東京タワーを後にし、廃墟の町を越えたキョウタロウはそびえたつ岩山を越えていく。
ナホビノとなり、悪魔と戦うだけの力を手に入れはしたものの、それでも移動速度は翼をもつ悪魔と比較すると劣る。
「アオガミ、今空を飛んでいる悪魔みたいに、僕も空を飛べないの?」
「現時点では不可能。撃破・吸収した悪魔の中にはチンやアイトワラスもいるが、現状では一体化は困難。それに、一体化には大きな負担がかかる」
「そうなの?あんまり実感がわかない…というのも、当然か」
マーメイドと一体化することでヒュドラを倒すことには成功したが、その直後にヒュドラから放出されたマガツヒを吸収する事態となり、悟劫に助けられた。
それ故に自覚はないキョウタロウだが、仮に何らかの手段でマガツヒを吸収しておかなければ、枯渇してその場で動けなくなるところだった。
実際、初めて悪魔と一体化したことと相手が相手だったためにキョウタロウ自身も加減がわからずに使っていたことも大きいだろう。
「今後は枯渇する事態がないように、私がマガツヒの制御をしよう。これで、一体化の力を使い果たしたとしても、最低限戦闘が継続できる。だが、マガツヒを際限なく消費すると命取りになることだけは頭に入れておいてほしい」
「わかった…。僕も、死にたくないから」
「ここを越えると、目標地点だ。おそらく、ここに君の友人がいるだろう」
「なら、早く助け出し…!?」
「…?どうしたの、どうしたの!?なんか、顔色悪いよー!!おーい、おーい!!」
キョウタロウの周りを飛ぶアマノザコが両手を振ったり、手を叩いたりして反応するように仕向けるが、突然の寒気とともに顔色を悪くした彼にはそれにかまっている余裕がない。
今は向かいのふもとが見えない状態ではあるものの、その先から感じる恐ろしいプレッシャーを感じる。
それはあのヒュドラ以上のものだった。
「感じたか?キョウタロウ…。ここから先、おそらくは君の友人がいる場所から発生しているであろう強力な存在を」
「これが、プレッシャー…」
ガタガタと震える体がどうにか収まり、たっぷりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせていく。
逆に言えば、ヒュドラや数多くの悪魔を倒し、そのマガツヒを得ながら進んだからこそ今はこの程度で済んでいるともいえる。
もしヒュドラと戦うよりも前にここにきてしまい、先ほどのプレッシャーを感じたなら、それだけで失神してしまったかもしれない。
「けど、すごいな…アマノザコは。なんともないなんて…」
「あ、ええっと、その…それは…そ、そんなことより、早く行った方がいいと思うよ!よ!!」
なぜかしどろもどろになって周囲を飛び回りだすアマノザコ。
その様子はあまりにも隠し事をしていますと教えているようなものだ。
ヒュドラ以上の悪魔と遭遇することは明白ではあるが、それでもここから進まなければ、その先にいるであろう太宰を見捨てることになる。
「案ずるな、キョウタロウ。ヒュドラとの戦いでは勝たねばならなかったが、すべての悪魔と戦い、勝利するだけが最善ではない。場合によっては、君の友人を見つけ、共に逃げることが君にとっての勝利にもなりえる」
「…わかってる。死んでしまったら、それまでだから…」
頂上まで登ったキョウタロウはその先にある建物に目が留まる。
砂漠の中に長年放置され続けたためか、埋もれている箇所があったり、崩れている箇所が見受けられるが、キョウタロウにとっては見間違えるはずのない施設だ。
「これは…国会、議事堂…」
「見ろ、キョウタロウ…。どうやら、ここで惨劇があったようだ。時間も、それほど経過していない」
国会議事堂の正面に広がる広場には数多くの悪魔と天使の死体が転がっていて、マガツヒへと変化しつつある。
百単位近くあると思われるそれらの死体が広がる場所まで降り立ち、その光景にアマノザコはブルブル震えながらキョウタロウの後ろに隠れる。
「天使と悪魔が戦っていたというの…?ここで…」
「そのようだ。だが、双方ともに全滅したとなると、別の要因が考えられる。まずはあの天使を調べるとしよう」
まだ死んで間もないためか、体の大部分が残っている天使に近づく。
太宰を連れて行った天使によく似ているが、仮面がどのようなものかは思い出せず、この天使が太宰を連れて行ったと断言するのは難しい。
「天使エンジェル…。ベテルの下級天使。倒された要因となるものの分析を開始」
キョウタロウの金色に変化していた瞳の中に0と1の羅列が流れはじめ、それが視界を覆っていく。
「アオガミ、何を…?」
「解析を行っている。じっとしていてほしい、もうすぐ終わる。よし…死因となったのは土…。それも、この魔界のものではない」
エンジェルの衣に付着しているものはこの砂漠には不釣り合いな水分のこもった泥で、それはこのエンジェルだけでなく、多くの悪魔の体に付着していた。
「泥からは悪魔の魔力が感じられる。おそらく、悪魔が何らかの作用を泥にもたらし、それを使って天使と悪魔を攻撃した。だが…この惨劇を生み出したのは悪魔だけではない可能性がある」
キョウタロウの視界で強調される、泥以外の悪魔の死因となった深々とした切り傷。
切り傷から感じられたのは普通の刃や爪で切り付けられたものではない、何か得体のしれない力だ。
「気になるのはなぜ、これほどの悪魔と天使の死体があふれた状態のまま放置されているのかだ…。解放されるマガツヒによって、力を得ることができるというのに」
アオガミの計算上、この空間に漂っているマガツヒの量はこれからマガツヒ化していく分も含めるとあのヒュドラに匹敵する。
それだけのマガツヒを悪魔であれば喉から手が出るほど欲しがるものだというのに、その殺戮者は取り込まず、放置していることが彼にとって、違和感が大きい。
まるで天使と悪魔を皆殺しにすることだけが目的かのように。
「気をつけろ、少年。悪魔の気配…おそらく、彼らを皆殺しにしたものだ」
「また、この感覚…それに…」
1度おびえるほど受けたプレッシャーのため、今回はある程度耐えることができたとはいえ、小刻みに震えているのを実感せざるを得ない。
気になるのはその気配とプレッシャーを感じたときには、既にその悪魔が間近にいるかのような感覚で、振り向くとそこには赤い着物を身に着けた美女といえる悪魔が立っていた。
皺ひとつないみずみずしい肌で、黄色い瞳と肩や生足を露出させた着物姿を除けば普通の女性だと思えたかもしれない。
だが、ナホビノとなった今のキョウタロウの目は彼女が悪魔であると訴える。
「ベテルの差し向けた援軍かや?」
「あわわわ…」
間近で彼女を見たアマノザコが震えながらキョウタロウの背後に隠れる。
彼女はフフッと笑みをうかべるとキョウタロウの目前まで向かい、彼の頬を撫でる。
間近から感じる女性のにおいがキョウタロウの鼻孔を通じて脳を刺激し、プレッシャーとの相乗効果で彼の体を硬直させる。
「残念じゃったな…。もう、皆死んでおる」
「はあ、はあ…な、んで…こ、んな…こと、を…」
「この地に集いし天使も、混沌の悪魔も…皆死んだ。汝も…その後を追わせてやろうぞ」
「まずい…離れろ、キョウタロウ!!」
何者かに引っ張られたような感覚に襲われるとともにキョウタロウの体が大きく彼女から離れていく。
同時に、周囲に転がる天使と悪魔の死体が急激にマガツヒへと変化し、彼女の体に吸収されていく。
「冥途の土産に教えてやろう…わらわは地母神ジョカ…。今、この時にこの地に来た不幸を呪うがよい」
マガツヒによって活性化していくジョカの髪飾りが落ち、神が巨大な蛇の胴体へと変貌してジョカの華奢な体を支える。
両腕の着物の裾からは縄のような肉体をした蛇が生え、その目が獲物たるキョウタロウをにらむ。
「嘘嘘嘘!?こんなの、こんな怖い悪魔と戦うの!?ダメダメダメ!!死んじゃう、死んじゃう!!勝てない!!」
アマノザコの目に映るジョカの力はあのヒュドラでさえかすんで見えるほどだ。
その力はこうした見ただけでも認めるしかないアオガミだが、一つ引っかかるところがある。
(天使を切り裂いたあの刃の力…あのジョカという悪魔からは感じられない。敵は奴だけではないということか、それとも…)
「さあ、舞うのじゃ!我が蛇よ!!」
両腕から伸びる蛇がキョウタロウにかみつこうと襲い掛かり、左右の剣でいなし、蛇の頭を切り裂く。
だが、数秒も経たぬうちに斬られたはずの蛇の頭が復活する。
「何!?」
「わらわの蛇は今、ご機嫌でのぉ…。たっぷり餌を手にしたおかげで、再生も早いのじゃ。知らぬのか?蛇は不死の象徴であることを…」
己の尾に嚙みつくことで輪となった蛇、もしくは竜を模した図を人々はウロボロスと呼び、その存在はアステカや古代中国、ネイティブ・アメリカンなどに存在する。
脱皮して大きく成長し、たとえ長きにわたる飢饉であったとしても生存し続ける強い生命力から死と再生、不老不死の象徴として見られ続けてきた。
その起源はエジプトにまでさかのぼり、プトレマイオス朝エジプト最後の女王であるクレオパトラが自死の際に蛇を用いたのは、いずれ現世によみがえり、その暁にはエジプトを守護する不死の存在となろうという意思があったのだという。
かのエジプトの永遠の守護神であるイシスのように。
そして、その象徴を証明するかのように再生した蛇の首は太くなり、牙もまた鋭さを増していた。
「キョウタロウ、悪魔を召喚しろ。まずは蛇の動きを抑えるのだ」
「うん!召喚、ダイモーン!そして、アイトワラス!!」
初めて遭遇した悪魔として記憶に焼き付いているダイモーンと共に、尻尾に炎をともし、翼がついた蛇のような悪魔である邪龍アイトワラスが放出されたマガツヒによって形成され、2体が放つ炎がジョカの蛇を襲う。
2体とも炎を使うことができる悪魔であり、ジョカの弱点となることはアオガミによって分析済みだ。
炎は確かに蛇に命中し、炎上しているはずだった。
だが、炎を突き破った蛇は2体の悪魔に食らいつき、そのまま捕食されてしまった。
「何!?」
「目論見が外れたのぉ、確かにわらわは炎に弱い…じゃが、悲しいことよのぉ、力不足じゃ」
どんな生き物であったとしても、弱点や急所というものは存在する者であり、それはどれほどの強者となったとしても変わることはない。
だが、その急所となるところに蚊が刺して血を吸ったとしても生き物はそう簡単に死ぬものではない。
ジョカにとって、下級の悪魔といえるダイモーンとアイトワラスの炎はまさに蚊の針に等しいものだった。
「ほれ、ほれ、汝の力は…ナホビノの力はこの程度かのぉ?」
「く…だったら!!」
再びマガツヒを消費した召喚したアイトワラスを自らの身に宿し、右手の剣に炎を宿す。
そして、一瞬背中からアイトワラスと同じ翼が生え、羽根が散ったかと思われた瞬間、蛇の目前まで瞬間移動したキョウタロウの炎の刃が蛇を切りつける。
再び頭を失った蛇だが、再び再生を始めようとした。
だが、傷口が炎上しているためか、その再生スピードは先ほどと比較すると遅い。
首を切ることができたキョウタロウだが、そこには攻撃が通用したという安心感はない。
(あの蛇…ゆくゆくは攻撃が通用しなくなる。再生すればするほど強くなるぞ。キョウタロウ、本体を狙え)
「うん…この状態も、長くはもたないから…!」
再び翼を出現させ、瞬間移動を発動したキョウタロウがジョカに肉薄し、炎の刃を切りつける。
その刃をジョカはその場から動くことなく、体を柔らかく後ろにそらすことで回避して見せた。
確かに瞬間移動してでの斬撃は普通の悪魔にとっては脅威といえるだろう。
だが、数多くの戦いを乗り越え、多くの悪魔を倒してマガツヒを手にしてきたジョカにとってはこの程度は造作もないことだった。
それに、不用意な大振りを見せたことでキョウタロウの隙は明白だ。
大蛇と化しているジョカの尾がキョウタロウの無防備な横っ腹を襲い、彼の肉体が大きく吹き飛ばされる。
「キョウタロウ!!あわわわわ!!」
弾丸のように飛んでいくキョウタロウの体が巨大な砂山に突き刺さった。
砂山が崩れ、その中に埋もれることになったキョウタロウまでジョカが近づいてくる。
「手ごたえはあったのぉ、これは…少々大人げなかったかえ?」
「キョウタロウ!キョウタロウ!!まずい、まずい、まずいよぉ!!」
アマノザコが慌てて手で砂を掘ってキョウタロウを探し始める。
その一方、砂の中にいるキョウタロウは大きくひびの入った腹部の左手を当てる。
衝撃が内部にも確実に届いているためか、体に力が入らなくなったうえに右手の剣も解除され、憑依していた悪魔も消えてしまう。
「アオ…ガミ…」
(あの一撃で損傷率、45%。周囲の微弱なマガツヒを吸収しているが、それ以上に消耗が激しい)
「そん、な…」
こみ上げてくる吐き気に耐えきれずに吐き出される血。
人間と変わらない赤い血を見て、キョウタロウはダメージの大きさに驚く以上になぜか安心感を覚えてしまう。
だが、砂をかき分ける気力のないキョウタロウの意識が徐々に消えていく。
「この、まま…じゃ…」
「こちらです!代表!」
「反応があったというのか?剣に」
「はい、先ほどまではわずかな揺れでしたが、今は…」
とある施設の研究室に入ったきたスーツ姿の男が白衣の研究者に見せられた、ショーウィンドウに覆われた錆びた剣。
その震えは激しく、まるでここから出たいと剣自身が願っているようにも見えた。
「マグネタイト指数、上昇していきます!!」
「なんだと?今までこのようなことは」
「始まるか…」
スーツ姿の男のつぶやきと共に、錆びた剣が白い光を放つ。
それはこの部屋すべての人々の視界を塗りつぶすには十分すぎる者で、同時にショーウィンドウが砕ける音が響く。
光が収まると、剣があった場所には粉々になったショーウィンドウの破片だけが遺されることになった。
「なんということだ…剣が!?」
「そんなバカな、剣が消えるとは…どういうことだ!!」
この短時間に襲い掛かった不可解な現象の連発に混乱する研究者たち。
それに対して、この剣が消えるという事態を目の当たりにしたスーツ姿の男は動揺する様子はなく、研究室の扉が開く音が彼の耳に届く。
「…目覚めた、というわけだな。聖女よ」
「はい…」
「おそらく、奴らもこのことに既に感づいているだろう。備えるぞ」
「とどめといこうか…ムッ?」
突如として光を放ち始めた東京議事堂にジョカとキョウタロウを掘り起こそうとしていたアマノザコの視線が向かう。
このような現象はこれまで起こったことがなく、光が収まったかと思ったらそこから光のごとき速さで飛ぶ物体がキョウタロウのいる砂山の中へと突っ込んでいく。
その勢いは砂山を吹き飛ばし、砂嵐へと変貌させていき、ジョカの視界を封じる。
「これは…まさか、ナホビノの力とでもいうのかえ!?」
「う、ぐ、う…!!」
朧げな意識の中、突然自分を包んでいた砂が丸ごと消えることになったことに驚きを隠せないキョウタロウはそれを引き起こした物体を見つめる。
サビで覆われていて、元々がどのようなものであったかは判別できないが、形状から少なくとも剣だということはわかる。
何が何だか分からないまま、キョウタロウの手が剣へと伸びる。
柄の部分をつかんだ瞬間、キョウタロウの体と剣が共鳴したかのように青い光を放ち始める。
「な、な、なななな、何が起こってるの!?」
「これは…とんでもない事態になったやもしれぬぞ…ショウヘイよ…」
砂嵐が収まり、目の前に映る相手にさすがのジョカも余裕の態度を維持できなくなっていた。
ジョカの強烈な一撃を受けたはずの肉体が癒えたキョウタロウの姿がそこにあり、彼の手には青い光を淡く放つ剣が握られていた。