんはこう言ったのだ。
『私は──この世界で、心の底から笑えていたよ』
咲き誇るような、笑顔と共に。
「────あぁ・・・あぁ・・・・・・!」
俺が話し終える頃には、青娥さんは俯いていた。
伏せられたその顔を窺うことは出来ないが、青娥さんが今どんな表情をしているかくらい予想はつく。やがて、テーブルにぽたりぽたりと雫が落ちた。
「そっか・・・・・・シズさん、あなたは・・・笑えてたんだ・・・っ・・・楽し、かったんだ・・・!良かった・・・・・・良かった・・・・・・っ!」
涙でテーブルを濡らしながら、震える声で青娥さんは一人呟く。俺はそんな青娥さんを少し見つめた後、なるべく優しい声色で話し掛けた。
「・・・・・・そうだよ。シズさんは間違いなく幸せだったんだ。青娥さん、あなたが一緒にいてくれたお陰で。あなたの自由で優しい心と、その笑顔が、シズさんを幸せにしていたんだ」
テーブルに乗せられている彼女の手に自分の手をそっと重ねる。青娥さんは、その手を振り払わなかった。
「だから、もう自分を悪く言わないで?シズさんは青娥さんを恨んだことなんて一度だって無かったし、青娥さんのお陰で、この世界でも笑うことが出来たんだから」
「・・・・・・・・・っ・・・!」
「それと・・・・・・必ず立ち直ってください。今は沢山悲しんで、沢山泣いていいから。いつかまた、笑えるようになってください。シズさんが大好きだったあなたの笑顔を、俺たちに見せてください。それが、シズさんの願いだったんですから」
俺がそう言うと、伏せられている青娥さんの顔が僅かに上下した。頷いてくれたのだろうか。
「俺なんかじゃ、シズさんの代わりにはなれない。なれるだなんて、思ってない。でも・・・・・・あなたが許してくれるなら、俺は青娥さんの傍にいます。傍にいたいと、そう思ってます。青娥さんが寂しくないように。それから・・・シズさんの次くらいには、青娥さんにとって大切な人になれるように・・・・・・俺、頑張りますから。だから──」
どうか早く、シズさんと俺の大好きな青娥さんに戻って。祈りながら、俺はそう告げた。もう二度と青娥さんに逢うことの出来ない、シズさんの分まで。
「・・・・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・アクトくん」
やがて、消え入りそうなほど小さな声で。けれど確かに、青娥さんはそう答えてくれた。
青娥さんはゆっくりと顔を上げる。その顔は涙で濡れていたが、俺を真っ直ぐ見つめ、にこりと、少しだけ微笑んだ。その微笑みと光の戻った瞳を見て、俺は安堵し頬を緩ませる。
・・・・・・あぁ。きっともう大丈夫。
シズさん。どうか安心して、安らかに眠ってください。これからは、俺やガビル、フューズさんやエレンたちが青娥さんの傍にいます。あなたの大好きだった青娥さんの笑顔を守れるように。そして、あなたの大切な友人である青娥さんが、あなたのいないこの世界でも笑顔で生きていけるように。
俺は心の中で、そうシズさんに語り掛けた。
正月は体調を崩して少しダウンしてました。もう元気です。