「これ…ホントのホントに、キョウタロウ…?」
砂山に埋もれ、胴体が砕けるほどのダメージを負ったはずのキョウタロウの五反満足な姿とそこから感じる強烈なプレッシャーに、アマノザコは先ほどまで一緒に行動した悪魔と同一の存在と一瞬思えなかった。
そのプレッシャーはジョカに匹敵するかそれ以上、彼女にはそう思えた。
「これは…ベテルの天使どものようにはいかぬな!!」
先ほどと明らかに違う様子のキョウタロウを危険だと感じたジョカの目が赤く光る。
同時に彼女の目の前に巨大な地割れが発生し、そこから全長20メートル近い大きな土偶が姿を現す。
いつものジョカであれば、小型の土偶を大量に生み出し、単純に突撃させる人海戦術を行うことが多く、それだけで多くの天使や悪魔を討ち取ってきた。
だが、彼に対して同じようなことをした場合、もしかしたら大けがだけでは済まなくなる。
だから多くのマガツヒを使うリスクを承知のうえでこの土偶を召喚した。
「ジョカめ…久々に見せるな、その土偶を」
国会議事堂から出てきた男は右手に握っている刀を鞘に納め、視界の大半を占拠しているその巨人に目を向けている。
東京駅の事件で調査を行っていたはずの男、八雲はその巨大な土偶とジョカ、小さな悪魔とは別の強い気配を感じ取っていた。
おそらくはその気配を発している存在とジョカは戦っていて、彼女は奥の手を出そうとしている。
「ベテルにまだ、厄介な存在がいるということか」
ジョカの命令に従う土偶が右手をキョウタロウに向けて振り下ろしていく。
迫るだけで風が音を発し、地面が揺らぐにも関わらず、剣をにぎったキョウタロウは動じない。
避ける様子さえ見せない彼を巨大な手が押しつぶそうとした。
だが、その手はキョウタロウに接触するギリギリのところで止まる。
土偶は確かにキョウタロウを押しつぶそうと力を籠めている。
だが、その手とキョウタロウの間に展開される青い光の障壁がそれを許さなかった。
キョウタロウは右手に握る剣に力を籠め、土偶の手に向けて横一線にふるう。
ふるったのはほんの一瞬、そして同時に土偶の巨大な右手のひらが二つに切り裂かれてしまった。
「何…?」
この土偶はモスクワで太陽神ストリボーグをはじめとした多くの東スラヴの神々を討ち取るだけの力があり、その時でさえ一撃で右手が切り分けられるような事態は起こらなかった。
そのようなあり得ない事態はいかなる強者であったとしても、ほんの一瞬だけ動揺を与える。
その間に一気にキョウタロウがジョカの懐に入り込む。
ほんのわずかな間の、瞬間移動ともいうべき動きにさすがのジョカも対応できない。
キョウタロウが振るう刃がジョカの胴体を深々と切り裂いた。
本来なら絶命するであろう一撃だが、ジョカはやはり強大な悪魔で、この一撃では絶命には至らない。
だが、放出されるマガツヒとジョカが見せる苦悶の表情がそれが彼女にとっては手ひどい攻撃であることをキョウタロウに伝えている。
「小童と油断したわ…これほどの力を、それに…その、剣は…」
「何をしている、ジョカ。遊びすぎだ」
「あ、あわわわ…もう1人、もう1人いる!?」
大けがしたジョカに喜びかけていたアマノザコにとって、これはあまりにも悪い展開だ。
国会議事堂からやってくる抜刀した男。
彼が手にしている刀からはキョウタロウが持っている剣と似た力が感じられる。
そして、彼から感じられる気迫は悪魔以上といってもいい。
悪魔ではない普通の人間のはずの彼がなぜそれほど力を持っているのか、アマノザコには分からない。
「我が名は八雲ショウヘイ、すべての悪魔を狩るものだ。小僧、貴様を捨ておくわけにはいかん。あの世へ送ってやろう」
キョウタロウの視線がジョカからキョウタロウに向けられ、互いの刃を向け合う。
二人が地面を蹴り、ぶつかり合おうとした瞬間、その間に割って入るように土の大蛇が地中から現れる。
反射的にその大蛇から距離を取り、同時に八雲の背後にジョカが現れる。
「わらわの頼みじゃ、八雲よ。少し待たぬか」
「…また、気まぐれか」
「わらわを前に臆さぬ戦い、そしてあの力…見事であったからのぉ。これほどの傷を受けるのも初めてである故…」
元の姿に戻るジョカは八雲から受け取った宝玉から放出される光で体を癒していく。
ジョカの言葉に従うように八雲は納刀し、同時に二人を隔てる大蛇が消える。
「運が悪いな、小僧。次は…楽には死ねんぞ」
「いや、運がいいかもしれぬぞ。あの様子…これ以上は戦えぬ様子じゃからのぉ」
ジョカが笑みをこぼすと同時にキョウタロウが握っていた剣が急激に錆びていき、ボロボロになっていく。
同時にキョウタロウの体を激しい疲労が襲い、立っていられずに片膝をつく。
「なるほどのぉ…目覚めはしたが、ほんのわずかな間だけ…か…」
「ハア、ハア…なん、で…ここで、天使と、悪魔…を…」
「わらわにとって、ベテルの天使は敵じゃからのぉ。太古の昔より、法の神とそれ以外の神が相争い合っておった。じゃが、法の神によって多くの神々は知恵を奪われ、貶められたのじゃ。神と、それを信じるベテルの天使ども、奴らはいまだに法の秩序を絶対と信じており、今でもこの秩序を守ろうとあがいておる。このような無法を許すわけにはいかぬ。故に、天使どもを始末したというわけじゃ。もっとも、法の神に反抗する者共が正しいとは言わぬ。きゃつらの多くは己の欲望に従い、暴れるだけの痴れ者どもじゃ」
「故に、我々は天使と名乗るベテルの徒と悪魔と貶められし古き神々を斬らねばならぬ。一つ…貴様に問おう。他を貶め、己の正義と秩序を敷く法の神々の在り方、それが世界に必要なものだと感じているか?」
「そんなの…わかる、はずが…ない…」
その答えを口にすることが最後の抵抗だったのか、崩れるようにその場に倒れるキョウタロウ。
彼を助けるそぶりを見せるはずもなく、ジョカと八雲が背を向ける。
「今すぐに答えは求めぬ。再びあったその時、よい答えを出してくれることを願う。わらわに傷を負わせた男よ」
「この奥に転移装置がある。ベテルが開発しているものと同型のものだ。それを用い、己の知る東京へ帰るがいい。そこで、神と悪魔が人に何をもたらすのかを知るがいい」
薄れる意識のキョウタロウの目に映るのは立ち去っていく二人の姿。
そして、耳にかすかに聞こえるのは自分の名前を呼ぶ誰かの声だった。
東京、首相官邸。
総理大臣の送迎を行うリムジンが停まり、中から越水が出てくる。
国会を終え、総理大臣としての仕事を終えた彼は首相官邸に入ると、出迎えたのは黒服姿の男の集団で、彼らは帰宅した越水に頭を下げる。
彼らと共に奥へと進み、本来であれば晩餐会を行う大ホールに入る。
その中央には大きなアタッシュケースがあり、左右には警備員が待機している。
「ようやく、主上からお許しを得られたか…」
「ハッ、これこそが…我らの悲願を晴らすための鍵…我らが生き残るための道しるべです」
本来であれば、主上でさえも見ることすら許されない物。
誰一人、現物がどのような姿なのかわからないそれが今、このアタッシュケースの中にある。
その前に立つ越水が首をわずかに降ると、守っていた警備の人間が下がっていく。
ケースを開くと、そこには淡い光を帯びた、キョウタロウの手元へと飛んできたものと同じ剣が錆び一つない状態で存在していた。
「よもや、私の代で解放することになるとは…」