「うわああああ!!!」
ヒュドラの首に向けて刃を振るうキョウタロウだが、その刃はその悪魔を傷つけることはできなかった。
これまでの悪魔と比較して大きく、力を持つヒュドラとナホビノという謎の存在になったとはいえ、そうなったばかりで戦いの経験も少ないキョウタロウとの差は歴然で、よく見るとその刃にはいくつもひびが入っていた。
「キョウタロウ、刃での攻撃はやめろ。一度元に戻し、魔法でけん制しろ」
「わ、わかった!!」
ダイモーンとの戦いの中で使えるとわかった雷の魔法、ジオがキョウタロウの手から数発放たれるが、そんな魔法など何も意味がないといわんばかりにヒュドラが接近してくる。
実際、首に何度もそれを受けているにも関わらず、先ほどの刃と同じように傷をつけることができていない。
「うわ、うわわわわわ!!これって、まずい、まずいよね、ねえ!!」
オンラキモは既に消え、その後でキョウタロウが召喚したガキもすでに消し炭と化している。
今残っているダイモーンも、炎と毒に耐性を持っているとはいえ、ヒュドラに力押しされたらどうなるかなど明白だ。
「ええっと、ええっと、こういう時に役に立つもの、立つものー!!」
幸い、キョウタロウと彼が召喚した悪魔に意識が向かっているヒュドラをかいくぐり、東京タワーの近くまで来たアマノザコはガレキの中を探し始める。
あの悪魔が長い間居座り続けたそこにはきっと、いろいろと隠し持っているものがあると思った。
というよりも、あってほしいという願いが強い。
もしキョウタロウが力尽きたら、次に狙われるのはアマノザコだ。
戦う力のない彼女では、あっという間に消し炭にされるか、食われるか、毒でなぶり殺しにされるのかしかない。
壊れた段ボールや自動販売機の中などを探し続けた。
「はあはあはあ、あ、あれ…撃てない…」
魔力を使い果たし、ジオをもう撃てなくなり、同時にどっと疲れがキョウタロウを襲う。
ダイモーンも姿はなく、もう悪魔召喚を行うだけの力も残っていない。
「まずいぞ、キョウタロウ。既に魔力は危険水準。マガツヒも残りわずか…」
「そんな…どうにかならないの!?」
「マガツヒを取り込むことができればあるいは…だが、ここから空気中のマガツヒを取り込み、全快の状態となるには1時間はかかる」
「1時間って、うわっ!!」
アオガミとの会話の隙をつかれ、首でキョウタロウの体が巻き付かれていく。
ヒュドラの顔は縛り上げた獲物の苦悶に満ちた表情に笑みをうかべ、少しずつ巻き付いた首に力を入れていく。
「ア、ガ、アア、ガアアアアア!!!」
全身が縛りつぶされる感覚に襲われ、叫びと共にキョウタロウの口から血が噴き出る。
普通の人間であればもうここで死んでもおかしくないが、ナホビノとなっているキョウタロウは命をつなぎとめていた。
だが、それももう時間の問題であり、このまま絞殺されるのを待つだけだ。
バキバキと体中から嫌な音が響き、次第に意識も薄くなっていく。
それなのにも関わらず、なぜか頭の中はスーッと透き通ったような感じがするのがもどかしい。
(お待ちしておりました、ナホビノよ。今こそ、力の一部を解放しましょう)
脳裏に響くソピアーの声、そして目の前に現れたのはわずかに残ったマガツヒを糧として再び召喚されたダイモーン。
それがアオガミの時のように帯のように体を分解させていき、それがキョウタロウの体に取り込まれていく。
そして、青かったキョウタロウの体が赤く変化していき、右手には炎を放つ刀が出現する。
炎が効かないヒュドラだが、だからといって刃物が通らないわけではなく、刺されたことで叫びをあげるヒュドラの拘束が解け、キョウタロウは地面に落ちる。
「はあはあはあ…この、力…」
「力の一部の解放を確認、これが、写し身…。召喚した悪魔の力を取り込み、一体化する力…」
姿が変わったことに驚くキョウタロウとアオガミに向けて、怒りを覚えたヒュドラがファイアブレスを放つ。
一体化したことで、炎への耐性を得たキョウタロウだが、それでも巨大なヒュドラが放つそれを何発も受けられるものではない。
だが、そんなキョウタロウの前に炎が入った水晶といえる石が飛んでくる。
「使って!!使って!!」
「使うって、どうやって…こうか!?」
物陰に見えたアマノザコがパンパンと手を叩きながら叫ぶのが見え、見様見真似に左手で握ったその推奨を右手で挟むように叩く。
すると水晶が砕け、その中にあった炎がバリアのようにキョウタロウを包む。
どういう原理かわからないが、、炎を防ぐことができたことだけはわかる。
その間にキョウタロウは自らの写し身をダイモーンからマーメイドに変化させる。
赤かった体が今度は薄水色へと変化していき、刀は青い波のような模様のある玉石へと変貌する。
写し身となったマーメイドのおかげなのか、どう使えばいいのかはわかる。
幸い、炎の障壁はまだ持ってくれる。
右手で握る玉石に左手をかざし、精神を集中させる。
狙うのは障壁が消えたとき。
一方のヒュドラは炎を吐きながらも、目の前の小さな悪魔に対して嫌な予感を感じていた。
これまで、このさびれた塔を己の住処としてからは何度か己がため込んでいるマガツヒを求めて悪魔が戦いを挑んできたことがある。
そういった連中はいずれも例外なく炎に焼かれ、毒に侵され、丸のみにしてやった。
運悪くこの近くまで来て、逃げようとした力もない悪魔は炎一つでマガツヒすら残らなかった。
だが、今こうして戦っている悪魔はこれまでの悪魔とは何かが違う。
拘束から逃れたとき、自らが召喚した悪魔の自らの体に取り込んだのが見え、それが拘束から逃れる大きな一助となったことについてはわかる。
問題なのはその一体化する悪魔として選ばれたのが、自らと比較するとはるかに格下であるはずのダイモーンであること、そしてそれによって体に深い刺し傷ができたことだ。
もしそんな悪魔がさらに強力な悪魔の召喚を可能にし、そして一体化できるようになったらどうなるか?
その危険を感じたヒュドラの首の一つが炎を放つのをやめ、炎の中にいるキョウタロウに襲い掛かる。
自らが放つ炎に焼かれるというリスクはあるものの、ヒュドラそのものが炎に対して強い耐性がある。
キョウタロウに関しては炎を防いで入るものの、それによってヒュドラの姿を見ることができていない状態だ。
そんな状態でいきなり頭がやってきて障壁を突破し、丸のみにする。
そうすれば、あの悪魔の力を取り込むことができ、さらに力を得ることができる。
その確信に近づいたと思ったと同時に視界が真っ暗になった。
「はあ、はあ、はあ…」
障壁が消え、炎が収まり、元のナホビノの姿となったキョウタロウがその場に座り込む。
砂漠のはずの今の東京の地面はまるで豪雨が降っていたかのようにぬれている。
炎を吐くのをやめ、そして体の動きを止めたヒュドラが目の前にいる。
キョウタロウを飲み込もうとした顔面が横一文字に切れ目が入り、そこから鮮血と共にマガツヒがあふれ出る。
顔面というのはやや語弊があり、切れ目は首を伝い、ヒュドラの胴体やそのほかの首にも入っていた。
キョウタロウが玉石から放ったのは巨大な水の刃であり、それがヒュドラを真っ二つに切り裂いていた。
ヒュドラ本人は勝利を確信したまま、真っ二つになったことに気づかないままマガツヒとなっていき、勝者となったキョウタロウに取り込まれていく。
ヒュドラがいた場所には大きな血だまりが残り、生々しい匂いがキョウタロウの鼻に伝わる。
同時に、どっと体が鉛のように重たくなるのを感じてその場にあおむけに倒れる。
「うわ、うわわわわ!倒れちゃったよ!大丈夫だよね、よね!?」
飛んでくるアマノザコが力尽きたキョウタロウの様子を見て驚きながらも、塔の中で見つけた道具の中にある回復アイテムをキョウタロウに対して使い始めたが、そのままキョウタロウの意識は闇に沈んだ。
「見事だ、ナホビノよ。目覚めたばかりの力でヒュドラを撃破するとは」
眠るキョウタロウの脳裏にソピアーの声が響き、目を開けるキョウタロウの目に広がるのは暗い邪教の世界の空。
まだ体のダメージは残っているようで、起き上がる気力が出ない。
そのせいで、近くにいるであろうソピアーの姿は見えない。
「そのまま聞け、新たなナホビノよ。今のお前はヒュドラが持つ強大なマガツヒを取り込み、その反動で倒れている状態だ。少し休めば、元通りに動くことができるだろう。だが、ナホビノの力は本来、その程度のものではない。忘れるな、お前がナホビノとなったこと、それによってお前たちの世界が動き始めることを。新たな力に再び目覚めたとき、また会おう」
世界が動き始める、その言葉の意味を問おうとするキョウタロウだが、再び意識が闇へ沈んでいき、横たわっていた肉体が吸い込まれるように沈んでいく。
「…あのナホビノはあなたも同じでした。かつて、あなたも死した世界で再び生まれたとき、彼と同じか、それ以上の苦難に陥っていました…。あなたは期待しておられるのですね?彼と世界が、歩き出すことを。そして、東京を…」
「ねえ、ねえ…!彼、大丈夫だよね?よね!?」
「心配ない。あと少しで暴れるマガツヒが鎮まる。まったく、想像がつかんな。今までにない悪魔とはいえ、よもや塔の悪魔を倒すとは…」
ゆっくりと目が開き、ぼやけた視界の中でアマノザコと赤い肌をした姿が浮かび、会話が聞こえてくる。
次第に視界がはっきりすると、彼女と会話している何者かの姿がはっきりしてくる。
鮮やかな赤い屈強な上半身をさらした山伏といえる男で、見た目は確かに人間ではあるが、この世界にいる以上、普通の人間ではありえないだろう。
自分の胸の手を置き、経を唱える中で、周囲に浮かぶマガツヒがゆっくりとキョウタロウの体内に入り込んでいった。
マガツヒが見えなくなると、キョウタロウの視線が山伏に向けられる。
「ムッ…気が付いたか。危ないところであったな、拙僧が近くにいなければ、おぬしは間違いなくマガツヒに飲まれ、暴走していただろう」
「暴走…?」
「知らぬのか?マガツヒには強弱が存在する。強大な悪魔であればあるほど、その者が持つマガツヒも強い力を宿す。そして、弱き悪魔に強大なマガツヒは危険すぎる。過度に取り込むと自我を蝕まれ、自我を失い、やがて肉体が砕け散る。先ほどまでのおぬしがまさにそのような状態だったのだ」
「そう、だったんですか…ありがとうございます、ええっと…」
「拙僧の名は悟劫。異変が起こった故、東京を調査しておったが、かような場所に飛ばされ、さまよっておったのだ」
ようやく起き上がるだけの体力が戻ってきたのを感じ、起き上がったキョウタロウは自分の周囲に浮かぶマガツヒを見つめる。
数多くのマガツヒがキョウタロウ達の周囲を飛び回っていて、そのすべてがあのヒュドラが宿していたものだ。
「さすがはこの塔を支配していた悪魔、これほどのマガツヒを宿しておったとは…。このマガツヒを捨ておくわけにはいかぬな」
悟劫が背負っていた神輿をおろし、手にしている数珠を額に当てて経を唱え始める。
唱えるとともに神輿についている扉が次々と開き、それが掃除機のように周囲のマガツヒを取り込んでいく。
あっという間にマガツヒがなくなり、扉が閉じた神輿を悟劫は軽々と背負って見せた。
そして、東京タワーに体を向けると、手を合わせる。
「かの悪魔の犠牲となった者たちよ、どうか安らぎ給え。極楽浄土にて生まれ変わり給え…。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」
ただひたすらに唱え続ける悟劫に倣うかのようにキョウタロウも東京タワーに体を向け、目を閉じる。
アマノザコにはどうして2人がそのようなことをするのか理解できない様子で、首をかしげていた。
「すまぬな、拙僧の祈りに付き合わせてしまった。主は何故この地へ?」
「友人を探していて…一緒にここに飛ばされて。そして、友達は天使に見つかって、連れていかれて…」
「そうか…天使ならば、ここの崖下にある廃墟で見た。主のいう友人の姿まで見たわけではないが…何か手掛かりを見つけることができるやもしれぬ」
「そうですか…ありがとうございます。僕のことまで…」
「気にするな、すべては御仏の導きによるものだ。だが…再びかの大蛇のような悪魔と出会うやもしれぬ。餞別にこれを進ぜよう」
悟劫が懐から取り出したのは青い光を淡く放つ水晶のような柱のミニチュアというべきもので、受け取ったキョウタロウはその奇妙なオブジェを見つめる。
「回帰のピラー、というものだ。いずれ役に立とう。では…」
「どこへ…?」
「私には私ですべきことがある、すまぬが…それ以上のことは言えぬ。いずれまた会おう」
キョウタロウ達に背中を向けた悟劫が経を唱えながら立ち去っていく。
その後ろ姿は急に発生した砂煙に包まれ、それが晴れた頃には見えなくなっていた。