仗助と育朗の冒険 BackStreet (ジョジョXバオー)   作:ヨマザル

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スタンド&クリーチャー図鑑

―――――― 本編最終章 ――――――
クリーチャー名:『怪獣』
素体:バオードッグ3体にユンカーズが寄生したもの
外観:太古の雷竜程の巨大な狼。 毛皮の代わりにヒルが全身を覆い、そして巨大なタコの触手が不規則に体から飛び出している。
性能:破壊力 -A/ スピード -B/射程距離 -B(単純に体がデカいため)/ 持続力 -B/ 精密動作性 -D/ 成長性 -C
能力:超巨大なバオー・ドッグ。巨体による攻撃力、ヒルによる防御力、バオー三体分の力とユンカーズが吸収したエネルギーによる超回復力を持つ。
バオーとしての能力はモデュレイテッド・バオーと同じ(ただし、体がデカいので破壊力はオリジナル・バオーに比べけた違いに大きい)+ 柱の一族の『風のモード』と同様の能力を持つ。


クリーチャー名:『蛟』
素体:カントリー・グラマーをスタンドに持つバオードッグにユンカーズが寄生したもの
外観:『怪獣』の頭部が狼ではなく巨大な蛇に代わった姿。さらに四肢がなくなり、全身から巨大な蛸や蚯蚓のような触手を毛皮のように生やしている。
性能:破壊力 -A/ スピード -B/射程距離 -B(単純に体がデカいため)/ 持続力 -B/ 精密動作性 -C/ 成長性 -E
能力:ユンカーズをスタンド:カントリー・グラマーが制御することにより、精密動作性が向上した『怪獣』。手足こそなくなったが、全身から生えた触手がそれを補って余りある働きをする。
バオーとしての能力は『怪獣』と同じ。


―――――― 前日譚その1 ――――――
クリーチャー名:プロト・バオー
寄生者:オーデップ
外観:バオーに酷似した外観。ただし頭部はまるで鼠のしっぽを思わせる触手の塊であり、頭部の感覚器は触毛が密生している。また、口部に牙が生えている。
性能:破壊力 -B/ スピード -B/射程距離 -C/ 持続力 -E/ 精密動作性 -D/ 成長性 -E
能力:バオーのプロトタイプ。寄生虫アドバンスド・プラーガの分泌する体液により武装化する。武装化する事で発現しえる能力は、
    ―皮膚の強靭化
    ―筋力の増強
    ―治癒力の増進
    ―リスキニハーデン・セイバー
    ―毛髪から生えている触手を動かすこと、
プロト・バオーへの変身にはタイムリミットがあり、稼働可能時間は30分ほど。また、変身中は寄生虫アドバンスド・プラーガの分泌する体液の影響で、宿主はまるで酒に酔ったような状態になる。


スタンド名:パワースレイブ
本体:小暮大士
外観:ピンク色のテラテラと光るつぎはぎだらけの肌を持ち、ブクブクと肥え太った醜い大男
タイプ:近距離 直接攻撃型
性能:破壊力 -A/ スピード -A/射程距離 -C/ 持続力 -E/ 精密動作性 -D/ 成長性 -E
能力:ある範囲に強大かつ迅速な破壊を起こす能力を持つ。他の能力は不明。



空条貞夫の孤闘 -1991- その1

1991年某日

 

その日、東北の海岸線沿いの『最先端医薬研究所』が、 爆発事故を起こした……と言う小さな記事が、東北のローカル紙に載った。その記事は、事故の規模にもかかわらず扱いが小さかったこともあって、ほとんどの人の注意を引かず、あっという間に忘れ去られてしまった。

 

だが皆は知らない、その事故の真実を。爆発が起こったのは、『最先端医薬研究所』などではなく、『軍事技術研究所』であったことを。その爆発が、たった一人の少年、橋沢育朗によって引き起こされたものだったことを。

 

その少年は、軍事組織:ドレスの実験によって、核兵器にも匹敵すると言う恐ろしい怪物:バオーの移植手術実験を受けていた。そして、実験経緯を観察するため、眠りにつかされていた。

その眠りについていた少年を、同じくドレスに捕らえられていた、スミレと言う予知能力をもつ少女が、目覚めさせたのだ。

二人は手を取り合ってドレスを抜け出し、逃避行を始めた。

『最先端医薬研究所』の爆発は、その逃避行の果てに起こった出来事であった。

これは、二人の逃避行の裏で起きていた、もう一つの話である。

 

 

バオーこと橋沢育朗が解放されてから2日後:とある東北の線路上

 

 

『いつも通り異常無しだ。サダ』

 

その声に隠された思いを感じ、空条貞夫は眉をしかめた。

電話越しに、なんとなくジン・チャンに元気が無い様に感じたのだ。

我が友、ジン・チャン。ここ十年来の友人も疲れてきているのか。

 

貞夫は、友への気持ちをこめて……だが

「そうか、いつも悪いな」

とだけ言った。

我ながら、自分の口数の少なさにあきれ果てる。だが、ジン・チャンには伝わっているはずだ。

 

『フフッ……気にするな。DRESSをぶっ潰す為に俺ができる事はなんだって喜んでやるさ……安心しろよ、サダ。お前の家族の安全は、俺が守ってやる』

 

「ああ……判っている。必ずDRESSをぶっ潰そうぜ、ジン・チャン」

 

『まったく楽しみだよ、ヤツラをぶっ潰す日が……なぁ貞夫、すべてが終わったら、一度は一緒に故郷の台湾に来てくれないか?俺の家族も紹介するよ……俺の娘、アンジェラはとってもオシャベリだけど、かわいいぞぉ。びっくりするなよ』

ジン・チャンの声に、少し力が戻った。

 

「ハハハ……それはいいな、俺も楽しみだ」

DRESSをぶっ飛ばした後で飲む酒は旨いだろうな。貞夫はニヤッと笑った。

 

『ああ……その日が待ちきれんよ……妻の墓前に奴らの首を据える日がな』

その日の事を思えば、あの日の『痛み』を思い出せば、俺は何でも出来るさ。

ジン・チャンの声は、インフルエンザにかかった病人の様に、だんだんと熱を帯びて来た。

 

「……協力するよ」

 

『!?……んんっ?…スマンな、もう電話を切らねばならん。ちょっと気になる音が聞こえたんだ………』

ジン・チャンが言った。電話越しの声が、少し早口になっている。

『いいか、最後に言っておくが、お前、少年たちを追うってことは、DRESSの奴らに近づいていくってことだ。身辺には十分注意しろよ』

 

「ああ、お前もな」

空条貞夫は電話を切った。

ジン・チャンの事を思い、無意識にため息をつきながら、再び歩き出す。

どうやら、ジン・チャンは長年の追跡に、すっかり疲れているようだ。

心配だった。

 

だが、ジン・チャンだけではない。疲れているのは貞夫も同じであった。もうDRESSを追い初めてから15年以上も経つのだ。疲れるのも無理はない。

 

貞夫は、自分の人生を振り返り、ため息をついた。

隠れ蓑でもあり、本業でもある演奏活動のせいもあり、家族の元にもほとんど帰れていない。

一体いつまでこんな生活が続くのだろう?続けられるのだろう?

 

貞夫は、もう一度ため息をついた。

ふと、ジン・チャンと、そして義父のジョセフ・ジョースターと共に、DRESSの開発基地を潰したときの事を思い出した。もう10年前の事だが、思えばあの時が一番DRESSに近づく事が出来ていたのかもしれない。

 

あの時、もっと手がかりをつかんでいれば、もうDRESSをつぶせていただろうか。

貞夫は、何度したかわからない後悔に襲われた。

 

だがあの時、あの状況で、他に何が出来たというのだ。

あの時、ジョセフたちを安全な所に移動させた直後に、開発基地のあった地面の下から、一斉に火柱が立ち上ったのだ。

そして、全ての証拠が炎の中に消えてしまったというわけだ。

しかも、気を失って倒れていたジョセフは、一刻を争う状態であった。

そのため、ジョセフを医者に連れていく事を優先したのだ。脱出の際に証拠を集める余裕など、なかったのだ。

 

東方朋子。

貞夫は、あの事件に巻き込んでしまった女性の事を思いやった。

彼女もまた、DRESSによりその生き方が変わった一人だ。

彼女はあの事件でジョセフ・ジョースターと出会い、恋に落ちた。そして、義父の子供を授かり、それを義父本人にも言わないまま、一人で育てている。

 

幸いなことに? 深 仙 脈 疾 走 (ディーパスオーバードライブ)を放ってから貞夫に助け出されるまでの間のことを、ジョセフは『覚えていない』。

朋子と二人、崩落した岩の隙間に閉じ込められていたあいだに『起こった』出来事を、ジョセフは『知らない』。

記憶喪失を引き起こすほど、それほど、深 仙 脈 疾 走 (ディーパスオーバードライブ)が術者の命を削る技だった……という事なのだろう。

そこまでして自分の命を救ってくれたジョセフに、朋子がある種の思いを抱くことは当たり前だ。

 

それに義父ジョセフは……あの時のジョセフは、意識も朦朧としていただろう。少なくとも、いつものジョセフ・ジョースターでは無かったはずだ。

 

だから、あの時、義父と彼女の間に起こった事を、貞夫がどうこう言うツモリはなかった。

 

そもそも、貞夫が黙っていれば誰にも知られることはないのだ。

大人の対応のようで嫌だが、あれは『起こらなかった』事なのだ。

 

貞夫は、それが、皆が幸せになる方法だと思っていた。

そして、それは同じく、東方朋子の望みでもあった。

 

彼女の選んだ道は、辛く厳しいものだと思う。だが、それはまっとうな道にちがいないと貞夫は思っていた。 東方朋子、仗助、あの親子には健やかに暮らして欲しい。

互いの家族を、幸せを守ろうという彼女の覚悟には、それだけの価値がある。

 

……彼女は立派な人だ。

貞夫は、そう思った。

少なくとも父親として、夫としての仕事をほとんど放棄している最低の自分とは、大違いだ。

 

シュボッ

そんな物思いにふけりながら、貞夫はタバコをくわえて、火をつけた。

 

彼は、東北のとある路線に人知れず放置された車両の捜索を、続けていた。行き先も、認識番号もついていない、黒い列車だ。

貞夫が追う敵、ドレスの車両に間違いなかった。

放置された車両の中は綺麗に清掃されていた。だがまだ探せば、何か見つかるかもしれない。事実、SW財団から派遣された調査員が、先ほどほんのわずかの指紋がまだ残っていたのを発見していた。

それは、大きな手掛かりであった。

その指紋は、つい数週間前に山陰地方の孤児院からDRESSの関係者とみられる東欧系の美女に連れ去られた少女、高野スミレの指紋と一致していたのだ。

 

年端もいかない少女に降りかかった運命を思いやり、貞夫はいたたまれない気分になった。

何としても少女を救わねば。

「!?」

と、貞夫は線路沿いの砂利の上に、何か黒い、切れ端が落ちているのを見つけた。

貞夫は切れ端を慎重にピンセットでつまみ上げた。それは、ゴムのような、革のような、不思議な素材で出来ている。

その素材には見覚えがあった。

これは、あの敵、プロト・バオーが身に着けていたものと同じ素材だった。つまり、あのバオーの少年が身に着けていた可能性が高い。

貞夫は、懐から取り出したビニールの袋の中に、その切れ端を落とした。

この切れ端に、少年の匂いが残っているかもしれない。

貞夫の胸が高鳴った。

この切れ端を追跡することで、少年に、そしてDRESSにたどり着けるに違いなかった。

 

◆◆

 

「サダさん、SW財団から解析結果がでたと、連絡がありました」

車両の捜索を続けていると、数少ない公安委員会の協力者の一人が、貞夫の元へ報告にやって来た。

 

「速いな」

 

「……たまたま、ケイト教授が来日されていたのだそうです」

公安委員会のものは、SW財団の研究者の名をあげた。

 

「なるほど……」

貞夫は、調査員から車載の衛星電話の受話器をうけとった。

 

ケイト教授は、挨拶もそこそこに調査結果をまくし立てた。

『サダオ……最悪だわ。例のあれから、陽性反応が出たわ。この体液のDNAパターンは、あの9年前に採取されたプロト・バオーのものとほぼ同一よ。しかも、付着した体液の分布状況と染色体分類からみて、この体液の持ち主は人間、おそらく身長170~180cm後半の若者、男性と推測出来るわッ!』

 

「つまり……」

 

『そうよ、カスミノメがやったのよ。現代の人狼が……バオーが完成して、この世にとき放たれてしまったのに、間違いないわ』

ケイト教授の声が、おののく。

 

「………」

 

貞夫は黙って話を聞いている。ケイトは早口で話し続けた。興奮し過ぎて、まるで怒鳴っているような口調だ。

『サダッ……判ってるわね。もし戦術核にも匹敵するバオーの武装現象が『発現したら』何が起こるか』

 

「……」

 

『それは……地獄よ』

電話越しのケイトの声が、震えた。

『サダ……このあたりでバオーに対抗できる可能性があるのは、アンタだけよ。アンタが止めるのよ。アンタの武道の技と……スタンドでッ……例え相手が少年でもよ。さもなくば……《この世の終わり》よ』

ケイトは自分の言いたいことだけをまくし立てて、ガチャリと受話器を置いた。

 

「やれやれだ」

貞夫は、緊張した。

戦術核にも等しいと言うバオーは、手加減できる相手ではない。命がけで挑むべき相手だ。

だが、俺にできるのか?

貞夫は自問しながら受話器を置いた。

俺は、自分の息子よりも年若い『少年』と、本当に本気で、戦えるのか?

スタンド:ジギー・スターダストの『封印』を解くべきなのか?

 

――――――――――――――――――

 

 

「ソフィーヌ、貴様わかっているな」

 

「……はい…」

ソフィーヌと呼ばれた女は、その冷たい口調に震え上がった。

よくわかっていた……自分の命が危ないことは。

自分のミスで高野スミレが逃げだした。そして、そのスミレを捕まえようとした際の不手際が、バオーの少年:橋沢育朗を解き放ってしまったのだから。

戦術的価値が核兵器にも等しいと言われる無敵の戦闘生物、バオー。そのバオーが、なんの束縛もないまま無防備にこの世に解き放たれたのだ。

その罪が万死に値することは、自覚していた。

 

「オマエの超能力で、少年と少女を始末しろッッ。お前にはあと30時間やろう。いいなッ!それが過ぎたら、わかっているなッッ!!」

DRESSの主任研究者であり、バオーを作り上げた『生みの親』でもある霞の目博士が、怒鳴った。

 

「かならず……」

ソフィーヌは深々と頭をさげた。

 

「コマが足りないな、霞の目」

霞の目の背後に座っていた男が、口を開いた。

 

まるで少年と言ってもいい背格好の男だ。だがその男が口を開くと、霞の目は、電流に打たれたようにピンと背を伸ばした。

 

頭を下げているソフィーヌには目もくれずに、二人の話は続いていく。

 

「だから、コマが足りないだろう」

 

「はっ……しかし小暮様、お言葉ながら、すでに日本支部の精鋭たちを差し向けています。この女の投入は、あくまでバックアッププランです」

霞の目は、得意そうに言った。

「こんなこともあろうかと、予知の少女と少年の体には発信器を埋め込んでいました。その措置が功を奏して、彼らの居場所は常に把握できています」

 

「わかっておる。だがまだ甘いわ。アメリカ支部のウォーケンを呼んでおく」

 

「なんとッ、彼を呼んで頂けるとは」

 

「バオーは核弾頭にも匹敵する兵器なのだろう?ならば、万全をきすのだ」

 

「もちろんです…………」

 

「俺は『奴』に対応しなければならん……『奴』も性懲りもなく、未だに我らのことをこそこそ探っておるからな。今、奴は、貴様が失敗したガソリンスタンドで痕跡を探っておると言う報告が、入っておる」

 

「はッ……すみませんッ」

 

奴もご苦労なことだ。だがその執念は侮れん。俺が直々に対応するしかないだろう……奴には借りがあるしな。男はニヤッと笑った。

「だから霞目、少年の捜索はお前が指揮を執るのだ。核兵器に匹敵するとは言え、その戦力をコントロールしているのは、たかだか17才の小僧、貴様でも十分だろう」

 

「……」

 

完全に二人に無視されたまま、ソフィーヌは頭を下げ続けていた。

屈辱と恐怖に飲み込まれたソフィーヌは、一人決意を新たにしていた。

必ず、バオーと予知の少女を殺る。

そう、必ずだ。

私の超能力(スタンド):トゥルー・カラーで二人を始末してやるのだ。

 

――――――――――――――――――

 

バオー解放から3日目の夜:

 

真っ暗闇の先にあるはずの隣の水田から、カエルの音がうるさいほど響いていた。

 

音を立てないように気を遣いながら、育朗は上着を脱いだ。その上着を、そっと眠っている少女の上にかける。

 

少女は、ブルッと身を震わせた。そっと触った手が、ひどく冷たい。

無理もない。5月とはいえ、この辺りはまだまだ冷えるのだ。

 

その身に宿されたバオーと言う怪物の影響か、育朗自身は少しも寒さを感じていなかった。

 

しかし、スミレはまだ9歳の少女だ。体力もそれほどある方ではないだろう。

だから、彼女に代わって育朗が気を付けてあげないといけない。小さな子が、こんな所で風邪をひいてしまったら大事なのだ。

 

(スミレ……疲れているだろうに。なんとかもう少しまともなところで寝かせてあげられるといいのだけど) 

育朗は思った。

初日の寝床は、森の中に捨てられていたバスの中だった。昨日などは、店の裏手に落ちていた段ボールを拾い集めて作った箱の中で寝たのだ。

昨日の夕方は、なかなかいい廃墟を見つけることができた。だが、ドレスの追手が襲ってきた為、その廃墟からは出ていかざるをえなかったのだ。

あの仲むつまじそうだった親子に起こった悲劇……運悪く、ドレスの追っ手に出くわした親子が殺害されていたあの光景を思いだし、育朗はあらためて怒りに震えた。

 

その怒りは、すぐ自分自身のふがいなさに、向けられた。

 

育朗は、今夜こそはいい寝床を見つけてやろうと、がんばったのだ。

だが結局、こうやって森の中で拾ったブルーシートの上に落ち葉をかぶせて、なんとか寒さをしのいでいる。

 

いつまでもこんなことを続けるわけには、いかない。

この先どうすればいいのか。

そして、スミレが見たという……自分に潜む邪悪:バオーとはなんだ?

僕はどうなるの?

何故、自分とスミレがこんな目に合うのか。

自分はこの子を守り切れるのだろうか。

 

育朗はあれこれと思い悩みながら、また眠りに落ちた。

 

 

――――――――――――――――

    ――――――――

      ――――

気が付くと育朗は、深い霧の中に立っていた。

 

どういう事だ?

自分はつい先ほどまで、スミレの横で野宿をしていたはずだ。

不意に霧が深くなる。すると、視界が完全に真っ白に、覆われた。自分の手さえも、見えない。

 

すっかり混乱して立ち尽くしていると、少し、霧が晴れた。

ほっとして足元を見ると、いつの間にかスケート靴を履いていた。その下には真っ白な氷が見える。霧と同じほどに白い氷の上にいると、まるで宙に浮いているかのようだ。

これは、夢の中なのか。

 

「ここは?」

育朗は戸惑いつつ、ためしに周囲を滑ってみた。

 

カ――ッ

 

硬い氷の上を、スケートが滑っていく音が響いた。硬い、冷たい音だ。

 

しばらく滑っていると、前方に緑黒い帯のような塊が見えた。

と、今度は身を切るような寒さの突風が吹き、周囲の霧をふきはらって行く。

前方に浮かび上がった緑黒い帯は、灌木に覆われた岸辺のようだ。どうやらここは、大きな池なのか。

 

パタパタパタ……

 

育朗の目の端に、黒い、小さな蝶が飛んでいくのがちらりと見えた。

(蝶が真冬に飛んでいるなんて?)

不思議に思ってその蝶を見ていると、心なしか蝶はしきりと育朗をある方向に誘導しようと動いているように見えた。

 

だが育朗は、蝶の動きを無視して進んでいた。

 

バリッ

 

と、足元の氷が透明に変わった。

あっと思った次の瞬間、バリッと氷が割れた。

染み出る氷水に足が濡れる。

氷に穴が開き、育朗は耐えきれずに氷の上に腹ばいになった。

 

バリッ

バリッ

 

育朗の周りの氷が、パリパリとひび割れていく。

 

「うわわああああああッ」

育朗が悲鳴を上げた…….

そうだ、思い出した。これは子供の頃、氷が張った池に落ちかかったときの記憶だ。

あの恐怖を、夢の中で追体験しているのだ。

 

と、突然周囲が真っ暗になった。

 

パン

 

まるで音が聞こえるほどにパッと、育朗の目の前に、スポットライトが照らされた。

 

そのスポットライトに照らされ、育朗の目の前を不思議なクリーチャーが、複数踊っていた。

それらのクリーチャーは、絵の具のチューブを大きくし、そこに手足と目、口を付けたような、いびつで、奇妙な外見をしていた。

よく見ると、そのクリーチャー達は黒いチューブ、青いチューブ、赤いチューブなど、それぞれ異なる色をしていた。全部で7体いるようであった。

 

『ドゥバッ』

『ドゥバアッッ、バッ』

チューブ達が踊る。

 

「なんだ?これは」

育朗は首をかしげ、一心不乱に踊るチューブに恐る恐る手を伸ばした。

 

その手を見て、チューブたちが笑った。

『ブファァアアアアアッ』

チューブの一体が頭のキャップを外し、黒い絵の具を吐き出した。

 

「ウワッ」

育朗の手に、黒い絵の具がべったりとついた。

その耳に、『何か』が聞こえてくる……

 

『あららっ』

『ちょっと、嫌だ。あの子あの池に入ったの』

『溺れちゃうわよ、ねぇ……助けてあげたら?』

『いやよッ足が濡れちゃうわッ、大丈夫よ誰か助けてくれるわよ』

 

(何だ?この声は?)

 

気が付くと、育朗の体は宙に浮いていた。

足元を見ると、小さな子供が、割れつつある氷の上で必死で暴れているのが見える。

その少年の姿形は、良く知っている……自分だ。

 

(やはり……あれは、子供の頃のボク?)

と、育朗は笑い声の主が誰か、気が付いた。

(その声は……まさか……いや、そうだ。間違いないッ 声の主は、ボクが子供のころあこがれていた近所のお姉さんだッ!)

 

だが、お姉さんは今にも溺れそうな郁郎の様子を見てケタケタと笑い……完全に崩壊しそうな氷に向かって……石を投げようとしていた。

 

『あのコ池に落ちたら、死んじゃうかしら』

全く心配している口調ではない。むしろ面白がっている。

『ちょっと、アノコ、あんたになついてたじゃないッ。かっわいそォォ――』

はんっ

お姉さんが肩をすくめた。

『止めてよ、気持ち悪いッ』

 

「うわあああああぁぁッッ」

嘘だ。

あの優しかったお姉さんが、そんな。

育朗は叫けぼうとした。だが、声が……出ないッ。

 

と、お姉さんの目の前を、黒い蝶が舞った。

 

『キャッ』

お姉さんは足を滑らし、尻餅をついた。

『お姉さん』が投げようとした石は、床にこぼれた。

      ――――

    ――――――――

――――――――――――――――

 

「……育朗ッ!ねえ、育朗ッ」

スミレの声に起こされ、育朗は目を覚ました。

 

「!?はっ……スミレッ?」

 

「アンタどうしたの?うなされていたわよ」

 

「そっ……そうか、あれは夢か」

 

「なに?悪い夢でも見たの?」

スミレは育朗の顔をのぞきこんだ。

「私もよ。私も悪い夢を見たわ……何か寒っむいなか、知らない所をずっとうろうろしている夢だったわ。あんまりムカツクから、近くにいたイケスカナイ女に嫌がらせをしてやったわ」

スミレが言った。

 

(寒い?まさか……)

 

育朗が戸惑っていると、スミレがませた話し方で話しかけてきた。

「まあ昨日も大変だったしね。お互い悪い夢もみるってものよ。育朗、アンタもちゃんと休みなよ。私が見張りをしてあげるからさ」

 

「ははッ……ありがとう、そうしようかな」

と、育朗は自分の両足がしびれ、感覚がないのに気が付いた。

「うっ、冷たい」

育朗の足は、まるで氷水でも足を突っ込んだかのように、冷たく、ぐっしょりと濡れていた。

だが不思議なことに、濡れているのは育朗の足だけだ。その周りは、しっかりと乾いているのだ。

(なんだ?これは?)

育朗は不気味に思ったが、それを顔に出すことはなかった。少女を不必要に不安にさせることはないのだ。

 

「それで、今日はどうするの?」

スミレが尋ねた。

 

「人のいない所に行こうとおもうんだ」

 

「ふうん、それはどこ?」

 

「ここから少し 行った所さ。そこに山小屋があるんだ。めったに人が来ないところだから、そこに行けばゆっくりできるよ」

 

育朗は寝床を始末すると、スミレを背負って走り出した。

『……止めてよ、気持ち悪い………』

お姉さんの言葉が、ふと育朗の脳裏にこだました。

 

 

――――――――――――――――――

 

バオー解放から4日後:

 

『サダ、最近どうもこの辺りがきな臭いぞ』

その朝の電話会議でのことだ。それまでたわいのない会話を楽しんでいたジン・チャンの口調が急に改まった。

 

「……何だって?」

 

『最近、この辺りに妙に見知らぬ奴らが出歩いている。身元の分からないヤツラだ。後を追うと、いつの間にか巧妙にまかれちまう』

 

「ジン・チャン、無理するなよ」

 

『わかってるさ。だがお前の家族は俺が守ってやるって言ってるだろ。今度こそ守りきるサ』

ジン・チャンは、ひどく真剣にそう言うと、不意に話題を変えた。

『ところで、お前の調査のほうはどうなんだ』

 

「……ああ、進捗してるよ。少しづつ手がかりも増えている。奴らもだんだんと焦って来ていると見えて、痕跡を隠すのがドンドン荒くなっていやがる」

 

『そうか、ツマリ、チャンスがあるって事だな』

 

「そうだ。もうすぐ少年に追い付けるはずだ」

貞夫は満足げに言った。

 

 

――――――――――――――――――

 

ほぼ同時刻:K岩近辺

 

「疲れたかい?」

 

「大丈夫ッ、平気よッ」

 

育朗は、けなげに力こぶを作って見せるスミレを、ヒョイッとだっこした。スミレをかるがると抱えたまま、育朗は山道をぐんぐん登って行く。

 

途中ですれ違った女子大生っぽい三人組が少し気になる。もしかして、彼女たちの口から自分達の居場所がDRESSにばれたら……

そう考えて、育朗は苦笑した。

考え過ぎだ。あまり悩んでも仕方ない。

 

「どうしたの?ぼーっとして」

スミレが、疑わしそうに育朗の頬をつねった。

「さっきのお姉さんたち、かわいかったな――ッて思ってたでしょ」

 

「ははッ……違うよ、スミレ。ちょっとしっかりつかまっててよ。先を急ぐからね」

育朗は、スミレを抱きかかえたまま、山道を走って行った。

 

◆◆

 

それから半日後、疲れ切った育朗とスミレは、たまたま近くにあった民家の倉庫に忍び込み、休憩を取っていた。

今晩ここで休むことが出来たら、明日の朝には山小屋に到着するはずだ。

 

山道をずっと揺られて疲れたのか、スミレは育朗の手を握ったままスヤスヤと眠っている。

自分も休もう。

育郎はスミレの手を一度ギュッと握ると、目をつぶった。

 

――――――――――――――――

    ――――――――

      ――――

目を開けると、納屋の奥からチューブをかたどった人形があちらこちらから現れた。

 

(これは……またか、また夢の中なのか?)

昨晩の悪夢が、頭をよぎった。

『ヴァルッ?』

 

まるで犬の吼え声のような吼え声が、育朗の口から飛び出した。

(なんだッ?)

『バル?』

 

何を話そうとしても、思った言葉が口に出せない。いや………思ったように体を動かすことが全く、出来ないッ!

感覚はある。

これは確かに『自分の体』だ。

だが、コントロール出来ないッ!

 

ゾワリ

 

育朗は、首筋・脳髄にそった体内に『何か』が蠢いているのを感じた。

その『何か』が蠢くたびに、育朗の体が動く。その動きは獣のように機敏で、荒々しかった。

 

自分の体が『何か』に乗っ取られた……という事か。

夢の中のこととは言え、育朗は戦慄した。

 

育朗の意識に反して、体が勝手に犬のように四つん這いになった。

そして、あちこちをうろうろし始めた。

そのとき顔が下を向き、地面についた手足が視界に入った。

育朗の視界に入った両手はいびつに膨れ上がり、まるで紙粘土に錆青色の泥を塗りつけたようであった。

(これが、スミレの言っていたボク?)

 

醜い。

自分でも、そう感じた。

 

『化け物』

青色のチューブの人形が、ケタケタと笑った。

『ばぁぁぁけもぉぉおおおおのぉ』

 

ぎゅぃい――――イインッ

 

白と黒、灰色のチューブが色を絞りだし、壁に絵を描き始める。

その色が、水墨画のように黒髪の女性の姿を描き出す。

 

ぎょろり……

絵の女性の瞳が動き、育朗を認めて……にやりと笑った。

『そうよ、化け物……怪物……バオー……それがアンタよ』

絵の中から、女性が言った。

 

ヌォオオリンッ

 

絵の中の女が、育朗に向かって手を伸ばす。

まるで高粘度のスライムを引き延ばしたかのように、伸ばした手から壁に向かって、絵の具が糸を引く。

『アンタは化け物なのよ。あんたは真っ黒な邪悪ッ!アンタは人類の悪夢よォォ』

 

ネタァアァァッ

 

絵の女は、手足をバタバタさせて『二次元の壁』から、『三次元の世界』に、自分自身を引っ張り出した。

 

『バルッ』

育朗:バオーは、確かな殺意の臭いを感じ、攻撃姿勢を取った。

だが、その殺意の『臭い』がどこから来るか、方角がわからないッ!

 

戸惑うバオーに、絵の女『ソフィ――ヌ』が艶めかしく笑いながら近寄って来た。

そして、ペトリ と自分の手でバオーの貌を挟み込む。

『あなたに、ステキな未来を見せてあげる』

ズリリッと手を動かし、バオーの貌に灰色の絵の具を塗りこんで行く。

 

殺意の『臭い』が、どこから来るのかわからない……

 

と、バオーの周囲の動きが、まるでビデオデッキの4倍速のように早くチョコマカト動き始めた。

瞬く間に昼と夜を何度も繰り返す。そして……

 

ズキィイインッッ

 

育朗は、体の内側からおそってくる激しい痛みに、絶叫した。

(ウォオオオあああああアッ)

自分の体の内側が、肉が、神経が、噛み千切られていくような痛みだ。

自分の体が弾けそうになるッ!

 

「シュウォオォォ――――ムンンッ!」

だが、痛みに苦しむ育朗の口から発されたのは、まさに異形、異形な怪物の 断殺魔だ!

 

『はははははははははははははははははははははははッ』

ソフィーヌが大笑いした。

『自分がどうなっているか、わかるッ?アンタ、内側から体を食われているのよ』

 

「アアアアアッあああああああ!」

 

『ヒャヒャヒャヒャッッッ……どっち道アンタはおしまいなのよ、アンタは近いうちに体を食いちぎられて……死ぬ』

ソフィーヌは育朗を指差し、バン と拳銃で打ち抜く真似をした。

 

育朗が膝をついた。地面についた手、その手のひらがモコモコと盛り上がる。

盛り上がった皮膚の下がぐにょぐにょ動き……

 

『細長く、黒く、濡れている何か』が、ヌタヌタとうねりながら飛び出てきた。

 

『何か』が飛び出した跡に、赤黒い穴が開いた。

 

一匹、二匹、それは、どんどん育朗の体から飛び出していく。

育朗の全身の皮膚の下が、まるで水の塊のようにブヨブョと波うち、崩れていく。

その黒い何かは、育朗の体から次々と巣立ち、近くの物陰に消えていく。

 

さらに時が加速していく。

日が昇り、沈み、また昇る。その動きがどんどん早くなっていくッッ

 

すでに育朗は、ピクリとも動けなかった。

だが、育朗から飛び出した『細長く、黒く、濡れている何か』が、この世にどんどん広まっていくのがわかった。

そして、猫が、犬が、リスが、スズメが、鴉が、大人の男が、女が、老人が、少女が、少年が、赤ん坊が……育朗から出て行った『黒い何か』に寄生され、そして育朗と同じように体を食いちぎられていく……

そして、育朗と同じように体を『内側から』喰われ、次々に死んでいく……

 

そして、『育朗』であった無残な躯が、ガラッと崩れ落ちた。

 

『フフフフ』

ソフィーヌが笑うのを止めた。

『我が超能力(スタンド):トウルゥー・カラーは貴方の夢に入り込み、貴方が最も知りたくない真実をあなたの目の前に突き付ける能力うッ!

……トゥルー・カラーが見せる《悪夢のような真実》を見た人間は、

絶望のあまり、

死ぬ……

いい?一番残酷なのは、いつだって本当の真実を突きつけられることなのよ』

 

「はっ?」

いつの間にか育朗の体は、枯はて崩れた躯から、元の人間の姿に戻っていた。

 

だが、その顔には悲痛な痛みがあふれていた。

「馬鹿な……」

育朗の膝が、ガクガクと揺れた。

立っていられず、両手、両膝をついてしゃがみ込む。

「あぁっ……ボクは……ボクの体は……ッ」

育朗の目から、涙が吹き出た。

 

そんな育朗の周りに、チューブを模したスタンド:トゥルー・カラーズが近づいて行った。

『そぉおれが真実だ』

『真実よォ』

『し・ん・じ・つ』

『本当だぜ』

『マジだ』

チューブ達がソフィーヌの周りを踊りながら、笑いながら、口々に言った。

 

「う……う、うわああああ……」

育朗の体が、まるでガラスのように透き通り、ひび割れ始めた。

「あ…あ……あ」

 

『それが、現実よ。あなたはこのままでは、死ぬ。しかも、死んだあとで害悪を世界中にまき散らすのよ』

最悪の『化け物』よね。いま死んだ方がいいわよ。

『絵の女』:ソフィーヌが言った。

 

「あ……」

育朗が宙に手を差し出した。その手が見る見るうちに透き通り、パリパリッとヒビが入った。

(太陽の光……これが、ボクが最後に見る景色か……フフフ、綺麗だ)

ゴメン、スミレ。君を助けることはできないみたいだ……

 

パタパタパタ

 

と、育朗の視界に、黒い影が見えた。太陽を背にして、黒い蝶がキラキラと輝きながら育朗に近づいていく。

(何だ……これは…でも……『暖かい』)

育朗のその手に、黒い蝶が止まった。

 

その『蝶』が触れた部分から、無限の暖かさが育朗の体に染み渡ってくる。

透明だった手も、炎がともされたような暖かい色が付いた。

その色が、どんどん育朗の体に広がっていく……

 

『何ッ?なんなのよ……』

ソフィーヌが、戸惑った声を上げた。

『まさか……無意識のうちに、あの子が邪魔してるってわけッ?こうなったら、私が直接、育朗の魂を砕いてあげるわ』

そう言うと、自らの爪を伸ばし、高く差し上げた。

だが、ソフィーヌが振り上げた手を、力を取り戻した育朗の手が押えた。

 

『なっ……どうしてぇッ』

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

 

「そうだよ……僕にはまだやることがあるんだ」

力を取り戻した育朗が、再び立ち上がった。

 

「僕には、まだやるべきことがある」

育朗は、そう言うと、手を伸ばして赤いチューブを捕まえた。

 

『なっ……なんで?スタンド使いでもないアンタが、我がトゥルー・カラーをさわれるの?はっ!』

 

育朗の体の輪郭が『黒い光』に縁取られていた。

「……わかりかけてきたよ。これは精神力の勝負なんだ。このビジョンは、お前の精神が作り出したもの……超能力って訳だ。そしてここは、僕の夢の中……」

育朗は捕まえた赤いチューブのフタを回し、フタを取り除いた。奇妙な悲鳴を上げ、力なく手足をパタパタさせる赤いチューブを、顔の前に差し上げる。

「ならば、僕が精神を集中させれば、お前の精神のビジョンを掴めるはずだって思ったんだ」

 

育朗は、恐れおののいているソフィーヌの上に、赤いチューブの中身を絞り上げた。

 

まるで頭から血をかぶったように、ソフィーヌの全身が真っ赤に染まった。

『いいいぃぃぃやああああああああああああああ!!』

ソフィーヌは絶叫を上げて、倒れ……再び起き上がった。

だが無事ではなかった、ソフィーヌは涎を垂れ流し、フャフャフャっと呆けたような笑い声をあげつづけている。

 

彼女がどんな真実を目にしたのか……育朗は知りたくもなかった。

 

ソフィーヌは、うつろな顔で、周囲を気にせず、ただ笑っている。

彼女が笑うたびに、周囲の景色がぼやけていく……

 

      ――――

    ――――――――

――――――――――――――――

 

やがて育朗は、深い海のそこから引っ張り上げられるように、夢から覚めた。

(夢?でも、そうだ。たとえ……僕の運命が決まっていたとしても、ぼくにはまだやる事があるッッ)

目を覚ました育朗は、目の前で身をちぢこませている少女の寝顔を見て、微笑んだ。

 

少女は、ぶるッと体を震わせた。目をつぶったまま、育朗に身を寄せてくる。

 

育朗はスミレにかけた上着がずれ、肌がのぞいているのに気が付いた。上着の裾をちょっと引っ張って、スミレがちゃんと暖まれるように上着をかけなおした。

「……スミレ、疲れてないかい?」

 

プププ

 

寝ているスミレの前に積み上げられたズタ袋の上で、寝ぼけたノッツオが寝返りを打った。

 

「……ハッ」

 

「おはよう、スミレ。少しは休めたかい?」

 

「もちろんよっ……ここは?」

 

「山奥にあった民家の納屋だよ……君が寝ちゃったからね。少しここで休んでたんだ」

 

「えっ……じゃあ、すぐに先を急がなきゃねっ……私は、もう十分休めたわ」

 

「そうかい?でもしばらくは、ここにいないかい……夜になって、この家の人が眠ってから、外に出たほうがいいと思うんだ」

 

「そうか……それもそうね……」

スミレは、素直にうなずいた。

 

その時

 

ガラ――……

 

「!!」

 

納屋の扉があいた。

隠れる間もなく、育朗とスミレの二人は、開いたドアの前にその身をさらした。

 

ドアの向こう側では、驚いた表情の老婆が、腰を抜かしてしゃがみこんだ。

 

ガタン

 

「こ……怖がらないで!………怪しいものではありません!」

 

「ヒッヒィイイイ――ッどッドッ…泥棒じゃあ!」

老婆が大声を上げた。

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