ギャラクシーポリス   作:橘 花道

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#4『ち……違いますわ! わたくしは正義の行いをしただけで』

「驚かせるんじゃねぇ!」

「惑星インフェリスタスは星の位置が悪くて生まれつきツキが無えってウワサだよ!」

「こんな一人コント女に付き合ってられるかッ。あなた達、手早く種を頂いて早くズラかるんや!」

 

 虎人間達は仕事を再開し始めた。

 しかし、呆気にとられたままの人々は誰も110番をする気配がない。

 智里はヘリアンテスの元へと急ぎ、抱き寄せた。

 借り物の法被は燃えて面積は僅かになり、さらしは正面が爆炎で吹き飛んでバサリと落ちてしまった。

 

「リアさんッ。大丈夫ですか?」

 

「……ぐっ…むぅぅ………くふっ……」

 

 後頭部を打ったのだろうか。焦点の定まらない目線を戻すように頭を振っている。

 

「あのインフェリシタス人の淑女、ご無事だったか! 手前ぇにはもう用はねぇ! 俺たちはこの種さえ手に入ればいいんだ。乗ってきた宇宙船は墜落炎上だから、この国の施設を拝借するんや! お前達っ。何台か車をうばっちゃいな」

「頭、運転のやり方なんてしらないぜ」

「そんなもん、カンで何とかするんやっ」

 

 荷物を纏めた虎人間達が上機嫌で立ち去ろうとする「とりあえず、じゃりんこ達も道連れ世は情けないぜよっ」

 それを聞いた子供達の顔が青くなった。

 

「いやーーッ。誰か助けてーーッ」

「ママーーーッ」

 

 境内に幼い子供の悲痛な叫びが響く。流石に呆けてられなくなった周りの人達が動き出したその時――

 

「アウァールス・イプセ・ミセリアエ・カウサ・エスト・スアエ(貪欲な者は自らが自分の惨めさの原因である)」

 

 倒れていたヘリアンテスがユラリと立ち上がる。

 彼女の魔力の影響だろうか。聞いたことのない言葉だが、その格言めいた意味が頭に入ってきた。

 何か怖い……

 

「あなた様! まだやる気かよぉ!!」

「子供達の助けを求める声がある限り、わたくしは何度でも蘇ってみせますわ」

「だまらっしゃいっ。お前達、もう奴さんは蚊の鳴く息よ。今度こそ声の音を止めて……」

 

 その言葉を遮るように、甲高い音が境内に響く。ヘリアンテスのよく鍛えられた脚が石畳を踏み抜いたのだ。

 まるで少年漫画の主人公のようなオーラを纏い、真紅の髪と瞳に炎を宿す。

 先ほどまでとは比べものにならない熱気で、すぐ近くにいる智里は本気で火傷しそうな予感がした。

 たじろいだ虎人間達が生唾を飲み込んだその瞬間――

 

「はぁッ」

 

 智里の目の前で地面を蹴り、凄まじい速度で駆けるヘリアンテスは、剣を奔らせながら虎人間達の後方へと走り抜けた。

 

「――ぐはぁぁぁッ」

 

 剣に斬りつけられた虎人間達がバタバタと倒れていく。

 吹き抜ける一筋の風のような、一瞬の勝負だった。

 虎人間達を見下ろすその瞳は炎が爛々と輝いているが、絶対零度の視線が同居していた。

 

「これが、ヘリアンテス・ルクサ・イグニース……」

 

 さっきまでの一人コント女はもういない。生まれながらに悪を滅することを宿命づけられた人間。いや、それは人の形をした炎そのもののように思えた。

 

「……殺したのかえ?」なずな婦人が訪ねた。

 

 ヘリアンテスの纏った威圧感が鎮まり、表情にも柔らかさが戻った。

 

「いいえ。わたくしの剣は物理にも作用しますが、元は精神力によって生み出される概念状態のもの。見た目の斬撃はまやかしに過ぎず、対象に精神ダメージを与えるのみですわ」

 

 ほっと胸をなで下ろした。

 斬られたのは見た目のイメージであり、肉体への損傷は無いらしい。

 なずな婦人は虎人間の頭の頭をぺしぺしと叩いた。

 

「遠い世界の猫さん。いつの日か、地球とフェリーネで国交を結ぶことができたら、あんた達に優先的に種を分けてやろうと思うんだが、どうだい?」

「ありがたい申し出やが、現実は非情なものばい。そうやろ?」

 

 智里は詰め寄った。

 

「難しいかもしれませんが、多くの人たちの声を集めれば、可能性はありますよ」

「ばってん……」

「いやぁ、そんなに大事にせんでもいいさ。うちの一番上の倅に言ってみよう」なずな婦人が言った。

「なずなさん……それって、どういう……」

「あんた、記者なんだろ? 外務省の現職事務次官の名前を言ってみな」

「…ええと……たしか、常磐まさひ……」

 

 なずな婦人の顔を見た。頬をヒクつかせる智里に婦人は不敵に笑って見せた。

 

「あまり趣味じゃあないが、たまにはちゃんと仕事をしているか、電話してみるのも悪くないさ」

「なんで…そんな……」

 

 なずな婦人の笑みが柔らかなものに変わった。

 

「あなた方は同じ菜種を愛する仲間だ。理由なんて、それで充分じゃないか。だからさ、あたしと友達にならないかい?」

 

 婦人の言葉に、虎人間の頭は涙した。

 

「……ありがとうございます。そして、申し訳なかった……」

 

 ヘリアンテスの剣よりも、なずな婦人の言葉の方が、彼らへのトドメになったように思えた。

 

「信じて良いですか?」

「ああ。江戸時代より夜を照らした菜種油の闇明神社が氏子総代、常磐なずなの名において、約束するさ」

 

 横で聞いていたヘリアンテスが膝をつき、頭を垂れた。「見事な御裁定、感服いたしました」

 

「あんたみたいな力があるわけじゃないからね。あたしはあたしの裁量で事を収めるだけさ」

「その裁量に力を持たせるのは貴女様の心意気でしょう。星は違えど人は人。今見せていただいた心こそが幾千幾万光年の距離を繋ぐ橋となり得ましょう。わたくしも精進させていただきますわ」

 

 どうやら、徳の高いどころでは済まされない大物だったようだ。時代劇で印籠を突きつけられた家来の気分になると同時に、先ほどヘリアンテスが発した言葉が胸に突き刺さる。

 なずな婦人が見せた心こそが、外宇宙に踏み出す資格なのだとしたら、この日本にいるどれほどの人がそれを持っているだろう。

 事実、この場でヘリアンテスと対等に会話できているのは、なずな婦人唯一人だ。

 

「私は…」

 

 胸にモヤモヤとしたものを感じたその時

 

「さてと!」

 

 再び眼がハートマークになったヘリアンテスは、人質になっていた子供達を抱きかかえた。

 

「天使達ーー! 恐い思いをさせてごめんなさい! 大丈夫だった? 怪我はない?」

 

 子供二人を抱えて軽快なステップでダンスをはじめた。

 智里の眼には周囲にお花畑が咲いたように見えた。

 

「……うん。お姉さん……特に何もされてないからだいじょーぶだよ…」

「それより、お姉さんの方が大怪我じゃない?」

「……そうね! じゃあ、お姉さんと一緒にお医者さんのところに行こうか?」

「だから……ぼくたちは怪我してない……」

「大丈夫! わたくしがついているわ! 病院まで守ってあげるわよ!」

 

 さっきまでのシリアスな雰囲気は何だったのだろう……

 まるで多重人格と思えるような変わりようだが、ヘリアンテスの活き活きとした表情を見るとこちらが素の性格なのではないかと思えてくる。

 もう間違いない。このヘリアンテスという異星人は異常なまでのアレだ。

 病的なまでのアレだ。なずな婦人のご家族にいる精神科医の診断が必要だろう。

 弟の方が泣き始めた。

 

「ねーちゃん! このお姉ちゃん会話が通じないよ! ぼくさっきの猫星人に捕まっているときより今のがずっと恐いよーーーッ」

 

「えー、闇明神社はここですよね?」

 

 鳥居の方から、二人組の制服警官がやってきた。

 

「お巡りさん、遅いですよ。もう解決しましたよ」

「解決?」お巡りさんはキョトンとした。

「虎人間さん達を捕まえに来たんじゃないんですか?」

 

 お巡りさん二人は、何のことかわからないといったようにお互いの顔を見た

 

「? いえ、われわれは、変な格好をした女性がお祭りに乱入しているという通報があったので確認に来たんですが」

 

 お巡りさんとヘリアンテスの眼が合った。

 ほとんど布面積のない法被に、おっぱい丸出しのスタイルで子供を抱いて離さないヘリアンテス。その姿は子供を襲う痴女以外の何者でもなかった。

 

「確保!」

 

 ヘリアンテスはお巡りさん二人に拘束されてしまう。

 

「ち……違いますわ! わたくしは正義の行いをしただけで」

「あんた異星人か? おたくらの星じゃどうか知らないが、ここだとあんたの行為はダメなんだよ」

「だから違いますわ! わたくしはあなた方の同僚です! 公安部の――」

「ハイハイ……。後は署の方で聞くから…」

 

 事件解決の功労者は、パトカーで連行されてしまった。

 その後、人質だった子供達が担ぐ子供神輿が元気よく巡行していくのを眺めていたが、お囃子に混じって着信音が響いた。

 

「はい、横山です。ああ…編集長でしたか。はい、はい……インタビューは、一応終わりました。……シッポリ、ドッポリな性癖ですか。読者が喜びそうなネタ……まぁ、掴んだと言えば掴みました。ええ、ええ……はい、書きます。ただ、別の問題で記事にできないかもしれませんけど、書きます。では、すぐ戻りますので」

 

 電話をを切った。

 手帳を開き、決めていたタイトルをボールペンで消し、新しいタイトルを書き記した。

 

『堕天使降臨。麗しの異星人警察官、自分の性欲を取り締まれず、現行犯逮捕』

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