「傷が…消えてる…」
ダイモーン達を倒し、助けてくれたサイボーグと分離したキョウタロウは自分の体に生じた変化に驚きを隠せなかった。
槍で貫通されていた左手には痕すら残っておらず、焼かれた右腕については制服と下のシャツは燃えてしまい、右腕そのものにも痕がまだ残っているものの、徐々にその痕もなくなるくらいに回復していきつつある。
「今の、その…ダイモーンっていうのは?」
「少年、君を狙っていた悪魔だ」
「僕は…少年じゃない。天原キョウタロウだよ。助けてくれたことには感謝しているけど…」
「そうか、すまないな。キョウタロウ」
「でも、どうして僕を助けたの…?それに、ここは…」
「ここは…今は魔界と呼ばれている」
「魔界…?」
「そうだ。それは悪魔が住む世界を呼称した場所だ。君も先ほど見たであろう。古の神々とその眷属は悪魔と呼ばれ、この世界で住んでいる」
「そんなところに、僕たちは…」
仮にダイモーンに襲われ、深手を負うようなことがなければ、彼の言葉を信じることはできなかっただろう。
だが、その古の神々の眷属に襲われ、死の恐怖を味わったことでこれを現実と認めることができた。
「だが…安心してほしい。私、神造魔人アオガミが君を助けよう。私たちはナホビノと呼ばれる存在となれる。その力と体があれば、悪魔と戦うことができよう。安全な場所にたどり着くまでは、このまま進むとしよう」
「進むって…このまままっすぐ…?それに、ナホビノって…?」
キョウタロウの脳裏に浮かぶ『ナホビノ』は日本神話に登場する神の一人で、イザナギが黄泉の国から戻り、汚れを洗い落とすための禊を行った際に生まれた神、大直毘神だ。
おそらくアオガミのいうナホビノとその神は異なるかもしれないが、キョウタロウにはどこか共通していると思えて仕方がない。
砂に埋もれたカバンを手にし、アオガミとともに進んでいく。
「その…アオガミ、さん…」
「アオガミでいい」
「じゃあ…アオガミ。作られたって言うのは…」
「言葉通りだ。私は神の手で作られた魔人。君を守ること、それは作られたときから決められたことだ」
「作られたときから…?」
「そうだ。そして、こうして君と出会い、使命を遂行することができる。それが君にとっては幸か不幸かはわからないが…。見ろ」
しばらく歩いていき、ようやく見慣れたシルエットがユラユラとキョウタロウの目に浮かぶ。
蜃気楼なのかと思いながら、とにかくじっと見るキョウタロウ。
その形状はどこか見覚えがある。
「東京…タワー…」
「そうだ。これが魔界と呼ばれる大地だ」
ようやく砂漠を抜けることができたかと思って、見えた光景はキョウタロウをさらなる混迷へと誘う。
ボロボロになったビルや車両。
砂に埋もれた道路。
砂を除けばまるで戦場になっていたかのような光景だ。
「ここはかつて東京と呼ばれていた…。しかし、時が過ぎ、悪魔が跋扈する世界と化したと聞く」
「どう…して…?」
「…。すまない、キョウタロウ。君の質問に答えられるだけの情報を今の私は持っていない。今の私が持っているのは…かつてこの地で神と悪魔の戦いがあったということ。天使と悪魔があの東京タワーの前で遭遇し、その場に私も居合わせていたこと。だが…そのあとの私の記憶データは破損している。覚えているのは…君を守れという指令のみ」
「そう…か…」
タコの糸がプツリと切れたかのように、一度フラリとしたキョウタロウの体が熱い砂の上で横たわる。
倒れたキョウタロウのそばに来たアオガミが彼の体に触れる。
「体温の上昇…熱中症を確認。それに、体内の水分も…」
冷静に体調の分析をするアオガミをよそに、キョウタロウの目から涙がこぼれ、そのまま意識が闇に消えた。
(目覚めよ…目覚めよ、ナホビノとなりし者よ…目覚めよ)
「…!?」
どこからか女性の声が脳裏に響いてくる。
目を開けると、そこは砂漠となった東京ではなかった。
群青色一色の空間の中で、なぜかキョウタロウは同じ色の椅子に座っている。
椅子の形状は音楽室によくあるピアノとセットで置かれているものとよく似ていた。
そして、キョウタロウの前に青い頭巾をつけた女性が現れる。
頭巾と首についているリボンタイ以外には何も身に着けていないが、青白い装甲をしているように見え、それはアオガミと似た神造魔人かと思えてしまう。
「ここは…?僕は…」
「ここは邪教の世界。先ほどまでいた世界とはあらゆる時間や空間から切り離された場所。われはずっと待ち望んでいた。我が名はソピアー、再び我を認知する存在と出会えることを待ち望んで居ったぞ、天原キョウタロウ…新たなナホビノよ」
「僕の名前をどうして…?それに、ナホビノって!?」
「ナホビノ…それは2つに分かたれた命と知恵、それが一つとなり元の姿へと戻ったもの。私の役目はこの邪教の世界において、世界とナホビノを導く存在の一人。なれど、神に等しき力を持つはずの汝はまだ完全に力を取り戻せていない。じきに取り戻すときが来るであろう。その時にまた会おう…」
「なんだって…急に招いて、全部を教え…!?」
急激に眠気が全身を襲い、徐々に意識が揺らいでいく。
「忘れるな、ナホビノとなりし者よ。すべての力を取り戻した時、汝に選択が迫られることを…」
「選択…」
言葉の意味が分からぬまま意識を失い、キョウタロウの姿が邪教の世界から消える。
同時に、彼女の背後に人影が現れる。
「ご命令に従い、彼を召喚し、助力を約束いたしました…。ええ、わかっています。今は見守るとしましょう…。すべてを知るときではありませんから…」
「う、ん…」
けだるさを感じつつ、ゆっくりと目を開けるキョウタロウの目には砂塵でかすかに隠れた太陽が見える。
ビルの影に隠れているためか、気を失う前と比べると若干心地よさを覚える。
だが、気絶する前と違うのは今のキョウタロウはナホビノの姿になっていること。
そして、様々な色の光を無意識に取り込んでいることだ。
「気が付いたか、キョウタロウ」
「アオガミ…これは…」
「この魔界にあふれるマガツヒを取り込んでいる。私と一体化していることで君はマガツヒを取り込むことができ、それを己の力とすることができる」
「マガツヒ…」
「意識存在が持つ精神エネルギーであり、悪魔が現世で存在を保つために必要なものだ。適度にマガツヒを取り込むことができれば、君は回復することができ、飢えと渇きをいやすこともできる」
「そんなことが…もう、驚くのも疲れたよ…」
まだ疲れを感じるキョウタロウは再び目を閉じる。
体の制御についての大部分を彼にゆだねる形となっているアオガミもこれでは彼が目覚めるまで待たざるを得ない。
だが、思考をすることはでき、こうして周囲に警戒をしながらも思い出すよう努めることもできる。
(東京…私の記憶の中にある東京はもう少し違っていた…)
霞がかかったような記憶の中の東京。
それは青白い輝きを放つ球体が太陽と月に替わって燦然と輝き、その輝きでしか時間を知ることができない空間だ。
そして、その死をほうふつとさせる輝きの中の東京は確かに砂漠化していたが、それ以上に違いがあるとすると、球体の内側に地面が張り付いているような場所ではないということ。
奇妙な話だが、アオガミの脳裏に残る東京はそんな場所だ。
(だが…今は太陽を見ることができる。そして、平たんにどこまでも広がっているように見える。一体東京に何があったというのだ…?)
その答えを、キョウタロウとともに歩めば見つけることができるのか。
それは誰にもわからないことだ。