ギャラクシーポリス   作:橘 花道

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捜査報告書 No.7 【110番の女②】- 百枝十香メイン
『エイっエイっオーーーッッ』


 こんにちは。百枝十香です。

 あたしは今、桜田通りを品川方面から皇居方面に向かって全力で走っています。

 すぐ右に東京タワーが見えます。この東京タワーという建物は、以前電波塔として使われていたようですが、現在はもっぱら観光地です。約十年前、警視庁を破壊しようとしたテロがありました。盗んだ宇宙船が警視庁に突撃する際、この東京タワーをかすめた為に、先端がちょうど昔警視庁があった方向に折れ曲がっています。

 警視庁跡地や皇居に行きたければ、東京タワーの指し示す方向を目指せ。というのは、現在の東京都民の常識となっています。

 そう。あたしの新しい職場である警視庁が、宇宙船と融合して宙に浮く以前は、この道路の終点である皇居前にありました。

 現在その場所は、浮遊警視庁にトラクタービームで引っ張り上げてもらうためのポイントとして存在しています。

 日勤の警官は、朝9:00の勤務を始めるために、このポイントに集合します。

 ビームが照射されるのは、朝8:30から8:35のみ。それを過ぎると浮遊警視庁に行けません。

 ぶっちゃけた話、配属初日から遅刻しそうです。下手すれば欠勤。

 お巡りさん全員の憧れである浮遊警視庁勤務がそんな形でスタートするなんて知られたら、切腹モノです。

 現在の時刻は8:25。十香ピンチです。

 

「おっと…」

 

 ずっと通りの東側を走っていましたが、警視庁跡地は西側にあったはずです。

 ちょうど青になった横断歩道渡るべく、全力ダッシュしました。

 イケるっ。

 女と言っても警察官です。体力にはソコソコ自信があります。

 このままいけば、ギリギリ間に合いそうです。

 が、そんなギリギリなあたしの目の前に、ヨタヨタと横断歩道を渡るおばあちゃんが見えました。

 とても信号が変わる前に渡りきることはできそうにありません。

 

「くっ…」

 

 立ち止まり、0.1秒で結論を出しました。

 ここでおばあちゃんを助けると、遅刻必至です。浮遊警視庁勤務の警察官失格どころか、社会人失格です。が…

 

「すみませーん。車両のみなさん、ちょっと待って下さいねー」

 

 しかし、あたしは浮遊警視庁職員以前に東京都の人々を守るお巡りさんです。ここでおばあちゃんを見捨てたら、警察官失格になってしまいます。

 あたしが手を引くおばあちゃんが、懐かしいものを見たような笑顔を向けています。

 

「ありがとうねぇ」

「いえいえ、当然の事ですよ」

 

 仕事ですので。

 

 さて、結論を言うと、あたしは間に合いませんでした。

 トラクタービームの照射は、あたしがポイントに到着する30秒前くらいに終わってしまいました。1分強のロスをそこまで巻き返したのだから、大健闘と言えるでしょうか。

 しかし、仕事は結果が全て。遅刻はどんな過程が存在しようと、遅刻です。

 

「ふふっ…」

 

 何だか、今日の空気はしょっぱいですね。

 

「見ていたぞうっ」

「うわぁッ」

 

 飛び上がりそうになりました。

 あたしの背後に、比較的大柄な男性がいました。真っ白な車体に取り付けられた三つの赤い回転灯。青い服に、ヘルメットに輝く桜の代紋。白バイ隊員です。

 

「えーと…」

「サッカマシロ」

「え?」

「俺の名前だっ」

 

 マシロはともかくとして、サッカとは聞いたことの無い苗字です。どんな漢字なのでしょうか。

 

「君の名前はなんだっ?」

「も…百枝十香です」

「モモモエトオカ?」

「百枝十香ですっ。ちょっと噛んだだけですッ」

「百枝か…よし、乗れッ」

「え?」

「遅刻をしてでもおばあちゃんを助ける。その心意気は見事だ。君は俺が連れて行ってやるっ」

「えーと…バイクでどうやって?」

「フフフ…見ろっ」

 

『自動姿勢制御開始。エアバイクモード』

 

 バイクから出たっぽいアナウンスと共に、白い車体が変形し、宙に浮きましたっ。

 といっても、ほとんど変わりません。フロントタイヤのディスクブレーキの外側と、両サイドのサイレンサーにある円形の機械が外に飛び出して、地面に向けて青い光を放っています。

 うん、おそらくその光の力で浮いているんでしょう。そこまでわかった瞬間、猛烈に嫌な予感がしたので、あたしは回れ右をしました。

 

「それでは、あたしはこの辺で…」

「どこへ行く?」

 

「え?」

 

 突然、あたしの足の裏から、アスファルトの感触が消えました。

 サッカと名乗った白バイ隊員が、あたしを左手一本で持ち上げているのです。

 あたしの体重は、決して軽くありません。女性が警察官になるには、身長は155cm以上、体重は45kg以上必要です。つまり、あたしの体重も45kg以上あるということです。

 正確な数値を知りたがるのは野暮ですよ。

 

「ちょっ…」

「出発だーッ」

 

 あたしの首根っこを掴んだまま、サッカは空へと舞い上がっていきます。

 

「ちょっと、せめて後ろに乗せてから出して下さいよ! やだ…どんどん上がってく……コワイっコワイっコワイィィーーーッ」

 

 酷いメにあいました。

 遅刻は免れたものの、もう少しでお小水の雨を霞ヶ関へ降らせてしまうところでした。

 配属の挨拶を終え、お手洗いをすませたあたしでしたが、今この瞬間も東京の空に浮いているのだと考えるだけで、気が遠くなりそうです。

 

「窓の外とか見たくないなぁ…」

 

 それでなくとも、みんなが憧れる浮遊警視庁です。高い倍率の中、選ばれた者達が集まる精鋭軍団の一員になってしまったのです。

 おまけにここには、公安部外事特課。通称ギャラクシーポリスという、異星人事件を専門に扱う集団が居るのです。何重の意味で恐怖があたしを襲っています。ホント…なんでこんな所に呼ばれたんだろう…。

 

 …駄目です。帰りたくなってきました。こんな時は、アレです。アレっきゃありません。

 不安に苛まれた時、何かを成し遂げなければならない時、あたしがいつもやってきた儀式の出番です。

 

 トイレの鏡に映った自分の瞳をジッと見つめ、丹田に気力を充実させ、お腹の中イッパイに空気を吸い込んで…

 

「デキるよ十香! 負けるな十香! ガッツだ十香! エイっエイっオーーーッッ」

 

 鳥肌が立ち、ブルリと一瞬震えました。

 気力マックス。無駄な力が抜け、とってもリラックスした感じ。今のあたしは無敵。何でもやれちゃうって気分です。

 ムテキモードになったあたしは、トイレのドアを優雅に開けました。

 

「ん?」

 

 目の前に、丸太のような腕がありました。

遙か上を見上げると、ピカピカと黒光りする硬顎を持つ、異星人のご尊顔が見えました。

 

「あわ…あわ…」

 

 口角から露出する四対の牙。230cmはあろうかという巨大な体躯。写真で見たことがあります。あのギャラクシーポリスの鬼警部と恐れられる、アスワード・マーテンですっ。

 

「えーと、あの…その…」

 

 見れば見るほどデカいサイード人です。知性を感じさせる深い色の瞳や、服の上からでもわかる太い四肢から、これでもかというような『雄』を感じます。

 猛烈に、筋肉をペタペタ触りたい衝動にかられちゃいました。

 挨拶ができないでいると、アスワード警部は奥の男子トイレへと入っていきました。

 そのまま去ろうかと思った瞬間、男子トイレの中から声が聞こえました。

 

「音無。これから言う日本語の検索を頼む」

『らじゃー、警部。どんな言葉?』

「エイ、エイ、オーの意味を知りたい」

 

 あたしは、無視することができず、慌てて男子トイレの中を覗きました。

 アスワード警部は、腕に付けた小型の端末に話しかけていました。

 

『えい、えい、おー……?』

「そうだ。意味を知っているか?」

『僕は使ったことないなぁ……』

 

「では、検索エンジンを使って調査をしてほしい」

『らじゃー。……検索終了。「【鋭、鋭、応】中世日本の戦における鬨(とき)の一種。【鋭】は、前進の激励であり、軍の大将が二度【鋭、鋭】と激励を行い、軍勢全員がそれに【応】とこたえることで、士気の向上と連帯感を高める効果があった」だって』

 

「状況が全く異なる。若い女性が手洗い場の中、一人で行う場合で再検索だ」

 あたしは、思わず「やめてッ」と叫びたくなりました。

 

『検索終了。該当はゼロ。ただ、推測だけれど、それは激励してくれる大将や、共に戦う味方が居ない孤独な状況でも、先ほどのような士気向上の効果を狙った一人芝居……だと思います…まる!』

 

 あたしのライフはもうゼロです。

 しかし、アスワード警部は満足気な感じでした。

 

「よくわかった。今までに無い重要な情報だ。地球人の生態の中、希少性Sのフォルダに保存し、バックアップを取…」

 

「やめて下さいーーーッ」

 

 あたしは、たまらず男子トイレに突撃しました。

 当初のピンチとは別の状況で、切腹モノな思い出と共に、あたしの浮遊警視庁ライフはスタートすることになりました。

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