真・女神転生Ⅴ 神と悪魔と世界と   作:ナタタク

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第2話 変わる日常

変わらない日常、変わらない教室。

外側の窓際の席から教師の声に耳を傾けつつも、目にするのは外の景色。

3年間ですっかり見慣れてしまった、鉛色のビルの森。

最近読んだ詩集、智恵子抄の中の一説がキョウタロウの脳裏に浮かぶ。

「東京には空がない…か…」

「どうしたの?黄昏ちゃって」

トンと机から音が鳴り、透き通った柔らかな少女の声が聞こえてきて、前を向くとそこにいたのは青い運動用ジャージを上着にしたクラスメート、磯野上タオがいた。

「磯野上さん…」

「もうホームルームは終わったわよ。また先生の話、聞いてなかったんでしょ?」

「それは…」

「図星みたいね。今日は集団で帰るようにって。最近物騒になってきたから…」

「物騒、か…」

数か月前から東京各地で起こっている奇妙な事件。

各種メディアでも、SNSでもその事件に関する噂で持ち切りだ。

三鷹の井の頭公園で高校生複数人がバラバラの状態の遺体で発見された事件がその始まりといえる。

東京都内の高校生であることは共通しているが、性別も所属している高校も、部活も趣味もそれ以外は何もかもがバラバラの彼ら。

それ故に捜査は難航し、その中で黒い影に襲われて怪我をしたという人、東京都内であるにもかかわらず、獣に食われたかのような無残な死体などが出てくるようになっていった。

事件は確かに恐ろしいが、それ以上に怖いのがそれをおびえながらも日常と同化しつつあることかもしれない。

どんな事件も事故も、それにかかわることがない以上はいずれ底なし沼に日常の中へ放り込まれ、やがて記憶からも消えていく。

「じゃあ、ちゃんと伝えたからね」

いつの間にか自分の席へ戻ってカバンを手にしたタオが声をかけた後で教室を出ていく。

挨拶を返せないまま、出ていくタオを見送るキョウタロウのそばにクラスメートの男子がやってくる。

「あーいいなぁー。われらがアイドルの磯野上タオちゃんに声を掛けられるなんてなぁー」

「どうせなら、俺が声をかけてもらいたいぜー。どうせなら、一緒に帰ってそのまま…」

「よしてよ、僕と磯野上さんはそんな関係じゃない。で、どうする?みんなで一緒に帰る?」

「おいおい冗談言うなよ。事件の話は聞いたけど、別に大したことじゃないだろ?それより、カラオケ行きてーんだ」

「おー!いいな!どうせなら隣のクラスの女子とかにも声をかけて…」

「はぁ…あんまり遅くならないようにね」

すっかり放課後の遊び場決めに夢中になりつつある彼らを放って、カバンを手にしたキョウタロウもまた教室を出る。

誰かと一緒に登下校することなどない彼にはこんな時に誘えるような友人はいない。

いるとしても、こうして遊びに行くような友人の方が多い。

全寮制で高校と大学が存在する縄印学園は日本各地の、学業もしくは部活での成績のいい生徒が多く集まることで知られているが、それでもやはりこうした今どきの学生は少なくない。

そんな友人を頭から追い出しながら、キョウタロウが脳裏に浮かべるのは先ほど声をかけてきたタオと夢の中で見たタオだ。

夢のことが気になり、昔似たような話があったから今になって夢で思い出しているのではないかと思い、これまで演じてきた歌舞伎の台本や本を読み漁ったが、その内容の話など出てくるはずがなかった。

(磯野上タオ…か…)

同級生だが、一緒のクラスになるのは今回が初めてで、ラクロス部に入っている彼女と基本的に帰宅部で放課後は寮か図書館にいることの多いキョウタロウはほとんど接点がない。

同じクラスになって2か月だが、あまり積極的に話をしたわけでもない。

今日のように、たまにあちらから声を掛けられるくらいで、こちらは生返事するだけ。

衝動的でもドラマチックでもなく、それを期待されても意味はないだろう。

外に出たキョウタロウに弱弱しい日の光が当たる。

「そうだ…まだ読み終えて…」

「やぁ、天原。君、一人なのかい?」

急に肩を軽くたたかれ、カバンを支える手に力が入る。

声をかけてきたのは眼鏡をかけたさわやかな顔立ちの男子生徒、敦田ユヅルだ。

「敦田…」

「久しぶりだな。まったく、クラスが変わっただけでこんなにかかわることが少なくなるとはな」

「仕方ないさ。けど、相変わらずだね。この前の模試、かなりの成績だったんだよね?」

「まだまださ。上には上がいる。もっと勉強しないと…」

「あまり無理しないようにね。それで、敦田も一人なのかい?」

「いや、妹と磯野上さんも一緒だよ」

一緒に校門まで行くと、そこで談笑するタオとマフラーと手袋をつけた少女が目に留まる。

これから暑くなっていく6月であるにもかかわらず、冬着をしている彼女だが、とても暑そうなそぶりを見せていない。

「あ!ユヅル君とキョウタロウ君」

「こ、こんにちは。先輩」

「こんにちは、敦田さん」

「ミヤズちゃんはキョウタロウ君と知り合いなの?」

「あ、え、ええっと、その…」

小さくなる敦田ミヤズは体を揺らし、何度か視線を兄であるユヅルに向ける。

そんな彼女を見たユヅルは眼鏡を直すと代わりにこたえる。

「去年、天原と同じクラスで、一緒にいることがあった。その時に何度かあったことがある」

「そう…なんです。タオ先輩」

「最初にミヤズが天原に声をかけたときは思わず笑ったよ。あの時は…」

「その時の話はもうやめてよ…こっちも恥ずかしくなるから…」

ミヤズと初めて話をした日、それは去年の文化祭の時だ。

各クラスが出し物や店を開く形となり、その中で当時のクラスメートがふざけて男女逆転喫茶なんて提案をし、それに冗談半分で投票する生徒が多数存在したがためにやることとなってしまった。

女形であり、細い体つきをしたキョウタロウと女装はぴったりであり、彼を知らない人の多くが本気で彼を女に見てしまうほどだった。

その犠牲者の中にはミヤズがいて、本気でキョウタロウと女子だと思い、比較的普通に声をかけてしまった。

「うふふ…そっかぁ。いつも一緒にいてくれる先輩がいてくれて、安心ね」

「は、はい…」

「僕ら家族は2人きりだ。兄が妹を守るのは当然だろ」

「特待生を狙うのも、それが理由?」

「そうだ。そうでもしないと、とても大学に行けるはずがないだろう?」

奨学金制度があるとはいえ、返済不要のものは額が少ないものが多く、学費が賄える奨学金であっても返済額と返済までの年月を考えると早々に手が出せないものが多い。

ユヅルが狙う東京大学や慶應義塾大学には入学料や授業料が免除になる制度がある。

それを手にし、卒業後はいい仕事に就くことで妹に楽な暮らしをさせることができる。

いい大学に入ればいい職場のある時代は終わりつつあり、東大などの有名大学を卒業したことによる逆差別もある昨今だが、それでもいい大学に入れるのであれば、入るに越したことはないのは確かだ。

ユヅルとミヤズの両親は彼らが幼少期の頃に交通事故で他界している。

残された2人は親戚に預けられることになり、そのことで一時は離れ離れになってしまったことがある。

たまに電話でやり取りすることで寂しさを紛らわしてはいたが、それでも限界がある。

もう1度一緒に暮らすため、寮制度のある学校を受験した結果、この縄印学園に入学することができ、去年はミヤズが後を追うように入学した。

兄妹ではあるが同じ部屋で暮らすことはできないが、離れ離れだった時と比べると大したことはない。

「そうね…じゃあ、みんなで帰りましょう」

「うん…」

4人で校門を出て、キョウタロウはようやく読みかけの本を手にする。

こんなことがなければ、このようなメンバーで下校などしないだろう。

めったにかかわらないはずなのに、夢で何度も出てくる少女に元クラスメートの友人とその妹。

3人の声を聴きながら、読みかけていた本を読んで歩く。

たまに生返事を返すキョウタロウだが、彼にとって大事なのは目の前の本。

そうしていると、急に本が手元から離れてしまう。

前を向くとそこには不満げな表情のタオがいて、上へ上げたその手には本が握られていた。

「キョウタロウ君、だめだよ。本を読みながら歩いてたら、ぶつかっちゃうよ」

「別に歩きスマホをやってるわけじゃないけど…」

「それでも危ないの。それに、せっかくなんだからキョウタロウ君も一緒に話そうよ」

「別にいいけど…でも、前から聞きたかったけど、なんで磯野上さんって、僕のことを下の名前で…」

「さあ?なんででしょう?」

「クイズ形式…?」

(本日、越水ハヤオ総理大臣が声明を発表しました。コロナウイルスや世界各国の政情不安の中…)

「越水ハヤオ…僕たちのOB…」

ようやくキョウタロウも話に加わる中で、駅前にある大型テレビに記者会見を行う越水の姿が映る。

縄印学園の卒業生であり、現内閣総理大臣である越水ハヤオの名前はキョウタロウも知っている。

卒業後は当時の保守系自民党議員の秘書を務めて経験を積み、その人物の死後にその地盤を引き継ぐ形で議員となった。

若くから改憲議論に積極的に参加し、古参の議員だろうが大臣であろうが臆することなく意見を述べ、時には反論とともに積極的に対案を出していったことで当時の閣僚から目にかけられることになった。

そして、若干42歳で自民党総裁となり、同時に伊藤博文の44歳3か月の記録を更新し、史上最年少の内閣総理大臣となった彼はついに戦後から誰もなしえなかった改憲を成し遂げることとなった。

その時、改憲に反発する政党が審議に参加しないという動きを見せた際には『国民のために議論を重ねなければならないこの時に議論の場に姿を見せない議員に存在価値はない』と断じて出席しない彼らを無視して議会を進めた。

他にも同じ政党であったとしても、野党と共謀して陥れようと動いた派閥に対してその派閥の議員すべてを除名するなどの行動もあり、強引だという声もあれば、そうでもしなければ何も決めることができず、むしろそうしたことを実行できる越水総理大臣だからこそ、今も結果を出すことができていると賛否両論が渦巻いている。

昨今騒ぎとなった新型コロナウイルスが起こった際にも早急に渡航規制や水際対策を行うとともに、補正予算によって国内でのワクチン開発を奨励するなど迅速な動きを見せ、コロナウイルスによる重症患者や死者を世界でも例を見ないほど最小限に抑えることができたこともあり、賛否両論渦巻く総理大臣であるにもかかわらず、3年目の今でも支持率が7割を超えている。

「敦田については中学からの友人ってことだからわかるけど、僕って磯野上さんと接点は…」

テレビの報道に目もむけず、考え出すキョウタロウにタオはジトーッとした目で見る。

正解を出してほしいと思っていることはわかっているが、あいにくキョウタロウには何も思い浮かばない。

「タオ先輩…さすがに天原先輩がかわいそうですから、何かヒントを…」

「そうね、ヒントは…」

ヒントを出そうとしたタオだが、急に表情を凍り付かせ、足を止める。

タオに合わせるように3人の足も止まる。

ここは寮へ行くために使う品川駅の連絡通路。

下校時間となり、社会人と学生がごった返す中で、多くの人が足を止め、中にはスマホで写真を撮ろうとする人もいる。

規制線が張られ、その先の道をふさぐようにブルーシートがかけられている。

「何が…起こったんだ?」

「聞いたか…殺しだとよ」

「またかよ、今月でもう何回目だ?」

「俺…見ちまったんだ。なんか、皮膚が裏返しになっていて、おまけに…」

「やめろよ!想像しちまうだろう!!」

テレビやネットの映像でこの情景を見れば、これも日常の餌食となるだろう。

だが、今この場にいる彼らの日常にとって、これは飲み込みきれるものなのか。

それは誰にもわからないことだろう。

 

 

 

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