東京は変わった。
今は至る所に"異星人"が存在している。
路上を闊歩している。コンビニにで雑誌を立ち読みしている。
競馬場で馬券を握っている。クラブのカウンターに立っている。犯罪だって犯す。
そして、それを取り締まる警察組織の中にも……
小学生の奇妙な通報から始まった一つの事件。
古いタイプの警察官 矢原は、因縁の場所で4人の異星人捜査官と出会う。
#1『廃墟の異変』
操作画面に【撤退】の二文字が移し出された。
「あーっ。クソッ」
思わず小さく悪態をつく。
葉桜皐月は、真っ暗なトラックの荷台の中でギャラフォンを操作する指を素早く奔らせた。宇宙を股に掛ける宇宙海賊に扮して冒険するゲームアプリ【カルパード】を始めてからもうすぐ一ヶ月。もはや小学校と塾を除けば、寝る間も喰う間も惜しんで遊び続ける位にはまり込んでいた。
しかし、現在のクエストで突然躓いてしまった。とんでもなく強い宇宙生物が出現したのだが、倒さないと先に進めないのだ。攻略サイトを見ても載っておらず、どうやって倒したら良いのか全然わからない。公式が気まぐれで出したイベントエネミーとしか思えなかった。
ふっと、右耳のサウンドが消えた。
「え…?」
「だから」
友達のユウヤが言った。
「そろそろ着くから準備しろよ」
「今良いところなんだよ」
「はぁ?」
ユウヤでなく、トラックの荷台に乗っているシンやマサも呆れ顔だった。
「もうすぐ、ゲーム内でのランクが百五十万位内に入るんだよ」
「…それって、スゲーのか…?」
「全銀河連邦加盟国で遊ばれてるゲームでアクティブユーザー数三兆人の中でだよ。スゲーに決まってんじゃん」
【カルパード】は、銀河連邦加盟国で販売されている携帯端末であるギャラフォンが無いとダウンロードできない。日本は約15年前に国交を締結し、7年前から交流が始まった。まだ正式に加盟国になっていないアメリカだって無い。地球上では日本しか手に入らない代物だ。それだけで鼻が高くなる。
最新の3D映像やリアルな世界観も魅力的だが、やっぱり何と言ってもサウンドが最高だ。聞く人間のコンディションに合わせて、端末側が最適な心地よさを感じるよう、音量や周波数を自動調整する機能があり、疲れにくくなるだけでなく、最高にハイな気分でプレイすることができるのだ。
「へぇ…」ユウヤが頭を掻いた。「まぁ、そう言われれば、凄い気もするな」
「うん」
「でも、今日は肝試しに来てんだぜ。もうちょっとそっちにワクワクしてもいいだろ」
「本当に、見つからない?」
「間違いないさ」シンが言った。「この運搬業者は検問を通った後、必ずお台場のとある施設近くの駐車場で二時間居眠りするんだ」
ユウヤが身を乗り出し、「その施設こそ…」と続け、マサも交え
「「「ヘリオン0ッ」」」
口を揃えて、嬉しそうに口を揃えて言った。
ヘリオン0という施設が何なのか、皐月はよく知らない。生まれる前の話だが、何でも異星人と地球人との間で『てろ』とかいうのが起きて施設が破壊され、現在では封鎖中なんだそうだ。何故撤去しないのかは謎に包まれている。化け物が出るなんていう噂も出た。そういうわけで、皐たち四人で肝試しをやろうという流れになったのだ。
トラックが停車し、しばらく経ってから荷台を降りた。外も真っ暗だが、月と星の光をじっと見ていると、眩しく感じた。鼻の奥をツンと刺激する夜の潮風の中を歩いて行く。
「――ひっ」マサが短い悲鳴をあげた。
「どうした?」
「あ…あれ……」マサが指さす方向を見る。「化け物……」
薄い月光で跪き、項垂れた巨人のシルエットが浮かび上がった。
ユウヤがマサの頭を叩いた。
「びっくりさせんじゃねぇよ。あれは単なるハリボテじゃんか」
「へ?」
「大昔の人気アニメに出てくるナントカスーツとかいうロボットだよ。名前は覚えてないけど」
「パパ達が産まれる前の番組だよね。人気があるから作って、一度撤去されたけど何故か復活したんだ」
「らんどまーくってのが必要だったんだろ。それくらい、このお台場は異星人を交えた時代で重要な意味を持っていた筈の場所だってことさ」
「それがこんな風に壊れちゃうのって、ちょっと悲しいよね。所々ヒビもあるし」
「ま、目的はあれじゃないんだ。先を急ごうぜ」
しばらく歩くと【ヘリオン】という看板が見えた。「スゲーっ」「ヤバくねぇっ」と興奮する友達には悪いが、皐月は早く終わらせて【カルパード】の続きをやることしか考えていなかった。
「化け物、本当にいるのかな?」シンが言った。
「恐いんなら、先に帰れよ」
「へん。お前こそ、帰りたいからそんなこと言うんだろ?」
ユウヤの挑発にマサが返した。
どうやらシンはヘリオン0を破壊したと噂される化け物に興味があり、ユウヤは怖じ気づく友達を見て優位に立ちたいのであり、マサはそんなユウヤへの対抗心から来ているらしい。皐月は、別の意味で早く帰りたいと思った。
ヘリオン0の扉は当然閉まっていたが、爆発の物と思しき穴から簡単に侵入ができた。電源は完全に死んでいるらしく、携帯のライトアプリで探索していった。中は所々爆発の影響からか破壊されており、地下に続いているようだった。
当然のように地下に行く三人に着いていったが、十分もするともう飽きてしまい、我慢ができなくなってギャラフォンで音楽を聴き始めた。
「なんだよ」ユウヤが不満そうな声を出した。「化け物いねぇじゃんか」
「つまんねぇの」シンは心底がっかりした様子だった。
皐月は内心ホッとした。これで帰ったらゲームの続きができる。そう思った時だった。
「ん?」
爆発の残骸を照らしていたギャラフォンの光の中に、奇妙な物を見つけた。どうやら、マシン内にあるハードディスクのようだ。手にとってみると、僅かに動いているのがわかった。
《オメー、面白そーなものやってんだなッ》
「あれ?」皐月はユウヤ達に訊ねた。「今、何か言った?」
三人が怪訝な眼差しを向けてくる。
「何言ってんだ? 何も言ってねぇよ。それより、もう帰ろうぜ」
「うん。そうだね、もう…」
《帰すわきゃネーだろぉうッ》
「――ッ」
突然体中の自由が利かなくなり、固まった。いや、手足がバタバタブラブラと動き、のたうち回っている。しかし、それは皐月の意思によるものではなかった。床の破片に腕が当たったのだろうか、鋭い痛みを感じた。
「おいっ。サッちゃん、どうしたんd………………」
ユウヤ達が何かを叫んでいる。けど、もう聞こえない。先ほどまでの腕の痛みも消えた。ブラブラなる手が空中に突き出されたのを見たのを最後に、皐月は真っ暗な闇の中に沈んだ。
☆ ☆ ☆
立ち並ぶビルの隙間から夜闇の中チカチカと小さな光が見えた。
星じゃない。飛行機でもない。UFOでもない。それは矢原の所属する警視庁の本庁だ。
それを認識する度に暗い気分になる。
入庁した時、警視庁は地上にあった。
普通に日本人の一省庁として存在していた警視庁を本部とし、所轄の一つで一人の日本人として日本の治安を守ってきた。
ずっとそれが続くと思っていた。
それがよくわからないうちに変質し、日本人というか地球人以外の存在を相手にすることになり、警視庁は空を浮遊し始めた。
今見上げるそれは【浮遊警視庁】などと呼ばれ、変質した現在の日本を象徴する存在になっている。
地上から見上げるしかない矢原は、いつも自分がしがみついている時代と現代の距離を思い知り、眉間の痛みを感じている。
今日は痛みがいつもの五割増しだった。
居酒屋の前のパトカーには、好奇な眼差しがいくつも注がれている。
くそ面倒臭ぇ。
矢原は思った。顔にも出ているだろうが、もう気にしないことにしていた。
「あの、お巡りさん。私はどうなるのでしょうか?」
「とりあえず、署で事情聴取だな」
「やっぱりそうですか…ああ、失点だなぁ。主任になんて報告しよう…」
そう言った相手は、パトカーの後部座席で小さくなっていた。
「はぁ…」
矢原は眉間を揉み、ストレスを少しでも和らげようとした。
赤い鱗に覆われているが、スーツを着て二足歩行する巨大トカゲとでも言えば良いのだろうか。そんな異星人が失点だとか主任だとか呟く様子を見る度に、眉間の痛みがますます強くなっていくのを感じる。
「出身と名前は?」
「惑星ザラマンデルのカーズです。日本には、故郷の野菜を売り込みに来ました」
話を聞くところによると、外資系企業に勤めている異星人のカーズは、日本の営業担当とここ副都心の居酒屋で飲んでいた。
その中、カーズの見た目がサラマンダーそのものであることから、火を吹けないのかなどという悪ふざけに発展したそうだ。
「私、火の魔法って苦手なんですよ。他のにしてくれって言っても、やっぱり火がいいってきかなくって…。氷の魔法なら得意なんですよ? 十分もあれば故郷で祀られている女神の像を造れます」
「いやぁ」相棒の進藤が言った。「でも、その外見だと火を使ってもらいたいよねぇ」
「それで、苦手な火の魔法を使って、店の前で小火騒ぎを起こしたってわけか?」
「仕方ないじゃないですか。利き魔法じゃないんですから」
「キキ魔法?」
「貴方だって、利き腕じゃない方でお箸なんて持てないでしょう?」
「…そういう意味かよ」
「なかなか上手いこと言いますね」
簡単な質問を終え、個人端末に打ち終える。
報告書を署に送ろうとしたが…
「くそっ。やっぱりネットに繋がらねぇ。壊れてんじゃねぇのか、この携帯」
「ギャラフォンでしょう? 後で設定見ますよ。とりあえず、僕の端末から送信しましょう」
進藤はギャラフォンに向かって「ロクサーヌ、有線ケーブルを出して」と話しかけた。
「お前、自分の携帯に名前付けてんのか?」
署より前に後輩を病院に連れて行かなきゃならんかと心配になったが、端末の方も
「ラジャー」と応え、本当に尻尾のようなケーブルが出てきた。
ケーブルの先を矢原の端末に差し込み、「報告書No.334をダウンロード」と指示した。
どうやら、本当にダウンロードできたらしい。
「異星人の技術はわからねぇ…」
「いや、このテの技術は前からありますよ?」
署で事情聴取しようと思った時、パトカーの窓ガラスが激しく叩かれた。
「なんだ?」
見ると、小学校高学年くらいの少年三人が、酷く慌てた様子で叫んでいるのが見えた。
「お巡りさん。サッちゃんを助けてっ」
少年達の言動は支離滅裂で、纏めるのに少し時間がかかった。
「要するに、肝試しにヘリオン0へ行ったら、友達の一人が狂ったように暴れ出したってことかい?」
「単なる悪戯の演技じゃないですかね?」
「違うよっ」
進藤の言葉に、ユウヤと名乗った少年が強く反発した。
「サッちゃんはそういうことする奴じゃないんだ。ほんとは肝試しも乗り気じゃなくて…」
「じゃあ、何で呼んだんだい?」
「…いつも、僕たちは四人で遊んでいるんだ。夜遅くに、サッちゃん一人だけ家に居ると、親に色々訊かれるから…」
「それに、サッちゃんの腕掴んだけど、凄い力で振り回されたんだ。人間じゃないみたいだった…」
シンと名乗った少年が言った。
眉間がピクピクと痙攣した。何となく、異星人絡みの予感がする。
「よし、進藤。行くぞ」
「え? カーズさんはどうするんですか?」
矢原は、パトカーの無線を掴んだ。
「港湾4から港湾本部…えー、ヘリオン0にて小学生の失踪事件発生の模様。現在青海××‐△△にて友人の少年三人を保護。異星人の関与の恐れあり。えー、港湾4は現在ザラマンデルの軽度火災事件の被疑者連行中であるが、事件の緊急性を鑑み、直ちに現場へ急行する。火災事件被疑者引き渡しのため、応援を求む」
無線のオペレータと会話し、カーズは近くの交番に引き渡すことになった。
「よっしゃッ。俺たちはヘリオン0へGOだ」
「えー…ホントにいくんですかぁ? 何だか嫌な予感がするんですけど…」
「馬鹿言え。悪い異星人のせいで幼気な子供がピンチなのかもしれんのだぞ。これこそ警察官の使命というものだろうっ」
「はぁ…」
鬼ヶ島に向かう桃太郎のような気分になった矢原は、眉間の痛みが少し和らいだように感じた。
◎登場人物紹介
※異星人の年齢は地球人に換算したものです
○矢原(38)
東京港湾署の巡査。
急速に変わっていく日本についてこれていない。
○進藤(23)
東京港湾署の巡査。
先輩の矢原の相方。
○アスワード・マーテン(45)※
警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査
第一係 係長。階級は警部。
○ヘリアンテス・ルクサ・イグニース(25)※
警視庁 公安部 外事特課 少年事件係の巡査。
愛称は「リア」。病的な子供好き。
○シレーム・ヴ・ザーマク(27)※
警視庁 公安部 外事特課 強行犯捜査第二係 巡査の二人。