仗助と育朗の冒険 BackStreet (ジョジョXバオー) 作:ヨマザル
空条貞夫の孤闘 -1982- その1
1982年6月25日:アメリカ ニューヨーク
カチャカチャカチャ……
甲高い笑い声、グラスに氷がぶつかる音、ナイフとフォークが食器にあたる音などが、ときおりフロアに響く。
悔しいかな、フロアに響くその演奏は、そんな小さな音さえ邪魔に感じるほど心に響いた。
JOJO:ジョセフ・ジョースターは、帽子を目深にかぶって、ジャズバーの隅にしつらえてある丸テーブルに一人で座っていた。時折、手にしたスコッチをチビチビと飲み、ピッチャーがわりのクァーズをがぶ飲みする。シングル・モルトの最高級スコッチを飲んでも、すばらしい演奏を聴いても、その『苦虫を噛み殺したような』表情は、変わらなかった。
彼の視線は、ジャズバーの中央で演奏する『日本人』に固定されていた。
サックスを持ったその日本人は、周囲のミュージシャンとは一線を画す程の圧倒的な技術で、情熱的な音を奏でていた。
店を見渡すと、その演奏に聞き惚れ、すっかり心を奪われている観客が大勢見える。
面白くない。
JOJOは憮然としていた。
(確かに人の心を揺さぶる力をもった音楽をしおる……ムカッ腹立つが、それは認めてやろう。だが……)
気が付くと、いつの間にか演奏が終っていた。演者達が観客になにやら話しかけている。
観客はスタンディング・オベーションで演者を称えていた。しかも、感極まった観客の一人 ――ゴージャスな美人だ―― がその『日本人』に駆け寄り情熱的なアプローチを始めている。
なぬッッ
思わず立ち上がりかけたJOJOは、その『日本人』がさらっとその女性をかわしたのをみて、再び腰を下ろした。
ちょっとホッとした自分が、全くもって気にくわない。
もう十分じゃ。
JOJOはそっとホールから出ていった。帰宅しようと店をでて、運転手を呼ぶために外で控えていた駐車場の管理人に話しかける。
ところが……
「お義父さん、来てくれたんですか」
JOJOが車が来るのを待っていると、背後から、おっとりした声で話しかけてくる者がいた。
『奴』だ。
JOJOは軽く舌打ちをしながら振り返った。帽子を目深にかぶり、見つからないようにしていたはずなのに、この男はどうやって自分を見つけたのか。
「フン、お前と話す言葉などないワイ」
JOJOは、自分の最愛の娘を寝取った憎き男と正面から向き合った。
「演奏………どうでした?」
目の前の男はくったくのない笑みをうかべていた。男はJOJOの苦虫を噛み潰したような渋い表情にも、まったく怯るんでいないようだ。
――この男――JOJOはイラッとして、ポケットに入れていたチケット ――とっくにグルグルに丸めている―― を取り出し、男の鼻先に弾き飛ばした。――波紋を込めて――
だが、朴訥で無口なその男は、波紋を込められた紙玉をさっとつかみとった。そして、まるで何もなかったかのようにぺコリと頭を下げた。
思い出した。
このシャイな男は、サックス奏者と言うだけでなく、日本の古武道の達人でもあった 。
最愛の愛娘、ホリィとの馴れ初めも、そうだ。
ニューヨークの路地裏で、スージーQとホリィがガラの悪いゴロツキに絡まれている所を、この男が『格好良く』助けたと言うワケだ。
……なんだって、ワシはあの時二人からちょっとでも目を放したのか…………
格好良く妻と娘を守る役は、俺のものなのに……
もう何百回目にもなる後悔を振り払い、JOJOはむっつりと言った。
「もう聞いておるだろ………ワシは暫く日本に行く。例のM市近くの箱モノの件だ……忌々しいが、協力してやる」
「………」
貞夫は黙って頷いた。
「クソッ。いいか貴様ッ、ニューヨークに顔を出せよ。少しはホリィとジョータローに、父親らしい顔も見せてやれ!」
JOJOは、それだけを一気にまくしたてると、足を踏み鳴らし店から出ていった。
一人残された貞夫は、何やら考え深げにホールに戻った。
ホールに戻ってきた貞夫を見つけ、観客達が騒ぎ出した。
そのあけっぴろげな賞賛に、貞夫は思わず顔を赤くしてうつむいてしまった。下を向いたまま、身をちぢこませてカウンターに向かう。どれだけ海外で演奏をしても、欧米人のこの辺りのノリには、どうしても慣れることが出来ないのだ。
気分を変えようと、貞夫はカウンターに残されたバーボンを手に取った。今考えるべき事は演奏の事ではない。義父、ジョセフ・ジョースターの協力を取り付けることができた事だ。
貞夫はバーボンをグラスに移し、水を注ぎ、一息にあおった。
そして、フロントの電話を借りてあちこちに電話をかけ始めた。
――――――――――――――――――
8月15日:日本
第一印象は最悪だった。
東方朋子は、ゼミの教授のつてで夏休みを利用して引き受けたバイト――アメリカからやってきた不動産屋の秘書兼通訳の仕事――にホトホトうんざりしていた。
何と言ってもこの不動産屋がサイアク。
故郷近くのM市の不動産開発に来たと言うこの男は、いい年して無駄にエネルギッシュで、ワガママ、ブシツケ、ガサツ、騒々しく、軽薄ッ!!
絵に書いた様なヤンキーなのだ。
しかも 、ことある事に日本の男の悪口を言いまくるときた。どうやら一人娘がかってに日本人と結婚したとかで、日本人に恨みが あるのだそうだ。
子供かッ!
(やっぱり男は渋みよ、渋みッッ)
朋子は、手荒いハンドル操作で追い越し車線に移った。追い越し車線に移ると同時にリンカーンのアクセルをグッと踏み込み、一気に加速させる。
「オーッノォォォゥ――ッッ!」
「大丈夫かぁ、ジョジョォッ?」
「ああ、大丈夫、アチチチチ……」
「ヒャッ、ヒャッ……ヒャッッ」
「ジン・チャン、テメェ笑ってんじゃねえ!」
後部座席から不動産屋:ジョセフ・ジョースターとその相棒の騒ぎ声が聞こえた。騒ぎ声に交じる罵詈雑言から察するに、急加速の反動で、冷まそうとしていた熱々のたこ焼きを口のなかに放り込んでしまい……舌を火傷をしたようだ。
いい気味だ。
朋子は、バックミラー越しに後部座席のジョセフの様子を見て、ほそくえんだ。
朋子と不動産屋、そしてジン・チャンと言う台湾人――不動産屋のビジネス・パートナーなのだそうだ――の三人は、レンタルしたリンカーンで、東北道を北に、長旅の途中であった。
目指すはM県M市、朋子が生まれ育った杜王町から、さらに北上したところだ。
そこで、観光を兼ねて『今回の物件を下見する』をするのだそうだ。
まったくいいご身分だこと。
朋子は、アクセルをさらに踏み込んでいった。
◆◆
――4日後――
8月19日:日本、M市近郊の地下施設
観光も終わり、朋子のバイトも終わっているハズのころ。
本当ならもう東京に戻っているハズのころ。
東方朋子は、まだM市の近くにいた。
いや、ここはM市の近くのはずであった。
「……やってられないわよ」
朋子は、怒ったような口調で言った。
「こんな所にいつまでもいられないのよッ。あのメガネ、覚えてなさい。私をこんな真っ暗な倉庫に閉じ込めておくなんてさぁ」
だが、口では強がっていても、朋子は湧き上がる恐怖を抑えきれずにいた。
朋子は、暗い密室に監禁されていたのだ。
狭い部屋には椅子が一つあるきりで、その椅子に朋子は座らされていた。
もう、丸一日はこうして椅子に縛り付けられている。乱暴こそされていなかったが、明かりひとつない部屋に、ずっと放置されているのだ。
どうしてこんな事になってしまったのか。
苦い後悔とともに、朋子は昨晩の事を思い返していた。
◆◆◆◆◆
昨晩は、朋子は不動産屋のスケジュールに合わせて、M市近くのひなびた温泉宿に泊まっていた。
時刻は、深夜3時。しかし、無駄にエネルギッシュな不動産屋のテンションに振り回され、すっかり疲れはてていた朋子は、しかしまだ眠れずにいた。
その温泉宿は、日本の古い民家を改造して作ったものらしく、趣こそあったが空調に不備があった。おりしもその夜は熱帯夜で、朋子は寝ぐるしい夜を過ごしていたのだ。
どうしても寝れずに、あきらめて夜中に窓を開けて、外を眺めていた朋子は、そこである物を目にした。
窓のそとには、まるで幽鬼のような青白い顔をした女性が、小さな子供の手を引いて立ち尽くしていたのだ。
その女性は、窓の外、道路を挟んだ向かい側の山の上で、うつろな目で宿の明かりを見ていた。ちょうど、道路に立っている照明に照らされ、朋子の寝室から女の様子がよく見えていた。
その女はザンバラ髪で、ぼろぼろの服を着ている。
まるで暴行を受けた直後のように見えた。
……子供は、泣いているようだ。
何があったの?警察に連絡すべきかしら……
朋子が心配になって様子を見ていると、その女性と目が合った……
すると、その女性は
にやぁっ
と笑った。
その口角がつり上がった笑みが、夜の暗闇の中、スポットライトに照らされているかのようにボウッッと浮かび上がっていた。
そして女性は、子供の手を引いてパッと身をひるがえすと、山の上へ姿を消したのだ。
無気味であった。
だが、その女の奇妙な笑みと子供の涙に、朋子はほっておけないものを感じた。
(あの笑み………普通じゃなかったわ、もしかすると………)
万が一、その子供に取り返しのつかない事が 起こるかもしれない。
だから朋子は、二人を追いかける事に決めて、部屋を飛び出したのだ。
宿を抜けて道路を越え、森に入り……そして、山の急斜面で足を滑らせ、谷底に落ちてしまったのであった。
「痛たたたッ……クッ、どじったわ……あれっ?どうしてこんな所に?」
谷底に滑り落ちた朋子は、目の前にあるものに気がつき首をかしげた。
全く人が足を踏み入れる事がなさそうな谷底に渓流が流れており、そのほとりに小さなお堂が立っていたのだ。
足を滑らせて足を挫いた朋子は、少し休もうとそのお堂の扉を開けた。
驚いたことに、そのお堂の中に何やら近代的な研究設備が拵えてあり……うかうかと顔を出した朋子は、有無を言わさずその研究設備の警備員に取り押さえられた……と、言うわけであった。
その後、何が何だかよくわからない間に、この小さな部屋に放り込まれ、まるまる1日は放置されている処であった。
◆◆◆◆◆
朋子が監禁されている部屋には、まったく明かりがなかった。周囲の物音も、時折ゴーッとうなるエアコンの音以外は聞こえない。
朋子は、次第に時間感覚を失いかけていた。
その真っ暗闇の中、カチャカチャカチャ……何か、固い音がするものが近づいてくる……
始めは幻聴かとおもったが、そうではないようだ。
何かが、近づいてくる……
「痛いッ!」
と、朋子は左手に走る激しい痛みに顔をゆがめた。
(『何か』が私の手をかじっている)
朋子は必死で体をよじり、左手にかじりついたものを跳ね飛ばそうとした。
だが、その『何か』は朋子の抵抗などものともせず、さらに左手に牙を埋め立てるッ!
「ああああ―――ッ!」
あまりの痛みに朋子の体がのぞける。
プチン
その時、朋子の両腕をしばりつけていたロープが切れた。
『何か』が間違ってかみついたのか。
「うぁあああああああああああ!」
朋子は自由になった右手で、左腕に食らいつく甲羅を持つ『何か』を掴んだ。
それを、思いっきりコンクリートの床に叩きつけたッ!
「このっこのっこのっ!」
床に落ちた『何か』を、朋子は二度、三度と、思いっきり踏みつけた。
「はぁーっはぁーっはぁ――ッ」
壁を探って、部屋の明かりのスイッチを見つける。
ボォーン
低いうなり声がして、部屋の明かりがついた。朋子が閉じ込められていた倉庫の様子が明らかになった。
「ううううっ」
朋子の左腕をかじった『何か』は怪物じみた――ドブネズミほどの大きさがある――虫であった。その虫は、部屋の真ん中の床を緑色の体液で汚しながらまだピクピクと身をひくつかせていた。
(なんてオゾマシイ。変な病原菌を持ってないでしょうねッ)
朋子は、髪を縛っていたスカーフをほどき、左手にキツク巻いて止血をした。あまりの痛みに、涙がにじむ。
(あの男たちは、私をどうするつもりだろう。ここは何処……どうやって逃げ出そう?)
朋子は混乱し、その考えは支離滅裂となり、とりとめを失いつつあった。
(なぜあの時、勝手にあの子を追いかけて行ってしまったのだろう)
襲ってきた後悔の念と自分に対する怒りの思いは、しかしすぐに恐怖の波 に飲み込まれた。
ガチャ……カチャ
部屋のドアノブが音を立て、回り始めたのだ。
――――――――――――――――――
7月25日:アメリカ、ハリウッド近郊
「……そう、JOJOは貴方と行き違いで日本に行ったのね」
庭で薔薇の手入れをしながら、エリザベス:リサリサが言った。
「はい」
ホリィはプウッと頬を膨らませた。
「珍しいわね。JOJOが貴女の訪米の時に休暇を取らないなんて」
リサリサはクスッと笑った。
「『仕事が忙しい』ねぇ?………我が息子ながら、あの子は『糸の切れた風船』みたいなところがあるからねぇ……」
油断大敵よ。そういって笑うリサリサを見て、ホリィは全く面白くなさそうにしていた。
「サダ君も『仕事が忙しい』んですって。おかげで、ジョータローがすっかり暇にしてるわ」
もう帰ろうかな。
ふくれる孫娘を、あら もっと長くいてね とリサリサがなだめた。
「ジョセフと違って、サダ君は真面目な子だから、きっと仕事が終わり次第すぐ駆けつけてきてくれるわよ」
年齢を経た祖母と孫娘が、いろいろ話しながら仲良く庭仕事をする。
そんな穏やかな午後の時間は、突然現れた侵入者に乱された。
ドジャッ!
「誰?」
リサリサが手折った薔薇を投げつけた。
老いたとはいえ『波紋法』の継承者がなげた薔薇は、茂みの影に潜んでいた侵入者に命中した。
波紋が込められた薔薇をぶつけられた侵入者が、そのショックで痺れ……ハデな物音を立てつつ尻餅をついた。
「なっ!おばあ様………ローゼスを呼ばなくてはッ ここは危ないわ、早く立ち去りましょうッ」
侵入者が尻餅をついているすきに、リサリサとホリィはその場を離れて助けを呼ぼうとした。しかし、壁を乗り越えてやってきたもう一名の侵入者に、その行く手をふさがれた。
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
「何者ッ! 」
リサリサが、誰何の声をとばすッ
侵入者は二人とも黒いスキー帽を首までおろしていた。目のところに開けた穴には黒いサングラスをハメており、まったく顔が見えない。
「やっと見つけた……」
侵入者が嬉しそうに言った。
「さあ、《あれ》をよこせ、ババア」
「アナタッ」
人を呼ぶわよ、下がりなさいッ!ホリィがリサリサを背中に隠し、男に警告した。
「あの人の情報どぉーり奇妙な技を使うな、ババア。だがそんな弱ッちい技で、俺達は止められないぜぇ」
侵入者はせせら笑い、そしてホリィを見て舌なめずりした。
「トコロでお前、年増の癖に上玉じゃあねぇーか」
ヘヘヘヘッヘヘ
「貴方ッ、言葉を慎みなさい」
「ひっひひひっ……安心しろよ。たっぷり『優しく』してやる。俺無しでは生きていけねー位に喜ばせてやるぜぇ〰〰ッ」
下品なことを叫びながら、侵入者がベルトを解いた。その瞬間ッ
ジャリ
奥の木戸から、誰か庭に下りて来るものがいた。
「母さん、大おばあさん、紅茶を持って……はっ!何だ、お前たちはッ!」
庭の裏道を越えてやって来たのは、小学生の男の子、空条ジョータローであった。
「何だ。ガキか」
侵入者はニヤニヤ笑った。
「うへへへへっ……息子の前で母親を****ってのは面白そうだ。ヒャッヒャッヒャッ、サァイコォォ―――ッッ。お前がいけないんだぜ、ババア。お前がおとなしく『あれ』を引き渡してりゃ、こんな事は起こらなかったのによぉ」
侵入者はニヤニヤしながら、黙って立っているジョータローに近づいて行く……
と、
ボガッ!
「オラッ!」
いきなりジョータローは、侵入者のスネを蹴り飛ばしたっ。
思わずしゃがみ込んだ侵入者の顎が、ちょうどジョータローの肩あたりに下がった。
ジョータローは、おあつらえ向きの高さに来たその顎を、もう一度思いっきり殴りつけたッ!
まるで電気ショックを受けたように、侵入者は身をのけぞらせ、前のめりに倒れた。
「このガキィィ―――ッ」
思い知らせてくれる。
もう一人の侵入者が、胸ポケットに手を伸ばすッ!
――だがその手に、リサリサが投げつけたスコップが突き刺さるッ!
「あっ!」
侵入者は取り出しかけた拳銃を落し、しゃがみ込んだ。
ドガッ!
襲撃者の顔面に、ジョータローの拳がめり込むッ!
「ヤレヤレ……子供だからって舐めんなよ。おらおらおらっ!」
ジョータローが、侵入者に拳の雨を降らせるッ
物音を聞きつけた執事のローゼンが駆けつけた頃には、侵入者はすっかりボコボコにされていた。
「二人とも、大丈夫?」
ローゼンが侵入者を縄にかけて去っていくと、ジョータローは、(先ほどのふてぶてしい姿とは大違いの)あどけない表情で、二人の方を振り返った。
「ジョウタロー」
リサリサは、発音しにくそうに曾孫の名を呼んだ。
「ありがとうネ。でも、貴方が無理することはないのよ」
「おおばあちゃん、お母さん、怪我はなかったかい?」
ジョータローは心配でたまらないと言った口調でホリイとリサリサの元へ駆け寄ってきた。
先ほどのクールな口調は、まるで残っていなかった。
「あら、私たちなら大丈夫よ」
ホリィがウィンクした。
「私のジョジョが助けてくれたからね……でも、無理しないで。リサリサ大ばあちゃんが助けてくれたからよかったけど、あの男達が最初から銃をつかっていたら、どうするの」
「大丈夫だよ。アイツらが飛び道具を持ってたとしても、また違ったやり方をしただけだよ」
リサリサ大ばあちゃんと、父さんが色々教えてくれたとおりに、やるだけさ。
ジョータローが右手を開き、持っていたビー玉を見せた。
ジョータローは、そのビー玉を近くの石に投げつける。すると、不思議なことに石の方が砕けた。
「フフフ……アナタもやっぱり『ジョジョ』なのね。頼もしいワ」
リサリサは、ジョータローの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
(……でも、私が『あれ』をまだ持っていることがどうしてばれたのかしら)
その夜、リサリサは、ホリイに貞夫に連絡するように伝えた。貞夫に、大切な、渡さなくてはならないものがあるのだ。
(確かメッシーナも引退しているはず……今の波紋の一族には頼りたくないわ……ジョセフも戦いから離れて長い。ジョータローはまだ子供よ。だから彼よ、彼しかいない、貞夫クンにこれを託すわ……我々とも違う不思議な『能力』を持つ彼に……)
長いこと自分に託されてきたアレは、未だにリサリサに託されたままだ。もう本来の役目を終えたのかもしれないが、アレを託され、管理する重圧をほかの人に渡すのは正直気が進まない。
だが、もう潮時なのだろう。
物思いに沈むリサリサの胸には、赤い宝石が揺れていた。
――――――――――――――――――
8月19日:日本、M市近郊の地下施設
「よぉ――ッ?!」
ドアを開けて部屋の中に顔を出したのは、ジョセフ・ジョースターであった。
「キィエエエエイッ!ってアレッ??」
鉄パイプを持って扉の影に待ち構えていた朋子は、入ってきた男の顔を見て驚愕した。だがすでに放たれた渾身の一撃を完全に止めることは出来ないッ
ガツッッン!
JOJOは朋子の鉄パイプをまともに頭に受けかけ、悶絶した。
かろうじて直撃こそ避けたものの、かすったその一撃が、JOJOの意識を一瞬飛ばしかける。
「オ――・ノォ――ッ―!信じられね――このアマッ!」
「!? 何でアンタがいんのよッ!」
朋子は、振り下ろした鉄パイプ――椅子から外したものだ――を慌てて放り投げた。
鉄パイプが頭に直撃すれば、命にもかかわる。朋子はJOJOに駆け寄り、介抱しようとした。
だが、JOJOは邪険に朋子を振り払うと、頭を抑えて立ち上がった。
「何で来たって、そりゃあー助けに来たに決まってるだろぉが」
「何でアンタが」
いつものように朋子とJOJOは、口喧嘩を始めかけた。
だがその時、部屋の隅に開いた小さな穴から、まるで湧いて出るように鼠虫が出てきた。
二人はピシャッと口をつぐみ、互いに顔を見合わせた。
ジャリッッ ガリリッ
鼠虫の群れが床をひっかき、気味の悪い物音をたてる。
「オーマイガッ!なんじゃありゃぁ?さすが日本。ネズ公まで気持ち悪いぜ」
「はぁッ??アンタ脳ミソが溶けて無くなっちゃったの?あんな変な生き物が自然界にいるわけないでしょ」
「……なんだかわからんが、とっとと退散しようぜ……気持ち悪りィ」
「そうね。異議なし」
二人があわてて部屋を出ようとすると、鼠虫が一斉に飛び掛かってきたッ!
「キィィィ――ッッ」
「いゃっ!」
朋子は、一番近くの鼠虫を蹴とばした。
だが、そのすぐ後ろにいた別の鼠虫が、朋子に飛び掛かる。
「うわぁあああああ」
「おおぉうッッとッ」
朋子に鼠虫が噛みつこうとする直前、JOJOが鼠虫を払いのけた。間一髪のタイミングだ。
ブギィィッ
JOJOに払いのけられた鼠虫が、床に叩き付けられる。すると何故か、その周りにいた他の鼠虫達も動きをとめた。
「あっ、ありがと」
「ヨシっ、奴らが出てくる前に扉を閉めるぞ」
鼠虫の動きが止まった今がチャンスだ。二人は力をこめて、それこそウンウンとうなりながら部屋の扉を閉めた。
扉の裏側で、再び動き出した鼠虫達がカリカリと扉を齧る音が聞こえた。
ドアの外は、リノニウムの床が貼られた、廊下であった。
ぼうっと、非常用電源の位置を示す青いライトが、列をつくって光っている。
かつん
足音が、響く。
「……とにかく、ここから逃げ出しましょ」
「そうだな……おいッ、アンタ怪我しているのか?」
JOJOは、朋子の手から血が滴り落ちているのに気が付いた。
朋子の傷ついた手を観察したJOJOは、その傷口の酷さにちょっと顔をゆがめた。
「ええ……馬鹿をやっちゃったわ」 ついさっき、部屋に入ってきた蟲に噛まれたの、でも大丈夫。
気丈に振る舞う朋子の手を、JOJO がブシツケに掴んだ。
「!チョット、痛ッ」
「いいから我慢しな」
JOJOはまるでいたずらっ子のように、鼻をピクピクとうごめかせた。
「オーバードライブッ!」
コォオオオオッ!
奇妙な呼吸音とともに、JOJOの体がボンヤリと光る。
その光が、JOJOの手から、朋子の傷口へ渡っていく。
すると、その光に触れたところから、ミルミルと血が止まり、朋子の傷が塞がっていく……
同時に、腕の痛みも無くなっていく…
やがて、朋子はきょとんとした顔で腕を振った。傷は完全には直っていない。だが血は止まり、傷口もふさがり、そして痛みもほとんどなくなっている。
「……どういう事?」
「これでヨシ。応急処置だが、だいぶマシだろ」
JOJOは朋子の傷を再び確認し、満足げに言った。
「!?ねぇ、これ一体どういうこと?アンタ今何をしたの?」
驚く朋子に、JOJOは肩をすくめ、これは『波紋』だ、と答えた。
「『波紋』は生命のエネルギー。この『波紋』をアンタの傷口に流したってわけだ。だから傷が治ったっつ―わけよ」
「……ありがとう。何だかさっぱりわからないけど、お礼を言っておくわ」
朋子が言った。
「それはそうとして、一体なんなの、ここはッ?あの化け物は?アンタ何か知ってるでしょ、教えなさいッ」
「知るかよ。オリャあ、アメリカ人なんだぞ」
だが、こりゃあ昔を思い出すぜ。JOJO は不敵な笑みを浮かべた。
「朋子よぉ、無事に帰りたかったら、覚悟しろよッ」
「なっ……何様よッ!呼び捨てにしないで」
朋子は、JOJOの言葉に反発して見せた。
だが一方で、朋子は、お守りにすがるようにJOJOの背後に移動した。
そして、まるで、捧げものをするように、鉄パイプを両手で構えた。
二人は周囲に注意を払いながら、恐る恐る廊下を進んでいく。
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
「来たぞッ!」
突然JOJOがささやき、再び不思議なリズムの呼吸を始めた。
コォォオオオオ――ッッ
「えっ?」
朋子は、またしてもJOJOの体が光るのを、『確かに見た』と思った。
そして次の瞬間ッ!
ドガァン!
廊下の曲がり角から、なにものかが飛び出してきた。
そのものは、歯をむき出して二人に跳びかかる。襲撃者だッ!
だが、まるで襲い掛かってくるのが予めわかっていたかのように、JOJOは襲撃者に、カウンターを入れるッ!
「Guiiiiiiiiii!」
カウンターを入れられた襲撃者は、JOJOに殴られた顔面をかきむしり……
そして『白い煙を出して』溶けていく……
「ちょっと、何これ?どういうこと?」
「ゾンビ(屍生人)だ。映画に出てくる奴、知ってるだろ?」
JOJOは平然と答えた。
「だが、どうやら、ただのゾンビって訳じゃあないようだぜ」
「『ただの』ゾンビ(屍生人)ですって?」
理解できない……朋子は頭を振った。
「アンタ、なにしたのかわからないけど、これは殺人よッ」
だが、色々なことが起こりすぎ、感覚がマヒしているようだ。
目の前で殺人を犯したはずのJOJOに、朋子はなぜか恐怖を感じなかった。
「まだ、助かるかも……」
JOJOが止めるのも聞かず、朋子は襲撃者の顔を覗き込み……込み上げる吐き気に口を抑えた。
そこに見たのは、まさに非人間的な『何か』であった。
顔かたち、目鼻口の大きさ、位置、それらがまるで、幼児の粘土細工の様に歪に歪んでいた。
そして、その顔面のいたるところをうねり、くねる無数の蚯蚓とも、昆虫の足ともつかぬモノ達……
そして、何よりもおぞましいのが、
黄濁し、血走り、憎悪に満ちてはいるが、その人間的な目だった。
非人間的な『醜悪さ』『不自然さ』に満ちた顔の中で、唯一目だけが『人間的』な光を放っているのだ。
襲撃者は、憎悪に満ちた目で朋子を睨み付け、口を開き、乱杭歯を見せつけた。
「はっッ!」
朋子は、思わず一歩後ずさりした。
シュッ
襲撃者のその口から、ねろん と赤黒い舌が飛び出した。
朋子が慌てて手で顔面を庇う。
左手に鋭い痛みが走った。
「チッ……大丈夫か?」
JOJOが襲撃者の舌を掴み、引き抜いた。
すでに朋子の左手には、感覚がなかった。
「血止めだ……オーバードライブッ」
JOJOは光る手で、朋子の怪我した左手をきつく握った。
激しい痛みと流血が、朋子の左手を襲う。
「痛ったあああぃッッ!」
朋子が、思わず大声を出した。
「!?」
「血いいっ!!」
「Dueeeeriii!」
朋子の悲鳴を切っ掛けに、ゾンビどもが次から次へと廊下に現れ、おそいかかって来た。