サララ、サララ…。
風と共に砂が飛ぶ音がかすかに聞こえる。
車のクラクションやエンジン音、人々の足音や声に満ちた東京で、この音が聞こえるほどの静寂を得ることは珍しい。
それこそ、東京の中でも田舎へ向かわなければ難しいだろう。
砂の音が聞こえるとともにかすかにキョウタロウの視界に見慣れた天井が浮かんでくる。
「生きてる…?」
天井が崩れてから目を覚ますまでの間の記憶は何もない。
わかっていることは、ガレキが自分を押しつぶそうとしたことくらいだ。
だが、体には目立った外傷はなく、痛みもない。
ゆっくりと起き上がり、近くに落ちているカバンを手に取る。
周囲にはガレキがあるものの、ここは確かに先ほどまでいた高輪トンネル。
だが、違いがあるとするなら、その路上に広がる大量の砂の存在だ。
「なんで、砂が…?いや、そんなことよりも…」
今重要なのは一緒に崩壊に巻き込まれたユヅルとイチロウ、そして彼の撮影仲間だ。
確かに一緒に巻き込まれたはずだが、彼らの姿はどこにもない。
来た道を振り返ると、そこは既にガレキで埋まっていて、出られそうにない。
「先に外へ出たのか…?」
あの激しい揺れが起こった以上、東京にも何かあったはず。
品川駅に残したミヤズ、そして彼女と合流するであろうタオは無事なのか。
次々と浮かぶ疑問をまずは1つ解決しようと、残った出口へ向けて歩く。
トンネルの出口へ向かうにつれて砂の量が増え、太陽の光で明るくなる。
「気を失ってから、かなり時間がたったのか…?」
昼のような明るさが気になりつつ、ようやくその光の下に出ることができたが、そこにあったのは答えでもなんでもなかった。
「なん、だ…これ…?」
広がるのはエジプトを思わせるほどの砂漠、そしてその中にオアシスのように立つビルの廃墟の数々。
そんなはずはない、仮に東京に大地震を襲ったなんて話があったとしても、こんな惨状になるはずがない。
それこそ、人類が東京から出ていき、数百年でも経過しなければあり得ない光景だ。
「う、うわ、、ああ…うわあああ!!」
男の情けないほどの叫びが耳に届き、それが聞こえた上空に目を向ける。
「黙れ、人間よ。このようなところに迷い込むとは…」
空にいるのはイチロウで、仮面をかぶった白衣の天使というべき存在によって右手のひらから発する何らかの力によって拘束されていた。
叫ぶ彼を黙られるために手にさらに力を籠め、同時にイチロウはしゃべることさえできなくなる。
「ここは貴様ら人間が立ち入ってよい場所ではない。貴様を外へ送り出してやる。ここで出会ったのが混沌の悪魔ではなく、ベテルの天使であることに感謝するのだな」
「ん、んん…!?んーーーーー!!!」
反論も弁解も許されず、イチロウは天使とともに北へ向けて一直線に飛んでいってしまう。
「ベテル…混沌の悪魔…砂漠…」
いったい何のファンタジーなのかと思い、愕然とするキョウタロウはその場に崩れるように座り込む。
かつて、アマテラスを天岩戸へ閉じこもらせる原因を作ったスサノオが高天原を追われたときでさえ、緑と水、そして誰かしらがたどり着いた場所には存在したのだが、今キョウタロウがいる場所には緑も水もなく、わけのわからない情報だけが目と耳に入ってくるばかり。
スマホを手に取り、電源をつけるが、やはり圏外と表示されるだけでこれで誰かと連絡できるわけもなく、ネットもつながるはずがない。
「夢、というわけでもないか…」
地面を殴る手から感じる痛みが現実を突きつける。
あの地震は何だったのか、ここが東京だとして、あれから何が起こったのか。
そして、イチロウを外へ連れ出すといって連れて行った天使は何者なのか。
わかっていることがあるとしたら、ここで立ち止まっても何も動かないことだ。
「太宰…敦田…みんな…」
カバンの中にある水筒のお茶のみが今の飲食の頼り。
キョウタロウは砂漠を歩き始める。
天使が飛んでいった大雑把な方向にまっすぐ歩いていく。
砂漠になったことで天候にも変化が生じているようで、40度近い温度が体から水分を奪っていき、水筒のお茶もその量を減らしていく。
そして、歩いていく中で見るのはビルの廃墟以外には岩石と空まで届くほどの高い柱くらいだ。
「はあ、はあ、はあ…」
全身から噴き出る汗で制服の中が濡れ、不快感が増していく。
そんな中で目の前に紫の渦が発生する。
「今度は、何が…」
「人間、人間、人間だぁ!!」
「知恵をよこせええええ!!」
渦の中から三又の槍を手にした黒い悪魔たちが飛び出してくる。
イチロウの前に現れたのが天使に対して、キョウタロウの前に現れる悪魔。
そして、悪魔たちは口を開くとキョウタロウに向けて炎を放つ。
いきなりの攻撃に驚き腰を抜かしたと同時に肩にかけていたカバンを落とす。
「あ、あああ…」
「避けてんじゃねえぞ!!死んで知恵をよこせよぉ!!!」
「知恵を、よこせ…?」
「そうだ…よぉ!!」
1匹の悪魔の槍が左手を貫く。
そこから感じたのは焼かれるような感覚と鋭い痛み、そしてそこからあふれ出る血。
「あ、ああ、うわあああ!!」
「もう一丁!!」
逃げられないように今度は右手を突き刺そうともう1匹の悪魔が狙いを定める。
(し、死ぬ…何も、わからないまま、死ぬ…?)
キョウタロウの脳内にはここからの生き残るビジョンが何も描けない。
炎で焼かれるか、全身を刺されるか、それとも食われるかで死ぬ未来だけが浮かぶ。
「く、来るな!くるなあ!!」
どうにか抵抗しようと悪魔に砂をかける。
それが悪魔をいらだたせ、その手を炎が襲う。
右腕と制服が焼け、焼けた制服の溶けた繊維と皮膚がくっつく感覚を覚える。
その激痛が頭の中から抵抗の二文字を消していき、力が抜けていく。
「じゃあ…まずは、心臓をおお!!!」
悪魔が槍を左胸に突き刺そうと勢いをつけ始める。
せめてこれ以上苦しむ前に死ぬことを願い、目を閉じかけた。
(どうした…?生きるのをやめるつもりか?)
急に誰かの声が聞こえる。
悪魔たちの動きが止まり、周囲から風や砂の音も消える。
どういうことかわからないキョウタロウだが、体は金縛りにあったように動かない。
(抵抗したいと思わないか?死ぬくらいなら、この世界のこと、今抱えている謎を解きたいと思わないか?)
「言っている意味が分からない!君は誰なんだ!?」
(答えろ!あきらめるのか?)
正体など教えないといわんばかりの強い口調の声が響く。
左手を見ると槍が突き刺さり、血が出ていて、右腕は大やけど。
両腕が使えないうえに、何もかもわからない悪魔という存在に抵抗しても、生きて逃げ切れるとは思えない。
(お前には生きなければならない理由がある。そうだろう?)
「生きなきゃいけない理由…」
(そうだ…どんなことをしてでも、悪魔と取引するようなことになったとしても)
「僕は…」
真っ先に脳裏に浮かんだのは両親と役者仲間。
次に浮かぶのはタオをはじめとした学校でできた友人たち。
彼らに会いたい。
東京がなぜこうなったのか、あの地震が何なのかを知りたい。
(なら、望め。既に力は来ている)
「力…!?」
「しねえええええ!!」
目の前の悪魔が動き出し、キョウタロウにとびかかろうとする。
だが、真上から降ってきた雷が悪魔を貫き、黒焦げになった悪魔の体が赤い光となって消滅する。
急に起こった出来事に驚いた悪魔たちの視線が雷に向けられる。
「あ、ああ…」
「妖鬼、ダイモーン…撃破を確認。対象弱点、雷…」
煙が晴れていき、消滅した悪魔、ダイモーンの代わりに姿を見せたのは青い髪をしたサイボーグといえる男性。
「この野郎…!俺たちの邪魔をするなぁ!!」
キョウタロウの近くにいたダイモーンが炎を吐くが、サイボーグはジャンプをしてそれを避けると、ダイモーンの目の前で着地をして彼の頭をつかみ、地面に向けてたたきつける。
頭が地面深くに埋もれ、窒息しているダイモーンを無視し、サイボーグはキョウタロウの目の前で止まる。
「その、顔…」
とび色の目と青い髪という違いはある。
だが、その顔立ちには見覚えがある。
日本の総理大臣である越水ハヤオ。
彼の顔はその男にそっくりだ。
「対象を確認。少年…死にたくなくば、手をとれ」
サイボーグがキョウタロウに向けて手を差し伸べる。
背後にはまだ数匹のダイモーンがいて、まだ仲間があっという間に2匹倒されたことで動揺している。
だが、いずれ怒りを見せ、サイボーグとキョウタロウを襲うだろう。
そして、もし彼があの声が言っていた力だというなら。
キョウタロウは激しい痛みを感じる右手を伸ばし、サイボーグの手に触れる。
その瞬間、2人を青い光が包んでいく。
サイボーグとキョウタロウの肉体が帯のようになっていき、1つへと融合していく。
その感覚に驚きを感じながら、なぜか不快感はない。
まるで当たり前のもののように思えた。
「おい!!なんだこれは!!」
目の前に起こった以上な光景にダイモーン達は動揺を隠せない。
光が収まると、そこにはサイボーグとキョウタロウの姿はなく、代わりにいたのは全く別人のような存在。
水色の光でできた指を露出した黒いサイボーグではあるが、細見が強調された体で長い青髪と相まって女性的といえる。
「ふざけたことをおおお!!」
ダイモーンの1匹が頭にきて彼に向けて炎を吐く。
だが、彼はそれを避けようとせず、右手に念を集中させる。
5本指が光の刃へと変化し、それを用いて炎を切り裂いて消滅させた。
(これは…これが僕の体!?それに、なんで僕は力の使い方を知っているんだ!?)
サイボーグみたいな見た目となってしまった彼、天原キョウタロウの困惑とは裏腹に、炎では無理ならばと槍で攻撃を仕掛けようとするダイモーンの攻撃を刃でさばいていく。
体の動かし方や両足の底についているブレード部分を利用して砂の上をすべるように動きつつ、今度は右手をもとに戻すと力を込めていき、雷のエネルギーをためていく。
ためたエネルギーを放つと、それを受けたダイモーンが先ほどの落雷を受けたときのようにしびれると同時に体が焼けただれていき、やがて赤い光へと変わった。
ついに1匹になってしまったダイモーンは先ほどまでの小ばかにした態度を反転させ、おびえながら逃げ出していく。
だが、背中を向けてダイモーンの体は光の刃に貫かれていた。
最後にダイモーンが見たのは欠けているように見える刃先だった。