「電車…それに、線路か。本当にここは東京なんだな…」
砂に埋もれ、サビや汚れなどが目立つが、今彼の目の前に存在するのは確かに普段暮らしている東京で確かに見ていたもの。
車両は彼の記憶が正しければ、これは山手線のE231系500番台。
2001年に採用され、現在では多くが引退していっているその電車が今、大昔に既に放置されたかのような無残な姿をさらしている。
これが何を意味するのかを思案する中、背後から足音が近づいてくることに気づく。
スマホを左手に握り、振り返った彼が見たのはアオガミと一体化したキョウタロウの姿だ。
「敦田…無事だったんだね」
「その声…もしかして、天原か?その姿はどうしたというんだ!?」
顔立ちから見ると確かにユヅルの知っているキョウタロウの面影がある。
だが、そのサイボーグのようなよくわからない姿になっていることがユヅルにはわからない。
「それが、僕にもよくわからないんだ。彼と一体化したら、この姿に…」
「彼?」
「初めまして、敦田ユヅル。私はアオガミ。キョウタロウを助けるために作られた存在だ」
自己紹介とともにキョウタロウの隣にアオガミが半透明の状態で姿を見せる。
彼の顔立ちを見たユヅルは若干の驚きを見せたものの、眼鏡を直して平静を装う。
「なるほど…疑問は多くあるが、今はそれを考えている場合ではないな」
「敦田、この電車は…」
「ああ、僕たちのいた東京に確かに存在するものだ。あの地震の後、東京はどうなったというんだ…」
「アオガミの話によると、ここは…魔界らしいんだ」
「なんだって!?だが…なんで魔界にこの電車があるんだ。電車だけじゃない、東京タワーだって…」
判断するには情報が少なすぎるが、逆に別の世界だということで少しだけほっとしている自分もいる。
きっと、ミヤズは巻き込まれていないはずだから。
だが、問題は一緒に崩落に巻き込まれた2人の生徒だ。
「ほかの生徒を見つけて、今後の方針を考えよう。確か…太宰があそこにいたはずだ」
「うん…ただ、太宰は天使に捕まって、連れていかれたよ。速すぎて、追いかけられなかった」
「なんだって…!?なら、その天使を探す必要がある。手分けをして探そう」
「手分けをして…ちょっと待って、敦田。君は悪魔と…」
「戦える。実をいうと…僕にはその悪魔を使役する力がある。厳密にいうと、プログラムだけど」
左手に握っていたスマホを右手に持ち替え、画面を操作した後でそれをキョウタロウに見せる。
「悪魔召喚プログラム…?」
「世界の秩序を守るとある組織が開発したものだ。伝説の悪魔が闇から目覚め、東京を狙っている。それに対抗するために作られたんだ。自分を守るためでなく、誰かを守るために使いたい。それに、スマホもその組織が作った特別性だ。ここであろうと君と連絡はとれる。スペアで持っているものを、渡しておくよ」
制服の内ポケットから取り出した、ユヅルが持っているのと同じ型のスマホがキョウタロウに手渡される。
見た目は市販のスマホと変化がないものの、キョウタロウが持っているスマホと違って、この魔界でも電波が確かに届いていた。
さすがに、あくまでも緊急用ということで悪魔召喚プログラムは入っていないが。
「ありがとう…けれど、このことは彼女も知っているの?」
「いや…知らない。知ったら、止められるさ。それに、こうして戦っているおかげで、僕たちは食べていけて、学校にも通えるから…。じゃあ、行くよ」
スマホをしまったユヅルが線路沿いに南へと進んでいく。
寸断されているところになると、ユヅルはスマホを操作し、翼をもつ悪魔を召喚してそれに乗って移動する。
その後ろ姿をアオガミとともに見送る。
「悪魔召喚プログラム…。キョウタロウ、君が眠っている間に集めたマガツヒだが、それを利用することで君もそのプログラムと同等の力を使用できる」
「そうなの…??」
「ああ、最も現在召喚できるのは戦った悪魔のみ。現在ならば、ダイモーン、スライム、ピクシーのみだが…。試しに、ピクシーを召喚するといい。頭の中で、その姿を思い浮かべてみろ」
「イメージが問題か…」
ここまで、一人で悪魔と戦ってきて、そのナホビノの力が悪魔を圧倒する力があることはわかったものの、いつまでも一人で戦い抜けるかどうかは自信がない。
こうして味方と共闘できる状態なら、どうにかできる可能性が広がる。
脳裏に浮かぶ、青いレオタードを身に着けた、肩の乗る程度の大きなの妖精を思い浮かべる。
すると、手から放たれたマガツヒが目の前で集まり、ピクシーへと姿を変えた。
「成功だ。これからも戦いを続ける中で、多くの悪魔と出会うだろう。戦い、マガツヒを取り込み、力を増やしていくことを推奨する」
「それで…召喚したのはいいけれど、制御はできるの?」
「問題ない。召喚できるのは今の君が制御できるもののみに私が制限をかけている。君自身がナホビノの力を使いこなしていくことで、その制限を解除していく。そして、この力で召喚された悪魔は君の意思でのみ、操ることができる。有効に活用してくれ」
「…わかった。悪魔をもって、悪魔を制する…か」
召喚したピクシーがマガツヒへと変換され、再びキョウタロウの体内へと戻っていく。
「キョウタロウ、生徒の捜索の前に、東京タワーへ向かってほしい」
「わかったよ。けれど、どうして…?」
「私の最後の記憶の中にそれが強烈に残っているのだ。それに、そこから見渡すことでその生徒に関する情報をつかめる可能性もある」
アオガミの指示に従い、キョウタロウは線路に沿って東京タワーへと進みだした。
「キョウタロウ君、ユヅル君…」
ミヤズを寮へ連れ帰ったタオは自室へ戻り、窓から正門を見つめている。
教師の言葉に逆らい、遊んできた生徒がチラホラと戻ってくる姿が見えるが、その中にはキョウタロウ達の姿はない。
ユヅルはともかく、タオが心配なのはキョウタロウだ。
何も知らない彼がもし巻き込まれていたとしたらと思うと不安でしかない。
品川駅での凄惨な事件のせいで、それが余計に大きくなる。
その中で、非通知でスマホがなる。
「はい、磯野上です。え…それって、本当ですか!?」
東京都内にある、とある施設。
白衣姿の研究員が集まり、パソコンを操作しているその部屋の中央にはショーウィンドウでしまわれた、錆びた剣が保管されている。
古代日本で作られた鉄剣のような形状のもので、鞘に納められた状態のままさび付いたことでもう抜くこともできない。
半年前、関門海峡付近でこの研究員たちが所属している組織が発見されたその剣は博物館へ送られることなく、こうしてここで保管されている。
「いったいどうしたというのだ…剣が震えている…??」
「こんなこと今までなかったというのに。これは…何の予兆だというのだ…??」
悪魔を倒しながら進み続け、東京タワーまであと少しというところにまで差し掛かる。
ナホビノという姿がこの魔界においては少し便利なもので、マガツヒを吸収することでそれを食事の代替にすることができる。
実際、ナホビノの姿でこうして魔界を駆け抜ける中で、キョウタロウは空腹やのどの渇きを感じていない。
もっとも、マガツヒが不足するとそうした欲求が出てくるものだとアオガミは言っていて、体力回復やダイモーン達と戦うときに放った電撃、そして指を変形させて作る剣もマガツヒを消耗する。
そして、マガツヒをすべて失った場合、それらの力を使うことはできなくなるという。
そうなった場合は丸腰同然で、どうにかしてマガツヒを取り込まなければ悪魔に食い殺される未来が待っている。
それを防ぐため、マガツヒの気配が感じられる岩場の影で休んでいる。
「不思議だな…魔界に来てから5時間か…。もっと長くここにいるとばかり思っていたのに…」
この5時間はキョウタロウにとってはあまりにも情報量が多すぎて、今でもそれを消化しきれていない。
フウとため息をつくキョウタロウの目の前に小さな何かが近づいてくる。
悪魔かもしれないと思い、右手に力を込めながら、接近してくるそれを見つめる。
「うわあー-、君だね君だね!ちょっとした噂になってる悪魔って!」
幼い少女のような声が響き、それが急速にキョウタロウの目の前に迫る。
首に鈴をぶら下げた、白い和装姿をした、ピクシーくらいの小ささの悪魔が興味深そうにキョウタロウの周囲を飛び回る。
「君は…いったい…??」
「警戒を解いてはならない、キョウタロウ。悪魔の中には友好的に近づいてきて、だまし取る個体も存在する。油断するな」
「ねーねー、君にちょっとお願いがあるんだ。君みたいな悪魔にしかお願いできないこと!!」
「僕にしか…??」
アオガミの警告は確かにわかっているものの、なぜかこの悪魔に対しては少しだけその警戒を解いてもいいように思えてしまった。