「はあはあはあ…」
「なあ、なあ!大丈夫だよな!?生きてるよな!?」
「大丈夫だ!回復はしている!意識も戻ってきている…」
かすかにキョウタロウの耳に二人の少年の声が届く。
ゆっくりと目を開けるとそこにはイチロウとユヅル、そして回復術を施しているピクシー、そして自分を見守るアオガミの姿があった。
背中から感じる硬くて冷たい感触と日光を遮る石の天井から、屋内にいることを理解する。
「太宰…敦田…」
「起きた!!ああ…よかったぁ」
声を出したキョウタロウの様子にイチロウが腰を抜かしたかのようにその場に座り込む。
ゆっくりと起き上がるキョウタロウの様子を見たピクシーはユヅルのスマホの中へと戻っていく。
「無事、だったんだな…太宰…」
「それは俺のセリフだって!俺、ここで天使…だっけ?そいつに閉じ込められてたんだ!でも、なんかすごい騒ぎになって、扉がぶっ壊れて外に出てみたら。倒れているお前と敦田を見たんだよ!」
「まさか、悪魔も天使も皆殺しだとは思わなかったが…。お前がいた場所から強い力を感知した…」
「ああ…とんでもない奴だったよ…。一人の人間と一人の悪魔…それだけで、悪魔も天使も…」
キョウタロウは思い出せる範囲で、ジョカと八雲のことをユヅルに伝える。
話を聞いたユヅルは顔をしかめ、考え始める。
「敦田…?」
「いや、なんでもない。だが…生き延びていてくれてよかった」
「奴が…言っていた。ここの奥に、転移装置があると。それを使えば、東京に帰れるって…」
「ああ、そうだ。ベテルが管理している。使い方はわかるが…どうだ?歩けるか?」
「歩くなら、どうにか…」
立ち上がったキョウタロウはユヅルの後に続くように歩き、ビクビクしながらイチロウも続く。
歩いている中で、キョウタロウはアマノザコのことを思い出す。
目覚めてから、彼女の姿が見えなかった。
(キョウタロウ、君が意識を失っている間に彼女は姿を消した。ちょうど、敦田ユヅルが来た時にだ。何か理由があるかもしれん。幸い、彼は彼女の姿を見ていない。ひとまず、彼女のことは口にしないほうがいいだろう)
脳裏に響くアオガミの声。
アオガミの口は動いておらず、ユヅル達に聞こえた様子はない。
事情は分からないものの、ひとまずはそのことに合意し、わずかに首を縦に振る。
「にしても、驚いたぜ…。まさか、お前…あの青い奴と合体してたなんて。体、大丈夫なのかよ?」
「問題、ないよ…。それから、僕の名前は天原キョウタロウ」
「ああ、悪い。名前、知らなかったから…その、助けに来てくれたって聞いたよ。ありがとな、天原」
「君に起こったことや、あのアオガミという悪魔についても、東京に戻れば、何かわかるだろう。ここだな…開けるぞ」
ユヅルの手で重たい鉄の扉が開き、そこにあるのは真っ暗な広い部屋で、その中央に筒状の機械だけが置かれた寂しい空間だ。
機械に近づいたユヅルは調べた後で、スマホを操作し始める。
「操作方法は…同じだ。いける。な…?」
何を思ったのか、操作を終えたスマホをユヅルから取り上げたアオガミ。
握られたスマホが自動的に操作されていき、それに向けてアオガミは口を開く。
「こちら、ベテル日本支部所属、神造魔人アオガミ。応答せよ」
「アオガミ…!?数十年前に、アオガミ型は既にすべて…」
「再起動に成功、これより帰還する」
「なんということだ…すぐに上に報告しなければ!了解、すぐに帰還してくれ!!」
「了解、すまない。勝手に借りてしまった」
「いや…だが、まさか…」
これまで悪魔召喚とターミナル操作、そしてこの魔界内での通信以外に使えなかったはずのユヅルのスマホがまさか元の東京の、しかもベテル日本支部と連絡できるようにしたことも驚いたが、日本支部にとってアオガミという悪魔がかなり重要な存在だということが、通信先のベテルのメンバーの声色からも明らかだ。
同時に、そうした話がまだ伝わっていない自分がまだまだ低い地位にいるということも感じてしまう。
「これで、帰還できる。みんな、ターミナルの周りに集まってくれ」
「お、おう…。にしても、どんな構造なんだよ、これ…」
車や飛行機や電車ならともかく、こんな筒みたいなヘンテコな装置でどうやって東京へ帰るのかと半信半疑なイチロウだが、今は一番詳しいであろうユヅルに従うほかなく、キョウタロウと共にターミナルのそばへ向かう。
スマホを取り戻したユヅルが入力を終えると、ターミナルから複数のよくわからない文字が光で浮かび、同時に回転を始める。
3つに分割されたパーツがそれぞれ上から左、右、左と回転し、周囲の空間がゆがんでいく。
「うわわ!?何がどうなってるんだよー!!」
「安心しろ。すぐに終わる。これの扱いには慣れている」
ユヅルの言う通り、あっという間にゆがんだ空間が元に戻っていく。
だが、そこは元の場所ではなく、周囲に複数のモニターが置かれた、手術室か研究施設の一室のような空間だ。
「ここは…東京、なのか?」
「ああ、ここは縄印大学医科学研究所。ベテルの施設のターミナルだ」
「え、マジ…?お、おおおお!!本当だ!スマホ、ちゃんと動いてる!やった!やったぁ!!」
イチロウのスマホのマップアプリに表示される、ユヅルの言っていた場所とそこにいる自分の現在座標にイチロウは歓喜の声を上げる。
だが、自動ドアの厳かに開く音とそこから聞こえる甲高い足音がその声を静めた。
「よくぞ帰還した…。なれど、何者だ?施設に保管されていたその剣を手にし、そして…ナホビノになるなど…」
「大天使、アブディエル…」
見たことのある天使数人とともに歩いてくる、レオタードのような黄金の鎧姿をした褐色の肌と真っ白な髪の長身な女性といえる天使がキョウタロウ達の前で止まり、自らの名を呼んだアオガミに目を向ける。
「数十年前に失われたアオガミ型の帰還も驚いたが…まさか、こんな子供が、神が定めし禁を破るとは」
手にしている黄金のロングソードを軽々と片手で振るい、キョウタロウの喉元に剣先を向ける。
一度、彼女の言うナホビノになった影響はやはり人間に戻ってからもキョウタロウに影響を与えているようで、それ故に彼女の持つ力を感じてしまう。
あのジョカと同じか、それ以上とも思える力とプレッシャー。
わずかに震えるキョウタロウをアブディエルは容赦なくにらむ。
「答えろ、小僧。禁を破りし者にベテルは容赦はせん」
「お待ちください」
「え…?その声は…」
開きっぱなしの自動ドアから入ってくる誰かが発する、なじみのある少女の声。
キョウタロウとアブディエルの間に入ってきた少女、タオは臆することなくアブディエルに発言する。
「詳しい事情は分かりませんが、巻き込まれただけの民間人にどうか寛恕を」
「聖女か…」
「聖女…?」
「そもそも、ナホビノとは神によって定められし禁。破ろうとしても、破れるものではありません」
タオの言う通り、ナホビノは禁忌である故に何者であったとしてもそうなれないように神が封じた。
それ故に、これまでナホビノが世界に出現することはなかった。
「だが、今この状況をどう説明する?現にこの少年はナホビノとなったぞ」
「彼がなぜナホビノとなったのか…それについては、日本支部で調査いたします。ただ、少年と合一したのは日本支部の神造魔人。かの決戦で失われたはずのものです」
「…」
「失礼ながら、あの決戦において、アブディエル様は前線に立ち、指揮をとられていたと聞き及んでおります。であれば、従軍したかの神造魔人の帰還を責めるのではなく、むしろ喜ぶべきではないでしょうか?」
納得がいかない、まさにそれを大きく書いているような顔でアブディエルはタオをにらむ。
(かの決戦、それは…東京タワーで見た…)
混沌の悪魔と天使の大群が集結した場所。
そこで天使たちを率いていた天使は間違いなく、アブディエルだった。
「…よかろう。ただし、かのナホビノの疑いについては日本支部の責任をもって調査せよ」
剣をおさめ、天使たちと共にその場を後にするアブディエル。
それを見送ったタオがフウと安心したかのようにため息をつく。
「怖え…なんだよ、あの迫力」
「あれが、本部の大天使か…」
ユヅルの後ろに隠れていたイチロウと、初めて見た大天使と彼女に威圧に嫌な汗を感じたユヅル。
一時はどうなることかと思ったが、どうにか場が収まったことに安どする。
「キョウタロウ君!」
「ああ、助かったよ…よく、わから!?」
いきなり走ってきたタオに飛びつかれるように抱き着かれたキョウタロウがそのまま勢いのまま倒れてしまう。
ポカンとするユヅルとアワワワと口を震わせながら見ているイチロウ。
いきなりのことに驚くキョウタロウの視界は体をわずかに起こしたタオの顔をいっぱいになっていた。
「磯野上…さん…??」
「心配したんだよ、キョウタロウ君。みんなも…おかえりなさい」
「あ、ああ…ただい、ま…」
キョウタロウから離れ、アオガミが握っている錆びた剣に目を向けた後でタオは自動ドアまで歩く。
「いろいろ聞きたいこと、あるよね?一緒に会議室まで、来てくれる?」
東京各地の映像、そして東京と思わしき地域の映像が数多く映ったモニターが数多く置かれた部屋。
そこに映るのは市井の人々だけでなく、悪魔の姿も映っている。
タオと共にエレベーターを降りたキョウタロウ達はその部屋に入り、ユヅルの後ろにいるイチロウは初めて見るその部屋を興味深そうに見ている。
「ええっと…どこから話せばいいかな…?改めて話すけど、私…子供のころから霊力があって、ベテルでは聖女って呼ばれているの」
「聖女…?それって、聖母マリアとか、ジャンヌ・ダルクみたいな…」
「うーん、そういうのとは違うかな…。うまく、説明できないけど…。かつての戦いで、ベテル日本支部は多くの戦力を失ったの。それで、私のような学生も協力しているの」
「僕もその一人だ。それより…東京は無事なのか?僕たちは、ついさっきまで悪魔ばかりの廃墟にいたんだ」
確かにこの場所はユヅルにとってはなじみのある場所であり、モニターには見知った風景が映っているが、それだけではどうしても安心できない。
滅びた東京の風景を肉眼で見てしまった以上はなおさらのことといえる。
答えを求めるユヅルにタオは表情を固める。
ここから話す情報はおそらく、キョウタロウ達にとっては衝撃的な話で、きっと知ってしまうと二度と元の日常へは戻れないだろう。
タオ自身も、ベテルに入ってそのことを知った時は大きなショックを受けたことを今も覚えている。
まだまだ幼い少女だったというのも大きいが、きっと大人になっても受け入れがたい真実だったといえる。
意を決したタオは口を開く。
「私たちが暮らしている東京が実は…嘘だったって言ったら…信じる?」
「ハァ…?」
タオの言っていることが全く理解できないイチロウの目が点になる。
今まで当たり前のように暮らしてきたこの東京が嘘、となると今まで暮らしてきたのは何?
渦巻く疑問に混乱する。
ユヅルも言葉は発していないが、ベテルに入って初めて聞くその話をどう整理すればいいのかわからない。
ましてや、あの東京を見てしまった以上、嘘と断言しきれない自分が存在していた。
「嘘だとしたら…ここって、東京じゃないってこと…?」
「キョウタロウ君は、信じてくれるんだね」
「嘘を言ってないってことはわかるから。なんとなく、だけど」
「…。18年前、千代田区を中心に23区全土が魔界化し、現世から消滅した。一千万を超える都民もそこで精を終えたわ。東京受胎…ベテルではそう呼ばれているわ」
18年前、グラウンドゼロとなったのは千代田区の新宿衛生病院。
それを引き起こした張本人は二人。
一人は、当時存在していた既存の秩序や権威に囚われず世界との共存を図るというカルト宗教、ガイア教徒の一人であり、大手通信会社であるサイバース・コミュニケーションのCTO、氷川学。
そして、もう一人は自由をつかさどる神であるアラディアをその身に宿すことが可能なほどに強い霊力を持ち、ベテルが聖女の候補としていた教師であり、氷川からは創世の巫女と呼ばれた高尾裕子。
氷川はガイア教の聖典であるミロク経典を解読し、それに基づいてアマラ転輪鼓などを作成。
東京受胎を阻止しようとするガイア教徒たちを代々木公園で虐殺し、裕子を篭絡して味方につけた。
そして、運命の日に東京23区が突如として球体のような次元の壁の中へと消えていき、その果てでどうなったかはベテルの記録には残っていない。
最初に次元の壁を突破し、突入に成功した大天使からの報告によると、氷川や裕子を含めて人間は一人残らず消滅しており、悪魔たちが跋扈する魔界と化していたという。
いや、厳密にいうと一人だけ人間が存在しており、彼は悪魔の力を宿していたという。
その悪魔がその魔界で力をつけ、やがてベテルを滅ぼしかねない脅威となりうることから始末することを決意。
だが、その大天使はその人間に敗れた。
そのころ、次元の壁を越えるほどの力を持つ大天使が彼一人であったことから、魔界と化した東京の内部の調査が大きく遅れることとなった。
次に魔界を調査することが可能となったのは、タオの言う18年前の戦争の直前のこと。
悪魔の王による宣戦布告がベテルに発せられるとともに、次元の壁の力が弱まり、天使たちが容易に内部に侵入することが可能となった時だ。
そこで指揮を執ったのがアブディエルだ。
「何を言っているんだ、磯野上。僕たちは今まで東京で暮らしていたじゃないか。あれは、どういうことだ?」
タオの言う18年前の戦争、その時はアオガミを除いて、この場にいる誰も生まれていない。
そして、キョウタロウ達は東京で生まれている。
その東京が嘘だというなら、自分たちは何なのか?
「…神の、奇跡よ。消えた東京の土地と住民を何の疑問も持たれないように再現したの」
大天使たちが力を合わせ、球体型の次元の壁を移動させ、空っぽになった東京を神の奇跡によって再現。
これにより、少なくとも表向きには東京は存続しているように見せる。
だが、いくら神の奇跡と言えどもすぐに元の東京を再現できたわけではなく、その間に世界中で混乱が起こることとなった。
首都機能を失った日本への侵攻しようとする近隣諸国に世界中の経済の混乱などがわずかな日数の中でも起こり、それについては人々の記憶を改ざんすることで抑え込んだという。
「俺たちが…暮らしていた東京は…嘘…ハ、ハハ…」
冗談であってほしいと願うように笑うイチロウだが、脳裏によみがえる魔界と化した東京の景色がよみがえる。
笑って消そうとしても決して消えない。
「本当の東京は…18年前に滅んだの。あなたがたが訪れた魔界こそが、本当の…東京よ…」
「そんな…」
「本当の東京は悪魔が暮らす魔界と化した。そして、悪魔たちは人の魂を奪おうとして、私たちのいるもう一つの東京に襲ってきているの」
「それを防ぐために戦っているのが、少数精鋭の極秘組織…ベテル日本支部だ」
自動ドアが開き、中に入ってくる黒いスーツの男。
彼の姿を見てユヅルは頭を下げ、キョウタロウとイチロウは驚きを見せる。
「嘘、だろ…?」
「本物…」
「聖女による説明は終わったか。改めて、我々の戦いに巻き込んでしまったことを謝罪しよう。私は越水。日本国内閣総理大臣で、ここの責任者だ。敦田君、よくぞ無事に戻ってきてくれた」
「ハッ、ありがとうございます。越水長官」
「東京の真の姿を知った君たちには、この世界の真実を教えよう」
キョウタロウもイチロウも、まさか現職の総理大臣である越水と会うことになるとは思っておらず、動揺が隠せない。
それを抑えるのを待つ余裕のない越水は口を開く。
「世界の裏側では、秩序と混沌が対立している。法の神と混沌の悪魔による戦いが続いているのだ。悪魔たちは人を襲い、魂を奪おうとする。隙を見て、魔界から現実へ侵略しようとしている危険な存在だ。この東京だけでなく、世界各地でそれが起こっている」
日本支部、とあるようにベテルもまた世界中に存在し、各地で混沌の悪魔による侵略に備えているが、悪魔たちの勢力は圧倒的だった。
実際にロシア支部、フランス支部、中国支部などが壊滅し、多くの人々が殺された。
「ベテルはその悪魔たちに対抗している。無論、日本支部もその一つだ。悪魔の勢力は圧倒的だ。今、一人でも多くの戦力を必要としているのが現状だ。情けない話だ…磯野上君と敦田君をはじめとした学生たちの手を借りざるを得ないほど、ベテルの力は足りていない」
内閣総理大臣に就任するとともに、先代の日本支部長官の急死に伴って長官に就任した越水の尽力によってかろうじて回っている今の日本支部。
硬い表情の越水からは一抹の無念さが感じられる。
「あの…総理、それって…その、俺にも、できますか?」
「…東京を、守ることかね?」
「ああ…それ、やりたいんです!」
「太宰君…?」
「太宰…」
「俺、落ちこぼれで…いつも、みんなに迷惑ばかりかけて…」
落ちこぼれでヘタレ、周囲の笑いもの。
幼少期からそんな状態が続き、縄印学園に入ってからはそんな自分を変えようと始めたYOUTUBERの活動も、結局は再生回数が伸びずに底辺のまま。
歌舞伎役者であるキョウタロウや、秀才のユヅル、聖女である学校のアイドルであるタオとは違い、何もない。
だが、多くの人が知らない真実を知ってしまった以上は何もせずにはいられない。
最初は驚きを隠せなかったが、今ではまるでバラバラのままだったピースが埋まっていくような感覚に襲われる。
そして、霧が晴れて、進むべき道が見えてきたように思えた。
「こんな俺でも…優等生みたいに、人の役に立てるなら、やってみたいんです!お願いします!総理!!」
思い切り頭を下げるイチロウを越水はじっと見つめる。
しばらく沈黙が続き、その中で嫌な汗をかきながらもイチロウは頭を挙げず、じっと答えを待つ。
「…ありがとう、君の勇気に感謝する。敦田君、君は彼に悪魔との戦い方を、悪魔召喚プログラムを教えてやってほしい」
「了解しました、長官」
悪魔に対抗する手段の一つが、ベテルで開発された悪魔召喚プログラムだ。
悪魔の言葉を翻訳し、同時に人間の言葉を悪魔の言葉に翻訳可能にするとともに、交渉などによって仲魔にした悪魔を保管、必要に応じて召喚できるというものだ。
だが、すべての悪魔に言えるわけではないが、いかに仲魔にしたとしても、悪魔は隙を見せれば魂を奪うべく動く。
そして、悪魔が持つ力に誘惑される人間が存在し、その結果として召喚した悪魔を制御できなくなるケースも存在する。
そんな代物を果たしてイチロウは使いこなせるのか。
(すまない…太宰。君まで巻き込んでしまうとは…。せめて、生き残れるくらいにはしてやる)
「そして、天原キョウタロウ君。君については連絡を受けている。アオガミと融合した君にも協力を求める。悪いが…選択肢はない」
「…そう、ですよね…。わかっています…」
もし、アオガミとあの時融合していなければ、魔界で死んでいた。
そして、少なくともヒュドラを倒すだけの力がある以上は何もしないわけにはいかない。
「ありがとう」
「神造悪魔が帰ってきたのは喜ばしいけれど、キョウタロウ君と…人間と融合するなんて前代未聞ね。それに…」
タオが視線を向けるのはアオガミの手に握られている錆びた剣。
視線に気づいたアオガミがその剣をタオに手渡す。
「磯野上さん…この剣って、いったい…」
「これは、草薙剣よ。壇ノ浦で失われたとされているもの。最近になって海底から引き揚げられて、ここに保管していたの。まさか、ナホビノになったあなたに反応して飛んでいっていたなんて…」
「これには、助けられたよ。握っていると、力があふれてくる感じがして。でも…すぐに元のさびた状態に戻ったけれど…」
「アオガミ製造については私もかかわっていた。後でいろいろと調べるつもりだ。君の手へ飛んだ草薙剣も含めて。アオガミ、君の記憶データを調べたい。この後、研究施設へ向かってくれ」
「了解」
「他の皆は後日、改めて話をするとともに今後のための訓練を受けてもらいたい。今日はゆっくりと休むがいい。君たちがいなくなっている間のことについては学園にうまく説明してある。表向き、急病による休暇として処理されている。混乱は起こっていないから、その点は安心したまえ」
魔界に最初に侵入した大天使の記録
神に背く所業…その結果がまさに今の東京といえよう。
次元の壁を越えて、最初に見えたのは青い光に照らされた砂漠のような東京の光景だ。
青い光を放つ球体がおそらくはこの世界の太陽であり、月といえるだろう。
人間の気配はなく、わずかに人間だったものの魂が感知できる程度だ。
人間の代わりに存在するのは悪魔、そして浅草の泥から生み出された人間の模造品、マネカタだ。
魔界と化した東京を元に戻すことは不可能に近い。
この世界はコトワリを宿した人間があの青い球体の内部にたどり着き、それを示すことで新たな世界を作ることができるという。
その世界が我らと調和する者とは限らない。
なれば、我らの世界の平穏を守るためにも、この東京を青い球体もろとも跡形もなく消し去り、創世の神の御業によって新たな東京を作るべきか…。