カミーノの時効は成立していなかった。そして、美和のお母さんを欺した犯人もカミーノであると断定された。
アンダーグラウンドで擬態をやっている業者を締め上げたところ、カミーノが使用した装置にデータが残っており、写真として刷りだしを行った。
美和に聞いても、間違いなく母を欺した男だと言っていたし、マンションの監視カメラの映像から引き延ばした顔写真とも一致したのだ。
銀河一逃げ足の速いサギール人であるカミーノは予想通り国外逃亡をしていた。その日数を加味すると、時効成立まで2日間ある計算だ。
現住所の特定も終わっており、いつでも踏み込める状態だった。
「よし、早速逮捕しに行きましょうよっ」
意気込む優杜に、凛子は指を振り立ててみせた。
「何言ってるのよ。こんな絶好のシチュエーション、楽しまなくてどうするのよ」
「というと?」
凛子はおもむろに立ち上がり、舞台女優のような大袈裟な身振りで芝居のようなことを始めた。
「もうすぐ時効が成立してしまう。不幸を受けた被害者の涙、それを拭う術を時間という悪魔が奪ってしまうのだ。刑事達は必死で犯人を追う。靴底をすり減らし、ジャケットを汗でヨレヨレにさせながら、雨の日も、風の日も・・・。そして、遂に割れる犯人像。しかし、時効まであと十分。時計は無情に時を刻み続ける。一秒、また一秒と針は進む。まだか、まだ見つからないのか、課長は電話の前で逮捕の報告をじっと待つ。あと三分、二分、一分・・・そして、最後の五秒で電話が鳴り響くっ。電話を取る課長。「逮捕しましたッ」その瞬間、捜査本部は歓喜の声に包まれるッ」
くるりと振り返る凛子はドヤっとでも良いそうな顔だった。
「よく刑事物のドラマである展開だな。悪くない」
「いや、取り逃がしたらどうするのさ? 今すぐ逮捕に行こうよ」
「あたしは、凛子さんに賛成」
美和が言った。
ええ~という優杜をよそ目に、決意たっぷりの顔で美和は凛子を見つめる。
「どうせなら、一番悔しがる姿をさらして欲しいモン。お母さんの無念を晴らすためにも、あいつに・・・カミーノにギャフンと言わせてみせて」
「任せなさいっ」
凛子が胸を拳で叩いてみせた。
☆ ☆ ☆
逮捕の瞬間はシレームも一緒だった。
経緯を話すと、シレームは元々青鬼みたいな姿なのに、更に青ざめて見返してきた。
「そんな茶番に・・・付き合わされるのか?」
「茶番とはご挨拶じゃないか。被害者の女の子の溜飲を下げるにはいい幕の引き方だと思うぜ」
シレームは首を振った。
「そのプランは成立しない・・・何故ならば・・・」
シレームが言い終わらない内に、凛子が尾行していたカミーノが現れた。呑気に外出してランチを食べて来たらしい。五年前の同じ時間に美和の母親を欺して50万円を騙し取ったことを考えると、ふてぶてしい野郎だと怒りが沸いてきた。
凛子の合図と共に、ザーマックは飛び出した。向こうの茂みにいる美和と優杜が期待に胸を膨らませながら見ているのが見えた。
「カミーノーーーッ」
ザーマックのタックルに面食らったカミーノは、アスファルトに滑って倒れ伏した。
「でかしたわ、ザーマック。手錠はわたしに任せなさいっ」
「ズルいぞ凛子っ。押さえ込んだのは俺だ。俺が手錠をかける」
やんややんやとしているザーマック達に、シレームが残念そうな顔で近づいてきた。
「・・・もう放せ・・・逮捕なんてしても・・・意味がない・・・」
くくくっとカミーノが笑い出した。
「はははははーっ馬鹿なサツカンだぜ。逮捕だと? いいぜ、逮捕してみろよ。だが、世間に笑われるのはお前等だし、俺は罪に問われることはないんだぜぇ?」
「はぁ? 逮捕が意味ない? どういうことよ?」
「そんなことをしても、【公訴時効】は成立してしまうからだ」
渋い声が場に響く。
現れたのは、外事特課 強行犯捜査第一係 係長のアスワード・マーテンだった。
「アスワード警部?」
凛子が驚きの声をあげた。
「こうそ時効ってなんですか?」
茂みから出てきた美和が訊いてきた。
「被害者の娘さんだな。公訴時効とは、検察官が被疑者を起訴するまでの猶予期間の事だ。被疑者は検察官が起訴することで裁判にかけられる。警察官があと数秒で【逮捕】したとしても、検察官が【起訴】する時間が足りないのだ。一般の人は知らなくても問題ないが、警察官にとっては常識だな」
凛子は呆然と突っ立っていた。
ライバル(?)にミスを指摘され、絶対逮捕すると豪語した被害者が見ている前で赤っ恥を晒す結果になってしまった。
被疑者には馬鹿にされ、異星人捜査官に日本の法律についての無知を指摘される。
顔は真っ赤になり、充血した眼には涙が溜まって、今にも泣き出しそうだった。
「・・・但し、だ・・・・・・」
アスワードが続けた。
「え?」カミーノが驚いた声をだした。
「それは、被疑者についても、五年という時間が経過した時に初めて成立するものだ」
「な・・・何が言いたいんだよ」
「カミーノ。お前は国外逃亡の際に、亜高速宇宙船で旅行に行っているな? 調べはついている。その速度で移動する者の時間は、そうでない者と比べて約0.4倍。この星で言うところの【ウラシマ効果】だ。この娘にとっては既に五年は過ぎた。しかし、お前が過ごした時間は、五年経過まであと48時間ほどある。そもそも、時効が成立する可能性があるのに令状請求が通るわけがないだろう」
カミーノが口をパクパクさせはじめた。
「どういうことですか?」
美和がアスワードに訊いてきた。
「要するに、この被疑者にギャフンと言わせることがまだできるということだ」
瞬間、カミーノは大空に飛び出した。
「おいっ」
流石に逃げ足銀河一といわれるサギール人だ。凄まじい速度で飛行している。
「小山巡査、汚名は自分自身で返上してみせろ」
「ふんっ。わかってますよッ。シレーム、ザーマックッ」
「あいよっ」「・・・わかった」
シレームがザーマックの背中に収まる。更に、神経接続のシンクロ率を最大まで引き上げる。
ゴンジーマ人最大の力を見せるときだ。
「やりなさい、二人ともッ」
身を丸めた凛子をザーマックは掴む。
天高くジャンプし、凛子ボールを詐欺野郎に思いっきりぶん投げた。
「喰らえっ人間砲弾ーーーッ」
数キロ先で、凛子に組み付かれたカミーノが落下していくのが見えた。
☆ ☆ ☆
「やったーーーッ。逮捕だ、逮捕だ、初逮捕だぁッ」
外事特課に帰ってきた凛子はご機嫌だった。
被疑者は完全に自供しているし、検察側への引き渡し手続きもスムーズに行った。
問題なく起訴できるだろう。
優杜からはアホさと人間砲弾に耐えられる躰の頑丈さに呆れられたが、美和からは感謝されていた。
「根米課長、褒めてくれるかなーっ」
るんるん気分でドアを開けた凛子を待っていたのは、眼を三角にした根米課長の恫喝だった。
☆ ☆ ☆
「そもそも、ドラマみたいなシチュエーションを求めて被疑者を泳がせるなんていう非常識な仕事をするからこんな事になるのです。相手がミスをしたから良かったものの、一歩間違えれば本当に時効が成立して取り返しがつかなくなってしまうのですよ?
だいたいですね・・・」
正座で根米課長の説教を聞いていたザーマックと凛子は砂粒のように小さくなっていた。
犯人の前では耐えていた凛子も、今度こそグスグスと泣き始めてしまっていた。